ここを守りきれるか否かで勝敗は決する。最後の防衛ラインとなった徳川ホテル北門は
これまでにない猛攻に晒されていた。テロリストの中でも特に優秀な精兵が、格闘、ナイ
フ、銃火器とあらゆる手段を用いて殺到する。
これに対し、警察側も園田が東、西、南から応援を向かわせたことによってどうにか五
分五分の戦いを演じていた。
とりわけ、しけい荘メンバーであるドイルの活躍はめざましかった。
「スッゲェ……あいつ一人でもう百人は倒してるんじゃねぇか?」
「体中から武器が飛び出るし、いったいどんな構造してやがんだ」
「とにかく、心強い戦力だということはたしかだな」
場違いなタキシード姿の二枚目イギリス人に手も足も出ないなど、テロリストらは想像
すらしていなかったことだろう。
磨きに磨き上げた体術と、仕込みに仕込んだ武器(タネ)。並大抵の人間では太刀打ち
できるはずもない。
また一人、敵兵がドイルのスプリングパンチによって沈められる。
と同時に、間合い(エリア)にこれまでの敵とは異質な侵入者を認めるドイル。
「どうやら君を投げ殺さねば、ホテルには入れんらしいな」
アマチュアレスリングのユニフォームとシューズを着用し、ドイルの数メートル前に仁
王立ちする巨漢。
すぐに正体を掴んだドイルが興味深そうに口を開く。
「ほう、まさかロシアで英雄とまで称えられた金メダリストがテロリストだとはな」
「最高幹部である私が出向いたからには、君にもう勝ち目はない」
「そうかい。ただ、ひとつだけ聞きたい。なぜ君のような優秀なスポーツマンが、テロリ
ストなどに身を落とした?」
「我がロシア共和国の地上最強を示すためだ」
事前に園田から今回のテログループの活動内容を聞いていたドイルは首をかしげる。
「ロシアの最強……? 君たちの破壊工作は全世界に及び、ロシアも例外ではないと聞き
及んでいるが……」
巨漢は心底残念そうに首を振ると、直後に信じられない言葉を口にする。
「あれはもうロシアではない。この私こそがロシア共和国たる資格があるッ!」
これまでにない猛攻に晒されていた。テロリストの中でも特に優秀な精兵が、格闘、ナイ
フ、銃火器とあらゆる手段を用いて殺到する。
これに対し、警察側も園田が東、西、南から応援を向かわせたことによってどうにか五
分五分の戦いを演じていた。
とりわけ、しけい荘メンバーであるドイルの活躍はめざましかった。
「スッゲェ……あいつ一人でもう百人は倒してるんじゃねぇか?」
「体中から武器が飛び出るし、いったいどんな構造してやがんだ」
「とにかく、心強い戦力だということはたしかだな」
場違いなタキシード姿の二枚目イギリス人に手も足も出ないなど、テロリストらは想像
すらしていなかったことだろう。
磨きに磨き上げた体術と、仕込みに仕込んだ武器(タネ)。並大抵の人間では太刀打ち
できるはずもない。
また一人、敵兵がドイルのスプリングパンチによって沈められる。
と同時に、間合い(エリア)にこれまでの敵とは異質な侵入者を認めるドイル。
「どうやら君を投げ殺さねば、ホテルには入れんらしいな」
アマチュアレスリングのユニフォームとシューズを着用し、ドイルの数メートル前に仁
王立ちする巨漢。
すぐに正体を掴んだドイルが興味深そうに口を開く。
「ほう、まさかロシアで英雄とまで称えられた金メダリストがテロリストだとはな」
「最高幹部である私が出向いたからには、君にもう勝ち目はない」
「そうかい。ただ、ひとつだけ聞きたい。なぜ君のような優秀なスポーツマンが、テロリ
ストなどに身を落とした?」
「我がロシア共和国の地上最強を示すためだ」
事前に園田から今回のテログループの活動内容を聞いていたドイルは首をかしげる。
「ロシアの最強……? 君たちの破壊工作は全世界に及び、ロシアも例外ではないと聞き
及んでいるが……」
巨漢は心底残念そうに首を振ると、直後に信じられない言葉を口にする。
「あれはもうロシアではない。この私こそがロシア共和国たる資格があるッ!」
アレクサンダー・ガーレン。
北に生まれ、極寒に生き、祖国のために死ぬと誓った、ロシアが生み出した大巨人。
物心つく頃から「ふるさとを最強にしたい」と豪語していた生粋の愛国者に、人々はア
マレスという輝かしい舞台を用意した。ソ連崩壊の激動も、彼は人を投げまくることで生
き抜いた。
「出たぞ、ガーレンスペシャルゥッ!」
ロシアの最強を全世界に知らしめるため、ガーレンは桁外れの潜在能力で、がむしゃら
に勝利し続けた。次々に並みいる強豪を投げ飛ばし、ふと振り返ると公式戦六百戦無敗と
いう前人未到の記録を打ち立てていた。もはやオリンピックのレスリング競技における金
メダルは、彼の参加賞と化していた。
しかし、いくら名誉を手にしようと、彼の心が晴れることはなかった。
ひとたび勝利すれば、尊敬する大統領が喜び、愛すべき国民は沸き上がる。──が、そ
れだけ。
レスリングは戦争ではない。マットの上でどれだけ敵国を投げ飛ばしたところで、捕虜
が手に入るわけでもなければ、祖国に有利な条約が結べるわけでもないし、領土が増える
わけでもない。ロシアは決して最強にはなれない。
──ならば。
──ならばどうする。
ある日、ガーレンは知人にこう告げた。
「ロシアが最強になれぬなら、私がロシアになればいい」
これ以降、ガーレンは表舞台から一切行方をくらます。混乱を避けるため、表向きには
報道で「膝の故障による入院」と締めくくられた。
北に生まれ、極寒に生き、祖国のために死ぬと誓った、ロシアが生み出した大巨人。
物心つく頃から「ふるさとを最強にしたい」と豪語していた生粋の愛国者に、人々はア
マレスという輝かしい舞台を用意した。ソ連崩壊の激動も、彼は人を投げまくることで生
き抜いた。
「出たぞ、ガーレンスペシャルゥッ!」
ロシアの最強を全世界に知らしめるため、ガーレンは桁外れの潜在能力で、がむしゃら
に勝利し続けた。次々に並みいる強豪を投げ飛ばし、ふと振り返ると公式戦六百戦無敗と
いう前人未到の記録を打ち立てていた。もはやオリンピックのレスリング競技における金
メダルは、彼の参加賞と化していた。
しかし、いくら名誉を手にしようと、彼の心が晴れることはなかった。
ひとたび勝利すれば、尊敬する大統領が喜び、愛すべき国民は沸き上がる。──が、そ
れだけ。
レスリングは戦争ではない。マットの上でどれだけ敵国を投げ飛ばしたところで、捕虜
が手に入るわけでもなければ、祖国に有利な条約が結べるわけでもないし、領土が増える
わけでもない。ロシアは決して最強にはなれない。
──ならば。
──ならばどうする。
ある日、ガーレンは知人にこう告げた。
「ロシアが最強になれぬなら、私がロシアになればいい」
これ以降、ガーレンは表舞台から一切行方をくらます。混乱を避けるため、表向きには
報道で「膝の故障による入院」と締めくくられた。
史上最大の愛国者が行き着く果ては、自身を祖国とすることであった。
己一人と天秤にかけるならば、ユーラシア大陸に君臨する広大な領土も、北の大地でた
くましく生きる一億を超える国民も、帝政時代より永く受け継がれてきた歴史も、ロシア
として相応しくない。ガーレンは本気でこう信じている。
「真のロシアとして“かつてロシアだった国”の破壊に暗躍する私に、ボスは“同盟国と
して私に協力してくれないか”とおっしゃった。もちろん私は応じたよ。ボスの同盟国と
して世界を崩壊させれば、私(ロシア)が最強となる夢もより実現に近づくからな」
ドイルはガーレンのもっとも恐るべき点は、恵まれた体格でもレスリング技術でもなく、
イカれているといってもよい鋼の愛国心にあると悟った。
「私の邪魔をする輩は人であろうと国であろうと、全て投げ殺してやるッ!」
全筋力を総動員した猛タックル。金メダリストから国家へと進化したガーレンが迫る。
一方、ドイルは自分でも驚くほど冷静だった。ガーレンの異常極まりない思想に触れ、
かえって落ち着くことができたのかもしれない。
ガーレンのタックルを横にかわし、刃を作動させた左膝で脇腹を全力で抉る。
「ぐゥッ……!」
右脇腹から滴り落ちる血に、ガーレンの顔色が変わる。
「いくら国になったと思い込んでるとはいえ、所詮スポーツマンだな。流血にはさほど免
疫がないか」
「ゆ、許せん……」
ガーレンはおぞましい表情でドイルに振り返った。開かれた瞳孔、膨らんだ鼻穴、びっ
しりと全身に描かれた赤と青の血管、全てが怒りに満ちている。
「我が領土に傷跡を残し、あまつさえ血液という我が国の貴重な資源までも奪うとは……。
貴様の罪はあまりに重いッ!」
激情をタックルに変え、再びドイルに突進するガーレン。が、組み合いとなる間合いの
寸前、ガーレンは掌を拳に切り替えた。プロボクサーも裸足で逃げ出すほどの、テクニカ
ルでスピーディな右フックがドイルに触れる。
「ボ、ボクシ──?!」
まともに喰らい、よろめくドイル。
「驚いたかね。レスリングだけではない。私がその気になれば、いかなる競技であろうと
明日にでもグランドチャンプになることができる。たとえボクシングでもッ!」
綺麗な左ストレートがドイルの顔面を打ち抜く。
「ジュードーでもッ!」
背負い投げによって、背骨から地面に落とされるドイル。
「スモウレスリングでもッ!」
起き上がりかけたドイルが、強烈なぶちかましで大きく吹っ飛ぶ。
「あえて付け加えるなら──」ドイルの細長い体を、まるでバーベルのように天に掲げる
ガーレン。「ウェイトリフティングなら今日にでもだッ!」
己一人と天秤にかけるならば、ユーラシア大陸に君臨する広大な領土も、北の大地でた
くましく生きる一億を超える国民も、帝政時代より永く受け継がれてきた歴史も、ロシア
として相応しくない。ガーレンは本気でこう信じている。
「真のロシアとして“かつてロシアだった国”の破壊に暗躍する私に、ボスは“同盟国と
して私に協力してくれないか”とおっしゃった。もちろん私は応じたよ。ボスの同盟国と
して世界を崩壊させれば、私(ロシア)が最強となる夢もより実現に近づくからな」
ドイルはガーレンのもっとも恐るべき点は、恵まれた体格でもレスリング技術でもなく、
イカれているといってもよい鋼の愛国心にあると悟った。
「私の邪魔をする輩は人であろうと国であろうと、全て投げ殺してやるッ!」
全筋力を総動員した猛タックル。金メダリストから国家へと進化したガーレンが迫る。
一方、ドイルは自分でも驚くほど冷静だった。ガーレンの異常極まりない思想に触れ、
かえって落ち着くことができたのかもしれない。
ガーレンのタックルを横にかわし、刃を作動させた左膝で脇腹を全力で抉る。
「ぐゥッ……!」
右脇腹から滴り落ちる血に、ガーレンの顔色が変わる。
「いくら国になったと思い込んでるとはいえ、所詮スポーツマンだな。流血にはさほど免
疫がないか」
「ゆ、許せん……」
ガーレンはおぞましい表情でドイルに振り返った。開かれた瞳孔、膨らんだ鼻穴、びっ
しりと全身に描かれた赤と青の血管、全てが怒りに満ちている。
「我が領土に傷跡を残し、あまつさえ血液という我が国の貴重な資源までも奪うとは……。
貴様の罪はあまりに重いッ!」
激情をタックルに変え、再びドイルに突進するガーレン。が、組み合いとなる間合いの
寸前、ガーレンは掌を拳に切り替えた。プロボクサーも裸足で逃げ出すほどの、テクニカ
ルでスピーディな右フックがドイルに触れる。
「ボ、ボクシ──?!」
まともに喰らい、よろめくドイル。
「驚いたかね。レスリングだけではない。私がその気になれば、いかなる競技であろうと
明日にでもグランドチャンプになることができる。たとえボクシングでもッ!」
綺麗な左ストレートがドイルの顔面を打ち抜く。
「ジュードーでもッ!」
背負い投げによって、背骨から地面に落とされるドイル。
「スモウレスリングでもッ!」
起き上がりかけたドイルが、強烈なぶちかましで大きく吹っ飛ぶ。
「あえて付け加えるなら──」ドイルの細長い体を、まるでバーベルのように天に掲げる
ガーレン。「ウェイトリフティングなら今日にでもだッ!」
90キロ近いドイルがバウンドするほどの叩きつけ。あまりに巨大な衝撃は、ドイルに
血を吐き出させる。
「ゲハァッ!」
ダウンしたドイルになおも襲いかかるガーレン。
「ロシアとなった私に敵はないッ!」
「……ふん」
人差し指を曲げるドイル。これを合図にスプリングの推進力を得た拳が、ガーレンの鼻
を潰す。
「グアアァッ!」
血を吐き出させる。
「ゲハァッ!」
ダウンしたドイルになおも襲いかかるガーレン。
「ロシアとなった私に敵はないッ!」
「……ふん」
人差し指を曲げるドイル。これを合図にスプリングの推進力を得た拳が、ガーレンの鼻
を潰す。
「グアアァッ!」