ゲバルとレッセンが腰の抜けたボッシュを連れ、部屋から出て行く。
本来ならば祝勝会の会場となるべきだった徳川ホテルVIPルームは、残された二人に
よる極めて高密度な闘争領域となった。
シコルスキーが迎え撃つのは、国際的テロ組織を率いる『ボス』天内悠。
美女を思わせる柔らかなルックスに、スレンダーで引き締まった体格。他人を喜ばせる
ことを特技とする好青年は、心の奥底にとてつもない悪魔を潜ませていた。
「さてと、すぐ終わらせねば追いつくのに苦労しますからね。始めましょうか、シコルス
キーさん」
「ふん、ゲバルは足も速い。今すぐ追いかけたところで、間に合うものか」
「心配は無用です。以前、ボッシュに飲ませたビタミン剤……本当はある種の発信機だっ
たのですが、あれが体内にある以上、彼が私から逃れられる可能性は絶無です」
「くっ……!」
たとえ敗れても時間を稼げばボッシュを守れる、というわけにはいかない。ボディガー
ドとしての使命を果たすには、ここでなんとしても天内を打倒せねばならない。
必勝を誓い、シコルスキーは腰を低く落とした構えを取る。
「もし神というものがこの世にいたのなら、初陣にシコルスキーという手頃な準備運動相
手と引き合わせてくれた幸運を、心から感謝したい」
仏の如きスマイルで、シコルスキーを完膚無きまでに嘗めきってみせる天内。
「ふざけたことを……この俺の指でハントしてやるッ!」
準備運動扱いされて、黙っていられるものか。シコルスキーが怒りに任せて踏み込もう
とする刹那、天内の両足が床から音を立てずに離れた。辛くも確認できた動作は、足首か
ら先がわずかに動いたところだけ。
「ノーモーション……ッ?!」
──なのに、この跳躍力と滞空時間ときたらどうだ。シコルスキーの身長を明らかに越
えており、しかも遅い。野球におけるスローボールのように、タイミングが取れない。
いつ拳を打ち出すか決められぬまま、シコルスキーに剛脚による洗礼が放たれる。
風を切る跳び蹴りが、シコルスキーの顔面を狙う。ガードこそ間に合ったが、間に合っ
たはずなのに、衝撃でシコルスキーの体は三メートルほど後退させられた。
ノーモーションジャンプといい、蹴りといい、天内は細身からは想像もつかぬ脚力を秘
めている。
シコルスキーはついさっき天内に殺された、シークレットサービスの死体に目をやる。
「これか……彼らを殺したのは」
折れた頚骨は、まちがいなく蹴り技によるもの。天内はモーションを伴わぬジャンプか
らの連続跳び蹴りで、彼ら八名を電撃的に殺害してのけたのだ。
「フフフ、怯えていますね、シコルスキーさん」
「なんだとッ!」
「あなたが今、もっとも望まないことをしてあげましょうか。ここが天井が高い部屋でよ
かった……」
天内、再度ノーモーションジャンプ。
先ほどより高度を増している。今度こそ、とシコルスキーが中高一本拳を構えるが──
「グアァッ!」
──やはりタイミングが計れない。否、天内は地を蹴る強さで、ジャンプをシコルスキ
ーが苦手とするスピードに調節している。まともに跳び蹴りを喰らってしまう。
しかも、今度は一撃では終わってくれない。
天性の体重移動技術とシコルスキーの肉体を利用し、空中で蹴り続ける天内。手を出し
ようもなく、ブロックを固めるしかないシコルスキー。一発受けるたび、激痛と損傷が全
身に広がる。
「くっ……ぐぅっ! ──グオッ! うぐァッ!」
「空中からの敵に反撃する術はありません」
天内の空中殺法に、シコルスキーの体が傾き始める。もし倒されれば、あとは死ぬまで
踏み続けられる道しかなくなる。
「潔く降伏を認めたらどうです。さすればこんななぶり殺しではなく、苦しまず絶命させ
てあげますよ」
「へっ……これだけ蹴られれば、いくら俺でもタイミングを学習できるってもんだ」
シコルスキーは蹴られながらも手を伸ばし、天内の蹴り足を掴み取ろうとする。
「──くっ!」
これを先読みし、天内はシコルスキーの首を蹴った反動で一気に間合いを取った。シコ
ルスキーもあえて追撃はせず、呼吸を整えることに専念する。
屈強なボディガードすら一撃で死に至らしめる蹴りを雨あられと浴びながら、シコルス
キーはまだ戦闘可能にある。
「もう二分くらいは経ったぞ、天内」
「すばらしいタフネスだ。これはさすがの私でも読めませんでしたよ」
防御に使用した両腕はひどく痺れている。が、十分に戦う余力はある。ようやくノーモ
ーションジャンプのタイミングも見極めた。勝算は決して低くない。
「次は破ってみせる……ッ!」
闘志をむき出しにし、シコルスキーが天内との間合いを詰めていく。
天内が、戦闘開始から三度目となるノーモーションジャンプを決行する。
本来ならば祝勝会の会場となるべきだった徳川ホテルVIPルームは、残された二人に
よる極めて高密度な闘争領域となった。
シコルスキーが迎え撃つのは、国際的テロ組織を率いる『ボス』天内悠。
美女を思わせる柔らかなルックスに、スレンダーで引き締まった体格。他人を喜ばせる
ことを特技とする好青年は、心の奥底にとてつもない悪魔を潜ませていた。
「さてと、すぐ終わらせねば追いつくのに苦労しますからね。始めましょうか、シコルス
キーさん」
「ふん、ゲバルは足も速い。今すぐ追いかけたところで、間に合うものか」
「心配は無用です。以前、ボッシュに飲ませたビタミン剤……本当はある種の発信機だっ
たのですが、あれが体内にある以上、彼が私から逃れられる可能性は絶無です」
「くっ……!」
たとえ敗れても時間を稼げばボッシュを守れる、というわけにはいかない。ボディガー
ドとしての使命を果たすには、ここでなんとしても天内を打倒せねばならない。
必勝を誓い、シコルスキーは腰を低く落とした構えを取る。
「もし神というものがこの世にいたのなら、初陣にシコルスキーという手頃な準備運動相
手と引き合わせてくれた幸運を、心から感謝したい」
仏の如きスマイルで、シコルスキーを完膚無きまでに嘗めきってみせる天内。
「ふざけたことを……この俺の指でハントしてやるッ!」
準備運動扱いされて、黙っていられるものか。シコルスキーが怒りに任せて踏み込もう
とする刹那、天内の両足が床から音を立てずに離れた。辛くも確認できた動作は、足首か
ら先がわずかに動いたところだけ。
「ノーモーション……ッ?!」
──なのに、この跳躍力と滞空時間ときたらどうだ。シコルスキーの身長を明らかに越
えており、しかも遅い。野球におけるスローボールのように、タイミングが取れない。
いつ拳を打ち出すか決められぬまま、シコルスキーに剛脚による洗礼が放たれる。
風を切る跳び蹴りが、シコルスキーの顔面を狙う。ガードこそ間に合ったが、間に合っ
たはずなのに、衝撃でシコルスキーの体は三メートルほど後退させられた。
ノーモーションジャンプといい、蹴りといい、天内は細身からは想像もつかぬ脚力を秘
めている。
シコルスキーはついさっき天内に殺された、シークレットサービスの死体に目をやる。
「これか……彼らを殺したのは」
折れた頚骨は、まちがいなく蹴り技によるもの。天内はモーションを伴わぬジャンプか
らの連続跳び蹴りで、彼ら八名を電撃的に殺害してのけたのだ。
「フフフ、怯えていますね、シコルスキーさん」
「なんだとッ!」
「あなたが今、もっとも望まないことをしてあげましょうか。ここが天井が高い部屋でよ
かった……」
天内、再度ノーモーションジャンプ。
先ほどより高度を増している。今度こそ、とシコルスキーが中高一本拳を構えるが──
「グアァッ!」
──やはりタイミングが計れない。否、天内は地を蹴る強さで、ジャンプをシコルスキ
ーが苦手とするスピードに調節している。まともに跳び蹴りを喰らってしまう。
しかも、今度は一撃では終わってくれない。
天性の体重移動技術とシコルスキーの肉体を利用し、空中で蹴り続ける天内。手を出し
ようもなく、ブロックを固めるしかないシコルスキー。一発受けるたび、激痛と損傷が全
身に広がる。
「くっ……ぐぅっ! ──グオッ! うぐァッ!」
「空中からの敵に反撃する術はありません」
天内の空中殺法に、シコルスキーの体が傾き始める。もし倒されれば、あとは死ぬまで
踏み続けられる道しかなくなる。
「潔く降伏を認めたらどうです。さすればこんななぶり殺しではなく、苦しまず絶命させ
てあげますよ」
「へっ……これだけ蹴られれば、いくら俺でもタイミングを学習できるってもんだ」
シコルスキーは蹴られながらも手を伸ばし、天内の蹴り足を掴み取ろうとする。
「──くっ!」
これを先読みし、天内はシコルスキーの首を蹴った反動で一気に間合いを取った。シコ
ルスキーもあえて追撃はせず、呼吸を整えることに専念する。
屈強なボディガードすら一撃で死に至らしめる蹴りを雨あられと浴びながら、シコルス
キーはまだ戦闘可能にある。
「もう二分くらいは経ったぞ、天内」
「すばらしいタフネスだ。これはさすがの私でも読めませんでしたよ」
防御に使用した両腕はひどく痺れている。が、十分に戦う余力はある。ようやくノーモ
ーションジャンプのタイミングも見極めた。勝算は決して低くない。
「次は破ってみせる……ッ!」
闘志をむき出しにし、シコルスキーが天内との間合いを詰めていく。
天内が、戦闘開始から三度目となるノーモーションジャンプを決行する。
高い──。
それに相変わらずシコルスキーが不得手な速度だが、タイミングは文字通り体で覚えた。
あとは蹴りが飛んでくるのを待つだけ。来れば、必ずこの指で捕える。
──蹴りよ、来い。
──蹴りよ、来い。
──蹴りよ、来い。
──蹴りよ、来い。
──蹴りよ、来い。
「こ、来ない……?」
そうこうするうち、天内はゆっくりとシコルスキーの頭上に着地してしまった。蹴りを
警戒しすぎたゆえの、超凡ミス。普通ならば、まずありえない。
「前に話したでしょう。あなたがもっとも望んでいることはお見通しだとね」
「この……ッ!」
「さて、私の脚力はコンクリートで補強された床さえ踏み抜きます。ここからジャンプし
たとしたらどうなるか……試してみましょうか」
「……あ」
天内が初めて、膝をバネとする、モーションを伴うジャンプを披露する。
脳天を襲う絶望的圧力。
コンクリートを粉砕する跳躍力が、シコルスキーの頭蓋骨を貫き、脳を直撃し、首から
全身に至るまでに死に直結する衝撃波を送り届ける。
「──ッガハァァッ!」
目、鼻、耳、口──顔を構成するパーツから、血飛沫が飛び出す。
さらにシコルスキーを踏み台にして八メートルはある天井近くまで跳んだ天内が、着地
地点に選んだのはもちろん、シコルスキー。
仰向けに昏倒したシコルスキーの顔面に、超上空からの両足ストンピングが降り注ぐ。
まるで果実を潰したかのような、破滅を予感させる轟音だった。
それに相変わらずシコルスキーが不得手な速度だが、タイミングは文字通り体で覚えた。
あとは蹴りが飛んでくるのを待つだけ。来れば、必ずこの指で捕える。
──蹴りよ、来い。
──蹴りよ、来い。
──蹴りよ、来い。
──蹴りよ、来い。
──蹴りよ、来い。
「こ、来ない……?」
そうこうするうち、天内はゆっくりとシコルスキーの頭上に着地してしまった。蹴りを
警戒しすぎたゆえの、超凡ミス。普通ならば、まずありえない。
「前に話したでしょう。あなたがもっとも望んでいることはお見通しだとね」
「この……ッ!」
「さて、私の脚力はコンクリートで補強された床さえ踏み抜きます。ここからジャンプし
たとしたらどうなるか……試してみましょうか」
「……あ」
天内が初めて、膝をバネとする、モーションを伴うジャンプを披露する。
脳天を襲う絶望的圧力。
コンクリートを粉砕する跳躍力が、シコルスキーの頭蓋骨を貫き、脳を直撃し、首から
全身に至るまでに死に直結する衝撃波を送り届ける。
「──ッガハァァッ!」
目、鼻、耳、口──顔を構成するパーツから、血飛沫が飛び出す。
さらにシコルスキーを踏み台にして八メートルはある天井近くまで跳んだ天内が、着地
地点に選んだのはもちろん、シコルスキー。
仰向けに昏倒したシコルスキーの顔面に、超上空からの両足ストンピングが降り注ぐ。
まるで果実を潰したかのような、破滅を予感させる轟音だった。