269きさらきのはつかあまり南殿のさくらの宴せさせ給后春宮の御つほね左右にし1てまうのほりたまふ弘徽殿の女御中宮のかくておはするを折ふしことにやすか2らすおほせとものみにはえすくし給はてまいり給日いとよくはれて室のけしき3鳥のこゑも心ちよけなるにみこたちかむたちめよりはしめてその道のはみなた4むゐむ給はりてふみつくり給ふ宰相中將春といふもし給はれりとの給ふこゑさ5へれいの人にことなりつきに頭中將人のめうつしもたゝならすおほゆへかめれ6といとめやすくもてしつめてこはつかひなともの/\しくすくれたりさての人7/\はみなをくしかちにはなしろめるおほかり地下の人はましてみかと春宮の8御さえかしこくすくれておはしますかゝるかたにやむことなき人おほくものし9給ふころなるにはつかしくはる/\とくもりなきにはにたちいつるほとはした10なくてやすき事なれとくるしけなりとしおいたるはかせとものなりあやしくや11つれてれいなれたるもあはれにさま/\御らんするなむおかしかりけるかくと12もなとはさらにもいはすととのへさせ給へりやう/\入日になるほと春の鶯さ13へつるといふまひいとおもしろくみゆるに源氏の御もみちの賀のおりおほしい14
270てられて春宮かさしたまはせてせちにせめのたまはするにのかれかたくてたち1てのとかにそてかへすところをひとをれけしきはかりまひ給へるににるへきも2のなくみゆ左のおとゝうらめしさもわすれて涙をとし給ふ頭中將いつらおそし3とあれは柳花苑といふまひをこれはいますこしすくしてかゝる事もやと心つか4ひやしけむいとおもしろけれは御そ給はりていとめつらしき事に人をもへりか5むたちめみなみたれてまひ給へと夜に入てはことにけちめもみえすふみなとか6うするにも源氏の君の御をはかうしもえよみやらすくことにすしのゝしるはか7せともの心にもいみしうおもへりかうやうのおりにもまつこの君をひかりにし8たまへれはみかともいかてかをうかにおほされん中宮御めのとまるにつけて春9宮の女御のあなかちににくみ給らむもあやしうわかかうおもふも心うしとそみ10つからおほしかへされける11おほかたに花のすかたをみましかは露も心のおかれましやは御心のうちな12りけんこといかてもりにけむ夜いたうふけてなむことはてける上逹部をのをの13あかれ后春宮かへらせ給ひぬれはのとやかになりぬるに月いとあかうさしいて14
271ゝおかしきを源氏の君ゑい心ちにみすくしかたくおほえ給ひけれはうへの人 1/\もうちやすみてかやうに思ひかけぬほとにもしさりぬへきひまもやあると2ふちつほわたりをわりなふしのひてうかゝひありけとかたらふへきとくちもさ3してけれはうちなけきてなをあらしに弘徽殿のほそとのにたちより給へれは三4のくちあきたり女御はうへの御つほねにやかてまうのほり給にけれは人すくな5ゝるけはひなりおくのくるゝともあきて人をともせすかやうにて世中のあやま6ちはするそかしと思ひてやをらのほりてのぞき給人はみなねたるへしいとわか7うおかしけなるこゑのなへての人とはきこえぬおほろ月夜ににるものぞなきと8うちすしてこなたさまにはくるものかいとうれしくてふと袖をとらへたまふ女9おそろしと思へるけしきにてあなむくつけこはたそとの給へとなにかうとまし10きとて11ふかき夜のあはれをしるも入月のおほろけならぬ契とそおもふとてやをら12いたきおろしてとはをしたてつあさましきにあきれたるさまいとなつかしうお13かしけなりわなゝく/\こふに人とのたまへとまろはみな人にゆるされたれは14
272めしよせたりともなむてう事かあらんたゝしのひてこそとの給ふこゑにこのき1みなりけりときゝさためていさゝかなくさめけりわひしとおもへるものからな2さけなくこわ/\しうはみえしとおもへりゑい心ちやれいならさりけむゆるさ3ん事はくちおしきに女もわかうたをやきてつよき心もしらぬなるへしらうたし4とみ給ふにほとなくあけゆけは心あはたゝし女はましてさま/\におもひみた5れたるけしきなり猶なのりしたまへいかてきこゆへきかうてやみなむとはさり6ともおほされしとの給へは7うき身世にやかてきえなはたつねても草のはらをはとはしとやおもふとい8ふさまえむになまあきたりことはりやきこえたかへたるもしかなとて9いつれそと露のやとりをわかむまにこさゝかはらにかせもこそふけわつら10はしくおほす事ならすはなにかつゝまむもしすかい給ふかともいひあへす人11/\おきさはきうへの御つほねにまひりちかふけしきともしけくまよへはいと12はりなくてあふきはかりをしるしにとりかへていて給ひぬきりつほには人/\13おほくさふらひておとろき淀るもあれはかゝるをさもたゆみなき御しのひあり14
273きかなとつきしろひつゝそらねをそしあへるいり給ひてふし給へれとねいられ1すおかしかりつる人のさまかな女御の御おとうとたちにこそはあらめまた世に2なれぬは五六の君ならんかしそちの宮の北の方頭中將のすさめぬ四の君なとこ3そよしときゝしかなか/\それならましかはいますこしおかしからまし六は春4宮にたてまつらんと心さし給へるをいとおしうもあるへいかなわつらはしうた5つねむ程もまきらはしさてたえなむとはおもはぬけしきなりつるをいかなれは6ことかよはすへきさまをゝしへすなり漁らんなとよろつにおもふも心のとまる7なるへしかうやうなるにつけてもまつかのわたりのありさまのこよなうおくま8りたるはやとありかたふおもひくらへられ給ふその日は後宴の事ありてまきれ9くらしたまひつさうのことつかうまつり給きのふの事よりもなまめかしうおも10しろしふちつほはあかつきにまうのほり給にけりかのありあけいてやしぬらん11と心も室にておもひいたら漁くまなきよしきよこれみつをつけてうかゝはせ給12けれはおまへよりまかて給ひけるほとにたゝいま北のちんよりかねてよりかく13れたちて侍つる車ともまかりいつる御かた/\のさと人侍へる中に四位の少將14
274右中弁なといそきいてゝをくりし侍へるや弘徽殿の御あかれならんとみ給へつ1るけしうはあらぬけはひともしるくてくるまみつはかり侍つときこゆるにもむ2ねうちつふれ給ふいかにしていつれとしらむちゝおとゝなときゝてこと/\し3うもてなさんもいかにそやまた人のありさまよくみさためぬほとはわつらはし4かるへしさりとてしらてあらんはたいとくちおしかるへけれはいかにせましと5おほしわつらひてつく/\となかめふし給へりひめ君いかにつれ/\ならんひ6ころになれはくしてやあらむとらうたくおほしやるかのしるしのあふきはさく7らかさねにてこきかたにかすめる月をかきて水にうつしたる心はへめなれたる8事なれとゆへなつかしうもてならしたりくさのはらをはといひしさまのみ心に9かゝり給へは10世にしらぬ心ちこそすれ有明の月のゆくゑをそらにまかへてとかきつけ給11ひてをき給へりおほいとのにもひさしうなりにけるとおほせとわか君も心くる12しけれはこしらへむとおほして二条院へおはしぬみるまゝにいとうつくしけに13おひなりてあいきやうつきらう/\しき心はえいとことなりあかぬ所なうわか14
275御心のまゝにをしへなさんとおほすにかなひぬへしおとこの御をしへなれはす1こし人なれたる事やましらむとおもふこそうしろめたけれ日ころの御ものかた2り御ことなとをしへくらしていて給ふをれいのとくちおしうおほせといまはい3とようならはされてわりなくはしたひまつはさすおほいとのにはれいのふとも4たいめんしたまはすつれ/\とよろつおほしめくらされてさうの御ことまさく5りてやはらかにぬる夜はなくてとうたひ給おとゝわたり給ひて一日のけふあり6し事きこえ給ふこゝらのよはひにてめいわうの御代四代をなんみ侍ぬれとこの7たひのやうにふみともきやうさくにまひかくものゝねともととのほりてよはひ8のふる事なむ侍らさりつる道/\のものの上手ともおほかるころをひくはしう9しろしめしとゝのへさせ給へるけなりおきなもほとほとまひいてぬへき心ちな10んし侍しときこえ給へはことにとゝのへおこなふ事も侍らすたゝおほやけ事に11そしうなるものゝしともをこゝかしこにたつね侍しなりよろつのことよりは柳12花苑まことにこうたいのれいともなりぬへくみたまへしにましてさかゆくはる13にたちいてさせ給へましかは世のめんほくにや侍らましときこえ給ふ弁中將な14
276とまいりあひてかうらむにせなかをしつゝとり/\にものゝねともしらへあは1せてあそひ給ふいとおもしろしかのありあけの君ははかなかりし夢をおほしい2てゝいとものなけかしうなかめ給ふ春宮には卯月はかりとおほしさためたれは3いとわりなうおほしみたれたるをおとこもたつね給はむにあとはかなくはあら4ねといつれともしらてことにゆるし給はぬあ元りにかかつらはむも人わるくお5もひわつらひ給ふにやよひの廿余日右大殿のゆみのけちにかむたちめみこたち6おほくつとへ給てやかてふちの宴し給ふ花ざかりはすきにたるをほかのちりな7むとやをしへられたりけむをくれてさくさくらふた木そいとおもしろきあたら8しうつくり給へる殿を宮たちの御もきの日みかきしつらはれたりはな/\とも9のし給殿のやうにてなに事もいまめかしうもてなし給へり源氏の君にも一日う10ちにて御たいめんのついてにきこえ給しかとおはせねはくちおしうものゝはえ11なしとおほして御この四位の少將をたてまつりたまふ12わかやとの花しなへての色ならはなにかはさらに君をまたまし内におはす13るほとにてうへにそうし給ふしたりかほなりやとわらはせ給てわさとあめるを14
277はやうものせよかし女みこたちなともおいいつる所なれはなへてのさまには思1ましきをなとの給はす御よそひなとひきつくろひ給ていたうくるゝほとにまた2れてそわたり給さくらのからのきの御なをしえひそめのしたかさねしりいとな3かくひきてみな人はうへのきぬなるにあされたるおほきみすかたのなまめきた4るにていつかれいりたまへる御さまけにいとことなり花のにほひもけおされて5なか/\ことさましになむあそひなといとおもしろうし給て夜すこしふけゆく6程に源氏のきみいたくゑいなやめるさまにもてなし給てまきれたち給ひぬしむ7殿に女一宮女三宮のおはしますひむかしのとくちにおはしてよりゐたまへりふ8ちはこなたのつまにあたりてあれはみかうしともあけわたして人/\いてゐた9りそてくちなとたうかのおりおほえてことさらめきもていてたるをふさはしか10らすとまつふちつほわたりおほしいてらるなやましきにいといたうしひられて11わひにて侍りかしこけれとこのおまへにこそはかけにもかくさせ給はめとてつ12まとのみすをひきゝたまへはあなわつらはしよからぬ人こそやむことなきゆか13りはかこち侍なれといふけしきをみ給ふにおも/\しうはあらねとをしなへて14
278のわかうとともにはあらすあてにおかしきけはひしるしそらたきものいとけふ1たうくゆりてきぬのをとなひいとはなやかにふるまひなして心にくゝをくまり2たるけはひはたちをくれいまめかしき事をこのみたるわたりにてやむことなき3御方/\ものみ給とてこのとくちはしめたまへるなるへしさしもあるましき事4なれとさすかにおかしうおもほされていつれならむとむねうちつふれてあふき5をとられてからきめをみるとうちおほとけたるこゑにいひなしてよりゐたまへ6りあやしくもさまかへけるこまうとかなといらふるは心しらぬにやあらんいら7へはせてたゝとき/\うちなけくけはひするか元によりかゝりてき丁こしに手8をとらへて9あつさゆみいるさのやまにまとふ哉ほのみし月のかけやみゆるとなにゆへ10かとをしあてにのたまふをえしのはぬなるへし11心いるかたならませはゆみはりの月なき空にまよはましやはといふこゑた12ゝそれなりいとうれしきものから13
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