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ライバル探偵、谷口 ~完結編②~」(2007/07/11 (水) 06:59:37) の最新版変更点

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<p> 車内のデジタル時計に狂いがなければ、今はちょうど20時30分だ。めっきり車の往来は少なくなった。たまに対向車線を走る車のヘッドライトが淡い光を車内にうつすだけで、電柱にぽつぽつ灯った街灯の光が水たまりのように道路上によどんでいる。<br> ハンドルをにぎるキョンは何も言わない。後部座席で肩を寄せ合う朝比奈さんと妹も黙っている。車内でしゃべり続けているのは、備え付けのラジオくらいだ。どこの放送局かは知らないが、講談を流している。<br> 絶賛放送中の講談の演目は明治2年に三遊亭圓朝師匠が創作した、いわゆる「江島屋騒動」と言われているものだ。<br> <br> 講談のストーリーはこうだ。美しい村娘のお里が婚礼を上げることになった。婚礼衣装は一生で一度しか使わない物だから、お里は古着を買うことにする。しかしこの古着の業者である江島屋がくせ者だった。少しでも多く利益を上げるため、つなぎ目をのりで繋ぎ止めただけの粗悪な婚礼服を高値で売りとばしていたのだ。<br> そうとは知らないお里は江島屋の衣服を着てバージンロードを歩いていたが、突然の雨。のりでくっつけただけの婚礼衣装は哀れ、はらりはらりと空中分解。大衆の面前で素肌をさらしてしまったお里は婿からその場で破談を言い渡され、悲嘆のうちに身投げする。<br> 怒り狂ったのはお里のたった一人の肉親、母親だった。憎しは江島屋!と鬼婆に化身し、江島屋を呪いつづけた。とうとうその呪いは満願成就し、主人が死に江島屋はつぶれるのだった。<br> <br> ラジオから流れる場面はちょうどクライマックス。両目から血を流すお里の母が、苦しむ江島屋の主人を覗き見ながら、「えへ、えへへ」と薄ら笑い、縁側へ上がってくるというくだりだった。<br> 現代の怪談とちがって昔の怪談は勧善懲悪的な要素もあるが、やっぱり俺はこういうネチャネチャした執念執着妄執話というのが好きになれない。ねばねばした粘着系人間関係がダメなんだ。<br> 妄念にとらわれた幽霊談とか借金取りとかストーカーとかトルコアイスとか。ネバネバしたものにろくなものはないね。納豆と餅は好きだけど。<br> <br> <br> もうここまで来れば大丈夫だろうというあたりまで来て、ちょうど見かけた道の駅に入った。みんな憔悴した顔つきをしていたし、休憩もかねて一度深呼吸でもしておいた方がいい。<br> さすがに21時ちかくなれば店は閉まっている。人の気配もない。<br> 「俺、ジュースでも買ってくるよ」<br> 「待って、キョンくん。私も行くわ。ずっと座ってるだけだったけど、なんだか疲れちゃった」<br> 「私も行く」<br> そうだな。みんなで行こう。体を動かした方がいいし、キョンに任せてたらどんなジュースを買ってこられるか分かったもんじゃない。俺はコーヒーはブラックがいいんだ。譲歩しても微糖までだ。カフェオレなんて勘弁だぜ。<br> 夜風にあたって気がゆるんだのか緊張がとけたのか、みんなの顔に笑みが戻った。それでいい。どんな時でも、笑顔が一番だ。<br> ああ、それにしても気持ちいい夜だ。こんなに夏の夜風が涼しくて気持ちのいいものだなんて思ったのは、ガキの時分以来だぜ。清々しい。<br> <br> コンビニと自販機は世界一の働き者だ。こんな時間でも萎えた素振りも見せずに明々とした光を放っている。うい奴よ。<br> 道の駅には5台の自販機が横様にならび、俺たちに陳列された飲み物を「どうだどうだ」と見せ付けていた。自己主張の強いやつよ。よしよし。すぐに買ってやっかんな。<br> 「私コーラ!」<br> キョンの妹がすっかり元気を取り戻した様子で、先客のいる自販機の横についた。それを見て、キョンと朝比奈さんが顔を見合わせて微笑んだ。このシーンには、やはり居づらい。<br> キョン妹がサイフを取り出している間に、その隣にいた男性客が商品を取り上げてこちらを向いた。<br> にやけた顔の男だった。<br> <br> 「おや、こんなところで会うとは珍しい。偶然ですね。お友達と一緒に遠くへご旅行ですか?」<br> 「お前は……古泉……」<br> なに、知り合い? といっても、キョンの様子からして、あまり好ましいお知り合いだとは思えないが…。<br> 「なんでお前がここにいるんだ、古泉」<br> 「僕ですか? 僕はあるお方の人探しの手伝いにきたのですよ。いやあ、上からそのようにお達しを受けたもので」<br> 古泉と呼ばれた男は、皆さんのご紹介をしてはもらえないんですか? と白々しい口ぶりで言うと、缶のプルタブを開けてカフェオレを一口飲んだ。<br> 「まあご紹介いただかなくとも、名前はご存知ですが。そちらのロングヘアーの方が朝比奈みくるさん、ショートカットの方がキョンさんの妹さん、オールバックの方が谷口さん。お初目にかかります。『機関』の古泉といいます。どうぞよろしく」<br> 朝比奈さんとキョン妹の顔に緊張が走る。このまま逃げ切れると思ったが、一筋縄ではいかなかったようだな。残念ながら。<br> それにしてもしつこい連中だ。ここまで手を変え品を変えで逃げてきたのに、まだ追ってくるのか? 江島屋の幽霊なみにネチッこいやつだ。<br> 「谷口さんでしたっけ? せっかくキョンさんのご自宅に伺わせてもらったのに、あなたのおかげで無駄足になってしまいましたよ」<br> そのまま無駄足を踏み続けてもらいたかったんだが。<br> 「そうもいきません。これでも、一応『機関』のエージェントですから。その『機関』を相手にここまで逃げ延びたのだから、さすがと賞賛しておきましょうか、谷口探偵」<br> キョンが微妙な目つきで俺の方を見た。なんだよ。こっち見んな。<br> <br> 「しかし、もう諦めた方がいい。『機関』から逃げ切れるなんて思わないことです」<br> おいキョン、こうなったらやるしかないぞ。相手は1人、こっちは4人。全員でかかればなんとかなるかもしれない。<br> 「ちょ、ちょっと。本気ですか? やめておいた方がいいと思いますよ?」<br> うるせぇ優男。こちとら腹くくってここまで来たんだ! 今さら引き返せるか!<br> 「谷口の言うとおりだ。俺は、もうこれ以上みんなに迷惑をかけるわけにはいかない。なんとしても逃げきってやる!」<br> 言うが速いか、キョンの上半身がわずかにぶれる。その瞬間、電光石火の勢いで横払いにしなるキョンの足が古泉へむかって伸びる。<br> キョンの必殺技、ヨプチャ・チルギだ! 韓国人ならテコンドー。<br> しかしキョンの突き蹴りが入る瞬間、古泉は背を反らせ、紙一重でそれをかわす。今の一撃をかわすとは、こいつただ者じゃない。キョンの戦列に俺たちが加わっても足手まといにしかならないかもしれない。<br> 「暴力はよしましょう。ね? 何の解決にもなりませんよ」<br> 「ここまで来て引き返せるか!」<br> 伸びきった足を引き戻し、古泉に向かって飛びかかるキョン。今度はかわされることなく、キョンが古泉を石畳の上に押し倒す。よし、よくやったキョン! 朝比奈さん、妹、今のうちに逃げるんだ、キョンがなんとかしてるうちに!<br> <br> 「うるさい! 何やってるの!」<br> 夜の道の駅の自販機前に、甲高い声が響きわたった。グラウンドの攻防でつかみあっていたキョンと古泉もぴたりと動きをとめ、夜闇の駐車場から現れた声の主に目を移す。<br> それは、白いカットーを着たパンツルックの女の子だった。<br> 「すみません、涼宮さん。例の件で彼らも興奮しているようでして。なかなか話を聞いてくれなかったものですから」<br> 「古泉くんが遠まわしな話し方をしてたのも問題でしょ」<br> キョンをおしのけて立ち上がった古泉は、肩をすくめて一歩下がった。なんだこのガキ。妙に偉そうじゃない? 子供は家に帰って晩飯くってゲームして宿題する時間だぜ?<br> 「あんたが谷口? ふん。あんたのせいで余計な時間がかかっちゃったじゃない。このヘボ探偵!」<br> ぐおっ!? 涼宮とかいうガキがいきなり俺の脚にトーキック入れやがった! なにすんだ、このクソガキ! 初対面の人に不意打ちで爪先蹴りかますなんてどういう家庭教育うけてんだ!?<br> 「久しぶりね、ジョン、みくるちゃん。4年ぶりかしら?」<br> 呆然としているキョンと朝比奈さんの前に、涼宮が立った。<br> ジョン? だれ?<br> <br> <br> どうやらキョンと朝比奈さんと涼宮の間には何かの共通認識があるらしく、3人でなにかを話している。<br> 「納得がいかない、という顔ですね」<br> 古泉一樹といいます。と言って、にやけ顔の男は足をおさえてしゃがみこむ俺に手をさしのべた。<br> 納得がいかないなんてレベルじゃない。なんだ、あいつは。キョンたちとは知り合いみたいだが。お前らの関係者か?<br> 「最初に言ったでしょう。僕はあるお方の人探しの手伝いにきた、と。ある方というのが、あの涼宮ハルヒさんのことです」<br> 闇金融の借金取りがガキの人探しに協力してたってのか? というか、なんであのガキがキョンと朝比奈さんを探していたんだ?<br> 「分からないことだらけで質問したい気持ちは分かりますが、涼宮さんのことをガキと呼称するのはやめていただけませんか? 彼女は、我々『機関』のトップに立つお方。いわば、僕の最高上司にあたるわけですから」<br> ああ、そりゃすまなかった。これからは名前で呼ぶようにするよ。で、俺の素朴な疑問に答えてもらえるとありがたいのだが。<br> 「順を追って話しましょう」<br> 古泉は落ちていたカフェオレの缶を拾い、ゴミ箱に放り込んだ。<br> <br> 「4年前のことです。登山をしていた涼宮さんは、不運なことに足を滑らせて崖の上から転落していまった。まあ大きな怪我にはならず、軽い打撲と足を捻挫する程度で済んだのですが。しかし涼宮さんは全身に走る痛みとショックを受けた。このまま自分は人もいない山奥でひっそり死んでいくのか、と死を覚悟した。と後日言われていました」<br> まあ頭がテンパったら、そう思ったりするか。俺も高校の体育の時間にみぞおちを強打して一時的な呼吸困難に陥った時は、ああ俺はこのまま学校のマットの上で生涯を終えるのか、とブルーな気分になったものだ。<br> 「しかし、崖から転落した涼宮さんを見つけ、助けた人がいた。それが、彼と朝比奈さんです」<br> 何を言っていいかも分からず愛想笑いを浮かべるキョンと朝比奈さんに向かって、マシンガンのようにべらべらと何かを話している涼宮ハルヒに目を遣った。<br> 「涼宮さんは2人と別れた後も、ずっと彼らのことを探し続けていた。なんせ涼宮さんにとって2人は、自分を助けてくれた命の恩人なわけですから」<br> で、4年間探し続けてたってわけか。ご苦労さん。でも、『機関』とやらの力を効率よく使えばもっと早く2人を見つけられたわけじゃない? 極端な話、テレビで呼びかけるとかさ。<br> 「我々の『機関』もいろいろありまして。なかなか手配できず、テレビ放送も組めなかったのですよ。残念ながら」<br> 涼宮ハルヒが朝比奈さんに抱きつき、キョンの頭にチョップしているのが目に入った。<br> 「とりあえず、そのいろいろも一段落つきましたので、我々は涼宮さんの命の恩人探しを始めたのです。本腰を入れて探し始めてみれば、簡単なことでした。すぐに見つかりましたよ。偶然、僕が借金をとりたてに行った先が彼の家だったのですから」<br> 偶然ね。バカみたいな話だな。<br> 「そうなんですよ。それで早速次の日に涼宮さんと共に彼のマンションまで出向いたわけですが。いやはやどこかの探偵さんが、彼らを債務から開放しようと連れ出してしまったのと入れ違いになってしまいましてね」<br> 俺が悪いみたいな言い方だな。<br> 「まあ、おかげで半日の時間をとられてしまいましたしね。しかし、そんなことは些細な問題でしかありません。涼宮さんが本気になれば、たとえあなたたちが地球の裏側まで逃げたとしても、一瞬で追いつくことができるでしょうから」<br> なんだそりゃ?<br> 「まあ、『機関』の目から逃れられる債務者などいないということですよ」<br> 小手先の説明ばかり聞いても訳が分からん。<br> 「分からなくて結構ですよ。『機関』に深入りしたくなければね」<br> そうだな。できれば関わりたくないから、聞かないことにしておこうか。<br> 最後に一つだけ、教えてくれないか?<br> 「はい、なんでしょう?」<br> 俺たちがこの道を通り、この道の駅で休憩することになったのは全てランダムだ。計画していたことじゃない。<br> 何故、俺たちをここでピンポイントに待ち伏せできたんだ? いくら『期間』の追跡能力がズバ抜けていても、俺たちの頭の中まではのぞけないだろう?<br> 「だから、最初に言ったじゃないですか。こんなところで会うとは珍しい、偶然ですね、と」<br> ここで涼宮ハルヒと俺たちが出くわしたのは、偶然だといいたいのか? そんな都合のいい偶然があるものか。<br> 「だからおっしゃっているではないですか。『偶然』だと」<br> 偶然、ねえ。<br> ……そうか。偶然か。ま、そういうことにしとこうか。<br> 賢明ですねとだけ言って、古泉は駐車場の夜闇の中へ消えて行った。<br> <br> <br> <br> 涼宮ハルヒと再会するつもりは毛頭なかったのだが、会ってしまったものは仕方ない。それは別に偶然でもなんでもない。涼宮と古泉がキョン宅に借金の契約書を持ってくるというから、俺がそこに同席させてもらっただけの話だ。<br> そういうわけだから、『機関』の2人と俺が会ったのは、キョンのマンションの部屋だった。<br> 「私は貸し借りが嫌いなの。借りは絶対に返す主義なのよ」<br> そう言って涼宮ハルヒがキョンに手渡したのは、キョンが『機関』に法外な金利の借金をした契約書だった。半ば信じられない面持ちでその様子を見ていた俺だったが、キョンの実印が入った契約書がビリビリの反故になっていくのを見て、ああ、本当にあの少女は巨万の富を貸し借りとか言う、およそ闇金業者には無関係そうな主義のために全部丸めてポイしちゃったんだな。と思った。<br> 俺も崖から落ちた少女を見かけたら、きっちり助けておくことにするよ。そしたら首が回らなくなるような額の借金をかかえても何とかしてくれるかもしれないし。<br> <br> <br> なにやら楽しげに (ほとんど涼宮ハルヒが一方的に) 話しているキョンたちを背に、俺はひっそりとマンションを出た。<br> なぜかって? 俺の仕事は終わったからさ。俺の出番なんてもう、ミトコンドリアほども残っちゃいない。<br> あばよ、キョン、朝比奈さん、涼宮ハルヒ。お互い命の恩人同士、仲良くやってくれや。仲良きことは美しきかな。<br> <br> キョンと朝比奈さんがまた昔みたいに平穏無事な生活へ戻っていける方法なんてないと思っていた。しかしそれは俺の頭の中になかったというだけで、現実には存在した。俺の頭のずっと上を飛んでく旅客機のように、想像もつかない反則級の方法でね。古泉にいわせれば、それは「偶然」なんだそうだ。<br> やれやれ。偶然ってこわいね。<br> <br> 一人でバス停にボーっと立っていると、また頭の中に朝倉涼子の顔が浮かんできた。<br> 無性に人恋しくなってきた。<br> その足で俺はコンビニに行きビールを5、6本買って帰り、浴びるように飲んで屁こいて寝た。<br> さよならだけが人生さ。<br> <br> <br> <br>   ~完~<br> <br> <br> <br>  <次回予告><br> <br> 谷口「うぃ~、てやんでぇべらぼうめ……」<br> 谷口「zzz」<br> 谷口「zzzzz」<br> 谷口「zzzzzzzzzz」<br> <br> <br> 谷口「……じかい、なんだっけ。……そうだ……。もういいや……。休暇探偵、谷口。……これでいこう…。いいや……」<br> <br> 谷口「………うぃ~……ぐうぜんがなんだってんだ………」</p>

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