会心のドロップキックから着地し、シコルスキーは倒れている天内に目を向けた。反撃
してくる気配はない。注意深く接近すると、気絶していることが分かった。
「や……やってやったぜ……」
安堵と歓喜がわずかに灯り、どっと疲労が押し寄せる。あぐらをかくシコルスキー。
しかし、休んでばかりもいられない。テロリストのボスの討ったのだから、オリバや警
察に連絡し、処遇を託す義務がある。
ずっと寝ていたい気分を抑え、シコルスキーが部屋を出ようとドアを開ける。
すぐさまシコルスキーは、まだ自分が寝られないことを知った。外で控えていたボディ
ガードが、全員倒されている。死人はいないようだが、すぐに目覚めるようなやられ方で
もない。
思考が困惑し、加速する。
天内の仕業であるはずがない。ホテル内にまだテロリストが潜んでいるというのか。ゲ
バルたちは無事だろうか。
とにかくボッシュを連れたゲバルたちを捜すことが先決だ。
彼らの居場所の手がかり。シコルスキーは、シークレットサービスに化けていた天内が、
ボッシュにある『仕込み』をしていたことを思い出した。
してくる気配はない。注意深く接近すると、気絶していることが分かった。
「や……やってやったぜ……」
安堵と歓喜がわずかに灯り、どっと疲労が押し寄せる。あぐらをかくシコルスキー。
しかし、休んでばかりもいられない。テロリストのボスの討ったのだから、オリバや警
察に連絡し、処遇を託す義務がある。
ずっと寝ていたい気分を抑え、シコルスキーが部屋を出ようとドアを開ける。
すぐさまシコルスキーは、まだ自分が寝られないことを知った。外で控えていたボディ
ガードが、全員倒されている。死人はいないようだが、すぐに目覚めるようなやられ方で
もない。
思考が困惑し、加速する。
天内の仕業であるはずがない。ホテル内にまだテロリストが潜んでいるというのか。ゲ
バルたちは無事だろうか。
とにかくボッシュを連れたゲバルたちを捜すことが先決だ。
彼らの居場所の手がかり。シコルスキーは、シークレットサービスに化けていた天内が、
ボッシュにある『仕込み』をしていたことを思い出した。
真夜中のホテル駐車場。夜の闇をコンクリートが吸収し、不気味なほどに静まり返って
いた。
「順調だな、レッセン。まァ、こんなところが戦場になるはずもないが」
「はい、もっとも厄介な障害になると思われたアンチェインは謎の侵入者と交戦して負傷。
天内については予想外でしたが、彼のおかげで絶好のチャンスが生まれました」
「風は我々に味方にしているということだ」
「えぇ。……ところでボス、シコルスキーと天内、ボスはどちらが勝つと?」
「十中八九、天内だな。あの不可解な読心術を破らない限り、シコルスキーに勝ち目はな
い」
「なるほど。では勝って欲しいのは……?」
「………」
ゲバルは答えなかった。すると──
「き、君たち! わ、私を、どこへ連れて行くつもりかねっ!?」
レッセンの右肩に担がれたボッシュが、ゲバルに向かってわめき散らす。
「ミスターボッシュ。余り大声を出さないで欲しいな。気の短いレッセンが、アンタをコ
ンクリートに叩きつけちまうかもしれない」
ゲバルの陽気な脅しに、冷や汗を流すボッシュ。
「ボス、私は短気ではありませんよ。もっとも、あなたのご命令とあらば、この人を叩き
つけるくらい迷わず実行してみせますがね」
レッセンからも冷酷な眼差しを浴び、ボッシュは大人しく声量を落とす。
「ゲバル君、私は君たちを信頼してボディガードに任命したのだ。なのに、この仕打ちは
無礼すぎるのではないかね」
「ボッシュさん。ボスは一国の大統領、あなたと対等なのです。君呼ばわりは止めて頂き
ましょうか」
主君を見下された怒りから、レッセンの殺気が増す。非戦闘員であるボッシュに抗う術
はない。
「ゲ、ゲバル大統領……。この仕打ちは、無礼ではないかね……」
「安心したまえ、ミスターボッシュ。我々は天内の仲間ではないから、あなたを殺すつも
りなど毛頭ない。我々が米国(ステーツ)に対しささやかな要求を行う際、材料になって
くれるだけでいい。気楽だろ?」
「要求だと……? 君たちの悲願だった独立は認めてあげたじゃないか。これ以上、いっ
たい何を要求するというのかね」
これを聞いたゲバル。陽気な気配を消し去り、眉を吊り上げボッシュを睨みつける。
「独立する以前、君たちはどれだけ我が国から搾取してきた? 重税をかけ、資源を強奪
し、誇りさえも……。おかげで今も皆、死と隣り合わせの貧しい暮らしだ。返してもらい
たいんだよ……お宅から。色々とね」
「しかし……米国は断じて──」
「屈しないだろうね。君一人かっさらったくらいで動じるほど、合衆国ってのはバカじゃ
ない。でも忘れちゃいないかい? 米国各州には、俺の部下が二人ずつ配備されているっ
てことを」
独立運動時、ゲバルは自ら鍛え上げた精鋭を、全米に送り込んでいた。単独、しかも素
手でハイジャックや原子力発電所の奪取が可能だという彼らの存在は、ゲバルの故郷の独
立を大きく後押しした。
「しかも、天下の米国大統領が、ちっぽけな島の掌中にされちまっている……。俺たちの
出方次第じゃ、地球規模で騒がれることになるだろうぜ。俺とアンタは対等じゃない。上
なんだよ、小ィ~さな島の方がね」
米国の敗北。どう足掻いても無駄だと悟り、ボッシュは言葉を紡ぐ気力すら失ってしま
った。
「ようやく諦めてくれたようだ。レッセン、楽しいドライブを始めようか」
「お待ちを」
突然現れた気配に、首を向けるゲバルとレッセン。立っていたのは一人の武術家。
──猛毒、柳龍光。
いた。
「順調だな、レッセン。まァ、こんなところが戦場になるはずもないが」
「はい、もっとも厄介な障害になると思われたアンチェインは謎の侵入者と交戦して負傷。
天内については予想外でしたが、彼のおかげで絶好のチャンスが生まれました」
「風は我々に味方にしているということだ」
「えぇ。……ところでボス、シコルスキーと天内、ボスはどちらが勝つと?」
「十中八九、天内だな。あの不可解な読心術を破らない限り、シコルスキーに勝ち目はな
い」
「なるほど。では勝って欲しいのは……?」
「………」
ゲバルは答えなかった。すると──
「き、君たち! わ、私を、どこへ連れて行くつもりかねっ!?」
レッセンの右肩に担がれたボッシュが、ゲバルに向かってわめき散らす。
「ミスターボッシュ。余り大声を出さないで欲しいな。気の短いレッセンが、アンタをコ
ンクリートに叩きつけちまうかもしれない」
ゲバルの陽気な脅しに、冷や汗を流すボッシュ。
「ボス、私は短気ではありませんよ。もっとも、あなたのご命令とあらば、この人を叩き
つけるくらい迷わず実行してみせますがね」
レッセンからも冷酷な眼差しを浴び、ボッシュは大人しく声量を落とす。
「ゲバル君、私は君たちを信頼してボディガードに任命したのだ。なのに、この仕打ちは
無礼すぎるのではないかね」
「ボッシュさん。ボスは一国の大統領、あなたと対等なのです。君呼ばわりは止めて頂き
ましょうか」
主君を見下された怒りから、レッセンの殺気が増す。非戦闘員であるボッシュに抗う術
はない。
「ゲ、ゲバル大統領……。この仕打ちは、無礼ではないかね……」
「安心したまえ、ミスターボッシュ。我々は天内の仲間ではないから、あなたを殺すつも
りなど毛頭ない。我々が米国(ステーツ)に対しささやかな要求を行う際、材料になって
くれるだけでいい。気楽だろ?」
「要求だと……? 君たちの悲願だった独立は認めてあげたじゃないか。これ以上、いっ
たい何を要求するというのかね」
これを聞いたゲバル。陽気な気配を消し去り、眉を吊り上げボッシュを睨みつける。
「独立する以前、君たちはどれだけ我が国から搾取してきた? 重税をかけ、資源を強奪
し、誇りさえも……。おかげで今も皆、死と隣り合わせの貧しい暮らしだ。返してもらい
たいんだよ……お宅から。色々とね」
「しかし……米国は断じて──」
「屈しないだろうね。君一人かっさらったくらいで動じるほど、合衆国ってのはバカじゃ
ない。でも忘れちゃいないかい? 米国各州には、俺の部下が二人ずつ配備されているっ
てことを」
独立運動時、ゲバルは自ら鍛え上げた精鋭を、全米に送り込んでいた。単独、しかも素
手でハイジャックや原子力発電所の奪取が可能だという彼らの存在は、ゲバルの故郷の独
立を大きく後押しした。
「しかも、天下の米国大統領が、ちっぽけな島の掌中にされちまっている……。俺たちの
出方次第じゃ、地球規模で騒がれることになるだろうぜ。俺とアンタは対等じゃない。上
なんだよ、小ィ~さな島の方がね」
米国の敗北。どう足掻いても無駄だと悟り、ボッシュは言葉を紡ぐ気力すら失ってしま
った。
「ようやく諦めてくれたようだ。レッセン、楽しいドライブを始めようか」
「お待ちを」
突然現れた気配に、首を向けるゲバルとレッセン。立っていたのは一人の武術家。
──猛毒、柳龍光。
妖しい雰囲気を漂わせ、ハンドポケットでゲバルらに近づく柳。
「出会った時から、ずっと気になっていた。ゲバルさん、何故あなたの国の独立が全く報
道されなかったのか」
柳は続ける。
「ようやく謎が解けたよ。政府が許すわけがない。天下のアメリカ合衆国が、よりにもよ
って武力で独立を勝ち取られたなどと──」
「柳か……。どうやら俺たちの門出を祝いに来たってツラじゃないな」
「無論。私は警備として、ボッシュ氏を奪還しに来ただけだ」
視線を外し、寂しげな笑顔を浮かべるゲバル。
「なァ……柳よ。見逃してはもらえないかな?」
「ゲバルさん。あなたが我々の仲間であり、優秀な戦士であるという想いは、今でも変わ
りはない。私はあなたの人格を否定しに来たわけではない──しかし」
柳が人生を捧げた流派、『空道』の構えを取る。
「私はボッシュ氏を守るため、警備員としてこのホテルにやって来た。今あなたに肩入れ
するということは、二心を抱くということ。それだけは私の誇りが絶対に許さんッ!」
「ボス、ここは私が──」柳を迎え撃とうとするレッセンを、ゲバルはさえぎる。
「柳……。今日は死ぬにはいい日だ」
ゲバルがいつものフレーズを口にした瞬間、不意に柳の右手からあるものが放り投げら
れた。
──ヤカンである。
「パ……パス……ッ?!」ぶつけるでも、浴びせるでもない。ゲバルは反射的にヤカンを
受け取ってしまう。ヤカンに満たされていた冷水が、ゲバルの両手を濡らす。
「今のは私の会社でもっとも売れなかった暗器です」
いつの間にか、柳の左手がポケットから抜かれている。左手に装着されているのは、猛
毒を染み込ませた手袋『毒手グローブ』。一撃必殺の暗器。
毒の加護を得た左手が、鞭のしなりと共にゲバルの脇腹をびしゃりと抉る。
「出会った時から、ずっと気になっていた。ゲバルさん、何故あなたの国の独立が全く報
道されなかったのか」
柳は続ける。
「ようやく謎が解けたよ。政府が許すわけがない。天下のアメリカ合衆国が、よりにもよ
って武力で独立を勝ち取られたなどと──」
「柳か……。どうやら俺たちの門出を祝いに来たってツラじゃないな」
「無論。私は警備として、ボッシュ氏を奪還しに来ただけだ」
視線を外し、寂しげな笑顔を浮かべるゲバル。
「なァ……柳よ。見逃してはもらえないかな?」
「ゲバルさん。あなたが我々の仲間であり、優秀な戦士であるという想いは、今でも変わ
りはない。私はあなたの人格を否定しに来たわけではない──しかし」
柳が人生を捧げた流派、『空道』の構えを取る。
「私はボッシュ氏を守るため、警備員としてこのホテルにやって来た。今あなたに肩入れ
するということは、二心を抱くということ。それだけは私の誇りが絶対に許さんッ!」
「ボス、ここは私が──」柳を迎え撃とうとするレッセンを、ゲバルはさえぎる。
「柳……。今日は死ぬにはいい日だ」
ゲバルがいつものフレーズを口にした瞬間、不意に柳の右手からあるものが放り投げら
れた。
──ヤカンである。
「パ……パス……ッ?!」ぶつけるでも、浴びせるでもない。ゲバルは反射的にヤカンを
受け取ってしまう。ヤカンに満たされていた冷水が、ゲバルの両手を濡らす。
「今のは私の会社でもっとも売れなかった暗器です」
いつの間にか、柳の左手がポケットから抜かれている。左手に装着されているのは、猛
毒を染み込ませた手袋『毒手グローブ』。一撃必殺の暗器。
毒の加護を得た左手が、鞭のしなりと共にゲバルの脇腹をびしゃりと抉る。