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名家俳句集(有朋堂文庫)


惟然坊句集

梅華鳥落人、惟然坊は美濃国関里の産、広瀬氏安通が舎弟なりけり。或日庭前の梅花時ならずして鳥の羽風に落散るを感動せしより、しきりに隠遁のこころざし起こりてやまず、ある夜妻子を捨て、自ら薙髪して芭蕉門にかけ入り、吟徒となりて、昼夜をわかず俳諧三昧にして、終に此道の人眼悟徹を遂げたり。翁遷化後師として随ふべき人なし、友とし親むものなしとて、風羅念仏といふものを作り、古き瓢を打鳴し、諷ひ風狂して足の行く処に走り、足のとどまる処にとゞまりて、心の侭に身の天然を終れり。まことに世に奇々たる風骨のこのもしきあまり、わが旅寝のひま〳〵、かの鳥落人の句々、奇事奇談眼に見耳にふれたる程の数々書集め、一嚢となしたるを、関里巴圭が勧めにまかせて、一嚢の紐解きて、一とぢの冊子とはなしぬ。
曙庵秋挙

鳥落人惟然坊は蕉門の一奇人なること、世に知る人まれなり。秋挙之をかなしび、草枕の時々目に見耳にふるゝ毎に年頃書置きぬ。こたび惟然坊がふるさと関に仮寝して巴圭にかたらひ、鳥落人の遺稿をあはせて、かの風韻を世に輝かすことしかり。
朱樹叟
士朗

惟然坊句集
曙庵先生選定 巴圭校


しづかさの上の静かや梅の花
梅さくや赤土壁の小雪隠
梅の花赤いは〳〵あかいはな
  梅画
梅の花あの月ながら折らばやな
  人日
芹薺踏みよごしたる雪の泥
山の幅啼きひろげけり雉の声
風呂敷へ落ちよ包まむ舞雲雀
衣更着のかさねや寒き蝶の羽
山吹や水にひたせるゑまし麦
まだ山の味覚えねど松の花
  こよひ智積院の鐘聞、今朝まで其元の事ども益御無事之旨及承候、秋与風須暦明石のはつ花一両日已前にあわてゝ東山に飛びまはれば
花もなう少しの分かまたなんぼ
  久泄に弱り果て、いづ方にてもゆるりと伏し申分別のみ、大雲様近日御下可被成候よし御聞き可被成候かしく 三月二七日 惟然
  東暇丈
かう居るも大切な日ぞ花盛
我侭になるほど花の句をさらり
  富貴なる酒屋にあそびて、文君が爪音も酔のまぎれにおもひ出らるゝに
酒部屋に琴の音せよ窓の花
  上市にとまりける夜は雨ふりけるに、明けて晴渡りける、よしの川をわたれば、口の花はちり過ぎて、かへらぬころほひになりぬ、それよりしてひたはひりにはひれば、花も奥あるけしきにて、匂ふばかりに咲きわたりぬ、なほ山深く入れば、円位の住める蹟と幽静の谷あり、鳥しづまり、処々花はかなげにて、しばらく此の石上に眠れば、心空しく万事を休す。
今日といふ今日この花の暖かさ
馬の尾に陽炎ちるや昼多葉粉
  出羽にて
しとやかな事ならはうか田うち鶴
鴬や笹葉をつたふ湯だて曲突
新壁や裏もかへさぬ軒の梅
  宗鑑の珍蹟を尋ねて
梅散て観音草の道の奥
  詣聖廟
如日や松の苗売る松の下
乙鳥や赤士道のはねあがり
鳥散す檜木(クレキ)の中や雄子の声
菜の花の匂ひや庵の磯畠
文台に扇ひらくや花の下

若葉吹く風さら〳〵と鳴りながら
  於知足亭
    名所夏
涼まうか星崎とやらさて何処じゃ
沢水に米ほゝばらむ燕子花
かるの子や首さし出して浮藻草
撫子やそのかしこさに美しき
夕顔や淋しう凄き葉のならひ
糊ごはな帷子かぶる昼寝哉
  追善
追付かむ誰もやがてぞ夏の月
  故郷の空ながめやりて
あれ夏の雲又雲のかさなれば
  四日市にて
涼しさよ饅頭食うて蓮の花
無花果や広葉にむかふ夕涼
竹の子によばれて坊のほととぎす
蓴菜やひと鎌入るゝ浪のひま
  嵯峨鳳仭子の亭を訪ひし頃、川風涼しき橋板に踞して
すゞしさや海老のはね出す日の曇り
  史邦吟士に別る
起臥しにたほふ蚊帳も破れぬべし
  芭蕉翁岐阜に行脚の頃したひ行き侍りて
見せばやな茄子をちぎる軒の畑
  遺悶
鶏鳴くや柱踏まゆる紙張ごし
玉江
貰うよ玉江の麦の刈り仕舞


なほ秋に竹のしわりのしなし哉
更け行くや水田のうへの天の川
七夕やまづ寄合うて踊初
張り残す窓に鳴入る竈馬《イトヾ》かな
  尚々御無事の段承りたく奉存候、爰もと折々の会にて風流のみに候、以上
  先月ははじめて罷越、ゆるゆる得貴意、大慶に奉存候、色々預御馳走、御懇意の御事ども忝奉存候、翁弥御無異にて奈良一宿仕、重陽の日に大坂着仕候、 翁
菊に出て奈良と難波は宵月夜
  此の御句にて会など御坐候、其元弥御無事に被成御坐候哉、御句など少々承たく候、先日奈良越にて、
近付きになりて別るゝ案山子哉
銭百のちがひが出来た奈良の菊
  右両句いたし申候、御聞可被下候、土芳丈望翠丈どれどれ様へも可然様に御心得被成可被下候、如何様ふと罷越、万々可得貴意候、京都にて高倉通松原上ルつづらや町笠屋仁兵衛店にて素牛と御尋被下候へば相知れ申候、何時にても風流の御宿可申上候、恐惶謹言
  九月二十二日 惟然
  意専老人
此の冬の寒さもしらで秋の暮
  粟津にて
いまならば落ちはなされじ田刈時
塩壺の庇のぞかむ今日の月
なほ月に知るや美濃路の芋の味
  奥の細道
萩枯れて奥の細道どこへやら
田の肥る藻や刈寄せる磯の秋
物干にのびたつ梨子の片枝哉
朝霧に躄車《イザリグルマ》や草のうへ
  広瀬氏の別墅を萩山とも又は松山ともいへり
萩にのぼる雲の下のは木曽山か
かなしさや麻木の箸も長生並
竹藪に人音しけり栝蔞
  伊賀の山中に阿叟の閑居を訪ひて
松茸や都にちかき山の味
  湖辺
八景の中吹きぬくや秋の風
我寺の藜は杖になりにけり
肌寒きはじめに赤し蕎麦の茎
世の中をはひりかねてや蛇の穴
  翁に坂の下にて別るゝとて
別るゝや柿食ひなから坂のうへ


何事もござらぬ花よ水仙花
水仙の花のみだれや藪屋敷
凩や刈田の畔の鉄気水
鵜の糞の白き梢や冬の山
しかみつく岸の根笹の枯葉哉
鵯や霜の梢に鳴きわたり
枯芦や朝日の氷る鮠の顔
  欲填溝壑唯疎放
水草の菰にまかれむ薄氷
茶を啜る桶屋の弟子の寒さ哉
  稲葉堂に詣る
撫房《ナデバウ》のさむき影なり堂の月
  万句興行
はつ霜や小笹が下のえび蔓
冬川や木の葉は黒き石の間
寒き日にきっとがましや枇杷の花
  蕉翁病中祈祷之句
足ばやに竹の林やみそさゝい
  看病
引張りて蒲団ぞ寒き笑ひ声
  於義仲寺六七日
花鳥にせがまれ尽す冬木立
  越路にて
薪も割らむ宿かせ雪の静さは
あそびやれよ遊ぼぞ雪の徳者達
  世の中はしかじとおもふべし、金銀をたくはへて人を恵める事もあらず、己をも苦ましめむより、貧しうして心にかゝる事もなく、気を養へるにはしかじ、学文して身を行はざらむより知らずして愚なるにはしかじ
人はしらじ実に此道のぬくめ鳥
  有2千斤金1不v如2林下貧1
ひだるさに馴れてよく寝る霜夜哉
水さつと鳥はふは〳〵ふうは〳〵
水鳥やむかふの岸へつうい〳〵
  芋鮹汁は宗因の洒落
  奈良茶漬は芭蕉の清貧
冬籠人にもの言ふことなかれ
臘八《ラフハチ》や今朝雑水の蕪の味
煤掃や折敷一枚ふみくだく
節季候や畳へ鶏を追上げる
天鵝毛の財布さがして年の暮
年の夜や引結びたる纘守
年の雲故郷に居てもものの旅
  尋元政法師塚
竹の葉やひらつく冬の夕日影
  曽根松
曽根の松これも年ふる名所かな

貧讃
いにしへより富めるものは、世のわざも多しとやらむ、老夫こゝの安桜山に隠れて、食はず貧楽の諺に遊ぶに、地は本より山畑にして茄子に宜しく、夕顔に宜し。今は十とせも先ならむ、芭蕉の翁の美濃行脚に、見せばやな茄子をちぎる軒の畑、と招隠のこゝろを申遣したるに、その葉を笠に折らん夕顔、とその文の回答ながら、それを絵にかきてたびけるが、今更草庵の記念となして、猶はた茄子夕顔に培ひて、その貧楽にあそぶなりけり。さて我山の東西は、木曽伊吹をいたゞきて、郡上川其間に横ふ、ある日は晴好雨奇の吟に遊び、ある夜は軽風淡月の情を尽して、狐たぬきとも枕を並べてむ、いはずや道を学ぶ人はまづ唯貧を学ぶべしと、世にまた貧を学ぶ人あらば、はやく我が会下に来りて手鍋の功を積むべし。日用を消さむに、軽行静座もきらひなくば、薪を拾ひ水を汲めとなむ。

椎葉文之事
坊、適〻おのれが庵に在て、紙なき時は、自ら軒端なる椎の枝をりて、葉の次第に一二三のしるしをわかち、味噌ほしき、或は米ほしき、その余のあらまし事、葉毎に書て、関里の社友へおくり、事足しぬとなむ。家にあれば笥に盛る飯を旅にしあれば椎の葉にもる、事かはれど用を為すこと一つにして、その気韻もっとも高し。

坊名を偽り俳席に交る事
西国に遊びける頃にやありけむ、たはむれにおのれが名を隠し、ある好人《スキビト》の家を訪ふに、をりしも人つどひ、俳席を設けゐたりけり。あるじ進出でていふやう、いづこの人かはしらざりけれど、俳諧好みけるとあれば、まづ此席へつらなれかしといふ。坊頓《とみ》ににじりあがりて、はるか末座につらなり、たゞ黙々として沈吟す。もとより孤独清貧の身なれば、衣服などとりつくろふべきやうなければ身すぼらし、一座のものみな見あなどりて、指さし囁きあへり。さるほどに付くるほどの連句、いひ出すほどの発句、尽く引直しけれど、さもうれしげに、一々おし戴きぬ。とかくするうち巻満尾にいたれば、人々立還りぬ。坊も帰らむとしければ、あるじ呼びとゞめて、二夜とはならざれど、こよひ一夜は宿かさむなど、見下しがましくいひければ、坊大笑して、天を幕とし地を席とし、雲に風に身を易うするもの、何ぞ一夜のやどりに身を屈せむやとて、たゞはしりに走りゆきぬ。あるじも今更いさゝか訝しき者とおもひいりぬ。明る日朝疾くきのふのあらまし且「粟の穂を見あげてこゝら鳴く鶉」かかる句書て、加筆ねがはしとて、けふは惟然坊と文の奥に書きしたゝめて遣りけり。あるじひらき見て、さてはきのふ来られしは、聞及ぶかの惟然道人にてありしやと、開たる口をもふさがず、腋下に冷汗流し、恥ぢに恥入て返事さへ得せざりしとぞ。

翁に随従惟然行脚の事
翁と共に旅寝したるに、木の引切りたる枕の頭いたくやありけむ、自らの帯を解て、これを巻て寝たれば、翁見て惟然は頭の奢に家を亡へりやと笑れしとなり。

蕉像の事
風羅念仏の事
翁の亡骸いとねもごろに粟津義仲寺に葬たてまつりて、幻住庵の椎の木を伐りて、初七日のうちに蕉像百体をみづから彫刻し、之を望めるものに与へぬ。又「まづたのむ椎もあり夏木立降るはあられか桧笠 古池や〳〵蛙とびこむ水の音南無アミダ〳〵」かゝる唱歌九つを作りて、風羅念仏となづけ、翁菩提の為にとて、古き瓢をうちならし、心の趣く所へはしりありく、そも風狂のはじめとぞ。


翁亡きあと旅のものの具携行事
かくて惟然坊翁遷化し給ひし難波花屋何がしが家に帰り、残れる蓑笠をはじめ、旅硯、銭入、杖などひとつにとり集め、みづから背に負て播磨国姫路にゆきぬ。旧友のしひて求むるにまかせて、みな与へぬ。今増井山のふもと風羅堂の什物となりぬ。
翁百年忌の頃笠あて稍ほつれければ、堂守こはよく翁の筆の蹟に似たりとて、ほどきて見るに翁の草稿なり。こまやかに切れたるを彼此とつぎあつめぬれば、
芳野山こぞのしをりのみちかへて まだみぬかたの花をたづねむ
わが恋は汐干にみえぬ沖の石の
人こそしらねかわくまもなし
青柳の泥にしだるゝ汐干かな
  かゝる一紙にて、ことに筆のすさみいとうるはしく、めでたき一軸とはなりぬ。

  坊婚家一宿の事
坊ある俳士のもとにやどる、其あるじ近き頃妻をむかへていまだ座敷のかざりををさめず、振袖の小袖あまた衣桁にかけならべ置たり。朝とく家なる下女座敷へ行きて見るに、かの坊は疾く出行きたりと見えて、やり戸明放ちたるまゝにてあるに、衣桁にかけたる娘の小袖ひとつうせたり。さはこの坊のぬすみたるものにこそと、走り入てあるじにかくと告ぐるに、あるじの曰、惟然坊なか〳〵盗などすべき小器の人に非ず、しかし酒落の道人なれば、朝の寒さを凌がむ為に、此小袖を着て往くまじきものにもあらざれば、夜前のものがたりに、明日はそこそこの風士のかたへ行かむなどと聞えければ、先づかのかたへおとづれして見むと、やがて坊行くべき知るべのかたへ使もてたづねつかはしけるに、坊その家に在て答へけるは、その事なり、今朝とくたち出たるに、野風の身にしみて、甚だ寒かりしゆゑに、たちかへりて衣桁に在し小袖を一つとり、うへに覆ひ来れり、もとより小袖なることは知りたれども、男女の服のわかちは覚えず、さだめてこれにてやあらむと、かの振袖したる伊達模様の小袖を取出し、其使に返し侍りけるとぞ。

  坊布を得る事
西国行脚の時ならむ、播州姫路の方に知る人ありて、立寄り侍りける。もとより風狂者のならひ、裾を結び、肩をつなぎたる単物を身にまとへり。あるじ憐みて、布一匹とり出て与へけり。坊これを得て柱杖にかけていでて行き、旅店に到りていふやう、この布にて帷子一つ縫て給れ、残りは内儀にあたへんといひけるゆゑ、あるじ悦び、取急ぎ縫たてゝ与へぬ。やがて古衣をぬぎ捨て新衣に着かへ出けるが、二町もゆきぬらむとおもふころ、立返りていふやう、何としても着なれたるものは心よきものなり、新しきものはどこやら着心あしければ、もとの古衣に着かへむために返りたりとて、やがてかの帷子をぬぎ、もとの垢つきたるものに着かへ、あとをも見ず出行きぬ。ここにおきてあるじも始めて道人なる事を感じ、このものがたりしてたふとみけるとぞ。

俳諧の心を語る事
姫路に寓居しておはせし頃、久しく俳諧の席へ出ず、うち籠りて居侍りけるを、或人いふやう、此程は何とて俳諧の交りしたまはざる、今宵は誰が亭にて俳諧あり、いざさせ給へかしとすゝめければ坊うちわらひ、をかしき事をいふ人かな、我は俳諧師なり、さあれば日いでて起き、日入りて休らふ、喫茶餐飯行往座臥共に皆俳諧なり、それを外に俳諧せよとは何事ぞや。さやうのことは俳諧と常とかはりたる人にこそ勧むべき業なれといはれければ、其人且恥ぢ且歎じて還りけるとぞ。

娘市上に父惟然坊に逢ふ事
坊風狂しありくのちは娘のかたへ音信もせず。ある時名古屋の町にてゆきあひたり。娘は侍女下部など引連れてありしが、父を見つけて、いかに何処にかおはしましけう、なつかしさよとて、人目もはぢず乞丐ともいふべき姿なる袖に取付きて歎きしかば、おのれもうちなみだぐみて、
両袖にたゞ何となく時雨かな
と言捨てゝ走り過ぎぬとなむ。

娘父を慕ひ都に登る事並娘薙髪の事
娘父に逢はまほしくおもふ心明くれ已まざりけるを、ある時父都に在りと聞て、いそぎ都に登り、書肆橘屋何がしの家は、諸国の風客いりつどふ処なれば、此家にゆきて問はゞ、父の在家もしらるべければとて、ゆきてあるじに逢ひていふやう、みづからは惟然坊といふものの娘にて侍る、父風雲の身となりてより、たえて音信なかりしを、さいつ頃ある街にてふと行逢ひ侍りていとうれしく、近くよりて過ぎこし程の事いひ出でむとし侍りしほどに、かきけすごとく遁れ隠れて、影だにみえず侍りつれば、いはむかたなく打歎きつゝ日数過しつるほどに、此ごろ都におはする由風のたよりに承りて、取るものもとりあへず、はるばる登り侍りぬ。父の在家知り給はゞ逢はせ給へ、いかで〳〵」と泣く〳〵言出づれば、うちうなづきて、げにことわりなりけり、さらば尋ね求めて逢はせ参らせむとて、彼方こなたかけあるきつゝ、からうじて坊がありか尋ねあたりて、かくてしか〴〵のよしかたりければ、坊とかうの返事なく、硯とり出て、墨すり流し、かゝる画かきて、うへにほ句書ていふやう、あふべきよしなし、此一片の紙を与へて還したまひてよとて投出しつゝ、かくて其身は雪の越路の冬ごもりこそ好もしけれとて、うち立たむとしけるを、袖をひかへて引とゞむれど、ふりはなちて草鞋さへはかずして、越路をさして走りゆきぬ。橘屋何がしほいなく思ひけれど、せむすべもなく、かのかいつけたるを持て帰り来て、ありしことのよしを語りければ、むすめはたゞふしにふして泣きけり。あるじも共に涙にかきくれけるを、やゝありて娘頭を擡げていふやう、かくまで清き御こゝろを強ひて慕ひまゐらするは、わが心匠のつたなきなり、これぞ我身にとりてこのうへ無きかたみなるとて懐にいれて、いとねもごろにあるじに暇乞して、父のふるさとこそ恋しけれとて、関の里へかへり、みづから髻をはらひ、幽閑なる山陰の竹林に草の庵をむすび、かの都よりもて帰りたるを一軸となして、明暮父に事ふる心にして、かの一軸をぞかしづきける。坊かゝるよし越路にて聞て、遽に馳せ帰りて、かく染衣の身となりぬれば、過ぎこし方の物語し、一椀の物をも分けつゝ食ひて、ともに侘住居せむと、心うちとけて、多年の思一時にはらし、かくて弁慶庵といふ額を自ら書て懸けつゝ、此庵の名としぬ。【調度七つをもて明暮の弁用とするゆゑとぞ】
さるを一とせもたゝざるうちに、又風雲の心おこりて、風羅念仏を歌ひ、浮れて走り出ぬ。かくて播磨国姫路の里は、親しき友多ければ、尋行てこゝに足とゞめしを、日あらずして病して終に姫路にて身まかりぬとぞ。

 

追加

  南部に年を越して
まづ米の多い処で花の春
鴬のうす壁もるゝ初音かな
下萌もいまだ那須野の寒さかな
宵闇も朧に出たりいでて見よ
飛て又みどりに入るや松むしり
  山中に入湯して
ここもはや馴れて幾日の蚤虱
  惟然坊は枕のかたきを嫌はれしか、故郷へ帰るとて草庵を訪れける、なほいまだ遠き山村野亭の枕に如何なる木のふしをか侘びむと
木枕の垢や伊吹にのこる雪 丈草
  かへし
うぐひすにまた来て寝ばや寝たい程
行く春や寝ざめきたなき宵の雲

ほととぎす二つの橋の淀の景
  ただ物はもてなすべき美悪を知らむにこそ、その愛する心のすがたも別るゝにあめれ、あるじ雪下風人は淵明が菊にならひ、宗祇の朝がほをもおもはるゝ草々花の籬中ながら、とくに蘭にありもはらならむ。古人もあわたゞしからぬ匂の一間へだつるに、なほ〳〵なればことにとぞ、草中に入て其香をしらず、知らざるにより其談無味をしられつる、にほひなほうす〳〵としてうす〳〵しからぬも、又風雅の友にこそ
すんこりとなほなる蘭かことに月
磯際の浪に啼きゐるいとゞ哉
夜あらしに尻吹きおくれ峯の鹿

しぐれけり走り入りけり晴れにけり
彦山の鼻はひこ〳〵小春かな
長いぞや曽根の松風寒いぞや
山茶花や宿々にして杖の痩
しめなほす奥の草鞋や冬の月
名とりとの二つ三つ四つ早梅花仙
  花柚押
  ゆべし〳〵汝そよ、ある園に生し実の経山寺の会下となり、味噌にあらぬ華衣
晩方の声や砕くるみそさゝい
ゆつたりと寝たる在所や冬の梅
  贈杜国
笠の緒に柳綰ぬる旅出かな
古沓や老の旅出のひろひ物
  相国寺にて
鴬に感ある竹のはやしかな
山頭月掛雲門餅
屋後松煎超州茶
仏法は障子のひき手峰の松
火打袋にうぐひすの声
  これこれを以て俳譜の変化を知るべし

  煙草のまぬ傾城と菓子食はぬ俳諧師は少なきものなり
ちり枝や鶯あさる声のひま

再追加

ふみわける雪が動けばはや若菜
  深更
寝られぬぞ未だ寒さの梅の花
  深川庵
思ふさま遊ぶに梅は散らば散れ
磯際を山桃舟の日和かな

  奈良の高僧供養に詣でて、片ほとりに一夜をあかしけるに、明けて主に遺すべき料足もなければ、枕元の唐紙に名処とともに書捨てゝのがれ出侍る
短夜や木賃もなさでこそばしり
  故郷の空を眺めやりて
あれ夏の雲また雲のかさなれば
  弁慶庵盆の賀
茶の下に真菰はくべて裸粽
  越中に入る
ゆりいだす緑の波や朝の風
かろ〴〵と荷を撫子の大井川


初秋をもてなすものや燕の羽
待宵や流浪の上の秋の雲
またいつと寄占のはたや秋の風
  もゝ島の浦は村上近き所にて有明の浦ときけば
月に鳴くあれは千鳥か秋の風
  湯殿山にて
日の匂ひいたゞく秋のさむさ哉
松島や月あれ星も鳥も飛ぶ
  象潟にて
名月や青み過ぎたるうすみ色
  酒田夜泊
出て見れば雲まで月のけはしさよ
  元禄八年の秋西海の覊旅思立ち月に吟じ雲に眠りて九月一日崎江十里に落付たる
朝霧の海山うづむ家居かな
七夕やまだ越後路の這入りぞめ
行く雁の友の翼や魚の棚
風に名のあるべきものよ粟の上
粟の穂をこぼしてこゝら鳴く鶉
夕暮れて思ふまゝにも鳴く鶉
  羽黒山に僧正行尊の名ありけるに里人に案内せられて
豆もはやこなすと見れば驚かれ
  芭蕉翁の伊賀へ越し給ふを洛外に送りて
まづ入るや山家の秋を稲の花
時を今渡るや鳥の羽黒山
  伊丹の鬼貫を尋ねし時
秋晴れてあら鬼貫の夕べやな


刈りよする蔦の枯葉や雪の朝
雪をまつ家なればこそ有りのまゝ
銭湯の朝かげ清き師走かな
春かけて旅の寓《ヤドリ》や年忘
  奥の細道
萩枯れて奥の細道どこへやら


曙庵道人我関里に来給ひて、一日惟然坊が旧庵に遊び、道人坊が人となり、坊の吟詠をよく覚え、詳に語りてのたまふやう、惟然以前惟然なし、惟然以後惟然なし、前後その風調を似せさせず、誠に俳家に二なき風骨なりと歎美し給ふ。けふ庵につどへるものそれを喜び、それを慕ひて、とりあへず道人の筆労をかりて此集なりぬ
秋香亭 巴圭

奇哉鳥落人之為人也、奇而不自知其奇。身江壑焉。句々愈出愈奇。顧是古今
風騷之一人、而遊方之外者也。宜矣、世無知其為奇人、秋挙道士多年悲之、遂集其嘗跋渉所拾之句、欲上木以公于世、鳴嘑可謂勤矣。其詳朱樹先生既述之、小子又何贅。

文化壬申花朝前一日 三河 宍戸方鼎 併書

文化九壬申歳春三月