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「GPS」(2020/03/07 (土) 09:58:15) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
<p>今日は日曜日なんだけど、キョンと約束がある。<br>
昨日は不思議探索だったけど、別れ際にこんな会話があったから。<br>
「明日、暇か?」<br>
あいつが何故かあたしの靴のあたりを見つめながら言った。<br>
「別に用事は無いわね」<br>
あいつったら、視線あわせようとしない。緊張しているのが手に取るように分かる。<br>
「明日、ちょっと買い物に行きたいんだが」<br>
「ふうん。そうなの」<br>
「もし暇を持て余し過ぎて暴走しそうなら」<br>
あいつはやっと視線をあげて、あたしの目を見つめた。<br>
「一緒に付き合ってくれないか?」<br>
「どーしよっかなぁ」<br>
あたしにとって、とっても楽しい瞬間。どぎまぎしているあいつがとってもかわいい。<br>
「まあ無理にとはいわんが…」<br>
「…そこで押すのが男でしょ?
まあいいわ。付きあってあげる」<br>
「そうか…悪いな」<br>
「…みんなには内緒よ?」<br>
「分かってる」<br>
キョンの笑顔がいつまでも胸に残っている。いまでも思い出せるぐらい。<br>
もっとも思い出すとほっぺたが緩むのよね。これどうにかならないかしら。</p>
<p>
あいつとは友達。彼氏彼女とかじゃないの。暇を持て余して暴走するぐらいなら、あいつと遊びにいってたほうがマシなだけ。<br>
でも、なに着て行こうかな。甘ったるい感じがいいかな。それともピリ辛がいいかしら。ちょっとはサービスしてあげないとね。たまにはアメあげないとね。<br>
その前に朝ごはん食べなきゃ。腹が減っては戦出来ないって昔の人も言ってたし。<br>
そして、あの親父にクギさしとかなきゃいけないし。</p>
<p>
洗面所で顔を洗って歯を磨いて髪をとかして…普段の身だしなみなんだけど、今日は、つい時間がかかってしまう。<br>
一段落ついたところで、居間に向かった。<br>
そこには寝転がって、TVを見ている親父がいた。なんか真夏に動物園でみるシロクマみたい。<br>
親父はちらりとあたしの顔を見て、笑みを浮かべた。<br>
「彼氏とデートか?」<br>
「なに言ってんのよ。そんなんじゃないったら」<br>
「その割りにはばっちり決めてるように見えるな」<br>
あたしが文句を言う前に、母さんの明るい声が飛んだ。<br>
「朝ごはん出来たから、みんなで食べましょ」</p>
<p>「あの彼氏とはうまくいってるのか?」<br>
「………………」<br>
このシーザーサラダおいしい。ソーセージもパリッとしてて美味しい。<br>
「一度逢ってみたいな。どうだ、今晩家に呼ぶってのは?」<br>
「………………」<br>
スクランブルエッグもおいしいな。パンに思いっきりジャム乗せてっと。<br>
「お母さん、コーヒーお代わりちょうだい」<br>
「ちょっとぐらいお父さんの言うことに、反応してあげなさい」<br>
母さんはそう言いながら、熱いコーヒーを注いでくれた。<br>
「彼氏の話は禁句かよ?」<br>
「そういうんじゃないって言ってるでしょう?
と も だ ち よ」<br>
「最近は友達の定義が広くなってんのか……まぁいい。<br>
別に交際に反対してるわけじゃないぞ?
ただちっと話させろというだけだ。<br>
父さん鬼じゃないからな。……お ま え と 違 っ て」<br>
親父は箸でハムエッグをつまみ上げながら言った。<br>
「父さんはなんでいつも一言多いのよ!」<br>
「おまえに言われたくないね」<br>
「朝っぱらから、くだらない親子ケンカはやめなさい」<br>
母さんがたしなめて、一時的に食卓は静かになった。</p>
<p>食後の会話はすこしだけおとなしかった。<br>
「今日は天気もいいし、父さんも出掛けようかな」<br>
「……付いてきたら、本気で死刑よ」<br>
「勘違いするな、ハルヒ。人の恋路を邪魔するほど野暮じゃない。母さんと出掛けるんだ。な、母さん」<br>
たしかに邪魔はしないでしょうね。邪魔は。でも、面白がるのはやめてほしいのよね。恥ずかしいったら、ありゃしない。<br>
「いいですよ」母さんは微笑みながら言う。まあ夫婦で出掛けるのならば、文句の付けようがないけど。</p>
<p>
自分の部屋で、いろいろ悩んだ末にわりと甘めの格好にまとめた。<br>
小さなカバンに財布や携帯をいれて……あれ?携帯がない?<br>
そっか、居間に放置しちゃったかもしれない。昨日、夜TVみながらごろごろして、メール打って、おふろ入って寝ちゃったし。<br>
居間に降りると、TV台のところにあたしの携帯を発見した。メールや着信がなくてほっとした。<br>
親父は着替えていて、出掛ける準備完了といった感じ。めずらしく携帯をいじってる。<br>
「なにしてんの?」<br>
「母さん待ってるんだ」親父は携帯から顔も上げずに答えた。<br>
画面をみれば、地図が表示されていた。見覚えがあるとおもったら、家の回りじゃないの。なにやってんのかしら。<br>
「なにその地図?」<br>
「んーGPSと連動した地図。最近の携帯はなんでもできるな」<br>
「ふーん」<br>
「興味ないか?」<br>
「メールと通話しかしないもん」<br>
「カメラも便利だろう?二人で撮ってくればいい」<br>
「そんなことしないわよ」<br>
そんな恥ずかしいこと出来る訳がない。誰かに見られでもしたら、どうすんのよ。<br>
「そんで父さんに見せてくれ。ああ、ラブシーンは不要だぞ?」<br>
親に自分のラブシーンを写して見せるド阿呆が、どこの世界にいるってのよ。まったく。<br>
「……いってくるから」<br>
「気を付けろよ。…特に狼。送り狼は絶滅してないみたいだからな」<br>
「もう、黙ってて」<br>
親父は黙って手を振った。あたしは振り返らずに家を出た。</p>
<p>
いつもの場所でキョンと落ち合った。いつもと違う格好で意表をつかれた。<br>
二人での待ち合わせが、妙に照れ臭いのは何故かしら?<br>
分かってる……これが恋なんだってことは分かってるの。<br>
でも認めたくない、認めてしまうと、どこまでも落ちていきそうで怖い。<br>
あいつを壊してしまいそうな、そんな気持ちを感じてしかたがないの。</p>
<p>
いつもの喫茶店に移動したけど、なんだか気恥ずかしさが先に立って、落ち着かない。<br>
別にデートしようって言われた訳じゃない。ただのお買い物。<br>
でも、あいつも同じみたいで、なんか緊張しているみたいに見える。<br>
「今日は、遠出しないか?」<br>
キョンが目の前のコーヒーカップに囁いた。<br>
「うん。いいわよ」<br>
あたしは半分しか残ってないオレンジジュースを見つめながら返事をした。<br>
二人だけで、どこか行くのは珍しいことじゃないのに。</p>
<p>
電車に乗った。日曜日の電車はすいてるわね。目指す駅までこの電車で、30分ほどかかる。途中で快速に乗り換えれば、20分ぐらいかな。<br>
7人掛けシートの端っこに二人で座っている。そのシートに座ってるのはあたしたちだけ。なんか恥ずかしいけど、なんとなくうれしい。<br>
窓から差し込む日の光がぽかぽか暖かい。電車に乗ってる限り、春を感じるわね。<br>
「途中で快速に乗り換えるか?」<br>
そうキョンに聞かれたけれども、あたしは首を振った。<br>
「いいんじゃないの?このままで」</p>
<p>電車を降りると、いつもと違う町。<br>
大きなビルがいっぱい見えて、ちょっと圧倒された。結構田舎者ね、あたし達。<br>
人も多くて、本当に迷子になりそう。もっとも迷子になったら、携帯で呼べばいいんだけど。それに子供じゃないんだから、迷子になんてならないって。<br>
キョンがなにも言わずに、あたしの手をつないだ。暖かい手が優しく感じて、思わず息を飲んだ。<br>
暇を持て余して暴走しないために来たのに、なんか暴走しちゃいそう……</p>
<p>
有名なデパートを何軒かハシゴしたら、結構な荷物になっちゃった。<br>
時計は昼を大幅に回っているし、ちょっと歩き疲れた。<br>
お腹もグーグー鳴りっぱなし。<br>
腹減ったし、昼飯にするか。そう言って、キョンはあたしの手を引いて歩きだした。別に手つながなくてもいいじゃないと思うけど、言葉に出せない。<br>
言葉にしたら、二度とつなげなくなる。そう思うと声にならない。<br>
しかし、キョンったらどこに行くつもりなのかしらね。<br>
「たまにはこういう店で食うのもいいんじゃねえか?」<br>
ちょっと高級ムード漂うパスタ屋さんの前で立ち止まったキョンが言う。<br>
「結構高いんじゃないの?」<br>
「そう思うだろう?ランチは安いんだぜ」<br>
「日曜日でもやってんだ……でも、一人1500円ってちょっと高くない?」<br>
「いいさ。……付き合ってもらったお礼だ。奢るぜ」<br>
「ふ~ん」<br>
「なんだよ」<br>
「ちょっと見直したかな」<br>
照れて耳まで赤くなったキョンを見るのは始めてかも。<br>
あたしも実は耳が熱いんだけど、きっと気のせいよね。</p>
<p>
ランチにしては豪華な料理を堪能して、お店を出たらおやつの時間になってた。<br>
これからどうするのかな。買い物は終わったけど、まさか帰るとかいわないでしょうね?<br>
買い物に来たんだから、別にいいんだけど……<br>
「なぁ、ハルヒ」<br>
「なに?」<br>
「ある屋内遊園地のチケットを2枚もってるんだ。昨日新聞屋にもらったんだが」<br>
「ふ~ん」<br>
よくある話よね。期間限定ご優待チケットね。うちにもあったような気がする。<br>
「非常に偶然なんだが、それがこの近くにあるんだ」<br>
「そうなんだ」<br>
知っててもってきたんでしょ。まるわかりよ。芝居が下手なんだから。<br>
「ちょっと覗いてみないか?」<br>
「いいわね。おもしろそう」<br>
声の調子が変わらないようにするのって、苦労するのね。</p>
<p>
屋内遊園地は楽しかった。こんなに楽しかったのって、何年ぶりだろう?<br>
相性診断なんてやってみたら、思ったより低い数字が出て二人で落ち込んだりもしたけど、まあそれもご愛嬌よね。<br>
いくつかのアトラクションを体験して、古い町並みを再現してるところでアイス食べて、また歩いて。<br>
そしてショップでいくつかお土産を買った。なんかまた荷物増えちゃったわね。</p>
<p>「ここって特別展望台があるんだ」<br>
あたしは案内板を見ながら、キョンに言った。<br>
「いわゆる屋上だろうがな」<br>
「いまの時間なら、ちょうど夕焼け見れるわよね」<br>
「……いってみるか?」<br>
「ここまで来たんだしね」<br>
駄目だ、あたし……笑顔が止まらない。</p>
<p>
キョンが言うように、特別展望台というのは屋上のことだった。<br>
目の前にはきれいな夕焼けがあって、ピンク色に照らされた雲や、ビルの明かりが一望できる。とてもキレイ。<br>
こういう場所でおなじみの有料双眼鏡もある。子供のころ、よく親にせがんでみせてもらったっけ。<br>
回りはカップルだらけ。あちこちで抱き合ったりしてる。中には彫刻のように動かないカップルもいて、ちょっと恥ずかしいわね。<br>
他人を意識する必要はないんだけど。<br>
「なんか冷えるね」<br>
「これでどうだ?」<br>
キョンが背中からあたしを抱き締めた。背中が暖かくなって、おまけにとても気持ちいい。ああ、これなら何時間でも外にいられるわね。<br>
「あったかいよ」<br>
「そうか…俺もあったかいな」<br>
その後のことは二人だけの秘密にしときたい……な。</p>
<p>
1Fに降りるエレベータを二人で待っている。回りに人はいないから、さっきの続きをしても大丈夫かもしれない。<br>
でも、防犯カメラなんて無粋なものがあるからやっぱりだめね。<br>
エレベータはなかなかこない。混んでるのかしらね。<br>
カバンで携帯がぶるぶる震え出した。一体誰……?<br>
携帯を開いたあたしは、冷水を浴びせられたような衝撃を受けた。<br>
なんで、親父がメールしてくるのよ?</p>
<p>
1Fのエレベーターロビーで、うちの両親が待ち構えていた。あたしたちを見つけると、二人ともまぶしいほどの笑顔でこっちに歩いて来た。<br>
もう……ホント……どうなってるのよ。<br>
「どうも。初めまして。ハルヒの父です」<br>
親父は満面の笑顔を浮かべたまま、キョンに挨拶した。<br>
「あ、どうも。初めまして」<br>
「うちのバカ娘が大変お世話になっています。小学生までは素直ないい娘だったんですけど、中学入ってからバカ娘一直線になっちゃいまして」<br>
「そ、そんなことはないですよ。あの僕が教わることが多くて」<br>
「教わる?……まさか、いかがわしい事をですか?」</p>
<p>
あたしは思い切り親父の靴を踏み付けてやった。ホント死刑にしてやりたい。<br>
「この通り乱暴な娘ですけど、今後とも仲良くしてやってください」<br>
親父は平然とした顔を保ちながら、言葉を続けている。<br>
「このままだと娘に殺されかねないので、ここらへんで失礼しますよ。また飯でも食いに来てください。今度は私がいるときに」<br>
「あ、この前はごちそうになりました。ありがとうございます」<br>
「またごちそうしますんで、是非。では」<br>
去って行く親父の後ろ姿に、核ミサイル打ち込んでやりたい。<br>
だれかあたしに、核の発射ボタンを寄越しなさい。今すぐ。</p>
<p>
結局キョンに送ってもらって家に付いたのは、随分遅い時間。<br>
明日学校だっていうのに、ちょっと遊び過ぎたわね。もうちょっと会う時間を早めたほうがいいかもしれない。なーんてね。<br>
玄関の鍵をあけて家にに入ると、居間の方からはTVの音が漏れていた。<br>
居間を覗くと、両親がニコニコ顔であたしを迎えた。<br>
「…ただいま…」<br>
「おかえり」<br>
テーブルに付くと、母さんがあたしの湯飲みをひっくりかえしてお茶をいれてくれた。親父は楽しげに微笑んでいる。<br>
「………もうホント勘弁してよ。なんであたしたちの場所が分かったのよ」<br>
「最近の携帯って、いろいろ出来るんだよな」<br>
「それがどうしたのよ?」<br>
「おまえの携帯の場所、父さんの携帯で分かるように設定しちゃった」<br>
「……しちゃったじゃないでしょ、しちゃったじゃぁ」<br>
「つけまわしたりはしてないぞ。母さんが映画見たいっていうから、映画見てたんだ。その後、買い物したりして、ひさびさに夫婦水入らずを堪能したよ」<br>
「………」<br>
「で、頃合いを見計らって、メールしたんだ」<br>
「………もう二度とやんないでよ………」脱力感でそれ以上何も言えない。<br>
「ああ二度と同じ手はつかわないさ。彼にも会えたしな」<br>
「ほ っ と い て く れ な い ? 頼 む か ら」<br>
あたしはテーブルに突っ伏しながら言った。<br>
「しょうがないな。善処しよう」<br>
『善処しよう』じゃないでしょ、このバカ親父!!!</p>
<p>おわり</p>
<p>今日は日曜日なんだけど、キョンと約束がある。<br />
昨日は不思議探索だったけど、別れ際にこんな会話があったから。<br />
「明日、暇か?」<br />
あいつが何故かあたしの靴のあたりを見つめながら言った。<br />
「別に用事は無いわね」<br />
あいつったら、視線あわせようとしない。緊張しているのが手に取るように分かる。<br />
「明日、ちょっと買い物に行きたいんだが」<br />
「ふうん。そうなの」<br />
「もし暇を持て余し過ぎて暴走しそうなら」<br />
あいつはやっと視線をあげて、あたしの目を見つめた。<br />
「一緒に付き合ってくれないか?」<br />
「どーしよっかなぁ」<br />
あたしにとって、とっても楽しい瞬間。どぎまぎしているあいつがとってもかわいい。<br />
「まあ無理にとはいわんが…」<br />
「…そこで押すのが男でしょ? まあいいわ。付きあってあげる」<br />
「そうか…悪いな」<br />
「…みんなには内緒よ?」<br />
「分かってる」<br />
キョンの笑顔がいつまでも胸に残っている。いまでも思い出せるぐらい。<br />
もっとも思い出すとほっぺたが緩むのよね。これどうにかならないかしら。</p>
<p>あいつとは友達。彼氏彼女とかじゃないの。暇を持て余して暴走するぐらいなら、あいつと遊びにいってたほうがマシなだけ。<br />
でも、なに着て行こうかな。甘ったるい感じがいいかな。それともピリ辛がいいかしら。ちょっとはサービスしてあげないとね。たまにはアメあげないとね。<br />
その前に朝ごはん食べなきゃ。腹が減っては戦出来ないって昔の人も言ってたし。<br />
そして、あの親父にクギさしとかなきゃいけないし。</p>
<p>洗面所で顔を洗って歯を磨いて髪をとかして…普段の身だしなみなんだけど、今日は、つい時間がかかってしまう。<br />
一段落ついたところで、居間に向かった。<br />
そこには寝転がって、TVを見ている親父がいた。なんか真夏に動物園でみるシロクマみたい。<br />
親父はちらりとあたしの顔を見て、笑みを浮かべた。<br />
「彼氏とデートか?」<br />
「なに言ってんのよ。そんなんじゃないったら」<br />
「その割りにはばっちり決めてるように見えるな」<br />
あたしが文句を言う前に、母さんの明るい声が飛んだ。<br />
「朝ごはん出来たから、みんなで食べましょ」</p>
<p>「あの彼氏とはうまくいってるのか?」<br />
「………………」<br />
このシーザーサラダおいしい。ソーセージもパリッとしてて美味しい。<br />
「一度逢ってみたいな。どうだ、今晩家に呼ぶってのは?」<br />
「………………」<br />
スクランブルエッグもおいしいな。パンに思いっきりジャム乗せてっと。<br />
「お母さん、コーヒーお代わりちょうだい」<br />
「ちょっとぐらいお父さんの言うことに、反応してあげなさい」<br />
母さんはそう言いながら、熱いコーヒーを注いでくれた。<br />
「彼氏の話は禁句かよ?」<br />
「そういうんじゃないって言ってるでしょう? と も だ ち よ」<br />
「最近は友達の定義が広くなってんのか……まぁいい。<br />
別に交際に反対してるわけじゃないぞ? ただちっと話させろというだけだ。<br />
父さん鬼じゃないからな。……お ま え と 違 っ て」<br />
親父は箸でハムエッグをつまみ上げながら言った。<br />
「父さんはなんでいつも一言多いのよ!」<br />
「おまえに言われたくないね」<br />
「朝っぱらから、くだらない親子ケンカはやめなさい」<br />
母さんがたしなめて、一時的に食卓は静かになった。</p>
<p>食後の会話はすこしだけおとなしかった。<br />
「今日は天気もいいし、父さんも出掛けようかな」<br />
「……付いてきたら、本気で死刑よ」<br />
「勘違いするな、ハルヒ。人の恋路を邪魔するほど野暮じゃない。母さんと出掛けるんだ。な、母さん」<br />
たしかに邪魔はしないでしょうね。邪魔は。でも、面白がるのはやめてほしいのよね。恥ずかしいったら、ありゃしない。<br />
「いいですよ」母さんは微笑みながら言う。まあ夫婦で出掛けるのならば、文句の付けようがないけど。</p>
<p>自分の部屋で、いろいろ悩んだ末にわりと甘めの格好にまとめた。<br />
小さなカバンに財布や携帯をいれて……あれ?携帯がない?<br />
そっか、居間に放置しちゃったかもしれない。昨日、夜TVみながらごろごろして、メール打って、おふろ入って寝ちゃったし。<br />
居間に降りると、TV台のところにあたしの携帯を発見した。メールや着信がなくてほっとした。<br />
親父は着替えていて、出掛ける準備完了といった感じ。めずらしく携帯をいじってる。<br />
「なにしてんの?」<br />
「母さん待ってるんだ」親父は携帯から顔も上げずに答えた。<br />
画面をみれば、地図が表示されていた。見覚えがあるとおもったら、家の回りじゃないの。なにやってんのかしら。<br />
「なにその地図?」<br />
「んーGPSと連動した地図。最近の携帯はなんでもできるな」<br />
「ふーん」<br />
「興味ないか?」<br />
「メールと通話しかしないもん」<br />
「カメラも便利だろう?二人で撮ってくればいい」<br />
「そんなことしないわよ」<br />
そんな恥ずかしいこと出来る訳がない。誰かに見られでもしたら、どうすんのよ。<br />
「そんで父さんに見せてくれ。ああ、ラブシーンは不要だぞ?」<br />
親に自分のラブシーンを写して見せるド阿呆が、どこの世界にいるってのよ。まったく。<br />
「……いってくるから」<br />
「気を付けろよ。…特に狼。送り狼は絶滅してないみたいだからな」<br />
「もう、黙ってて」<br />
親父は黙って手を振った。あたしは振り返らずに家を出た。</p>
<p>いつもの場所でキョンと落ち合った。いつもと違う格好で意表をつかれた。<br />
二人での待ち合わせが、妙に照れ臭いのは何故かしら?<br />
分かってる……これが恋なんだってことは分かってるの。<br />
でも認めたくない、認めてしまうと、どこまでも落ちていきそうで怖い。<br />
あいつを壊してしまいそうな、そんな気持ちを感じてしかたがないの。</p>
<p>いつもの喫茶店に移動したけど、なんだか気恥ずかしさが先に立って、落ち着かない。<br />
別にデートしようって言われた訳じゃない。ただのお買い物。<br />
でも、あいつも同じみたいで、なんか緊張しているみたいに見える。<br />
「今日は、遠出しないか?」<br />
キョンが目の前のコーヒーカップに囁いた。<br />
「うん。いいわよ」<br />
あたしは半分しか残ってないオレンジジュースを見つめながら返事をした。<br />
二人だけで、どこか行くのは珍しいことじゃないのに。</p>
<p>電車に乗った。日曜日の電車はすいてるわね。目指す駅までこの電車で、30分ほどかかる。途中で快速に乗り換えれば、20分ぐらいかな。<br />
7人掛けシートの端っこに二人で座っている。そのシートに座ってるのはあたしたちだけ。なんか恥ずかしいけど、なんとなくうれしい。<br />
窓から差し込む日の光がぽかぽか暖かい。電車に乗ってる限り、春を感じるわね。<br />
「途中で快速に乗り換えるか?」<br />
そうキョンに聞かれたけれども、あたしは首を振った。<br />
「いいんじゃないの?このままで」</p>
<p>電車を降りると、いつもと違う町。<br />
大きなビルがいっぱい見えて、ちょっと圧倒された。結構田舎者ね、あたし達。<br />
人も多くて、本当に迷子になりそう。もっとも迷子になったら、携帯で呼べばいいんだけど。それに子供じゃないんだから、迷子になんてならないって。<br />
キョンがなにも言わずに、あたしの手をつないだ。暖かい手が優しく感じて、思わず息を飲んだ。<br />
暇を持て余して暴走しないために来たのに、なんか暴走しちゃいそう……</p>
<p>有名なデパートを何軒かハシゴしたら、結構な荷物になっちゃった。<br />
時計は昼を大幅に回っているし、ちょっと歩き疲れた。<br />
お腹もグーグー鳴りっぱなし。<br />
腹減ったし、昼飯にするか。そう言って、キョンはあたしの手を引いて歩きだした。別に手つながなくてもいいじゃないと思うけど、言葉に出せない。<br />
言葉にしたら、二度とつなげなくなる。そう思うと声にならない。<br />
しかし、キョンったらどこに行くつもりなのかしらね。<br />
「たまにはこういう店で食うのもいいんじゃねえか?」<br />
ちょっと高級ムード漂うパスタ屋さんの前で立ち止まったキョンが言う。<br />
「結構高いんじゃないの?」<br />
「そう思うだろう?ランチは安いんだぜ」<br />
「日曜日でもやってんだ……でも、一人1500円ってちょっと高くない?」<br />
「いいさ。……付き合ってもらったお礼だ。奢るぜ」<br />
「ふ~ん」<br />
「なんだよ」<br />
「ちょっと見直したかな」<br />
照れて耳まで赤くなったキョンを見るのは始めてかも。<br />
あたしも実は耳が熱いんだけど、きっと気のせいよね。</p>
<p>ランチにしては豪華な料理を堪能して、お店を出たらおやつの時間になってた。<br />
これからどうするのかな。買い物は終わったけど、まさか帰るとかいわないでしょうね?<br />
買い物に来たんだから、別にいいんだけど……<br />
「なぁ、ハルヒ」<br />
「なに?」<br />
「ある屋内遊園地のチケットを2枚もってるんだ。昨日新聞屋にもらったんだが」<br />
「ふ~ん」<br />
よくある話よね。期間限定ご優待チケットね。うちにもあったような気がする。<br />
「非常に偶然なんだが、それがこの近くにあるんだ」<br />
「そうなんだ」<br />
知っててもってきたんでしょ。まるわかりよ。芝居が下手なんだから。<br />
「ちょっと覗いてみないか?」<br />
「いいわね。おもしろそう」<br />
声の調子が変わらないようにするのって、苦労するのね。</p>
<p>屋内遊園地は楽しかった。こんなに楽しかったのって、何年ぶりだろう?<br />
相性診断なんてやってみたら、思ったより低い数字が出て二人で落ち込んだりもしたけど、まあそれもご愛嬌よね。<br />
いくつかのアトラクションを体験して、古い町並みを再現してるところでアイス食べて、また歩いて。<br />
そしてショップでいくつかお土産を買った。なんかまた荷物増えちゃったわね。</p>
<p>「ここって特別展望台があるんだ」<br />
あたしは案内板を見ながら、キョンに言った。<br />
「いわゆる屋上だろうがな」<br />
「いまの時間なら、ちょうど夕焼け見れるわよね」<br />
「……いってみるか?」<br />
「ここまで来たんだしね」<br />
駄目だ、あたし……笑顔が止まらない。</p>
<p>キョンが言うように、特別展望台というのは屋上のことだった。<br />
目の前にはきれいな夕焼けがあって、ピンク色に照らされた雲や、ビルの明かりが一望できる。とてもキレイ。<br />
こういう場所でおなじみの有料双眼鏡もある。子供のころ、よく親にせがんでみせてもらったっけ。<br />
回りはカップルだらけ。あちこちで抱き合ったりしてる。中には彫刻のように動かないカップルもいて、ちょっと恥ずかしいわね。<br />
他人を意識する必要はないんだけど。<br />
「なんか冷えるね」<br />
「これでどうだ?」<br />
キョンが背中からあたしを抱き締めた。背中が暖かくなって、おまけにとても気持ちいい。ああ、これなら何時間でも外にいられるわね。<br />
「あったかいよ」<br />
「そうか…俺もあったかいな」<br />
その後のことは二人だけの秘密にしときたい……な。</p>
<p>1Fに降りるエレベータを二人で待っている。回りに人はいないから、さっきの続きをしても大丈夫かもしれない。<br />
でも、防犯カメラなんて無粋なものがあるからやっぱりだめね。<br />
エレベータはなかなかこない。混んでるのかしらね。<br />
カバンで携帯がぶるぶる震え出した。一体誰……?<br />
携帯を開いたあたしは、冷水を浴びせられたような衝撃を受けた。<br />
なんで、親父がメールしてくるのよ?</p>
<p>1Fのエレベーターロビーで、うちの両親が待ち構えていた。あたしたちを見つけると、二人ともまぶしいほどの笑顔でこっちに歩いて来た。<br />
もう……ホント……どうなってるのよ。<br />
「どうも。初めまして。ハルヒの父です」<br />
親父は満面の笑顔を浮かべたまま、キョンに挨拶した。<br />
「あ、どうも。初めまして」<br />
「うちのバカ娘が大変お世話になっています。小学生までは素直ないい娘だったんですけど、中学入ってからバカ娘一直線になっちゃいまして」<br />
「そ、そんなことはないですよ。あの僕が教わることが多くて」<br />
「教わる?……まさか、いかがわしい事をですか?」</p>
<p>あたしは思い切り親父の靴を踏み付けてやった。ホント死刑にしてやりたい。<br />
「この通り乱暴な娘ですけど、今後とも仲良くしてやってください」<br />
親父は平然とした顔を保ちながら、言葉を続けている。<br />
「このままだと娘に殺されかねないので、ここらへんで失礼しますよ。また飯でも食いに来てください。今度は私がいるときに」<br />
「あ、この前はごちそうになりました。ありがとうございます」<br />
「またごちそうしますんで、是非。では」<br />
去って行く親父の後ろ姿に、核ミサイル打ち込んでやりたい。<br />
だれかあたしに、核の発射ボタンを寄越しなさい。今すぐ。</p>
<p>結局キョンに送ってもらって家に付いたのは、随分遅い時間。<br />
明日学校だっていうのに、ちょっと遊び過ぎたわね。もうちょっと会う時間を早めたほうがいいかもしれない。なーんてね。<br />
玄関の鍵をあけて家にに入ると、居間の方からはTVの音が漏れていた。<br />
居間を覗くと、両親がニコニコ顔であたしを迎えた。<br />
「…ただいま…」<br />
「おかえり」<br />
テーブルに付くと、母さんがあたしの湯飲みをひっくりかえしてお茶をいれてくれた。親父は楽しげに微笑んでいる。<br />
「………もうホント勘弁してよ。なんであたしたちの場所が分かったのよ」<br />
「最近の携帯って、いろいろ出来るんだよな」<br />
「それがどうしたのよ?」<br />
「おまえの携帯の場所、父さんの携帯で分かるように設定しちゃった」<br />
「……しちゃったじゃないでしょ、しちゃったじゃぁ」<br />
「つけまわしたりはしてないぞ。母さんが映画見たいっていうから、映画見てたんだ。その後、買い物したりして、ひさびさに夫婦水入らずを堪能したよ」<br />
「………」<br />
「で、頃合いを見計らって、メールしたんだ」<br />
「………もう二度とやんないでよ………」脱力感でそれ以上何も言えない。<br />
「ああ二度と同じ手はつかわないさ。彼にも会えたしな」<br />
「ほ っ と い て く れ な い ? 頼 む か ら」<br />
あたしはテーブルに突っ伏しながら言った。<br />
「しょうがないな。善処しよう」<br />
『善処しよう』じゃないでしょ、このバカ親父!!!</p>
<p>おわり</p>