広大な敷地に、高層ビルさながらのホテルがそびえ立つ。選ばれた富豪だけの領域。だ
れもが一瞬、ここが都会の一等地であることを忘れてしまう桃源郷。
日本最大級にして最高級のホテル『徳川ホテル』──徳川財閥最高傑作の一つである。
オリバに借りたタキシードを着用し、始めは気が大きくなっていたしけい荘一行だった
が、ホテルに入って五十歩も進むとすっかり小さくなってしまっていた。
列の最後尾を歩くドイルが、すぐ前のシコルスキーにささやく。
「……シコルスキー」
「どうした、ドイル」
「よく周囲を見渡してみろ。いくらボディガードのためとはいえ、私たちなんかが入って
いいホテルじゃないぞ」
踏むたびに無重力を錯覚するほどにふかふかの赤絨毯。左右には無数の石像と絵画が美
術館さながらに展示されている。おそらくはいずれも一般人の年収など遥か後方に置き去
りにするほどの額にちがいない。
このうちどれか一つでも傷つけてしまえば、己の内臓全てを売り払っても到底弁償しき
れまい。
「ふ、ふしゅる……ふしゅ……」
急に恐ろしくなり、呼吸困難に陥るシコルスキー。
「し、しまったっ! おい、しっかりしろっ!」
れもが一瞬、ここが都会の一等地であることを忘れてしまう桃源郷。
日本最大級にして最高級のホテル『徳川ホテル』──徳川財閥最高傑作の一つである。
オリバに借りたタキシードを着用し、始めは気が大きくなっていたしけい荘一行だった
が、ホテルに入って五十歩も進むとすっかり小さくなってしまっていた。
列の最後尾を歩くドイルが、すぐ前のシコルスキーにささやく。
「……シコルスキー」
「どうした、ドイル」
「よく周囲を見渡してみろ。いくらボディガードのためとはいえ、私たちなんかが入って
いいホテルじゃないぞ」
踏むたびに無重力を錯覚するほどにふかふかの赤絨毯。左右には無数の石像と絵画が美
術館さながらに展示されている。おそらくはいずれも一般人の年収など遥か後方に置き去
りにするほどの額にちがいない。
このうちどれか一つでも傷つけてしまえば、己の内臓全てを売り払っても到底弁償しき
れまい。
「ふ、ふしゅる……ふしゅ……」
急に恐ろしくなり、呼吸困難に陥るシコルスキー。
「し、しまったっ! おい、しっかりしろっ!」
入り口から赤絨毯を奥に進むと、しけい荘に警備を依頼した園田と、数人のボディガー
ドに囲まれた徳川財閥の長、徳川光成が待っていた。
「来てくれたか、アンチェイン」
「いやァ~待っておったぞ。おぬしらのような格闘士がおれば、わしも存分に楽しめると
いうものじゃ」
「と、徳川さん……」
小さな体に似合わず大声ではしゃぐ老人に、園田はだいぶ手こずっているようだ。
さっそくオリバが問う。
「格闘士とはどういう意味だろうか?」
「決まってるじゃろう。わしの所有物(ホテル)を存分に破壊しながら、おぬしら格闘士
とテロリストとで繰り広げられる空前絶後の闘争……想像するだけで今から血がたぎるわ
いッ!」
光成はホテルが戦場になることをまったく恐れていない。むしろ歓迎し、間近で観戦で
きることに幸運すら感じている。
ドリアンが訝しげに目を細める。
「なんだか、あの老人こそが黒幕に思えてきたよ……」
独りで盛り上がる光成は放っておいて、園田が改めて挨拶を始める。
「私は今日の大統領警護にて、指揮を務める園田盛男だ。よろしく頼む」
揃って頭を下げるオリバたち。
「ところで園田よ、人員の配備はどうしている?」
「ホテル周辺はすでに機動隊によって厳戒態勢を敷いている。さらにこのホテルには東西
南北に入口があり、それぞれに百名ずつ、ホテル内にも百名の警官を配備している。大統
領は最上階に宿泊し、身辺警護はシークレットサービスに任せてある」
「……不安だな」
半ばあざけりが混ざったオリバの呟きに、園田は眉をひそめた。
「聞き捨てならんな。どの辺りが不安だというんだ。質、量ともに申し分ないはずだ。蟻
一匹ホテルには侵入できん」
「甘いな。もしテロリストに我がしけい荘級、あるいはそれ以上の猛者がいれば、その程
度の警備など水に濡れた和紙にも等しい」
「……で、ではどうすればいいというのだ」
悔しそうに歯ぎしりする園田に、待っていたとばかりにオリバは歯を見せて笑った。
「東西南北にあるというホテルの入り口──四方を一人ずつしけい荘の人間に守らせる」
「───!」
「さらに私がホテルの玄関を固め、万一に備えて大統領周辺にも一人当たらせる。これで
計六名。安心したまえ、園田。君のクビが飛ぶようなことはせぬ。大統領は我々が守り切
るッ!」
オリバは心の底からしけい荘を信頼していた。断言したアンチェインに逆らう術などあ
ろうはずもなく──園田は力なく「分かった」と頷くしかなかった。
ドに囲まれた徳川財閥の長、徳川光成が待っていた。
「来てくれたか、アンチェイン」
「いやァ~待っておったぞ。おぬしらのような格闘士がおれば、わしも存分に楽しめると
いうものじゃ」
「と、徳川さん……」
小さな体に似合わず大声ではしゃぐ老人に、園田はだいぶ手こずっているようだ。
さっそくオリバが問う。
「格闘士とはどういう意味だろうか?」
「決まってるじゃろう。わしの所有物(ホテル)を存分に破壊しながら、おぬしら格闘士
とテロリストとで繰り広げられる空前絶後の闘争……想像するだけで今から血がたぎるわ
いッ!」
光成はホテルが戦場になることをまったく恐れていない。むしろ歓迎し、間近で観戦で
きることに幸運すら感じている。
ドリアンが訝しげに目を細める。
「なんだか、あの老人こそが黒幕に思えてきたよ……」
独りで盛り上がる光成は放っておいて、園田が改めて挨拶を始める。
「私は今日の大統領警護にて、指揮を務める園田盛男だ。よろしく頼む」
揃って頭を下げるオリバたち。
「ところで園田よ、人員の配備はどうしている?」
「ホテル周辺はすでに機動隊によって厳戒態勢を敷いている。さらにこのホテルには東西
南北に入口があり、それぞれに百名ずつ、ホテル内にも百名の警官を配備している。大統
領は最上階に宿泊し、身辺警護はシークレットサービスに任せてある」
「……不安だな」
半ばあざけりが混ざったオリバの呟きに、園田は眉をひそめた。
「聞き捨てならんな。どの辺りが不安だというんだ。質、量ともに申し分ないはずだ。蟻
一匹ホテルには侵入できん」
「甘いな。もしテロリストに我がしけい荘級、あるいはそれ以上の猛者がいれば、その程
度の警備など水に濡れた和紙にも等しい」
「……で、ではどうすればいいというのだ」
悔しそうに歯ぎしりする園田に、待っていたとばかりにオリバは歯を見せて笑った。
「東西南北にあるというホテルの入り口──四方を一人ずつしけい荘の人間に守らせる」
「───!」
「さらに私がホテルの玄関を固め、万一に備えて大統領周辺にも一人当たらせる。これで
計六名。安心したまえ、園田。君のクビが飛ぶようなことはせぬ。大統領は我々が守り切
るッ!」
オリバは心の底からしけい荘を信頼していた。断言したアンチェインに逆らう術などあ
ろうはずもなく──園田は力なく「分かった」と頷くしかなかった。
持ち場の割りふりは平等にくじ引きで決定された。
東を守るのは柳、西にスペック、南はドリアン、北にはドイル、そして大統領の身辺警
護はシコルスキーに決定した。
大統領がホテルに入るのは午後六時頃。もう三時間も残されていない。
テロリストの予告など実は嘘っぱちで、襲撃など起こらず無事に一日が終わってくれる
だろうか。いや終わるわけがない。なぜなら、それがしけい荘だからだ。
「皆の武運を祈るッ!」
オリバの号令で、しけい荘は一時解散した。勝利と生存を誓って。
東を守るのは柳、西にスペック、南はドリアン、北にはドイル、そして大統領の身辺警
護はシコルスキーに決定した。
大統領がホテルに入るのは午後六時頃。もう三時間も残されていない。
テロリストの予告など実は嘘っぱちで、襲撃など起こらず無事に一日が終わってくれる
だろうか。いや終わるわけがない。なぜなら、それがしけい荘だからだ。
「皆の武運を祈るッ!」
オリバの号令で、しけい荘は一時解散した。勝利と生存を誓って。