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『冬の墓参り』」(2007/06/03 (日) 08:55:23) の最新版変更点

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冬の墓参り<br> <br>  夏のお盆に墓参りをする風習すら廃れたこの時代において、冬のこんな時期に墓参りをする者など皆無であり、そこには長門有希しかいなかった。<br>  墓地には、雪がチラチラと舞っていた。<br> <br> <br>  ときは、12月18日。<br>  長門有希は、長門有希個人として、その墓地を訪れていた。<br> <br>  「人間」として有する「機関」時空工作部最高評議会評議員の地位。<br>  そして、情報統合思念体から与えられた地球上に存在するすべての対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースの最高統括指揮権限者としての地位。<br>  そのいずれも、この日のこの場所においては意味をなさないものであった。<br> <br>  130歳という実年齢をはるかに下回る設定年齢も、そしてその設定年齢にあわせた自己の容姿すらも、ここでは意味はない。<br>  この日にここに来るときは、心はいつまでもあのときのまま。<br>  それこそが、毎年、お盆のほかにもう一度ここを訪れる理由であるから。<br> <br> <br>  ゆっくりと歩みを進め、そして、ひとつの墓石の前に立ち止まる。<br>  そこに刻まれた名前は……。<br> <br> <br>  キョン<br>  ハルヒ<br> <br> <br>  キョンという仮名を刻むことを決めたのは、彼に先立たれた涼宮ハルヒであった。<br>  長門有希は、彼女に対して、仮名を記すことは一般的な慣習上ふさわしくないのではないかという趣旨のことを告げたのだが、彼女は明るく笑って「死んだって、キョンはキョンよ」というばかりであった。<br>  彼女が天寿をまっとうしたのは、その一ヵ月後。<br>  あの世でさっそく「彼」と仲良く喧嘩したであろうことは、想像に難くない。いまさら嫉妬する気もないが……。<br> <br>  それも、今となっては、はるか昔のこと。<br> <br> <br>  長門有希は、ただ静かに手を合わせた。<br> <br>  チラチラと舞う雪の中、その姿はまるで懺悔するかのようであり……。<br> <br> <br>  長い間、ひたすらその態勢を続けていたが、空間転送装置の作動を感知して顔を上げた。<br>  振り向くと、そこには「機関」時空工作部上級工作員朝比奈みくるがいた。統合時空補正計画SOSを成功裏に終わらせたことによって、若くしてその地位は揺るぎない彼女。<br> <br> <br> (朝比奈みくる)「長門最高評議員殿。さきほど最高評議会の緊急招集が決定されました。直ちに御帰還を」<br>  朝比奈みくるは、あえて堅苦しい言い回しを用いた。<br> (長門有希)「私は休暇。誰にも私のこの日を邪魔はさせない。他の評議員にもそのことは念押ししてある。なのに、なぜ?」<br>  朝比奈みくるは、墓石に視線を向けた。そこに記された二つの名前は、彼女の親友の名前であり、かつ、彼女の母方の曾祖父の父母の名前でもあった。彼女は、「彼」と涼宮ハルヒの玄孫としてこの世に生を受けていた。<br> (朝比奈みくる)「長門さんにとって、この日が特別なものであることは分かっています」<br> <br>  長門有希にとって、この日は、「彼」に対する誓いの日であった。<br>  二度とあのような暴走は引き起こさないという誓い。<br> <br> (長門有希)「ならばなぜ?」<br> (朝比奈みくる)「時空工作部規定事項管理局から、規定事項候補として御評議にかけるべき事案があがってきております。『機関』に我々の時空工作部が組織される過程に関するものです。<br> 時代が近接しているため、相対的五次元時差を考慮すると、御評議にかけられる時間はあまりありません。僭越ながら、私の方で既に工作計画を立案させていただきました。いっしょに御評議をお願いします。<br> 『私たち』の思い出の保全のためにも……」<br> <br>  緊急事案であることは確かだった。<br>  だからこそ、最高評議会も朝比奈みくるをメッセンジャーにしてきたのだろう。<br>  情報操作によって、長門有希の正体を知る者は朝比奈みくるしかいないものの、二人が親しい関係にあるというのは、時空工作部内では周知の事実であった。<br>  よって、この頑固な御老体を説得できるのは彼女しかいないという判断には、合理性があった。<br> <br> (長門有希)「了解した」<br> <br>  長門有希としても、これは了解せざるをえなかった。<br>  「機関」に時空工作部が組織されなければ、朝比奈みくるが苦労して成し遂げた統合時空補正計画SOSの成果もなかったことになる。<br>  それは、「彼」と自分との思い出の消失をも意味していた。<br> <br>  この地位は、もともとは、朝比奈みくるの監視のために就いた地位であったが、今となっては、「自分たち」の思い出の保全という役割の方が比重は大きい。<br>  それは「規定事項」の私物化ともいうかもしれないが。<br> <br> <br>  長門有希は、今一度、墓石に視線を向けた。<br>  そして、空間転送装置を作動させ、その場から消え去った。<br> <br>  朝比奈みくるは、それを確認すると、墓石に向かってつぶやいた。<br> (朝比奈みくる)「ごめんなさいね、キョン君。邪魔しちゃって……」<br>  そして、彼女も、その場から消え去った。<br> <br> <br>  墓地には、雪が降り続いていた。<br> <br> <br>
冬の墓参り<br><br> 夏のお盆に墓参りをする風習すら廃れたこの時代において、冬のこんな時期に墓参りをする者など皆無であり、そこには長門有希しかいなかった。<br> 墓地には、雪がチラチラと舞っていた。<br><br><br> ときは、12月18日。<br> 長門有希は、長門有希個人として、その墓地を訪れていた。<br><br> 「人間」として有する「機関」時空工作部最高評議会評議員の地位。<br> そして、情報統合思念体から与えられた地球上に存在するすべての対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースの最高統括指揮権限者としての地位。<br> そのいずれも、この日のこの場所においては意味をなさないものであった。<br><br> 130歳という実年齢をはるかに下回る設定年齢も、そしてその設定年齢にあわせた自己の容姿すらも、ここでは意味はない。<br> この日にここに来るときは、心はいつまでもあのときのまま。<br> それこそが、毎年、お盆のほかにもう一度ここを訪れる理由であるから。<br><br><br> ゆっくりと歩みを進め、そして、ひとつの墓石の前に立ち止まる。<br> そこに刻まれた名前は……。<br><br><br> キョン<br> ハルヒ<br><br><br> キョンという仮名を刻むことを決めたのは、彼に先立たれた涼宮ハルヒであった。<br> 長門有希は、彼女に対して、仮名を記すことは一般的な慣習上ふさわしくないのではないかという趣旨のことを告げたのだが、彼女は明るく笑って「死んだって、キョンはキョンよ」というばかりであった。<br>  彼女が天寿をまっとうしたのは、その一ヵ月後。<br> あの世でさっそく「彼」と仲良く喧嘩したであろうことは、想像に難くない。いまさら嫉妬する気もないが……。<br><br> それも、今となっては、はるか昔のこと。<br><br><br> 長門有希は、ただ静かに手を合わせた。<br><br> チラチラと舞う雪の中、その姿はまるで懺悔するかのようであり……。<br><br><br> 長い間、ひたすらその態勢を続けていたが、空間転送装置の作動を感知して顔を上げた。<br> 振り向くと、そこには「機関」時空工作部上級工作員朝比奈みくるがいた。統合時空補正計画SOSを成功裏に終わらせたことによって、若くしてその地位は揺るぎない彼女。<br><br><br>(朝比奈みくる)「長門最高評議員殿。さきほど最高評議会の緊急招集が決定されました。直ちに御帰還を」<br> 朝比奈みくるは、あえて堅苦しい言い回しを用いた。<br>(長門有希)「私は休暇。誰にも私のこの日を邪魔はさせない。他の評議員にもそのことは念押ししてある。なのに、なぜ?」<br> 朝比奈みくるは、墓石に視線を向けた。そこに記された二つの名前は、彼女の親友の名前であり、かつ、彼女の母方の曾祖父の父母の名前でもあった。彼女は、「彼」と涼宮ハルヒの玄孫としてこの世に生を受けていた。<br> (朝比奈みくる)「長門さんにとって、この日が特別なものであることは分かっています」<br><br> 長門有希にとって、この日は、「彼」に対する誓いの日であった。<br> 二度とあのような暴走は引き起こさないという誓い。<br><br>(長門有希)「ならばなぜ?」<br>(朝比奈みくる)「時空工作部規定事項管理局から、規定事項候補として御評議にかけるべき事案があがってきております。『機関』に我々の時空工作部が組織される過程に関するものです。<br> 時代が近接しているため、相対的五次元時差を考慮すると、御評議にかけられる時間はあまりありません。僭越ながら、私の方で既に工作計画を立案させていただきました。いっしょに御評議をお願いします。<br> 『私たち』の思い出の保全のためにも……」<br><br> 緊急事案であることは確かだった。<br> だからこそ、最高評議会も朝比奈みくるをメッセンジャーにしてきたのだろう。<br> 情報操作によって、長門有希の正体を知る者は朝比奈みくるしかいないものの、二人が親しい関係にあるというのは、時空工作部内では周知の事実であった。<br> よって、この頑固な御老体を説得できるのは彼女しかいないという判断には、合理性があった。<br><br>(長門有希)「了解した」<br><br> 長門有希としても、これは了解せざるをえなかった。<br> 「機関」に時空工作部が組織されなければ、朝比奈みくるが苦労して成し遂げた統合時空補正計画SOSの成果もなかったことになる。<br> それは、「彼」と自分との思い出の消失をも意味していた。<br><br> この地位は、もともとは、朝比奈みくるの監視のために就いた地位であったが、今となっては、「自分たち」の思い出の保全という役割の方が比重は大きい。<br> それは「規定事項」の私物化ともいうかもしれないが。<br><br><br> 長門有希は、今一度、墓石に視線を向けた。<br> そして、空間転送装置を作動させ、その場から消え去った。<br><br> 朝比奈みくるは、それを確認すると、墓石に向かってつぶやいた。<br>(朝比奈みくる)「ごめんなさいね、キョン君。邪魔しちゃって……」<br> そして、彼女も、その場から消え去った。<br><br><br> 墓地には、雪が降り続いていた。<br><br><br>

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