《EPISODE8:Listen to the words long written down》
――北アイルランド アーマー州 アイルランド共和国モナハン州との国境より北東13km地点
遮る物も無い草原に伸びる一本の道路。
その道をかなりのスピードで走り続ける、薄汚れた一台のセダン車。
黄昏(ダスク)の時は疾うに過ぎ、辺りを漆黒の闇が包み始めていた。
車の中には人影が五人。
背筋を伸ばして真っ直ぐに前を見ながらハンドルを握る青年。
腕を組んだまま、目を瞑っている助手席の中年男。
後部座席には若い男女が三人。
一人は眼光鋭い長髪の青年。一人は緊張気味に身を硬くするお下げ髪の少女。
そして銀色のコートに身を包み、揃いの帽子を目深に被った青年が最後の一人。
車中は重苦しい沈黙と緊張感に満ちている。
それもその筈だ。彼らの目的は仲良くピクニックという訳でも、休日の終わりに急いで帰宅という訳でもない。
彼らは錬金戦団。錬金の戦士。その職務は戦闘、その目的は殲滅。
テロリストであるパトリック・オコーネルとその一団“New Real IRA”、そして彼らの操る
ホムンクルスを倒す為に、北アイルランドの大地を疾走している。
しかし、国境を過ぎ、この地の深部へ進むにつれ、度を越した重苦しさはますます強くなっていく。
狩る者が感じる筈の無い“狩られる”恐怖。
野生動物ではない人間である彼らが心の奥底に感じている、また感じていても口にする事は許されない感覚。
戦士が進み、闘士が待つこの地に、神の使徒が遣わされているのだ。
錬金戦団。New Real IRA。ヴァチカン特務局第13課。
追い、追われる。狩り、狩られる。殺し、殺される。
捕食者達の夜を、冷たい月が照らし出していた。
光の下、車はただ走り続ける。
(随分と飛ばしてるな……)
防人は運転席のジュリアンを案じずにはいられなかった。
初めての戦闘任務に加え、指揮官は最も苦手にしているだろうマシュー・サムナー戦士長。
緊張の余りに、大英帝国支部に向かう際に見せたあの饒舌ぶりはすっかり影を潜めている。
サムナーの発した「飛ばせ。出来るだけだ」という言葉に「ハイ!」と返事をしてからは、ずっと無言のままだ。
だが、それはジュリアンのみに限った事では無い。
火渡も千歳も、そして当の防人自身も余計な言葉を発しようとはしない。
出発前の作戦会議の場で、サムナーに罵られた際の不快な感情が尾を引いているのだろう。
とはいえ、防人はこのわだかまりを多分に残したままのチームワークで任務を遂行出来るのかと、甚だ不安ではあった。
日本人戦士の三人の中ではリーダー格という立場、更には持って生まれた責任感の強い性格がそうさせるのである。
それにジュリアンの事はウィンストンから特に目を掛けるよう頼まれてもいる。
(幸いサムナー戦士長は寝てるみたいだし、声でも掛けて少しジュリアンをリラックスさせてやるか……)
緊張感というものは、それが程好ければ集中力や思考力を高めてくれる。
しかし、過度の緊張を張り詰め続ける事は、その疲労によって精神状態だけではなく、
身体機能にまで悪影響を及ぼしてしまう。
防人は斜め前の運転席に座るジュリアンの方へ身体を伸ばし、声を掛けようとした。
「なあ、ジュ――」
その時。
「アレ? 何だろ……」
隣のサムナーに聞こえない程度の声で、ジュリアンがブツブツと呟く。
「もう、危ないなぁ……」
年齢不相応に子供っぽい彼にしては、珍しくやや苛立った語調だ。
同時に68マイル(時速110km)を指すスピードメーターの針が右へと巻き戻っていく。
そして針の動きに合わせるように、窓の外の景色の流れは緩やかなものになっていった。
突然、サムナーが眼を開け、視線だけをジュリアンに向けた。
「何があった。何故スピードを落とす」
どうやら眼を瞑っていても眠ってはいなかったようだ。
「あっ、えと、あの……その……。前の方で道路の真ん中に人が立っているので……」
ジュリアンはアタフタと口ごもりながら応答した。
「何だと? こんな田舎道だというのに……」
腹立たしそうに眉間に皺を寄せながら、サムナーは身を乗り出してフロントガラスの向こうに眼を凝らす。
確かに遥か前方に人影が見える。
「!?」
何を、いや“誰を”確認したのか、サムナーは眼を大きく見開いた驚愕の表情でシートにもたれた。
「ば、馬鹿な……。ついさっき国境を越えたばかりだぞ……」
どういう訳か、冷静を通り越して冷酷ともいえるこの戦士長の声が上ずっている。
不可思議なサムナーの様子に、防人と千歳は顔を見合わせた。
その二人の横で、何かを感じ取ったかのように一人身を硬くする火渡。
サムナーは前方を凝視したままだ。
「……スピードを上げろ」
「え……? せ、戦士長?」
ジュリアンの耳にはサムナーの命令が、幼い頃ウィンストンに無理矢理習わされた大嫌いなフランス語に聴こえた。
そんなもの理解出来ないし、理解したくないとばかりに。
「スピードを上げろと言っている! このまま真っ直ぐ進むんだッ!」
「そっ、そんな! 轢いてしまいますよ!」
「構わんッ! 轢き殺せ!!」
気違い染みたサムナーの命令に、防人は身を乗り出して二人の間に割って入った。
「正気ですか!? 戦士長! やめてください!!」
「黙れ!」
サムナーは防人を押しのけると、ジュリアンが握るハンドルを強く掴み、彼の右足を踏みつけた。
ジュリアンの右足ごとアクセルペダルがベッタリと踏み込まれる。
車は急速にそのスピードを上げた。
「きゃあっ!」
あまりにも急な加速に、千歳の身体が勢いよくシートに倒される。
火渡は無言で前方の人物を睨みつけながら、左腕でしっかりと千歳の身体を押さえた。
「あ、ありがと、火渡君……」
スピードメーターは時速87マイル(時速140km)を指し、尚も速度は上がり続ける。
車と路上の人物との距離は急速に縮められ、ようやくその詳細な姿を目視出来るまでに至った。
月明かりとヘッドライトの光に照らし出されたのは、防人の予想だにしない種類の人物だった。
法衣らしきゆったりとした衣服。ライトに光を反射し、鈍い輝きを見せる十字架(クルス)。
“神父”だ。
ジュリアンは一種の恐慌状態(パニック)に陥っていた。
“このままでは人を轢き殺してしまう”
加速を続ける車は最早、神父の目前に迫っている。だが彼は微動だにせず立ち尽くし、避けようとはしない。
ジュリアンはハンドルから手を離し、両腕で顔を覆った。
「うわあああああ!!」
一人を除いた、車内全員の眼に映る神父の顔は“笑っていた”。
猛スピードで疾走する車と、神父の身体が交錯した。
瞬時に神父の両脚はバンパーに砕かれ、凄まじい勢いで上体がボンネットに叩きつけられる。
その刹那の後、神父の顔面はフロントガラスに強く打ちつけられた。
フロントガラスに蜘蛛の巣状の大きなヒビが入り、ビシャリと鮮血が撒き散らされる。
持ち上げられた神父の身体は車の屋根を転がり、最後にはトランクに叩きつけられ、
後方の闇の中へと消えていった。
すべては一瞬の出来事だった。
「ひ、轢いた……。ひ、ひっ、人を、人を轢いちゃった……。あ、ああ……神様……」
「な、何て事を……」
ジュリアンは涙を流して神に慈悲を乞い、千歳は両手で口元を押さえながらサムナーに非難の眼を向ける。
だがサムナーはそんな事にはお構い無しに、前方を見据えながら怒鳴り声で命令を下す。
「戦士・ブラボー! 追跡してこないか後ろを確認しろ!」
“追跡”してこないか? 馬鹿げている。時速160kmでハネ飛ばしたんだぞ。
“無事かどうか確認しろ”、いや“死体を確認しろ”の間違いだろう?
サムナー戦士長は頭がどうかしてしまったのか?
言われるまでも無く、防人は後ろを振り返り、神父の安否を確認する。
千歳もそれに続いた。
「なっ……!」
即死間違い無しのスピードでハネられた筈なのに。
車体の真後ろに放り出された筈なのに。
こんなに見通しの良い一本道の筈なのに。
「ま、まさか……。し、死体が、無い……」
「くっ……! 奴が……。奴がッ、あの神父が! “聖堂騎士”アレクサンド・アンデルセンだッ!!」
「なっ……!」
防人と千歳は驚きの余り、サムナーの方へ向き直る。
火渡は逆に、先程の神父と同種の笑みを浮かべて、顔をバックガラスの方へに向けた。
「シィイッイィイイイイイ……!」
突如、猛獣の唸り声にも似た奇声が後方から響き渡ってきた。
防人と千歳が再び振り返ると同時に、トランクの向こう側からニュッと白手袋と法衣の袖に
包まれた右腕が現れた。
その手には月光に煌く“銃剣(バヨネット)”が握られている。
千歳はホムンクルスにも感じた事の無い恐怖に全身が総毛だった。
「くっ、車に、しがみついて……」
人間じゃない。しかしホムンクルスでもない。では彼は、この“神父”は、何者なのだ?
耳障りな金属音を立てて、銃剣がトランクに打ち込まれた。
それに続いて歯牙を剥き出して笑うアンデルセンの顔が現れる。
その顔はまったくの無傷である。フロントガラスに叩きつけられズタズタになった筈なのに。
「If anyone does not love the Lord Jesus Christ…」
徐々に上半身が姿を現し、今度は左手に握る銃剣がトランクに打ち込まれた。
「let him be accursed…」
更に身体が引っ張り上げられ、右脚が靴音高く車上に掛かる。
大腿骨も膝蓋骨も脛骨も粉々に砕かれた筈の右脚が。ボディを踏み抜かんばかりに力強く。
「O Lord, come…!」
車体に打ち込まれた二本の銃剣をしっかと握り、遂には全身がトランクの上に乗せられた。
樹上のジャガーのようにトランクの上にしゃがみ込んだ五体全身は、まったくの無傷だ。
狂気と闘争心と信仰心に依って見開かれたその眼が、車中の五人を捉える。
アンデルセンは右手の銃剣を引き抜くと大きく振りかぶった。
「AAAAAAAAAAMENNN!!!!」
――北アイルランド アーマー州 アイルランド共和国モナハン州との国境より北東13km地点
遮る物も無い草原に伸びる一本の道路。
その道をかなりのスピードで走り続ける、薄汚れた一台のセダン車。
黄昏(ダスク)の時は疾うに過ぎ、辺りを漆黒の闇が包み始めていた。
車の中には人影が五人。
背筋を伸ばして真っ直ぐに前を見ながらハンドルを握る青年。
腕を組んだまま、目を瞑っている助手席の中年男。
後部座席には若い男女が三人。
一人は眼光鋭い長髪の青年。一人は緊張気味に身を硬くするお下げ髪の少女。
そして銀色のコートに身を包み、揃いの帽子を目深に被った青年が最後の一人。
車中は重苦しい沈黙と緊張感に満ちている。
それもその筈だ。彼らの目的は仲良くピクニックという訳でも、休日の終わりに急いで帰宅という訳でもない。
彼らは錬金戦団。錬金の戦士。その職務は戦闘、その目的は殲滅。
テロリストであるパトリック・オコーネルとその一団“New Real IRA”、そして彼らの操る
ホムンクルスを倒す為に、北アイルランドの大地を疾走している。
しかし、国境を過ぎ、この地の深部へ進むにつれ、度を越した重苦しさはますます強くなっていく。
狩る者が感じる筈の無い“狩られる”恐怖。
野生動物ではない人間である彼らが心の奥底に感じている、また感じていても口にする事は許されない感覚。
戦士が進み、闘士が待つこの地に、神の使徒が遣わされているのだ。
錬金戦団。New Real IRA。ヴァチカン特務局第13課。
追い、追われる。狩り、狩られる。殺し、殺される。
捕食者達の夜を、冷たい月が照らし出していた。
光の下、車はただ走り続ける。
(随分と飛ばしてるな……)
防人は運転席のジュリアンを案じずにはいられなかった。
初めての戦闘任務に加え、指揮官は最も苦手にしているだろうマシュー・サムナー戦士長。
緊張の余りに、大英帝国支部に向かう際に見せたあの饒舌ぶりはすっかり影を潜めている。
サムナーの発した「飛ばせ。出来るだけだ」という言葉に「ハイ!」と返事をしてからは、ずっと無言のままだ。
だが、それはジュリアンのみに限った事では無い。
火渡も千歳も、そして当の防人自身も余計な言葉を発しようとはしない。
出発前の作戦会議の場で、サムナーに罵られた際の不快な感情が尾を引いているのだろう。
とはいえ、防人はこのわだかまりを多分に残したままのチームワークで任務を遂行出来るのかと、甚だ不安ではあった。
日本人戦士の三人の中ではリーダー格という立場、更には持って生まれた責任感の強い性格がそうさせるのである。
それにジュリアンの事はウィンストンから特に目を掛けるよう頼まれてもいる。
(幸いサムナー戦士長は寝てるみたいだし、声でも掛けて少しジュリアンをリラックスさせてやるか……)
緊張感というものは、それが程好ければ集中力や思考力を高めてくれる。
しかし、過度の緊張を張り詰め続ける事は、その疲労によって精神状態だけではなく、
身体機能にまで悪影響を及ぼしてしまう。
防人は斜め前の運転席に座るジュリアンの方へ身体を伸ばし、声を掛けようとした。
「なあ、ジュ――」
その時。
「アレ? 何だろ……」
隣のサムナーに聞こえない程度の声で、ジュリアンがブツブツと呟く。
「もう、危ないなぁ……」
年齢不相応に子供っぽい彼にしては、珍しくやや苛立った語調だ。
同時に68マイル(時速110km)を指すスピードメーターの針が右へと巻き戻っていく。
そして針の動きに合わせるように、窓の外の景色の流れは緩やかなものになっていった。
突然、サムナーが眼を開け、視線だけをジュリアンに向けた。
「何があった。何故スピードを落とす」
どうやら眼を瞑っていても眠ってはいなかったようだ。
「あっ、えと、あの……その……。前の方で道路の真ん中に人が立っているので……」
ジュリアンはアタフタと口ごもりながら応答した。
「何だと? こんな田舎道だというのに……」
腹立たしそうに眉間に皺を寄せながら、サムナーは身を乗り出してフロントガラスの向こうに眼を凝らす。
確かに遥か前方に人影が見える。
「!?」
何を、いや“誰を”確認したのか、サムナーは眼を大きく見開いた驚愕の表情でシートにもたれた。
「ば、馬鹿な……。ついさっき国境を越えたばかりだぞ……」
どういう訳か、冷静を通り越して冷酷ともいえるこの戦士長の声が上ずっている。
不可思議なサムナーの様子に、防人と千歳は顔を見合わせた。
その二人の横で、何かを感じ取ったかのように一人身を硬くする火渡。
サムナーは前方を凝視したままだ。
「……スピードを上げろ」
「え……? せ、戦士長?」
ジュリアンの耳にはサムナーの命令が、幼い頃ウィンストンに無理矢理習わされた大嫌いなフランス語に聴こえた。
そんなもの理解出来ないし、理解したくないとばかりに。
「スピードを上げろと言っている! このまま真っ直ぐ進むんだッ!」
「そっ、そんな! 轢いてしまいますよ!」
「構わんッ! 轢き殺せ!!」
気違い染みたサムナーの命令に、防人は身を乗り出して二人の間に割って入った。
「正気ですか!? 戦士長! やめてください!!」
「黙れ!」
サムナーは防人を押しのけると、ジュリアンが握るハンドルを強く掴み、彼の右足を踏みつけた。
ジュリアンの右足ごとアクセルペダルがベッタリと踏み込まれる。
車は急速にそのスピードを上げた。
「きゃあっ!」
あまりにも急な加速に、千歳の身体が勢いよくシートに倒される。
火渡は無言で前方の人物を睨みつけながら、左腕でしっかりと千歳の身体を押さえた。
「あ、ありがと、火渡君……」
スピードメーターは時速87マイル(時速140km)を指し、尚も速度は上がり続ける。
車と路上の人物との距離は急速に縮められ、ようやくその詳細な姿を目視出来るまでに至った。
月明かりとヘッドライトの光に照らし出されたのは、防人の予想だにしない種類の人物だった。
法衣らしきゆったりとした衣服。ライトに光を反射し、鈍い輝きを見せる十字架(クルス)。
“神父”だ。
ジュリアンは一種の恐慌状態(パニック)に陥っていた。
“このままでは人を轢き殺してしまう”
加速を続ける車は最早、神父の目前に迫っている。だが彼は微動だにせず立ち尽くし、避けようとはしない。
ジュリアンはハンドルから手を離し、両腕で顔を覆った。
「うわあああああ!!」
一人を除いた、車内全員の眼に映る神父の顔は“笑っていた”。
猛スピードで疾走する車と、神父の身体が交錯した。
瞬時に神父の両脚はバンパーに砕かれ、凄まじい勢いで上体がボンネットに叩きつけられる。
その刹那の後、神父の顔面はフロントガラスに強く打ちつけられた。
フロントガラスに蜘蛛の巣状の大きなヒビが入り、ビシャリと鮮血が撒き散らされる。
持ち上げられた神父の身体は車の屋根を転がり、最後にはトランクに叩きつけられ、
後方の闇の中へと消えていった。
すべては一瞬の出来事だった。
「ひ、轢いた……。ひ、ひっ、人を、人を轢いちゃった……。あ、ああ……神様……」
「な、何て事を……」
ジュリアンは涙を流して神に慈悲を乞い、千歳は両手で口元を押さえながらサムナーに非難の眼を向ける。
だがサムナーはそんな事にはお構い無しに、前方を見据えながら怒鳴り声で命令を下す。
「戦士・ブラボー! 追跡してこないか後ろを確認しろ!」
“追跡”してこないか? 馬鹿げている。時速160kmでハネ飛ばしたんだぞ。
“無事かどうか確認しろ”、いや“死体を確認しろ”の間違いだろう?
サムナー戦士長は頭がどうかしてしまったのか?
言われるまでも無く、防人は後ろを振り返り、神父の安否を確認する。
千歳もそれに続いた。
「なっ……!」
即死間違い無しのスピードでハネられた筈なのに。
車体の真後ろに放り出された筈なのに。
こんなに見通しの良い一本道の筈なのに。
「ま、まさか……。し、死体が、無い……」
「くっ……! 奴が……。奴がッ、あの神父が! “聖堂騎士”アレクサンド・アンデルセンだッ!!」
「なっ……!」
防人と千歳は驚きの余り、サムナーの方へ向き直る。
火渡は逆に、先程の神父と同種の笑みを浮かべて、顔をバックガラスの方へに向けた。
「シィイッイィイイイイイ……!」
突如、猛獣の唸り声にも似た奇声が後方から響き渡ってきた。
防人と千歳が再び振り返ると同時に、トランクの向こう側からニュッと白手袋と法衣の袖に
包まれた右腕が現れた。
その手には月光に煌く“銃剣(バヨネット)”が握られている。
千歳はホムンクルスにも感じた事の無い恐怖に全身が総毛だった。
「くっ、車に、しがみついて……」
人間じゃない。しかしホムンクルスでもない。では彼は、この“神父”は、何者なのだ?
耳障りな金属音を立てて、銃剣がトランクに打ち込まれた。
それに続いて歯牙を剥き出して笑うアンデルセンの顔が現れる。
その顔はまったくの無傷である。フロントガラスに叩きつけられズタズタになった筈なのに。
「If anyone does not love the Lord Jesus Christ…」
徐々に上半身が姿を現し、今度は左手に握る銃剣がトランクに打ち込まれた。
「let him be accursed…」
更に身体が引っ張り上げられ、右脚が靴音高く車上に掛かる。
大腿骨も膝蓋骨も脛骨も粉々に砕かれた筈の右脚が。ボディを踏み抜かんばかりに力強く。
「O Lord, come…!」
車体に打ち込まれた二本の銃剣をしっかと握り、遂には全身がトランクの上に乗せられた。
樹上のジャガーのようにトランクの上にしゃがみ込んだ五体全身は、まったくの無傷だ。
狂気と闘争心と信仰心に依って見開かれたその眼が、車中の五人を捉える。
アンデルセンは右手の銃剣を引き抜くと大きく振りかぶった。
「AAAAAAAAAAMENNN!!!!」