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「赤ク染マル」(2020/08/20 (木) 03:23:52) の最新版変更点
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「ねえ、キョン」<br>
……決めました。<br>
「何だよ」<br>
決めました。<br>
「今度の休みだけどさあ――」<br>
僕は今日、涼宮さんを殺します。僕の手で。<br>
もう、僕は耐えられない。<br>
あの彼女の良く通る声が、花火のような笑顔が僕以外の誰かに向けられることに。<br>
……ええ。彼女の心は僕に向いていない、当然そんな事は百も承知です。<br>
僕に向いていない、どころではないことも十分過ぎる程わかっています。<br>
分かっているのに、なぜ?<br>
……自問自答してもそれはわからない。分かったら苦労はしません。<br>
ただ僕が分かるのは、この恋が報われないものであることと、それが歪んでいること。<br>
それなら、歪んでいるなら、どうだと言うのですか?<br>
正常であろうとなかろうと彼女への気持に偽りはない。<br>
たとえば人殺しは時に制裁の名の下に正当化される、<br>
ならば善悪に絶対的な基準など存在はしない。そんな曖昧な世界であるから信を置くべきは自分の意思のみ。<br>
だから、彼女の命を奪います。<br>
この地上にいる誰も彼女から笑顔を振り撒かれないように。<br>
誰も彼女から言葉をかけてもらえないように。<br>
誰一人として彼女に愛されないように。<br>
今、彼女が心から笑いかけるのはただ一人です。<br>
でもその一人の命を奪うのは駄目です。僕が怨まれますから。<br>
だからこそ彼女を殺す。<br>
僕は『一人とその他大勢』の『その他』にカテゴライズされている。<br>
でも、彼女が死ねば『全部』の一部分になれる。彼の立場は下がる。<br>
つまり相対的に僕の立場は上昇する。<br>
ね?<br>
<br>
<br>
そうして学生服にナイフを忍ばせて、僕は涼宮さんを呼び出しました。<br>
放課後、SOS団が終わった後、彼女の教室へ。<br>
「どうしたの古泉くん、用事って?」<br>
ああ、そんな無防備に笑わないで下さい。僕の決意が鈍りますから。<br>
でも僕は作り笑いを浮かべて作り話を切り出す。<br>
「ええ、実は今度の長期休みの計画につい――」<br>
と突然教室の扉が開き、そして聞き慣れた声が響く。<br>
「お、何やってんだ? ハルヒと古泉」<br>
心がざわつく。<br>
……彼が来た。<br>
……彼女を好きな彼が。<br>
……彼女が好きな彼が。<br>
「なんか話があるんだって。あんたは?」<br>
「忘れ物だ」<br>
そう言ってから机の中身をあさる彼。暫くそうした後、目当ての物が見付かったようで、<br>
「取り込み中邪魔したみたいだな。……じゃあ、また明日」<br>
彼女の頬に軽く口づけしてから出ていこうとする。<br>
「……っのエロキョンッ!」<br>
それに怒りながらも照れる涼宮さん。<br>
そんな二人を見た瞬間、何かが頭の中で入った。<br>
唐突にどす黒くて吐気を催す負の感情が渦巻く。<br>
僕にするまいと決めていた事を……させる。<br>
喉が痛くなるほどの雄叫びを上げ、ポケットからナイフを引き抜き、彼に突き刺す。<br>
左の胸に、心臓に、突き抜けろとばかりに全力で。<br>
驚愕の形を作った彼の口が動く。でも動くだけで何も言わない。<br>
僕を見る彼の目にあるのは疑問でもない。驚きでもない。ましてや怒りでもない。<br>
ただ悲しみ。彼女に会えなくなる事への哀しみ。<br>
……そんな目をするな。<br>
……するなよ。<br>
「そんな、目を、するなッ!」<br>
引き抜く、刺す。引き抜いて、刺す。<br>
刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して……刺す。<br>
崩れ落ちた彼の体をさらに刺す。<br>
気付くと肩で息をしていた。<br>
……血の海とはよく言った物ですね。海で遊んだ子供みたいに濡れている僕を彩るのは赤い海水。<br>
彼の心臓から湧き出る血潮。温かい。<br>
息を呑む音がするから、振り返ると涼宮さんが腰を抜かしていた。<br>
……ああ、そんな怯えた目をしないで下さい。<br>
僕は安心してもらうために彼女の両頬に手を添えて、じっと見つめました。<br>
<br>
<br>
どれくらい経ったでしょうか? 僕が手をどかすと頬を赤く染めた涼宮さんがいます。<br>
そんな彼女の様子に思わずみとれてしまいました。<br>
朱に染まったあなたも美しい。<br>
だから、どうか笑って下さい。いつもみたいに、弾けるように。<br>
僕もほら、笑いますから。<br>
だってあなたには笑顔と明るい色が一番似合うのだから。だから……、<br>
「古泉、くん?」<br>
なんで泣きそうなのでしょうか?<br>
「どうして?」<br>
なんで怒りそうなのでしょうか?<br>
「どうしてキョンを?」<br>
……なんで笑ってくれないのでしょうか?<br>
「ねぇっ!?」<br>
おかしいな?<br>
「なんでこんなこ……痛っ!」<br>
おかしいな? なんで笑ってくれない?<br>
「痛いっ」<br>
おかしいな? なんで僕を見てくれない?<br>
「古い、ずみくん。いた……」<br>
夕焼けに照らされた教室は真っ赤で綺麗ですよ。ほら、見てください。ほらっ!<br>
「……っ!」<br>
……そんなモノよりあなたの方が綺麗です。真っ赤に染まったあなたの方が。<br>
でも惜しむらくはその表情。<br>
「いた、ぃよぅ。きょ……ん、キョン……」<br>
苦悶の表情で地面に転がっている涼宮さん。<br>
「……ょん、……んっ」<br>
ああ、すっかり忘れてた。彼女を殺さないと。それが僕の一番最初の目的ですから。<br>
屈み込んで、彼女の澄んだ瞳を覗く。うるんだ目からとめどなく涙が流れている。<br>
僕はそっとその涙を拭う。すると、彼女の顔に赤い筋がつく。<br>
それを拭うとまた別の紅い線が……。<br>
「ちぇっ」<br>
あきらめた僕は手に持ったナイフを振り上げた。<br>
そして彼女の耳元に口を近付けて、最期に言う。<br>
「涼宮さん。僕はあなたが――」<br>
見開かれた彼女の瞳。<br>
下ろされた僕の右手。<br>
彼女の胸に刺さったナイフ。<br>
時が止まったかのようだった。<br>
<br>
<br>
………<br>
……<br>
…<br>
<br>
<br>
次の瞬間、僕は部屋で目を覚ましました。<br>
「……」<br>
無言のまま携帯を見る。<br>
日付は変わっていない。ただ、時間が巻き戻っている。<br>
……要するに彼女は最期の最期に僕へ選択肢を作ったのだろう。<br>
また、同じことを繰り返すか、あるいは止めるか。<br>
「はて」<br>
もし、『今日』が気に入らないなら僕の存在を消してしまえばいいのに……。<br>
なのに彼女は僕に選ばせてくれるという。<br>
こんな僕に。<br>
<br>
<br>
……だから僕は選び直した。<br>
こんな僕にやり直しをさせてくれた彼女に感謝して、でも高校へ向かう。<br>
<br>
<br>
ポケットにナイフを潜め、心に歪んだ炎をともして高校へ向かう。<br>
<br>
<br>
今日もきっと、世界は赤く染まる。<br>
FIN.
<p>「ねえ、キョン」<br />
……決めました。<br />
「何だよ」<br />
決めました。<br />
「今度の休みだけどさあ――」<br />
僕は今日、涼宮さんを殺します。僕の手で。<br />
もう、僕は耐えられない。<br />
あの彼女の良く通る声が、花火のような笑顔が僕以外の誰かに向けられることに。<br />
……ええ。彼女の心は僕に向いていない、当然そんな事は百も承知です。<br />
僕に向いていない、どころではないことも十分過ぎる程わかっています。<br />
分かっているのに、なぜ?<br />
……自問自答してもそれはわからない。分かったら苦労はしません。<br />
ただ僕が分かるのは、この恋が報われないものであることと、それが歪んでいること。<br />
それなら、歪んでいるなら、どうだと言うのですか?<br />
正常であろうとなかろうと彼女への気持に偽りはない。<br />
たとえば人殺しは時に制裁の名の下に正当化される、<br />
ならば善悪に絶対的な基準など存在はしない。そんな曖昧な世界であるから信を置くべきは自分の意思のみ。<br />
だから、彼女の命を奪います。<br />
この地上にいる誰も彼女から笑顔を振り撒かれないように。<br />
誰も彼女から言葉をかけてもらえないように。<br />
誰一人として彼女に愛されないように。<br />
今、彼女が心から笑いかけるのはただ一人です。<br />
でもその一人の命を奪うのは駄目です。僕が怨まれますから。<br />
だからこそ彼女を殺す。<br />
僕は『一人とその他大勢』の『その他』にカテゴライズされている。<br />
でも、彼女が死ねば『全部』の一部分になれる。彼の立場は下がる。<br />
つまり相対的に僕の立場は上昇する。<br />
ね?<br />
<br />
<br />
そうして学生服にナイフを忍ばせて、僕は涼宮さんを呼び出しました。<br />
放課後、SOS団が終わった後、彼女の教室へ。<br />
「どうしたの古泉くん、用事って?」<br />
ああ、そんな無防備に笑わないで下さい。僕の決意が鈍りますから。<br />
でも僕は作り笑いを浮かべて作り話を切り出す。<br />
「ええ、実は今度の長期休みの計画につい――」<br />
と突然教室の扉が開き、そして聞き慣れた声が響く。<br />
「お、何やってんだ? ハルヒと古泉」<br />
心がざわつく。<br />
……彼が来た。<br />
……彼女を好きな彼が。<br />
……彼女が好きな彼が。<br />
「なんか話があるんだって。あんたは?」<br />
「忘れ物だ」<br />
そう言ってから机の中身をあさる彼。暫くそうした後、目当ての物が見付かったようで、<br />
「取り込み中邪魔したみたいだな。……じゃあ、また明日」<br />
彼女の頬に軽く口づけしてから出ていこうとする。<br />
「……っのエロキョンッ!」<br />
それに怒りながらも照れる涼宮さん。<br />
そんな二人を見た瞬間、何かが頭の中で入った。<br />
唐突にどす黒くて吐気を催す負の感情が渦巻く。<br />
僕にするまいと決めていた事を……させる。<br />
喉が痛くなるほどの雄叫びを上げ、ポケットからナイフを引き抜き、彼に突き刺す。<br />
左の胸に、心臓に、突き抜けろとばかりに全力で。<br />
驚愕の形を作った彼の口が動く。でも動くだけで何も言わない。<br />
僕を見る彼の目にあるのは疑問でもない。驚きでもない。ましてや怒りでもない。<br />
ただ悲しみ。彼女に会えなくなる事への哀しみ。<br />
……そんな目をするな。<br />
……するなよ。<br />
「そんな、目を、するなッ!」<br />
引き抜く、刺す。引き抜いて、刺す。<br />
刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して……刺す。<br />
崩れ落ちた彼の体をさらに刺す。<br />
気付くと肩で息をしていた。<br />
……血の海とはよく言った物ですね。海で遊んだ子供みたいに濡れている僕を彩るのは赤い海水。<br />
彼の心臓から湧き出る血潮。温かい。<br />
息を呑む音がするから、振り返ると涼宮さんが腰を抜かしていた。<br />
……ああ、そんな怯えた目をしないで下さい。<br />
僕は安心してもらうために彼女の両頬に手を添えて、じっと見つめました。<br />
<br />
<br />
どれくらい経ったでしょうか? 僕が手をどかすと頬を赤く染めた涼宮さんがいます。<br />
そんな彼女の様子に思わずみとれてしまいました。<br />
朱に染まったあなたも美しい。<br />
だから、どうか笑って下さい。いつもみたいに、弾けるように。<br />
僕もほら、笑いますから。<br />
だってあなたには笑顔と明るい色が一番似合うのだから。だから……、<br />
「古泉、くん?」<br />
なんで泣きそうなのでしょうか?<br />
「どうして?」<br />
なんで怒りそうなのでしょうか?<br />
「どうしてキョンを?」<br />
……なんで笑ってくれないのでしょうか?<br />
「ねぇっ!?」<br />
おかしいな?<br />
「なんでこんなこ……痛っ!」<br />
おかしいな? なんで笑ってくれない?<br />
「痛いっ」<br />
おかしいな? なんで僕を見てくれない?<br />
「古い、ずみくん。いた……」<br />
夕焼けに照らされた教室は真っ赤で綺麗ですよ。ほら、見てください。ほらっ!<br />
「……っ!」<br />
……そんなモノよりあなたの方が綺麗です。真っ赤に染まったあなたの方が。<br />
でも惜しむらくはその表情。<br />
「いた、ぃよぅ。きょ……ん、キョン……」<br />
苦悶の表情で地面に転がっている涼宮さん。<br />
「……ょん、……んっ」<br />
ああ、すっかり忘れてた。彼女を殺さないと。それが僕の一番最初の目的ですから。<br />
屈み込んで、彼女の澄んだ瞳を覗く。うるんだ目からとめどなく涙が流れている。<br />
僕はそっとその涙を拭う。すると、彼女の顔に赤い筋がつく。<br />
それを拭うとまた別の紅い線が……。<br />
「ちぇっ」<br />
あきらめた僕は手に持ったナイフを振り上げた。<br />
そして彼女の耳元に口を近付けて、最期に言う。<br />
「涼宮さん。僕はあなたが――」<br />
見開かれた彼女の瞳。<br />
下ろされた僕の右手。<br />
彼女の胸に刺さったナイフ。<br />
時が止まったかのようだった。<br />
<br />
<br />
………<br />
……<br />
…<br />
<br />
<br />
次の瞬間、僕は部屋で目を覚ましました。<br />
「……」<br />
無言のまま携帯を見る。<br />
日付は変わっていない。ただ、時間が巻き戻っている。<br />
……要するに彼女は最期の最期に僕へ選択肢を作ったのだろう。<br />
また、同じことを繰り返すか、あるいは止めるか。<br />
「はて」<br />
もし、『今日』が気に入らないなら僕の存在を消してしまえばいいのに……。<br />
なのに彼女は僕に選ばせてくれるという。<br />
こんな僕に。<br />
<br />
<br />
……だから僕は選び直した。<br />
こんな僕にやり直しをさせてくれた彼女に感謝して、でも高校へ向かう。<br />
<br />
<br />
ポケットにナイフを潜め、心に歪んだ炎をともして高校へ向かう。<br />
<br />
<br />
今日もきっと、世界は赤く染まる。<br />
FIN.</p>