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「朝比奈みくるの未来・第8章」(2020/04/13 (月) 10:40:37) の最新版変更点
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<div class="main">第8章・時のパズルの完成 <br />
<br />
朝と同じ待ち合わせ場所、今度は朝比奈さんの方が先に待っていた。 <br />
憂いを帯びた潤んだ瞳で、どこを見るでもなくぼんやりと広場の壁にもたれかかっている。 <br />
周囲の男共がちらちらと盗み見てやがる。心配しなくていいぞ、彼女が待っているのは俺だからな。 <br />
俺は朝比奈さんに正対して近づいていったが、一向に気づく気配がない。 <br />
いろいろと考えていることがあるのだろうか、本当にどこも見ていない胡乱な目をして。ただ瞼が開いているだけ。ボウっとした鈍い光を放つ魚眼石のような目で。 <br />
5mくらいの距離まで近づいて、やっと気がついてくれた。 <br />
「あっ、キョンくん…」 <br />
吐息に消されてしまいそうなか細い声だった。 <br />
古泉の指摘通り、やはり一人にしたのは良くなかった。一緒でなくともいい、同じ空間にいるようにすべきだった。 <br />
その間の彼女の気持ちを考えると申し訳ない気持ちが俺の心の枡から溢れ出る。枡の大きさはどれくらいあるのかはわからないんだが、朝比奈さんが今日流した涙以上の容量があると思いたい。 <br />
「すみません、遅くなってしまって」 <br />
俺は、暗いニュースの後にどうでもいい三面記事的地方ニュースを読み上げるアナウンサーのように、わざとらしく明るい声を発すると、朝比奈さんの手を握った。 <br />
びくっとする朝比奈さん。 <br />
おそるおそる上目遣いで俺の顔を見上げてきた。形の良い唇がきゅっと閉じられ、俺の次の言葉を待っている。 <br />
「ここで返事してもいいんですが…少し歩きませんか?」 <br />
そう言って俺は彼女の手を引き歩き始めた。機関なり未来人なり宇宙人なりが監視しているかと思うと気が休まらない。 <br />
この近くには、側だって聞き耳を立てられることがないちょうどいい場所がある。 <br />
「あの、どちらへ?」 <br />
肩すかしを食らった格好になった朝比奈さんは、手を握る俺に引っ張られるように歩きながら、鞄に入れた鍵が見つからないような不安で不思議そうな顔をして俺の横顔に問いかけた。 <br />
「あそこです」 <br />
俺が指さした先にあるのは、商業ビルの屋上にある赤い観覧車。それ自体は決して大きくはないが、ビルの高さがプラスされるので、最高部では100mを超える高さになる。 <br />
繁華街中心部に位置するそれからの夜景はそれなりに綺麗らしい。さっきまでいた空中庭園とどっちがいいかは乗ったことないので知らんがな。 <br />
ここなら個室になってる上に空中を回るから、1周約15分の間は盗聴でもしない限り会話を聞かれることはないだろう。外に張り付いているわけにもいくまい? <br />
それに、ゴンドラにはエアコンもついており、寒さに震えることもない。 <br />
「はい。少し並ばないとダメかなぁ…」 <br />
朝比奈さんは乗ったことがあるのだろう、クリスマスシーズンのこの時間だと相当混雑することは容易に想像はできたのだが、監視されながらの告白の返事なんてまっぴらごめんだからな。 <br />
<br />
会話も見つからず、無言で歩く二人。 <br />
人がごった返すJRガード下の横断歩道を人にぶつからないように渡ると、観覧車が立つビルの入り口前では、何かのキャンペーン中なのか揃いの服を着てバインダーを持った女性が数人、道行く人に声をかけている。俺たち二人もそのうちの一人に掴まった。 <br />
「本日、クリスマスキャンペーン中で、スピードクジを開催しています。ちょっとしたアンケートに答えていただく必要がございますが、1等1万円の商品券ほか、いくつか商品ご用意しておりますので、いかがでしょうか?」 <br />
横の朝比奈さんを見ると、すでにバインダーを手渡されていた。まあ、これぐらいの時間はいいだろう。 <br />
朝比奈さんとここにきた目的やどこの地区からきたとか、アンケートに適当に答ること2~3分、アンケートごとバインダーを返却すると、入り口横にある長テーブルに誘導された。机の上には、30cm四方の、上面に丸い穴があいた箱が2つ置いてある。 <br />
手を入れて一枚クジを引けということらしい。俺は特に興味もなく、係員が差し出した箱に手を入れ無造作に1枚の三角クジを掴んだ。 <br />
「おめでとうございます。2等で~す」 <br />
なんか当たったらしい。どうせ5000円くらいの割引券だろ。 <br />
「観覧車特別乗車ペアチケットです。本日限定ですが、観覧車に並ばずに乗れますよ」 <br />
と、チケットを渡された。 <br />
あまりにもタイミングが良すぎるが渡りに船とはこのことであり、クジの神様をちょっとどころかかなり信じてやってもいい気分になった。運を使い果たしてなければの話だがな。 <br />
係員に軽く礼をすると自動ドアを抜け、半分くらい人が詰まったエレベーターに乗り込み、乗り場のある7階で降りた。 <br />
そこには予想以上に長い束ねた電気コードのような行列ができていて、このチケットがなかったらと思うと背中にセアカゴケグモでも入れられたぐらいにゾッとするね。 <br />
行列の最後尾で列を誘導している係員にチケットを見せると、係員用通路を通って乗り場まで案内された。 <br />
<br />
ほどなく俺たちが乗るゴンドラが近づき、俺が先に乗り込んで朝比奈さんの手を支えてエスコートしゴンドラに乗せた。回転方向を背にして俺、向かいには朝比奈さん。 <br />
係員によってドアがロックされ、約15分間の密室が完成した。 <br />
歩くような速度でゆっくりと進むゴンドラは、建物から外へ出た。 <br />
外は雪が舞っていた。 <br />
この地域では珍しい、結晶が見えそうな大粒の雪がはらはらと降り落ちる。 <br />
「雪、降ってますね」 <br />
「ふわぁぁ、綺麗ですねぇ」 <br />
ゴンドラの周りを舞いながら降る雪。まだ降り始めなのか多くはないが、ネオンや照明に照らされて、なにやら幻想的な光景で、それが俺には長門が見守ってくれているように思えた。 <br />
外の雪を見ながら10mくらい進んだだろうか、俺は深呼吸を一つして、朝比奈さんに答えを伝えた。 <br />
「朝比奈さん、いえ、みくるさん…。俺もあなたのことが好きです!」 <br />
ああ、言ったよ。最後はなんかうわずってたけどな。 <br />
俺は俺だ。何があっても、俺はこれから起こることを受け入れてやる。もうハルヒのことで悩まないと決めた。 <br />
これでもしこの世界が消えるなら、その瞬間まで彼女と一緒にいるさ。そうならないことを深く深く心の底から願うがね。 <br />
「あっ……」 <br />
朝比奈さん…みくるさんは、両手でまん丸くあんぐりと開いた口を覆い絶句したまま、世界で一番高価なダイヤですら及ばないだろう輝く潤んだ目を見開いて、大粒の涙をぽろぽろと溢れさせた。 <br />
今、俺とみくるさんの想いが繋がったんだ。 <br />
俺はみくるさんの横に移動した。ゴンドラが少し揺れる。俺は彼女を抱きしめていた。 <br />
「ぐしゅ、うん、ひっく、あ、ありがとう…」 <br />
俺の胸に顔を埋め、両手でシャツを握りしめて涙を流すみくるさん。涙と化粧と握られてヨレヨレになってるが、これも記念品だ。飾っておいとこうか? <br />
俺はみくるさんの髪を撫でながら、暖かい嬉しさと幸福感に浸っていた。 <br />
これまでの彼女の姿や言葉が次々と脳裏に浮かぶ。俺はこれからこの人を守っていくんだ、そう実感した。 <br />
ゴンドラがまた揺れる。 <br />
ふと顔を上げると、さっきまで俺が座っていたところに、誰かがいた。 <br />
俺の胸に抱かれている人がいた。正確には異時間同位体の彼女が。 <br />
<br />
「ありがとう、キョンくん…」 <br />
未来のみくるさんはそう言って俺に微笑みかけた。彼女の瞳も濡れたクリスタルのように潤んでいる。 <br />
その声に、はっとしたように振り向く、今のみくるさん。 <br />
「あ、あー…、あなたは…やっぱり…未来のあたし?」 <br />
初対面のはずのその人へ、確信を持って問いかけたみくるさん(小)。 <br />
「はい、そうですよ。せっかくのところお邪魔して悪いんだけど、あまり時間がありません。わたしだからお邪魔ってのも変かな?」 <br />
軽く小首を傾げてウインクしながらぺろっと舌を出したみくるさん(大)。 <br />
時間がないと言いながら、余裕が感じられるところは年相応ってやつですかね。まだ十分お若いですが。 <br />
「じゃあ、手短に話すわね」 <br />
みくるさん(大)の話が始まる。俺は彼女が話し終わるまではあまり口を挟まないことにした。 <br />
「キョンくんがあたしの告白を受け入れてくれたことで、未来が変わりました。わたしのいる未来に影響が出るまで、もう少し時間があります、このゴンドラが到着するまでぐらいかな? このあたりはそっちのあたしに聞いてみて。変わった未来には、たぶんわたしはいません。涼宮さんの監視任務が終わって、未来に帰る規定事項がなくなったから。そこのわたしは未来に帰らずこの時間でキョンくんと過ごすことになります。だから新しい未来でわたしのいる未来が上書きされるとき、わたしは消えるでしょう。だって、未来にいないのに、未来からここにくることはできないでしょう?」 <br />
そう言ってクスクス笑うみくるさん(大)。悪戯を成功させた子供のような笑顔をして。 <br />
「規定事項を変えていいのかって、キョンくんは思ってるだろうけど、ふふ、ダメですよ。今頃未来は大慌てで元に戻そうとしてるかもね。でも、無理でしょうね。なぜかはまたそっちのあたしから聞いてください。それに長門さんの存在も大きいわ」 <br />
ええ思ってます。いいんですか? <br />
「わたしもこの時間にいたとき、キョンくんに告白しようとしたの。未来を固定するためにはしょっちゅう干渉しないといけないくせに、思う通りに変えることは実は難しいことなのよ。結局できないまま、涼宮さんの監視任務も終わって未来に帰ることになったわ。詳しくはまたあたしに聞いてもらうとして、簡単に言うと条件が揃わなかったのね。わたしもいろいろ条件を揃えようとしてみた。でも全然足りなかった。わたしをこの時間に送ったわたしも、たぶんいろいろ考えたと思う。でも、今回は違ったの」 <br />
その条件って? <br />
「まずは鶴屋さんの存在。わたしのときも、わたしの親友として鶴屋さんは存在していたわ。でも、SOS団とは親しい友達の友達という程度の関係でしかなかったの。こんなにもわたし達に関わってくることはなかった。実は、鶴屋家はわたしのいる組織の発足とも関係があって、鶴屋家には最低限の干渉しかできないのね。それに、見かけ上未来には変化が起きる様子がなかった。だから、彼女の存在は干渉されずにそのままにされていたの。鶴屋さん本人は一般人であることは間違いありません。でも、その持ち前の勘の良さ、ここより少し先の未来ではそれを第6感覚として存在を認知しているのだけど、それで少しずつ少しずつ条件を整えていってくれたのね。彼女自身はそれを自覚してはいないけど」 <br />
やはり鶴屋さんの存在は大きな意味があったらしい。 <br />
で、ほかの条件っていうのは? <br />
「うーん、まとめてしまうと、キョンくんが誰を選んでも…恨みっこなし…少しはあるかな? 団長として友達として、みんなの幸福を願うようにね。そう彼女が考えられるようになれたってことかな? 最後はわたしがあたしの行動を守ってあげる時間を作れたことね」 <br />
なんか、ずいぶんと漠然としてますね? <br />
「そうね、わたしのときの鶴屋さんが関わらないSOS団のときの涼宮さんは、今よりメランコリーになってることが多かったかな。古泉くんもずいぶんとバイトが忙しかったようよ? 鶴屋さんは涼宮さんの心の成長の大きなファクターとなったわけ。心理分析は古泉くんの方が詳しいから、彼の方が適切に回答してくれるかもね。彼女が今の立場にいる未来を見て、やっとわたしの望んだ状況になっていることがわかったの。やっと見つかった、キョンくんとわたしの未来」 <br />
未来が固定化されてないのは判りますが、あなたの未来とは違うあなたから見ればifの未来なんてなぜ判るんですか? <br />
「ある特殊な事例ですが、別の未来を知ることができることがあります。制限はあるけどね。わたしは管理官になってから職務上の理由をつけてスキを見ながら、無数にある別の未来を少しずつ調べていったの。キョンくんとわたしが結ばれる未来をね。わたしを送ったわたしもそうしたわ。そしてそれが見つかったから、次に何が条件になるのかを調べたわけ。まさか、こんな近くに転換点となるものがあったなんて。びっくりでした。しかも、彼女がわたし達と関わった後の未来では、何もしなくても、どんどんキョンくんとわたしの未来が近づいてくるのだから」 <br />
ゴンドラは頂点を過ぎた。あと到着まで7分ぐらいしかないはずだ。惜しいが夜景なんて見ている暇はない。また乗りにくればいい。明日も明後日も来年も、こいつはここでグルグル回ってるだろうからな。 <br />
「未来に戻っても、わたしはキョンくんのことを忘れられなかった。ずっと後悔したわ。だから、小さいあたしをこの時間に送ることができるように、助けることができるように、わたしはがんばったの。偉くなれるようにって。そして望みを託してわたしを送り出した。わたしを送ったわたしは残念ながら望み果たせず、任務が終わって未来に戻ったきたわたしに、いろいろね、教えてくれた。また次のわたしに望みを託すため。そうやって、わたしはわたしを送り続けたことでしょう。そしてやっと成功したの」 <br />
どれだけの回数と時間がかかったんだろう。それは一代につき一回きりかもしれないが、過去と未来のループの中で何度彼女は泣いたのか。 <br />
果てしないループの中で、一縷の望みを抱いて、自分自身を送り続ける彼女。そして今やっと笑うことができた。 <br />
俺と彼女を描く一枚のパズル。長い長い彼女の試みが、繋がるはずのないピースを繋げ、完成するはずのない、時のパズルを今完成させたのだ。 <br />
俺はその事実を知って、みくるさん(小)を握る手に力をこめた。彼女も握り返してくれた。 <br />
「わたしからあたしに、お土産があります。お家に帰ったらテーブルの上に置いてありますから、またあとで見てね。キョンくんも見ていいわよ? 未来であって過去のことだから」 <br />
ええ、楽しみにします。 <br />
「たぶん、あなたが時間駐在員として、わたしでない誰かにこの時間に送り込まれることは変わらないと思うけど、この時間の人と過ごすことを選んだ以上、あなたは任務を解かれるはずです。これまでも調査員が当該時間の人と結ばれた例はいくつかありますが、その場合は解任処分が通例です。だから未来にも帰れませんし、生活援助も打ち切られます。この時間で生きていくしかないの。援助がなくなると困るだろうから、当面の生活費を用意しておきました。卒業くらいまではもつかなあ? だからキョンくん、それがなくなるまでにわたしを貰ってくれなきゃダメよ?」 <br />
小首を傾げて、俺の気持ちを確かめるかのようにウインクする朝比奈さん(大)。 <br />
さっき告白したばかりで、もうそんな話をされても、早くないですか? 決してやぶさかではありませんが <br />
これまでの展開に加えて先すぎることを考えてグルグル回る頭であやふやに俺は答えた。 <br />
「あ、はぁ、わかりました」 <br />
「ふふふ、信じてるから。でもチュウはいいけど、まだエッチはダメよ。もう少ししてからね」 <br />
みくるさん(小)は、手をぱたぱたして顔を真っ赤にしている。本人から言われて俺だって恥ずかしくなったからな。 <br />
「それから大事なことだけど、キョンくん、今までもわたしに何度か会ってるわよね。それは変えられない事実なの。そうじゃないと、白雪姫のヒントも出せないし。それに未来が変わってしまったから、SOS団に何か起こるかもしれません。基本的には困ったことは起こらないはずなんだけど…。これから、そこにいるあたしのTPDDの使用制限を解除します。あなたが過去のキョンくんを助けてあげてね。でも、むやみにTPDDを使用してもいけないわ。だから、使用にあたっては、長門さんの許可が必要になります。彼女から使用許可コードを発行してもらうようにしたわ。ここにくる前に会ってきてお願いしてきたの。彼女も了承してくれた。過去のキョンくん助けるときの時空間座標と内容も一緒に伝えておきます。小さいあたし、こちらにきて」 <br />
みくるさん(大)の隣に座るように促した。立ち上がるものの、揺れるゴンドラで腰が引けるみくるさん(小)。俺が手を握って支えた。 <br />
並んで座った美の女神姉妹の競演。実に写真か絵にしておきたい光景である。 <br />
みくるさん(大)が、みくるさん(小)の首筋に触れた。1秒ほどだったが、用は済んだのかすぐ手を離した。 <br />
「TPDDの使用制限をいったん解除し、長門さんの発行するコードで使用できるようになりました。座標もわかったわね?」 <br />
みくるさん(大)の言葉に、みくるさん(小)は強く頷いた。ほかにも情報のやりとりがあったのだろう。 <br />
「これで、わたしの役目も終わりかな…」 <br />
そういうとみくるさん(大)は立ち上がって俺の隣に座った。またゴンドラが揺れる。 <br />
係員に不審がられないだろうか? ちらと地上を見ると、もう降り場は近い。 <br />
横に座ったみくるさん(大)は、俺の顔を見つめたあと、俺の胸に顔を埋めてきた。さっきまでのみくるさん(小)のように。 <br />
「やっと、こうすることができたなぁ…。わたしのときにできれば良かったんだけど…。キョンくん、あたしのことをよろしくね。そそっかしくて、天然ボケで、不器用だけど。てへっ、今のわたしもそんなに変わってないけどね。もうあたしにはあなたしかいないから。幸せにしてください。約束よ?」 <br />
そう言って、俺の首に手を回し、顔が近づいてきた。 <br />
大人のみくるさんとキス。 <br />
まだ小さいあなたとはチュウもしてないのですが、これって浮気じゃないですよね? みくるさん(小)。未来のあなたですから。 <br />
「もう時間がないわね… それまで、こうしていて…」 <br />
また、俺の胸に顔を埋めた。俺は、ちらっとみくるさん(小)に目配せをしてから、みくるさん(大)を受け止めた。 <br />
「最後に一つだけ教えてください。今、いくつですか?」 <br />
もう禁則事項でもないでしょう。 <br />
「ふふふ、今のわたしは**。そこにいるわたしは**歳」 <br />
俺の耳元に口を寄せて囁いた。甘い声と息がくすぐったい。 <br />
学年通りの歳じゃないとは思っていたが…。 <br />
高校2年の時の彼女と比べたら、俺の胸にいる大人の彼女は身長も少し伸びていた。女性の成長スパートを考えると、当時16歳以下だったと考える方が自然だ。 <br />
若くして偉くなられたんですね…。みくるさん(大)の苦痛や苦労を思うと涙がこぼれそうになる。 <br />
「もう、さよならかな…」 <br />
みくるさん(大)の姿が薄くなっていく。ガキのころ見たタイムトラベルを描いたシリーズ物の映画と同じように。もう意識しないとそこにいることがわからない。 <br />
「じゃあ、またね…」 <br />
そう言いながら、未来のみくるさんは姿を消していった。 <br />
彼女のいた未来は、たった今新しい未来に上書きされたのだ。</div>
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<div class="main">第8章・時のパズルの完成<br />
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朝と同じ待ち合わせ場所、今度は朝比奈さんの方が先に待っていた。<br />
憂いを帯びた潤んだ瞳で、どこを見るでもなくぼんやりと広場の壁にもたれかかっている。<br />
周囲の男共がちらちらと盗み見てやがる。心配しなくていいぞ、彼女が待っているのは俺だからな。<br />
俺は朝比奈さんに正対して近づいていったが、一向に気づく気配がない。<br />
いろいろと考えていることがあるのだろうか、本当にどこも見ていない胡乱な目をして。ただ瞼が開いているだけ。ボウっとした鈍い光を放つ魚眼石のような目で。<br />
5mくらいの距離まで近づいて、やっと気がついてくれた。<br />
「あっ、キョンくん…」<br />
吐息に消されてしまいそうなか細い声だった。<br />
古泉の指摘通り、やはり一人にしたのは良くなかった。一緒でなくともいい、同じ空間にいるようにすべきだった。<br />
その間の彼女の気持ちを考えると申し訳ない気持ちが俺の心の枡から溢れ出る。枡の大きさはどれくらいあるのかはわからないんだが、朝比奈さんが今日流した涙以上の容量があると思いたい。<br />
「すみません、遅くなってしまって」<br />
俺は、暗いニュースの後にどうでもいい三面記事的地方ニュースを読み上げるアナウンサーのように、わざとらしく明るい声を発すると、朝比奈さんの手を握った。<br />
びくっとする朝比奈さん。<br />
おそるおそる上目遣いで俺の顔を見上げてきた。形の良い唇がきゅっと閉じられ、俺の次の言葉を待っている。<br />
「ここで返事してもいいんですが…少し歩きませんか?」<br />
そう言って俺は彼女の手を引き歩き始めた。機関なり未来人なり宇宙人なりが監視しているかと思うと気が休まらない。<br />
この近くには、側だって聞き耳を立てられることがないちょうどいい場所がある。<br />
「あの、どちらへ?」<br />
肩すかしを食らった格好になった朝比奈さんは、手を握る俺に引っ張られるように歩きながら、鞄に入れた鍵が見つからないような不安で不思議そうな顔をして俺の横顔に問いかけた。<br />
「あそこです」<br />
俺が指さした先にあるのは、商業ビルの屋上にある赤い観覧車。それ自体は決して大きくはないが、ビルの高さがプラスされるので、最高部では100mを超える高さになる。<br />
繁華街中心部に位置するそれからの夜景はそれなりに綺麗らしい。さっきまでいた空中庭園とどっちがいいかは乗ったことないので知らんがな。<br />
ここなら個室になってる上に空中を回るから、1周約15分の間は盗聴でもしない限り会話を聞かれることはないだろう。外に張り付いているわけにもいくまい?<br />
それに、ゴンドラにはエアコンもついており、寒さに震えることもない。<br />
「はい。少し並ばないとダメかなぁ…」<br />
朝比奈さんは乗ったことがあるのだろう、クリスマスシーズンのこの時間だと相当混雑することは容易に想像はできたのだが、監視されながらの告白の返事なんてまっぴらごめんだからな。<br />
<br />
会話も見つからず、無言で歩く二人。<br />
人がごった返すJRガード下の横断歩道を人にぶつからないように渡ると、観覧車が立つビルの入り口前では、何かのキャンペーン中なのか揃いの服を着てバインダーを持った女性が数人、道行く人に声をかけている。俺たち二人もそのうちの一人に掴まった。<br />
「本日、クリスマスキャンペーン中で、スピードクジを開催しています。ちょっとしたアンケートに答えていただく必要がございますが、1等1万円の商品券ほか、いくつか商品ご用意しておりますので、いかがでしょうか?」<br />
横の朝比奈さんを見ると、すでにバインダーを手渡されていた。まあ、これぐらいの時間はいいだろう。<br />
朝比奈さんとここにきた目的やどこの地区からきたとか、アンケートに適当に答ること2~3分、アンケートごとバインダーを返却すると、入り口横にある長テーブルに誘導された。机の上には、30cm四方の、上面に丸い穴があいた箱が2つ置いてある。<br />
手を入れて一枚クジを引けということらしい。俺は特に興味もなく、係員が差し出した箱に手を入れ無造作に1枚の三角クジを掴んだ。<br />
「おめでとうございます。2等で~す」<br />
なんか当たったらしい。どうせ5000円くらいの割引券だろ。<br />
「観覧車特別乗車ペアチケットです。本日限定ですが、観覧車に並ばずに乗れますよ」<br />
と、チケットを渡された。<br />
あまりにもタイミングが良すぎるが渡りに船とはこのことであり、クジの神様をちょっとどころかかなり信じてやってもいい気分になった。運を使い果たしてなければの話だがな。<br />
係員に軽く礼をすると自動ドアを抜け、半分くらい人が詰まったエレベーターに乗り込み、乗り場のある7階で降りた。<br />
そこには予想以上に長い束ねた電気コードのような行列ができていて、このチケットがなかったらと思うと背中にセアカゴケグモでも入れられたぐらいにゾッとするね。<br />
行列の最後尾で列を誘導している係員にチケットを見せると、係員用通路を通って乗り場まで案内された。<br />
<br />
ほどなく俺たちが乗るゴンドラが近づき、俺が先に乗り込んで朝比奈さんの手を支えてエスコートしゴンドラに乗せた。回転方向を背にして俺、向かいには朝比奈さん。<br />
係員によってドアがロックされ、約15分間の密室が完成した。<br />
歩くような速度でゆっくりと進むゴンドラは、建物から外へ出た。<br />
外は雪が舞っていた。<br />
この地域では珍しい、結晶が見えそうな大粒の雪がはらはらと降り落ちる。<br />
「雪、降ってますね」<br />
「ふわぁぁ、綺麗ですねぇ」<br />
ゴンドラの周りを舞いながら降る雪。まだ降り始めなのか多くはないが、ネオンや照明に照らされて、なにやら幻想的な光景で、それが俺には長門が見守ってくれているように思えた。<br />
外の雪を見ながら10mくらい進んだだろうか、俺は深呼吸を一つして、朝比奈さんに答えを伝えた。<br />
「朝比奈さん、いえ、みくるさん…。俺もあなたのことが好きです!」<br />
ああ、言ったよ。最後はなんかうわずってたけどな。<br />
俺は俺だ。何があっても、俺はこれから起こることを受け入れてやる。もうハルヒのことで悩まないと決めた。<br />
これでもしこの世界が消えるなら、その瞬間まで彼女と一緒にいるさ。そうならないことを深く深く心の底から願うがね。<br />
「あっ……」<br />
朝比奈さん…みくるさんは、両手でまん丸くあんぐりと開いた口を覆い絶句したまま、世界で一番高価なダイヤですら及ばないだろう輝く潤んだ目を見開いて、大粒の涙をぽろぽろと溢れさせた。<br />
今、俺とみくるさんの想いが繋がったんだ。<br />
俺はみくるさんの横に移動した。ゴンドラが少し揺れる。俺は彼女を抱きしめていた。<br />
「ぐしゅ、うん、ひっく、あ、ありがとう…」<br />
俺の胸に顔を埋め、両手でシャツを握りしめて涙を流すみくるさん。涙と化粧と握られてヨレヨレになってるが、これも記念品だ。飾っておいとこうか?<br />
俺はみくるさんの髪を撫でながら、暖かい嬉しさと幸福感に浸っていた。<br />
これまでの彼女の姿や言葉が次々と脳裏に浮かぶ。俺はこれからこの人を守っていくんだ、そう実感した。<br />
ゴンドラがまた揺れる。<br />
ふと顔を上げると、さっきまで俺が座っていたところに、誰かがいた。<br />
俺の胸に抱かれている人がいた。正確には異時間同位体の彼女が。<br />
<br />
「ありがとう、キョンくん…」<br />
未来のみくるさんはそう言って俺に微笑みかけた。彼女の瞳も濡れたクリスタルのように潤んでいる。<br />
その声に、はっとしたように振り向く、今のみくるさん。<br />
「あ、あー…、あなたは…やっぱり…未来のあたし?」<br />
初対面のはずのその人へ、確信を持って問いかけたみくるさん(小)。<br />
「はい、そうですよ。せっかくのところお邪魔して悪いんだけど、あまり時間がありません。わたしだからお邪魔ってのも変かな?」<br />
軽く小首を傾げてウインクしながらぺろっと舌を出したみくるさん(大)。<br />
時間がないと言いながら、余裕が感じられるところは年相応ってやつですかね。まだ十分お若いですが。<br />
「じゃあ、手短に話すわね」<br />
みくるさん(大)の話が始まる。俺は彼女が話し終わるまではあまり口を挟まないことにした。<br />
「キョンくんがあたしの告白を受け入れてくれたことで、未来が変わりました。わたしのいる未来に影響が出るまで、もう少し時間があります、このゴンドラが到着するまでぐらいかな? このあたりはそっちのあたしに聞いてみて。変わった未来には、たぶんわたしはいません。涼宮さんの監視任務が終わって、未来に帰る規定事項がなくなったから。そこのわたしは未来に帰らずこの時間でキョンくんと過ごすことになります。だから新しい未来でわたしのいる未来が上書きされるとき、わたしは消えるでしょう。だって、未来にいないのに、未来からここにくることはできないでしょう?」<br />
そう言ってクスクス笑うみくるさん(大)。悪戯を成功させた子供のような笑顔をして。<br />
「規定事項を変えていいのかって、キョンくんは思ってるだろうけど、ふふ、ダメですよ。今頃未来は大慌てで元に戻そうとしてるかもね。でも、無理でしょうね。なぜかはまたそっちのあたしから聞いてください。それに長門さんの存在も大きいわ」<br />
ええ思ってます。いいんですか?<br />
「わたしもこの時間にいたとき、キョンくんに告白しようとしたの。未来を固定するためにはしょっちゅう干渉しないといけないくせに、思う通りに変えることは実は難しいことなのよ。結局できないまま、涼宮さんの監視任務も終わって未来に帰ることになったわ。詳しくはまたあたしに聞いてもらうとして、簡単に言うと条件が揃わなかったのね。わたしもいろいろ条件を揃えようとしてみた。でも全然足りなかった。わたしをこの時間に送ったわたしも、たぶんいろいろ考えたと思う。でも、今回は違ったの」<br />
その条件って?<br />
「まずは鶴屋さんの存在。わたしのときも、わたしの親友として鶴屋さんは存在していたわ。でも、SOS団とは親しい友達の友達という程度の関係でしかなかったの。こんなにもわたし達に関わってくることはなかった。実は、鶴屋家はわたしのいる組織の発足とも関係があって、鶴屋家には最低限の干渉しかできないのね。それに、見かけ上未来には変化が起きる様子がなかった。だから、彼女の存在は干渉されずにそのままにされていたの。鶴屋さん本人は一般人であることは間違いありません。でも、その持ち前の勘の良さ、ここより少し先の未来ではそれを第6感覚として存在を認知しているのだけど、それで少しずつ少しずつ条件を整えていってくれたのね。彼女自身はそれを自覚してはいないけど」<br />
やはり鶴屋さんの存在は大きな意味があったらしい。<br />
で、ほかの条件っていうのは?<br />
「うーん、まとめてしまうと、キョンくんが誰を選んでも…恨みっこなし…少しはあるかな? 団長として友達として、みんなの幸福を願うようにね。そう彼女が考えられるようになれたってことかな? 最後はわたしがあたしの行動を守ってあげる時間を作れたことね」<br />
なんか、ずいぶんと漠然としてますね?<br />
「そうね、わたしのときの鶴屋さんが関わらないSOS団のときの涼宮さんは、今よりメランコリーになってることが多かったかな。古泉くんもずいぶんとバイトが忙しかったようよ? 鶴屋さんは涼宮さんの心の成長の大きなファクターとなったわけ。心理分析は古泉くんの方が詳しいから、彼の方が適切に回答してくれるかもね。彼女が今の立場にいる未来を見て、やっとわたしの望んだ状況になっていることがわかったの。やっと見つかった、キョンくんとわたしの未来」<br />
未来が固定化されてないのは判りますが、あなたの未来とは違うあなたから見ればifの未来なんてなぜ判るんですか?<br />
「ある特殊な事例ですが、別の未来を知ることができることがあります。制限はあるけどね。わたしは管理官になってから職務上の理由をつけてスキを見ながら、無数にある別の未来を少しずつ調べていったの。キョンくんとわたしが結ばれる未来をね。わたしを送ったわたしもそうしたわ。そしてそれが見つかったから、次に何が条件になるのかを調べたわけ。まさか、こんな近くに転換点となるものがあったなんて。びっくりでした。しかも、彼女がわたし達と関わった後の未来では、何もしなくても、どんどんキョンくんとわたしの未来が近づいてくるのだから」<br />
ゴンドラは頂点を過ぎた。あと到着まで7分ぐらいしかないはずだ。惜しいが夜景なんて見ている暇はない。また乗りにくればいい。明日も明後日も来年も、こいつはここでグルグル回ってるだろうからな。<br />
「未来に戻っても、わたしはキョンくんのことを忘れられなかった。ずっと後悔したわ。だから、小さいあたしをこの時間に送ることができるように、助けることができるように、わたしはがんばったの。偉くなれるようにって。そして望みを託してわたしを送り出した。わたしを送ったわたしは残念ながら望み果たせず、任務が終わって未来に戻ったきたわたしに、いろいろね、教えてくれた。また次のわたしに望みを託すため。そうやって、わたしはわたしを送り続けたことでしょう。そしてやっと成功したの」<br />
どれだけの回数と時間がかかったんだろう。それは一代につき一回きりかもしれないが、過去と未来のループの中で何度彼女は泣いたのか。<br />
果てしないループの中で、一縷の望みを抱いて、自分自身を送り続ける彼女。そして今やっと笑うことができた。<br />
俺と彼女を描く一枚のパズル。長い長い彼女の試みが、繋がるはずのないピースを繋げ、完成するはずのない、時のパズルを今完成させたのだ。<br />
俺はその事実を知って、みくるさん(小)を握る手に力をこめた。彼女も握り返してくれた。<br />
「わたしからあたしに、お土産があります。お家に帰ったらテーブルの上に置いてありますから、またあとで見てね。キョンくんも見ていいわよ? 未来であって過去のことだから」<br />
ええ、楽しみにします。<br />
「たぶん、あなたが時間駐在員として、わたしでない誰かにこの時間に送り込まれることは変わらないと思うけど、この時間の人と過ごすことを選んだ以上、あなたは任務を解かれるはずです。これまでも調査員が当該時間の人と結ばれた例はいくつかありますが、その場合は解任処分が通例です。だから未来にも帰れませんし、生活援助も打ち切られます。この時間で生きていくしかないの。援助がなくなると困るだろうから、当面の生活費を用意しておきました。卒業くらいまではもつかなあ? だからキョンくん、それがなくなるまでにわたしを貰ってくれなきゃダメよ?」<br />
小首を傾げて、俺の気持ちを確かめるかのようにウインクする朝比奈さん(大)。<br />
さっき告白したばかりで、もうそんな話をされても、早くないですか? 決してやぶさかではありませんが<br />
これまでの展開に加えて先すぎることを考えてグルグル回る頭であやふやに俺は答えた。<br />
「あ、はぁ、わかりました」<br />
「ふふふ、信じてるから。でもチュウはいいけど、まだエッチはダメよ。もう少ししてからね」<br />
みくるさん(小)は、手をぱたぱたして顔を真っ赤にしている。本人から言われて俺だって恥ずかしくなったからな。<br />
「それから大事なことだけど、キョンくん、今までもわたしに何度か会ってるわよね。それは変えられない事実なの。そうじゃないと、白雪姫のヒントも出せないし。それに未来が変わってしまったから、SOS団に何か起こるかもしれません。基本的には困ったことは起こらないはずなんだけど…。これから、そこにいるあたしのTPDDの使用制限を解除します。あなたが過去のキョンくんを助けてあげてね。でも、むやみにTPDDを使用してもいけないわ。だから、使用にあたっては、長門さんの許可が必要になります。彼女から使用許可コードを発行してもらうようにしたわ。ここにくる前に会ってきてお願いしてきたの。彼女も了承してくれた。過去のキョンくん助けるときの時空間座標と内容も一緒に伝えておきます。小さいあたし、こちらにきて」<br />
みくるさん(大)の隣に座るように促した。立ち上がるものの、揺れるゴンドラで腰が引けるみくるさん(小)。俺が手を握って支えた。<br />
並んで座った美の女神姉妹の競演。実に写真か絵にしておきたい光景である。<br />
みくるさん(大)が、みくるさん(小)の首筋に触れた。1秒ほどだったが、用は済んだのかすぐ手を離した。<br />
「TPDDの使用制限をいったん解除し、長門さんの発行するコードで使用できるようになりました。座標もわかったわね?」<br />
みくるさん(大)の言葉に、みくるさん(小)は強く頷いた。ほかにも情報のやりとりがあったのだろう。<br />
「これで、わたしの役目も終わりかな…」<br />
そういうとみくるさん(大)は立ち上がって俺の隣に座った。またゴンドラが揺れる。<br />
係員に不審がられないだろうか? ちらと地上を見ると、もう降り場は近い。<br />
横に座ったみくるさん(大)は、俺の顔を見つめたあと、俺の胸に顔を埋めてきた。さっきまでのみくるさん(小)のように。<br />
「やっと、こうすることができたなぁ…。わたしのときにできれば良かったんだけど…。キョンくん、あたしのことをよろしくね。そそっかしくて、天然ボケで、不器用だけど。てへっ、今のわたしもそんなに変わってないけどね。もうあたしにはあなたしかいないから。幸せにしてください。約束よ?」<br />
そう言って、俺の首に手を回し、顔が近づいてきた。<br />
大人のみくるさんとキス。<br />
まだ小さいあなたとはチュウもしてないのですが、これって浮気じゃないですよね? みくるさん(小)。未来のあなたですから。<br />
「もう時間がないわね… それまで、こうしていて…」<br />
また、俺の胸に顔を埋めた。俺は、ちらっとみくるさん(小)に目配せをしてから、みくるさん(大)を受け止めた。<br />
「最後に一つだけ教えてください。今、いくつですか?」<br />
もう禁則事項でもないでしょう。<br />
「ふふふ、今のわたしは**。そこにいるわたしは**歳」<br />
俺の耳元に口を寄せて囁いた。甘い声と息がくすぐったい。<br />
学年通りの歳じゃないとは思っていたが…。<br />
高校2年の時の彼女と比べたら、俺の胸にいる大人の彼女は身長も少し伸びていた。女性の成長スパートを考えると、当時16歳以下だったと考える方が自然だ。<br />
若くして偉くなられたんですね…。みくるさん(大)の苦痛や苦労を思うと涙がこぼれそうになる。<br />
「もう、さよならかな…」<br />
みくるさん(大)の姿が薄くなっていく。ガキのころ見たタイムトラベルを描いたシリーズ物の映画と同じように。もう意識しないとそこにいることがわからない。<br />
「じゃあ、またね…」<br />
そう言いながら、未来のみくるさんは姿を消していった。<br />
彼女のいた未来は、たった今新しい未来に上書きされたのだ。</div>