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<p>今日は日曜日なんだけど、キョンと約束がある。<br> 昨日は不思議探索だったけど、別れ際にこんな会話があったから。<br> 「明日、暇か?」<br> あいつが何故かあたしの靴のあたりを見つめながら言った。<br> 「別に用事は無いわね」<br> あいつったら、視線あわせようとしない。緊張しているのが手に取るように分かる。<br> 「明日、ちょっと買い物に行きたいんだが」<br> 「ふうん。そうなの」<br> 「もし暇を持て余し過ぎて暴走しそうなら」<br> あいつはやっと視線をあげて、あたしの目を見つめた。<br> 「一緒に付き合ってくれないか?」<br> 「どーしよっかなぁ」<br> あたしにとって、とっても楽しい瞬間。どぎまぎしているあいつがとってもかわいい。<br> 「まあ無理にとはいわんが…」<br> 「…そこで押すのが男でしょ? まあいいわ。付きあってあげる」<br> 「そうか…悪いな」<br> 「…みんなには内緒よ?」<br> 「分かってる」<br> キョンの笑顔がいつまでも胸に残っている。いまでも思い出せるぐらい。<br> もっとも思い出すとほっぺたが緩むのよね。これどうにかならないかしら。</p> <p> あいつとは友達。彼氏彼女とかじゃないの。暇を持て余して暴走するぐらいなら、あいつと遊びにいってたほうがマシなだけ。<br> でも、なに着て行こうかな。甘ったるい感じがいいかな。それともピリ辛がいいかしら。ちょっとはサービスしてあげないとね。たまにはアメあげないとね。<br> その前に朝ごはん食べなきゃ。腹が減っては戦出来ないって昔の人も言ってたし。<br> そして、あの親父にクギさしとかなきゃいけないし。</p> <p> 洗面所で顔を洗って歯を磨いて髪をとかして…普段の身だしなみなんだけど、今日は、つい時間がかかってしまう。<br> 一段落ついたところで、居間に向かった。<br> そこには寝転がって、TVを見ている親父がいた。なんか真夏に動物園でみるシロクマみたい。<br> 親父はちらりとあたしの顔を見て、笑みを浮かべた。<br> 「彼氏とデートか?」<br> 「なに言ってんのよ。そんなんじゃないったら」<br> 「その割りにはばっちり決めてるように見えるな」<br> あたしが文句を言う前に、母さんの明るい声が飛んだ。<br> 「朝ごはん出来たから、みんなで食べましょ」</p> <p>「あの彼氏とはうまくいってるのか?」<br> 「………………」<br> このシーザーサラダおいしい。ソーセージもパリッとしてて美味しい。<br> 「一度逢ってみたいな。どうだ、今晩家に呼ぶってのは?」<br> 「………………」<br> スクランブルエッグもおいしいな。パンに思いっきりジャム乗せてっと。<br> 「お母さん、コーヒーお代わりちょうだい」<br> 「ちょっとぐらいお父さんの言うことに、反応してあげなさい」<br> 母さんはそう言いながら、熱いコーヒーを注いでくれた。<br> 「彼氏の話は禁句かよ?」<br> 「そういうんじゃないって言ってるでしょう? と も だ ち よ」<br> 「最近は友達の定義が広くなってんのか……まぁいい。<br> 別に交際に反対してるわけじゃないぞ? ただちっと話させろというだけだ。<br> 父さん鬼じゃないからな。……お ま え と 違 っ て」<br> 親父は箸でハムエッグをつまみ上げながら言った。<br> 「父さんはなんでいつも一言多いのよ!」<br> 「おまえに言われたくないね」<br> 「朝っぱらから、くだらない親子ケンカはやめなさい」<br> 母さんがたしなめて、一時的に食卓は静かになった。</p> <p>食後の会話はすこしだけおとなしかった。<br> 「今日は天気もいいし、父さんも出掛けようかな」<br> 「……付いてきたら、本気で死刑よ」<br> 「勘違いするな、ハルヒ。人の恋路を邪魔するほど野暮じゃない。母さんと出掛けるんだ。な、母さん」<br> たしかに邪魔はしないでしょうね。邪魔は。でも、面白がるのはやめてほしいのよね。恥ずかしいったら、ありゃしない。<br> 「いいですよ」母さんは微笑みながら言う。まあ夫婦で出掛けるのならば、文句の付けようがないけど。</p> <p> 自分の部屋で、いろいろ悩んだ末にわりと甘めの格好にまとめた。<br> 小さなカバンに財布や携帯をいれて……あれ?携帯がない?<br> そっか、居間に放置しちゃったかもしれない。昨日、夜TVみながらごろごろして、メール打って、おふろ入って寝ちゃったし。<br> 居間に降りると、TV台のところにあたしの携帯を発見した。メールや着信がなくてほっとした。<br> 親父は着替えていて、出掛ける準備完了といった感じ。めずらしく携帯をいじってる。<br> 「なにしてんの?」<br> 「母さん待ってるんだ」親父は携帯から顔も上げずに答えた。<br> 画面をみれば、地図が表示されていた。見覚えがあるとおもったら、家の回りじゃないの。なにやってんのかしら。<br> 「なにその地図?」<br> 「んーGPSと連動した地図。最近の携帯はなんでもできるな」<br> 「ふーん」<br> 「興味ないか?」<br> 「メールと通話しかしないもん」<br> 「カメラも便利だろう?二人で撮ってくればいい」<br> 「そんなことしないわよ」<br> そんな恥ずかしいこと出来る訳がない。誰かに見られでもしたら、どうすんのよ。<br> 「そんで父さんに見せてくれ。ああ、ラブシーンは不要だぞ?」<br> 親に自分のラブシーンを写して見せるド阿呆が、どこの世界にいるってのよ。まったく。<br> 「……いってくるから」<br> 「気を付けろよ。…特に狼。送り狼は絶滅してないみたいだからな」<br> 「もう、黙ってて」<br> 親父は黙って手を振った。あたしは振り返らずに家を出た。</p> <p> いつもの場所でキョンと落ち合った。いつもと違う格好で意表をつかれた。<br> 二人での待ち合わせが、妙に照れ臭いのは何故かしら?<br> 分かってる……これが恋なんだってことは分かってるの。<br> でも認めたくない、認めてしまうと、どこまでも落ちていきそうで怖い。<br> あいつを壊してしまいそうな、そんな気持ちを感じてしかたがないの。</p> <p> いつもの喫茶店に移動したけど、なんだか気恥ずかしさが先に立って、落ち着かない。<br> 別にデートしようって言われた訳じゃない。ただのお買い物。<br> でも、あいつも同じみたいで、なんか緊張しているみたいに見える。<br> 「今日は、遠出しないか?」<br> キョンが目の前のコーヒーカップに囁いた。<br> 「うん。いいわよ」<br> あたしは半分しか残ってないオレンジジュースを見つめながら返事をした。<br> 二人だけで、どこか行くのは珍しいことじゃないのに。</p> <p> 電車に乗った。日曜日の電車はすいてるわね。目指す駅までこの電車で、30分ほどかかる。途中で快速に乗り換えれば、20分ぐらいかな。<br> 7人掛けシートの端っこに二人で座っている。そのシートに座ってるのはあたしたちだけ。なんか恥ずかしいけど、なんとなくうれしい。<br> 窓から差し込む日の光がぽかぽか暖かい。電車に乗ってる限り、春を感じるわね。<br> 「途中で快速に乗り換えるか?」<br> そうキョンに聞かれたけれども、あたしは首を振った。<br> 「いいんじゃないの?このままで」</p> <p>電車を降りると、いつもと違う町。<br> 大きなビルがいっぱい見えて、ちょっと圧倒された。結構田舎者ね、あたし達。<br> 人も多くて、本当に迷子になりそう。もっとも迷子になったら、携帯で呼べばいいんだけど。それに子供じゃないんだから、迷子になんてならないって。<br> キョンがなにも言わずに、あたしの手をつないだ。暖かい手が優しく感じて、思わず息を飲んだ。<br> 暇を持て余して暴走しないために来たのに、なんか暴走しちゃいそう……</p> <p> 有名なデパートを何軒かハシゴしたら、結構な荷物になっちゃった。<br> 時計は昼を大幅に回っているし、ちょっと歩き疲れた。<br> お腹もグーグー鳴りっぱなし。<br> 腹減ったし、昼飯にするか。そう言って、キョンはあたしの手を引いて歩きだした。別に手つながなくてもいいじゃないと思うけど、言葉に出せない。<br> 言葉にしたら、二度とつなげなくなる。そう思うと声にならない。<br> しかし、キョンったらどこに行くつもりなのかしらね。<br> 「たまにはこういう店で食うのもいいんじゃねえか?」<br> ちょっと高級ムード漂うパスタ屋さんの前で立ち止まったキョンが言う。<br> 「結構高いんじゃないの?」<br> 「そう思うだろう?ランチは安いんだぜ」<br> 「日曜日でもやってんだ……でも、一人1500円ってちょっと高くない?」<br> 「いいさ。……付き合ってもらったお礼だ。奢るぜ」<br> 「ふ~ん」<br> 「なんだよ」<br> 「ちょっと見直したかな」<br> 照れて耳まで赤くなったキョンを見るのは始めてかも。<br> あたしも実は耳が熱いんだけど、きっと気のせいよね。</p> <p> ランチにしては豪華な料理を堪能して、お店を出たらおやつの時間になってた。<br> これからどうするのかな。買い物は終わったけど、まさか帰るとかいわないでしょうね?<br> 買い物に来たんだから、別にいいんだけど……<br> 「なぁ、ハルヒ」<br> 「なに?」<br> 「ある屋内遊園地のチケットを2枚もってるんだ。昨日新聞屋にもらったんだが」<br> 「ふ~ん」<br> よくある話よね。期間限定ご優待チケットね。うちにもあったような気がする。<br> 「非常に偶然なんだが、それがこの近くにあるんだ」<br> 「そうなんだ」<br> 知っててもってきたんでしょ。まるわかりよ。芝居が下手なんだから。<br> 「ちょっと覗いてみないか?」<br> 「いいわね。おもしろそう」<br> 声の調子が変わらないようにするのって、苦労するのね。</p> <p> 屋内遊園地は楽しかった。こんなに楽しかったのって、何年ぶりだろう?<br> 相性診断なんてやってみたら、思ったより低い数字が出て二人で落ち込んだりもしたけど、まあそれもご愛嬌よね。<br> いくつかのアトラクションを体験して、古い町並みを再現してるところでアイス食べて、また歩いて。<br> そしてショップでいくつかお土産を買った。なんかまた荷物増えちゃったわね。</p> <p>「ここって特別展望台があるんだ」<br> あたしは案内板を見ながら、キョンに言った。<br> 「いわゆる屋上だろうがな」<br> 「いまの時間なら、ちょうど夕焼け見れるわよね」<br> 「……いってみるか?」<br> 「ここまで来たんだしね」<br> 駄目だ、あたし……笑顔が止まらない。</p> <p> キョンが言うように、特別展望台というのは屋上のことだった。<br> 目の前にはきれいな夕焼けがあって、ピンク色に照らされた雲や、ビルの明かりが一望できる。とてもキレイ。<br> こういう場所でおなじみの有料双眼鏡もある。子供のころ、よく親にせがんでみせてもらったっけ。<br> 回りはカップルだらけ。あちこちで抱き合ったりしてる。中には彫刻のように動かないカップルもいて、ちょっと恥ずかしいわね。<br> 他人を意識する必要はないんだけど。<br> 「なんか冷えるね」<br> 「これでどうだ?」<br> キョンが背中からあたしを抱き締めた。背中が暖かくなって、おまけにとても気持ちいい。ああ、これなら何時間でも外にいられるわね。<br> 「あったかいよ」<br> 「そうか…俺もあったかいな」<br> その後のことは二人だけの秘密にしときたい……な。</p> <p> 1Fに降りるエレベータを二人で待っている。回りに人はいないから、さっきの続きをしても大丈夫かもしれない。<br> でも、防犯カメラなんて無粋なものがあるからやっぱりだめね。<br> エレベータはなかなかこない。混んでるのかしらね。<br> カバンで携帯がぶるぶる震え出した。一体誰……?<br> 携帯を開いたあたしは、冷水を浴びせられたような衝撃を受けた。<br> なんで、親父がメールしてくるのよ?</p> <p> 1Fのエレベーターロビーで、うちの両親が待ち構えていた。あたしたちを見つけると、二人ともまぶしいほどの笑顔でこっちに歩いて来た。<br> もう……ホント……どうなってるのよ。<br> 「どうも。初めまして。ハルヒの父です」<br> 親父は満面の笑顔を浮かべたまま、キョンに挨拶した。<br> 「あ、どうも。初めまして」<br> 「うちのバカ娘が大変お世話になっています。小学生までは素直ないい娘だったんですけど、中学入ってからバカ娘一直線になっちゃいまして」<br> 「そ、そんなことはないですよ。あの僕が教わることが多くて」<br> 「教わる?……まさか、いかがわしい事をですか?」</p> <p> あたしは思い切り親父の靴を踏み付けてやった。ホント死刑にしてやりたい。<br> 「この通り乱暴な娘ですけど、今後とも仲良くしてやってください」<br> 親父は平然とした顔を保ちながら、言葉を続けている。<br> 「このままだと娘に殺されかねないので、ここらへんで失礼しますよ。また飯でも食いに来てください。今度は私がいるときに」<br> 「あ、この前はごちそうになりました。ありがとうございます」<br> 「またごちそうしますんで、是非。では」<br> 去って行く親父の後ろ姿に、核ミサイル打ち込んでやりたい。<br> だれかあたしに、核の発射ボタンを寄越しなさい。今すぐ。</p> <p> 結局キョンに送ってもらって家に付いたのは、随分遅い時間。<br> 明日学校だっていうのに、ちょっと遊び過ぎたわね。もうちょっと会う時間を早めたほうがいいかもしれない。なーんてね。<br> 玄関の鍵をあけて家にに入ると、居間の方からはTVの音が漏れていた。<br> 居間を覗くと、両親がニコニコ顔であたしを迎えた。<br> 「…ただいま…」<br> 「おかえり」<br> テーブルに付くと、母さんがあたしの湯飲みをひっくりかえしてお茶をいれてくれた。親父は楽しげに微笑んでいる。<br> 「………もうホント勘弁してよ。なんであたしたちの場所が分かったのよ」<br> 「最近の携帯って、いろいろ出来るんだよな」<br> 「それがどうしたのよ?」<br> 「おまえの携帯の場所、父さんの携帯で分かるように設定しちゃった」<br> 「……しちゃったじゃないでしょ、しちゃったじゃぁ」<br> 「つけまわしたりはしてないぞ。母さんが映画見たいっていうから、映画見てたんだ。その後、買い物したりして、ひさびさに夫婦水入らずを堪能したよ」<br> 「………」<br> 「で、頃合いを見計らって、メールしたんだ」<br> 「………もう二度とやんないでよ………」脱力感でそれ以上何も言えない。<br> 「ああ二度と同じ手はつかわないさ。彼にも会えたしな」<br> 「ほ っ と い て く れ な い ? 頼 む か ら」<br> あたしはテーブルに突っ伏しながら言った。<br> 「しょうがないな。善処しよう」<br> 『善処しよう』じゃないでしょ、このバカ親父!!!</p> <p>おわり</p>
<p>今日は日曜日なんだけど、キョンと約束がある。<br /> 昨日は不思議探索だったけど、別れ際にこんな会話があったから。<br /> 「明日、暇か?」<br /> あいつが何故かあたしの靴のあたりを見つめながら言った。<br /> 「別に用事は無いわね」<br /> あいつったら、視線あわせようとしない。緊張しているのが手に取るように分かる。<br /> 「明日、ちょっと買い物に行きたいんだが」<br /> 「ふうん。そうなの」<br /> 「もし暇を持て余し過ぎて暴走しそうなら」<br /> あいつはやっと視線をあげて、あたしの目を見つめた。<br /> 「一緒に付き合ってくれないか?」<br /> 「どーしよっかなぁ」<br /> あたしにとって、とっても楽しい瞬間。どぎまぎしているあいつがとってもかわいい。<br /> 「まあ無理にとはいわんが…」<br /> 「…そこで押すのが男でしょ? まあいいわ。付きあってあげる」<br /> 「そうか…悪いな」<br /> 「…みんなには内緒よ?」<br /> 「分かってる」<br /> キョンの笑顔がいつまでも胸に残っている。いまでも思い出せるぐらい。<br /> もっとも思い出すとほっぺたが緩むのよね。これどうにかならないかしら。</p> <p>あいつとは友達。彼氏彼女とかじゃないの。暇を持て余して暴走するぐらいなら、あいつと遊びにいってたほうがマシなだけ。<br /> でも、なに着て行こうかな。甘ったるい感じがいいかな。それともピリ辛がいいかしら。ちょっとはサービスしてあげないとね。たまにはアメあげないとね。<br /> その前に朝ごはん食べなきゃ。腹が減っては戦出来ないって昔の人も言ってたし。<br /> そして、あの親父にクギさしとかなきゃいけないし。</p> <p>洗面所で顔を洗って歯を磨いて髪をとかして…普段の身だしなみなんだけど、今日は、つい時間がかかってしまう。<br /> 一段落ついたところで、居間に向かった。<br /> そこには寝転がって、TVを見ている親父がいた。なんか真夏に動物園でみるシロクマみたい。<br /> 親父はちらりとあたしの顔を見て、笑みを浮かべた。<br /> 「彼氏とデートか?」<br /> 「なに言ってんのよ。そんなんじゃないったら」<br /> 「その割りにはばっちり決めてるように見えるな」<br /> あたしが文句を言う前に、母さんの明るい声が飛んだ。<br /> 「朝ごはん出来たから、みんなで食べましょ」</p> <p>「あの彼氏とはうまくいってるのか?」<br /> 「………………」<br /> このシーザーサラダおいしい。ソーセージもパリッとしてて美味しい。<br /> 「一度逢ってみたいな。どうだ、今晩家に呼ぶってのは?」<br /> 「………………」<br /> スクランブルエッグもおいしいな。パンに思いっきりジャム乗せてっと。<br /> 「お母さん、コーヒーお代わりちょうだい」<br /> 「ちょっとぐらいお父さんの言うことに、反応してあげなさい」<br /> 母さんはそう言いながら、熱いコーヒーを注いでくれた。<br /> 「彼氏の話は禁句かよ?」<br /> 「そういうんじゃないって言ってるでしょう? と も だ ち よ」<br /> 「最近は友達の定義が広くなってんのか……まぁいい。<br /> 別に交際に反対してるわけじゃないぞ? ただちっと話させろというだけだ。<br /> 父さん鬼じゃないからな。……お ま え と 違 っ て」<br /> 親父は箸でハムエッグをつまみ上げながら言った。<br /> 「父さんはなんでいつも一言多いのよ!」<br /> 「おまえに言われたくないね」<br /> 「朝っぱらから、くだらない親子ケンカはやめなさい」<br /> 母さんがたしなめて、一時的に食卓は静かになった。</p> <p>食後の会話はすこしだけおとなしかった。<br /> 「今日は天気もいいし、父さんも出掛けようかな」<br /> 「……付いてきたら、本気で死刑よ」<br /> 「勘違いするな、ハルヒ。人の恋路を邪魔するほど野暮じゃない。母さんと出掛けるんだ。な、母さん」<br /> たしかに邪魔はしないでしょうね。邪魔は。でも、面白がるのはやめてほしいのよね。恥ずかしいったら、ありゃしない。<br /> 「いいですよ」母さんは微笑みながら言う。まあ夫婦で出掛けるのならば、文句の付けようがないけど。</p> <p>自分の部屋で、いろいろ悩んだ末にわりと甘めの格好にまとめた。<br /> 小さなカバンに財布や携帯をいれて……あれ?携帯がない?<br /> そっか、居間に放置しちゃったかもしれない。昨日、夜TVみながらごろごろして、メール打って、おふろ入って寝ちゃったし。<br /> 居間に降りると、TV台のところにあたしの携帯を発見した。メールや着信がなくてほっとした。<br /> 親父は着替えていて、出掛ける準備完了といった感じ。めずらしく携帯をいじってる。<br /> 「なにしてんの?」<br /> 「母さん待ってるんだ」親父は携帯から顔も上げずに答えた。<br /> 画面をみれば、地図が表示されていた。見覚えがあるとおもったら、家の回りじゃないの。なにやってんのかしら。<br /> 「なにその地図?」<br /> 「んーGPSと連動した地図。最近の携帯はなんでもできるな」<br /> 「ふーん」<br /> 「興味ないか?」<br /> 「メールと通話しかしないもん」<br /> 「カメラも便利だろう?二人で撮ってくればいい」<br /> 「そんなことしないわよ」<br /> そんな恥ずかしいこと出来る訳がない。誰かに見られでもしたら、どうすんのよ。<br /> 「そんで父さんに見せてくれ。ああ、ラブシーンは不要だぞ?」<br /> 親に自分のラブシーンを写して見せるド阿呆が、どこの世界にいるってのよ。まったく。<br /> 「……いってくるから」<br /> 「気を付けろよ。…特に狼。送り狼は絶滅してないみたいだからな」<br /> 「もう、黙ってて」<br /> 親父は黙って手を振った。あたしは振り返らずに家を出た。</p> <p>いつもの場所でキョンと落ち合った。いつもと違う格好で意表をつかれた。<br /> 二人での待ち合わせが、妙に照れ臭いのは何故かしら?<br /> 分かってる……これが恋なんだってことは分かってるの。<br /> でも認めたくない、認めてしまうと、どこまでも落ちていきそうで怖い。<br /> あいつを壊してしまいそうな、そんな気持ちを感じてしかたがないの。</p> <p>いつもの喫茶店に移動したけど、なんだか気恥ずかしさが先に立って、落ち着かない。<br /> 別にデートしようって言われた訳じゃない。ただのお買い物。<br /> でも、あいつも同じみたいで、なんか緊張しているみたいに見える。<br /> 「今日は、遠出しないか?」<br /> キョンが目の前のコーヒーカップに囁いた。<br /> 「うん。いいわよ」<br /> あたしは半分しか残ってないオレンジジュースを見つめながら返事をした。<br /> 二人だけで、どこか行くのは珍しいことじゃないのに。</p> <p>電車に乗った。日曜日の電車はすいてるわね。目指す駅までこの電車で、30分ほどかかる。途中で快速に乗り換えれば、20分ぐらいかな。<br /> 7人掛けシートの端っこに二人で座っている。そのシートに座ってるのはあたしたちだけ。なんか恥ずかしいけど、なんとなくうれしい。<br /> 窓から差し込む日の光がぽかぽか暖かい。電車に乗ってる限り、春を感じるわね。<br /> 「途中で快速に乗り換えるか?」<br /> そうキョンに聞かれたけれども、あたしは首を振った。<br /> 「いいんじゃないの?このままで」</p> <p>電車を降りると、いつもと違う町。<br /> 大きなビルがいっぱい見えて、ちょっと圧倒された。結構田舎者ね、あたし達。<br /> 人も多くて、本当に迷子になりそう。もっとも迷子になったら、携帯で呼べばいいんだけど。それに子供じゃないんだから、迷子になんてならないって。<br /> キョンがなにも言わずに、あたしの手をつないだ。暖かい手が優しく感じて、思わず息を飲んだ。<br /> 暇を持て余して暴走しないために来たのに、なんか暴走しちゃいそう……</p> <p>有名なデパートを何軒かハシゴしたら、結構な荷物になっちゃった。<br /> 時計は昼を大幅に回っているし、ちょっと歩き疲れた。<br /> お腹もグーグー鳴りっぱなし。<br /> 腹減ったし、昼飯にするか。そう言って、キョンはあたしの手を引いて歩きだした。別に手つながなくてもいいじゃないと思うけど、言葉に出せない。<br /> 言葉にしたら、二度とつなげなくなる。そう思うと声にならない。<br /> しかし、キョンったらどこに行くつもりなのかしらね。<br /> 「たまにはこういう店で食うのもいいんじゃねえか?」<br /> ちょっと高級ムード漂うパスタ屋さんの前で立ち止まったキョンが言う。<br /> 「結構高いんじゃないの?」<br /> 「そう思うだろう?ランチは安いんだぜ」<br /> 「日曜日でもやってんだ……でも、一人1500円ってちょっと高くない?」<br /> 「いいさ。……付き合ってもらったお礼だ。奢るぜ」<br /> 「ふ~ん」<br /> 「なんだよ」<br /> 「ちょっと見直したかな」<br /> 照れて耳まで赤くなったキョンを見るのは始めてかも。<br /> あたしも実は耳が熱いんだけど、きっと気のせいよね。</p> <p>ランチにしては豪華な料理を堪能して、お店を出たらおやつの時間になってた。<br /> これからどうするのかな。買い物は終わったけど、まさか帰るとかいわないでしょうね?<br /> 買い物に来たんだから、別にいいんだけど……<br /> 「なぁ、ハルヒ」<br /> 「なに?」<br /> 「ある屋内遊園地のチケットを2枚もってるんだ。昨日新聞屋にもらったんだが」<br /> 「ふ~ん」<br /> よくある話よね。期間限定ご優待チケットね。うちにもあったような気がする。<br /> 「非常に偶然なんだが、それがこの近くにあるんだ」<br /> 「そうなんだ」<br /> 知っててもってきたんでしょ。まるわかりよ。芝居が下手なんだから。<br /> 「ちょっと覗いてみないか?」<br /> 「いいわね。おもしろそう」<br /> 声の調子が変わらないようにするのって、苦労するのね。</p> <p>屋内遊園地は楽しかった。こんなに楽しかったのって、何年ぶりだろう?<br /> 相性診断なんてやってみたら、思ったより低い数字が出て二人で落ち込んだりもしたけど、まあそれもご愛嬌よね。<br /> いくつかのアトラクションを体験して、古い町並みを再現してるところでアイス食べて、また歩いて。<br /> そしてショップでいくつかお土産を買った。なんかまた荷物増えちゃったわね。</p> <p>「ここって特別展望台があるんだ」<br /> あたしは案内板を見ながら、キョンに言った。<br /> 「いわゆる屋上だろうがな」<br /> 「いまの時間なら、ちょうど夕焼け見れるわよね」<br /> 「……いってみるか?」<br /> 「ここまで来たんだしね」<br /> 駄目だ、あたし……笑顔が止まらない。</p> <p>キョンが言うように、特別展望台というのは屋上のことだった。<br /> 目の前にはきれいな夕焼けがあって、ピンク色に照らされた雲や、ビルの明かりが一望できる。とてもキレイ。<br /> こういう場所でおなじみの有料双眼鏡もある。子供のころ、よく親にせがんでみせてもらったっけ。<br /> 回りはカップルだらけ。あちこちで抱き合ったりしてる。中には彫刻のように動かないカップルもいて、ちょっと恥ずかしいわね。<br /> 他人を意識する必要はないんだけど。<br /> 「なんか冷えるね」<br /> 「これでどうだ?」<br /> キョンが背中からあたしを抱き締めた。背中が暖かくなって、おまけにとても気持ちいい。ああ、これなら何時間でも外にいられるわね。<br /> 「あったかいよ」<br /> 「そうか…俺もあったかいな」<br /> その後のことは二人だけの秘密にしときたい……な。</p> <p>1Fに降りるエレベータを二人で待っている。回りに人はいないから、さっきの続きをしても大丈夫かもしれない。<br /> でも、防犯カメラなんて無粋なものがあるからやっぱりだめね。<br /> エレベータはなかなかこない。混んでるのかしらね。<br /> カバンで携帯がぶるぶる震え出した。一体誰……?<br /> 携帯を開いたあたしは、冷水を浴びせられたような衝撃を受けた。<br /> なんで、親父がメールしてくるのよ?</p> <p>1Fのエレベーターロビーで、うちの両親が待ち構えていた。あたしたちを見つけると、二人ともまぶしいほどの笑顔でこっちに歩いて来た。<br /> もう……ホント……どうなってるのよ。<br /> 「どうも。初めまして。ハルヒの父です」<br /> 親父は満面の笑顔を浮かべたまま、キョンに挨拶した。<br /> 「あ、どうも。初めまして」<br /> 「うちのバカ娘が大変お世話になっています。小学生までは素直ないい娘だったんですけど、中学入ってからバカ娘一直線になっちゃいまして」<br /> 「そ、そんなことはないですよ。あの僕が教わることが多くて」<br /> 「教わる?……まさか、いかがわしい事をですか?」</p> <p>あたしは思い切り親父の靴を踏み付けてやった。ホント死刑にしてやりたい。<br /> 「この通り乱暴な娘ですけど、今後とも仲良くしてやってください」<br /> 親父は平然とした顔を保ちながら、言葉を続けている。<br /> 「このままだと娘に殺されかねないので、ここらへんで失礼しますよ。また飯でも食いに来てください。今度は私がいるときに」<br /> 「あ、この前はごちそうになりました。ありがとうございます」<br /> 「またごちそうしますんで、是非。では」<br /> 去って行く親父の後ろ姿に、核ミサイル打ち込んでやりたい。<br /> だれかあたしに、核の発射ボタンを寄越しなさい。今すぐ。</p> <p>結局キョンに送ってもらって家に付いたのは、随分遅い時間。<br /> 明日学校だっていうのに、ちょっと遊び過ぎたわね。もうちょっと会う時間を早めたほうがいいかもしれない。なーんてね。<br /> 玄関の鍵をあけて家にに入ると、居間の方からはTVの音が漏れていた。<br /> 居間を覗くと、両親がニコニコ顔であたしを迎えた。<br /> 「…ただいま…」<br /> 「おかえり」<br /> テーブルに付くと、母さんがあたしの湯飲みをひっくりかえしてお茶をいれてくれた。親父は楽しげに微笑んでいる。<br /> 「………もうホント勘弁してよ。なんであたしたちの場所が分かったのよ」<br /> 「最近の携帯って、いろいろ出来るんだよな」<br /> 「それがどうしたのよ?」<br /> 「おまえの携帯の場所、父さんの携帯で分かるように設定しちゃった」<br /> 「……しちゃったじゃないでしょ、しちゃったじゃぁ」<br /> 「つけまわしたりはしてないぞ。母さんが映画見たいっていうから、映画見てたんだ。その後、買い物したりして、ひさびさに夫婦水入らずを堪能したよ」<br /> 「………」<br /> 「で、頃合いを見計らって、メールしたんだ」<br /> 「………もう二度とやんないでよ………」脱力感でそれ以上何も言えない。<br /> 「ああ二度と同じ手はつかわないさ。彼にも会えたしな」<br /> 「ほ っ と い て く れ な い ? 頼 む か ら」<br /> あたしはテーブルに突っ伏しながら言った。<br /> 「しょうがないな。善処しよう」<br /> 『善処しよう』じゃないでしょ、このバカ親父!!!</p> <p>おわり</p>

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