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「変わらない」(2007/01/14 (日) 22:58:46) の最新版変更点
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みなさん、ご機嫌いかがでしょうか。本日は不肖ながらも私、古泉一樹がお相手させていただきます。<br>
今日はとある理由で徹夜明けでして、多少の言動の乱れをご容赦いただきたく思います。<br>
ペース配分を考えながらになりますが何卒よしなにお願いします。<br>
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<div>はてさて、今日はとある連休前の木曜日。<br>
いつもの部室ですが、集まったメンバーは豪華絢爛、才色兼備、そういった言葉が意味をなさない事をいやがおうにも<br>
思い知らせてくれる方たち。私の目の潤いと対をなすように空気を張りつめさせる組み合わせでもあります。<br>
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<div>「任務・・・の話ですかね。」<br></div>
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そこに集まる8つの瞳を見回すと、閉鎖空間を錯覚させるような重圧を感じました。<br>
彼女たちには申し訳ないのですが、別個にもつ責務の重さと妖艶さが裏にある血生臭さをより一層引き立てている感は<br>
否めません。僕もそれなりに慣れていたつもりなのですが場所が場所だけに緊急事態を思わせています。<br>
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「いんやぁ、一度ここで会議してみたかったのさっ!影の生徒会みたくてちょろっと怪しい雰囲気がたまらないねっ。<br>
まっほんとに怪しい人間しかここにいないんだけねっ!あっはっはっはっは、ひひひっひひいひふぅひひひ・・・」<br>
そう言い放つとまるで壊れたように笑い始める本日の首謀者、誘拐と拉致と脅迫の3種を同日にこなしても、<br>
罪状は問われないと言うこと確信している彼女はさらりと言い放ちました。<br>
今日ばかりは普段の無垢な爆発ともいえる笑い声に、何かを含んでいるように思えます。<br>
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「私もしばらくご挨拶をさせていただく機会から遠のいておりましたし、あそこまで目にかけていただいたのであれば、<br>
ありがたく同席させていただこうかと。お嬢様方にお会いできて光栄でございます。」<br>
たまたま僕を迎えに来ていた処を鶴屋さんに見つかり、機関の予算繰り等の話題を肴として時間を取らせるという<br>
脅迫めいた行為を受けた事実を「目にかけていただく」とすり替えながら社交辞令を軽やかに述べる彼女は<br>
衣装の陳列された場所を見回しながら言葉を紡ぎました。その間も隙がないのはやはり職業病でしょう。<br>
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「うわぁ、やっぱりもうこれは私じゃきれませんねぇ。」<br>
と周囲の殺意の視線を助長させるがごとく言い放つ、籠絡や誘惑が
主たる任務といわれれば誰も疑わせない<br>
未来の人間は全員がこのような成長をとげるのかといささか興奮を誘う彼女は
そういいました。<br>
開口一番に出るその台詞は内に溢れるひたむきさから来る毒気の無いものが多いのですがここにいる面子はその聖水にも似たる<br>
言葉にひるみました。そういえば彼女が本心からこういう人間だと一番に看破したのは彼だったような気がします。<br>
この場所に来たのはたまたまこちらの時間に来ていた処を鶴屋さんに迂闊にも誘拐されてきたと見るのが正解でしょう。<br>
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「古泉。」そういって森はあの朝倉涼子よりもはるかに温度のない瞳を向けて扉の外へと僕を促します。うかつにも僕は<br>
現状を見誤り冷静さを欠いている事に気がつきました。その目は一思いに刺殺するよりも遙かに残酷な責め苦が<br>
用意されていることを告げていました。
・・・というかお2人とも、律儀に着替えをなさらないでも。<br>
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「いや、これは失礼しました。」動揺を気がつかせぬように廊下に急ぐと、足の震えが有ることに気がつきました。<br>
それ程の目圧です。機関内外においての真実を知る僕には分かります。<br>
彼が朝倉にされた事が非常に些細で有ることを思い知らせて差し上げようと思う種が芽を出しそうになったのを感じます。<br>
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適時を置きあの閉鎖空間を思わせる部室に再度踏み込むと、本棚の脇のパイプ椅子をこちらに向けながら<br>
一輪の花は言葉を紡ぎ始めます。初めて彼女をみたとき、その可憐さと知性と庇護欲のバランスに心を奪われたのは<br>
誰にも申し上げておりません。感じられた微弱なノイズが人ならざる物である事を告げていた事実を認識してもです。<br>
一目惚れですね。あ・・・・・・鶴屋さんに気がつかれているようです。まいりました。
・・・殺される・・・<br></div>
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「あらためて、こんにちは古泉さん。今日はこちらでと伺ったのですが、会議の開始時間を伺いに<br>
朝のHRの前にこちらにお邪魔させていただいたら、誰かが外から鍵を閉めてしまったんです。<br>
ここの力場だと観察以外の能力が使えなくて・・・」<br>
僕は監禁の首謀者と理由がわかりませんでしたがSOS団を遠からず援助なさってくださっていると言う事も踏まえて<br>
お詫びと謝罪をしました。するとそこまで謝らないでという慈愛に満ちた瞳を見せて<br>
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「一度ここから世界を観察してみたかったんです。いい機会でしたしおきになさらないでください。<br>
あ、彼が学校の坂を向かってこちらに戻ってきているみたいです。携帯電話を取り出しましたね。」<br>
<世界>の観測ですか?!驚愕しかけていると僕の携帯が振動を始めました。<br>
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「おう、長門から伝言だ。本棚にある機関誌をすぐに開けだそうだ。気に食わんが何かありそうな気もするんで<br>
俺もそっちに向かうから。」確かに異常事態ですが、思わず肩をすくめ笑みがこぼれます。<br>
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難なく見つけることができた機関誌を取り出すと、レトルトカレーの箱の切れ端が栞代わりになっており、こんな表記が。<br>
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「江美里の能力はあらゆる対有機生命体用ヒューマノイドインターフェイスの中でも強力。高位な存在。<br>
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ある意味朝倉涼子よりも急進派。注意されたし。あと、午後6時にお鍋のカレーかき混ぜておいて。」<br>
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正直読まなければ良かったと後悔しましたが、長門さん貴重な情報ありがとうございます。<br>
ただ部室でカレーはいかがなものかと思いますが。ふとPCの横に設置された鍋の存在に気が付きました。<br>
食堂のガスコンロでしょうか。巨大です。
今まで気が付かなかったくらいこの空間に動揺していた事を確認し狼狽しました。<br>
しかし、何故彼に頼まなかったのでしょうか。食事の量を気にしたのか、それともこの空間にこさせない為か・・・<br>
結果的に彼の心配がそれとすれ違ってしまっているようですが。<br>
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「さぁっ会議始めるよっ!」この面子でする会議がどす黒い陰謀めいたものか井戸端会議かにしかならない<br>
のであろうことをきにもせず、議長たるこの少女は号令をかけました。<br>
「議題はどのようなものになりますでしょうか。」ホワイトボードの前に立ち、さらりと素早く日付を書き記すマーカーを<br>
持った森の手は、その職務の内容を感じさせない、少女のような透明さを保ち、そしてボード上部でぴたりと止まります。<br>
しかし、律儀にメイド服を着なくても良いかと。「お似合いですね。」と声をかける喜緑さん。<br>
それは僕の台詞であるきもしますが。1秒遅ければ私が声を出していたでしょう。その言葉を男である僕が掛けなかった事で<br>
後程どれだけの責め苦が待っているのかを想像していました。<br>
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「まーそんなに堅い内容じゃないっさ。今日は協力者である私達が、ある対象をどう認識しているのか確認するという<br>
名目でっ!ふっふーん、みくるっ、お茶っ!」まるで手に持ったナイフを投げるように・・・ああ、我らが団長が宣言の時にする<br>
指を前に出すような格好を
取りながら一点を指さしました。彼女が涼宮ハルヒの力を持っていたらどうなっていたんでしょうか。<br>
プラスマイナスゼロであるというのが僕と彼の見解ではありますが。<br>
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「え、ぁあぁ、あ?私ですか?」少し怯える朝比奈みくるの異時間同位体はお茶くみと配膳をしながら指の行方を<br>
追い始める。親友であり、今の時間平面では同盟者である鶴屋さんの顔を見つめ直す。<br>
魅惑の笑顔が戻り、何故か顔を赤らめる鶴屋さん。<br>
「いやっ!何遍見てもかわいいっさ!私としてはすぐにでもみくるを連れて帰っていじくり倒したいと思ってるよっ!」<br>
「ふふ、負けませんよ~。」相当誤解を受けそうな会話です。私も思わず目を泳がせると何やら喜緑さんは<br>
ノートを取り出し・・・あ、議事録ですね。僕も何か仕事をしなければ。と思った矢先でした。<br>
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「古泉くんっ!キョンくんの情報をお願いできないかなっ?」なるほど。対象とは彼の事でしたか。<br>
確かに、取り扱いの難しい事項ではあります。彼の現在の重要性は有る意味で涼宮ハルヒと同等かそれ以上ですからね。<br>
私は端的に彼の行動や知る限りの過去等を伝えていき、昨今の状態を伝えます。僕の裏でも表でも重要な役割所でもある<br>
プレゼンの開演です。<br></div>
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軽やかに踊り、文字を描いていく森と喜緑さんの2本の腕がまるで指揮者のように僕にリズムを造り、爛々とした鶴屋さん瞳が<br>
僕の仕事へ緊張感をもたせます。小さなガスコンロの前で熱心に耳を傾ける朝比奈さん(大)の表情が緊張感の中に<br>
心地よい幸福感をもたらしてくれます。恵まれた舞台での発表でした。<br>
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僕は言葉を紡いでいるこの時間が好きでした。それを自覚したのは彼に状況報告や提案、内なる策略をもって対話している時でした。<br>
イレギュラー因子とよばれ、時には殺害の対象となり、それでも異常な理不尽を受け入れようとする彼に<br>
生命が宿るはずのない現況報告と、推測や憶測といった僕の自己陶酔と戦略を告げる言葉が<br>
彼の持つ不思議なフィルターで十分に濾過され、必要最低限の澄んだ情報となって彼に記憶されていくことに驚き、<br>
気がつくとまるでそれが自分を浄化しているように思えました。厳しい任務をもつ僕のささやかな幸せの発見でもありました。<br>
暖かみをもって帰ってくる彼の言葉に狼狽した事もあります。だいたいが予測不可能なタイミングと内容ですが。<br>
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<div>舞台が終焉を迎え少々感慨に浸っていると<br>
「ん~~~~~っ!何か核心を欠いたような感じをうけるっさねっ。なんで~だろっ。」<br>
と議長は告げると何やら思惑にふけりはじめました。<br>
「ねぇ古泉くん、そのお鍋ってもしかして長門さんの?規定事項ならそれはそこにないはずなんだけど・・・」<br>
さらりと頭を悩ませる朝比奈みくるに私もすっかり忘れていた任務を思い出し、僕は立ち上がり巨大な鍋の下に<br>
目をやると火種も燃料もないことに気がつきました。
これはどうしたものでしょうか。<br></div>
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すると「どうされましたか?」首をかしげながら僕を覗き込む喜緑さん。<br>
「いえ、長門さんから指定された時間にこれを煮込むように言われていまして。」<br>
そうです。このサイズのガスコンロはカセットコンロとは違い、それなりのエネルギーが動作に必要です。<br>
「なるほど。」すーっと移動した視線が鍋を見つめ、まるで我が子の成長を重ね喜ぶようなものに変わっていくのを感じました。<br>
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「生徒会としては、あまり見過ごすわけにもいきませんが。」と苦笑し、<br>
「長門さんの監視者としては、感情や欲求に伴った成長を喜ばしく思わないはずがありませんしね。」<br>
どこかのヨーロッパ建築にある聖母の笑みにあったかのような瞳が片目をつぶり、その仕草が僕の中の裏と表が形成させていた<br>
矛盾を消し去りました。
私はたぶん、涼宮さんがおっしゃるところの精神病の一種にかかっているのかもしれません。<br>
しきりに鶴屋さんが「みくるっ!ビームだビームうつさっ!」とこちらに向かっている様にただただ肩をすくめる他ありませんでした。<br>
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最近は、肉体を酷使する任務も減ってはきていますが、非戦闘時の任務にかり出されるたびに<br>
蓄積する疲労は割り切れるようになってきたといえどもごまかせるものではないのが事実です。<br>
新川や森から、通常の高校生活に準ずる任務に配慮されているとはいえ人知れず片づけなけ<br>
ればならない仕事は決して綺麗なものではありません。だからでしょうかね、無意識的に彼女<br>
のような存在に魅力を感じるのは。まぁ僕は都合よく貴方を視姦しているだけのようですが。<br>
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<div>ふと目の前に許可を求めるような瞳を見ました。<br>
「いかがでしょう?私がこれを暖めましょうか?」と彼女はそう言いました。<br>
「ですが、ここは・・・。そうですね。廊下に運びましょうか。」笑顔を返すとうなずく彼女。<br>
しかして問題がまた発生しました。この鍋、重さが40kgをゆうに超えている事が判明しました。<br>
ここには女性しかいません。<br></div>
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喜緑さんは「ここは長門さんが普通の女の子でいられる安住の・・・そういう力場ですから。」とおっしゃいました。<br>
森も「古泉。正常業務のときの原則として女性を敬うことを忘れないようにしなさい。」とたしなめるようにいいました。<br>
鶴屋さんや朝比奈みくるは聞くまでもないでしょう。「よだれがたれそうになってきたっさっ!白飯用意してくるよっ!」<br>
といって何やら携帯で連絡しながら飛び出していきました。<br>
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とそこへ彼がやってきました。無言です。というより、絶句でしょう。ふふ、正直たまらない顔です。<br>
呆然と立ちつくす彼は「こ、こんばんは。」と挨拶しながらも現状の把握に必死です。僕が手短に報告するとか彼は、<br>
「やれやれ、ま事が荒立つこともなさそうだし、いいだろうよ。この面子で何か起きたらどうしようもねーだろよ。」<br>
苦笑いしながら事態をあっさり飲み込む彼に私は尊敬と畏怖の念を抱かずにはいられませんでした。<br>
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「森さん、いつぞやは本当にお世話になりました。今日は息を・・・抜いているようにも見えますね。」<br>
メイド姿の彼女をみて思いの外余裕のある言葉を継げた彼に僕は驚きます。これは後で彼女の本性をじっくり・・・<br>
「お邪魔させていただいております。実はこの空間に甘えさせていただいております。」おやおや、目尻の緩んだ顔です。<br>
どこで見せていただいた顔だったか・・・おや・・・ええ、まぁ又の機会に。<br>
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<div>「朝比奈さんこんばんは、おひさしぶりですね。」<br>
「はいっ!キョンくんもお元気そうでなによりです。」確か一月前に彼らはお会いしていたとか。どうやら任務らしい任務<br>
では無かったと伺っています。
まぁ私たちも知らずの同盟のようなものを組んでいる関係上お会いすることはあるんですが<br>
彼女の表情を見ると再会の感動だけでは
ないように見えますがね。ほら、彼女は貴方が気がついていないということに<br>
気がついていますよ。彼が来ると、この部室の空気はいかなるときでも理想的な方向に向かうのでしょうか。<br>
穏やかな夜会になる事を予感させています。<br></div>
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「喜緑さんもこんばんは。長門が世話になってます。そこはあなた達の特等席かもしれませんね。」と笑顔。<br>
珍しい物を見るような表情を一瞬見せた彼女は、すぐに笑顔に戻ります。たぶん彼ならそう言うと分かっていたのと<br>
本当にそう言ったことに対する驚きが有ったのでしょう。さすが長門さんの監視者です。<br>
「長門さんは私がここに入ることを止めようとするんですよ。困ったものです。」にこやかな微笑みを絶やさずに紡ぐ。<br>
すこしいぶかしげな顔をした彼は「・・・何故でしょうかね。」と本当に分かっていない様子。<br>
思わず喜緑さんをみると苦笑いをしておられます。目が合い僕が肩をすくめるとくつくつと笑い始めました。<br>
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肩をすくめた僕がおもしろくないのか彼は朝比奈みくるに目をやると、やはり彼女も俯いて肩を揺らして笑いをこらえて<br>
います。森は何かを悟ろうかとするように彼をまじまじと注意深く観察しているようにみえます。<br>
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すると扉が期待と不安を孕んだ馴染みの有る音で勢いよく開きました。僕は一瞬ですが身をすくめ扉から彼に<br>
顔を移しました。涼宮ハルヒの襲来を予感させるシーン。彼が見せるであろうあの表情を確認しようと思いました。<br>
ですがそこにある彼の顔は僕の予想を裏切るものでした。彼は笑顔を浮かべたまま崩さずに扉を見ていました。<br>
涼宮さんがいらっしゃるときは微弱ですが顔を歪めるか動揺する、そしてその中に見える多幸感それを見たかったのですが。<br>
ドアの開閉音の違いが分かるんでしょうか、何が違うのか私にはわかりませんでした。何者ですか貴方は。<br>
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「いやっはぁっっはっはっはっは・・・ふぇっくしん!ぁあ~白飯きたよっ!おぉっ!キョンくんいらっしゃい!」<br>
一瞬何かを言おうとして止めた彼は挨拶を手短に済ますと抱えているであろう荷物の運搬を助ける為に席を立ちました。<br>
その脇から現れた人物に僕は気を引き締めました。今日は緩みっぱなしでしたので・・・<br>
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「おひしぶりでございます。私はすぐにでもお暇させていただきますよ。」両肩両手にこれから長く続くであろう潜伏を<br>
必然とする戦地に赴くがごとく荷物を抱えた新川がそこにいました。彼は表情を固まらせて、一言「その荷物は?」と。<br>
僕はその中身がこれから私達の胃に収められるであろう品物であると予想しましたが、彼には見たとおりに映った<br>
のでしょうか。少々慌てていました。<br></div>
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「帰ることは許可できないよっ!帰ったら死刑っさ!」彼はその一言で我に返ったように肩をまたすくめました。<br>
これには僕も中にいる朝比奈みくる(大)も素直に驚かされましたしね。<br>
「いやはや、それはご勘弁願いたいですな。それでは私もご相伴にあずからせていただこうかと思います。」<br>
新川は湯気の立ち上る白飯の箱を床に置き、彼と僕はそれを移動させる事を手伝っていました。<br>
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鍋を廊下に運び出すと新川はいるであろう面々に挨拶をすると言って部室に戻ったので、彼と廊下で外を眺めていました。<br>
「なぁ、SOS団がもう一つできたように感じないか?」彼は呑気にそんな事をおっしゃいました。<br>
僕はただただ肩をすくめ両手を上げることしかできませんでした。裏SOS団、手に余る代物ですね。<br>
「僕は明日、学校をお休みさせていただこうかと思っていますよ。徹夜明けの後にこれでして。」<br>
心底哀れみの目を向ける彼は「皮肉の言葉も思い浮かばんよ。・・・すまないな。」と謝罪の言葉をかけてきました。<br>
お互いが苦笑いでいると喜緑さんが廊下にいらっしゃいました。<br>
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「調理室を使うんですか?新川さんを待ってからいきましょう。」ドアを閉めた喜緑さんに彼は訪ねていました。<br>
僕は本当に疲労があったのでしょうか。普段ならかならず先の気配りを心がけていた僕は少し狼狽しました。<br>
いけませんね、と自分を戒めて彼女が人ならざる存在であることにそのTPOが必要なものかを考えてしまいました。失礼・・・でしょうね。<br>
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鍋にかざされた手を見て、そしてそれが両手になったとき僕は長門さんの忠告を思い出しました。<br>
彼もおおかた同じ事を思っていたのでしょうか。<br></div>
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僕と彼が制止を促そうとした一瞬のうちにそれは広がりました。<br>
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彼女は先ほどいた時空から位相をずらした空間を作り上げました。緑に囲まれているのは彼女の性格の現れでしょうか。<br>
美しい湖の畔とは裏腹に、鍋の周りは凶悪な熱の空間が球体状に取り巻いています。いくつの微調整を加えながらの<br>
料理になるのでしょうか。鍋の融解点とルーの適温とその空間の維持と鍋を空中に浮かべて大気を計算し・・・ゾっとします。<br>
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彼はその鍋にはそれほど驚きもせず湖畔に見える動物と植物に呆然としています。<br>
僕もその生命の存在を疑わせない光景に見とれました。<br>
喜緑さんは絶対に敵に回せないと考えると同時に、僕にとって魅力的な存在であると認めざるを得ませんでした。<br>
鍋を維持し、位相を戻し、情報構成をし直して台車を造る。彼女のことです。今の力を感づかれぬよう隠蔽する措置も<br>
取っている事でしょう。<br></div>
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魅惑の料理の時間はあっというまにすぎ、嗅覚を支配しようとする存在が今の僕には邪魔な物に感じました。<br>
喜緑さんは「さぁ、遅くなってしまいますし食事にしましょう。」と何事もなかったような笑顔でそう言いました。<br>
彼は喜緑さんに「それ、長門にも教えてやってください。」と進言していたところで僕は思わず笑い出してしまいました。<br>
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食事の間、一応の議題である彼についての考察や報告、ヒアリングなどで食卓が賑わいました。<br>
もちろんとうの本人はバツの悪そうな顔をしていましたが、一度、彼らしいあの仕草を見せた後はぽつぽつとごまかしながら<br>
返答していました。いやはや羞恥プレイというやつでしょうか。<br>
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ふと彼を見ると少し憂鬱な表情をしていました。今日始めてみせるその顔に僕は思わず「どうされましたか。」と伺い立てると<br>
「んあ、いや、あいつは何も知らないんだなぁって改めて思ってな・・・どうすりゃいいかは分かってるんだけどな。」と苦笑して。<br>
そういうと席を立ち手洗いに行くと、部室を出ました。掛ける言葉が出ずに苛立ちを感じました。多分他の方々も。<br>
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名残惜しくも夜会は終わり、当然ながら残ったカレーのルーは長門さんの明日以降の昼食としてストックされました。<br>
なるほど、本格派になろうとしているのですね。少し具が少なかったような気もしますが。しかしこれは幾日分の食料なのでしょうか。<br>
彼と新川は食器を洗いに、僕と女性陣は室内の掃除を済ませます。<br>
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「一応まとめをだしておこうねっ!皆の衆っ!彼はどういう存在か見解を発表するっさっ。」<br>
どういった答えが返ってくるのでしょうか。これほど興味深い事もあまりないでしょう。<br>
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まず森「少し確認したいことはございますが、ある意味では守り神みたいな存在でしょうかね。」<br>
朝比奈(大)は「最初はイレギュラーな存在だったけど、今は時間の歪みを乗り越えている存在でしょうか。」<br>
喜緑さんは「そうですねぇ、自律進化の可能性を促す存在です。ある意味普通の人間ではできないです。」<br>
鶴屋さん「私は魅力的さっ!2番目だけれども、彼も欲しいにょろよ。」<br>
おやおや。一部問題発言がありましたがどこかで聞いたことのあるお話ですね。今日は僕に用意された一日でしょうか。<br>
僕は笑いが止まりませんでした。こんなに笑ったのはいつ頃だったでしょうか。眠気のせいでもあるのでしょうが。<br>
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彼と新川が戻ってきたところでお開きとなりました。彼はあまり遅くなれないとのことで先に部室からでようとしました。<br>
振り返りざまに僕達全員を見た後に毒の全くない顔でこう挨拶しました。<br>
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<div>「じゃあ・・・また来てください。」<br></div>
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一瞬ですが、任務とか責務を忘れた自分に狼狽しました。どうやら他の方も程度はあれど同じ感想を抱いていた様子。<br>
新川さんは彼を見送った後、大きな声を出して笑っていました。<br>
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帰りの車の中であの挨拶を聞いたとき、何を思ったか一番早く仕事の時の顔に戻した森は話をきりだした。<br>
「私達の仕事と呼ぶには差し出がましい活動に、あれほど稚拙な言葉で誇りを感じさせられたことはない。」と。<br>
「ただ彼の恋愛という面においてその発露や処理の仕方には鈍さを感じさせるがあれは何か考えがある気がしてならない。<br>
過去はすべて気づかぬふりで逃げていたのか、理由があって避けていたのか。何かを隠蔽しているように見える。<br>
いかなる存在であっても、彼との直接的な接触の際に彼への信頼が疑うことなく発生するのはおかしい。」<br>
そこまで言うと新川に意見を求める彼女。<br></div>
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「私には彼が現実社会で俗にどういった存在に該当するか、どういう覚悟を意識的に無意識的に持っているのか、<br>
あの挨拶をいただいた時、近しい概念を感じましたな。かれは有り体に言えば父親です。誰に対するという訳ではなく、来る<br>
物拒まず自然に生み出される父性愛を持って接する。彼の置かれている現状が、あまりに異常であるが故、<br>
それを維持し続けるのは本来は不可能でしょう。能力や天性といえば容易いですが、通常のそれとは訳が違う。<br>
そもそも、そのような存在の彼が涼宮ハルヒという存在に近い場所にいたのか。
それが何を表すのか興味深いところです。」<br></div>
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日常の中、何故僕が彼にあれだけ頼ろうとしたのか、頼っても大丈夫だと信用したのか<br>
無意識的にそういう存在として見ていたのかもしれない。かけがえの無い親友であってと望むとともに。<br>
僕には両親はいない。僕の日常はまた始まる。むこうとこちらの世界を行き来しながら。<br>
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でも彼がいれば、彼と彼女がいれば僕はこんな普通で異常な世界でも笑っていける。笑える日が増える。それだけは確信しました。<br>
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