地上を目にした大魔王の娘は息をのみ、立ち尽くした。
むさぼるように周囲の景色を見つめ、陽光を浴びるように手を広げる。
時刻は正午、太陽が天高く輝いている。
やがて視線が上に動き、太陽に据えられた。片手を伸ばして掴み取る仕草をする。
手を下ろし、瞼を閉ざした彼女の口からかすれた声がこぼれた。
「これが――これが父の……」
あとは言葉にならず、息となって吐き出された。
どれほどの間光を浴びていたのかわからない。目を開けた彼女は感情を抑えようとして果たせなかったようだ。顔をそむけ、背中越しに告げる。
「一目見ることができてよかった。この光景だけで来た価値があった」
泣きそうな、震えている声だった。
シャドーもつられて感情が高ぶったのかふるふると揺れている。
しばらくして興奮がおさまった彼女は咲き誇る花のもとまで駆けより、摘み取って香りをかいだ。
途端に顔がぱっと輝いた。
「うおおおお!」
大量の花に顔をうずめるようにして鼻を動かしている。野生の花の香にすっかり魅了されているようだ。
腕っ節といい言動といい女性らしさは皆無だが、やはり華やかなものに憧れるのかもしれない。
いくら大魔王に似ていてもこういうところは年頃の娘と言える――そう思ったダイは次の瞬間転んだ。
「よし、武器屋を見に行くぞ!」
と、喜々として叫んだからである。
「真っ先に武器屋って……レオナ以上におてんばだなあ」
勝気な少女の名を呟いたダイはわずかに顔を曇らせた。
地上へ戻ってきたものの、すぐにポップ達の元へ向かう気にはなれなかった。
頭が混乱し、機会を逃して言い出しかねている。
明らかに大魔王の血縁者だとわかる彼女についてどう説明すべきか迷っていた。人間と仲良くするどころか、父の遺志を継ぐ決意を固めているのである。
アバンたちが攻撃せずとも、ダイの正体を知れば彼女は敵となるだろう。
良好な関係が芽生えかけているのに踏みつぶすような真似は避けたかった。
近くの町に入る前、大魔王の家族とその部下、そして勇者である少年はそれぞれ姿を変えた。
イルミナは黒いローブに身を包み、フードで端正な顔を隠している。そうすると肌の色が人間と同じであるため魔族の血を引いているとは思えない。
シャドーは町人との話をスムーズに運ぶため適当な人間の身体を借りている。一時的なもので特に害を加えるつもりはないためダイも止めなかった。
ダイはポップ達が自分の行方を捜していることを知らず、変装するつもりもなかったのだが、彼女が強引に押し切ったのである。
お忍びで諸国を遊覧する王族の心境に近い。
技巧をこらしたものではなく稚拙な変装だが、勇者が行方不明だという噂を聞いた程度ではわからないようになっている。
どことなくそわそわしている魔族を見てダイはたしなめるような視線を向けた。
「イルミナ……」
父が渇望したものを、破壊しようとした世界を知るため――そして体勢を立て直すために地上に来たはずである。
だが、とてもそうは見えない。
「魔界には無い店もあるだろうからな。見聞を広めるためにも見て回らねば」
そう言いながら懐からイヤリングなどの装飾品を出してみせる。魔界を彷徨う旅に出る前に持ち出したらしい。
売り払って資金にする気である。
遠足に来た子供のような態度では、見聞を広めると言ってもそれらしい名目をつけたとしか思えない。
武器屋に入った彼女は、フードから覗く目を恋する乙女のように輝かせながら商品を見定めている。
だが、すぐに落胆したように肩を落とし、店を出てしまった。
魔界、それも大魔王の宮殿で過ごしたことがあれば、地上の普通の武器屋では満足するような品などそう見つからないだろう。
「己が体を最強の武器としてこそ頂点に立つ者に相応しい。そう思わぬか?」
「う、うーん?」
やはり血は争えない。
首をかしげ、答えに詰まったダイとは反対にシャドーは心から同意した。
「その意気でございます!」
すっかり盛り上がっている二人をダイは呆れながら見守っていた。彼女たちの方が年長のはずなのに、保護者になった気分である。
シャドーはいったん別れ、情報を探るべく先に歩いていった。二人はぽかぽかの日差しを浴びながら歩いていく。
むさぼるように周囲の景色を見つめ、陽光を浴びるように手を広げる。
時刻は正午、太陽が天高く輝いている。
やがて視線が上に動き、太陽に据えられた。片手を伸ばして掴み取る仕草をする。
手を下ろし、瞼を閉ざした彼女の口からかすれた声がこぼれた。
「これが――これが父の……」
あとは言葉にならず、息となって吐き出された。
どれほどの間光を浴びていたのかわからない。目を開けた彼女は感情を抑えようとして果たせなかったようだ。顔をそむけ、背中越しに告げる。
「一目見ることができてよかった。この光景だけで来た価値があった」
泣きそうな、震えている声だった。
シャドーもつられて感情が高ぶったのかふるふると揺れている。
しばらくして興奮がおさまった彼女は咲き誇る花のもとまで駆けより、摘み取って香りをかいだ。
途端に顔がぱっと輝いた。
「うおおおお!」
大量の花に顔をうずめるようにして鼻を動かしている。野生の花の香にすっかり魅了されているようだ。
腕っ節といい言動といい女性らしさは皆無だが、やはり華やかなものに憧れるのかもしれない。
いくら大魔王に似ていてもこういうところは年頃の娘と言える――そう思ったダイは次の瞬間転んだ。
「よし、武器屋を見に行くぞ!」
と、喜々として叫んだからである。
「真っ先に武器屋って……レオナ以上におてんばだなあ」
勝気な少女の名を呟いたダイはわずかに顔を曇らせた。
地上へ戻ってきたものの、すぐにポップ達の元へ向かう気にはなれなかった。
頭が混乱し、機会を逃して言い出しかねている。
明らかに大魔王の血縁者だとわかる彼女についてどう説明すべきか迷っていた。人間と仲良くするどころか、父の遺志を継ぐ決意を固めているのである。
アバンたちが攻撃せずとも、ダイの正体を知れば彼女は敵となるだろう。
良好な関係が芽生えかけているのに踏みつぶすような真似は避けたかった。
近くの町に入る前、大魔王の家族とその部下、そして勇者である少年はそれぞれ姿を変えた。
イルミナは黒いローブに身を包み、フードで端正な顔を隠している。そうすると肌の色が人間と同じであるため魔族の血を引いているとは思えない。
シャドーは町人との話をスムーズに運ぶため適当な人間の身体を借りている。一時的なもので特に害を加えるつもりはないためダイも止めなかった。
ダイはポップ達が自分の行方を捜していることを知らず、変装するつもりもなかったのだが、彼女が強引に押し切ったのである。
お忍びで諸国を遊覧する王族の心境に近い。
技巧をこらしたものではなく稚拙な変装だが、勇者が行方不明だという噂を聞いた程度ではわからないようになっている。
どことなくそわそわしている魔族を見てダイはたしなめるような視線を向けた。
「イルミナ……」
父が渇望したものを、破壊しようとした世界を知るため――そして体勢を立て直すために地上に来たはずである。
だが、とてもそうは見えない。
「魔界には無い店もあるだろうからな。見聞を広めるためにも見て回らねば」
そう言いながら懐からイヤリングなどの装飾品を出してみせる。魔界を彷徨う旅に出る前に持ち出したらしい。
売り払って資金にする気である。
遠足に来た子供のような態度では、見聞を広めると言ってもそれらしい名目をつけたとしか思えない。
武器屋に入った彼女は、フードから覗く目を恋する乙女のように輝かせながら商品を見定めている。
だが、すぐに落胆したように肩を落とし、店を出てしまった。
魔界、それも大魔王の宮殿で過ごしたことがあれば、地上の普通の武器屋では満足するような品などそう見つからないだろう。
「己が体を最強の武器としてこそ頂点に立つ者に相応しい。そう思わぬか?」
「う、うーん?」
やはり血は争えない。
首をかしげ、答えに詰まったダイとは反対にシャドーは心から同意した。
「その意気でございます!」
すっかり盛り上がっている二人をダイは呆れながら見守っていた。彼女たちの方が年長のはずなのに、保護者になった気分である。
シャドーはいったん別れ、情報を探るべく先に歩いていった。二人はぽかぽかの日差しを浴びながら歩いていく。
「あれ?」
「ん?」
戻ってきたシャドーを見て魔族とダイは首をかしげた。手には二人分のサンドイッチがある。
「魔界では見慣れぬ食物を見つけましたので」
焼きたてのパンに、レタスやトマトなどの新鮮な野菜とカリカリのベーコンがはさんであり、素朴ながらも食欲をそそる香りを漂わせている。
シャドーは一つをイルミナに、もう一つをダイに渡した。
一人分だけ買うつもりだったが、連れがいることを話したところ二人分買うことになったのである。
一時的に身体を借りているだけであり、味も感じられないため食べても仕方ないのだと言う。
羨ましそうに眺めるシャドーに申し訳ないと言いたげな視線を向けてから、ダイは大きく口を開けてかぶりついた。
口内で食材の味が調和し、弾けた。
「美味しい!」
むぐむぐと口を動かす少年と同じく、初めての味に魔族も舌鼓を打っている。
魔界では充実した食生活を楽しめる者などごく一部であり、彼女が味わってきたのは宮殿内の贅沢な食事か、放浪中の食事とも呼べぬような乏しい内容の食物と両極端である。
よく熟れた果実をシャドーが手渡すと、二人は表面を軽くこすって皮ごとかじりついた。
シャドーは「皮くらい私が剥きますのに……」とぼやいたが、丸かじりが一番だと二人の顔にかいてある。
みずみずしい果肉を味わいながら道の両側に並ぶ家や店を眺めるダイの姿に、イルミナは怪訝そうな顔をした。
地上の住人である少年が負けず劣らず観光気分でいることを不思議に思ったのである。
「お前は街を見て回ったことはないのか?」
ダイは答えに詰まった。
魔物ばかりのデルムリン島で暮らし、数か月前に島から出たのは冒険のためである。
それから激闘を繰り広げ、のんびり観光する気分になどなれなかった。
小さな島で育ち、都会に慣れていないことを告げると彼女は周囲を見回し眉をひそめた。
「そういえば地上にいる魔物が見当たらんな。……魔王軍襲撃の記憶が残っているからか」
魔王軍を組織し、地上侵攻を指示した男の家族であるため複雑な表情だ。
ダイには答えられなかった。
確かに、魔王軍の侵攻を想起させるため遠ざけたいという心理があるだろう。世界が滅ぶか否かという大戦が終わってからたいして時間は経っていないのだ。
だが、爪痕が薄れれば人と魔がともに暮らせるかと問われれば、素直に肯定することはできない。
沈黙に込められた意味を察して、魔族は感情の読めない平坦な声で呟いた。
「人間は恐れているのか? 父をも滅ぼした竜の騎士に比べればよほど可愛いものだと思うがな」
やはり、ダイは否定できない。
異質な存在――異種族だけでなく同族の強大な力を持っている相手――を疎む人間は確かにいる。
かつて竜の襲撃から街を救った時に向けられた、嫌悪と忌避の眼差し。それは心に深い傷を刻んでいた。
『おまえを倒して……! この地上を去る……!』
守るべき者達の暗い面を知っていても彼らのために戦うことを選んだ少年は、話題を変えるべく氷菓子を指差した。
魔界では口にできない珍しい菓子をシャドーが見繕って入手したのである。
「美味しいものを一緒に食べるとき、種族の違いとか気にならないって思うんだけどな」
返事こそなかったが、主従は異議を唱える気はないようだ。
「……人間はいやなやつばっかりじゃないよ。もし本当に救いようがないなら、大魔王の計画だって止められなかったはずだ」
ダイの脳裏には親友の笑顔が浮かんでいた。
彼は、記憶をなくした自分を守るために自己犠牲呪文を唱えた。
大魔王の奥義を破るために危険な役目を引き受け、見事に果たした。
守るべき存在の消滅を告げられ、絶望して涙を流し、諦めそうになった時に勇気をくれた。
彼がいたからこそ最後まで戦い抜くことができたのだ。
他にも仲間の顔が浮かぶ。師のアバンやレオナ、ヒュンケル、マァム――多くの者達と出会い、彼らの力があって大魔王の計画を阻止することができた。
いくら竜の騎士として強くても、それだけではどうしようもなかった。
言葉にも自然と力がこもった少年に対し、魔族は否定せず検討するように腕を組み、黙り込んだ。
真剣な表情に何を思ったのか、無言で氷菓子を味わい続ける。
「ん?」
戻ってきたシャドーを見て魔族とダイは首をかしげた。手には二人分のサンドイッチがある。
「魔界では見慣れぬ食物を見つけましたので」
焼きたてのパンに、レタスやトマトなどの新鮮な野菜とカリカリのベーコンがはさんであり、素朴ながらも食欲をそそる香りを漂わせている。
シャドーは一つをイルミナに、もう一つをダイに渡した。
一人分だけ買うつもりだったが、連れがいることを話したところ二人分買うことになったのである。
一時的に身体を借りているだけであり、味も感じられないため食べても仕方ないのだと言う。
羨ましそうに眺めるシャドーに申し訳ないと言いたげな視線を向けてから、ダイは大きく口を開けてかぶりついた。
口内で食材の味が調和し、弾けた。
「美味しい!」
むぐむぐと口を動かす少年と同じく、初めての味に魔族も舌鼓を打っている。
魔界では充実した食生活を楽しめる者などごく一部であり、彼女が味わってきたのは宮殿内の贅沢な食事か、放浪中の食事とも呼べぬような乏しい内容の食物と両極端である。
よく熟れた果実をシャドーが手渡すと、二人は表面を軽くこすって皮ごとかじりついた。
シャドーは「皮くらい私が剥きますのに……」とぼやいたが、丸かじりが一番だと二人の顔にかいてある。
みずみずしい果肉を味わいながら道の両側に並ぶ家や店を眺めるダイの姿に、イルミナは怪訝そうな顔をした。
地上の住人である少年が負けず劣らず観光気分でいることを不思議に思ったのである。
「お前は街を見て回ったことはないのか?」
ダイは答えに詰まった。
魔物ばかりのデルムリン島で暮らし、数か月前に島から出たのは冒険のためである。
それから激闘を繰り広げ、のんびり観光する気分になどなれなかった。
小さな島で育ち、都会に慣れていないことを告げると彼女は周囲を見回し眉をひそめた。
「そういえば地上にいる魔物が見当たらんな。……魔王軍襲撃の記憶が残っているからか」
魔王軍を組織し、地上侵攻を指示した男の家族であるため複雑な表情だ。
ダイには答えられなかった。
確かに、魔王軍の侵攻を想起させるため遠ざけたいという心理があるだろう。世界が滅ぶか否かという大戦が終わってからたいして時間は経っていないのだ。
だが、爪痕が薄れれば人と魔がともに暮らせるかと問われれば、素直に肯定することはできない。
沈黙に込められた意味を察して、魔族は感情の読めない平坦な声で呟いた。
「人間は恐れているのか? 父をも滅ぼした竜の騎士に比べればよほど可愛いものだと思うがな」
やはり、ダイは否定できない。
異質な存在――異種族だけでなく同族の強大な力を持っている相手――を疎む人間は確かにいる。
かつて竜の襲撃から街を救った時に向けられた、嫌悪と忌避の眼差し。それは心に深い傷を刻んでいた。
『おまえを倒して……! この地上を去る……!』
守るべき者達の暗い面を知っていても彼らのために戦うことを選んだ少年は、話題を変えるべく氷菓子を指差した。
魔界では口にできない珍しい菓子をシャドーが見繕って入手したのである。
「美味しいものを一緒に食べるとき、種族の違いとか気にならないって思うんだけどな」
返事こそなかったが、主従は異議を唱える気はないようだ。
「……人間はいやなやつばっかりじゃないよ。もし本当に救いようがないなら、大魔王の計画だって止められなかったはずだ」
ダイの脳裏には親友の笑顔が浮かんでいた。
彼は、記憶をなくした自分を守るために自己犠牲呪文を唱えた。
大魔王の奥義を破るために危険な役目を引き受け、見事に果たした。
守るべき存在の消滅を告げられ、絶望して涙を流し、諦めそうになった時に勇気をくれた。
彼がいたからこそ最後まで戦い抜くことができたのだ。
他にも仲間の顔が浮かぶ。師のアバンやレオナ、ヒュンケル、マァム――多くの者達と出会い、彼らの力があって大魔王の計画を阻止することができた。
いくら竜の騎士として強くても、それだけではどうしようもなかった。
言葉にも自然と力がこもった少年に対し、魔族は否定せず検討するように腕を組み、黙り込んだ。
真剣な表情に何を思ったのか、無言で氷菓子を味わい続ける。
街の外れの柔らかな草の生えた草原に通りかかった三人は足を止めた。
陽光に照らされた植物からはたくましい生命の気配が感じられる。
魔族は立ち去りがたいかのように緑の海をじっと眺め、ローブを脱いだ。慌ててシャドーが受け取り、主の行動を眺めている。
彼女は腰をおろし、あろうことかそのまま寝そべった。
黒いローブを脱いだのは暑苦しいのと草の感触を確かめたかったのだろう。ダイたちがいなければごろごろ転げまわったかもしれない。
魂が吸い込まれそうなほど蒼く澄み切った空を見上げている。
「日向ぼっこするのが、夢だった」
「ここでお休みになるのですか?」
昼寝をするにしてももっとましな場所はいくらでもある。ダイもシャドーに同意したが、魔界での野宿に比べればどうということはないと告げて瞼を閉ざしてしまった。
すぐに穏やかな寝息が聞こえてきた。
「気まぐれに振り回されてない?」
「大魔王様の余興に対処なさっていたミスト様を思えば、この程度……」
シャドーは溜息とともに自分の上着を脱いで身体にかけた。
その時、ふところから筆記用具が落ちた。身体の持ち主の所持品だろう。
ペンを見た少年の眼が年齢相応の輝きを帯びる。
ダイはペンを手に取り、顔に落書きしようとした。シャドーが慌てて制止する。
「こ、こら、やめんか!」
羽交い絞めにして止めるシャドーとダイの攻防の物音によって目を覚ました彼女は少し眠そうな顔をしている。
再びローブを着こみ、フードをかぶった彼女はポツリと呟いた。
「この世界を破壊して、故郷に陽光が届くのか」
目標までの遠さを、それに伴う犠牲や重みをようやく自覚したように重い口調だった。
完全に割り切っているのではなく苦渋をにじませた声だが、決意を翻すことはないだろう。
ダイはうつむいた。
太陽を手にしたいという想いは理解できる。
だが、地上の平和のために譲ることはできない。
彼女が大魔王の遺志を貫き通そうとするならば、完全に敵となる。
今、こうして親しげに語りあっていても、殺し合うことになる。
そのような現実が――世界の形がどうしようもなく苦く感じられた。
陽光に照らされた植物からはたくましい生命の気配が感じられる。
魔族は立ち去りがたいかのように緑の海をじっと眺め、ローブを脱いだ。慌ててシャドーが受け取り、主の行動を眺めている。
彼女は腰をおろし、あろうことかそのまま寝そべった。
黒いローブを脱いだのは暑苦しいのと草の感触を確かめたかったのだろう。ダイたちがいなければごろごろ転げまわったかもしれない。
魂が吸い込まれそうなほど蒼く澄み切った空を見上げている。
「日向ぼっこするのが、夢だった」
「ここでお休みになるのですか?」
昼寝をするにしてももっとましな場所はいくらでもある。ダイもシャドーに同意したが、魔界での野宿に比べればどうということはないと告げて瞼を閉ざしてしまった。
すぐに穏やかな寝息が聞こえてきた。
「気まぐれに振り回されてない?」
「大魔王様の余興に対処なさっていたミスト様を思えば、この程度……」
シャドーは溜息とともに自分の上着を脱いで身体にかけた。
その時、ふところから筆記用具が落ちた。身体の持ち主の所持品だろう。
ペンを見た少年の眼が年齢相応の輝きを帯びる。
ダイはペンを手に取り、顔に落書きしようとした。シャドーが慌てて制止する。
「こ、こら、やめんか!」
羽交い絞めにして止めるシャドーとダイの攻防の物音によって目を覚ました彼女は少し眠そうな顔をしている。
再びローブを着こみ、フードをかぶった彼女はポツリと呟いた。
「この世界を破壊して、故郷に陽光が届くのか」
目標までの遠さを、それに伴う犠牲や重みをようやく自覚したように重い口調だった。
完全に割り切っているのではなく苦渋をにじませた声だが、決意を翻すことはないだろう。
ダイはうつむいた。
太陽を手にしたいという想いは理解できる。
だが、地上の平和のために譲ることはできない。
彼女が大魔王の遺志を貫き通そうとするならば、完全に敵となる。
今、こうして親しげに語りあっていても、殺し合うことになる。
そのような現実が――世界の形がどうしようもなく苦く感じられた。