鬼が降臨した背筋より打ち出される打撃は、地上ナンバーワンの量と密度を誇るオリバ
の筋肉をもたやすく打ち破る。アンチェインとしての誇りが、失いかけた意識をかろうじ
て救った。
巨体に似合わぬ身軽さで、ふわりと起き上がるオリバ。
「へぇ、まだ立てるんだ」
「今のラッシュ、人間の領域ではない。どうやら貴様も父親が踏み越えた一線を越えよう
としているようだな」
「あァ、背中(これ)かい? 自分じゃ見えねェけどよ、これが出ちまうと他人を殴りた
くってしょうがねェんだ」ファイティングポースを取る刃牙。「アンタは殴りがいがあっ
て嬉しいぜ」
人間から鬼に変貌を遂げた少年は、迷わずまっすぐオリバに飛び込む。
怒涛の連撃。無尽蔵の殴打欲を反映する拳が、刃牙という小兵の機敏性によって最大限
の暴威を発揮する。機関銃の連射力と大砲の破壊力のマッチング。金的や目潰しが女々し
くすら感じられる、人類史上最大級の反則技。
どこをどう打とうが、全てが必殺。オリバ自慢の肉体が面白いように貫かれる。
右拳が顔へ、オリバの歯と鼻血が散る。
左拳が顎へ、オリバが宙に浮く。
右拳が腹へ、オリバから胃液が飛び出す。
左拳が水月へ、オリバの呼吸が止まる。
「──ガアァァルァッ!」
地上最自由を嘗めるな、といわんばかりの右ストレート。オリバの意地が、攻撃に夢中
になっていた刃牙の顔面をカウンターで捉えた。即死まちがいなしのタイミング。
しかし、前歯こそへし折れたが、刃牙は笑っていた。
予想だにしない結末に、驚愕するオリバ。
「鬼(オーガ)は単なる打撃力増幅装置ではない、ということか……ッ!」
背中に棲みついた鬼の貌は背筋だけでなく全身に根を張りめぐらせる。闘争本能を暴発
させ、あらゆる名称の筋肉に人間ではありえない弾力性と硬度をもたらす。
すなわち、鬼は最強の矛でありながら、最強の鎧でもあるということ。
愕然とするオリバの胸に、捻り込まれる右ストレート。胸骨と心臓が歪む。無情すぎる
連打、連打、連打──。
生まれてからずっと信じ、愛し続けた肉体から、『オリバ』が離れていく。
の筋肉をもたやすく打ち破る。アンチェインとしての誇りが、失いかけた意識をかろうじ
て救った。
巨体に似合わぬ身軽さで、ふわりと起き上がるオリバ。
「へぇ、まだ立てるんだ」
「今のラッシュ、人間の領域ではない。どうやら貴様も父親が踏み越えた一線を越えよう
としているようだな」
「あァ、背中(これ)かい? 自分じゃ見えねェけどよ、これが出ちまうと他人を殴りた
くってしょうがねェんだ」ファイティングポースを取る刃牙。「アンタは殴りがいがあっ
て嬉しいぜ」
人間から鬼に変貌を遂げた少年は、迷わずまっすぐオリバに飛び込む。
怒涛の連撃。無尽蔵の殴打欲を反映する拳が、刃牙という小兵の機敏性によって最大限
の暴威を発揮する。機関銃の連射力と大砲の破壊力のマッチング。金的や目潰しが女々し
くすら感じられる、人類史上最大級の反則技。
どこをどう打とうが、全てが必殺。オリバ自慢の肉体が面白いように貫かれる。
右拳が顔へ、オリバの歯と鼻血が散る。
左拳が顎へ、オリバが宙に浮く。
右拳が腹へ、オリバから胃液が飛び出す。
左拳が水月へ、オリバの呼吸が止まる。
「──ガアァァルァッ!」
地上最自由を嘗めるな、といわんばかりの右ストレート。オリバの意地が、攻撃に夢中
になっていた刃牙の顔面をカウンターで捉えた。即死まちがいなしのタイミング。
しかし、前歯こそへし折れたが、刃牙は笑っていた。
予想だにしない結末に、驚愕するオリバ。
「鬼(オーガ)は単なる打撃力増幅装置ではない、ということか……ッ!」
背中に棲みついた鬼の貌は背筋だけでなく全身に根を張りめぐらせる。闘争本能を暴発
させ、あらゆる名称の筋肉に人間ではありえない弾力性と硬度をもたらす。
すなわち、鬼は最強の矛でありながら、最強の鎧でもあるということ。
愕然とするオリバの胸に、捻り込まれる右ストレート。胸骨と心臓が歪む。無情すぎる
連打、連打、連打──。
生まれてからずっと信じ、愛し続けた肉体から、『オリバ』が離れていく。
オリバと刃牙の押しっくら。
背後には断崖絶壁。もうオリバには後がない。あと数センチ押されれば、崖の下に転落
する。
愛した肉体とアンチェインとしての矜持で、どうにか持ち堪えるが──
「やはり人間では鬼には……」
──勝てない。
絶望の末、オリバがこう悟ると、すでに彼の足は崖から離れていた。あとはもう、自由
落下しかない。アンチェインの称号を持つ者にとっては、相応しい最期なのかもしれない。
「これで終わりか……」
落ちながらオリバが呟くと、突然、右手を何者かに掴まれた。
「む……!?」
シコルスキーだった。
否、オリバはすぐに気づく。彼一人ではなかった。
柳、ドリアン、ドイル、スペック、ゲバル。
驚くことに、しけい荘の住民六名が手と手を繋ぎ合わせ、ロープとなることでオリバを
落下から救ってみせた。
皆を代表して、シコルスキーが思いの丈をぶつける。
「アンタが敗けちまったら、俺たちの価値まで下がっちまうだろうが。……アンタは、俺
たちの大家だろォッ?!」
「ふん……君らに指図されるいわれはない。勝利するも敗北するも、私の自由だ」
──しかし、今日だけは従ってやろう。無意識の中にまで駆けつけてくれた、仲間たち
に。
戦いは終わらない。
背後には断崖絶壁。もうオリバには後がない。あと数センチ押されれば、崖の下に転落
する。
愛した肉体とアンチェインとしての矜持で、どうにか持ち堪えるが──
「やはり人間では鬼には……」
──勝てない。
絶望の末、オリバがこう悟ると、すでに彼の足は崖から離れていた。あとはもう、自由
落下しかない。アンチェインの称号を持つ者にとっては、相応しい最期なのかもしれない。
「これで終わりか……」
落ちながらオリバが呟くと、突然、右手を何者かに掴まれた。
「む……!?」
シコルスキーだった。
否、オリバはすぐに気づく。彼一人ではなかった。
柳、ドリアン、ドイル、スペック、ゲバル。
驚くことに、しけい荘の住民六名が手と手を繋ぎ合わせ、ロープとなることでオリバを
落下から救ってみせた。
皆を代表して、シコルスキーが思いの丈をぶつける。
「アンタが敗けちまったら、俺たちの価値まで下がっちまうだろうが。……アンタは、俺
たちの大家だろォッ?!」
「ふん……君らに指図されるいわれはない。勝利するも敗北するも、私の自由だ」
──しかし、今日だけは従ってやろう。無意識の中にまで駆けつけてくれた、仲間たち
に。
戦いは終わらない。
「ヌオオオオッ!」
気絶寸前から放たれたオリバのアッパーが、ガードに成功した刃牙を真上に吹き飛ばす。
天井に激突した刃牙が地面に墜落した挙げ句、再び天井近くまで跳ね上がるという、凄ま
じい一撃だった。
「──ぐはァッ! チッ、まだ動けたのか……」
「地上でもっとも自由であるはずの私が、まさか私のアパートの住民によって繋ぎ止めら
れてしまうとはな……。アンチェインとして、私は彼らに完敗したようだ……」
いつもの暑苦しい笑顔ではなく、実に清々しい笑みのオリバ。
「私は今一度“チェイン”となって出直すこととしよう。……同時にとっておきの戦法を
解禁する!」
高らかに宣言すると、オリバは全身を力ませ筋肉を隆起させる。しかもその状態を保ち
ながら、脚を折り曲げ、腕で前面をカバーすると──みごとな球体が完成した。
「なんだいこりゃ……」
「さァ刃牙よ、好きなだけ打ってくるがいい」
「ふぅん……面白ぇ。だったら、好きなだけやらせてもらうッ!」
絶対的タフネスを持つ敵を、思う存分殴れる。刃牙にしてみれば楽園を訪れた心持ちに
ちがいない。
一撃目、なんといきなり剛体術。
耳にしたら、真っ先に119番を押したくなるような、打撃音だった。
オリバはビクともしない。かまわず刃牙は、ボールとなったオリバへ全方位から攻撃を
浴びせる。鬼に授かった筋肉で跳ね回り、殴りまくる。
苦悶の表情を浮かべるオリバ。防御のため、全身に満遍なく力みを加えているが、ダメ
ージの蓄積が尋常ではない。
しかし打たれる最中、オリバにとある記憶が蘇る。
いかにオリバとて、赤子の時から自由を飽食しているわけではない。自由を渇望し、愛
に餓え、肉を蓄え、いつしかどんな強制力も通用しない、アンチェイン(繋ぎ止められな
い)と呼ばれるに至った。
「これだ……」
アンチェインにあるまじき、打たれるがままのアルマジロのような体勢。
受動、待機、抑圧、忍耐、辛抱、我慢。好き勝手に生きてナンボのオリバにとって、も
っとも嫌悪する構え。
だからこそ、初心に帰ることができた。
ひたすらに耐え忍び、人類の爆薬ともいうべきフラストレーションを溜め、アドレナリ
ンを増幅させ、怒りをマックスに持っていく。
「束縛なくして、自由のカタルシスはありえねェ……」
チェイン、再びアンチェインへ。自己を死の寸前にまで追い込む不自由を経て、オリバ
の持てる力が根こそぎ放出される。
気絶寸前から放たれたオリバのアッパーが、ガードに成功した刃牙を真上に吹き飛ばす。
天井に激突した刃牙が地面に墜落した挙げ句、再び天井近くまで跳ね上がるという、凄ま
じい一撃だった。
「──ぐはァッ! チッ、まだ動けたのか……」
「地上でもっとも自由であるはずの私が、まさか私のアパートの住民によって繋ぎ止めら
れてしまうとはな……。アンチェインとして、私は彼らに完敗したようだ……」
いつもの暑苦しい笑顔ではなく、実に清々しい笑みのオリバ。
「私は今一度“チェイン”となって出直すこととしよう。……同時にとっておきの戦法を
解禁する!」
高らかに宣言すると、オリバは全身を力ませ筋肉を隆起させる。しかもその状態を保ち
ながら、脚を折り曲げ、腕で前面をカバーすると──みごとな球体が完成した。
「なんだいこりゃ……」
「さァ刃牙よ、好きなだけ打ってくるがいい」
「ふぅん……面白ぇ。だったら、好きなだけやらせてもらうッ!」
絶対的タフネスを持つ敵を、思う存分殴れる。刃牙にしてみれば楽園を訪れた心持ちに
ちがいない。
一撃目、なんといきなり剛体術。
耳にしたら、真っ先に119番を押したくなるような、打撃音だった。
オリバはビクともしない。かまわず刃牙は、ボールとなったオリバへ全方位から攻撃を
浴びせる。鬼に授かった筋肉で跳ね回り、殴りまくる。
苦悶の表情を浮かべるオリバ。防御のため、全身に満遍なく力みを加えているが、ダメ
ージの蓄積が尋常ではない。
しかし打たれる最中、オリバにとある記憶が蘇る。
いかにオリバとて、赤子の時から自由を飽食しているわけではない。自由を渇望し、愛
に餓え、肉を蓄え、いつしかどんな強制力も通用しない、アンチェイン(繋ぎ止められな
い)と呼ばれるに至った。
「これだ……」
アンチェインにあるまじき、打たれるがままのアルマジロのような体勢。
受動、待機、抑圧、忍耐、辛抱、我慢。好き勝手に生きてナンボのオリバにとって、も
っとも嫌悪する構え。
だからこそ、初心に帰ることができた。
ひたすらに耐え忍び、人類の爆薬ともいうべきフラストレーションを溜め、アドレナリ
ンを増幅させ、怒りをマックスに持っていく。
「束縛なくして、自由のカタルシスはありえねェ……」
チェイン、再びアンチェインへ。自己を死の寸前にまで追い込む不自由を経て、オリバ
の持てる力が根こそぎ放出される。
巨大な口が開かれた。
抑圧から解放へ、眠れる脳内物質を全て爆発させ、オリバの体が刃牙を呑み込む。
「オワァァッ!」
刃牙が絶叫する。
鬼をも上回る、肉体の安全装置を取り外した兇悪パックマン。
これが本物のゲーム中に登場したならば、餌のみならず、敵や地形までをも喰らい尽く
し、挙げ句画面外に飛び出しゲームプレイヤーをも糧としたことだろう。
抵抗も空しく、オリバの上半身と下半身に挟み込まれる刃牙。数秒後、骨が砕ける無数
の音が、さらには内臓が破れる音がパックマンの口内から発生した。
「サンクス、君のおかげで久々に若返ったよ。……刃牙ッ!」
力む。球体が凝縮され、パックマンは心も砕く。
やがて吐き出された刃牙は全身をくまなく粉砕され──奇妙に変形した体からは、すで
に鬼は消え去っていた。
──勝負あり。
わずかに気を保っている刃牙に、オリバが声をかける。
「刃牙よ……。どうやら……明日のデートは中止だな」
「いや……決行するぜ」
「なに?」
「見舞いに来てもらって……病院でデート……して、やるさ……」
最後の力で捨て台詞を残し、刃牙はついに意識を失った。
刃牙の精神力に驚嘆しながらも、かろうじて勝利を収めたオリバ。地上最大の予測不能
マッチに、幕が下ろされた瞬間だった。
抑圧から解放へ、眠れる脳内物質を全て爆発させ、オリバの体が刃牙を呑み込む。
「オワァァッ!」
刃牙が絶叫する。
鬼をも上回る、肉体の安全装置を取り外した兇悪パックマン。
これが本物のゲーム中に登場したならば、餌のみならず、敵や地形までをも喰らい尽く
し、挙げ句画面外に飛び出しゲームプレイヤーをも糧としたことだろう。
抵抗も空しく、オリバの上半身と下半身に挟み込まれる刃牙。数秒後、骨が砕ける無数
の音が、さらには内臓が破れる音がパックマンの口内から発生した。
「サンクス、君のおかげで久々に若返ったよ。……刃牙ッ!」
力む。球体が凝縮され、パックマンは心も砕く。
やがて吐き出された刃牙は全身をくまなく粉砕され──奇妙に変形した体からは、すで
に鬼は消え去っていた。
──勝負あり。
わずかに気を保っている刃牙に、オリバが声をかける。
「刃牙よ……。どうやら……明日のデートは中止だな」
「いや……決行するぜ」
「なに?」
「見舞いに来てもらって……病院でデート……して、やるさ……」
最後の力で捨て台詞を残し、刃牙はついに意識を失った。
刃牙の精神力に驚嘆しながらも、かろうじて勝利を収めたオリバ。地上最大の予測不能
マッチに、幕が下ろされた瞬間だった。