「今年の海王認定試験の開催地は、日本(リーベン)に決定した。君らならば充分合格圏
内にある。是非参加されてはいかがかな?」
コーポ海王の管理人、劉海王からの誘いだった。
試験の門戸は意外に広く、健康な男性ならばだれでも受験が可能なのだという。
しけい荘の住民たちは大いに奮い立った。中国拳法最高峰の証、海王。実に挑戦しがい
のある試練ではないか。
まして、彼らが暮らす日本は資格社会である。資格さえあれば実際に通用するかはとも
かく、スタートラインには立ちやすくなる。海王の称号があれば、道場を開くこともでき
るし、講演会のネタにも困らない。
いくらかの打算を含む向上心から、しけい荘一行は受験を決意した。
ドリアンによると、試験の内容は毎年変わり、しかも武術性を重視するため当日まで明
かされないという。
「ちなみに私の時は山に素手でトンネルを掘る試験で、合格者は私一人だったな」
誇らしげに語るドリアン。
つまり、事前対策は一切不可能。どんな試験が待ち受けていてもクリアできるだけの技
量を持たねば、海王を名乗る資格はないということだ。
内にある。是非参加されてはいかがかな?」
コーポ海王の管理人、劉海王からの誘いだった。
試験の門戸は意外に広く、健康な男性ならばだれでも受験が可能なのだという。
しけい荘の住民たちは大いに奮い立った。中国拳法最高峰の証、海王。実に挑戦しがい
のある試練ではないか。
まして、彼らが暮らす日本は資格社会である。資格さえあれば実際に通用するかはとも
かく、スタートラインには立ちやすくなる。海王の称号があれば、道場を開くこともでき
るし、講演会のネタにも困らない。
いくらかの打算を含む向上心から、しけい荘一行は受験を決意した。
ドリアンによると、試験の内容は毎年変わり、しかも武術性を重視するため当日まで明
かされないという。
「ちなみに私の時は山に素手でトンネルを掘る試験で、合格者は私一人だったな」
誇らしげに語るドリアン。
つまり、事前対策は一切不可能。どんな試験が待ち受けていてもクリアできるだけの技
量を持たねば、海王を名乗る資格はないということだ。
受験勉強が始まった。
シコルスキーは指の強化に重点を置く。部屋の天井に埋めたナットに指二本だけで掴ま
り、懸垂のような上下運動を何時間も繰り返す。地味だが、人間の域を超えた鍛錬である。
小指逆立ちで訓練するゲバルも、呆れるほどの執念だ。
「はりきっているな」
「よォ、ゲバル。アンタとちがって俺には指(これ)しかないからな。むろん海王にもこ
れで挑む」
「一途な奴だな。しかしやり過ぎると──」
ナットが抜け落ち、シコルスキーは無様に頭から着陸した。
スペックはひたすら動く。ただ動く。無計画に動きまくる。なぜなら、スペックはこれ
がもっともスタミナを高める方法だと知っていた。かつては五分が限界だった無呼吸運動、
今では六分間可能だ。
決して止まらぬ連撃で敵を無力と成すことこそ、この怪人にとっての最上の喜びなのだ。
「コノ持続時間ヲサラニ──引キ上ゲルッ!」
つい先日97歳を迎えたスペック。今だ成長期である。
しばしの瞑想の後、柳はあらゆる素材に足裏を添える。
鉄板、木材、ガラス、プラスチック、ビニール、和紙──。
全ては「空道」の未知なる領域、足による空掌を完成させるため。もし一呼吸で人間を
絶命し得る猛毒を両手のみならず、四肢全てに得たならば──
「ふふ……私としたことが完成してもいない技を夢想して、笑ってしまった」
──まちがいなく地上最強になれる。
それぞれの得意分野を鍛え込む他の住民とちがって、ドイルは意外にもオーソドックス
なトレーニングを実行していた。海王認定試験では、体内に仕込んだ武器の使用は即失格
となる。だからこそ、彼にとっては「オーソドックス」こそが強くなるための近道なので
ある。
ストレッチから始まり、ウェイトトレーニング、ランニング、そして空手やボクシング
のジム通い。
「手品の練習に比べれば、大したことはない……」
そして皆の代表である、大家オリバの鍛錬は常軌を逸していた。
軽トラックを担ぎながらのスクワット。もはや人間どころか、生物ですらない。百回を
軽くこなすと、ステーキ五十キロをぺろりと平らげてしまう。
食後のワインを済ませ、楽しそうに独りごちる。
「オリバ海王というのも、悪くねェな」
シコルスキーは指の強化に重点を置く。部屋の天井に埋めたナットに指二本だけで掴ま
り、懸垂のような上下運動を何時間も繰り返す。地味だが、人間の域を超えた鍛錬である。
小指逆立ちで訓練するゲバルも、呆れるほどの執念だ。
「はりきっているな」
「よォ、ゲバル。アンタとちがって俺には指(これ)しかないからな。むろん海王にもこ
れで挑む」
「一途な奴だな。しかしやり過ぎると──」
ナットが抜け落ち、シコルスキーは無様に頭から着陸した。
スペックはひたすら動く。ただ動く。無計画に動きまくる。なぜなら、スペックはこれ
がもっともスタミナを高める方法だと知っていた。かつては五分が限界だった無呼吸運動、
今では六分間可能だ。
決して止まらぬ連撃で敵を無力と成すことこそ、この怪人にとっての最上の喜びなのだ。
「コノ持続時間ヲサラニ──引キ上ゲルッ!」
つい先日97歳を迎えたスペック。今だ成長期である。
しばしの瞑想の後、柳はあらゆる素材に足裏を添える。
鉄板、木材、ガラス、プラスチック、ビニール、和紙──。
全ては「空道」の未知なる領域、足による空掌を完成させるため。もし一呼吸で人間を
絶命し得る猛毒を両手のみならず、四肢全てに得たならば──
「ふふ……私としたことが完成してもいない技を夢想して、笑ってしまった」
──まちがいなく地上最強になれる。
それぞれの得意分野を鍛え込む他の住民とちがって、ドイルは意外にもオーソドックス
なトレーニングを実行していた。海王認定試験では、体内に仕込んだ武器の使用は即失格
となる。だからこそ、彼にとっては「オーソドックス」こそが強くなるための近道なので
ある。
ストレッチから始まり、ウェイトトレーニング、ランニング、そして空手やボクシング
のジム通い。
「手品の練習に比べれば、大したことはない……」
そして皆の代表である、大家オリバの鍛錬は常軌を逸していた。
軽トラックを担ぎながらのスクワット。もはや人間どころか、生物ですらない。百回を
軽くこなすと、ステーキ五十キロをぺろりと平らげてしまう。
食後のワインを済ませ、楽しそうに独りごちる。
「オリバ海王というのも、悪くねェな」
海王認定試験、いよいよ当日。劉を通じてエントリーしていたオリバたちも、数日前に
郵送されてきた案内状を手に、大いに盛り上がっている。
しけい荘から会場までの距離はおよそ百キロ。一般人ならばなんらかの交通手段を選択
すべき場面であるが、
「諸君。全員私のように一切の道具を持たず、パンツ一丁となるのだ。今日は肉体以外を
使うことを許さんッ!」
肉体美を晒すオリバの一声によってパンツ(柳のみふんどし)一丁の全速ランニングが
決行されることとなった。
「海王でよかった……」
ドリアンは彼ら六人を見送りながら、心からこう漏らした。
百キロ余りをほぼ全速力で完走した一行だったが、すでに受付時間ギリギリになってし
まっていた。
息を切らし、試験の受付係に話しかけるオリバ。
「今日グループで一括エントリーをしていた、しけい荘のビスケット・オリバだが」
「はい、ではお一人様当たり受験料五百円を頂きます」
「え?」
オリバの怪力はコインを折り曲げることさえ容易い。しかし、今日はそのコインすら持
っていない。
郵送されてきた案内状を手に、大いに盛り上がっている。
しけい荘から会場までの距離はおよそ百キロ。一般人ならばなんらかの交通手段を選択
すべき場面であるが、
「諸君。全員私のように一切の道具を持たず、パンツ一丁となるのだ。今日は肉体以外を
使うことを許さんッ!」
肉体美を晒すオリバの一声によってパンツ(柳のみふんどし)一丁の全速ランニングが
決行されることとなった。
「海王でよかった……」
ドリアンは彼ら六人を見送りながら、心からこう漏らした。
百キロ余りをほぼ全速力で完走した一行だったが、すでに受付時間ギリギリになってし
まっていた。
息を切らし、試験の受付係に話しかけるオリバ。
「今日グループで一括エントリーをしていた、しけい荘のビスケット・オリバだが」
「はい、ではお一人様当たり受験料五百円を頂きます」
「え?」
オリバの怪力はコインを折り曲げることさえ容易い。しかし、今日はそのコインすら持
っていない。