目を覆いたくなる画が成立していた。
ブリーフ一丁で重傷を負った筋肉の権化と、トランクス一丁で気絶している少年。床は
陥没し、天井はひび割れ、辺り一面に血痕が飛び散っている。
「ミスターオリバ、いったいここでなにが……」
突入した警官のうちの一人が、オリバに問いかける。向き直るオリバ。
「君たち、この少年……範馬刃牙をすぐに病院に運ぶんだ。丁寧に、そして注意深く」
「え、あの……」
「早くしたまえ」命令するオリバに、ある閃きがよぎる。「あとついでだが、彼が起きた
らこれを渡しておいてくれ」
オリバはブリーフに手を突っ込むと、中からしわくちゃの10ドル札を取り出した。そ
れをオリバに問いかけた警官に手渡す。
「こいつで彼女とコーヒーでも楽しめ、とな」
「なんかこれ、ちぢれた毛がついてるンですけど……」
「頼んだぞ」
警官らがホテル外へ刃牙を運び去ると、オリバは空気を抜かれた風船のように寝そべっ
た。
「もう……動けねェ……」
球体を演じ、打たれに打たれまくった己の姿を思い返す。
「やっぱり……束縛は二度とゴメンだな……」
ぼんやりとした思考の中で、なぜかオリバは今頃になってシコルスキーの身に危険を感
じていた。戦争は終結したはずだというのに。
「もし君になにかあっても……もう、私では力になれんぞ……」
ブリーフ一丁で重傷を負った筋肉の権化と、トランクス一丁で気絶している少年。床は
陥没し、天井はひび割れ、辺り一面に血痕が飛び散っている。
「ミスターオリバ、いったいここでなにが……」
突入した警官のうちの一人が、オリバに問いかける。向き直るオリバ。
「君たち、この少年……範馬刃牙をすぐに病院に運ぶんだ。丁寧に、そして注意深く」
「え、あの……」
「早くしたまえ」命令するオリバに、ある閃きがよぎる。「あとついでだが、彼が起きた
らこれを渡しておいてくれ」
オリバはブリーフに手を突っ込むと、中からしわくちゃの10ドル札を取り出した。そ
れをオリバに問いかけた警官に手渡す。
「こいつで彼女とコーヒーでも楽しめ、とな」
「なんかこれ、ちぢれた毛がついてるンですけど……」
「頼んだぞ」
警官らがホテル外へ刃牙を運び去ると、オリバは空気を抜かれた風船のように寝そべっ
た。
「もう……動けねェ……」
球体を演じ、打たれに打たれまくった己の姿を思い返す。
「やっぱり……束縛は二度とゴメンだな……」
ぼんやりとした思考の中で、なぜかオリバは今頃になってシコルスキーの身に危険を感
じていた。戦争は終結したはずだというのに。
「もし君になにかあっても……もう、私では力になれんぞ……」
徳川ホテル、最上階──。
東西南北全ての門から敵を防ぎ切り、範馬刃牙という飛び入りにして最強のゲストもオ
リバによって退場を余儀なくされた。
完全勝利。
ますますワインに酔いしれるボッシュが、周囲を固める精鋭十名と、シコルスキーとゲ
バルに向けて大笑いする。
「ハッハッハッハッハッ! 諸君、我々アメリカ合衆国の勝利だッ! 愚かなテロリスト
どもは、私を殺すどころか、私を肉眼に入れることすらかなわなかったッ! 米国(ステ
ーツ)は無敵なのだよッ!」
百戦錬磨のシークレットサービスたちにも、安堵の色が伺える。
そんな中、ゲバルとレッセンがシコルスキーに近づく。
「アンチェインもどうやら勝利したようだ。終わったな、シコルスキー」
体内に溜まった不安と緊張を、丸ごと大量の息として吐き出すシコルスキー。
「あァ、ここでオイシイ役目を果たして、ホワイトハウスにスカウトしてもらうって当て
は外れたがな」
いつにない穏やかなムードに、シコルスキーは対テロリスト戦争の終戦を実感していた。
東西南北全ての門から敵を防ぎ切り、範馬刃牙という飛び入りにして最強のゲストもオ
リバによって退場を余儀なくされた。
完全勝利。
ますますワインに酔いしれるボッシュが、周囲を固める精鋭十名と、シコルスキーとゲ
バルに向けて大笑いする。
「ハッハッハッハッハッ! 諸君、我々アメリカ合衆国の勝利だッ! 愚かなテロリスト
どもは、私を殺すどころか、私を肉眼に入れることすらかなわなかったッ! 米国(ステ
ーツ)は無敵なのだよッ!」
百戦錬磨のシークレットサービスたちにも、安堵の色が伺える。
そんな中、ゲバルとレッセンがシコルスキーに近づく。
「アンチェインもどうやら勝利したようだ。終わったな、シコルスキー」
体内に溜まった不安と緊張を、丸ごと大量の息として吐き出すシコルスキー。
「あァ、ここでオイシイ役目を果たして、ホワイトハウスにスカウトしてもらうって当て
は外れたがな」
いつにない穏やかなムードに、シコルスキーは対テロリスト戦争の終戦を実感していた。
「仕方ありませんね」
どこからともなく発生した、残忍にして膨大な殺気。
打撃音が八つ。音がした方向に振り返ると、打撃と同じ数のシークレットサービスが倒
れていた。全員、首の骨が折れており、即死している。
「え……?」まるで事態を把握できていないボッシュ。
「これは……ッ!」驚愕するレッセン。
「なるほど、そういうことか」即座に状況判断を下すゲバル。
「な、なぜだッ!」ただ叫ぶシコルスキー。
米国が誇るシークレットサービスでも特に選りすぐられた十名のうち、八名を瞬時に葬
り去った災厄の正体──
「なぜだ……ッ! 天内ッ!」
──天内悠が屍の中心に立っていた。
頭をかきながら、ゲバルが天内に自らの推理を突きつける。
「ミスター天内。君がテロリストの“ボス”だった……ってワケだな?」
「えぇ、本当は私自ら手を下すことは避けたかったのですがね」
「今なら話してくれてもいいだろう、君たちの計画とやらを……」
「計画などという複雑なシロモノではありませんよ。東西南北いずれかから突入してきた
私の部下があなた方と乱戦を演じる最中、私が人知れず大統領を暗殺するというだけのハ
ナシだったのです。なるべく安楽のうちに終わらせたかったですからね。正体がバレては
面倒ですし、なにより私は大統領を愛しておりますから」
いつも通りの微笑みをボッシュに投げかける天内。恐怖で青ざめるボッシュ。
「先ほど大統領は我々のことを“愚か”と表現されましたが、まさしくその通りです。ま
さか、これほどに使えないとは──さすがに計算外でしたよ」
『ボス』として、部下たちの失態に呆れたように首を振る。
「頼みのガーレンも無様にやられたようで、本当はそこで動き出そうとしましたが……あ
の時の“揺れ”で計画がまだ死んでいないことを悟りました。結局は無駄だったようです
がね」
どうやら天内は、刃牙乱入という想定外の出来事も利用しようと考えていたようだ。
「さてと、話は終わりです。あとは、あなた方三人をまとめて殺し、ボッシュさんの命を
頂戴するとしましょうか。我々の予告テロの成功率は百パーセントなのでね」
米国大統領を「ボッシュさん」呼ばわりし、天内が歩を進める。
恐るべき自信である。シコルスキー、ゲバル、レッセンを相手取り、まったく臆してい
ない。
すると、ゲバルがシコルスキーに小声でささやく。
「将棋やチェスってのは王(キング)を殺られれば敗けとなる。天内は隙あらばミスター
ボッシュを殺しにかかるハズだ」
「……だろうな」
「だから──今から俺とレッセンはミスターボッシュを安全な場所に避難させる。……シ
コルスキー、やれるか?」
この時、シコルスキーの心臓が大きく震えた。体中の血流が活性化し、細胞がざわつき
始める。
「もし無理なら──」
「ゲバル……。やれるに決まってるだろう!」
ボッシュの命を守るため、ゲバルの提案を受け入れるシコルスキー。対する天内は半ば
期待を削がれたように、冷笑する。
「おや……来るのはあなた一人ですか。あなた相手なら、三十秒といったところでしょう
ね」
「甘いな、俺を三十秒以内に倒せる奴は腐るほどいるぜ」
シコルスキーのどこかまちがった自信を合図に、決戦の火蓋は切られた。
打撃音が八つ。音がした方向に振り返ると、打撃と同じ数のシークレットサービスが倒
れていた。全員、首の骨が折れており、即死している。
「え……?」まるで事態を把握できていないボッシュ。
「これは……ッ!」驚愕するレッセン。
「なるほど、そういうことか」即座に状況判断を下すゲバル。
「な、なぜだッ!」ただ叫ぶシコルスキー。
米国が誇るシークレットサービスでも特に選りすぐられた十名のうち、八名を瞬時に葬
り去った災厄の正体──
「なぜだ……ッ! 天内ッ!」
──天内悠が屍の中心に立っていた。
頭をかきながら、ゲバルが天内に自らの推理を突きつける。
「ミスター天内。君がテロリストの“ボス”だった……ってワケだな?」
「えぇ、本当は私自ら手を下すことは避けたかったのですがね」
「今なら話してくれてもいいだろう、君たちの計画とやらを……」
「計画などという複雑なシロモノではありませんよ。東西南北いずれかから突入してきた
私の部下があなた方と乱戦を演じる最中、私が人知れず大統領を暗殺するというだけのハ
ナシだったのです。なるべく安楽のうちに終わらせたかったですからね。正体がバレては
面倒ですし、なにより私は大統領を愛しておりますから」
いつも通りの微笑みをボッシュに投げかける天内。恐怖で青ざめるボッシュ。
「先ほど大統領は我々のことを“愚か”と表現されましたが、まさしくその通りです。ま
さか、これほどに使えないとは──さすがに計算外でしたよ」
『ボス』として、部下たちの失態に呆れたように首を振る。
「頼みのガーレンも無様にやられたようで、本当はそこで動き出そうとしましたが……あ
の時の“揺れ”で計画がまだ死んでいないことを悟りました。結局は無駄だったようです
がね」
どうやら天内は、刃牙乱入という想定外の出来事も利用しようと考えていたようだ。
「さてと、話は終わりです。あとは、あなた方三人をまとめて殺し、ボッシュさんの命を
頂戴するとしましょうか。我々の予告テロの成功率は百パーセントなのでね」
米国大統領を「ボッシュさん」呼ばわりし、天内が歩を進める。
恐るべき自信である。シコルスキー、ゲバル、レッセンを相手取り、まったく臆してい
ない。
すると、ゲバルがシコルスキーに小声でささやく。
「将棋やチェスってのは王(キング)を殺られれば敗けとなる。天内は隙あらばミスター
ボッシュを殺しにかかるハズだ」
「……だろうな」
「だから──今から俺とレッセンはミスターボッシュを安全な場所に避難させる。……シ
コルスキー、やれるか?」
この時、シコルスキーの心臓が大きく震えた。体中の血流が活性化し、細胞がざわつき
始める。
「もし無理なら──」
「ゲバル……。やれるに決まってるだろう!」
ボッシュの命を守るため、ゲバルの提案を受け入れるシコルスキー。対する天内は半ば
期待を削がれたように、冷笑する。
「おや……来るのはあなた一人ですか。あなた相手なら、三十秒といったところでしょう
ね」
「甘いな、俺を三十秒以内に倒せる奴は腐るほどいるぜ」
シコルスキーのどこかまちがった自信を合図に、決戦の火蓋は切られた。