もし一匹のカマキリと殺し合いになったとしたら、人間はどう対処するだろうか。
足で踏み潰すだろうか、それとも手で叩き潰すだろうか、あるいは残酷にも体をバラバ
ラにしてみせるだろうか。手段はどうあれ、人間の圧勝という結果は揺るがないだろう。
だが、カマキリのサイズが少し変わるだけで、結果は大きく揺らぐ──。
「テロリストト戦ウッテノハ聞イテタガヨ……相手ガカマキリダトハ聞イテナカッタゼ」
巨大カマキリを前に、さすがのスペックも動揺していた。
幻覚などでは、断じてない。
嫌でも目につく巨大な二丁鎌の前脚、細長く硬そうな胸部、重そうに大きく膨れた腹部、
表情を持たない逆三角形の頭部──いずれも緑色を基調として染色されている。
カマキリの後ろには、さっきまで勇敢に戦っていた警官とテロリストが無数に散らかっ
ている。ケントが危惧した通り、敵味方の区別などまるでない。ゾウをもたやすく殺す無
差別殺人マシーンの間合い(エリア)に、スペックは入ってしまっていた。
「ヤルシカネェヨウダナ……」
スペックの全力右ストレートが、カマキリの頭部をまともに捉えた。
これ一発で普通人ならば絶命モノだが、
「──硬ッテェッ!」
カマキリの外皮は普通ではなかった。
殴った瞬間に金属音を生ずるほどの硬度と強度。ダメージは認められず、喰らったカマ
キリは呑気にきょろきょろと首を動かしている。
「クッ!」
間髪入れず、左アッパー。下顎にクリーンヒットするが、やはりダメージはない。
警戒に値する二撃をもらい、ついにカマキリが動く。
右前脚を振り上げ、高速で振り下ろす。直撃は免れるも、かすった腕に爪で抉られたよ
うな傷がつく。本来は獲物を逃さぬためのストッパーである、カマキリの前脚(カマ)に
ついたギザギザ状の突起が、このサイズになると兇悪な刃物と化している。
一度距離を広げようとするスペックだったが、カマキリは逃さない。
左前脚に右腕を捕えられ、投げられた。
元の大きさであれば自重以上の獲物をも軽々捕えるカマキリのパワー。彼にしてみれば、
単に敵を振り払っただけだったのだろうが──
──スペックは飛んでいた。
足で踏み潰すだろうか、それとも手で叩き潰すだろうか、あるいは残酷にも体をバラバ
ラにしてみせるだろうか。手段はどうあれ、人間の圧勝という結果は揺るがないだろう。
だが、カマキリのサイズが少し変わるだけで、結果は大きく揺らぐ──。
「テロリストト戦ウッテノハ聞イテタガヨ……相手ガカマキリダトハ聞イテナカッタゼ」
巨大カマキリを前に、さすがのスペックも動揺していた。
幻覚などでは、断じてない。
嫌でも目につく巨大な二丁鎌の前脚、細長く硬そうな胸部、重そうに大きく膨れた腹部、
表情を持たない逆三角形の頭部──いずれも緑色を基調として染色されている。
カマキリの後ろには、さっきまで勇敢に戦っていた警官とテロリストが無数に散らかっ
ている。ケントが危惧した通り、敵味方の区別などまるでない。ゾウをもたやすく殺す無
差別殺人マシーンの間合い(エリア)に、スペックは入ってしまっていた。
「ヤルシカネェヨウダナ……」
スペックの全力右ストレートが、カマキリの頭部をまともに捉えた。
これ一発で普通人ならば絶命モノだが、
「──硬ッテェッ!」
カマキリの外皮は普通ではなかった。
殴った瞬間に金属音を生ずるほどの硬度と強度。ダメージは認められず、喰らったカマ
キリは呑気にきょろきょろと首を動かしている。
「クッ!」
間髪入れず、左アッパー。下顎にクリーンヒットするが、やはりダメージはない。
警戒に値する二撃をもらい、ついにカマキリが動く。
右前脚を振り上げ、高速で振り下ろす。直撃は免れるも、かすった腕に爪で抉られたよ
うな傷がつく。本来は獲物を逃さぬためのストッパーである、カマキリの前脚(カマ)に
ついたギザギザ状の突起が、このサイズになると兇悪な刃物と化している。
一度距離を広げようとするスペックだったが、カマキリは逃さない。
左前脚に右腕を捕えられ、投げられた。
元の大きさであれば自重以上の獲物をも軽々捕えるカマキリのパワー。彼にしてみれば、
単に敵を振り払っただけだったのだろうが──
──スペックは飛んでいた。
投げられ、放物線を描き、約三秒ほど空中遊泳を楽しんだあと、スペックは展示されて
いるギリシア彫刻の上に墜落した。美しい彫刻が粉々に砕けたのはいうまでもない。
遠のきゆく意識を闘志で押さえつけ、スペックは立ち上がった。
「コンナニブン投ゲラレタノカヨ……ッ!」
スペックのカマキリとの間合いは、十五メートル近くにまで広がっていた。
獲物を狩るべく、カマキリが駆ける。スペックの想像を超える速さ。六本の脚が瞬く間
に、主人(カマキリ)と標的(スペック)の間合いを埋めた。
距離が開いたことで、少し時間を稼げると踏んだスペックの当ては外れた。
「チィッ!」
舌打ちと同時に発射された右フックが、突進するカマキリを打ち抜く。が、カマキリは
かまわず左前脚を振り下ろした。
綺麗に脳天にヒット。コンマ数秒、視界がブラックアウトするほどの衝撃だった。
ふと気づくと、スペックの顔面は地面に埋まっていた。陥没跡に残された何本かの前歯
と血がダメージの深さを物語る。
顔を上げると、カマキリの巨大な下顎がすぐそばまで迫っていた。
喰われる。
咄嗟に身をかわしたが、左肩を強靭な顎によって大きく食い千切られた。もう数センチ
ずれていれば頸動脈をやられていた。左肩から噴き出す己の血に、スペックもヒートアッ
プする。
「ヤッテクレルジャネェカ……人間サマヲ嘗メヤガッテ……。パワーデカナワネェンナラ、
パワーヲ活カス時間サエ与エネェッ!」
不意に大きく息を吸い込むスペック──チャージ完了。
無表情のカマキリを、無呼吸連打の脅威が襲う。
いるギリシア彫刻の上に墜落した。美しい彫刻が粉々に砕けたのはいうまでもない。
遠のきゆく意識を闘志で押さえつけ、スペックは立ち上がった。
「コンナニブン投ゲラレタノカヨ……ッ!」
スペックのカマキリとの間合いは、十五メートル近くにまで広がっていた。
獲物を狩るべく、カマキリが駆ける。スペックの想像を超える速さ。六本の脚が瞬く間
に、主人(カマキリ)と標的(スペック)の間合いを埋めた。
距離が開いたことで、少し時間を稼げると踏んだスペックの当ては外れた。
「チィッ!」
舌打ちと同時に発射された右フックが、突進するカマキリを打ち抜く。が、カマキリは
かまわず左前脚を振り下ろした。
綺麗に脳天にヒット。コンマ数秒、視界がブラックアウトするほどの衝撃だった。
ふと気づくと、スペックの顔面は地面に埋まっていた。陥没跡に残された何本かの前歯
と血がダメージの深さを物語る。
顔を上げると、カマキリの巨大な下顎がすぐそばまで迫っていた。
喰われる。
咄嗟に身をかわしたが、左肩を強靭な顎によって大きく食い千切られた。もう数センチ
ずれていれば頸動脈をやられていた。左肩から噴き出す己の血に、スペックもヒートアッ
プする。
「ヤッテクレルジャネェカ……人間サマヲ嘗メヤガッテ……。パワーデカナワネェンナラ、
パワーヲ活カス時間サエ与エネェッ!」
不意に大きく息を吸い込むスペック──チャージ完了。
無表情のカマキリを、無呼吸連打の脅威が襲う。
徳川ホテル玄関──。
ロビーのソファに腰かけ、優雅にコーヒーを嗜むオリバ。違いの分かる男はまず匂いか
ら楽しむ。
「うぅむ、香ばしい。やはりコーヒーはブルーマウンテンに限るな」
「恐れ入ります」
丁寧に頭を下げ、後ずさるホテルの使用人。
午後九時を少し回った時刻、今のところホテル内は一度も戦場になっていない。警官隊
と機動隊、東西南北に散ったしけい荘メンバーが奮戦しているためだ。すでに柳がいる東
門と、ドリアンが担当する南門は、テロリスト勢力の制圧がほぼ完了したとの報告も入っ
ている。
このままいけば出番はないかもな──と、オリバが嬉しそうにカップを口に運ぶ。
すると口をつける寸前、力を加えていないのに、カップの取っ手がぽろりと取れた。熱
いコーヒーがオリバの膝を濡らす。
「これは……」
顔面蒼白となって、タオルを持って飛んできた使用人の言葉など、耳に入らなかった。
不吉な予感。
「私の出番が近いのかもしれんな」
ロビーのソファに腰かけ、優雅にコーヒーを嗜むオリバ。違いの分かる男はまず匂いか
ら楽しむ。
「うぅむ、香ばしい。やはりコーヒーはブルーマウンテンに限るな」
「恐れ入ります」
丁寧に頭を下げ、後ずさるホテルの使用人。
午後九時を少し回った時刻、今のところホテル内は一度も戦場になっていない。警官隊
と機動隊、東西南北に散ったしけい荘メンバーが奮戦しているためだ。すでに柳がいる東
門と、ドリアンが担当する南門は、テロリスト勢力の制圧がほぼ完了したとの報告も入っ
ている。
このままいけば出番はないかもな──と、オリバが嬉しそうにカップを口に運ぶ。
すると口をつける寸前、力を加えていないのに、カップの取っ手がぽろりと取れた。熱
いコーヒーがオリバの膝を濡らす。
「これは……」
顔面蒼白となって、タオルを持って飛んできた使用人の言葉など、耳に入らなかった。
不吉な予感。
「私の出番が近いのかもしれんな」
始まったが最後、決して止まぬ無呼吸の打撃。
97年間、スペックを好き勝手させてきた拳足が、嵐となってカマキリの全身を打ちま
くる。金属音がけたたましく奏でられる。
昆虫が生きる世界に、このような連打(ラッシュ)はありえない。防御術を全く持たぬ
カマキリはノーガードで打撃を浴び続ける。反撃に移れるはずがない。
「ハハハハハッ! ドウダイ……テメェガブッ壊レルマデ、俺ハ止マラネェゼッ!」
絶好調。大笑いしながら、スペックが暴虐の拳を振るう。
サイズさえ平等ならば地上最強とも謳われるカマキリを、スペックの規格外の肺活量と
身体能力が圧倒していた。
一分ほど経過した頃、スペックが右ストレートを叩き込もうとする──刹那だった。
カマキリは突如右前脚を振るった。
「エ」
スペックの左頬がしたたかに切り裂かれた。
狼狽するスペック。反撃する暇などないはず。そもそもあれだけパンチとキックを浴び
せたのだから、相当量のダメージが蓄積されているはず。
カマキリは全身がところどころひしゃげているはいるものの、いたって平然としていた。
反撃できなかったわけではない。しなかっただけ。反撃しようとすれば、いつだってでき
たのだ。
両者の実力差──否、性能差にはそれほどまでに隔たりがあった。
「……シィィットッ!」
無呼吸打撃を再開しようとするスペックだが、そこに左前脚によるフックが炸裂。スペ
ックから意識が抜け飛ぶ。
さらに、右前脚がスペックの首を挟み、強引に地面へ叩きつける。頸椎への影響を心配
する間もなく、投げ飛ばし。飛距離は、振り払った結果に過ぎない一回目の投げを、大幅
に更新した。
三十メートルは吹っ飛んだスペックはホテルの壁にもろに激突し、動かなくなった。
なお、スペックがぶつかった箇所には、血の花が咲いていたという──。
97年間、スペックを好き勝手させてきた拳足が、嵐となってカマキリの全身を打ちま
くる。金属音がけたたましく奏でられる。
昆虫が生きる世界に、このような連打(ラッシュ)はありえない。防御術を全く持たぬ
カマキリはノーガードで打撃を浴び続ける。反撃に移れるはずがない。
「ハハハハハッ! ドウダイ……テメェガブッ壊レルマデ、俺ハ止マラネェゼッ!」
絶好調。大笑いしながら、スペックが暴虐の拳を振るう。
サイズさえ平等ならば地上最強とも謳われるカマキリを、スペックの規格外の肺活量と
身体能力が圧倒していた。
一分ほど経過した頃、スペックが右ストレートを叩き込もうとする──刹那だった。
カマキリは突如右前脚を振るった。
「エ」
スペックの左頬がしたたかに切り裂かれた。
狼狽するスペック。反撃する暇などないはず。そもそもあれだけパンチとキックを浴び
せたのだから、相当量のダメージが蓄積されているはず。
カマキリは全身がところどころひしゃげているはいるものの、いたって平然としていた。
反撃できなかったわけではない。しなかっただけ。反撃しようとすれば、いつだってでき
たのだ。
両者の実力差──否、性能差にはそれほどまでに隔たりがあった。
「……シィィットッ!」
無呼吸打撃を再開しようとするスペックだが、そこに左前脚によるフックが炸裂。スペ
ックから意識が抜け飛ぶ。
さらに、右前脚がスペックの首を挟み、強引に地面へ叩きつける。頸椎への影響を心配
する間もなく、投げ飛ばし。飛距離は、振り払った結果に過ぎない一回目の投げを、大幅
に更新した。
三十メートルは吹っ飛んだスペックはホテルの壁にもろに激突し、動かなくなった。
なお、スペックがぶつかった箇所には、血の花が咲いていたという──。