「お茶」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「お茶」(2020/03/15 (日) 18:20:09) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
<div class="main">
<div>
梅雨明けまでまだまだ遠いようなことを天気予報で言っていた7月、降り続く雨で平均<br>
気温を大きく下回っていたある日の放課後、文芸部部室改めSOS団アジトのドアを一番<br>
に開けたのは朝比奈みくるだった。<br></div>
<br>
<div>
いつもは部屋の片隅で本を読んでいる長門有希の方が早いのだが、今日はまだ姿<br>
が見えない。珍しいこともあるものだと思いつつも、鞄を置いていつものメイド服に着替<br>
えようと手を伸ばした。<br></div>
<br>
<div>
最初は抵抗のあったこのメイド服だが、人間の慣れとは恐ろしいもので、今ではメイド<br>
コスチュームのまま、お茶の水を汲んでくるくらいは抵抗なくできるようになっている。<br>
お茶用の水を汲んで部室に戻ってくると、そこには有希がいつもの定位置に座って本を<br>
読んでいた。<br></div>
<br>
<div>「あ、長門さん。お茶淹れますね」<br></div>
<br>
<div>
聞いたところで返事はないのが、出せばしっかり飲んでくれることも分かっている。返<br>
事を待たずにお茶の準備をして……ふと、背後から突き刺さる視線を感じて振り返った。<br>
</div>
<br>
<div>
「ぅえ!? なっ、長門さん……な、なな、なんですかぁ?」<br>
</div>
<br>
<div>
音もなく背後まで忍び寄り、何も言わずに立っていられれば、みくるでなくとも驚くと<br>
いうもの。もっとも、彼女の場合は驚き半分、怯え半分の表情を浮かべていた。<br>
そんなみくるに何を思うのか、おそらく何も思っていないだろう有希は、電気コンロで<br>
こぽこぽ沸いているお湯を指さした。<br></div>
<br>
<div>「お茶」<br>
「え……え? お茶? あぁ~……はいはい、今淹れますー」<br>
</div>
<br>
<div>
お茶の催促をしてくるとは珍しいが、有希が言いたいことはそうではないらしい。<br>
</div>
<br>
<div>「あたしが淹れる」<br>
「はぇ? あ、そ、そうですか。それじゃお願いします……」<br>
</div>
<br>
<div>
とても断る雰囲気ではなく、みくるは言われるままに電気コンロ前を譲って椅子に腰掛<br>
けた。そわそわと落ち着かない気分で有希の後ろ姿を見つめているが、脳内では、どうし<br>
ても怪しげな実験を行っているマッドサイエンティスト的なイメージが重なる。<br>
何故かわからないが、逃げたほうがよさそうな気分になったのは、みくるの苦手意識の<br>
せい……だけではないかもしれない。<br></div>
<br>
<div>
──キョンくぅ~ん、涼宮さぁ~ん、古泉くぅ~ん、早く来てえぇ~……<br>
</div>
<br>
<div>
という、内心の嘆きを余所に、ほどなくして振り返った有希は、湯飲みを手にみくるの<br>
前まで近寄って来た。<br></div>
<br>
<div>「飲んで」<br>
「え、えっと……じゃあ、その……いただきます……」<br></div>
<br>
<div>
有希の意図がまったく掴めないまま、湯飲みを手にするみくる。<br>
</div>
<br>
<div>
「えーっと……あのぉ、これはいったい……どういうこと」<br>
</div>
<br>
<div>
上目遣いでチラリと有希を見たが、何も言わず黙ってこちらを見ていた。<br>
</div>
<br>
<div>
「ひぇっ! ふぇ……な、にゃんでもありまふぇん……」<br>
</div>
<br>
<div>
噛んだ舌の痛みに耐えつつ、お茶を飲むまで逃げられそうにないと悟ったみくるは、無<br>
言の圧力に耐えかねてお茶を口に含んだ。<br></div>
<br>
<div>「美味しい?」<br>
「は、はい、美味しいです……けど」<br></div>
<br>
<div>
なんでまた、こうも突然お茶を淹れたのか、その真意がわからない。湯飲みを握りしめ<br>
たまま、相も変わらず無表情な有希の表情を盗み見て……なんとなく察しが付いた。<br>
みくるもまた、キョンほどではないが、有希の無表情の裏にある本心を悟る眼力は備わ<br>
っているようだ。<br></div>
<br>
<div>
「あのぉ~……長門さん、もしかしてお茶をもっと上手に淹れたいんですか?」<br>
</div>
<br>
<div>
おそるおそる聞いてみると、有希はこくんと頷いた。<br></div>
<br>
<div>名前:4 :2006/07/24(月) 21:21:56.79 ID:70/o75Bj0<br>
「あたしはあなたほどお茶を上手く淹れられない」<br>
「は、はぁ……。でも長門さんなら、あたしより上手そうですけど……」<br>
</div>
<br>
<div>
事実、このお茶も不味くはない。ただ、あえて注文を付けるなら、茶葉を気持ち多く淹<br>
れて、もう少しお湯の温度を下げたほうがいいかも? と思う程度だ。<br>
</div>
<br>
<div>
「彼はあたしのお茶より、あなたのお茶を美味しそうに飲む」<br>
</div>
<br>
<div>
彼、と言われても直後には分からなかったが、すぐにピンと来た。<br>
</div>
<br>
<div>「あ~……あっ! なるほどぉー」<br></div>
<br>
<div>ぽん、っと手を打って納得した。<br>
それならそれで、早く言ってもらいたいものだが、それが有希なのだから仕方がない。<br>
</div>
<br>
<div>
「あたしがいつも淹れてる方法でよければ、いくらだって教えちゃいます。ええっとです<br>
ね、まず……」<br></div>
<br>
<br>
<div>
その日、部室に遅れてやってきたキョンにお茶を差しだしたのは、みくるではなく有希<br>
だったことは言うまでもない。<br></div>
</div>
<!-- ad -->
<div class="main">
<div>梅雨明けまでまだまだ遠いようなことを天気予報で言っていた7月、降り続く雨で平均<br />
気温を大きく下回っていたある日の放課後、文芸部部室改めSOS団アジトのドアを一番<br />
に開けたのは朝比奈みくるだった。</div>
<div>いつもは部屋の片隅で本を読んでいる長門有希の方が早いのだが、今日はまだ姿<br />
が見えない。珍しいこともあるものだと思いつつも、鞄を置いていつものメイド服に着替<br />
えようと手を伸ばした。</div>
<div>最初は抵抗のあったこのメイド服だが、人間の慣れとは恐ろしいもので、今ではメイド<br />
コスチュームのまま、お茶の水を汲んでくるくらいは抵抗なくできるようになっている。<br />
お茶用の水を汲んで部室に戻ってくると、そこには有希がいつもの定位置に座って本を<br />
読んでいた。</div>
<div>「あ、長門さん。お茶淹れますね」</div>
<div>聞いたところで返事はないのが、出せばしっかり飲んでくれることも分かっている。返<br />
事を待たずにお茶の準備をして……ふと、背後から突き刺さる視線を感じて振り返った。</div>
<div>「ぅえ!? なっ、長門さん……な、なな、なんですかぁ?」</div>
<div>音もなく背後まで忍び寄り、何も言わずに立っていられれば、みくるでなくとも驚くと<br />
いうもの。もっとも、彼女の場合は驚き半分、怯え半分の表情を浮かべていた。<br />
そんなみくるに何を思うのか、おそらく何も思っていないだろう有希は、電気コンロで<br />
こぽこぽ沸いているお湯を指さした。</div>
<div>「お茶」<br />
「え……え? お茶? あぁ~……はいはい、今淹れますー」</div>
<div>お茶の催促をしてくるとは珍しいが、有希が言いたいことはそうではないらしい。</div>
<div>「あたしが淹れる」<br />
「はぇ? あ、そ、そうですか。それじゃお願いします……」</div>
<div>とても断る雰囲気ではなく、みくるは言われるままに電気コンロ前を譲って椅子に腰掛<br />
けた。そわそわと落ち着かない気分で有希の後ろ姿を見つめているが、脳内では、どうし<br />
ても怪しげな実験を行っているマッドサイエンティスト的なイメージが重なる。<br />
何故かわからないが、逃げたほうがよさそうな気分になったのは、みくるの苦手意識の<br />
せい……だけではないかもしれない。</div>
<div>──キョンくぅ~ん、涼宮さぁ~ん、古泉くぅ~ん、早く来てえぇ~……</div>
<div>という、内心の嘆きを余所に、ほどなくして振り返った有希は、湯飲みを手にみくるの<br />
前まで近寄って来た。</div>
<div>「飲んで」<br />
「え、えっと……じゃあ、その……いただきます……」</div>
<div>有希の意図がまったく掴めないまま、湯飲みを手にするみくる。</div>
<div>「えーっと……あのぉ、これはいったい……どういうこと」</div>
<div>上目遣いでチラリと有希を見たが、何も言わず黙ってこちらを見ていた。</div>
<div>「ひぇっ! ふぇ……な、にゃんでもありまふぇん……」</div>
<div>噛んだ舌の痛みに耐えつつ、お茶を飲むまで逃げられそうにないと悟ったみくるは、無<br />
言の圧力に耐えかねてお茶を口に含んだ。</div>
<div>「美味しい?」<br />
「は、はい、美味しいです……けど」</div>
<div>なんでまた、こうも突然お茶を淹れたのか、その真意がわからない。湯飲みを握りしめ<br />
たまま、相も変わらず無表情な有希の表情を盗み見て……なんとなく察しが付いた。<br />
みくるもまた、キョンほどではないが、有希の無表情の裏にある本心を悟る眼力は備わ<br />
っているようだ。</div>
<div>「あのぉ~……長門さん、もしかしてお茶をもっと上手に淹れたいんですか?」</div>
<div>おそるおそる聞いてみると、有希はこくんと頷いた。</div>
<div>名前:4 :2006/07/24(月) 21:21:56.79 ID:70/o75Bj0<br />
「あたしはあなたほどお茶を上手く淹れられない」<br />
「は、はぁ……。でも長門さんなら、あたしより上手そうですけど……」</div>
<div>事実、このお茶も不味くはない。ただ、あえて注文を付けるなら、茶葉を気持ち多く淹<br />
れて、もう少しお湯の温度を下げたほうがいいかも? と思う程度だ。</div>
<div>「彼はあたしのお茶より、あなたのお茶を美味しそうに飲む」</div>
<div>彼、と言われても直後には分からなかったが、すぐにピンと来た。</div>
<div>「あ~……あっ! なるほどぉー」</div>
<div>ぽん、っと手を打って納得した。<br />
それならそれで、早く言ってもらいたいものだが、それが有希なのだから仕方がない。</div>
<div>「あたしがいつも淹れてる方法でよければ、いくらだって教えちゃいます。ええっとです<br />
ね、まず……」</div>
<div>その日、部室に遅れてやってきたキョンにお茶を差しだしたのは、みくるではなく有希<br />
だったことは言うまでもない。</div>
</div>