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「有希、無音、教室にて。」(2020/03/15 (日) 22:37:39) の最新版変更点
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冬休みも明けて、数週間が経った。<br>
実力テストという忌ま忌ましい魔物から命からがら逃れた俺は、久々に平凡なる毎日を送っていた。<br>
今日という日も、その例外に漏れずこれといった事件や異変などは起こらなかった。<br>
空はすっかり夕時にさしかかっていて、少し積もった雪が茜色に染まっている。<br>
あの急な坂道をここから上りきったら、赤い屋根が目印の我が家に到着するであろう。<br>
ほとんど淀みない動作で靴箱から靴を取り出す俺の足元に、一通の手紙が落ちてきた。<br>
<br>
「 今日の放課後 1年5組教室にて待つ <br>
長門有希 」<br>
<br>
特徴のない、機械的な文字でそれは書かれていた。<br>
……おかしい。いつもの長門なら、まずこんなことはしないだろう。<br>
4月のあの日のように、あいつは本に挟んだ栞を使うはずだからだ。<br>
といって、ほかに誰がこの手紙を書いたのかと問われると、とんと考え付かない。<br>
以前朝倉にこんなことをされたが、その朝倉は長門によって消されている。<br>
ハルヒや朝比奈さん、そして古泉はこんな字を書けるはずがない。<br>
谷口の悪戯、ということも考えられるが、長門に成りすます必要性がない。<br>
じゃあ手紙を書いた主は一体誰なのだろうか。<br>
そんなことを考えつつも、俺の足は自然に教室へと向かっていた。<br>
<br>
誰もいないはずの、夕方の教室。<br>
俺がそのドアを開けると、すでに長門はそこにいた。<br>
「よお。どうしたんだ、こんなところへ呼び出して」<br>
「…あなたに、話がある」<br>
「そうか。言ってみろ」<br>
「……あなたは、ここで何を思い出す?」<br>
「は?」<br>
「あなたは、誰かにここへこの時間に呼び出されたことがあるはず」<br>
「朝倉のことか?」<br>
「そう。あなたはここで、朝倉涼子に何をされた?」<br>
「えーっと、確かわけのわからないことを延々と聞かされて、それから突然ナイフを突きつけられて…」<br>
いつの間にか、俺が長門に話をしてしまっている。<br>
なんだって長門は、こんな話を俺にさせているのだろうか。<br>
朝倉に殺されかけたことを二人で振り返って、そこから長門は何をしようというのか。<br>
いまさらそんな出来事、おとぎ話にすらならないのに。<br>
<br>
「…あなたから話を聞けたことに感謝する。では、そろそろ本題に入ろうと思う」<br>
「本題?」<br>
「最近、情報統合思念体の情勢が変わってきている。特に、急進派」<br>
「急進派?」<br>
「急進派が、最近急激に力をつけてきている。おそらく、これまでにないスピードで」<br>
「というと、また朝倉みたいなやつが来るのか?」<br>
「違う。彼らは、わたしたち主流派や穏健派を大量に寝返らせている」<br>
「ん?どういうことだ?」<br>
「つまり、情報統合思念体の中で急進派の割合が高くなっている」<br>
「なるほど。しかし、どうして俺にこんな話を…」<br>
「実は、……わたしもその中の一人」<br>
「は?」<br>
「突然、思念体からわたしは、あなたのことについて命令を受けた」<br>
「……」<br>
何故だか、奇妙な感覚に包まれるような感じがした。嫌な予感、と言うのだろうか。<br>
<br>
「あなたを殺して、涼宮ハルヒの出方を見ろ、と」<br>
<br>
嫌な予感が、確信と悪寒へと変わった。<br>
<br>
次の瞬間、長門はいつの間にか右手に持っていたナイフを振りかざし、俺のところに走ってきた。<br>
「うをっっっ!!」<br>
日本語にならない声をわずかに上げて、何とかよけることはできた。<br>
それにしてもこの急な展開はなんだ?なぜ長門が俺を殺そうとしているんだ?<br>
<br>
教室のドアは4月のごとく、開けることはできなかった。<br>
多分、この空間は長門の情報管理下におかれているのだろう。逃げ出すことはできない。<br>
ナイフを持つ彼女から逃げる俺の脚も、次第に限界へ達しようとしていた。<br>
息も荒くなり、とうとう俺は走るのをやめてしまった。<br>
すると、長門も足を止めたらしく、俺はナイフが刺さる衝撃を感じなかった。<br>
<br>
俺は長門のほうへ向き直り、話しかけた。<br>
「な、なんで、お前は、お、俺のことを………」<br>
「あなたにはすまないことをしたと思っている。でもわたしは、思念体の命令には従えない」<br>
「俺を、殺す、以外に、方法は、ないのか?」<br>
「涼宮ハルヒになにかしらの行動を起こさせるには、この方法しかない」<br>
<br>
ふつふつと、怒りがこみ上げてきた。情報統合思念体に、そして長門にも。<br>
八つ当たりだということは分かっているが、言葉に出さずにはいられなかった。<br>
「俺は…ずっと、長門のことを信じていた。<br>
困ったことがあったら、いつでも長門に頼ればいい、そう思っていた。<br>
でもお前も所詮は、上司の命令ひとつで俺たちを裏切る、そんなやつだったんだな。<br>
ふざけんな長門!なぜ俺たちより思念体のほうに………」<br>
「わたしだってあなたを殺したくはない!」<br>
<br>
初めて長門が、大声を出した。<br>
俺もびっくりしたが、当人は俺の数倍はびっくりしているようだ。<br>
「……そう。結果的には確かにわたしはあなたを裏切った。<br>
対有機生命体用ヒューマノイド・インターフェースも、所詮はただの道具」<br>
そして長門はうつむく。<br>
「わたしには、有機生命体の死の概念は分からない。でも…、あなたを殺すことがわたしはつらい。<br>
本当に……ごめん……なさい……」<br>
涙を流してまで謝る長門を、俺は直視できなかった。<br>
こんなに俺のことを健気に思ってくれている人に、俺はなんたる暴言を吐いてしまったんだ……。<br>
<br>
しばらくして、長門は顔を上げた。<br>
「最後に聞いてほしいことがある」<br>
「………」<br>
「うまく言語化できない……けど、わたしはあなたを……愛してる」<br>
長門はそう言うと、俺のところにナイフを突きつけて走ってきた。<br>
この世の終わりを悟り、俺はゆっくりと目を閉じ―――<br>
<br>
―――ドスンッ。<br>
鈍い音とともに、なぜか背中からその衝撃は訪れた。<br>
これが……死ぬというものか……。俺はゆっくりと目を開けた。<br>
しかし、俺の目の前に広がった風景は三途の川などではなかった。<br>
目線の真上には、この時間帯なら点灯してはいないであろう蛍光灯。<br>
左を見ると、教科書や参考書などで少し散らかった勉強机。<br>
そして右を見ると、部屋の数割のスペースをとっているシングルベッドがでかでかと………。<br>
<p>冬休みも明けて、数週間が経った。<br />
実力テストという忌ま忌ましい魔物から命からがら逃れた俺は、久々に平凡なる毎日を送っていた。<br />
今日という日も、その例外に漏れずこれといった事件や異変などは起こらなかった。<br />
空はすっかり夕時にさしかかっていて、少し積もった雪が茜色に染まっている。<br />
あの急な坂道をここから上りきったら、赤い屋根が目印の我が家に到着するであろう。<br />
ほとんど淀みない動作で靴箱から靴を取り出す俺の足元に、一通の手紙が落ちてきた。<br />
<br />
「 今日の放課後 1年5組教室にて待つ <br />
長門有希 」<br />
<br />
特徴のない、機械的な文字でそれは書かれていた。<br />
……おかしい。いつもの長門なら、まずこんなことはしないだろう。<br />
4月のあの日のように、あいつは本に挟んだ栞を使うはずだからだ。<br />
といって、ほかに誰がこの手紙を書いたのかと問われると、とんと考え付かない。<br />
以前朝倉にこんなことをされたが、その朝倉は長門によって消されている。<br />
ハルヒや朝比奈さん、そして古泉はこんな字を書けるはずがない。<br />
谷口の悪戯、ということも考えられるが、長門に成りすます必要性がない。<br />
じゃあ手紙を書いた主は一体誰なのだろうか。<br />
そんなことを考えつつも、俺の足は自然に教室へと向かっていた。<br />
<br />
誰もいないはずの、夕方の教室。<br />
俺がそのドアを開けると、すでに長門はそこにいた。<br />
「よお。どうしたんだ、こんなところへ呼び出して」<br />
「…あなたに、話がある」<br />
「そうか。言ってみろ」<br />
「……あなたは、ここで何を思い出す?」<br />
「は?」<br />
「あなたは、誰かにここへこの時間に呼び出されたことがあるはず」<br />
「朝倉のことか?」<br />
「そう。あなたはここで、朝倉涼子に何をされた?」<br />
「えーっと、確かわけのわからないことを延々と聞かされて、それから突然ナイフを突きつけられて…」<br />
いつの間にか、俺が長門に話をしてしまっている。<br />
なんだって長門は、こんな話を俺にさせているのだろうか。<br />
朝倉に殺されかけたことを二人で振り返って、そこから長門は何をしようというのか。<br />
いまさらそんな出来事、おとぎ話にすらならないのに。<br />
<br />
「…あなたから話を聞けたことに感謝する。では、そろそろ本題に入ろうと思う」<br />
「本題?」<br />
「最近、情報統合思念体の情勢が変わってきている。特に、急進派」<br />
「急進派?」<br />
「急進派が、最近急激に力をつけてきている。おそらく、これまでにないスピードで」<br />
「というと、また朝倉みたいなやつが来るのか?」<br />
「違う。彼らは、わたしたち主流派や穏健派を大量に寝返らせている」<br />
「ん?どういうことだ?」<br />
「つまり、情報統合思念体の中で急進派の割合が高くなっている」<br />
「なるほど。しかし、どうして俺にこんな話を…」<br />
「実は、……わたしもその中の一人」<br />
「は?」<br />
「突然、思念体からわたしは、あなたのことについて命令を受けた」<br />
「……」<br />
何故だか、奇妙な感覚に包まれるような感じがした。嫌な予感、と言うのだろうか。<br />
<br />
「あなたを殺して、涼宮ハルヒの出方を見ろ、と」<br />
<br />
嫌な予感が、確信と悪寒へと変わった。<br />
<br />
次の瞬間、長門はいつの間にか右手に持っていたナイフを振りかざし、俺のところに走ってきた。<br />
「うをっっっ!!」<br />
日本語にならない声をわずかに上げて、何とかよけることはできた。<br />
それにしてもこの急な展開はなんだ?なぜ長門が俺を殺そうとしているんだ?<br />
<br />
教室のドアは4月のごとく、開けることはできなかった。<br />
多分、この空間は長門の情報管理下におかれているのだろう。逃げ出すことはできない。<br />
ナイフを持つ彼女から逃げる俺の脚も、次第に限界へ達しようとしていた。<br />
息も荒くなり、とうとう俺は走るのをやめてしまった。<br />
すると、長門も足を止めたらしく、俺はナイフが刺さる衝撃を感じなかった。<br />
<br />
俺は長門のほうへ向き直り、話しかけた。<br />
「な、なんで、お前は、お、俺のことを………」<br />
「あなたにはすまないことをしたと思っている。でもわたしは、思念体の命令には従えない」<br />
「俺を、殺す、以外に、方法は、ないのか?」<br />
「涼宮ハルヒになにかしらの行動を起こさせるには、この方法しかない」<br />
<br />
ふつふつと、怒りがこみ上げてきた。情報統合思念体に、そして長門にも。<br />
八つ当たりだということは分かっているが、言葉に出さずにはいられなかった。<br />
「俺は…ずっと、長門のことを信じていた。<br />
困ったことがあったら、いつでも長門に頼ればいい、そう思っていた。<br />
でもお前も所詮は、上司の命令ひとつで俺たちを裏切る、そんなやつだったんだな。<br />
ふざけんな長門!なぜ俺たちより思念体のほうに………」<br />
「わたしだってあなたを殺したくはない!」<br />
<br />
初めて長門が、大声を出した。<br />
俺もびっくりしたが、当人は俺の数倍はびっくりしているようだ。<br />
「……そう。結果的には確かにわたしはあなたを裏切った。<br />
対有機生命体用ヒューマノイド・インターフェースも、所詮はただの道具」<br />
そして長門はうつむく。<br />
「わたしには、有機生命体の死の概念は分からない。でも…、あなたを殺すことがわたしはつらい。<br />
本当に……ごめん……なさい……」<br />
涙を流してまで謝る長門を、俺は直視できなかった。<br />
こんなに俺のことを健気に思ってくれている人に、俺はなんたる暴言を吐いてしまったんだ……。<br />
<br />
しばらくして、長門は顔を上げた。<br />
「最後に聞いてほしいことがある」<br />
「………」<br />
「うまく言語化できない……けど、わたしはあなたを……愛してる」<br />
長門はそう言うと、俺のところにナイフを突きつけて走ってきた。<br />
この世の終わりを悟り、俺はゆっくりと目を閉じ―――<br />
<br />
―――ドスンッ。<br />
鈍い音とともに、なぜか背中からその衝撃は訪れた。<br />
これが……死ぬというものか……。俺はゆっくりと目を開けた。<br />
しかし、俺の目の前に広がった風景は三途の川などではなかった。<br />
目線の真上には、この時間帯なら点灯してはいないであろう蛍光灯。<br />
左を見ると、教科書や参考書などで少し散らかった勉強机。<br />
そして右を見ると、部屋の数割のスペースをとっているシングルベッドがでかでかと………。</p>