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亡命成功記念の夜

 その日は、記念すべき日だった。

「それじゃ、全員無事を祝して乾杯っ!」
「「「かんぱ~い」」」

 藩王代理雨中正人の声と共に、一斉に声が上がる。
 亡命無事達成記念、と銘打たれた大宴会。明日も知れぬ身の集まり。
先に落ち着いた場所の地理も分からず、隣国との関係も未だ不明なまま。
不安だらけの暗闇の中で、国民達は宴を開いた。
 笑い声と談笑が交じり合い、未だ整備の終わらぬ街角。暗闇の中での焚き火。
ほろ酔い気分を、冷たい風が癒していく。此処までは緊張の連続で、
とても気を抜けなかった。各国から現れた脱藩支援者は数多く、
亡命成功後もジェントルラット藩国を見守ろうとする者も多かった。


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 焚き火から少し離れた場所に、わんちょべは1人静かに星を眺めていた。
背後からの足音に顔を向ければ、そこには吉沢葉月の姿。

「おっと、邪魔しちゃった?」
「構いませんよ。星を見てただけだから」
「仕事だったかな?」
「いや、なんとなくです。此処は、わんわんと見える星が違うような気がして」
「そんなに変わるものなのかな? なんだか質問ばっかだけど」
「空には人の思いが昇ると聞いた事があります。国が違えば、見えるものも違うと
思って」
「なるほど」
「吉沢さんはどうして此処に?」
「うん? 皆が酒飲んでるから周囲の見回り。こーやってはぐれてる奴見つけたり
とか」
「あちゃ、それはすいませんでした」
「好きでやってる事だからいいさ。見回りと宴、両方一気に楽しめる性質なんだ。
どうにも片方だけに集中はできなくてね」
「それは便利なのか難儀なのかよく分からない性質ですね」
「まったくだ」

 2人は笑った。此処は静かで、宴の音だけが騒がしい。こういう日が続けばいい
のに、と心に思いながら。


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 宴の会場では、いつもの3人が賑やかしとして周囲を沸かせていた。
方向音痴のキルリアナ、自称ダメ人間のたらら、そして地下施設に浪漫を持つ男、
かまくら丸である。

「やっぱり、今度の施設も地下に作ろう。是非地下に。頑張って穴掘っちゃうし」
「今度はどうかなぁ。勝手に掘ると怒られそうじゃない? んな事無いかな?
 ……あー酒無くなった。キリア、お代わりまだー?」
「はいはいはーい。ただ今すぐにー……って、たららさんどこーっ!?」
「迷うなよっ! こっからそこまででっ! 20mも無いから!」
「ほら、こういうおっちょこちょいな人でも、地下道さえあれば一気に……」
「一本道の地下道作ってどうするんだよっ! キリア専用かっ!?」
「たららさーんっ!? 声はすれども姿は見えず。はっ!? 妖怪っ!? 妖怪に
なってしまったっ!?」
「違うからっ! キリア後ろ後ろーっ!」
「くるっと回ってターンレフト。何これ、ちょっと面白ーい。頭がぐらぐらして世
界が回っている~」
「危なっ」
「大丈夫だ。こけない」
「どこにそんな根拠があるんだ?」
「俺の直感。よく当たる」
「信じられるかーっ! キリアが転んだら、貴重な酒が無駄になる。ええい。動く
のは面倒だが仕方が無い。そこを動くなよキリアーっ!」
「うぃー」

 キルリアナは回転速度を増し、やがてふらついて転びそうになった。たららはそ
れを支えようと手を伸ばし、かまくら丸の言った通りにキルリアナは転ばなかっ
た。が、代わりにたららという尊い犠牲が出ていた。
 酒が無事だったから、由としていたたらら。ダメ人間という割に人間が出来てい
た。

「……大丈夫かな? たららさん」

 ふう、と一息入れたのは、炊き出しの仕事を終えたばかりの片羽絞めだった。
宴を開く、と言われたのが夕方前。それからはもう忙しいばかり。全員にコップと
食料を配分し、お代わりをよそい、ようやく一息が入れられたという状況だった。
 最後に酒のお代わりを取りに来たキルリアナがくるくると回り、たららが見事に
目の前でずっこけていた。
 次の用意は応急処置用の絆創膏か、とごそごそと道具を探す辺り面倒見の良い人
であった。


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 宴の一角、人だかりが出来ていた。NOISが持ち出した自前の荷物。トランプ
を使って単純な賭場を開いていたからだ。
 誰が勝ち続ける、というものではなく、皆でワイワイと行うアットホームなもの
で、配給された食べ物の中で嫌いな物などを寄せ合っていた。

「さぁさ、これ以上賭ける奴はいないかい? あいあむも出血大サービスだ。今度
はこの秘蔵のエビフライを賭けようじゃないか」
「乗ったっ!」

 いの一番に声をあげたのは、元気一杯のスーパー万能メイド候補、舞花だった。
この女性、自らの目的の為に修行を続けていたにも関わらず、その全てを投げ打っ
て自身の正義に身を委ねたという漢らしい女性である。

「私も……エビフライ欲しいんで、賭けます」

 おずおずと手を上げて主張したのは、深山ゆみである。緊張によるぐるぐるを慢
性的に体験している女性だが、その中でも自身に出来る最大の努力を惜しまぬとい
う一面を持っていた。

「ありゃりゃ。あいあむのエビフライは一本だけなんだけどな。これじゃ賭けが成
り立たない。誰かこっちに乗る奴はいないかーい?」
「じゃあ、アタシが乗ろうか」
「お。さすがはクロさん。いつかバトルメードになれた女っ!」
「なれた、じゃなくていつか成るのっ!」
「なんだなんだ。メイドさんが居るんじゃあ、こっちに付かない訳にはいかない
な」
「……メイドじゃなくて、メードなんだけど」
「どっちだって一緒でいいっ! いいものはいいからなっ!」
「こ、濃いなぁ」
「では、私はこの仮面を賭けよう!」
「「「「いや、いらねーから」」」」

 最後に仮面を賭けたのは、ダースだった。そして、その場に居た全員から一斉に
ツッコミを受けた。一番美味しい所を狙っていたようだ。侮れない人物である、と
再評価を下す者も居た。
仮面の下で、ほくそ笑むダースの顔が想像出来たからである。

 クロと呼ばれた女性も、後から加わったメイド好きのシュワという男性も、自ら
の藩国から脱藩して亡命に参加した人物である。
というよりも、今此処で賭けに興じて居る連中は皆、脱藩してジェントルラットの
亡命を手助けしに来た者達だった。
 皆それぞれ信じる正義があり、それを黙って見過ごす事が出来ない人々だった。

「ありゃま、今度は向こうさんが少なくなっちゃったね。えーと、誰かー?」
「じゃあ、僕も混ぜてもらおうかな」
「お、ノリが分かってる……って雨中藩王!?」

 その場に居た全員が驚きの表情を見せた。あくまで新参であり、外様であった自
分達は望んで此処に固まっていた。
それは、疲労続きだったであろう国民に余計な気遣いをさせぬ為であったが、その
代表であった藩王が此処に居る。
どういう訳か? といぶかしんでいると、雨中正人は口を開いた。

「そんな不思議そうな顔しないで下さいよ。皆さんに僕達はとても感謝しているん
です。まずはその事を伝えようと思って」
「誰もお礼を言われる様な事はしてませんよ」
「自分の正義に従っただけです」
「困った時はお互い様だし……」
「勝手に恩に着られても困るわなぁ」
「……」

 皆がそれぞれの反応を返した。誰1人として恨み言や褒章の約束を願い出ない。
好きに自分がやった事、という認識を
本人達がこれでもかという程自覚していたからだ。そんな脱藩組を見て、雨中正人
は笑顔で言った。

「そうですか。それじゃあ、こちらも遠慮する事は無いですね。この一勝負が終わ
ったら、皆あっちの輪に加わってもらいますよ。
何せ同じ釜の飯を食べる藩民なんですから。1日も早く慣れてもらって、一緒に建
国という物語を作りましょう。後一緒にスイトピー様を
崇拝してもらいます」

「「「「はーい。でも後ろのはちょっとっ!?」」」」
「いい返事です」
「それじゃ、まずはこの勝負ですね。いきますよー? コールッ!」
「「「「「コールッ!!」」」」」

 勝負の結果は、歓声によって応えられた。
 脱藩し、亡命を手助けしてきた人々が、藩民となった、特別な夜の出来事であっ
たとさ。