午後六時──米国大統領、到着。
大勢のシークレットサービスを引き連れ、ボッシュは徳川ホテルの最上階に移動する。
東西南北に仲間が散り、しけい荘メンバーでホテル内にいるのはオリバとシコルスキー
の二人のみ。
「シコルスキー、大統領が到着したらしい。今すぐ部屋に向かいたまえ」
「えっ、俺一人でか!?」
「当然だろう。心配するな、話はつけてある」
「し、しかし……本当に俺みたいな馬の骨が──」
シコルスキーが弱音を口にした瞬間、オリバはぐいっと胸ぐらを掴み上げた。
「お、大家さん……!」
「君は私のアパートの住民だ。たかが大統領如きに怯える必要など一ミクロンたりともな
い。……分かるな?」
「……はい」
「もし外の四人が敗北し、私が突破されたなら、君の出番だ。──頼んだぞ」
オリバはシコルスキーを振り向かせ、背中に張り手を喰らわせた。凄まじいパワーに五
メートルほど転げ回るシコルスキー。が、起き上がると不思議と体から余分な力が抜けて
いた。
「スパスィーバ(ありがとう)、大家さん……いや、アンチェインッ!」
走り去るシコルスキーを、父親のような瞳で見送ると、オリバはわずかに微笑んだ。
大勢のシークレットサービスを引き連れ、ボッシュは徳川ホテルの最上階に移動する。
東西南北に仲間が散り、しけい荘メンバーでホテル内にいるのはオリバとシコルスキー
の二人のみ。
「シコルスキー、大統領が到着したらしい。今すぐ部屋に向かいたまえ」
「えっ、俺一人でか!?」
「当然だろう。心配するな、話はつけてある」
「し、しかし……本当に俺みたいな馬の骨が──」
シコルスキーが弱音を口にした瞬間、オリバはぐいっと胸ぐらを掴み上げた。
「お、大家さん……!」
「君は私のアパートの住民だ。たかが大統領如きに怯える必要など一ミクロンたりともな
い。……分かるな?」
「……はい」
「もし外の四人が敗北し、私が突破されたなら、君の出番だ。──頼んだぞ」
オリバはシコルスキーを振り向かせ、背中に張り手を喰らわせた。凄まじいパワーに五
メートルほど転げ回るシコルスキー。が、起き上がると不思議と体から余分な力が抜けて
いた。
「スパスィーバ(ありがとう)、大家さん……いや、アンチェインッ!」
走り去るシコルスキーを、父親のような瞳で見送ると、オリバはわずかに微笑んだ。
ホテルの外壁をよじ登って最上階を目指すシコルスキーだったが、不審者とまちがわれ
て発砲されたため、大人しくエレベーターで向かうことにした。
最上階は地上とは別世界だった。最高級の彫刻に、最高級の絵画、最高級のシャンデリ
ア、ドアですらが最高級だ。
しかし、アンチェインに比べればどうということはない。
執拗とすら感じるほど厳重なボディチェックを切りぬけ、いざ大統領の部屋へ。
「失礼します」
「おォ~よく来たね」
タキシード姿のシコルスキーを出迎えたのは、Tシャツでくつろぐ大統領ジョージ・ボ
ッシュその人だった。東洋人を含むシークレットサービスらが隙のない眼差しを向ける。
おそらくは精鋭中の精鋭なのだろう。
さらに、驚くべきゲストが一人。
「久しぶりだな、シコルスキー」
「──ゲバルッ!」
タンクトップにジーンズ、おなじみの青いバンダナ。ゲバルがソファに腰を下ろしてい
た。
「ゲバル君、君の知り合いかね?」
「あァ、大切な友人だ」
「ふぅん……」
値踏みをするように好奇の視線を、シコルスキーに投げつけるボッシュ。
一通りの審査を終えると、ボッシュの目にあからさまに失望の色が浮かんだ。
「あのアンチェインの部下だというからそれなりに期待していたンだが、平凡そうな若造
じゃないか。しかもロシア人なんだろう? 共産圏の人間はサボることしか考えていない
から苦手なのだよ」
テレビカメラ前ではないからとばかりに、いきなり飛び出すボッシュの暴言。当のシコ
ルスキーでさえ憤ることを忘れた。
「私はテロリストなど恐れていない。まァ君は優秀なスタッフの邪魔にならないよう、せ
いぜいそこらでたむろしていたまえ」
ボッシュが葉巻に手をつけようとした瞬間、すかさず近くの日本人ボディガードがライ
ターを差し出した。
「すまないね、天内君。まったく君は女房以上だよ」
「いえ」
天内と呼ばれたボディガードは女性的な面立ちから、にっこりと曲線的な笑みを返した。
要人警護よりも執事やホストの方がよっぽど似合いそうだ。
しかし、シコルスキーは見抜いていた。今のライターの差し出し方。タイミング、スピ
ード、動作、どれをとっても完璧だった。否、完璧すぎた。たとえ台本があってもああは
いくまい。まるでボッシュの心を読んでいたかのようだ。
──天内(こいつ)は強い。
シコルスキーは己の戦力分析を、脳の片隅にそっとメモした。
「シコルスキー、ミスターボッシュのオフレコでの毒舌は有名なんだ。あまり気にするな
よ」
「ゲバル」
「せっかくだ、俺の部下も紹介しておこう」
ゲバルに呼ばれ振り向くと、ゲバルの横にもう一人、シークレットサービスが立ってい
た。オールバックの髪型に整った顔立ちは、さながらハリウッドの二枚目俳優といった風
貌だ。
「カモミール・レッセン。俺の国と米国(ステーツ)との友好の証に、ミスターボッシュ
にレンタルしている。俺の部下の中でも特に優秀な男だ」
「よろしく、ミスターシコルスキー」
「よろしく……」
ゲバルは強い。オリバに親友として認められ、あの烈海王とアライJrを相手に白星を
飾っている。そのゲバルが優秀だと認めるのだから、強くないわけがない。
シコルスキーはレッセンの名も、天内と同じくメモを取った。
十名のシークレットサービスの中でも、天内とレッセンがずば抜けているのはまちがい
ない。
精鋭無比すぎるスタッフに囲まれ、シコルスキーは不安になった。
「俺、役に立てるのかな……」
不安と緊張で汗まみれになるシコルスキーに、これまた絶妙なタイミングで天内が水が
入ったコップとハンカチを差し出してきた。
「どうぞ」
「ど、どうも……」
て発砲されたため、大人しくエレベーターで向かうことにした。
最上階は地上とは別世界だった。最高級の彫刻に、最高級の絵画、最高級のシャンデリ
ア、ドアですらが最高級だ。
しかし、アンチェインに比べればどうということはない。
執拗とすら感じるほど厳重なボディチェックを切りぬけ、いざ大統領の部屋へ。
「失礼します」
「おォ~よく来たね」
タキシード姿のシコルスキーを出迎えたのは、Tシャツでくつろぐ大統領ジョージ・ボ
ッシュその人だった。東洋人を含むシークレットサービスらが隙のない眼差しを向ける。
おそらくは精鋭中の精鋭なのだろう。
さらに、驚くべきゲストが一人。
「久しぶりだな、シコルスキー」
「──ゲバルッ!」
タンクトップにジーンズ、おなじみの青いバンダナ。ゲバルがソファに腰を下ろしてい
た。
「ゲバル君、君の知り合いかね?」
「あァ、大切な友人だ」
「ふぅん……」
値踏みをするように好奇の視線を、シコルスキーに投げつけるボッシュ。
一通りの審査を終えると、ボッシュの目にあからさまに失望の色が浮かんだ。
「あのアンチェインの部下だというからそれなりに期待していたンだが、平凡そうな若造
じゃないか。しかもロシア人なんだろう? 共産圏の人間はサボることしか考えていない
から苦手なのだよ」
テレビカメラ前ではないからとばかりに、いきなり飛び出すボッシュの暴言。当のシコ
ルスキーでさえ憤ることを忘れた。
「私はテロリストなど恐れていない。まァ君は優秀なスタッフの邪魔にならないよう、せ
いぜいそこらでたむろしていたまえ」
ボッシュが葉巻に手をつけようとした瞬間、すかさず近くの日本人ボディガードがライ
ターを差し出した。
「すまないね、天内君。まったく君は女房以上だよ」
「いえ」
天内と呼ばれたボディガードは女性的な面立ちから、にっこりと曲線的な笑みを返した。
要人警護よりも執事やホストの方がよっぽど似合いそうだ。
しかし、シコルスキーは見抜いていた。今のライターの差し出し方。タイミング、スピ
ード、動作、どれをとっても完璧だった。否、完璧すぎた。たとえ台本があってもああは
いくまい。まるでボッシュの心を読んでいたかのようだ。
──天内(こいつ)は強い。
シコルスキーは己の戦力分析を、脳の片隅にそっとメモした。
「シコルスキー、ミスターボッシュのオフレコでの毒舌は有名なんだ。あまり気にするな
よ」
「ゲバル」
「せっかくだ、俺の部下も紹介しておこう」
ゲバルに呼ばれ振り向くと、ゲバルの横にもう一人、シークレットサービスが立ってい
た。オールバックの髪型に整った顔立ちは、さながらハリウッドの二枚目俳優といった風
貌だ。
「カモミール・レッセン。俺の国と米国(ステーツ)との友好の証に、ミスターボッシュ
にレンタルしている。俺の部下の中でも特に優秀な男だ」
「よろしく、ミスターシコルスキー」
「よろしく……」
ゲバルは強い。オリバに親友として認められ、あの烈海王とアライJrを相手に白星を
飾っている。そのゲバルが優秀だと認めるのだから、強くないわけがない。
シコルスキーはレッセンの名も、天内と同じくメモを取った。
十名のシークレットサービスの中でも、天内とレッセンがずば抜けているのはまちがい
ない。
精鋭無比すぎるスタッフに囲まれ、シコルスキーは不安になった。
「俺、役に立てるのかな……」
不安と緊張で汗まみれになるシコルスキーに、これまた絶妙なタイミングで天内が水が
入ったコップとハンカチを差し出してきた。
「どうぞ」
「ど、どうも……」