「墓地にて」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「墓地にて」(2020/08/25 (火) 00:06:31) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
<div class="main">
<div>
我がSOS団の団長様の気まぐれは、今に始まったことじゃない。<br>
この1年を振り返れば、SOS団設立から始まり野球大会、映画撮影、文芸部の機関誌作りなどなど、ハルヒのわがままで振り回された出来事ばかりが脳裏を過ぎる。<br>
そのためか、ある程度の暴走なら寛容に受け入れる心の余裕ってのがオレにもできた。だから「花見を決行するわ!」と言われても、その程度ならこれまでの出来事に比べれば軽いもんだ。無感情に「はいはい」と答えたわけだ。<br>
</div>
<br>
<div>もうちょっと考えりゃよかったよ。<br></div>
<br>
<div>
よく考えてくれ。相手はハルヒだ。ハルヒはどんなヤツだ? 宇宙人・未来人、超能力者どんとこい、ってヤツだ。<br>
そんなヤツが真面目に花見なんてするわけがない。<br>
オレは呆れて時計を見る。午後8時。すっかり日も暮れた時間だ。<br>
周囲を見渡す。キレイに切りそろえられた石が並び、オレには読めない文字が書かれた木の板も立っている。<br>
「こここここここで、おおおおおお花見するんですかあああああああ!?」<br>
オレにしがみつく朝比奈さんが、一週間立ち続けたレッサーパンダみたいに震えている。<br>
「いやあ、これはまた……静かなところですね」<br>
さすがの古泉も気の利いたコメントができないらしい。<br>
「……」<br>
ま、長門は言うまでもない。<br>
「あっはっは! ハルにゃん、相変わらず面白いこと考えるねっ!」<br>
SOS団名誉顧問の鶴屋さんだけが、この状況で笑っている。<br>
四者四様、誰もハルヒにツッコミいれないので、オレがツッコまざるをえないじゃないか。<br>
</div>
<br>
<div>
「で、どうして墓場で花見をしなけりゃならんのだ?」<br>
そう、ここは墓場だ。周囲には当然、人気はない。灯りも夜空を照らす月明かりと、各自持ち寄った懐中電灯だけが頼りだ。<br>
夜桜だ。そりゃあ風情があるだろうさ。場所さえ間違ってなけりゃね。<br>
「桜ってのはね、人の生き血をすすってキレイに咲くもんなのよ!」<br>
知らん。というか、今の日本のどこの地域で土葬するってんだ? だいたい火葬だろうが。<br>
不法投棄された死体が根本に埋まってるってんなら話は別だし、それを知ってるならおまえが埋めたのか。<br>
「それに、ここなら幽霊の一匹や二匹、ウロウロしていてもおかしくないわ! おまけに 肝試しもできて一石二鳥じゃない」<br>
誰かオレに花見と肝試しの関連性を教えてくれ。<br>
「さ、そういうわけで!」<br>
わざわざ自宅から持ってきたのか、ハルヒは爪楊枝を6本取り出した。<br>
「赤、青、無印でペアを組むのよ! ルートはそれぞれ別。ゴールはお花見会場で、<br>
鶴屋さんが特別にセッティングしてくれたらしいから期待しなさい」<br>
ずいっと目の前に爪楊枝を突き出された。やれやれだ。<br></div>
<br>
<div>さて、出来上がったペアというと……。<br>
オレと古泉。<br>
ハルヒと朝比奈さん。<br>
長門と鶴屋さん。<br></div>
<br>
<div>
最悪だ。なんで男同士で暗い夜道を歩かにゃんらんのだ。断固やり直しを申し立てる!<br>
「却下! それとも何? あんた、あt……こほん。女の子と二人っきりなりたかったの?<br>
それは別な意味で危険だわ! 妥当と言えば妥当な組み合わせね、うん」<br>
そういう目でオレを見てるなら、最初っからペアで肝試しとか言うな。<br>
「幽霊と遭遇したペアは、捕獲してあたしのところまで連れてくること。<br>
成仏させるのはその後なんだからね! それじゃ、いきましょー!」<br>
</div>
<br>
<div>
暗い夜道は、別な意味で真っ暗だ。オレの真横に居るのが笑顔エスパーというだけで立ち眩みがする。<br>
「涼宮さんも面白いことを考えつくものですね」<br>
ああ、まったくだ。<br>
遠くから響く朝比奈さんの悲鳴と鶴屋さんの笑い声、おまけに墓場近くの真っ暗な夜道を男二人で練り歩くシチュエーションなんて、面白すぎてチャップリンも嫉妬するってもんだ。<br>
「僕としては、あなたと二人になれたのはありがたいことですが」<br>
もうあれだ、血の気が引く音を生まれて初めて聞いたよ。反射的に5メートルは離れたね。<br>
「なるほど、そういう風に受け取ったのなら僕は構いませんよ」<br>
爽やかスマイルで気色悪いことを言うな。おまえがどんな趣味を持っていようが構わんが、オレを巻き込むのはやめてくれ。<br>
しばらく黙っていてもらいたいもんだ。<br>
「…………」<br>
…………。<br>
「…………」<br>
「おい」<br>
「なんでしょう?」<br>
「気味悪いニコニコ顔で黙って着いてくるなよ」<br>
「黙っていろと言ったり、喋れといったり、どっちがいいんです?」<br>
ここは素直に殴っておくべきかね?<br>
「失礼、冗談です。そうですね……鶏と卵の話はご存じですか?」<br>
「は?」<br>
あまりにもぶっ飛んだ話の飛躍に、オレは正直、何を聞かれているのか判断できなかった。自然な流れで聞かれていてもわからなかっただろうが。<br>
「曰く、鶏がいるから卵が産まれる。あるいは、卵があったから鶏がいる。いわゆる『どちらが先か』という話ですよ」<br>
それは暗に、オレが襲うかおまえが襲うかって話か?<br>
「それこそ何の話です?」<br>
テメェ……。<br></div>
<br>
<div>
「前に──長門さんでしたか、涼宮さんのことを『門』と言い、あなたのことを『鍵』とおっしゃいましたね。覚えていますか?」<br>
「ああ、そういやそんなことを……って、なんでおまえが知っているんだ?」<br>
その話は、長門のマンションで二人っきりのときに聞かされた話だ。古泉が知ってるわけもなければ、長門がべらべら喋るとも思えん。<br>
「蛇の道は蛇、ということです」<br>
この野郎……盗聴とかしてるんじゃないだろうな?<br>
「それはともかく、その話を聞いてなかなか興味深いと思った次第で。僕の……と言いますか、『機関』の説は覚えておいでですか?」<br>
「ハルヒが神様とか言うヤツだろ。あまりにもバカらしくて、心が荒んだときの笑い話として覚えているよ」<br>
「それはそれは。けれど今は肝試しの途中ですからね、笑わないほうがいいでしょう」<br>
肝試しの最中に、そんな笑い話を振らないでもらいたいもんだ。<br>
</div>
<br>
<div>
「その話を聞いて僕はふと考えたわけです。もしかすると、世界を改変する力はあなたにあるんじゃないか、とね」<br>
「おいおい、ハルヒの次はオレか? 前におまえ自身が言ったんだぜ。オレは特別な力も持たない、普通の人間だってな」<br>
「ええ、そうです。だからこそ、です」<br>
わけがわかんねぇ。<br>
「涼宮さんには世界を改変する力がある。それは『機関』でも把握している。……おかしいと思いませんか? 神のごとき力を、人間が把握できるなんて」<br>
おかしいとも思わないね。疑うべきはおまえの頭の中じゃないのか?<br>
</div>
<br>
<div>
「そして、神のごとき涼宮さんの力はあなたと出会って安定の一途を辿っている。何の力ももたない普通な人間であるあなたは、記憶を含め自らを平凡な人間とし、力のすべてをそっくりそのまま涼宮さんに預け、世界をだましているんじゃないか……と、考えてしまうのですよ」<br>
「はぁ?」<br>
話が飛躍しすぎだ。反論するのもバカらしい。<br>
「僕自身、この考えに至って最初は否定的でした。けれど長門さんの話は、僕の否定を覆すのに十分かと思いましてね」<br>
あの無口な読書マシーンが、おまえにヒントをやるとは思えないけどな。<br>
「長門さんはあなたを鍵と呼び、涼宮さんを門と呼んでいる。門とはただ、通るべき道。鍵は、その門の開閉を自在に操るもの。門があるから鍵を作ったのか、鍵があったからそれに合う門を作ったのか……さて、どちらでしょうか?」<br>
それで『鶏と卵』ってわけか?<br>
何時にも増して饒舌な古泉の表情は、笑ってはいるがどこか探るような目をしていた。本当にこいつは……どこまで本気なのかさっぱりわからん。<br>
本来、力を持っていたのはハルヒじゃなくてオレだって? バカにするにも程がある。<br>
「あなたと出会い、変わったのは涼宮さんだけではありません。長門さんも朝比奈さんも、もちろん僕も変わりました。出会う人すべてを変える……まさに神のごとき力だと思いますが」<br>
</div>
<br>
<div>
「……おまえの話だとな、朝比奈さんの説がすっぽり抜けているぞ」<br>
せめてもの反撃とばかりに、オレは河原のベンチで交わした朝比奈さんとの会話を思い出す。<br>
「ああ……」<br>
それすらも覆す話がある、と言いたげな表情だな。<br>
「いえいえ。なるほど、それは失念していました。僕の思い違いでしょう」<br>
素直に自説を引っ込めるが、その本心はわかったもんじゃない。<br>
3年前……高2になった今だと、4年前か。俺たちが中学1年のころの話だ。<br>
朝比奈さんの話では、それより過去にはどうしても行くことができない、と言っていたな。<br>
だがオレは、朝比奈さんに連れられて4年前の七夕の日、ハルヒに出会った。<br>
つまりその日までは過去に遡ることができるし、校庭ラクガキ事件が時間の断層を作り出したわけじゃないってことだ。<br>
なら、いったい4年前の何月何日から過去へは行けないんだ? その日、オレは何をしていた?<br>
それがわからないことには、古泉の与太話をウソと決めつけて、聞き流せないんじゃないか?<br>
得も知れぬ不安が、胸の内に広がる。<br></div>
<br>
<div>「今の話がウソか誠かは別として」<br>
オレの不安を知ってか知らずか、古泉はいつもの詐欺師的な笑顔で話しを続けた。<br>
</div>
<br>
<div>「そろそろだと思うのですが」<br>
時計をちらりと見て、古泉は呟く。いったい何の話──。<br>
「きょえああぁぁぁぁぁあああぁぁぁっ!」<br>
「うおぉぉぉう!」<br>
竹藪から突然飛び出してきたソレに、正直オレは腰を抜かした。普通そうだろ? この状況で何の前触れもなく突然襲いかかってくる物体があれば、誰だってそうだろ!?<br>
「うぇあえふぁああぅぅぅぅぅ」<br>
「え? あ、朝比奈さん……?」<br>
涙を混ぜてくしゃくしゃな表情の朝比奈さんは、普段からは想像もつかない馬鹿力でオレを羽交い締めにして離れようとしない。<br>
いや、うん。これはイイ。いやいや、そうじゃない。待て待て、なんだこの状況は?<br>
「ちょっとみくるちゃん、だいじょ……」<br>
「あ」<br>
目の前に鬼が現れた。これは肝試しじゃなかったのか? 鬼はお呼びじゃないんだ。現れるなら幸薄そうな幽霊だけでお腹いっぱいなんだ。<br>
「ちょっとキョン! 暗がりに紛れてみくるちゃんに何してんのよ!」<br>
「え、いやこれは……」<br>
「このぉ……エロキョン! 油断も隙もあったもんじゃないわ! 公然わいせつは問答無用で死刑よ!」<br>
「待て! なんでオレがこんな……おい、古泉!」<br>
「いやいや、僕は何も見ていません。それではごきげんよう」<br>
てめえ、朝比奈さんがこのタイミングで現れることが分かってたな! あとで覚えてやがれ!<br>
</div>
<br>
<br>
<div>〆<br></div>
</div>
<!-- ad -->
<div class="main">
<div>我がSOS団の団長様の気まぐれは、今に始まったことじゃない。<br />
この1年を振り返れば、SOS団設立から始まり野球大会、映画撮影、文芸部の機関誌作りなどなど、ハルヒのわがままで振り回された出来事ばかりが脳裏を過ぎる。<br />
そのためか、ある程度の暴走なら寛容に受け入れる心の余裕ってのがオレにもできた。だから「花見を決行するわ!」と言われても、その程度ならこれまでの出来事に比べれば軽いもんだ。無感情に「はいはい」と答えたわけだ。</div>
<div>もうちょっと考えりゃよかったよ。</div>
<div>よく考えてくれ。相手はハルヒだ。ハルヒはどんなヤツだ? 宇宙人・未来人、超能力者どんとこい、ってヤツだ。<br />
そんなヤツが真面目に花見なんてするわけがない。<br />
オレは呆れて時計を見る。午後8時。すっかり日も暮れた時間だ。<br />
周囲を見渡す。キレイに切りそろえられた石が並び、オレには読めない文字が書かれた木の板も立っている。<br />
「こここここここで、おおおおおお花見するんですかあああああああ!?」<br />
オレにしがみつく朝比奈さんが、一週間立ち続けたレッサーパンダみたいに震えている。<br />
「いやあ、これはまた……静かなところですね」<br />
さすがの古泉も気の利いたコメントができないらしい。<br />
「……」<br />
ま、長門は言うまでもない。<br />
「あっはっは! ハルにゃん、相変わらず面白いこと考えるねっ!」<br />
SOS団名誉顧問の鶴屋さんだけが、この状況で笑っている。<br />
四者四様、誰もハルヒにツッコミいれないので、オレがツッコまざるをえないじゃないか。</div>
<div>「で、どうして墓場で花見をしなけりゃならんのだ?」<br />
そう、ここは墓場だ。周囲には当然、人気はない。灯りも夜空を照らす月明かりと、各自持ち寄った懐中電灯だけが頼りだ。<br />
夜桜だ。そりゃあ風情があるだろうさ。場所さえ間違ってなけりゃね。<br />
「桜ってのはね、人の生き血をすすってキレイに咲くもんなのよ!」<br />
知らん。というか、今の日本のどこの地域で土葬するってんだ? だいたい火葬だろうが。<br />
不法投棄された死体が根本に埋まってるってんなら話は別だし、それを知ってるならおまえが埋めたのか。<br />
「それに、ここなら幽霊の一匹や二匹、ウロウロしていてもおかしくないわ! おまけに 肝試しもできて一石二鳥じゃない」<br />
誰かオレに花見と肝試しの関連性を教えてくれ。<br />
「さ、そういうわけで!」<br />
わざわざ自宅から持ってきたのか、ハルヒは爪楊枝を6本取り出した。<br />
「赤、青、無印でペアを組むのよ! ルートはそれぞれ別。ゴールはお花見会場で、<br />
鶴屋さんが特別にセッティングしてくれたらしいから期待しなさい」<br />
ずいっと目の前に爪楊枝を突き出された。やれやれだ。</div>
<div>さて、出来上がったペアというと……。<br />
オレと古泉。<br />
ハルヒと朝比奈さん。<br />
長門と鶴屋さん。</div>
<div>最悪だ。なんで男同士で暗い夜道を歩かにゃんらんのだ。断固やり直しを申し立てる!<br />
「却下! それとも何? あんた、あt……こほん。女の子と二人っきりなりたかったの?<br />
それは別な意味で危険だわ! 妥当と言えば妥当な組み合わせね、うん」<br />
そういう目でオレを見てるなら、最初っからペアで肝試しとか言うな。<br />
「幽霊と遭遇したペアは、捕獲してあたしのところまで連れてくること。<br />
成仏させるのはその後なんだからね! それじゃ、いきましょー!」</div>
<div>暗い夜道は、別な意味で真っ暗だ。オレの真横に居るのが笑顔エスパーというだけで立ち眩みがする。<br />
「涼宮さんも面白いことを考えつくものですね」<br />
ああ、まったくだ。<br />
遠くから響く朝比奈さんの悲鳴と鶴屋さんの笑い声、おまけに墓場近くの真っ暗な夜道を男二人で練り歩くシチュエーションなんて、面白すぎてチャップリンも嫉妬するってもんだ。<br />
「僕としては、あなたと二人になれたのはありがたいことですが」<br />
もうあれだ、血の気が引く音を生まれて初めて聞いたよ。反射的に5メートルは離れたね。<br />
「なるほど、そういう風に受け取ったのなら僕は構いませんよ」<br />
爽やかスマイルで気色悪いことを言うな。おまえがどんな趣味を持っていようが構わんが、オレを巻き込むのはやめてくれ。<br />
しばらく黙っていてもらいたいもんだ。<br />
「…………」<br />
…………。<br />
「…………」<br />
「おい」<br />
「なんでしょう?」<br />
「気味悪いニコニコ顔で黙って着いてくるなよ」<br />
「黙っていろと言ったり、喋れといったり、どっちがいいんです?」<br />
ここは素直に殴っておくべきかね?<br />
「失礼、冗談です。そうですね……鶏と卵の話はご存じですか?」<br />
「は?」<br />
あまりにもぶっ飛んだ話の飛躍に、オレは正直、何を聞かれているのか判断できなかった。自然な流れで聞かれていてもわからなかっただろうが。<br />
「曰く、鶏がいるから卵が産まれる。あるいは、卵があったから鶏がいる。いわゆる『どちらが先か』という話ですよ」<br />
それは暗に、オレが襲うかおまえが襲うかって話か?<br />
「それこそ何の話です?」<br />
テメェ……。</div>
<div>「前に──長門さんでしたか、涼宮さんのことを『門』と言い、あなたのことを『鍵』とおっしゃいましたね。覚えていますか?」<br />
「ああ、そういやそんなことを……って、なんでおまえが知っているんだ?」<br />
その話は、長門のマンションで二人っきりのときに聞かされた話だ。古泉が知ってるわけもなければ、長門がべらべら喋るとも思えん。<br />
「蛇の道は蛇、ということです」<br />
この野郎……盗聴とかしてるんじゃないだろうな?<br />
「それはともかく、その話を聞いてなかなか興味深いと思った次第で。僕の……と言いますか、『機関』の説は覚えておいでですか?」<br />
「ハルヒが神様とか言うヤツだろ。あまりにもバカらしくて、心が荒んだときの笑い話として覚えているよ」<br />
「それはそれは。けれど今は肝試しの途中ですからね、笑わないほうがいいでしょう」<br />
肝試しの最中に、そんな笑い話を振らないでもらいたいもんだ。</div>
<div>「その話を聞いて僕はふと考えたわけです。もしかすると、世界を改変する力はあなたにあるんじゃないか、とね」<br />
「おいおい、ハルヒの次はオレか? 前におまえ自身が言ったんだぜ。オレは特別な力も持たない、普通の人間だってな」<br />
「ええ、そうです。だからこそ、です」<br />
わけがわかんねぇ。<br />
「涼宮さんには世界を改変する力がある。それは『機関』でも把握している。……おかしいと思いませんか? 神のごとき力を、人間が把握できるなんて」<br />
おかしいとも思わないね。疑うべきはおまえの頭の中じゃないのか?</div>
<div>
「そして、神のごとき涼宮さんの力はあなたと出会って安定の一途を辿っている。何の力ももたない普通な人間であるあなたは、記憶を含め自らを平凡な人間とし、力のすべてをそっくりそのまま涼宮さんに預け、世界をだましているんじゃないか……と、考えてしまうのですよ」<br />
「はぁ?」<br />
話が飛躍しすぎだ。反論するのもバカらしい。<br />
「僕自身、この考えに至って最初は否定的でした。けれど長門さんの話は、僕の否定を覆すのに十分かと思いましてね」<br />
あの無口な読書マシーンが、おまえにヒントをやるとは思えないけどな。<br />
「長門さんはあなたを鍵と呼び、涼宮さんを門と呼んでいる。門とはただ、通るべき道。鍵は、その門の開閉を自在に操るもの。門があるから鍵を作ったのか、鍵があったからそれに合う門を作ったのか……さて、どちらでしょうか?」<br />
それで『鶏と卵』ってわけか?<br />
何時にも増して饒舌な古泉の表情は、笑ってはいるがどこか探るような目をしていた。本当にこいつは……どこまで本気なのかさっぱりわからん。<br />
本来、力を持っていたのはハルヒじゃなくてオレだって? バカにするにも程がある。<br />
「あなたと出会い、変わったのは涼宮さんだけではありません。長門さんも朝比奈さんも、もちろん僕も変わりました。出会う人すべてを変える……まさに神のごとき力だと思いますが」</div>
<div>「……おまえの話だとな、朝比奈さんの説がすっぽり抜けているぞ」<br />
せめてもの反撃とばかりに、オレは河原のベンチで交わした朝比奈さんとの会話を思い出す。<br />
「ああ……」<br />
それすらも覆す話がある、と言いたげな表情だな。<br />
「いえいえ。なるほど、それは失念していました。僕の思い違いでしょう」<br />
素直に自説を引っ込めるが、その本心はわかったもんじゃない。<br />
3年前……高2になった今だと、4年前か。俺たちが中学1年のころの話だ。<br />
朝比奈さんの話では、それより過去にはどうしても行くことができない、と言っていたな。<br />
だがオレは、朝比奈さんに連れられて4年前の七夕の日、ハルヒに出会った。<br />
つまりその日までは過去に遡ることができるし、校庭ラクガキ事件が時間の断層を作り出したわけじゃないってことだ。<br />
なら、いったい4年前の何月何日から過去へは行けないんだ? その日、オレは何をしていた?<br />
それがわからないことには、古泉の与太話をウソと決めつけて、聞き流せないんじゃないか?<br />
得も知れぬ不安が、胸の内に広がる。</div>
<div>「今の話がウソか誠かは別として」<br />
オレの不安を知ってか知らずか、古泉はいつもの詐欺師的な笑顔で話しを続けた。</div>
<div>「そろそろだと思うのですが」<br />
時計をちらりと見て、古泉は呟く。いったい何の話──。<br />
「きょえああぁぁぁぁぁあああぁぁぁっ!」<br />
「うおぉぉぉう!」<br />
竹藪から突然飛び出してきたソレに、正直オレは腰を抜かした。普通そうだろ? この状況で何の前触れもなく突然襲いかかってくる物体があれば、誰だってそうだろ!?<br />
「うぇあえふぁああぅぅぅぅぅ」<br />
「え? あ、朝比奈さん……?」<br />
涙を混ぜてくしゃくしゃな表情の朝比奈さんは、普段からは想像もつかない馬鹿力でオレを羽交い締めにして離れようとしない。<br />
いや、うん。これはイイ。いやいや、そうじゃない。待て待て、なんだこの状況は?<br />
「ちょっとみくるちゃん、だいじょ……」<br />
「あ」<br />
目の前に鬼が現れた。これは肝試しじゃなかったのか? 鬼はお呼びじゃないんだ。現れるなら幸薄そうな幽霊だけでお腹いっぱいなんだ。<br />
「ちょっとキョン! 暗がりに紛れてみくるちゃんに何してんのよ!」<br />
「え、いやこれは……」<br />
「このぉ……エロキョン! 油断も隙もあったもんじゃないわ! 公然わいせつは問答無用で死刑よ!」<br />
「待て! なんでオレがこんな……おい、古泉!」<br />
「いやいや、僕は何も見ていません。それではごきげんよう」<br />
てめえ、朝比奈さんがこのタイミングで現れることが分かってたな! あとで覚えてやがれ!</div>
<div>〆</div>
</div>