髪と髭のカールした、ひょうきんという語の似つかわしい男が古びた書物を読んでいた。
親しみやすい印象を与える姿だが、纏っている衣は立派なものだ。今座っている椅子も華美でこそないが、上質だ。
王宮の主の名はアバン。勇者一行の師であり、現在はカール王国の王となっている。あらゆる武芸に通じ、邪を祓う呪文をも使いこなす非凡な人物である。
手にしている書には現在使われていない文字が書かれていた。
古文書を閉じ息を吐いたアバンは眼鏡をはずして目頭を揉んだ。
執務の合間を縫って読み進めているが、探すものはなかなか見つからないようだ。
息抜きのように懐から糸の束を取り出し、指にかけて弄ぶ。
扉が開き、一人の少年が入ってきた。
「先生っ!」
ひたいにバンダナを巻いている少年は頬を上気させ、息を弾ませている。興奮しており急いでやってきたことがわかる。
「どうしました? ポップ」
穏やかに尋ねられ、ポップは見た光景を思い描くかのように虚空に目を向けた。
気分を落ち着かせるために深呼吸して報告を始める。
「手がかりになるかもしれないものを見つけました!」
「ほう?」
アバンが眼鏡をキラリと光らせる。
彼らは姿を消した勇者、ダイを捜していた。
直接行方を掴むことはできなかったが、ダイを探す中で普通は踏み込まないような奥地、辺境、秘境まで入り込んでいったところ、謎の遺跡を見つけたのだという。
興奮を抑え、慎重に近づいたところ入口がない。扉らしき場所の前で様々な行動を試してみたが、効果はなかった。
「アバカムも通じない様子でした」
何らかの条件を満たすことだけが、中に入る唯一の方法だろう。
石碑には短い文が刻まれていたが、古代文字の中でも見慣れない類の文字だ。破損や汚れもひどく解読は困難だった。
「アルバ……コエ……? うーん」
みけんにしわを寄せてそう呟き、首をかしげる。
その場で解決というわけにはいかないため、遺跡について記録し、戻ってきた。
今まで知られていなかったのが不思議な規模の建造物であり、邪悪な力は感じられなかったという。
「天界が関係しているのかもしれませんね。他の地にも無いか探すことにしましょう」
他の場所にも似たような遺跡があれば、共通点や相違点を掴んで謎を解明することができるかもしれない。そうすれば、天界の情報に近づけるだろう。
ダイが天界や魔界に飛ばされた可能性もあるため、いざとなれば他の世界に赴く覚悟をポップは固めていた。
師に対して力強く頷く。
「はい。先生の方は?」
「断片的な情報は掴めました」
だが、決定打には程遠い――続く語を呑みこんだことをポップも察した。
わずかに顔を曇らせたアバンは弟子を安心させるように両手を広げた。
「まだまだ読むべき書物が残っています。その中にはきっとあるはずです。地上と魔界の争いを止める方法が……!」
彼は国の復興を進めるかたわらダイ捜索の指揮をとり、さらに文献をあたって情報を集めていた。
大魔王が魔界に太陽をもたらそうとした結果、危うく地上が消滅するところだった。
これから先、大魔王と同じことを考える魔族が出てこないとは限らない。
人間と違い、魔族は長い時を生きる。
大戦の記憶が薄れ、魔界への警戒を解き、人々が団結を忘れる時期が訪れるまで待ってから行動を起こすかもしれない。
戦うすべを人々に教えても、それを遥かに上回る力の持ち主が現れる可能性は決して低くないのだ。
太陽の下、一つの世界で暮らすことはできずとも、同じように太陽の恩恵を受けることが可能になれば状況も変わるだろう。
もっとも、陽光によって国力を充実させた魔族たちに攻め込まれては元も子もない。
その場合は別々の世界で生きていく形が望ましい。
アバン達が魔界の環境改善に手を打とうとしているのは、世界の不均衡を憂う感情だけではなく現実的な利点を考えてのことだ。政に携わる者としては後者の比重が大きい。
魔界の住人の侵攻防止にいつまでも注意を向け、労力を割くわけにはいかない。国を豊かにすることに心血を注ぐどころではなく、二つの世界の激突の果てに滅びかねない。
不安を裏付けるかのように新たな問題が持ち上がっている。
「あちこちに出来た穴から魔界の魔物が入り込んでいるようです。今はまだバラバラですけど……」
統制のとれていない、一匹一匹が相手ならばさほど脅威にはならない。だが、もし軍勢が差し向けられたら――。
「ベリーハードですねえ」
重い空気が漂い、それをかき消すようにアバンが呟く。
「特訓はどうですか?」
ポップはへへっと笑い鼻をかいた。
「ちょっとずつ前進してますよ」
それを聞いたアバンの顔に微笑が浮かんだ。
親しみやすい印象を与える姿だが、纏っている衣は立派なものだ。今座っている椅子も華美でこそないが、上質だ。
王宮の主の名はアバン。勇者一行の師であり、現在はカール王国の王となっている。あらゆる武芸に通じ、邪を祓う呪文をも使いこなす非凡な人物である。
手にしている書には現在使われていない文字が書かれていた。
古文書を閉じ息を吐いたアバンは眼鏡をはずして目頭を揉んだ。
執務の合間を縫って読み進めているが、探すものはなかなか見つからないようだ。
息抜きのように懐から糸の束を取り出し、指にかけて弄ぶ。
扉が開き、一人の少年が入ってきた。
「先生っ!」
ひたいにバンダナを巻いている少年は頬を上気させ、息を弾ませている。興奮しており急いでやってきたことがわかる。
「どうしました? ポップ」
穏やかに尋ねられ、ポップは見た光景を思い描くかのように虚空に目を向けた。
気分を落ち着かせるために深呼吸して報告を始める。
「手がかりになるかもしれないものを見つけました!」
「ほう?」
アバンが眼鏡をキラリと光らせる。
彼らは姿を消した勇者、ダイを捜していた。
直接行方を掴むことはできなかったが、ダイを探す中で普通は踏み込まないような奥地、辺境、秘境まで入り込んでいったところ、謎の遺跡を見つけたのだという。
興奮を抑え、慎重に近づいたところ入口がない。扉らしき場所の前で様々な行動を試してみたが、効果はなかった。
「アバカムも通じない様子でした」
何らかの条件を満たすことだけが、中に入る唯一の方法だろう。
石碑には短い文が刻まれていたが、古代文字の中でも見慣れない類の文字だ。破損や汚れもひどく解読は困難だった。
「アルバ……コエ……? うーん」
みけんにしわを寄せてそう呟き、首をかしげる。
その場で解決というわけにはいかないため、遺跡について記録し、戻ってきた。
今まで知られていなかったのが不思議な規模の建造物であり、邪悪な力は感じられなかったという。
「天界が関係しているのかもしれませんね。他の地にも無いか探すことにしましょう」
他の場所にも似たような遺跡があれば、共通点や相違点を掴んで謎を解明することができるかもしれない。そうすれば、天界の情報に近づけるだろう。
ダイが天界や魔界に飛ばされた可能性もあるため、いざとなれば他の世界に赴く覚悟をポップは固めていた。
師に対して力強く頷く。
「はい。先生の方は?」
「断片的な情報は掴めました」
だが、決定打には程遠い――続く語を呑みこんだことをポップも察した。
わずかに顔を曇らせたアバンは弟子を安心させるように両手を広げた。
「まだまだ読むべき書物が残っています。その中にはきっとあるはずです。地上と魔界の争いを止める方法が……!」
彼は国の復興を進めるかたわらダイ捜索の指揮をとり、さらに文献をあたって情報を集めていた。
大魔王が魔界に太陽をもたらそうとした結果、危うく地上が消滅するところだった。
これから先、大魔王と同じことを考える魔族が出てこないとは限らない。
人間と違い、魔族は長い時を生きる。
大戦の記憶が薄れ、魔界への警戒を解き、人々が団結を忘れる時期が訪れるまで待ってから行動を起こすかもしれない。
戦うすべを人々に教えても、それを遥かに上回る力の持ち主が現れる可能性は決して低くないのだ。
太陽の下、一つの世界で暮らすことはできずとも、同じように太陽の恩恵を受けることが可能になれば状況も変わるだろう。
もっとも、陽光によって国力を充実させた魔族たちに攻め込まれては元も子もない。
その場合は別々の世界で生きていく形が望ましい。
アバン達が魔界の環境改善に手を打とうとしているのは、世界の不均衡を憂う感情だけではなく現実的な利点を考えてのことだ。政に携わる者としては後者の比重が大きい。
魔界の住人の侵攻防止にいつまでも注意を向け、労力を割くわけにはいかない。国を豊かにすることに心血を注ぐどころではなく、二つの世界の激突の果てに滅びかねない。
不安を裏付けるかのように新たな問題が持ち上がっている。
「あちこちに出来た穴から魔界の魔物が入り込んでいるようです。今はまだバラバラですけど……」
統制のとれていない、一匹一匹が相手ならばさほど脅威にはならない。だが、もし軍勢が差し向けられたら――。
「ベリーハードですねえ」
重い空気が漂い、それをかき消すようにアバンが呟く。
「特訓はどうですか?」
ポップはへへっと笑い鼻をかいた。
「ちょっとずつ前進してますよ」
それを聞いたアバンの顔に微笑が浮かんだ。
二人の旅人が道を進み、少し離れて一人の女性があとをつけていた。
パプニカ三賢者の一人、エイミは色素の薄い髪の男と青い肌を持つ男をこっそり追っていた。
愛する男のためならば地獄にもついていくと覚悟を決めた彼女は、同行を申し出たものの断られ、それでも諦めきれずに後を追っていた。
機会があればすぐに合流して力になろうと決めていたのである。
険しい岩山だろうと無数の木々の生えた深い森だろうと彼女を阻めはしない。どんな障害も乗り越えると意気込みながら前進していく。
執念の炎を燃やし、陰から様子を窺っていた彼女は目を丸くした。
「あら?」
いつの間にか二人の姿が視界から消えていた。
見失ってしまった。
「うそ、そんな!」
慌てて隠れるのをやめて周囲を捜しまわったが、影も形も見つからない。
今度は自分の現在位置までわからなくなりそうだ。
焦りを押し殺しながら進んでいくうちに、彼女はまるで何者かに導かれているような感覚にとらわれていた。
首をかしげながら足を動かし続けていた彼女の眼が見開かれた。
突然視界が開け、遺跡を目にしたためだ。
ポップが発見したのとほぼ同じものだ。
警戒しながら近づいていくと、背後で物音がした。杖を抜きながら振り返り、得物を突きつける。
が、相手の顔を見た瞬間顔が明るく輝いた。
「ヒュンケル!」
彼女の追う相手――薄い色の髪の持つ男ヒュンケルと戦友ラーハルトが立っていたのである。
「どうやってまいたの?」
「ん? オレたちは普通に歩いていただけだ」
エイミは疑うような視線を向けたが、ごまかしているようには見えない。
よほど注意力が落ちていたのだろうか。
しばらく彼女は発見した遺跡のことも忘れ、考え込んだ。
愛する男のためならば地獄にもついていくと覚悟を決めた彼女は、同行を申し出たものの断られ、それでも諦めきれずに後を追っていた。
機会があればすぐに合流して力になろうと決めていたのである。
険しい岩山だろうと無数の木々の生えた深い森だろうと彼女を阻めはしない。どんな障害も乗り越えると意気込みながら前進していく。
執念の炎を燃やし、陰から様子を窺っていた彼女は目を丸くした。
「あら?」
いつの間にか二人の姿が視界から消えていた。
見失ってしまった。
「うそ、そんな!」
慌てて隠れるのをやめて周囲を捜しまわったが、影も形も見つからない。
今度は自分の現在位置までわからなくなりそうだ。
焦りを押し殺しながら進んでいくうちに、彼女はまるで何者かに導かれているような感覚にとらわれていた。
首をかしげながら足を動かし続けていた彼女の眼が見開かれた。
突然視界が開け、遺跡を目にしたためだ。
ポップが発見したのとほぼ同じものだ。
警戒しながら近づいていくと、背後で物音がした。杖を抜きながら振り返り、得物を突きつける。
が、相手の顔を見た瞬間顔が明るく輝いた。
「ヒュンケル!」
彼女の追う相手――薄い色の髪の持つ男ヒュンケルと戦友ラーハルトが立っていたのである。
「どうやってまいたの?」
「ん? オレたちは普通に歩いていただけだ」
エイミは疑うような視線を向けたが、ごまかしているようには見えない。
よほど注意力が落ちていたのだろうか。
しばらく彼女は発見した遺跡のことも忘れ、考え込んだ。
穴を通って地上へと移動する間、ダイは魔界や魔族、そして最大の敵として戦った相手のことを聞いた。
絶対に相容れない敵だったが、倒して全てが片付くわけではない。戦いの中で自分に近い何かを感じたことは確かな事実なのだから。
それが、彼について少しでも知りたいと思った理由だった。
父親らしい一面もあったのか。どのような親子だったのか。
大魔王の子はわずかにうつむき、声を震わせた。
「父は――王だった」
それしか言うことは無かった。
彼女の知るバーンは大魔王以外の何者でもない。
子をなしたのは家族の絆を求めたためではない。己の血筋を残すためだ。王として大局的な視野を持たねばならぬ彼は肉親の情を向ける立場にない。
情けない姿を晒し、後継者として相応しくない器量だと――使い物にならないと判断されれば処刑されていたかもしれない。
シャドーをつけたのも親心や思いやりではなく、元々はみっともない真似をさせないための監視者――お目付け役だったのだろう。
後に教育を施すつもりだったのだろうが、それも潰えた。
彼は親ではなく魔を統べる者として接していた。家庭のあたたかさも、父親としての頼もしさも知らないまま育った。
本格的に鍛えられる前に秘法をかけられたため、直接力に圧倒された思い出すら少ない。
魔族たちの感嘆や称賛を我が事のように胸を弾ませながら聞き、背を見て憧れを抱くばかりだった。
数千年の間、時を凍らせた眠りにつき、目覚めた時には遠い目標は永遠に喪われていた。
大魔王の全盛期の姿を知る魔界の住人などすでにいなくなったも同然だが、人間のような肌の色や色素の薄い髪、何より鬼眼が血筋を証明している。
後継者として注目した魔族たちは実力の差に落胆し、主と仰ぐことをよしとしなかった。
放浪の中でのしかかる重圧を煩わしく思った彼女は鬼眼を布で覆うようになった。
まったく力を発揮しておらず、同じ血が流れている証拠を見せる資格などないと思ったのだから。
絶対に相容れない敵だったが、倒して全てが片付くわけではない。戦いの中で自分に近い何かを感じたことは確かな事実なのだから。
それが、彼について少しでも知りたいと思った理由だった。
父親らしい一面もあったのか。どのような親子だったのか。
大魔王の子はわずかにうつむき、声を震わせた。
「父は――王だった」
それしか言うことは無かった。
彼女の知るバーンは大魔王以外の何者でもない。
子をなしたのは家族の絆を求めたためではない。己の血筋を残すためだ。王として大局的な視野を持たねばならぬ彼は肉親の情を向ける立場にない。
情けない姿を晒し、後継者として相応しくない器量だと――使い物にならないと判断されれば処刑されていたかもしれない。
シャドーをつけたのも親心や思いやりではなく、元々はみっともない真似をさせないための監視者――お目付け役だったのだろう。
後に教育を施すつもりだったのだろうが、それも潰えた。
彼は親ではなく魔を統べる者として接していた。家庭のあたたかさも、父親としての頼もしさも知らないまま育った。
本格的に鍛えられる前に秘法をかけられたため、直接力に圧倒された思い出すら少ない。
魔族たちの感嘆や称賛を我が事のように胸を弾ませながら聞き、背を見て憧れを抱くばかりだった。
数千年の間、時を凍らせた眠りにつき、目覚めた時には遠い目標は永遠に喪われていた。
大魔王の全盛期の姿を知る魔界の住人などすでにいなくなったも同然だが、人間のような肌の色や色素の薄い髪、何より鬼眼が血筋を証明している。
後継者として注目した魔族たちは実力の差に落胆し、主と仰ぐことをよしとしなかった。
放浪の中でのしかかる重圧を煩わしく思った彼女は鬼眼を布で覆うようになった。
まったく力を発揮しておらず、同じ血が流れている証拠を見せる資格などないと思ったのだから。
「従う気が無いと明言するのは良い。歓迎するように見せかけて寝首をかこうとする輩に比べればよほど爽快だ」
目覚めてからそれほど時間は経っていないというのに、そうとう辛酸を舐めたのだろう。憤りも見せず平静な口調で語っている。
魔界の住人を動かすのに必要なものは、血筋でも、義理でも、温情でもない。純粋な力だ。
「ある魔族はドレスを着せて“お美しい”とぬかした挙句一服盛ったからな。なかなか笑えたぞ」
容姿に惹かれたのではなく、強者の血を求め、鬼眼の力を探ろうとしての行動だ。
卑劣な策を弄する輩に憤る様子は無い。
ダイが悔しくないのか尋ねると、無言で頷き肯定する。相手の卑怯さより切り抜けられない己の非力さを非難すべきと思っているのだろう。
面に浮かんだのは恐怖に近い感情だった。
「私自身の非力を責められるのはかまわない。父の名を汚すことが何よりも恐ろしい」
いっそのこと何のつながりもなければ、ただの一魔族として尊敬するだけで済んだかもしれない。
血を誇らしく思うのは確かだが、同時に限りなく重く感じることも否定できない。
彼女が掲げている目標も、現時点では自身の意思というよりそのまま大魔王の言葉を繰り返したにすぎない。
直接地上や太陽を目にしたことはないのだから。
悪寒が走ったかのように身を震わせたイルミナは逆にダイに質問した。
「私には父親というものがよくわからん。お前の父はどんな人物だった?」
ダイの顔がゆがみ、一瞬、心に名のわからない感情が湧きあがった。
今ここで相手と話している状況が運命のいたずらのように思える。
彼女の父を自分が奪い、彼女の父が自分の父を奪ったのだから。
「……おれの父さんは、すごく強かった。一緒に過ごした時間は短かったけど絶対に忘れない」
恐ろしいほどの強さを感じさせる、頼もしい背中。
自分と仲間を庇うために力を使い果たした、悲しい背中。
どちらも心に深く刻まれている。けっして消えることはないだろう。
イルミナは目を見開いた。まだ幼い少年――彼女の十分の一も生きていない年齢の子供が自分とよく似た感情を抱き、想いを語っていることに気づいたのだ。
「お前の父は……?」
ダイの表情で答え――父を亡くしたという境遇を知った彼女は、今までとほんの少し異なる光を浮かべて少年を見つめている。
「父さんみたいに強くなれないって落ち込んだこともあったけど、みんなのおかげでおれはおれだって思えるようになったんだ」
「私も……私もなれるだろうか?」
自分を肯定することができるようになるだろうか。
“大魔王バーンの子”ではなく一人の魔族として他者から認められるだろうか。
「なれるよ」
ダイが頷いたため、彼女は常よりも柔らかい微笑を浮かべた。
「お前はすぐに私の名を覚えたな。大魔王の血縁者だと知ってもほとんど驚かなかった」
「かなりびっくりしたんだけどなあ」
頭をかいた彼に朗らかに笑ってからイルミナはシャドーに視線を向けた。
「お前もだ。お前だけは昔から私とともにいてくれた」
「当然ですとも。私を部下として認めてくださったのは、あの御方とあなた様だけですから」
シャドーは誇らしげに胸を張っている。
ダイは、シャドーがミストバーンを尊敬し、忠誠を誓う理由について尋ねてみた。
ダイの中では冷酷非情な影の男、血も涙もない大魔王の腹心という印象だが、味方に対してはいくらか違うのかもしれない。
ミストとの出会いが鮮烈に心に残っているのか、シャドーは嬉しそうに語りはじめた。
「私はミスト様に生きる理由を与えられたのだ」
シャドーは身体を持たない暗黒闘気の集合体だ。
ミストより遥かに弱い存在だった影は乗っ取る力も持たず、ただそこに在るだけだった。
意識も霧のようにぼんやりとしており、ミストバーンに力を注がれて人格を持つようになったのだという。
意識が明確になるまでは儚い存在である身を呪う感情しかなかった。ミストのように器を使って戦うことも不可能であり、文字通り何もできなかったのだから。
霧のように漂うだけの生き方を大きく変えたのがミストバーンであり、様々なことを考えることが可能になった。
だからこそ彼は忠誠を誓った。少しでも恩を返すために。
心許せる相手ではない。
使徒たちのように輝く絆で結ばれているわけでもない。
利用するため――使える駒を求めての行動だということは本人もわかっている。
「それでもかまわない。力を与えられ進化しても半端な存在にすぎない私を、受け入れてくださったのだから」
部下になり、イルミナを守るよう命じられたのはいいが、実際に役に立てるのかという疑念があった。
ちょうど彼女も、自分につくことになった部下から主として認められるか思い悩んでいた。
互いに不安を覚えていた二人は顔を合わせて互いの抱く悩みを知った。
魔界を統べる主従を尊敬する二人もまた同様に、主従関係を結ぶこととなった。
「あの御方が私に光を与えてくださったのだ……!」
シャドーがそう告げると同時に、地上の光が見えた。
目覚めてからそれほど時間は経っていないというのに、そうとう辛酸を舐めたのだろう。憤りも見せず平静な口調で語っている。
魔界の住人を動かすのに必要なものは、血筋でも、義理でも、温情でもない。純粋な力だ。
「ある魔族はドレスを着せて“お美しい”とぬかした挙句一服盛ったからな。なかなか笑えたぞ」
容姿に惹かれたのではなく、強者の血を求め、鬼眼の力を探ろうとしての行動だ。
卑劣な策を弄する輩に憤る様子は無い。
ダイが悔しくないのか尋ねると、無言で頷き肯定する。相手の卑怯さより切り抜けられない己の非力さを非難すべきと思っているのだろう。
面に浮かんだのは恐怖に近い感情だった。
「私自身の非力を責められるのはかまわない。父の名を汚すことが何よりも恐ろしい」
いっそのこと何のつながりもなければ、ただの一魔族として尊敬するだけで済んだかもしれない。
血を誇らしく思うのは確かだが、同時に限りなく重く感じることも否定できない。
彼女が掲げている目標も、現時点では自身の意思というよりそのまま大魔王の言葉を繰り返したにすぎない。
直接地上や太陽を目にしたことはないのだから。
悪寒が走ったかのように身を震わせたイルミナは逆にダイに質問した。
「私には父親というものがよくわからん。お前の父はどんな人物だった?」
ダイの顔がゆがみ、一瞬、心に名のわからない感情が湧きあがった。
今ここで相手と話している状況が運命のいたずらのように思える。
彼女の父を自分が奪い、彼女の父が自分の父を奪ったのだから。
「……おれの父さんは、すごく強かった。一緒に過ごした時間は短かったけど絶対に忘れない」
恐ろしいほどの強さを感じさせる、頼もしい背中。
自分と仲間を庇うために力を使い果たした、悲しい背中。
どちらも心に深く刻まれている。けっして消えることはないだろう。
イルミナは目を見開いた。まだ幼い少年――彼女の十分の一も生きていない年齢の子供が自分とよく似た感情を抱き、想いを語っていることに気づいたのだ。
「お前の父は……?」
ダイの表情で答え――父を亡くしたという境遇を知った彼女は、今までとほんの少し異なる光を浮かべて少年を見つめている。
「父さんみたいに強くなれないって落ち込んだこともあったけど、みんなのおかげでおれはおれだって思えるようになったんだ」
「私も……私もなれるだろうか?」
自分を肯定することができるようになるだろうか。
“大魔王バーンの子”ではなく一人の魔族として他者から認められるだろうか。
「なれるよ」
ダイが頷いたため、彼女は常よりも柔らかい微笑を浮かべた。
「お前はすぐに私の名を覚えたな。大魔王の血縁者だと知ってもほとんど驚かなかった」
「かなりびっくりしたんだけどなあ」
頭をかいた彼に朗らかに笑ってからイルミナはシャドーに視線を向けた。
「お前もだ。お前だけは昔から私とともにいてくれた」
「当然ですとも。私を部下として認めてくださったのは、あの御方とあなた様だけですから」
シャドーは誇らしげに胸を張っている。
ダイは、シャドーがミストバーンを尊敬し、忠誠を誓う理由について尋ねてみた。
ダイの中では冷酷非情な影の男、血も涙もない大魔王の腹心という印象だが、味方に対してはいくらか違うのかもしれない。
ミストとの出会いが鮮烈に心に残っているのか、シャドーは嬉しそうに語りはじめた。
「私はミスト様に生きる理由を与えられたのだ」
シャドーは身体を持たない暗黒闘気の集合体だ。
ミストより遥かに弱い存在だった影は乗っ取る力も持たず、ただそこに在るだけだった。
意識も霧のようにぼんやりとしており、ミストバーンに力を注がれて人格を持つようになったのだという。
意識が明確になるまでは儚い存在である身を呪う感情しかなかった。ミストのように器を使って戦うことも不可能であり、文字通り何もできなかったのだから。
霧のように漂うだけの生き方を大きく変えたのがミストバーンであり、様々なことを考えることが可能になった。
だからこそ彼は忠誠を誓った。少しでも恩を返すために。
心許せる相手ではない。
使徒たちのように輝く絆で結ばれているわけでもない。
利用するため――使える駒を求めての行動だということは本人もわかっている。
「それでもかまわない。力を与えられ進化しても半端な存在にすぎない私を、受け入れてくださったのだから」
部下になり、イルミナを守るよう命じられたのはいいが、実際に役に立てるのかという疑念があった。
ちょうど彼女も、自分につくことになった部下から主として認められるか思い悩んでいた。
互いに不安を覚えていた二人は顔を合わせて互いの抱く悩みを知った。
魔界を統べる主従を尊敬する二人もまた同様に、主従関係を結ぶこととなった。
「あの御方が私に光を与えてくださったのだ……!」
シャドーがそう告げると同時に、地上の光が見えた。