長い長い戦いの末、赤坂城は落ちた。城は見事に焼け崩れ、楠木正成の焼死体も
確認され、一件落着と相成った。
わざわざ濃霧の日に城の中から勝手に火の手が上がった、のは別に不自然ではない。
そういえば戦いの最中、河内悪党の連中が時々幕府軍の死骸を回収してたのは
何の為なのだろうか、というのも考えないことにする。あと楠木正成の死骸、
確かに鎧は正成のものだが少し体格が違うような……も無視する。
心身ともにズタボロにされた幕府の遠征軍は、とりあえず城を落としたということで
帰途に着いた。時を同じくして護良親王軍も散り散りとなり、後醍醐天皇も捕らえて
隠岐に島流しにして、戦は一応決着。幕府はホッと胸を撫で下ろした。
だが今回の戦で、さんざん醜態を晒し威信を落としたのは事実。また、かつての元寇と
同じで戦に勝ったとはいえ敵の領土を奪ったというわけではない。なので出陣を命じた
各地の御家人たちに、褒美を与えることができないのである。
そんなこんなで、日本全国で幕府に対する不満がどんどん高まっていく中。
その高まりを待っていたかのように、楠木正成と護良親王の二人が再起した。親王は
吉野から山伏たちを率いて、正成は金剛山に築いた千早城を拠点に京都へと迫る。
幕府は顔色を失って本軍を派遣、今度は五万に達する大軍が千早城を取り囲んだ。
が、正成は相変わらずの奇策を駆使して寄せ付けない。戦はまたまた長引く一方。
無理な連戦、遠征の強制、前回と同じ事態なので褒美は期待できず。それで相手は
強過ぎて被害甚大。……日本中が、破裂寸前の風船と化していた。
かつて後鳥羽上皇が流されたという由緒正しき流刑の島、隠岐。今は後醍醐天皇
(幕府によって皇位剥奪中)が囚われの身となっている。無論、時が時なので幕府は
厳重な警戒態勢を敷いていた。軍船が近づけば即刻迎撃できるよう準備を整えていた。
が、夜の闇に紛れてたった一人で泳いできた少年は捕捉できず、上陸を許してしまう。
腰の後ろに差した刀を抜くことなく、無手で戦うその小柄な少年に、屈強の武士たちが
易々と薙ぎ倒されていった。
「こ、こいつっ! 単身でここを全滅させる気かっっ!」
「もしやこいつが、あの楠木正成に助力しているという噂の……」
そうだよっ、の声と共に少年の脚が、陸奥大和の跳び蹴りが武士たちの首を砕いた。
そして着地する、その地面には既にいくつもの死骸が折り重なっていて、
「動くなっ!」
大和の正面、二十歩ほどの位置に一際大柄な年配の武士が立っていた。どうやらここの
総大将らしい。自身の身長とほぼ同じぐらいの大弓を満月のように引き絞るその姿は、
確かに他の者たちより強そうだ。その矢が放たれれば、それは隼の速さをもって飛翔し、
大岩にも半ば以上突き立つことだろう。
だが大和は動じない。反して、武士の方は額に汗を冷や汗を浮かべている。
「驚いた小僧だな……八岐大蛇にだって勝てそうだ。が、それもここまでと知れ。その
距離から無手では攻撃できまい。今から吹き矢や手裏剣などを構えても間に合わぬ」
「で?」
委細かまわず、大和は歩いて向かっていく。
「そんな弓矢一つで、オレを倒せると本気で思っているならやってみるがいい」
「そ、それ以上動くな! 大人しくしていれば命だけは、」
「無理だね。オレを殺さない限り、オレは止められないよ」
微笑さえ浮かべてどんどん近づいてくる大和を前に、武士は矢を射ることができないで
いた。射るんだ、射ないと殺される……と解ってはいるのだが、体が動かない。
「お、お前は、一体、何者だっっ!?」
「……陸奥」
と、大和が言葉を発したその時。武士の緊張感が限界を越え、半ばヤケクソになって
矢を放った。が、それを大和が見切って掴み取ろうと動くより速く、
「えっ?」
大和の後ろから、大和の脇を駆け抜けて追い抜き、矢を掴んだ……というより、射出の
寸前に矢を握り締めて押さえ込んだ者がいた。その速さと力ももさることながら、
背後からの接近に全く気付かなかったことに、大和は目を見張った。
その者はというと、武士の目の前に立って矢を握ったまま、甘くて高い声で言った。
「遅い弓ですね。見かけばかりで」
裾の短い真紅の衣と、紅く長い髪。雪のような肌と人形のような顔立ち。内に秘めたるは
魔が混じっていると噂の血脈。
武士は顔色を失い、魂が抜けていくような声で言った。
「……今なら充分信じられる。反幕軍に天下を転覆させる武力をもつ二人がいると。
楠木正成の陣に、人ならざる修羅。護良親王を守護する、半魔の鬼女……」
言葉半ばで、武士の発声は途絶えた。矢を押さえたままで放った少女の蹴り、勇の足が
武士の金的を突き上げて睾丸を潰したのだ。
激痛のあまり武士は声も出ず、舌が意思に反して喉の奥へと丸まっていき、それが気管
を塞いでしまい苦しいのだがどうにもならず……そのまま窒息。青白い顔をして息絶えた。
「よく喋る方ですね。もっと純粋に戦いを楽しめば良いものを」
言いながら、勇は振り向く。
「護良親王の命により帝をお救いに参りました、勇と申します。貴方は楠木様の?」
「あ、ああ。オレは大和。陸奥大和」
ほう、と勇が小さく息をつく。
「やはりそうでしたか。陸奥圓明流……お噂はかねがね。一手ご指南をお願いしたい
ところですが、今は時が時。後はお任せします」
「って、え? あんたも帝を助けに来たんだろ」
大和に背を向けて歩き出した勇を、大和が呼び止める。勇は振り向いて、
「そのつもりでしたが、伝説の陸奥がおられるのでしたら話は別。安心してお任せ
できますわ。よもやこの先、ここの残兵に遅れをとるようなことはないでしょう?」
「それはもちろん! 陸奥圓明流の歴史に敗北の二字はないっ!」
「でしたらよろしく」
「いや、だから、あんたはどこへ」
にこりと笑って勇は答える。
「今、帝が奪回され、楠木様や親王様たちが更に幕府軍を引きずり回せば、遠からず
全国の武士たちが蜂起することでしょう。貴方は楠木様のおそばでそれをお助け下さい。
わたしは、もう一つの仕事をしに東へ向かいます」
こうして勇は去り、残された大和は後醍醐天皇を救出して本土へ帰還。
これにより、戦の天秤が大きく傾き始めた。
確認され、一件落着と相成った。
わざわざ濃霧の日に城の中から勝手に火の手が上がった、のは別に不自然ではない。
そういえば戦いの最中、河内悪党の連中が時々幕府軍の死骸を回収してたのは
何の為なのだろうか、というのも考えないことにする。あと楠木正成の死骸、
確かに鎧は正成のものだが少し体格が違うような……も無視する。
心身ともにズタボロにされた幕府の遠征軍は、とりあえず城を落としたということで
帰途に着いた。時を同じくして護良親王軍も散り散りとなり、後醍醐天皇も捕らえて
隠岐に島流しにして、戦は一応決着。幕府はホッと胸を撫で下ろした。
だが今回の戦で、さんざん醜態を晒し威信を落としたのは事実。また、かつての元寇と
同じで戦に勝ったとはいえ敵の領土を奪ったというわけではない。なので出陣を命じた
各地の御家人たちに、褒美を与えることができないのである。
そんなこんなで、日本全国で幕府に対する不満がどんどん高まっていく中。
その高まりを待っていたかのように、楠木正成と護良親王の二人が再起した。親王は
吉野から山伏たちを率いて、正成は金剛山に築いた千早城を拠点に京都へと迫る。
幕府は顔色を失って本軍を派遣、今度は五万に達する大軍が千早城を取り囲んだ。
が、正成は相変わらずの奇策を駆使して寄せ付けない。戦はまたまた長引く一方。
無理な連戦、遠征の強制、前回と同じ事態なので褒美は期待できず。それで相手は
強過ぎて被害甚大。……日本中が、破裂寸前の風船と化していた。
かつて後鳥羽上皇が流されたという由緒正しき流刑の島、隠岐。今は後醍醐天皇
(幕府によって皇位剥奪中)が囚われの身となっている。無論、時が時なので幕府は
厳重な警戒態勢を敷いていた。軍船が近づけば即刻迎撃できるよう準備を整えていた。
が、夜の闇に紛れてたった一人で泳いできた少年は捕捉できず、上陸を許してしまう。
腰の後ろに差した刀を抜くことなく、無手で戦うその小柄な少年に、屈強の武士たちが
易々と薙ぎ倒されていった。
「こ、こいつっ! 単身でここを全滅させる気かっっ!」
「もしやこいつが、あの楠木正成に助力しているという噂の……」
そうだよっ、の声と共に少年の脚が、陸奥大和の跳び蹴りが武士たちの首を砕いた。
そして着地する、その地面には既にいくつもの死骸が折り重なっていて、
「動くなっ!」
大和の正面、二十歩ほどの位置に一際大柄な年配の武士が立っていた。どうやらここの
総大将らしい。自身の身長とほぼ同じぐらいの大弓を満月のように引き絞るその姿は、
確かに他の者たちより強そうだ。その矢が放たれれば、それは隼の速さをもって飛翔し、
大岩にも半ば以上突き立つことだろう。
だが大和は動じない。反して、武士の方は額に汗を冷や汗を浮かべている。
「驚いた小僧だな……八岐大蛇にだって勝てそうだ。が、それもここまでと知れ。その
距離から無手では攻撃できまい。今から吹き矢や手裏剣などを構えても間に合わぬ」
「で?」
委細かまわず、大和は歩いて向かっていく。
「そんな弓矢一つで、オレを倒せると本気で思っているならやってみるがいい」
「そ、それ以上動くな! 大人しくしていれば命だけは、」
「無理だね。オレを殺さない限り、オレは止められないよ」
微笑さえ浮かべてどんどん近づいてくる大和を前に、武士は矢を射ることができないで
いた。射るんだ、射ないと殺される……と解ってはいるのだが、体が動かない。
「お、お前は、一体、何者だっっ!?」
「……陸奥」
と、大和が言葉を発したその時。武士の緊張感が限界を越え、半ばヤケクソになって
矢を放った。が、それを大和が見切って掴み取ろうと動くより速く、
「えっ?」
大和の後ろから、大和の脇を駆け抜けて追い抜き、矢を掴んだ……というより、射出の
寸前に矢を握り締めて押さえ込んだ者がいた。その速さと力ももさることながら、
背後からの接近に全く気付かなかったことに、大和は目を見張った。
その者はというと、武士の目の前に立って矢を握ったまま、甘くて高い声で言った。
「遅い弓ですね。見かけばかりで」
裾の短い真紅の衣と、紅く長い髪。雪のような肌と人形のような顔立ち。内に秘めたるは
魔が混じっていると噂の血脈。
武士は顔色を失い、魂が抜けていくような声で言った。
「……今なら充分信じられる。反幕軍に天下を転覆させる武力をもつ二人がいると。
楠木正成の陣に、人ならざる修羅。護良親王を守護する、半魔の鬼女……」
言葉半ばで、武士の発声は途絶えた。矢を押さえたままで放った少女の蹴り、勇の足が
武士の金的を突き上げて睾丸を潰したのだ。
激痛のあまり武士は声も出ず、舌が意思に反して喉の奥へと丸まっていき、それが気管
を塞いでしまい苦しいのだがどうにもならず……そのまま窒息。青白い顔をして息絶えた。
「よく喋る方ですね。もっと純粋に戦いを楽しめば良いものを」
言いながら、勇は振り向く。
「護良親王の命により帝をお救いに参りました、勇と申します。貴方は楠木様の?」
「あ、ああ。オレは大和。陸奥大和」
ほう、と勇が小さく息をつく。
「やはりそうでしたか。陸奥圓明流……お噂はかねがね。一手ご指南をお願いしたい
ところですが、今は時が時。後はお任せします」
「って、え? あんたも帝を助けに来たんだろ」
大和に背を向けて歩き出した勇を、大和が呼び止める。勇は振り向いて、
「そのつもりでしたが、伝説の陸奥がおられるのでしたら話は別。安心してお任せ
できますわ。よもやこの先、ここの残兵に遅れをとるようなことはないでしょう?」
「それはもちろん! 陸奥圓明流の歴史に敗北の二字はないっ!」
「でしたらよろしく」
「いや、だから、あんたはどこへ」
にこりと笑って勇は答える。
「今、帝が奪回され、楠木様や親王様たちが更に幕府軍を引きずり回せば、遠からず
全国の武士たちが蜂起することでしょう。貴方は楠木様のおそばでそれをお助け下さい。
わたしは、もう一つの仕事をしに東へ向かいます」
こうして勇は去り、残された大和は後醍醐天皇を救出して本土へ帰還。
これにより、戦の天秤が大きく傾き始めた。