しけい荘の老怪人、スペックが敗北を喫した。
ホテルの外壁に叩きつけられ、落下し、うつ伏せのままぴくりともしない。
このショッキングな映像はむろん、モニター室から戦闘を監視する光成と園田にも届け
られた。
開戦からずっとはしゃぎっ放しだった光成から、初めて笑みが消えた。
「な……なんということじゃ……」
園田も同様だった。無念そうに首を振る。
「完全に計算外だった……。テロリストがあんな化け物を用意していたとは……。自衛隊
がいたとしても、いやアンチェインでも勝てるかどうか……」
果たしてアレを止められるのか。最悪の結末が頭をよぎる。
しかし、映像の中のカマキリはまっすぐホテルには向かわない。
「なにをしておるんじゃ……あやつは」
カマキリはサイズに合わせて肥大化した本能と鋭敏化した感覚で、とある気配を察知し
ていた。
「ま、まさか……ッ!」カマキリの動きから、先に感づいたのは園田の方だった。「ここ
を探しているのでは……」
「な、なんじゃとッ?!」
彼らのいるモニター室は、ホテル内ではなくホテル西門の庭にある地下室に設置されて
いた。ホテル内では園田がすぐに現場へ駆けつけられない上、また観戦する光成の身も灯
台下暗しでかえって安全だろうと判断したためだった。
むろん、地上には入念なカモフラージュを施してはいるが、カマキリは確実にモニター
室へのドアが隠された座標に迫っている。
「まずいのう……まっすぐこっちに向かっておる」
「これは……私のミスです……。私が囮になりますゆえ、徳川さんはその隙に──」
「なにを慌てているのです、園田警視正」
自信がたっぷりと含まれた声色。
「ここに来る前に、地上であのカマキリを退治してしまえばよいだけのこと。ご老公、心
配せずにお待ち下さい。すぐに私が片付けて参ります」
徳川家親衛隊隊長、加納秀明がついにテロリスト戦争に参戦を表明をした。
ホテルの外壁に叩きつけられ、落下し、うつ伏せのままぴくりともしない。
このショッキングな映像はむろん、モニター室から戦闘を監視する光成と園田にも届け
られた。
開戦からずっとはしゃぎっ放しだった光成から、初めて笑みが消えた。
「な……なんということじゃ……」
園田も同様だった。無念そうに首を振る。
「完全に計算外だった……。テロリストがあんな化け物を用意していたとは……。自衛隊
がいたとしても、いやアンチェインでも勝てるかどうか……」
果たしてアレを止められるのか。最悪の結末が頭をよぎる。
しかし、映像の中のカマキリはまっすぐホテルには向かわない。
「なにをしておるんじゃ……あやつは」
カマキリはサイズに合わせて肥大化した本能と鋭敏化した感覚で、とある気配を察知し
ていた。
「ま、まさか……ッ!」カマキリの動きから、先に感づいたのは園田の方だった。「ここ
を探しているのでは……」
「な、なんじゃとッ?!」
彼らのいるモニター室は、ホテル内ではなくホテル西門の庭にある地下室に設置されて
いた。ホテル内では園田がすぐに現場へ駆けつけられない上、また観戦する光成の身も灯
台下暗しでかえって安全だろうと判断したためだった。
むろん、地上には入念なカモフラージュを施してはいるが、カマキリは確実にモニター
室へのドアが隠された座標に迫っている。
「まずいのう……まっすぐこっちに向かっておる」
「これは……私のミスです……。私が囮になりますゆえ、徳川さんはその隙に──」
「なにを慌てているのです、園田警視正」
自信がたっぷりと含まれた声色。
「ここに来る前に、地上であのカマキリを退治してしまえばよいだけのこと。ご老公、心
配せずにお待ち下さい。すぐに私が片付けて参ります」
徳川家親衛隊隊長、加納秀明がついにテロリスト戦争に参戦を表明をした。
とうとう隠された地下室の目星をつけたカマキリ。芝生による巧妙な偽装も、野性には
通用しない。カマキリの筋力があれば、入り口をこじ開けることなど朝飯前だ。
だが、カマキリがこじ開けようとする前に、入り口は地下から開かれた。徳川家を守護
する戦士、加納秀明がカマキリに宣戦布告する。
「こ、これは……間近にすると、とんでもない化け物だな。
しかし、悪いがこの下に行かせてやるわけにはいかないな……。ご老公には指一本触れ
させんぞ」
加納はディフェンス術に長けた戦士である。敵の構えをそっくり真似ることで、敵の動
きを予測し、あらゆる攻撃を捌いてしまう。
巨大カマキリの異形に面食らったものの、すぐに加納はいつもの自分を取り戻した。
「さァ来たまえ、私の初弾を避けられるかな?」
な、と発声した加納に、横になぎ払われた左前脚が命中──真横に吹っ飛ぶ。
十八番の防御術も機能せず、哀れ加納は白目を剥いて横たわってしまった。
「やっぱりのう……」
「やっぱりな……」
この戦いも監視カメラで期待せず観戦していた光成と園田だったが、呆れながらほぼ同
じ言葉を吐いた。
通用しない。カマキリの筋力があれば、入り口をこじ開けることなど朝飯前だ。
だが、カマキリがこじ開けようとする前に、入り口は地下から開かれた。徳川家を守護
する戦士、加納秀明がカマキリに宣戦布告する。
「こ、これは……間近にすると、とんでもない化け物だな。
しかし、悪いがこの下に行かせてやるわけにはいかないな……。ご老公には指一本触れ
させんぞ」
加納はディフェンス術に長けた戦士である。敵の構えをそっくり真似ることで、敵の動
きを予測し、あらゆる攻撃を捌いてしまう。
巨大カマキリの異形に面食らったものの、すぐに加納はいつもの自分を取り戻した。
「さァ来たまえ、私の初弾を避けられるかな?」
な、と発声した加納に、横になぎ払われた左前脚が命中──真横に吹っ飛ぶ。
十八番の防御術も機能せず、哀れ加納は白目を剥いて横たわってしまった。
「やっぱりのう……」
「やっぱりな……」
この戦いも監視カメラで期待せず観戦していた光成と園田だったが、呆れながらほぼ同
じ言葉を吐いた。
親衛隊長の挑戦は、光成たちの想定内の結末で幕を閉じた。
とはいえ加納が戦線離脱したため、カマキリの地下室への侵入を防げる者はもういない。
予想だにしなかった「カマキリによって殺害される」という極めて発生確率が高い未来
を目と鼻の先にし、光成から血の気が引いていく。
「ど、どうしたもんかのう……園田君……」
「先ほども申し上げたように、私が囮となります」懐から拳銃を取り出す園田。「ヤツの
外皮にこんなものが通用するとは思えませんが、隙を作るくらいはできるはず」
「しっ、しかし……」
「もう議論している時間はありません、行きますよ!」
特攻あるのみ。銃でカマキリのどの部位を狙うべきかプランを練りながら、園田が階段
で地上へ出ようとする。と、そこへ光成の声。
「ちょ、ちょっと待てい……園田君ッ!」
「どうしました?」
「まだ終わっとらんかったぞッ!」
「え、え……え?」
両拳を握り締める光成。訳が分からない園田。答えはモニターにくっきりと映っていた。
とはいえ加納が戦線離脱したため、カマキリの地下室への侵入を防げる者はもういない。
予想だにしなかった「カマキリによって殺害される」という極めて発生確率が高い未来
を目と鼻の先にし、光成から血の気が引いていく。
「ど、どうしたもんかのう……園田君……」
「先ほども申し上げたように、私が囮となります」懐から拳銃を取り出す園田。「ヤツの
外皮にこんなものが通用するとは思えませんが、隙を作るくらいはできるはず」
「しっ、しかし……」
「もう議論している時間はありません、行きますよ!」
特攻あるのみ。銃でカマキリのどの部位を狙うべきかプランを練りながら、園田が階段
で地上へ出ようとする。と、そこへ光成の声。
「ちょ、ちょっと待てい……園田君ッ!」
「どうしました?」
「まだ終わっとらんかったぞッ!」
「え、え……え?」
両拳を握り締める光成。訳が分からない園田。答えはモニターにくっきりと映っていた。
カマキリが動かない。いや、動けない。
袋状に膨れた腹部を、人間の両腕によって背後から組みつかれ、モニター室どころでは
なくなっていた。
しかし、たとえ組み合いでもカマキリのパワーは健在だ。脚を使って引きはがしにかか
る。が、動いた瞬間、体重100キロ以上を超えるカマキリがふわりと浮いた。
浮いて、後ろに向かって曲線を描いて、頭部から地面に突き刺さるカマキリ。
「本当ニ甘イ……ヤハリ昆虫(インセクト)デス……」
──カマキリを見下ろすスペック。
頭から首まで、紅い縞模様が形成されるほどに流血している。致死量級のダメージを負
いながらも復帰し、しかもカマキリ相手にジャーマンスープレックスを決めてみせた。
「アノママ一気ニ追イ込メバ、君ノ勝チモ十分ニアリエタ」
起き上がろうとするカマキリの頭部に、踵による強烈な踏みつけ。金属音と破砕音とが
混ざった凄まじい音が響いた。
「俺タチノ戦イハネ、カマキリ君。食物連鎖ナンテイウ甘ァ~イ世界ジャナインダ」
片足では足りぬと感じたのか、今度は両足で全体重を乗せて踏みつける。さらにひどい
音がホテル近辺を駆け抜ける。
「オソラク、サホド空腹デナカッタカラ俺ヲ追撃シナカッタノダロウガ、人間ノ世界デハ
ソンナ悠長ナ考エハ通用シナイ。ドンナニ満タサレテイヨウト“殺ル時ハ殺ル”──コレ
ハ食イ合イナンカジャナク、殺シ合イナンダヨ」
血にまみれたスペックの殺気に危機を感じたのか、カマキリががばっと立ち上がる。踏
まれた頭部にひびが入っているが、ダメージ量としては多くない。脳容積が人間に比して
遥かに少ないため、脳震盪がほぼ起こらないという点も闘争の上で有利に働いている。
「ジャアカマキリ君、ラウンド2ゥ~ヲ始メヨウカ」
復活は遂げたが、彼のいう1ラウンド目に受けた被害は甚大だ。流血は収まっておらず、
五体には鋭い痺れが残っている。到底戦えるコンディションではないのだ。
なのに、スペックはリベンジを選んだ。無呼吸連打──開始!
袋状に膨れた腹部を、人間の両腕によって背後から組みつかれ、モニター室どころでは
なくなっていた。
しかし、たとえ組み合いでもカマキリのパワーは健在だ。脚を使って引きはがしにかか
る。が、動いた瞬間、体重100キロ以上を超えるカマキリがふわりと浮いた。
浮いて、後ろに向かって曲線を描いて、頭部から地面に突き刺さるカマキリ。
「本当ニ甘イ……ヤハリ昆虫(インセクト)デス……」
──カマキリを見下ろすスペック。
頭から首まで、紅い縞模様が形成されるほどに流血している。致死量級のダメージを負
いながらも復帰し、しかもカマキリ相手にジャーマンスープレックスを決めてみせた。
「アノママ一気ニ追イ込メバ、君ノ勝チモ十分ニアリエタ」
起き上がろうとするカマキリの頭部に、踵による強烈な踏みつけ。金属音と破砕音とが
混ざった凄まじい音が響いた。
「俺タチノ戦イハネ、カマキリ君。食物連鎖ナンテイウ甘ァ~イ世界ジャナインダ」
片足では足りぬと感じたのか、今度は両足で全体重を乗せて踏みつける。さらにひどい
音がホテル近辺を駆け抜ける。
「オソラク、サホド空腹デナカッタカラ俺ヲ追撃シナカッタノダロウガ、人間ノ世界デハ
ソンナ悠長ナ考エハ通用シナイ。ドンナニ満タサレテイヨウト“殺ル時ハ殺ル”──コレ
ハ食イ合イナンカジャナク、殺シ合イナンダヨ」
血にまみれたスペックの殺気に危機を感じたのか、カマキリががばっと立ち上がる。踏
まれた頭部にひびが入っているが、ダメージ量としては多くない。脳容積が人間に比して
遥かに少ないため、脳震盪がほぼ起こらないという点も闘争の上で有利に働いている。
「ジャアカマキリ君、ラウンド2ゥ~ヲ始メヨウカ」
復活は遂げたが、彼のいう1ラウンド目に受けた被害は甚大だ。流血は収まっておらず、
五体には鋭い痺れが残っている。到底戦えるコンディションではないのだ。
なのに、スペックはリベンジを選んだ。無呼吸連打──開始!