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<div class="main"> <div>週末になるたび、私はあの場所へ行っていた。<br> 桶に入った水と花。これを持ってあの場所に向かうのもどれだけ続けたことだろうか。<br> 「あら、長門ちゃん。精が出るね」<br> すれ違うお婆さんに会釈を返す。<br> 彼女は痴呆が進んでいるため気づいていない。私が何十年この行動を繰り返しているのかを。<br> </div> <br> <div> 先週変えたばかりの花をまた変え、桶の水で墓石を洗う。<br> このあたりでは一番清掃が行き届いていると自負している。<br> この行動を、何十年となく繰り返してきたから。<br> 横にある墓碑に刻まれた名前。<br> 『涼宮ハルヒ 20××年×月×日』<br> 『涼宮○○  20□□年□月□日』<br> 涼宮ハルヒと、そしてキョンと呼ばれていた彼が入っている墓。<br> 少し離れた位置には古泉一樹のものもあった。<br> 何度となく私は墓参りを繰り返す。<br> 「久しぶり……元気にしていた?」<br> すでに生きていないものに元気かと問う私は滑稽。<br> 有機生命体は死んでしまえば、その体に何の情報も残さないというのに。<br> 有機生命体の死の概念を、私は知っているはずなのに。<br></div> <br> <div>「私は……寂しかった」<br> 彼女らを失ってから、私はどれだけの時間を過ごしてきたのだろう?<br> 一人取り残された私。<br> 年をとれないの体を、何度憎んだことだろう。<br> 朝比奈みくるの産まれる時間までは、人の身には長すぎる時間。<br> いつまで私は一人ぼっちなのだろう。<br> 「私は……あなたたちに会いたい」<br> 情報統合思念体からは、私の死を許可されていない。<br> 自殺することすら許されぬこの体。<br> 人の心を持ったことが罪だったのだろうか?<br> 人形でしかない私が、人の心を持ってはいけなかったのだろうか?<br> 私はしゃがみこみ、涙を流す。<br> もしも一つだけ願いが叶うとしたら、<br> どうか、どうかこの身を滅ぼしてください。<br> 彼の元へ、帰れるように。<br></div> <br> <div>ぼんやりと目を開ける。<br> 夕暮れに包まれた世界。<br> 机の向こうで微笑む彼。<br> 「よう、やっと起きたか」<br> 顔をあげ、辺りを見回す。<br> 時間軸は正常、私はまだ、北高生。<br> 「しかし、宇宙人製有機ヒューマノイドインターフェイスも居眠りするんだな。」<br> 部屋には私と彼だけ。<br> 涼宮ハルヒ、古泉一樹、朝比奈みくるはいない。<br> 「古泉も朝比奈さんも用事でさ、お前も寝てるんで今日は解散だとさ。起こすのもかわいそうなんで見ておけって、ハルヒがさ」<br> 彼女が解散を命じてからどれだけ彼は待っていてくれたのだろう。<br> 私と彼、夕暮れの中二人きりで。<br> 「さて、これでやっと帰れるな。長門、鍵は頼んだぞ」<br> 彼が伸びをして立ち上がる。<br> 彼が行ってしまう。<br> 彼が消えてしまう。<br> 気づいたときには、彼の背中に抱きついていた。<br></div> <br> <div>「おわっ、ち、ちょっと、長門?」<br> 彼の大きな背中。暖かい、彼の匂い。<br> 彼の匂いに包まれて、私は平静を取り戻す。<br> 現在の状況を把握し、私は慌てて彼から離れた。<br> 「ど、どうしたんだ長門」<br> エラー、それも重大な。<br> 私は彼に接近しすぎることを許可されていない。<br> 致命的ともいえるエラー。<br> 「なんでもない。ちょっとしたエラー、迷惑をかけた」<br> 彼は私のことを変な女だと思うだろう。<br> 私はいったい、何をやっていたのだろう。<br></div> <br> <div>彼の大きな手が、私の頭にぽんと置かれる。<br> 「長門、怖い夢でも見たのか?」<br> 彼のゆっくりとした、優しい言葉。<br> その言葉に私はこくんと頷く。<br> 「そんなときは、甘えてもいいんだぞ。誰だって急に不安になるときだってあるしな。<br> なんつーか、今のお前、元気のないときのうちの妹みたいで見てると落ち着かないんだ」<br> 彼の言葉に頷き、その胸に頭を埋める。<br> 彼の匂い、彼の体温。トクン、トクンとなる鼓動。ただの脈拍の音なのに、どうしてここまで私の心を安らかにしてくれるのだろう。<br> 彼の手が優しく私の頭を撫でる。彼の手が、気持ちいい。<br> どれだけそうしていたのだろうか。心が静まった私は彼から離れる。<br> 「……ありがとう」<br> 言うべき言葉は他にもあるだろうに、エラーで埋め尽くされた頭はその言葉を紡ぐだけで精一杯だった。<br> 彼は何を言おうか戸惑うようにに視線を迷わせ、私の手を掴んだ。<br> 「鍵返してから、カレーでも食べに行くか」<br> 彼の言葉に、私はまた頷いた。<br></div> <br> <div> 上目遣いで、目に涙を溜めて「ありがとう」と言った長門は、そりゃもう反則的なまでにかわいかった。<br> 気の効いた言葉を返すこともできずに、長門をココイチまで引っ張ってくるのが精一杯だった。<br> その選択を、すぐに俺は後悔する事になる。<br> 「……ポークカレー、五辛」<br> 甘口から一段階づつ辛さを上げて、長門はわんこそばでも食べるかのようにカレーのお代わりを注文する。<br> もしも一つだけ願いが叶うとしたら、<br> どうか、どうかこの財布が持つうちに席を立ってください、長門さん。<br> </div> </div> <!-- ad -->
<div class="main"> <div>週末になるたび、私はあの場所へ行っていた。<br /> 桶に入った水と花。これを持ってあの場所に向かうのもどれだけ続けたことだろうか。<br /> 「あら、長門ちゃん。精が出るね」<br /> すれ違うお婆さんに会釈を返す。<br /> 彼女は痴呆が進んでいるため気づいていない。私が何十年この行動を繰り返しているのかを。</div>   <div>先週変えたばかりの花をまた変え、桶の水で墓石を洗う。<br /> このあたりでは一番清掃が行き届いていると自負している。<br /> この行動を、何十年となく繰り返してきたから。<br /> 横にある墓碑に刻まれた名前。<br /> 『涼宮ハルヒ 20××年×月×日』<br /> 『涼宮○○  20□□年□月□日』<br /> 涼宮ハルヒと、そしてキョンと呼ばれていた彼が入っている墓。<br /> 少し離れた位置には古泉一樹のものもあった。<br /> 何度となく私は墓参りを繰り返す。<br /> 「久しぶり……元気にしていた?」<br /> すでに生きていないものに元気かと問う私は滑稽。<br /> 有機生命体は死んでしまえば、その体に何の情報も残さないというのに。<br /> 有機生命体の死の概念を、私は知っているはずなのに。</div>   <div>「私は……寂しかった」<br /> 彼女らを失ってから、私はどれだけの時間を過ごしてきたのだろう?<br /> 一人取り残された私。<br /> 年をとれないの体を、何度憎んだことだろう。<br /> 朝比奈みくるの産まれる時間までは、人の身には長すぎる時間。<br /> いつまで私は一人ぼっちなのだろう。<br /> 「私は……あなたたちに会いたい」<br /> 情報統合思念体からは、私の死を許可されていない。<br /> 自殺することすら許されぬこの体。<br /> 人の心を持ったことが罪だったのだろうか?<br /> 人形でしかない私が、人の心を持ってはいけなかったのだろうか?<br /> 私はしゃがみこみ、涙を流す。<br /> もしも一つだけ願いが叶うとしたら、<br /> どうか、どうかこの身を滅ぼしてください。<br /> 彼の元へ、帰れるように。</div>   <div>ぼんやりと目を開ける。<br /> 夕暮れに包まれた世界。<br /> 机の向こうで微笑む彼。<br /> 「よう、やっと起きたか」<br /> 顔をあげ、辺りを見回す。<br /> 時間軸は正常、私はまだ、北高生。<br /> 「しかし、宇宙人製有機ヒューマノイドインターフェイスも居眠りするんだな。」<br /> 部屋には私と彼だけ。<br /> 涼宮ハルヒ、古泉一樹、朝比奈みくるはいない。<br /> 「古泉も朝比奈さんも用事でさ、お前も寝てるんで今日は解散だとさ。起こすのもかわいそうなんで見ておけって、ハルヒがさ」<br /> 彼女が解散を命じてからどれだけ彼は待っていてくれたのだろう。<br /> 私と彼、夕暮れの中二人きりで。<br /> 「さて、これでやっと帰れるな。長門、鍵は頼んだぞ」<br /> 彼が伸びをして立ち上がる。<br /> 彼が行ってしまう。<br /> 彼が消えてしまう。<br /> 気づいたときには、彼の背中に抱きついていた。</div>   <div>「おわっ、ち、ちょっと、長門?」<br /> 彼の大きな背中。暖かい、彼の匂い。<br /> 彼の匂いに包まれて、私は平静を取り戻す。<br /> 現在の状況を把握し、私は慌てて彼から離れた。<br /> 「ど、どうしたんだ長門」<br /> エラー、それも重大な。<br /> 私は彼に接近しすぎることを許可されていない。<br /> 致命的ともいえるエラー。<br /> 「なんでもない。ちょっとしたエラー、迷惑をかけた」<br /> 彼は私のことを変な女だと思うだろう。<br /> 私はいったい、何をやっていたのだろう。</div>   <div>彼の大きな手が、私の頭にぽんと置かれる。<br /> 「長門、怖い夢でも見たのか?」<br /> 彼のゆっくりとした、優しい言葉。<br /> その言葉に私はこくんと頷く。<br /> 「そんなときは、甘えてもいいんだぞ。誰だって急に不安になるときだってあるしな。<br /> なんつーか、今のお前、元気のないときのうちの妹みたいで見てると落ち着かないんだ」<br /> 彼の言葉に頷き、その胸に頭を埋める。<br /> 彼の匂い、彼の体温。トクン、トクンとなる鼓動。ただの脈拍の音なのに、どうしてここまで私の心を安らかにしてくれるのだろう。<br /> 彼の手が優しく私の頭を撫でる。彼の手が、気持ちいい。<br /> どれだけそうしていたのだろうか。心が静まった私は彼から離れる。<br /> 「……ありがとう」<br /> 言うべき言葉は他にもあるだろうに、エラーで埋め尽くされた頭はその言葉を紡ぐだけで精一杯だった。<br /> 彼は何を言おうか戸惑うようにに視線を迷わせ、私の手を掴んだ。<br /> 「鍵返してから、カレーでも食べに行くか」<br /> 彼の言葉に、私はまた頷いた。</div>   <div>上目遣いで、目に涙を溜めて「ありがとう」と言った長門は、そりゃもう反則的なまでにかわいかった。<br /> 気の効いた言葉を返すこともできずに、長門をココイチまで引っ張ってくるのが精一杯だった。<br /> その選択を、すぐに俺は後悔する事になる。<br /> 「……ポークカレー、五辛」<br /> 甘口から一段階づつ辛さを上げて、長門はわんこそばでも食べるかのようにカレーのお代わりを注文する。<br /> もしも一つだけ願いが叶うとしたら、<br /> どうか、どうかこの財布が持つうちに席を立ってください、長門さん。</div> </div>

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