スペックは不愉快だった。
この間のしけい荘が生まれた日は、アパート全員で回転寿司を食べに行き、盛況のうち
に幕を閉じた。
なのになぜ──。
「チクショウッ! 今日ハセッカク俺ノ誕生日ダッテノニ、アイツラ“オメデトウ”ノ一
言モアリャシネェッ!」
スペックは今日でめでたく97歳を迎える。しかし、だれも祝ってくれない。それどこ
ろか、スペックの誕生日に気づいている気配すらない。
この日のために一週間前からスペックは入念に伏線を張っていた。
わざと大声でハッピーバースデートゥーユーを歌い、しけい荘全員の郵便受けにケーキ
の広告を挟み、ことあるごとに「モウスグ俺モ97歳カ」と口ずさんだ。
結果、これらの努力は実ることなく、彼は一人部屋でくさっていた。
「ヤッテラレネェヤッ!」
ドアを乱暴に蹴破り、スペックは外に飛び出した。
この間のしけい荘が生まれた日は、アパート全員で回転寿司を食べに行き、盛況のうち
に幕を閉じた。
なのになぜ──。
「チクショウッ! 今日ハセッカク俺ノ誕生日ダッテノニ、アイツラ“オメデトウ”ノ一
言モアリャシネェッ!」
スペックは今日でめでたく97歳を迎える。しかし、だれも祝ってくれない。それどこ
ろか、スペックの誕生日に気づいている気配すらない。
この日のために一週間前からスペックは入念に伏線を張っていた。
わざと大声でハッピーバースデートゥーユーを歌い、しけい荘全員の郵便受けにケーキ
の広告を挟み、ことあるごとに「モウスグ俺モ97歳カ」と口ずさんだ。
結果、これらの努力は実ることなく、彼は一人部屋でくさっていた。
「ヤッテラレネェヤッ!」
ドアを乱暴に蹴破り、スペックは外に飛び出した。
肺を空気で満タンにし、エンジンを全開にする。無呼吸で街を全速力で駆け抜けるスペ
ック、実年齢97歳。今、老人は風になった。
二メートルを超えるジャージ姿の怪人が疾走する姿に、人々はあるいは悲鳴を上げ、あ
るいは逃げ惑い、あるいは腰を抜かし、あるいはこれは白昼夢だと現実逃避した。
まずスペックはコンビニに入り、肉まんを五個わし掴みにし、逃走した。
肉まん五個をほぼ丸飲みで平らげると、今度は近くに備えてあった自販機に目をつけた。
「喉ガ渇イチマッタナ」
拳が唸る。スペックの無呼吸連打によって、直方体であったはずの自販機がみるみるひ
しゃげていく。屍から噴き出すコーヒーや炭酸飲料、緑茶が混合(ミックス)された液体
を文字通り浴びるように飲むスペック。
喉の渇きは癒えた。びしょ濡れになりながら、スペックは再び駆け出す。
「飲ンダラ出シタクナリヤガッタ」
陰茎から、電柱にジェットの勢いで叩きつけられる無呼吸小便。
後にこの立ち小便で受けた損傷で倒壊しかけた電柱を、
「ジーザス……。大至急ッ! ステーション大至急ッ! 東京電力が破壊されるんだァッ!」
東京電力の精鋭たちが守ったのは伝説となった。
ック、実年齢97歳。今、老人は風になった。
二メートルを超えるジャージ姿の怪人が疾走する姿に、人々はあるいは悲鳴を上げ、あ
るいは逃げ惑い、あるいは腰を抜かし、あるいはこれは白昼夢だと現実逃避した。
まずスペックはコンビニに入り、肉まんを五個わし掴みにし、逃走した。
肉まん五個をほぼ丸飲みで平らげると、今度は近くに備えてあった自販機に目をつけた。
「喉ガ渇イチマッタナ」
拳が唸る。スペックの無呼吸連打によって、直方体であったはずの自販機がみるみるひ
しゃげていく。屍から噴き出すコーヒーや炭酸飲料、緑茶が混合(ミックス)された液体
を文字通り浴びるように飲むスペック。
喉の渇きは癒えた。びしょ濡れになりながら、スペックは再び駆け出す。
「飲ンダラ出シタクナリヤガッタ」
陰茎から、電柱にジェットの勢いで叩きつけられる無呼吸小便。
後にこの立ち小便で受けた損傷で倒壊しかけた電柱を、
「ジーザス……。大至急ッ! ステーション大至急ッ! 東京電力が破壊されるんだァッ!」
東京電力の精鋭たちが守ったのは伝説となった。
ひとしきり暴れ終えたスペックだったが、心の隅にこびりつくわびしさは消えない。
ため息をつき、しけい荘202号室に戻るスペック。
すると──
「おせぇぞスペックッ!」
──皆が待っていた。
ドイル特製のクラッカーが通報まちがいなしの大爆音を鳴らす。
オリバが、柳が、ドリアンが、ゲバルが、シコルスキーが、とびきりの笑顔と拍手でス
ペックを迎えた。
「オマエラ……知ッテタノカヨ」
「あれだけやかましく主張すれば、だれだって気づく」
肩をすくめるオリバ。
しかし、基本的にしけい荘の人間は仲間意識は強く、どんちゃん騒ぎが好きである。誕
生日を祝うことに対して、歓迎こそすれ、面倒なことなどあるものか。
「アリガトウ……アリガトウ……」
スペックの目にも涙。本来彼の辞書にはないはずの「感謝」が素直に口からこぼれ落ち
た。
「トコロデ、ドイルガイネェナ」
首を左右に振るスペックに、シコルスキーが答える。
「あいつなら、今日は自分がケーキを作るって材料を買いに行ったぜ。……もちろんコッ
クのコスプレで」
「ヘッ、アイツラシイヤ」
どっと笑いが起こる。このベストタイミングで、勢いよくドアが開かれた。
「材料を買ってきたぞッ! ロウソクも97本なッ!」
コックの格好で猛スピードで部屋に飛び込み、派手に転倒して業務用小麦粉の袋をぶち
まけるドイル。狭い部屋が小麦粉で充満する。粉まみれになり、咳込み、大騒ぎになる一
同。
「ゲホッ、ゲホッ! スゲェ量ダナッ!」
「……こういう時は一服して落ち着こう」
冷静に煙草に火をつけるドリアン。
ため息をつき、しけい荘202号室に戻るスペック。
すると──
「おせぇぞスペックッ!」
──皆が待っていた。
ドイル特製のクラッカーが通報まちがいなしの大爆音を鳴らす。
オリバが、柳が、ドリアンが、ゲバルが、シコルスキーが、とびきりの笑顔と拍手でス
ペックを迎えた。
「オマエラ……知ッテタノカヨ」
「あれだけやかましく主張すれば、だれだって気づく」
肩をすくめるオリバ。
しかし、基本的にしけい荘の人間は仲間意識は強く、どんちゃん騒ぎが好きである。誕
生日を祝うことに対して、歓迎こそすれ、面倒なことなどあるものか。
「アリガトウ……アリガトウ……」
スペックの目にも涙。本来彼の辞書にはないはずの「感謝」が素直に口からこぼれ落ち
た。
「トコロデ、ドイルガイネェナ」
首を左右に振るスペックに、シコルスキーが答える。
「あいつなら、今日は自分がケーキを作るって材料を買いに行ったぜ。……もちろんコッ
クのコスプレで」
「ヘッ、アイツラシイヤ」
どっと笑いが起こる。このベストタイミングで、勢いよくドアが開かれた。
「材料を買ってきたぞッ! ロウソクも97本なッ!」
コックの格好で猛スピードで部屋に飛び込み、派手に転倒して業務用小麦粉の袋をぶち
まけるドイル。狭い部屋が小麦粉で充満する。粉まみれになり、咳込み、大騒ぎになる一
同。
「ゲホッ、ゲホッ! スゲェ量ダナッ!」
「……こういう時は一服して落ち着こう」
冷静に煙草に火をつけるドリアン。
おめでたい日に相応しい、大爆発。