@iori_ta さんによるスピンオフ。コ-スケさんによる朗読もぜひお聴きください。

 僕のような人間が彼女の側にいる、その事を疑問に思う人は少なくないだろうけど、それにはたった一つ明確な理由があった。僕はそれを運命と呼びたかったけれど、彼女はきっと「偶然だ」と笑うだろう。

 姫が生まれた日、我らが王は彼女には年の近い友人が必要だと考えた。裏切りを知らず、健やかで身元の明らかな子ども。斯くして王国に多くいる子どもの中から、王国第一騎士団団長の息子が姫の友人に選ばれた。王国第一騎士団は常に王族の方々をお守りする立場であったし、家柄も実力もお墨付き。だから、いくら団長の息子が平凡な子どもであろうとも、白羽の矢が立ったことはそれほど突拍子のない話ではなかったはずだ。

 その頃の幼い僕と言えば、父親の職業にそれほど興味があったとは言えず、むしろ家を空けがちであることに不満さえ抱いていた。戦争も起こらない平和な国がどのように保たれているのかも知らず、騎士団なんてお飾りだと思っていたのだ。

 だから“選ばれた”と聞いた時には腰が抜けるほど驚いた。王国の大切な大切な第一王女。たった一人選ばれた友人が僕。  僕はその時まだ姫の瞳の色さえ知らなかったけれど、それでようやく自分の父親がどれだけ素晴らしい人なのかを知り、そして第一騎士団の団長が父であることは、僕にとっての最初の幸福だったと理解した。

 他の子どもが立ち入ることの出来ない城内を駆け回り、美味しくて美しい食事をとって、聞いたこともないくらい遠くの物語を聞く。彼女との日々は、喜びに満ちていた。

 姫と僕は平和な国の中であらゆる物に護られながらすくすくと成長した。

 背が伸びて、体つきがよくなって。そうしていく内に、幼い頃は曖昧にされていた彼女との差は誰の目にも明らかな物になっていく。背の高さや声の低さといった、分かりやすい性別の差だけではない、もっと、深い谷のようなそれ。

 煌びやかで質の良いドレスに身を包んだ彼女が、まだ僕を振り返って名前を呼んでくれる。朝起きてそれを確認するまでの僕の気持ちを、彼女は永遠に知ることがない。


 姫の求心力は、当然のことながら僕に限って働く物ではなかった。幼なじみであるというひいき目を無しにしても、彼女は特別な存在だった。

 美しい見た目と、それに見合った清らかな心。品のある笑顔と、凜とした声。国の未来を見つめる眼差しはいつもキラキラと輝いていて、この国がいつまでも豊かであることを心から願っていた。

 そんな姫を慕わない人間などこの国には存在しない。世継ぎを生めなんて下品な言葉も、姫が成長するにつれて消えていった。彼女が王位を継がなくて、一体他の誰がこの国のトップに立てるだろう。誰をも納得させられる力を姫は生まれながらに持っていた。


 幼なじみがそんな存在であることは、僕にとって良い影響だったようだ。

 彼女の横に並んでも、遜色ない存在でありたい。僕はそのために毎日必死で訓練を受けた。村の友達に誘われてもそれを全て断って剣を握った。結果として姫以外の友達が居なくなっても、それはそれで構わなかった。

 第一騎士団に入団したい。そう言った時、父は一瞬だけ複雑そうな顔をして、それからすぐに笑ってくれた。

「第一騎士団は実力者の集まりだ。俺の息子だからとか、姫のお気に入りだとかは一切通用しないぞ」

 いいか、分かったな? 父はそう言って念押しした。僕はそれに迷うことなく頷いた。そうでなくては意味がないと思った。

 彼女の特別であり続けたい。唯一でありたい。全てが欲しいなんて思えない。ただ近くに居られるだけでいい。僕の存在を、忘れないで居てくれるだけでいいから、そのための理由がひとつ、欲しかった。


 親の七光りで得た場所を、もう一度、僕が僕自身の手でつかめたら、その時は。







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最終更新:2016年02月28日 15:09