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ニチジョウ」(2020/03/13 (金) 01:19:09) の最新版変更点

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ニチジョウ<br> <br> いつもと変わらない放課後。最初に部室に入るのはわたし。いつもと変わらない位置で、昨日と違う本を開く。<br> いつもと変わらない沈黙。階段を駆け上がる無邪気で慌てた様な足音。いつもと変わらない人物だろう。だけど、ドアを開けたのは昨日と違う人物。<br> <br> 「長門~!いるか~!?」<br> <br> 声の方に視線を向ける。いたのは、少年の目をした、「彼」。<br> <br> 「おお!長門!すまん、驚かせたか?」<br> <br> 突然だった。確かに驚いたが、何故かわたしは首を横に振る。<br> <br> 「そっか。ならいい。ところで長門!クイズだクイズ!」<br> <br> 呆気にとられるわたし。いそいそと鞄からペンとルーズリーフを一枚取り出す彼。彼はその紙の上半分に「長」、下半分に「門」という大きな文字を書いた。<br> <br> 「さあクイズだ。なんと読むでしょう?」<br> <br> 読めない筈が無い。彼の持つ紙には、わたしの姓が書かれているのだから。<br> 彼は何がしたいのだろう。わたしをからかっているのか、「ながもん」、とでも言わせたいのだろうか。思考を巡らせながらわたしは答える。<br> <br> 「……ながと?」<br> 「おう、正解。」<br> <br> 本当に彼は何がしたいのだろう。<br> 「ながもん」と答えて彼の反応を見るのも良かったかもしれない、と少し後悔していると、彼は嬉しそうに手を動かし、「門」の中に「木」を加える。<br> 新しく紙上に現れる、「長閑」という熟語。<br> <br> 目を輝かせた彼、<br> 「じゃあ長門、これは?」<br> <br> ああ、そういうことか─。<br> 彼の言わんとしていることが分かった気がした。「長閑」─、わたしの名前に良く似たその文字は、持っている意味までわたしに似ている、と彼は思ったのだろう。彼らしい。<br> <br> 「…読める」<br> <br> わたしは淡々と言う。<br> <br> 「それは」<br> <br> 彼は真剣な面持ちでわたしの答えを待つ。<br> <br> 「──<br> いつものチャイムが鳴る。わたしと良く似たその文字の持つ音は、日常の音に巻き込まれながら、彼の耳に届く。<br> <br> 「おお!正解!流石に長門だからなあ、読めるとは思ってたんだ。<br> <br> ああ、これか?いや、6限の現代文ん時、辞書パラパラ見てたら目に付いたんだよ。<br> なんせ『長門』と『長閑』だからなあ。授業が終わる20分前からお前に言いたくて言いたくてしょうがなかったんだよ。」<br> <br> 「…そう」<br> <br> 「そう。」<br> <br> 彼が嬉しそうにわたしの言葉を鸚鵡返しにする。<br> <br> エラー。<br> わたしの中で何かが渦を巻く。彼からわたしが受け取る、苦しさと優しさが混ざった感情。<br> <br> エラー。<br> 意思伝達に齟齬が生じる。今わたしが彼に伝えられるのは、これだけ。<br> <br> 「ありがとう」<br> <br> 彼の顔には疑問符が浮かんでいた。<br> <br> その後、涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、古泉一樹達も顔を出し、いつもの部活動となっていた。<br> <br> わたしが本を読み進めていると、偶然だろうか、「長閑」という文字が現れた。ルビも振られていないその文字が、とても愛おしく感じられた。<br> <br> 「どしたの有希?なーんか嬉しそうな顔してるわよ?」<br> <br> 朝比奈みくるの髪を三つ編みにしている涼宮ハルヒが言う。<br> <br> わたしは顔を上げて答える。<br> <br> 「なんでもない。<br>    …今日も『のどか』。」<br> <br> 微笑んだ彼と目が合った。<br>   そんな日常。<br>     そんな、ノドカなニチジョウ。<br> <br> <br>
<p>ニチジョウ<br /> <br /> いつもと変わらない放課後。最初に部室に入るのはわたし。いつもと変わらない位置で、昨日と違う本を開く。<br /> いつもと変わらない沈黙。階段を駆け上がる無邪気で慌てた様な足音。いつもと変わらない人物だろう。だけど、ドアを開けたのは昨日と違う人物。<br /> <br /> 「長門~!いるか~!?」<br /> <br /> 声の方に視線を向ける。いたのは、少年の目をした、「彼」。<br /> <br /> 「おお!長門!すまん、驚かせたか?」<br /> <br /> 突然だった。確かに驚いたが、何故かわたしは首を横に振る。<br /> <br /> 「そっか。ならいい。ところで長門!クイズだクイズ!」<br /> <br /> 呆気にとられるわたし。いそいそと鞄からペンとルーズリーフを一枚取り出す彼。彼はその紙の上半分に「長」、下半分に「門」という大きな文字を書いた。<br /> <br /> 「さあクイズだ。なんと読むでしょう?」<br /> <br /> 読めない筈が無い。彼の持つ紙には、わたしの姓が書かれているのだから。<br /> 彼は何がしたいのだろう。わたしをからかっているのか、「ながもん」、とでも言わせたいのだろうか。思考を巡らせながらわたしは答える。<br /> <br /> 「……ながと?」<br /> 「おう、正解。」<br /> <br /> 本当に彼は何がしたいのだろう。<br /> 「ながもん」と答えて彼の反応を見るのも良かったかもしれない、と少し後悔していると、彼は嬉しそうに手を動かし、「門」の中に「木」を加える。<br /> 新しく紙上に現れる、「長閑」という熟語。<br /> <br /> 目を輝かせた彼、<br /> 「じゃあ長門、これは?」<br /> <br /> ああ、そういうことか─。<br /> 彼の言わんとしていることが分かった気がした。「長閑」─、わたしの名前に良く似たその文字は、持っている意味までわたしに似ている、と彼は思ったのだろう。彼らしい。<br /> <br /> 「…読める」<br /> <br /> わたしは淡々と言う。<br /> <br /> 「それは」<br /> <br /> 彼は真剣な面持ちでわたしの答えを待つ。<br /> <br /> 「──<br /> いつものチャイムが鳴る。わたしと良く似たその文字の持つ音は、日常の音に巻き込まれながら、彼の耳に届く。<br /> <br /> 「おお!正解!流石に長門だからなあ、読めるとは思ってたんだ。<br /> <br /> ああ、これか?いや、6限の現代文ん時、辞書パラパラ見てたら目に付いたんだよ。<br /> なんせ『長門』と『長閑』だからなあ。授業が終わる20分前からお前に言いたくて言いたくてしょうがなかったんだよ。」<br /> <br /> 「…そう」<br /> <br /> 「そう。」<br /> <br /> 彼が嬉しそうにわたしの言葉を鸚鵡返しにする。<br /> <br /> エラー。<br /> わたしの中で何かが渦を巻く。彼からわたしが受け取る、苦しさと優しさが混ざった感情。<br /> <br /> エラー。<br /> 意思伝達に齟齬が生じる。今わたしが彼に伝えられるのは、これだけ。<br /> <br /> 「ありがとう」<br /> <br /> 彼の顔には疑問符が浮かんでいた。<br /> <br /> その後、涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、古泉一樹達も顔を出し、いつもの部活動となっていた。<br /> <br /> わたしが本を読み進めていると、偶然だろうか、「長閑」という文字が現れた。ルビも振られていないその文字が、とても愛おしく感じられた。<br /> <br /> 「どしたの有希?なーんか嬉しそうな顔してるわよ?」<br /> <br /> 朝比奈みくるの髪を三つ編みにしている涼宮ハルヒが言う。<br /> <br /> わたしは顔を上げて答える。<br /> <br /> 「なんでもない。<br />    …今日も『のどか』。」<br /> <br /> 微笑んだ彼と目が合った。<br />   そんな日常。<br />     そんな、ノドカなニチジョウ。<br /> <br />  </p>

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