爪を指でつまみ、左目から取り除く天内。失明は免れていたが、左部はほとんど闇に覆
われてしまっている。
「グゥ……ッ!」
天内が視線を戻すと、拘束から逃れたシコルスキーの姿がない。と、気づいた時にはす
でに死角から攻め込まれていた。左頬を穿つ右フック。真横にダウンを喫する天内。
「こ、こんなことが……ッ!」
「さァ……決着をつけようぜ、天内」
タキシードを脱ぎ、勢いに任せて床に叩きつけようとするシコルスキー。が、直前でタ
キシードがオリバからの借り物ということを思い出し、丁寧に折りたたむ。あとで返す時
に殴られてはたまらない。
「私が……敗けるハズがない……。地上を愛で満たすまで……」
満身創痍の両雄が向かい合う。あとは二人の間で、勝者と敗者を決するのみ。
われてしまっている。
「グゥ……ッ!」
天内が視線を戻すと、拘束から逃れたシコルスキーの姿がない。と、気づいた時にはす
でに死角から攻め込まれていた。左頬を穿つ右フック。真横にダウンを喫する天内。
「こ、こんなことが……ッ!」
「さァ……決着をつけようぜ、天内」
タキシードを脱ぎ、勢いに任せて床に叩きつけようとするシコルスキー。が、直前でタ
キシードがオリバからの借り物ということを思い出し、丁寧に折りたたむ。あとで返す時
に殴られてはたまらない。
「私が……敗けるハズがない……。地上を愛で満たすまで……」
満身創痍の両雄が向かい合う。あとは二人の間で、勝者と敗者を決するのみ。
天内悠は、生来争いを好まない性質だった。
少年時代。飼い犬同士の喧嘩から、三面記事の名も知らぬ酔客の乱闘騒ぎ、果ては国同
士の戦争に至るまで、あらゆる争いに彼は心を痛めた。涙することさえあったという。
しかしある日、些細なきっかけから、天内は同年代の児童と喧嘩をせざるを得なくなっ
た。いくら争いが嫌いだとはいえ天性の素質を持つ彼が後れを取るはずがなく、トドメと
なるボディブローが決まった。
うずくまる相手の姿と拳に残る感触が、幼い天内を責め立てる。すると、
「うぅっ……痛いよ、いだいよぉぉぉっ!」
「───!」
痛がりようが尋常ではない。急いで天内が病院に運び込むと、喧嘩をした児童は自覚症
状を伴わぬ悪性腫瘍を腹部に抱えていたことが分かった。もし天内に殴られず、もう数日
間も放っておけば、命はなかったかもしれないとのことだった。天内が命の恩人として感
謝されたのはいうまでもない。喧嘩が人命を救ったのである。
思い返せば、直接の原因ではないにせよ、あれがきっかけだったのかもしれない。
天内がテロリズムにのめり込むようになったのは──。
愛なくして闘争はなし。闘争なくして愛はなし。地上を人類史上最大の愛で満たすには、
やはり人類史上最大の闘争を引き起こすしかない。
気がつけば、天内は首までどっぷりと浸かっていた。
幼少時おぼろげに立てた仮説は、彼が力を蓄えていくにつれ、行動として発露されてい
く。程なくして、彼は自分に魅せられた大勢の同志らを率い、一大テロ組織を築き上げる。
その後は地上を混乱の渦に叩き落とすべく、地域を選ばずテロ活動を行った。
ホワイトハウスに潜入したのも、最上の舞台で超大国の長ボッシュを殺害し、全世界に
火種をばら撒くため──全てはこの日のためだった。
少年時代。飼い犬同士の喧嘩から、三面記事の名も知らぬ酔客の乱闘騒ぎ、果ては国同
士の戦争に至るまで、あらゆる争いに彼は心を痛めた。涙することさえあったという。
しかしある日、些細なきっかけから、天内は同年代の児童と喧嘩をせざるを得なくなっ
た。いくら争いが嫌いだとはいえ天性の素質を持つ彼が後れを取るはずがなく、トドメと
なるボディブローが決まった。
うずくまる相手の姿と拳に残る感触が、幼い天内を責め立てる。すると、
「うぅっ……痛いよ、いだいよぉぉぉっ!」
「───!」
痛がりようが尋常ではない。急いで天内が病院に運び込むと、喧嘩をした児童は自覚症
状を伴わぬ悪性腫瘍を腹部に抱えていたことが分かった。もし天内に殴られず、もう数日
間も放っておけば、命はなかったかもしれないとのことだった。天内が命の恩人として感
謝されたのはいうまでもない。喧嘩が人命を救ったのである。
思い返せば、直接の原因ではないにせよ、あれがきっかけだったのかもしれない。
天内がテロリズムにのめり込むようになったのは──。
愛なくして闘争はなし。闘争なくして愛はなし。地上を人類史上最大の愛で満たすには、
やはり人類史上最大の闘争を引き起こすしかない。
気がつけば、天内は首までどっぷりと浸かっていた。
幼少時おぼろげに立てた仮説は、彼が力を蓄えていくにつれ、行動として発露されてい
く。程なくして、彼は自分に魅せられた大勢の同志らを率い、一大テロ組織を築き上げる。
その後は地上を混乱の渦に叩き落とすべく、地域を選ばずテロ活動を行った。
ホワイトハウスに潜入したのも、最上の舞台で超大国の長ボッシュを殺害し、全世界に
火種をばら撒くため──全てはこの日のためだった。
「私が敗けるハズがないッ!」
咆哮とともに、天内がまたもノーモーションジャンプ。すでに破られているにもかかわ
らず。
「また撃墜してやる……」
「計算もクソもない。愛が通用しないなら──全力で仕留めるのみ!」
これまでの天内は、シコルスキーの苦手とする速度やタイミングを察知し、それを攻撃
に反映させてきた。が、今はちがう。己の持ちうる最大威力と最高速度を以って、シコル
スキーに跳び蹴りを放つ。
神速の右脚はガードを軽々ぶち抜き、シコルスキーを壁まで吹き飛ばす。
「──ぐはァッ!」
さらに一瞬で間合いを詰めると、がら空きのボディに前蹴りをぶち込む。胃袋を揺さぶ
られ、シコルスキーの口から胃液が噴射される。
「こ、これだよ……あ、天、内……」
「………?」
「今の打撃こそ、俺がもっとも拒み、望んでいた……ヤツだ」
純粋に勝敗だけを考えるなら、シコルスキーにとって天内の全力は本来避けるべき代物
だ。だが、同時にシコルスキーはとても喜んでいた。天内が全力をぶつけてきたという事
実に。
「行きますよ……」
ここに来て初めて、全身を駆使した究極ジャンプ。天内が飛翔する。
高く、速く、気高く、美しい。
上空から位置エネルギーを味方につけた天内が、地上で待つシコルスキーに踵落としで
脳天を砕かんと迫る。
「全力には全力で……。私はいつもそうやってしけい荘を生きてきた」
シコルスキーの生き様。全力の暴力を振りかざすオリバたちに対し、全力で逃げ、全力
で土下寝し、全力で泣きわめいた。もっとも今この時だけは──
「今ッ!」
──全力にて、つまむ。
振り落とされる天内の強靭な踵を、シコルスキーは右手の親指と人差し指だけで受け止
めてみせた。シコルスキー最大の武器が、また一つ新たな花を咲かせる。
「バカな……」天内が絶句する。
「指だけは──譲れんッ!」シコルスキーが力を爆発させる。
シコルスキーが踵をつまんだまま、天内を投げ飛ばす。空中で体勢をひねり、難なく着
地する天内。振り返ると──
右目とわずかに快復した左目に、猛スピードで迫る巨大な靴底。
シコルスキーの得意技、ドロップキックだ。
咆哮とともに、天内がまたもノーモーションジャンプ。すでに破られているにもかかわ
らず。
「また撃墜してやる……」
「計算もクソもない。愛が通用しないなら──全力で仕留めるのみ!」
これまでの天内は、シコルスキーの苦手とする速度やタイミングを察知し、それを攻撃
に反映させてきた。が、今はちがう。己の持ちうる最大威力と最高速度を以って、シコル
スキーに跳び蹴りを放つ。
神速の右脚はガードを軽々ぶち抜き、シコルスキーを壁まで吹き飛ばす。
「──ぐはァッ!」
さらに一瞬で間合いを詰めると、がら空きのボディに前蹴りをぶち込む。胃袋を揺さぶ
られ、シコルスキーの口から胃液が噴射される。
「こ、これだよ……あ、天、内……」
「………?」
「今の打撃こそ、俺がもっとも拒み、望んでいた……ヤツだ」
純粋に勝敗だけを考えるなら、シコルスキーにとって天内の全力は本来避けるべき代物
だ。だが、同時にシコルスキーはとても喜んでいた。天内が全力をぶつけてきたという事
実に。
「行きますよ……」
ここに来て初めて、全身を駆使した究極ジャンプ。天内が飛翔する。
高く、速く、気高く、美しい。
上空から位置エネルギーを味方につけた天内が、地上で待つシコルスキーに踵落としで
脳天を砕かんと迫る。
「全力には全力で……。私はいつもそうやってしけい荘を生きてきた」
シコルスキーの生き様。全力の暴力を振りかざすオリバたちに対し、全力で逃げ、全力
で土下寝し、全力で泣きわめいた。もっとも今この時だけは──
「今ッ!」
──全力にて、つまむ。
振り落とされる天内の強靭な踵を、シコルスキーは右手の親指と人差し指だけで受け止
めてみせた。シコルスキー最大の武器が、また一つ新たな花を咲かせる。
「バカな……」天内が絶句する。
「指だけは──譲れんッ!」シコルスキーが力を爆発させる。
シコルスキーが踵をつまんだまま、天内を投げ飛ばす。空中で体勢をひねり、難なく着
地する天内。振り返ると──
右目とわずかに快復した左目に、猛スピードで迫る巨大な靴底。
シコルスキーの得意技、ドロップキックだ。
天内は己に向かってくる両足が、なぜか愛しかった。全力を与えるという喜び、全力を
与えられるという喜び。
「あァ……ナルホドね」
相手の欲求を察し、満たす。相手の急所を暴き、突く。これらは愛や闘争に、不可欠な
駆け引きである。
──が、真に愛や闘争を賞味したいのであれば。
全てをさらけ出し、持てる力を出し切り、相手にぶつける。友好を結ぶべく、あるいは
打倒すべく。
だからこそ、楽しいのだ。
入った──モロに。
シコルスキーの重ねられた両足が、ずぶずぶと天内の顔面にめり込む。
ドロップキックで肉体と意識を分断される刹那、天内はかすかに笑っていた。シコルス
キーも、おそらく本人も気づかなかったにちがいない。
後頭部から墜落する天内。もはや彼に全力以上の引き出しはなく、立ち上がることはで
きなかった。
与えられるという喜び。
「あァ……ナルホドね」
相手の欲求を察し、満たす。相手の急所を暴き、突く。これらは愛や闘争に、不可欠な
駆け引きである。
──が、真に愛や闘争を賞味したいのであれば。
全てをさらけ出し、持てる力を出し切り、相手にぶつける。友好を結ぶべく、あるいは
打倒すべく。
だからこそ、楽しいのだ。
入った──モロに。
シコルスキーの重ねられた両足が、ずぶずぶと天内の顔面にめり込む。
ドロップキックで肉体と意識を分断される刹那、天内はかすかに笑っていた。シコルス
キーも、おそらく本人も気づかなかったにちがいない。
後頭部から墜落する天内。もはや彼に全力以上の引き出しはなく、立ち上がることはで
きなかった。
完全結着。