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「エンドレス・エラー」(2020/03/11 (水) 18:18:31) の最新版変更点
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<p id="res0_79"><br />
<a href="//www25.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3130.html">一夏の恋</a>の続き<br />
※エンドレスエイトを前提にお読みください。</p>
<hr />
<p><br />
<br />
わたしのなかのエラーがやまない。<br />
耳鳴りのように、繰り返される彼の声。反復。重複。聞いたことのない声色。震えながら紡がれた古泉一樹の、嘆願。<br />
<br />
『長門、さん。聞いて頂けますか』<br />
『忘れて下さって構いませんから。どうか、……最後に一言だけ』 <br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
「―――どうかしましたか?」<br />
日の光が遮られ、手元の本に影が差した。花壇隅に腰掛け思索をしていたわたしに、呼び掛ける古泉一樹の微笑が眼前に。<br />
「失礼、頁が進んでいないようでしたから。心配事ですか?」<br />
声色のトーンから、機嫌の度合いをある程度測れると言ったのは彼の言葉。恐らくそれは正しい。ループする夏季の時空修正を如何にするかという懸案事項を抱えても、その笑みに変化は見られない。<br />
解答を遅らせるわたしに、彼が差し出したのは二本のアイスバー。透明なフィルムが巻きついたそれは、五分三十五秒前に、バッティングセンターでの活動を終えた涼宮ハルヒが彼に買いに行かせていたもの。融け掛けた氷の雫が木のスティックを濡らしている。 <br />
<br />
「涼宮さんにお裾分けを頂いたものでね。チョコレート味とバニラ味です。お好きな方をどうぞ」<br />
『涼宮さんに頂いたんですよ。長門さんは、どちらの味がお好きですか?』<br />
齟齬。記憶容量に保存されたログに克明に残る彼の姿との。微笑む彼の、戸惑いを重ねた目線の揺れ方、声の上擦り、平静より高い体感温度――幾つものズレが残存する。無視すべき瑣末な事柄がノイズになる。――あの日わたしが選んだのは、バニラ。けれど彼はそれを記憶していない。<br />
<br />
常より心拍数を上げ、困り顔を晒し、わたしと眼が合うと少し急いた様に顔を逸らしていたかつての彼。どれも感知できない、今の古泉一樹のありのまま。トレースしたところで、戻らない明確な差異。<br />
……理由は、分かっている。<br />
すっと上げた面の先で、わたしがバニラを指差したのを眺め、彼がにこりと笑った。<br />
「バニラですね。どうぞ。半分溶けかけていますから、気をつけて」<br />
丁寧に覆いのフィルムをはぐったものを手渡される。こういう他者を気遣い先んじる行動は、いつ何時も彼は忘れない。受け取ったそれを舐めると、舌先に冷たい甘味。わたしが口にする間、彼も自分の手に残ったチョコアイスに口をつける。ほろり、と崩れた液状のチョコレートの甘い匂いが、蒸した夏の風に流れてゆく。<br />
「美味しいですね」<br />
「……」<br />
<br />
わたしは、返す言葉を一時、捜した。<br />
繰り返す時の中でわたしは奇妙な自覚をする。定まった枠から食み出た答えの在り処を探すという行為。<br />
――けれど、結局のところ、わたしは何も言わなかった。寄越された沈黙にも大して落胆する様子はなく、世間話をするように、彼は目を細め、語り始めた。彼にとって人に長考を聞かせることは、思考を整理する意味合いもあるということをわたしは知っている。<br />
「そう、……それにしても驚きました。まさか二週間分を、我々が延々ループしていたとはね。どうりで酷い既視感があったと思いました。事象を正確に観測しているあなたがいてくれたことで、状況の把握が早く済んで助かりました。おかげで、こうして対策も講じられる――もっとも、現時点では目処も立っていないことですし、事の解決に我々の出る幕はないのかもしれませんが」<br />
古泉一樹は、歓声を上げている涼宮ハルヒを見、彼女に締め上げられている彼に視点を順に移して、やはり何処か満たされたように笑む。涼宮ハルヒが溌剌と腕を振り上げ、公園のホースシャワーを朝比奈みくるに浴びせかけ、水が浸った衣装を纏った彼女が甲高い悲鳴を上げている様を。これ以上なく穏やかに。<br />
<br />
エラーが、また、募る。<br />
<br />
<br />
<br />
『情けない話ですが、…少し、怖いんです。<br />
この時間軸上の僕がリセットされたとき、僕がこの夏に得た感情、想いは…一体何処に行ってしまうのだろう、とね』<br />
珍しいことに、微笑の一片もない真顔で呟いた、わたしをじっと見つめた表情は。<br />
希うように張り詰めていた。 <br />
<br />
<br />
<br />
<br />
「……そうは思いませんか、長門さん」<br />
『――忘れたくないんですよ。我ながら女々しいと思います』<br />
「長門さん?」<br />
『すみません、あなたには迷惑なだけでしょうが』<br />
「どうしたんですか、先程から」<br />
『長門、さん。聞いて頂けますか』<br />
<br />
あの時間軸上の彼と、現在の彼の差異の理由は明白。この時間軸上の古泉一樹は、熱中症を起こしていない。<br />
それが何故彼の行動形態、精神状況に異なりを齎したのかは分からない。<br />
古泉一樹が熱中症に倒れたシークエンスは二千七百三十一回、そのうち涼宮ハルヒの情報改竄によるループが発覚したのは七百二十九回。<br />
<br />
七百二十九回分の彼の声は、今の彼には重ならない。<br />
<br />
『忘れて下さって構いませんから。どうか、……最後に一言だけ』<br />
<br />
七百二十九回。八月三十一日の夜、彼がわたしに告げた言葉は。<br />
<br />
『――僕は、あなたのことが』<br />
<br />
<br />
<br />
「……長門さん」<br />
「なんでも、ない」 <br />
<br />
訝しむ古泉一樹は知らない。わたしが蓄積し続ける、エラーのことを、知らない。 </p>
<p id="res0_79"><br />
<a href="http://www25.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3130.html">一夏の恋</a>の続き<br />
※エンドレスエイトを前提にお読みください。</p>
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わたしのなかのエラーがやまない。<br />
耳鳴りのように、繰り返される彼の声。反復。重複。聞いたことのない声色。震えながら紡がれた古泉一樹の、嘆願。<br />
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『長門、さん。聞いて頂けますか』<br />
『忘れて下さって構いませんから。どうか、……最後に一言だけ』 <br />
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「―――どうかしましたか?」<br />
日の光が遮られ、手元の本に影が差した。花壇隅に腰掛け思索をしていたわたしに、呼び掛ける古泉一樹の微笑が眼前に。<br />
「失礼、頁が進んでいないようでしたから。心配事ですか?」<br />
声色のトーンから、機嫌の度合いをある程度測れると言ったのは彼の言葉。恐らくそれは正しい。ループする夏季の時空修正を如何にするかという懸案事項を抱えても、その笑みに変化は見られない。<br />
解答を遅らせるわたしに、彼が差し出したのは二本のアイスバー。透明なフィルムが巻きついたそれは、五分三十五秒前に、バッティングセンターでの活動を終えた涼宮ハルヒが彼に買いに行かせていたもの。融け掛けた氷の雫が木のスティックを濡らしている。 <br />
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「涼宮さんにお裾分けを頂いたものでね。チョコレート味とバニラ味です。お好きな方をどうぞ」<br />
『涼宮さんに頂いたんですよ。長門さんは、どちらの味がお好きですか?』<br />
齟齬。記憶容量に保存されたログに克明に残る彼の姿との。微笑む彼の、戸惑いを重ねた目線の揺れ方、声の上擦り、平静より高い体感温度――幾つものズレが残存する。無視すべき瑣末な事柄がノイズになる。――あの日わたしが選んだのは、バニラ。けれど彼はそれを記憶していない。<br />
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常より心拍数を上げ、困り顔を晒し、わたしと眼が合うと少し急いた様に顔を逸らしていたかつての彼。どれも感知できない、今の古泉一樹のありのまま。トレースしたところで、戻らない明確な差異。<br />
……理由は、分かっている。<br />
すっと上げた面の先で、わたしがバニラを指差したのを眺め、彼がにこりと笑った。<br />
「バニラですね。どうぞ。半分溶けかけていますから、気をつけて」<br />
丁寧に覆いのフィルムをはぐったものを手渡される。こういう他者を気遣い先んじる行動は、いつ何時も彼は忘れない。受け取ったそれを舐めると、舌先に冷たい甘味。わたしが口にする間、彼も自分の手に残ったチョコアイスに口をつける。ほろり、と崩れた液状のチョコレートの甘い匂いが、蒸した夏の風に流れてゆく。<br />
「美味しいですね」<br />
「……」<br />
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わたしは、返す言葉を一時、捜した。<br />
繰り返す時の中でわたしは奇妙な自覚をする。定まった枠から食み出た答えの在り処を探すという行為。<br />
――けれど、結局のところ、わたしは何も言わなかった。寄越された沈黙にも大して落胆する様子はなく、世間話をするように、彼は目を細め、語り始めた。彼にとって人に長考を聞かせることは、思考を整理する意味合いもあるということをわたしは知っている。<br />
「そう、……それにしても驚きました。まさか二週間分を、我々が延々ループしていたとはね。どうりで酷い既視感があったと思いました。事象を正確に観測しているあなたがいてくれたことで、状況の把握が早く済んで助かりました。おかげで、こうして対策も講じられる――もっとも、現時点では目処も立っていないことですし、事の解決に我々の出る幕はないのかもしれませんが」<br />
古泉一樹は、歓声を上げている涼宮ハルヒを見、彼女に締め上げられている彼に視点を順に移して、やはり何処か満たされたように笑む。涼宮ハルヒが溌剌と腕を振り上げ、公園のホースシャワーを朝比奈みくるに浴びせかけ、水が浸った衣装を纏った彼女が甲高い悲鳴を上げている様を。これ以上なく穏やかに。<br />
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エラーが、また、募る。<br />
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『情けない話ですが、…少し、怖いんです。<br />
この時間軸上の僕がリセットされたとき、僕がこの夏に得た感情、想いは…一体何処に行ってしまうのだろう、とね』<br />
珍しいことに、微笑の一片もない真顔で呟いた、わたしをじっと見つめた表情は。<br />
希うように張り詰めていた。 <br />
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「……そうは思いませんか、長門さん」<br />
『――忘れたくないんですよ。我ながら女々しいと思います』<br />
「長門さん?」<br />
『すみません、あなたには迷惑なだけでしょうが』<br />
「どうしたんですか、先程から」<br />
『長門、さん。聞いて頂けますか』<br />
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あの時間軸上の彼と、現在の彼の差異の理由は明白。この時間軸上の古泉一樹は、熱中症を起こしていない。<br />
それが何故彼の行動形態、精神状況に異なりを齎したのかは分からない。<br />
古泉一樹が熱中症に倒れたシークエンスは二千七百三十一回、そのうち涼宮ハルヒの情報改竄によるループが発覚したのは七百二十九回。<br />
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七百二十九回分の彼の声は、今の彼には重ならない。<br />
<br />
『忘れて下さって構いませんから。どうか、……最後に一言だけ』<br />
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七百二十九回。八月三十一日の夜、彼がわたしに告げた言葉は。<br />
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『――僕は、あなたのことが』<br />
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「……長門さん」<br />
「なんでも、ない」 <br />
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訝しむ古泉一樹は知らない。わたしが蓄積し続ける、エラーのことを、知らない。 </p>