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見つめていたい」(2007/08/24 (金) 00:28:40) の最新版変更点

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<p>いよいよ冬将軍が本気を出し天下統一をめざそうかとしている一月某日、俺は授業が終わると、<br> ナンパの極意を伝授してやるから2000円貸せとか言う谷口にドライアイスな視線を送ってから部室へと走った。<br> う~さむい。こんな日はマイハニー朝比奈さんの入れる暖かいお茶が恋しいぜ。とはいえ、どんなに急いでいてもノックは忘れない。<br> 勢いに任せてドアをぶち破る団長殿とは違うのさ。こんこんっと。<br> 「は~い、どうぞぉ~」」<br> おおこの声はマイハニー。ドアを開けるとハルヒはいない。あと古泉もいない。朝比奈さんと長門だけのようだ。<br> 長門は寒さなど微塵も感じてはいなさそうだが、手にしている分厚い本の前には湯気が立ち上るカップが見える。いい香りだ。<br> 何だろう、今日はいつにもましてお茶の香りが強い。<br> 今日は紅茶ですか、いいですね。<br> 「はい、ちょっと気分を変えてみたくて。寒いですし。今いれますね」<br> そういうと、カセットコンロに火をつけた。ふと目をやるとコンロの上にはなぜかいつものヤカンではなく鍋が乗っかっている。<br> 「今日はちょっと頑張ってロイヤルミルクティーです。お鍋で煮出すんですよ。ティーパックよりずっと香りがいいんです」<br> なるほど。しかしまたずいぶんと手間のかかることをするものだ。一体朝比奈さんはどこへ向かおうとしているのだろうか。<br> 本当に森さんのことろで本格的にメイド修行をさせてみることを検討してみてもいいかもしれない。<br> クスリと笑いながらSOS団専属メイドさんは鍋を真剣に見つめている。<br> 何もそこまでせんでもと思いつつ、全力でかいがいしく俺の紅茶を入れてくれる朝比奈さんを網膜に映し<br> 冬の乾燥した空気に疲れた目の保養とした。しばらく見ているとふとこちらを向いた朝比奈さんと目があった。<br> 「え、あ、どうしたんですか、あたしの顔に何かついてます?」<br> いえいえ、あなたの美しいお姿を拝見していたまでですよ。<br> 「そんな、照れます。それに涼宮さんにそんなこと聞かれたら・・・」<br> 涼宮、という単語におもわず周りを見回してしまったが、大丈夫。あいつはいない。おれは少し調子に乗ってみる。<br> あんなやつのことはどうでもいいんですよ。俺はただあなたを見つめていたいんです。<br> 「そんな・・・えと、あの、」<br> 顔が真っ赤だ。いやあかわいいのなんのって、この時ほどSOS団団員その一であって良かったと思うことはない。<br> 横からページをめくる音とともに感じる絶対零度の視線はおそらく気のせいだ。うん、気のせい<br> ・・・・・・痛い。なんか刺さる。<br> たまらず後ろを振り向くと、長門が俺を射抜くようにまっすぐ見ていた。発する言葉が見つからず、<br> しばしその状態が続いた。視線が長門から外せない。なんか、外すと何か起きそうだ。しかしそこは朝比奈さんが救済してくれた。<br> 「はい、キョン君できました。熱いので気をつけてくださいね」<br> ありがとうございます。<br> すかさず朝比奈さんに視線を移し、労をねぎらうつもりで笑顔を作る。少しのあいだ視線が重なったが、<br> すぐにそらされてしまった。恥ずかしがり屋さんなのだ。<br> 「あの・・・これ、よかったら」<br> スティックの砂糖だった。いえ、甘さなんてあなたの笑顔だけで十分です。とろけます。<br> やはり香りが違いますね、香りが。さすがです。うんうん。<br> 湯気の立ち上るカップに口をつけ、冷えた体を温める。<br> 俺の反応が気になるのか、今度は朝比奈さんが俺を見ている。<br> そんなに心配しなくても、あなたの入れるお茶はいつだってほっぺたメルトダウンですよ。心まで温まります。<br> 「よかったぁ~。ありがとうございます」<br> 俺は視線を紅茶に映る自分へと向けなおし、ハルヒの到着が遅くなることを祈っていたのだが<br> 朝比奈さんは俺のほうを向き続けている。<br> やわらかい視線が俺に向けられている。悪くない感覚だがそれでもやはり気になる。どうしたんですか。<br> 「い、いえ、その、私は自分が入れたお茶を飲んでくれている人の顔を見るのがすきなんです」<br> そうですか<br> 「キョン君がおいしそうな顔をしているのをずっと見ていたんです。なーんて。」<br> はは、なんか照れますね<br> パタン、と本を閉じる音がした。ん?どうした長門よ。まだ帰るには早いだろう。<br> 「おかわり」<br> 長門が空のカップを突き出している。<br> 「は、はい。ただいま」<br> 「コーヒーがいい」<br> 「え?コーヒーですか。ごめんなさい置いてないんです。明日には準備し」<br> 「買ってきて」<br> 聞き間違えかと思ったのだが<br> 「買ってきて」<br> そう言う長門の手には120円が握られていた。<br> 「あ、はい。すぐ行ってきますね」<br> 朝比奈さんは何の疑問も反感も抱かずに素直に長門のお使いにしたがって部室を出ていってしまった。<br> あわてて外の自販機へと向かう朝比奈さん。それをじっと見送る長門。微妙な空気を感じる俺。<br> ・・・・・・寒いな。<br> まあ長門にだってたまにはコーヒーが飲みたいときもあるのだろう。<br> もう一口飲もうとカップに手を伸ばそうとしたら、俺とカップのあいだに長門がいた。<br> 二つの黒い瞳が俺の両目を捉えて離さない。<br> 「・・・・・・」<br> なんだ、どうした。<br> 「あなたに話がある」<br> だから朝比奈さんを<br> 「そう。この件に関して朝比奈みくるに聞かれるのは不都合だと判断した」<br> で、何だ?またあいつがなんかやらかしたのか?<br> 「ちがう。私にエラーが発生した」<br> なんだと!<br> 「・・・・・・」<br> どうした。<br> 「少し待っていて。エラー」<br> おいおい大丈夫かよ<br> 「・・・先ほどよりあなたと朝比奈みくるが視線を合わせていたのが・・・・」<br> なんかまずかったのか?別に大丈夫だろ?ハルヒもいないことだ。<br> 「エラーの原因と推測される」<br> 何だそりゃ。あれか?俺の見ている世界と朝比奈さんが見ている世界がどうのこうのとかいう古泉的な話はごめんだぜ?<br> 「わたしにはわからない。情報統合思念体にアクセスしエラーを解析した結果」<br> で、どうすればそのエラーは解決できるんだ。俺は何をすればいいんだい?長門さん。<br> 「ある特定の言葉を発すればいい」<br> 呪文なのか。何て言えばいいんだ<br> 「あなたではない。私が言うべき言葉。あなたは聞く役割」<br> そうなのか。じゃあ、いくらでも聞いてやるよ。<br> 「・・・・・・」<br> さあこい<br> 「すこし、まって」<br> 早くしないと朝比奈さん帰ってきちまうぞ。<br> 「わた、わたしは・・・あ、・・・あな、あなた」<br> うん?俺がどうしたって?<br> 「み、みて、みつm・・・・・・・たぃ」<br> すまん、よく聞こえないんだが<br>  <br>  <br> 長門がその吸い込んだ息を声に変えようとした瞬間<br> 突然ドアが開いた。<br> 「ただいま戻りましたー。長門さん、コーヒーです」<br> 「やっほー!ごめーん遅れちゃった。鶴屋さんがさー」<br> 一瞬躊躇したのか、朝比奈さん&ハルヒの登場を予測できていなかったのか<br> 「!!わわ、わたしはあなたを煮詰めていたい!」<br> と、早口にまくし立てた。<br> どんな呪文だ。<br> というか俺、煮られるのか。<br> 朝比奈さんは状況を理解できずに缶コーヒーを手にしたまま、ポカーンとしている。<br> 「え?え?長門さん?えーと、あ、お鍋なら貸しますよ?」<br> いやいやいやいや。何をおっしゃるんですか。<br> 「何?どうしたの?何でキョンを煮るの?」<br> 少し黙っててくれ、いま長門は職務遂行中なんだ。<br> それより長門、エラーはどうなった。<br> なんだかよくわからんが、きっと俺には理解できない宇宙的な意味がこめられていたんだろ?<br> 一ミクロンほど長門の表情が変化したような気がするが、すぐに元に戻った。気のせいだったか。<br> 「・・・・・・そう。あなたには理解できない」<br> でも俺はちゃんとお前のせりふを聞いたぞ。これでいいんだよな。<br> さっきまでの俺を飲み込もうかという深い視線が下に行き、長門はくるりと後を向いた。<br> 不揃いなショートカットが一瞬遅れてふわりと舞う。<br> 「もう、いい」<br> どうやら問題は解決したようだ。<br> 「ねぇ、ちょっとなんなのよ。あんた有希に何したのよ」<br> 何もしていないって。ただ長門とジャムの作り方についておしゃべりしてただけさ。<br> 「うそ、有希の顔にちゃんと書いてあるわ。」<br> すでに長門は読書を再開し、いつもどおりのポジションにいつもどおりの無表情で文字を追いかけている。<br> 俺にはそんな顔には見えんが。<br> 「あたしにはわかるの。有希は悲しんでいるわ、絶対」<br> 本の内容が悲劇なんじゃないのか。<br> 「ごまかさないでよ」<br> ごまかすも何も、俺はただ黙って長門の話しを聞いていただけだ。何もしちゃいない。<br> ハルヒは目標を変更したようで、今度は長門が座っているいすの前に立った。<br> 「有希?あなたキョンに何されたの?無口キャラもあたしは好きだけど、言いたいことははっきりと言わなきゃダメよ」<br> ハルヒの大きな強い目が長門の顔を覗き込んでいる。しかし長門は本から顔をそらさず<br> 「大丈夫」<br> 「でも」<br> 「彼は何もしていない」<br> ページに言葉を落とした。<br> 「ちょっと有希、ちゃんとこっち見て。話すときは相手の顔を見て話さなきゃダメじゃない」<br> 心配するのか怒るのか、どっちなんだ。というかお前が長門の読書に割り込んでいるんだ。邪魔するなよ。<br> 長門は本を閉じた。<br> 「ごめんなさい」<br> 今度はきちんとハルヒの顔を見てこたえる。<br> 「でも、本当に大丈夫」<br> 「そう?有希がそう言うんならいいけど・・・」<br> 「そう」<br> 「ならいいわ。キョン、有希に感謝しなさいよ」<br> だから何もしてないっつーの。<br> 長門はハルヒに、ありがとう、とつぶやいてまた読書に戻っていった。<br> ちょうど一段落したところで、古泉がやってきた。いつものさわやかスマイルは今日も健在だ。<br> 「いや、すいません涼宮さん。担任に進路のことで呼び出されてしまって、遅くなりました」<br> 「なら仕方ないわね」<br> といったものの、この日は別に何をするわけでもなく俺と古泉はボードゲームの盤をにらみ合い、<br> ハルヒは朝比奈さんをいじって遊び、長門は読書。<br> 紅茶が香る部室の中でのんびりと過ごした。<br> どれほど経っただろうか。もう外は真っ暗だ。まんまるお月さんが煌々と照っている。<br> 長門が本をパタンと閉じ、それを合図に本日の活動は終了。それぞれ帰る支度をして、校門のところまで出てきた。<br> 外は寒い。俺はポケットに手を突っ込む。<br> 古泉の携帯が鳴り出した。<br> なんだ?今日のハルヒは別にいつもと変わるところはなかったと思うが。<br> しかし、自称ハルヒの精神のエキスパートはハルヒをちらちらと眺めながら、俺を見て肩をすくめた。<br> 「すいません。急遽バイトが入ってしまいました。お先に失礼します」<br> そういって古泉は走っていってしまった。ご苦労様なこった。<br> さて、俺もとっとと帰ってシャミセンで暖でもとろうかと考えつつ、歩き出そうとしたところで<br> ハルヒに急ブレーキをかけられた。<br> 何しやがる。服が伸びるだろうが。<br> 「キョン、あんた有希を家まで送っていきなさい」<br> なぜ?<br> 「こんな暗い夜道を女の子一人で歩かせようっての?」<br> 長門を襲える奴がいるのなら是非見てみたいものだが、しかし本当にそんな奴が現れたら恐怖なので<br> やはり現れないに越したことはない。<br> 別に今までだって一人で帰ってたじゃないか。<br> 「いいから、送っていきなさい!」<br> ハルヒが俺の胸倉を掴んで無理やり引き寄せた<br> 「それで、ちゃんと今日のこと謝りなさい。有希を悲しませた罪は重いわよ」<br> 完全に俺が何かしたことになっている。あれはお前の勘違いだって何度言ったら<br> 「有希はね、思っていることをなかなか強く言えない子のなのよ」<br> お前と違ってな。<br> 「有希に変なことしたら死刑よ!送っていくだけだからね!」<br> 思い切り足を踏まれた。<br> 「さ、みくるちゃん帰りましょ」<br> 「は、はい」<br> ハルヒは朝比奈さんを掴んで歩き出した。<br> なんと弁解しようかと考えていると二人はいきなり走り出した。片方は引きずられているが。<br> そしてあっという間に夜にまぎれて見えないところまで行ってしまった。なんとしても送らせる気か。別にかまわないが。<br> 長門はぽつねんと立っている。<br> ・・・あ~、行こうか?<br> 「別に面倒ならいい。私を送って行かなくても涼宮ハルヒにはわからない」<br> 長門は俺を一瞥して歩き出した。<br> おいおい、待ってくれよ。送っていくって。団長命令だからな。<br> 長門はまっすぐ前を向いたまま、すたすたと歩いていく。早い。<br> いろいろな話題を振ってみるが、いつもどおり返事は単語でしか返ってこない。<br> いや、いつも以上に口数が少ないように感じる。そして早い。<br> 寒いのだろうか。<br> 俺はあまり発展しない会話を打ち切り、澄んだ空気の中、月明かりに無機質に輝く長門の白い肌を眺めつつ歩いた。<br> 谷口的美的ランクAマイナーの端正な顔立ち。長門は人と話すときはまったく人の顔を見ないか、<br> 全力でこちらの顔を注視するかのどちらかで、前者の場合はたいてい本を読んでいて顔はまったく見えず、<br> 後者の場合は沈黙でも流れようものなら、あまりに気まずいのでこちらが先に顔をそむけてしまうので、こんなに時間をかけて<br> 長門の顔に注目するのは初めてだった。<br> 頬に朱がさしてきた。冬だからな。<br> さらに歩調が速くなる。俺のほうがコンパスは長いはずだが置いていかれそうになる。<br> 寒くないか?<br> 「別に」<br> そうか。<br> こいつの体温調節機能はどうなっているのだろうか。少し気になる。<br> なおも長門を眺めつつ歩いていると、だんだん歩調が揺るやかになってきた。暖まってきたのか。<br> 突然長門がこっちを振り向いた。<br> 「何?」<br> あ、いや、別に。気になったならすまん。<br> 「そう」<br> ずいぶんとじっくり見過ぎていたようだった。<br> そうだ、長門。<br> 「何」<br> ちょっとほっぺた触っていいか<br> 「なぜ?」<br> いや、そんなたいした意味はないんだが・・・気になることがあって。<br> 「・・・・・かまわない」<br> 俺はポケットから手を出し、そっと長門の頬に触れた。冷たかった。<br> 「・・・・・あたたかい」<br> そうか?<br> ヒーター機能とかは付いてないらしい。<br> 長門が歩みを止めた。<br> まさか心の中を読まれたか?<br> ど、どうしたんだ?<br> 「今日は別の道を行く」<br> 何か用事でもあるのか<br> 「そうではない。ただし、このまま進むとあなたにとって良くないことが起きると考えられる」<br> 一体なんだ?<br> 「聞かないほうがいい」<br> そんなに恐ろしいことが起こるのか?古泉の待ち伏せなんかはリアルでありそうだが・・・・・・。<br> しかし長門様のご神託だ。あまり突っ込まず素直に従うとしよう。少し遠回りだがな。<br> 他の女子とだったらもっと会話が弾めば楽しいんだろうが、<br> こいつにマシンガントークをかまされても対応に困るので、これはこれでいい。<br> 黙ったままの長門を横目で見る。<br> ハルヒはああ言っていたが、最近の長門はそれなりにはっきり言うようになってきた。<br> 一度など説教されたことがあるくらいだ。<br> 思えばこいつに何度助けられただろうか。そしてこれからどれくらいの迷惑をかけるだろうか。<br> そんなことを考えていると、また長門が止まった。その視線の先にはくるくる回るファミレスの看板が光っている。<br> ・・・・・・まあ、いいか。世話になっているからな。こいつには。<br> ハルヒに理不尽にジュースをおごってやるよりかは正しい金の使い道だ。<br> なんか食っていくか?おごってやるよ。<br> 「ありがとう」<br> テーブルについてはや五分。長門はまだメニューを開いて迷っている。というかさっきから同じページしか見ていない。<br> 一箇所をずーっと見てぶれない。放っておけば何時間でもそうしているかもしれない。<br> 自分からこれがいいと言わないのは俺に気を使っているからだろうか。<br> ポケットの中の財布を握る。確認するまでもなく、シャミセンのくしゃみでも飛んでいってしましそうな軽さ。<br> しかし俺も男だ。ここで退くわけにはいかない。<br> そして十分後。<br> 俺の視線の先にはもくもくと和牛ステーキセットを食べる長門がいた。<br> 俺?ファミレスにはドリンクバーというものがあってだな。だからつまりそういうことだ。<br> 飲み放題だが、だからといってそう何杯も飲めるわけではないホットコーヒーすすりつつ、長門が食べ終わるのを待った。<br> 「ごちそうさま」<br> うまかったか?<br> 「おいしかった。ありがとう」<br> いつも世話になってるからな。これくらいかまわないさ。<br> 長門は口の周りを拭き、グラスの水を飲み干して<br> 「あなたに話がある」<br> 本日二度目だな。そのせりふ。<br> 「今日のエラーに関して」<br> 気にするなって。もう回復したんだろ?<br> 「実はまだ完全に回復したわけではない」<br> 本当か?さっき俺が聞いた呪文だけじゃ足りなかったのか。<br> まさか過去に戻ったり、鍵を探したり、なにやらややこしいことをしなくてはならないのだろうか。<br> 「学校であなたに伝えた言葉が不正確だった」<br> 宇宙的なパワーの宿る長門御大の言霊など俺には理解のしようもないことなので<br> どこがどういう理由で回復できなかったのかはわからない。<br> まあ、煮詰められても困るわけだが。<br> 「もう一度、言う。だから聞いて」<br> もちろん聞きますとも。<br> さあこい。<br> 「あ、あなた・・・・・」<br> また口ごもっているように聞こえるのは気のせいか?<br> もしかしてあの高速言語なのだろうか。だとしたら俺には聞き取れないと思うんだが。<br> 「わた・・・も・・・・・・みつ・・・たぃ」<br> どういうわけか長門は黙り込んでしまった。<br> 終わったのか?<br> 「まだ。もうすこしまってて。」<br> なんだか珍しく不調だな。これがエラーか。<br> しばらく長門は俺を見たり、空になった皿を見たり、なんだか落ち着かないそぶりを見せていた。こんな長門は初めて見る。レアだ。<br> それでもさほど不安を感じないのはここがファミレスで、のんびりした空気が流れているからだろう。<br> 閉鎖空間で挙動不審な長門なんぞを目にした日には俺の最後のつっかえ棒が折れてしまう。<br> まだかかりそうか?<br> 「申し訳ないと思っている。でも、伝える。まってて」<br> そりゃ待っていますとも。なんならお前の準備が整うまで俺が話しをしてもいいか?<br> 「かまわない」<br> 突然どうしたのかと思ったのか、うろうろしていた視線が俺の顔に落ち着いた。<br> いや、たいしたことじゃないんだが、いつも世話になって悪いな、と思ってさ。<br> 「それが私のすべきこと。だから気にしなくていい」<br> そうは言うけど、やはり申し訳ないんだよ。世話になりっぱなしで何か恩返しをしなきゃいけないとは<br> 思っているんだが、何もできなくて。<br> 「そんなことはない。図書館のカードも作ってくれた」<br> あれは、そうでもしないとお前が<br> 「それに、SOS団の活動も、私はあなたのおかげで楽しく過ごせていると感じている」<br> そうなのか?<br> 「見ていて飽きない」<br> ・・・そうか。<br> たぶんこれからもお前にはたくさん世話になると思うんだ。もしかしたらまた刺されるなんてことがあるかもしれない。<br> もちろんできる限りは自分の力で何とかするさ。迷惑はかけたくない。<br> でもやっぱりどうしようもない時があるかもしれない。<br> だからさ、俺はこんな飯をおごってやることぐらいしかできないけどさ、<br> せめてこれからも見守っていて欲しいんだ。俺のことも、みんなのこともさ。<br> 「了解した。・・・・・・私もあなたを見ていたいと思う」<br> 頼むよ。<br> 「きちんと見つめている。だから安心して。」<br> すまんな。長々とこんな話し。きちんと言う機会がなくてな。<br> 俺はすでに冷めてしまったコーヒーを一口飲んで、しゃべりつかれたのどを潤した。<br> しばしの沈黙。<br> ありがとうよ、長門。<br> さて、で、そろそろキーワードは言えそうかい?<br> 「・・・・・・もう必要ない」<br> しかし、エラーが<br> 「エラーの原因となった問題は解決された」<br> どうやって。<br> 「わたしにはわからない。気付いたら解決されていた」<br> さっきまでの落ち着かない雰囲気は消えていて、いつもどおりの長門がそこにいた。<br> 微細ながらも、なんだか安堵したようにもうれしそうにも見える。<br> そんなにおいしかったのか。ステーキ。<br> それにしても気付いたら解決って・・・・・そういうもんなのか?<br> 「そういうもん」<br> 長門は俺を見上げて柔らかに答えた。<br> そうか。俺には長門が対処しきれないことなんてどうしようもないからな。そういうもんなんだろ。<br> 解決したんなら結果オーライだ。<br> そろそろ出るとしよう。<br> 会計で少しばかり後悔したくなったが、何、安いもんさ。<br> 外に出ると、さっきより高い位置にきれいに月が浮かんでいた。<br> ファミレスから長門の家までたいした距離もなかったが、腹一杯になったせいか、<br> 長門はだいぶゆっくりしたスピードで月明かりの夜道を歩いた。俺もそれに合わせて並んで歩く。<br> 歩きながら長門がちらちらと俺を見上げる。どうした?<br> 「なんでもない」<br> そうか?<br> マンションの前に到着したその別れ際、長門はじいいっと俺を見つめた。黒い瞳の中に丸い月が映っている。<br> その光に反射して瞳がなんだか潤んで見える。<br> 月は人を狂わせる。おもわずそんな言葉が頭をよぎる。<br> 次の瞬間ハルヒの言葉が去来した。いやいや、俺も死刑はいやなんでね。<br> しかし谷口のランクもアテにならんな。もう一段上位に格付けしてやったほうがいい。<br> そんな月下の美少女は俺を吸い込みそうな瞳で、瞬きもせずに<br> 「つぎは高級霜降りハンバーグ」<br> ・・・・・・やれやれ。<br> まさかハルヒや朝比奈さんのいる前でドリンク以上の食事メニュ-をおごるわけにもいかんしな・・・。<br> 俺はこれからますます寒さを増していくであろう冬の夜と財布を予想して溜息をついた。<br> そんな俺の憂鬱にフォローにならない言葉がかけられた<br>  <br> 「大丈夫。私だけ」<br>  <br>  <br>  <br>  <br>  <br> おしまいです</p>
<p> いよいよ冬将軍が本気を出し天下統一をめざそうかとしている一月某日、俺は授業が終わると、ナンパの極意を伝授してやるから2000円貸せとか言う谷口にドライアイスな視線を送ってから部室へと走った。<br> う~さむい。こんな日はマイハニー朝比奈さんの入れる暖かいお茶が恋しいぜ。とはいえ、どんなに急いでいてもノックは忘れない。<br> 勢いに任せてドアをぶち破る団長殿とは違うのさ。こんこんっと。<br> 「は~い、どうぞぉ~」」<br> おおこの声はマイハニー。ドアを開けるとハルヒはいない。あと古泉もいない。朝比奈さんと長門だけのようだ。<br> 長門は寒さなど微塵も感じてはいなさそうだが、手にしている分厚い本の前には湯気が立ち上るカップが見える。いい香りだ。<br> 何だろう、今日はいつにもましてお茶の香りが強い。<br> 今日は紅茶ですか、いいですね。<br> 「はい、ちょっと気分を変えてみたくて。寒いですし。今いれますね」<br> そういうと、カセットコンロに火をつけた。ふと目をやるとコンロの上にはなぜかいつものヤカンではなく鍋が乗っかっている。<br> 「今日はちょっと頑張ってロイヤルミルクティーです。お鍋で煮出すんですよ。ティーパックよりずっと香りがいいんです」<br> なるほど。しかしまたずいぶんと手間のかかることをするものだ。一体朝比奈さんはどこへ向かおうとしているのだろうか。<br> 本当に森さんのことろで本格的にメイド修行をさせてみることを検討してみてもいいかもしれない。<br> クスリと笑いながらSOS団専属メイドさんは鍋を真剣に見つめている。<br> 何もそこまでせんでもと思いつつ、全力でかいがいしく俺の紅茶を入れてくれる朝比奈さんを網膜に映し冬の乾燥した空気に疲れた目の保養とした。しばらく見ているとふとこちらを向いた朝比奈さんと目があった。<br> 「え、あ、どうしたんですか、あたしの顔に何かついてます?」<br> いえいえ、あなたの美しいお姿を拝見していたまでですよ。<br> 「そんな、照れます。それに涼宮さんにそんなこと聞かれたら・・・」<br> 涼宮、という単語におもわず周りを見回してしまったが、大丈夫。あいつはいない。おれは少し調子に乗ってみる。<br> あんなやつのことはどうでもいいんですよ。俺はただあなたを見つめていたいんです。<br> 「そんな・・・えと、あの、」<br> 顔が真っ赤だ。いやあかわいいのなんのって、この時ほどSOS団団員その一であって良かったと思うことはない。<br> 横からページをめくる音とともに感じる絶対零度の視線はおそらく気のせいだ。うん、気のせい・・・・・・痛い。なんか刺さる。<br> たまらず後ろを振り向くと、長門が俺を射抜くようにまっすぐ見ていた。発する言葉が見つからず、しばしその状態が続いた。視線が長門から外せない。なんか、外すと何か起きそうだ。しかしそこは朝比奈さんが救済してくれた。<br> 「はい、キョン君できました。熱いので気をつけてくださいね」<br> ありがとうございます。<br> すかさず朝比奈さんに視線を移し、労をねぎらうつもりで笑顔を作る。少しのあいだ視線が重なったが、すぐにそらされてしまった。恥ずかしがり屋さんなのだ。<br> 「あの・・・これ、よかったら」<br> スティックの砂糖だった。いえ、甘さなんてあなたの笑顔だけで十分です。とろけます。<br> やはり香りが違いますね、香りが。さすがです。うんうん。<br> 湯気の立ち上るカップに口をつけ、冷えた体を温める。<br> 俺の反応が気になるのか、今度は朝比奈さんが俺を見ている。<br> そんなに心配しなくても、あなたの入れるお茶はいつだってほっぺたメルトダウンですよ。心まで温まります。<br> 「よかったぁ~。ありがとうございます」<br> 俺は視線を紅茶に映る自分へと向けなおし、ハルヒの到着が遅くなることを祈っていたのだが朝比奈さんは俺のほうを向き続けている。<br> やわらかい視線が俺に向けられている。悪くない感覚だがそれでもやはり気になる。どうしたんですか。<br> 「い、いえ、その、私は自分が入れたお茶を飲んでくれている人の顔を見るのがすきなんです」<br> そうですか<br> 「キョン君がおいしそうな顔をしているのをずっと見ていたんです。なーんて。」<br> はは、なんか照れますね<br> パタン、と本を閉じる音がした。ん?どうした長門よ。まだ帰るには早いだろう。<br> 「おかわり」<br> 長門が空のカップを突き出している。<br> 「は、はい。ただいま」<br> 「コーヒーがいい」<br> 「え?コーヒーですか。ごめんなさい置いてないんです。明日には準備し」<br> 「買ってきて」<br> 聞き間違えかと思ったのだが<br> 「買ってきて」<br> そう言う長門の手には120円が握られていた。<br> 「あ、はい。すぐ行ってきますね」<br> 朝比奈さんは何の疑問も反感も抱かずに素直に長門のお使いにしたがって部室を出ていってしまった。<br> あわてて外の自販機へと向かう朝比奈さん。それをじっと見送る長門。微妙な空気を感じる俺。<br> ・・・・・・寒いな。<br> まあ長門にだってたまにはコーヒーが飲みたいときもあるのだろう。<br> もう一口飲もうとカップに手を伸ばそうとしたら、俺とカップのあいだに長門がいた。<br> 二つの黒い瞳が俺の両目を捉えて離さない。<br> 「・・・・・・」<br> なんだ、どうした。<br> 「あなたに話がある」<br> だから朝比奈さんを<br> 「そう。この件に関して朝比奈みくるに聞かれるのは不都合だと判断した」<br> で、何だ?またあいつがなんかやらかしたのか?<br> 「ちがう。私にエラーが発生した」<br> なんだと!<br> 「・・・・・・」<br> どうした。<br> 「少し待っていて。エラー」<br> おいおい大丈夫かよ<br> 「・・・先ほどよりあなたと朝比奈みくるが視線を合わせていたのが・・・・」<br> なんかまずかったのか?別に大丈夫だろ?ハルヒもいないことだ。<br> 「エラーの原因と推測される」<br> 何だそりゃ。あれか?俺の見ている世界と朝比奈さんが見ている世界がどうのこうのとかいう古泉的な話はごめんだぜ?<br> 「わたしにはわからない。情報統合思念体にアクセスしエラーを解析した結果」<br> で、どうすればそのエラーは解決できるんだ。俺は何をすればいいんだい?長門さん。<br> 「ある特定の言葉を発すればいい」<br> 呪文なのか。何て言えばいいんだ<br> 「あなたではない。私が言うべき言葉。あなたは聞く役割」<br> そうなのか。じゃあ、いくらでも聞いてやるよ。<br> 「・・・・・・」<br> さあこい<br> 「すこし、まって」<br> 早くしないと朝比奈さん帰ってきちまうぞ。<br> 「わた、わたしは・・・あ、・・・あな、あなた」<br> うん?俺がどうしたって?<br> 「み、みて、みつm・・・・・・・たぃ」<br> すまん、よく聞こえないんだが<br>  <br>  <br> 長門がその吸い込んだ息を声に変えようとした瞬間<br> 突然ドアが開いた。<br> 「ただいま戻りましたー。長門さん、コーヒーです」<br> 「やっほー!ごめーん遅れちゃった。鶴屋さんがさー」<br> 一瞬躊躇したのか、朝比奈さん&ハルヒの登場を予測できていなかったのか<br> 「!!わわ、わたしはあなたを煮詰めていたい!」<br> と、早口にまくし立てた。<br> どんな呪文だ。<br> というか俺、煮られるのか。<br> 朝比奈さんは状況を理解できずに缶コーヒーを手にしたまま、ポカーンとしている。<br> 「え?え?長門さん?えーと、あ、お鍋なら貸しますよ?」<br> いやいやいやいや。何をおっしゃるんですか。<br> 「何?どうしたの?何でキョンを煮るの?」<br> 少し黙っててくれ、いま長門は職務遂行中なんだ。<br> それより長門、エラーはどうなった。<br> なんだかよくわからんが、きっと俺には理解できない宇宙的な意味がこめられていたんだろ?<br> 一ミクロンほど長門の表情が変化したような気がするが、すぐに元に戻った。気のせいだったか。<br> 「・・・・・・そう。あなたには理解できない」<br> でも俺はちゃんとお前のせりふを聞いたぞ。これでいいんだよな。<br> さっきまでの俺を飲み込もうかという深い視線が下に行き、長門はくるりと後を向いた。<br> 不揃いなショートカットが一瞬遅れてふわりと舞う。<br> 「もう、いい」<br> どうやら問題は解決したようだ。<br> 「ねぇ、ちょっとなんなのよ。あんた有希に何したのよ」<br> 何もしていないって。ただ長門とジャムの作り方についておしゃべりしてただけさ。<br> 「うそ、有希の顔にちゃんと書いてあるわ。」<br> すでに長門は読書を再開し、いつもどおりのポジションにいつもどおりの無表情で文字を追いかけている。<br> 俺にはそんな顔には見えんが。<br> 「あたしにはわかるの。有希は悲しんでいるわ、絶対」<br> 本の内容が悲劇なんじゃないのか。<br> 「ごまかさないでよ」<br> ごまかすも何も、俺はただ黙って長門の話しを聞いていただけだ。何もしちゃいない。<br> ハルヒは目標を変更したようで、今度は長門が座っているいすの前に立った。<br> 「有希?あなたキョンに何されたの?無口キャラもあたしは好きだけど、言いたいことははっきりと言わなきゃダメよ」<br> ハルヒの大きな強い目が長門の顔を覗き込んでいる。しかし長門は本から顔をそらさず<br> 「大丈夫」<br> 「でも」<br> 「彼は何もしていない」<br> ページに言葉を落とした。<br> 「ちょっと有希、ちゃんとこっち見て。話すときは相手の顔を見て話さなきゃダメじゃない」<br> 心配するのか怒るのか、どっちなんだ。というかお前が長門の読書に割り込んでいるんだ。邪魔するなよ。<br> 長門は本を閉じた。<br> 「ごめんなさい」<br> 今度はきちんとハルヒの顔を見てこたえる。<br> 「でも、本当に大丈夫」<br> 「そう?有希がそう言うんならいいけど・・・」<br> 「そう」<br> 「ならいいわ。キョン、有希に感謝しなさいよ」<br> だから何もしてないっつーの。<br> 長門はハルヒに、ありがとう、とつぶやいてまた読書に戻っていった。<br> ちょうど一段落したところで、古泉がやってきた。いつものさわやかスマイルは今日も健在だ。<br> 「いや、すいません涼宮さん。担任に進路のことで呼び出されてしまって、遅くなりました」<br> 「なら仕方ないわね」<br> といったものの、この日は別に何をするわけでもなく俺と古泉はボードゲームの盤をにらみ合い、ハルヒは朝比奈さんをいじって遊び、長門は読書。<br> 紅茶が香る部室の中でのんびりと過ごした。<br> どれほど経っただろうか。もう外は真っ暗だ。まんまるお月さんが煌々と照っている。<br> 長門が本をパタンと閉じ、それを合図に本日の活動は終了。それぞれ帰る支度をして、校門のところまで出てきた。<br> 外は寒い。俺はポケットに手を突っ込む。<br> 古泉の携帯が鳴り出した。<br> なんだ?今日のハルヒは別にいつもと変わるところはなかったと思うが。<br> しかし、自称ハルヒの精神のエキスパートはハルヒをちらちらと眺めながら、俺を見て肩をすくめた。<br> 「すいません。急遽バイトが入ってしまいました。お先に失礼します」<br> そういって古泉は走っていってしまった。ご苦労様なこった。<br> さて、俺もとっとと帰ってシャミセンで暖でもとろうかと考えつつ、歩き出そうとしたところでハルヒに急ブレーキをかけられた。<br> 何しやがる。服が伸びるだろうが。<br> 「キョン、あんた有希を家まで送っていきなさい」<br> なぜ?<br> 「こんな暗い夜道を女の子一人で歩かせようっての?」<br> 長門を襲える奴がいるのなら是非見てみたいものだが、しかし本当にそんな奴が現れたら恐怖なのでやはり現れないに越したことはない。<br> 別に今までだって一人で帰ってたじゃないか。<br> 「いいから、送っていきなさい!」<br> ハルヒが俺の胸倉を掴んで無理やり引き寄せた<br> 「それで、ちゃんと今日のこと謝りなさい。有希を悲しませた罪は重いわよ」<br> 完全に俺が何かしたことになっている。あれはお前の勘違いだって何度言ったら<br> 「有希はね、思っていることをなかなか強く言えない子のなのよ」<br> お前と違ってな。<br> 「有希に変なことしたら死刑よ!送っていくだけだからね!」<br> 思い切り足を踏まれた。<br> 「さ、みくるちゃん帰りましょ」<br> 「は、はい」<br> ハルヒは朝比奈さんを掴んで歩き出した。<br> なんと弁解しようかと考えていると二人はいきなり走り出した。片方は引きずられているが。<br> そしてあっという間に夜にまぎれて見えないところまで行ってしまった。なんとしても送らせる気か。別にかまわないが。<br> 長門はぽつねんと立っている。<br> ・・・あ~、行こうか?<br> 「別に面倒ならいい。私を送って行かなくても涼宮ハルヒにはわからない」<br> 長門は俺を一瞥して歩き出した。<br> おいおい、待ってくれよ。送っていくって。団長命令だからな。<br> 長門はまっすぐ前を向いたまま、すたすたと歩いていく。早い。<br> いろいろな話題を振ってみるが、いつもどおり返事は単語でしか返ってこない。<br> いや、いつも以上に口数が少ないように感じる。そして早い。<br> 寒いのだろうか。<br> 俺はあまり発展しない会話を打ち切り、澄んだ空気の中、月明かりに無機質に輝く長門の白い肌を眺めつつ歩いた。<br> 谷口的美的ランクAマイナーの端正な顔立ち。長門は人と話すときはまったく人の顔を見ないか、全力でこちらの顔を注視するかのどちらかで、前者の場合はたいてい本を読んでいて顔はまったく見えず、後者の場合は沈黙でも流れようものなら、あまりに気まずいのでこちらが先に顔をそむけてしまうので、こんなに時間をかけて<br> 長門の顔に注目するのは初めてだった。<br> 頬に朱がさしてきた。冬だからな。<br> さらに歩調が速くなる。俺のほうがコンパスは長いはずだが置いていかれそうになる。<br> 寒くないか?<br> 「別に」<br> そうか。<br> こいつの体温調節機能はどうなっているのだろうか。少し気になる。<br> なおも長門を眺めつつ歩いていると、だんだん歩調が揺るやかになってきた。暖まってきたのか。<br> 突然長門がこっちを振り向いた。<br> 「何?」<br> あ、いや、別に。気になったならすまん。<br> 「そう」<br> ずいぶんとじっくり見過ぎていたようだった。<br> そうだ、長門。<br> 「何」<br> ちょっとほっぺた触っていいか<br> 「なぜ?」<br> いや、そんなたいした意味はないんだが・・・気になることがあって。<br> 「・・・・・かまわない」<br> 俺はポケットから手を出し、そっと長門の頬に触れた。冷たかった。<br> 「・・・・・あたたかい」<br> そうか?<br> ヒーター機能とかは付いてないらしい。<br> 長門が歩みを止めた。<br> まさか心の中を読まれたか?<br> ど、どうしたんだ?<br> 「今日は別の道を行く」<br> 何か用事でもあるのか<br> 「そうではない。ただし、このまま進むとあなたにとって良くないことが起きると考えられる」<br> 一体なんだ?<br> 「聞かないほうがいい」<br> そんなに恐ろしいことが起こるのか?古泉の待ち伏せなんかはリアルでありそうだが・・・・・・。<br> しかし長門様のご神託だ。あまり突っ込まず素直に従うとしよう。少し遠回りだがな。<br> 他の女子とだったらもっと会話が弾めば楽しいんだろうが、こいつにマシンガントークをかまされても対応に困るので、これはこれでいい。<br> 黙ったままの長門を横目で見る。<br> ハルヒはああ言っていたが、最近の長門はそれなりにはっきり言うようになってきた。<br> 一度など説教されたことがあるくらいだ。<br> 思えばこいつに何度助けられただろうか。そしてこれからどれくらいの迷惑をかけるだろうか。<br> そんなことを考えていると、また長門が止まった。その視線の先にはくるくる回るファミレスの看板が光っている。<br> ・・・・・・まあ、いいか。世話になっているからな。こいつには。<br> ハルヒに理不尽にジュースをおごってやるよりかは正しい金の使い道だ。<br> なんか食っていくか?おごってやるよ。<br> 「ありがとう」<br> テーブルについてはや五分。長門はまだメニューを開いて迷っている。というかさっきから同じページしか見ていない。一箇所をずーっと見てぶれない。放っておけば何時間でもそうしているかもしれない。<br> 自分からこれがいいと言わないのは俺に気を使っているからだろうか。<br> ポケットの中の財布を握る。確認するまでもなく、シャミセンのくしゃみでも飛んでいってしましそうな軽さ。<br> しかし俺も男だ。ここで退くわけにはいかない。<br> そして十分後。<br> 俺の視線の先にはもくもくと和牛ステーキセットを食べる長門がいた。<br> 俺?ファミレスにはドリンクバーというものがあってだな。だからつまりそういうことだ。<br> 飲み放題だが、だからといってそう何杯も飲めるわけではないホットコーヒーすすりつつ、長門が食べ終わるのを待った。<br> 「ごちそうさま」<br> うまかったか?<br> 「おいしかった。ありがとう」<br> いつも世話になってるからな。これくらいかまわないさ。<br> 長門は口の周りを拭き、グラスの水を飲み干して<br> 「あなたに話がある」<br> 本日二度目だな。そのせりふ。<br> 「今日のエラーに関して」<br> 気にするなって。もう回復したんだろ?<br> 「実はまだ完全に回復したわけではない」<br> 本当か?さっき俺が聞いた呪文だけじゃ足りなかったのか。<br> まさか過去に戻ったり、鍵を探したり、なにやらややこしいことをしなくてはならないのだろうか。<br> 「学校であなたに伝えた言葉が不正確だった」<br> 宇宙的なパワーの宿る長門御大の言霊など俺には理解のしようもないことなので<br> どこがどういう理由で回復できなかったのかはわからない。<br> まあ、煮詰められても困るわけだが。<br> 「もう一度、言う。だから聞いて」<br> もちろん聞きますとも。<br> さあこい。<br> 「あ、あなた・・・・・」<br> また口ごもっているように聞こえるのは気のせいか?<br> もしかしてあの高速言語なのだろうか。だとしたら俺には聞き取れないと思うんだが。<br> 「わた・・・も・・・・・・みつ・・・たぃ」<br> どういうわけか長門は黙り込んでしまった。<br> 終わったのか?<br> 「まだ。もうすこしまってて。」<br> なんだか珍しく不調だな。これがエラーか。<br> しばらく長門は俺を見たり、空になった皿を見たり、なんだか落ち着かないそぶりを見せていた。こんな長門は初めて見る。レアだ。<br> それでもさほど不安を感じないのはここがファミレスで、のんびりした空気が流れているからだろう。閉鎖空間で挙動不審な長門なんぞを目にした日には俺の最後のつっかえ棒が折れてしまう。<br> まだかかりそうか?<br> 「申し訳ないと思っている。でも、伝える。まってて」<br> そりゃ待っていますとも。なんならお前の準備が整うまで俺が話しをしてもいいか?<br> 「かまわない」<br> 突然どうしたのかと思ったのか、うろうろしていた視線が俺の顔に落ち着いた。<br> いや、たいしたことじゃないんだが、いつも世話になって悪いな、と思ってさ。<br> 「それが私のすべきこと。だから気にしなくていい」<br> そうは言うけど、やはり申し訳ないんだよ。世話になりっぱなしで何か恩返しをしなきゃいけないとは思っているんだが、何もできなくて。<br> 「そんなことはない。図書館のカードも作ってくれた」<br> あれは、そうでもしないとお前が<br> 「それに、SOS団の活動も、私はあなたのおかげで楽しく過ごせていると感じている」<br> そうなのか?<br> 「見ていて飽きない」<br> ・・・そうか。<br> たぶんこれからもお前にはたくさん世話になると思うんだ。もしかしたらまた刺されるなんてことがあるかもしれない。<br> もちろんできる限りは自分の力で何とかするさ。迷惑はかけたくない。<br> でもやっぱりどうしようもない時があるかもしれない。<br> だからさ、俺はこんな飯をおごってやることぐらいしかできないけどさ、<br> せめてこれからも見守っていて欲しいんだ。俺のことも、みんなのこともさ。<br> 「了解した。・・・・・・私もあなたを見ていたいと思う」<br> 頼むよ。<br> 「きちんと見つめている。だから安心して。」<br> すまんな。長々とこんな話し。きちんと言う機会がなくてな。<br> 俺はすでに冷めてしまったコーヒーを一口飲んで、しゃべりつかれたのどを潤した。<br> しばしの沈黙。<br> ありがとうよ、長門。<br> さて、で、そろそろキーワードは言えそうかい?<br> 「・・・・・・もう必要ない」<br> しかし、エラーが<br> 「エラーの原因となった問題は解決された」<br> どうやって。<br> 「わたしにはわからない。気付いたら解決されていた」<br> さっきまでの落ち着かない雰囲気は消えていて、いつもどおりの長門がそこにいた。<br> 微細ながらも、なんだか安堵したようにもうれしそうにも見える。<br> そんなにおいしかったのか。ステーキ。<br> それにしても気付いたら解決って・・・・・そういうもんなのか?<br> 「そういうもん」<br> 長門は俺を見上げて柔らかに答えた。<br> そうか。俺には長門が対処しきれないことなんてどうしようもないからな。そういうもんなんだろ。<br> 解決したんなら結果オーライだ。<br> そろそろ出るとしよう。<br> 会計で少しばかり後悔したくなったが、何、安いもんさ。<br> 外に出ると、さっきより高い位置にきれいに月が浮かんでいた。<br> ファミレスから長門の家までたいした距離もなかったが、腹一杯になったせいか、<br> 長門はだいぶゆっくりしたスピードで月明かりの夜道を歩いた。俺もそれに合わせて並んで歩く。<br> 歩きながら長門がちらちらと俺を見上げる。どうした?<br> 「なんでもない」<br> そうか?<br> マンションの前に到着したその別れ際、長門はじいいっと俺を見つめた。黒い瞳の中に丸い月が映っている。<br> その光に反射して瞳がなんだか潤んで見える。<br> 月は人を狂わせる。おもわずそんな言葉が頭をよぎる。<br> 次の瞬間ハルヒの言葉が去来した。いやいや、俺も死刑はいやなんでね。<br> しかし谷口のランクもアテにならんな。もう一段上位に格付けしてやったほうがいい。<br> そんな月下の美少女は俺を吸い込みそうな瞳で、瞬きもせずに<br> 「つぎは高級霜降りハンバーグ」<br> ・・・・・・やれやれ。<br> まさかハルヒや朝比奈さんのいる前でドリンク以上の食事メニュ-をおごるわけにもいかんしな・・・。<br> 俺はこれからますます寒さを増していくであろう冬の夜と財布を予想して溜息をついた。<br> そんな俺の憂鬱にフォローにならない言葉がかけられた<br>  <br> 「大丈夫。私だけ」<br>  <br>  <br>  <br>  <br>  <br> おしまいです</p>

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