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ある日の藩王


わんわん帝国どころかアイドレス屈指の弱小国であるジェントルラット藩国。
一応自覚はあり、戦時動員が発生するよりも前から資金集めの機会があればなるべく参加する方針ではあった。

しかし、まぁ国民が少ないために成果も少ない。冒険も運悪くアイドレスに合った物が無い。等の理由によって余り上手くは行っていなかった。
それでも、何と賛辞すべきか、藩民達は資金集めの為にアイドレスワールドを駆けずり回り、言葉を編んでいた。

この話はスイトピーが漂着するよりもほんの少し前の事である。

ジェントルラットは一日中部屋に篭って只管に事務作業をしていた。
ふと、ペンが止まった。部屋の隅にある柱時計を見るジェントルラット。
そして口を開いた。作業を始めてからずっと続いていた沈黙が始めて破られた。

「そろそろ儀式の時間です」

儀式とは当然日課のスイトピー召喚儀式である。
ずっと藩王が仕事から逃げないか見張っていた星見司にして吏族、わんちょぺは怯まず無表情に即答した。

「仕事を終らしてからどうぞ」

わんちょぺはこの人物を止めることなど出来ない事はよく分かっている。
この言葉は、ならばせめて何とかその凄まじい勢いを弱めんとする挑戦であった。

ジェントルラットはほんの一瞬わんちょぺを睨むと、鷹が獲物を獲る様に素早くペンを握り直し、そして再び書き始めた。
心なしか、いや実際に、作業速度はかなり上昇しているようだった。
通常の三倍以上の速度で魔法のように作業が片付いていく。

わんちょぺはこの小さな勝利を心の奥で噛締めた。

ジェントルラットは事務作業を見事ほんの数分で終らせてしまった。
パチンと思い切り音を立ててペンを置くジェントルラットはフッと小さく笑ってゆっくりと立ち上がった。顔は何処か自信に満ち溢れていた。

「これで終りました。では儀式に」

ジェントルラットが美しく礼をしてからそう言うと、わんちょぺは不敵にニヤリと笑った。
わんちょぺは引こうとしなかった。このジェントルラットが限界を超えて仕事を処理するチャンスを利用して大量の仕事やらせる事を考え付いていた。

「まだ仕事がありますよ。次は宰相府に送る物語の作成をお願いします」

その言葉はまるで石化の呪いの様な効果をジェントルラットに齎した。
ジェントルラットは沈黙と共に完全に停止。ピクリとも動かない。わんちょぺの顔をただ見つめるだけである。わんちょぺはその視線にただ愛想笑いして、さぁ仕事を、とだけ小さいが良く通る声で言った。

暫くの合間の後、ジェントルラットは動き出してゆっくりと椅子に座りなおし、しぶしぶペンを握った。
そして手元が見えないほどの速度で物語を綴り始めた。

わんちょぺの心の中では二連勝記念で万歳三唱である。

2時間丁度の後。ジェントルラットは流石に何時もよりも疲れたのだろうか、ふらふらとペンを置いた。そのまま机に倒れこんだのだが、数秒と経たない内に唐突に起き上がり、正しく雷鳴の如き勢いと速度を以って扉へ向かった。

しかし所詮は狭い部屋での事。わんちょぺは慌てず余裕を持ってジェントルラットの前に立ち塞がった。

ジェントルラットはイライラして叫んだ。

「書き終りました!今度こそ儀式に行きます!」
「物語は数があればあるほど良いでしょう。藩国のためです」

何度目かの沈黙が部屋を満たす。その状態にわんちょぺは先程と同じ様な勝利を予感した。
沈黙の中、先に動いたのはジェントルラットだった。
ジェントルラットは唐突に窓の方へ向かい、素早く鍵を外して力強く窓を開いた。
外は雪は降っていなかった物のかなりの寒さ、勢いのある冷気の風が音を立てて部屋に侵入してきた。

「嫌がらせですか?」

わんちょぺがそう聞くと、外を見ていたジェントルラットは振り向いて、違う、と言って満面の笑みを浮かべた。それ以外は何も言わず、窓から身を乗り出し、外に飛んだ。

…この部屋は四階にある。わんちょぺは驚いてすぐ窓に身を乗り出して下を見た。

ジェントルラットは偉く芸術的に着地していた。採点があれば満点を付けられていただろう。
ジェントルラットはわんちょぺの方を向いて高笑いすると何か意味不明な歌を歌いながら湖の上を走っていった。

その様子をわんちょぺはぽかんと口を開けて眺めていた。そして湖の向こうで見えなくなるジェントルラット。わんちょぺは盛大に笑い、叫んだ。

「・・・そうか愛の力!、愛の力なんだな!」

…なんだか壮絶によく分からない言葉だったが、その言葉が響き渡った空はとても澄んでいて綺麗だった。