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スノウマーチ」(2020/03/11 (水) 19:27:43) の最新版変更点

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<div class="main"> <p> それは、とても残酷な告白だった。<br />  けれどもそれは、どうしようもない事実でも有った。<br />  事実を告げ頭を下げた既に卒業してしまった上級生に対して、僕等はそれ以上何かを言うことが出来なかった。<br /> <br />  帰り道、暫くの間僕等は無言だった。<br />  突きつけられた重い現実は、僕等にはどうすることも出来ない。<br />  僕等に、そんな力は無い。<br /> 「ねえ、古泉くん」<br />  沈黙を破ったのは、涼宮さんの方だった。<br /> 「何ですか?」<br /> 「古泉くんは、どうしたい?」<br /> 「どう、と言われましても……」<br /> 「どうにも出来ないって思ってるの?」<br /> 「……そうかも知れません」<br /> 「それって、悔しくない?」<br /> 「悔しいですよ。……でも、悔しいと思う以上のことは、出来ないでしょう」<br /> 「それは、そうだけど……。そうね、じゃあ、こうしましょう!」<br />  涼宮さんが、ぱっと笑顔になる。<br />  何か面白いことを思いついたときと同じ、満開の花のような笑顔。<br />  今は、そこに宿るほんの少しの翳りに、気づかない振りをしてあげよう。<br /> 「どうするんですか?」<br /> 「……あたしが、あなたの願いを叶えてあげるのよ!」<br />  残り時間は、あと僅か。<br />  僕等がここに居られる、残された、ほんの僅かな時間。<br />  一人の少女に残された力の欠片では、これから起こり得る運命は覆せない。<br />  僕等は、もう、その事実を知っている。<br />  でも……、まだ、ほんの少しだけ、出来ることがある。<br />  終わりが来る前に、出来ることがある。<br /> 「願いごと、ですか……」<br /> 「そうよ。三年分、ううん、古泉くんだけは六年分だから、これはあたしからのサービスなの! 利子付きなんだから、何でもどんと来いよ!」<br />  何でも、何て言えるほどのことが出来ないことは、多分、彼女自身も分かっている。<br />  分かっていても、そういう風に言うしかない。<br />  そういうときも、有るということ。<br /> 「……後で三倍返し、なんて言いませんよね?」<br /> 「言わないわよ、そんなこと」<br /> 「……」<br /> 「何でも、言ってよ。……あたしだって、できるだけのことは、してあげたいのよ。あなたのためにも、あの子のためにも……」<br />  尻すぼみになっていく声が、痛々しい。<br />  分かっている、分かってしまうという事実が、何よりも痛い。<br />  愛とか恋とかだけじゃ、どうにもならないものもある。<br />  そういう関係だけじゃ埋まらない、どうしようもないものも、たくさんある。<br />  彼女が求めた、自分ではない誰かの、ささやかな幸せ。<br />  そんなささやかな幸せさえ守れないことが、悔しくて仕方が無いのだ。<br />  僕にも、その気持ちは分かる。<br />  いや、違うな……、冷静な振りをしているだけで、きっと、僕の方が悔しいのだ。<br />  ただ、僕の方が彼女より、諦めることに慣れているだけで。<br /> 「……分かりました、それでは、」<br />  求めていることは、多分、僕も同じ。<br />  叶えられないことを知りながら、僕等は求める。<br />  この三年という時間を一緒に歩んできた、一人の少女の幸せを。<br /> <br />  ささやかな、幸せを。<br /> <br /> <br />  終わりまでの時間はあっという間に過ぎ、卒業式の日がやって来た。<br />  準備期間にすったもんだと色々あった末、卒業生代表で答辞を語るのは長門さんの役目になった。<br />  寡黙な彼女が、この三年間に有ったことを淡々と、けれど、とても幸せそうに語る姿を、僕は一生忘れないだろう。<br /> <br />  卒業式の後、僕等は既に大学生になっていた鶴屋さんを交え、五人で騒ぎまくった。<br />  朝比奈さんは既にこの時間には居ない。涼宮さんも、そのことをちゃんと分かっている。<br />  思い出話に花の咲く五人だけのパーティは、少し寂しくて、でも、とても楽しかった。<br /> <br /> 「……疲れている?」<br />  帰り道、僕は長門さんを送る役目を請け負い、二人で道を歩いていた。<br />  その途中、長門さんが僕に訊ねてきた。<br /> 「ええ、少しだけ。……でも、楽しかったですよ。楽しくて疲れるのは、良いことですからね」<br /> 「そう」<br /> 「長門さんも楽しかったですか?」<br /> 「……楽しかった」<br />  小さな、けれどとてもはっきりした声で、長門さんはそう言った。<br /> 「この三年間、とても楽しかった」<br />  長門さんが、淡々と言葉を続ける。<br /> 「あなた達と出会えて、本当に良かった」<br /> 「僕もですよ」<br />  気持ちは、多分同じなのだ。<br />  僕も彼女も、他のみんなも。本当に、出会えて良かったと思っている。<br />  大変なこともたくさん有ったし、何時も仲良くなんて風には行かなかったけれど、そんな、何もかもが、今となっては良い想い出だ。<br />  想い出を振り返るには、まだ少し早過ぎるかもしれないけれど。<br /> <br /> 「……もうすぐ、わたしの情報連結が解除される」<br /> <br />  長門さんが、ぽつりとそう呟いた。 <br /> 「知っています」<br /> 「……」<br /> 「この間喜緑さんに聞きました。もう、限界なのだと」<br />  去年卒業した彼女は、少し前に僕と涼宮さんを呼び出し、そう言った。<br />  長門有希という個体の稼動が、限界に迫っているということ。情報統合思念体の能力を持ってしても、卒業式のその日までしか持たせられないということ。<br />  彼がその場に呼ばれなかったのは、彼を呼び出すとややこしいことになりそうだという喜緑さんの、いや、情報等統合思念体の判断なのだろう。その判断は正しいと思う。彼は、涼宮さん以上にイレギュラーなことを引き起こしやすい人だから。<br />  だから僕等は、彼には何も言って居ない。<br />  彼には何も言わないまま、二人で、長門さんのために何をするかを決めた。<br />  後で事実を知った彼に怒られるかもしれないけれど……、でも、こうするしかなかった。<br />  それに……、僕には、一人で向かい合いたい、という気持ちも有った。<br />  今更過ぎるその感情は、本当に、僕の我侭みたいなものかもしれないけれど……、でも、今は、こんな我侭も、許されるのだと想いたい。<br />  長門さんのためにも。<br /> 「……」<br /> 「涼宮さんにも、もう、覆せないことなのだと」<br />  自身の力に向かい合うことになった涼宮さんは、余りにも脆弱だった。<br />  彼女には、長門さんの運命を変えるほどの力は無い。<br /> 「……」<br /> 「……バレンタイン、チョコをくれましたよね」<br />  貰ったのは、二月のこと。<br />  あれから、まだ一月も経って居ない。<br /> 「……」<br /> 「今年は『好き』って書いてありましたね。……正直、驚きましたよ」<br />  長門さんが僕に対して想いを主張をしてきた場面は、本当は、何度もあった。<br />  でも、僕は、気づかない振りをし続けた。<br />  そうすることが自分達のためだと、決め付けていた。<br />  何時か、こういうときが来ると……、そんな、予感が有ったから。<br />  そして彼女も、それを分かっているんのだと……、じゃれあうだけの、曖昧な関係のまま、終わりまで向かうのだと思っていた。<br />  だから『好き』だなんて……、でも、今はちゃんと分かる。<br />  それが、彼女の精一杯だということが。<br /> 「ホワイトデーまではまだちょっとあるんですが、今、そのお返しを、受け取ってもらえますか?」<br />  僕は片手を、空に翳す。<br /> 「……雪」<br /> <br />  まだ少し寒い三月の夜空に、白い雪が舞っていた。<br /> <br />  これは、僕が涼宮さんに頼んだ、長門さんのための、最後の奇跡。<br />  想いを受け入れることも、何かをしてあげることも出来なかった僕に出来る、最初で最後の……、<br /> 「自分で何か出来れば良かったんですけどね……、どうしても、これ以上のものが思いつかなくて」<br /> 「……これで、良い」<br /> 「長門さん……」<br /> 「これで、良い……、充分。……ありがとう」<br />  長門さんが、そっと僕の頬に手を伸ばす。<br />  雪が降りかかるその身体が、少しずつ薄れている。<br />  もう、残された時間は殆ど無い。<br /> 「僕の方こそ……、三年間、お世話になりました」<br />  伸ばされた腕ごと、細いその身体を抱え込む。<br />  何時もは誰よりも頼りになるはずの宇宙人製ヒューマノイドの少女が、今は、誰よりもか弱い存在に見えて仕方が無かった。<br /> 「わたしも……、あなたに会えて、良かった」<br />  そして僕らは、そっと、唇を重ねた。<br />  ここから続くことは無い、けれど、忘れることも出来ない。<br />  たった一度きりの、白い雪が舞う中の、儚い愛の証。<br /> <br /> 「……だいすき」<br /> <br />  最後の最後に、想いの全てを込めた言葉を残して、彼女は消えていった。<br />  もうすぐ、この少しだけ季節外れの雪も、止むことだろう。<br /> <br />  雪の名前を持つ少女にもたらされた、最後の奇跡と共に。<br /> <br /> <br />  終わり </p> </div>
<div class="main"> <p> それは、とても残酷な告白だった。<br />  けれどもそれは、どうしようもない事実でも有った。<br />  事実を告げ頭を下げた既に卒業してしまった上級生に対して、僕等はそれ以上何かを言うことが出来なかった。<br /> <br />  帰り道、暫くの間僕等は無言だった。<br />  突きつけられた重い現実は、僕等にはどうすることも出来ない。<br />  僕等に、そんな力は無い。<br /> 「ねえ、古泉くん」<br />  沈黙を破ったのは、涼宮さんの方だった。<br /> 「何ですか?」<br /> 「古泉くんは、どうしたい?」<br /> 「どう、と言われましても……」<br /> 「どうにも出来ないって思ってるの?」<br /> 「……そうかも知れません」<br /> 「それって、悔しくない?」<br /> 「悔しいですよ。……でも、悔しいと思う以上のことは、出来ないでしょう」<br /> 「それは、そうだけど……。そうね、じゃあ、こうしましょう!」<br />  涼宮さんが、ぱっと笑顔になる。<br />  何か面白いことを思いついたときと同じ、満開の花のような笑顔。<br />  今は、そこに宿るほんの少しの翳りに、気づかない振りをしてあげよう。<br /> 「どうするんですか?」<br /> 「……あたしが、あなたの願いを叶えてあげるのよ!」<br />  残り時間は、あと僅か。<br />  僕等がここに居られる、残された、ほんの僅かな時間。<br />  一人の少女に残された力の欠片では、これから起こり得る運命は覆せない。<br />  僕等は、もう、その事実を知っている。<br />  でも……、まだ、ほんの少しだけ、出来ることがある。<br />  終わりが来る前に、出来ることがある。<br /> 「願いごと、ですか……」<br /> 「そうよ。三年分、ううん、古泉くんだけは六年分だから、これはあたしからのサービスなの! 利子付きなんだから、何でもどんと来いよ!」<br />  何でも、何て言えるほどのことが出来ないことは、多分、彼女自身も分かっている。<br />  分かっていても、そういう風に言うしかない。<br />  そういうときも、有るということ。<br /> 「……後で三倍返し、なんて言いませんよね?」<br /> 「言わないわよ、そんなこと」<br /> 「……」<br /> 「何でも、言ってよ。……あたしだって、できるだけのことは、してあげたいのよ。あなたのためにも、あの子のためにも……」<br />  尻すぼみになっていく声が、痛々しい。<br />  分かっている、分かってしまうという事実が、何よりも痛い。<br />  愛とか恋とかだけじゃ、どうにもならないものもある。<br />  そういう関係だけじゃ埋まらない、どうしようもないものも、たくさんある。<br />  彼女が求めた、自分ではない誰かの、ささやかな幸せ。<br />  そんなささやかな幸せさえ守れないことが、悔しくて仕方が無いのだ。<br />  僕にも、その気持ちは分かる。<br />  いや、違うな……、冷静な振りをしているだけで、きっと、僕の方が悔しいのだ。<br />  ただ、僕の方が彼女より、諦めることに慣れているだけで。<br /> 「……分かりました、それでは、」<br />  求めていることは、多分、僕も同じ。<br />  叶えられないことを知りながら、僕等は求める。<br />  この三年という時間を一緒に歩んできた、一人の少女の幸せを。<br /> <br />  ささやかな、幸せを。<br /> <br /> <br />  終わりまでの時間はあっという間に過ぎ、卒業式の日がやって来た。<br />  準備期間にすったもんだと色々あった末、卒業生代表で答辞を語るのは長門さんの役目になった。<br />  寡黙な彼女が、この三年間に有ったことを淡々と、けれど、とても幸せそうに語る姿を、僕は一生忘れないだろう。<br /> <br />  卒業式の後、僕等は既に大学生になっていた鶴屋さんを交え、五人で騒ぎまくった。<br />  朝比奈さんは既にこの時間には居ない。涼宮さんも、そのことをちゃんと分かっている。<br />  思い出話に花の咲く五人だけのパーティは、少し寂しくて、でも、とても楽しかった。<br /> <br /> 「……疲れている?」<br />  帰り道、僕は長門さんを送る役目を請け負い、二人で道を歩いていた。<br />  その途中、長門さんが僕に訊ねてきた。<br /> 「ええ、少しだけ。……でも、楽しかったですよ。楽しくて疲れるのは、良いことですからね」<br /> 「そう」<br /> 「長門さんも楽しかったですか?」<br /> 「……楽しかった」<br />  小さな、けれどとてもはっきりした声で、長門さんはそう言った。<br /> 「この三年間、とても楽しかった」<br />  長門さんが、淡々と言葉を続ける。<br /> 「あなた達と出会えて、本当に良かった」<br /> 「僕もですよ」<br />  気持ちは、多分同じなのだ。<br />  僕も彼女も、他のみんなも。本当に、出会えて良かったと思っている。<br />  大変なこともたくさん有ったし、何時も仲良くなんて風には行かなかったけれど、そんな、何もかもが、今となっては良い想い出だ。<br />  想い出を振り返るには、まだ少し早過ぎるかもしれないけれど。<br /> <br /> 「……もうすぐ、わたしの情報連結が解除される」<br /> <br />  長門さんが、ぽつりとそう呟いた。 <br /> 「知っています」<br /> 「……」<br /> 「この間喜緑さんに聞きました。もう、限界なのだと」<br />  去年卒業した彼女は、少し前に僕と涼宮さんを呼び出し、そう言った。<br />  長門有希という個体の稼動が、限界に迫っているということ。情報統合思念体の能力を持ってしても、卒業式のその日までしか持たせられないということ。<br />  彼がその場に呼ばれなかったのは、彼を呼び出すとややこしいことになりそうだという喜緑さんの、いや、情報等統合思念体の判断なのだろう。その判断は正しいと思う。彼は、涼宮さん以上にイレギュラーなことを引き起こしやすい人だから。<br />  だから僕等は、彼には何も言って居ない。<br />  彼には何も言わないまま、二人で、長門さんのために何をするかを決めた。<br />  後で事実を知った彼に怒られるかもしれないけれど……、でも、こうするしかなかった。<br />  それに……、僕には、一人で向かい合いたい、という気持ちも有った。<br />  今更過ぎるその感情は、本当に、僕の我侭みたいなものかもしれないけれど……、でも、今は、こんな我侭も、許されるのだと想いたい。<br />  長門さんのためにも。<br /> 「……」<br /> 「涼宮さんにも、もう、覆せないことなのだと」<br />  自身の力に向かい合うことになった涼宮さんは、余りにも脆弱だった。<br />  彼女には、長門さんの運命を変えるほどの力は無い。<br /> 「……」<br /> 「……バレンタイン、チョコをくれましたよね」<br />  貰ったのは、二月のこと。<br />  あれから、まだ一月も経って居ない。<br /> 「……」<br /> 「今年は『好き』って書いてありましたね。……正直、驚きましたよ」<br />  長門さんが僕に対して想いを主張をしてきた場面は、本当は、何度もあった。<br />  でも、僕は、気づかない振りをし続けた。<br />  そうすることが自分達のためだと、決め付けていた。<br />  何時か、こういうときが来ると……、そんな、予感が有ったから。<br />  そして彼女も、それを分かっているんのだと……、じゃれあうだけの、曖昧な関係のまま、終わりまで向かうのだと思っていた。<br />  だから『好き』だなんて……、でも、今はちゃんと分かる。<br />  それが、彼女の精一杯だということが。<br /> 「ホワイトデーまではまだちょっとあるんですが、今、そのお返しを、受け取ってもらえますか?」<br />  僕は片手を、空に翳す。<br /> 「……雪」<br /> <br />  まだ少し寒い三月の夜空に、白い雪が舞っていた。<br /> <br />  これは、僕が涼宮さんに頼んだ、長門さんのための、最後の奇跡。<br />  想いを受け入れることも、何かをしてあげることも出来なかった僕に出来る、最初で最後の……、<br /> 「自分で何か出来れば良かったんですけどね……、どうしても、これ以上のものが思いつかなくて」<br /> 「……これで、良い」<br /> 「長門さん……」<br /> 「これで、良い……、充分。……ありがとう」<br />  長門さんが、そっと僕の頬に手を伸ばす。<br />  雪が降りかかるその身体が、少しずつ薄れている。<br />  もう、残された時間は殆ど無い。<br /> 「僕の方こそ……、三年間、お世話になりました」<br />  伸ばされた腕ごと、細いその身体を抱え込む。<br />  何時もは誰よりも頼りになるはずの宇宙人製ヒューマノイドの少女が、今は、誰よりもか弱い存在に見えて仕方が無かった。<br /> 「わたしも……、あなたに会えて、良かった」<br />  そして僕らは、そっと、唇を重ねた。<br />  ここから続くことは無い、けれど、忘れることも出来ない。<br />  たった一度きりの、白い雪が舞う中の、儚い愛の証。<br /> <br /> 「……だいすき」<br /> <br />  最後の最後に、想いの全てを込めた言葉を残して、彼女は消えていった。<br />  もうすぐ、この少しだけ季節外れの雪も、止むことだろう。<br /> <br />  雪の名前を持つ少女にもたらされた、最後の奇跡と共に。<br /> <br /> <br />  終わり </p> </div>

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