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「ジョン・スミスのバーカ!」
 思いっきり、まるでボリュームツマミが壊れたスピーカーみたいに、あたしは叫んでやった。
「バカったらバカ! のろま! アホンダラゲ!」
 ずいぶん久しぶりに来た東中は、覚えていたのより一回り小さく見えた。
 あたしは、学校の敷地内に六月のナメクジみたいにじっとりした目を向けた。梅雨も明けそうだってのに、この憂さは晴れる気がしない。
 気がつくと、現役東中生が何人かこっちを見ていた。
「何見てんのよ。あんたたち、揃いもそろって普通の反応しかできないのね」
 そう言うと、生徒たちは通知表の中に一を見つけたときのようにぎくりとして、三々五々に散っていった。
「解ってるわよ。バカなのはあたしの方だってこと」
 古びた鉄の校門に額を当てた。何となく、ほんとに何となく来てしまったのだ。
「三年か」
 それもこれも七夕のせいだ。高校に上がっても、この日はやっぱり変な気持ちになる。
「いっそのことまた落書きしてやろうかしら」

 わたしは、ここにいる。

「いるのよ。バカ……」
 三年前に会った変なヤツ。
 あんなおかしな人、今まで他に見たことがない。
 あの時はまたすぐに会えると思ってた。実際、次の日北高で待ち伏せもした。なのに出てこなかった。どれだけ探しても、北高にそれらしい生徒はいなかった。
「幻だったのかしら」
 三年も経つと、あの時本当に誰かと会ったのかどうか、自信がなくなる。
「ほんと、あたしってバカ」
 湿気を含んだ夕方の風が髪をなでた。
 そうだ。あの時もあたしはこんな風にイライラしてた。今より少し髪が長くて、背がもっと低かった頃。
「とにかく何かしてやらないとって思ってた」
 普通でありきたりな毎日を変えたかった。
 そのためだったら人にどう思われようが知ったことじゃなかった。教師に何度注意されようと、周りから白い目で見られようと。
 でも何も変わっていない。この世界は自分が思っていたよりもずっと冷たかった。
「帰ろう」
 東中生が教師に面倒な報告をする前に、あたしは校門に背を向けた。
 途端、風向きが変わった。
 深緑の葉がざわざわ揺れる。さえずっていた鳥がどこかへ飛んでいく。
 ふいに飛んできた一枚の葉を、あたしはとっさにつかまえていた。
「葉……短冊?」
 何もかかれていない、緑色の紙片。
「どこかの家から飛んできたのかしら」
 あたしは通り沿いを見渡した。
 七夕に笹を飾って短冊をつける家庭がいったいどれだけあるだろう。きっと少ないに違いない。
 ふと、昼間ベガとアルタイルに自分がした願い事を思い出した。
「もうひとつくらい、許されるかしら」


「あれ。なあ古泉、お前か? 笹っぱに何も書いてない短冊つけたの」
 数日後の部室。片付け忘れたままの笹の葉についた短冊を、キョンが目ざとく見つけて言った。
「いいえ。僕には覚えがありませんね」
 古泉くんは笑って、みくるちゃんの方を見た。静電気に驚いたようにぴくっとして、
「ふぇっ、わたしは知らないですぅ」
 巣穴から出てきたリスみたいにキョロキョロしたみくるちゃんと有希の目が合った。
「……」
 有紀は何も言わず首を振った。
「つーことはハルヒ、これお前の仕業か?」
 あたしは臨戦態勢を整えて、
「ええそうよ。団長だけは三つの願いが叶うの。特権ね」
「はあ? 何だよそれ。どこぞのインチキまじない師みたいな言い分だな」
「うっさいわね。あんまりゴチャゴチャ言ってるとつるし上げの刑に処するわよ」
 お断りだね、とキョンは肩をすくめ、
「つか、何も書いてねえだろこれ」
「これから書くところだったのよ」
 あたしは椅子から飛び跳ねて笹の葉っぱに歩み寄ると、
「どいて」
 いつも持ち歩いている油性マジックを取り出した。
「しっし」
 ペン先で追い払うと、キョンはしぶしぶ自分の椅子に戻った。
 あたしは願い事を書くフリをして、そっと短冊をポケットに入れた。
「SOS団に栄光あれっ、と」
 実は、短冊にはもう願い事が書いてある。紙と同じ緑色のペンで。


 アイツにまた落書きさせることができますように――、


 (了)

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最終更新:1970年01月01日 09:00