大盛り上がりの内に宴は終わり、大和と正成が期待した通り、皆少し元気になった。
そして翌朝。見張りの兵の大声で正成は目を覚まし、呼ばれるままに城壁に上がった。
朝もやの中、城の外に出てたった一人で幕府の大軍と対峙しているのは……
大和だ。昨夜のまま、ほっかむりと化粧と、四本の鍬を手に持って。
「な。何を考えてるんだあいつは!? あんなことをしたら……」
「かかれええええぇぇっ!」
案の定、侮辱されたと思った幕府軍の武士たちが騎馬で突撃してきた。手に手に
槍や薙刀を構え、憤怒の形相で大和に向かっていく。
対する大和は、鍬四本の内二本を、頭上に高く投げ上げて踊りながら跳躍し、
「♪犬が西向きゃ尾は東~♪」
向かってきた騎馬武者二人の首を、両手の鍬で雑草のように斬り飛ばした。
え? と武者たちが動きを止める。大和は一度着地したかと思うと、またすぐ跳躍して、
「♪オイラが笑うと星が散るっ♪ と!」
左右の足を旋風のように振り回して、左右の武者たちの首を叩き折った。折りながら
持っていた鍬二本を投げ上げ、代わりに落ちてきた二本を受け止め、また跳躍して、
「♪天下の国々栄えあれ~っ♪」
……こんな調子で。踊りながら歌いながら、四本の鍬を器用にくるくる操って、
ほっかむりと厚化粧の大和が次から次へと武者たちを薙ぎ倒し、討ち取っていく。
片手逆立ちからの蹴り上げで落馬させ、空中前転からの二連踵落としで兜を割り、
その間も鍬を回すことは決して忘れず、踊りも止まらずに。
城内から見ている河内悪党の面々は、ただ呆然。昨日、みんなで酒を飲みながら
大笑いして見てたあの踊りだ。逆立ち跳びに空中前転に、鍬回しに。で、それに
合わせて幕府軍が切り崩されている。大和一人の踊りに手も足も出ずに。
「な、なんだってんだオイ。わしら、あんな連中を相手に怖がってたのか?」
「もしかして、あいつら……弱いのか? それもかなりヒドく」
河内悪党の面々が、ざわめき出した。その気配が幕府軍にも伝わったらしく、
「ええええぇぇいっ! 誇り高き鎌倉武士ともあろうものが、百姓どもに愚弄されて
どうする! もう手段は選ぶな! 絶対にそいつを殺せっっっっ!」
本陣から厳命が飛んだ。武士たちは一旦引いて大和から距離を取ると、
ズラリと並んで弓矢を構えた。
さすがにこれはマズい、と大和は鍬を二本だけ持って後ずさる。と、百本近い矢が
水平に流れる滝のような勢いで、大和に向かって殺到した!
「おととととっ、ちょ、ちょ、ちょっと待っ」
両手の鍬で矢を払って払って、開けてもらった城門から何とか滑り込む大和。
好機! とばかりに武士たちは雄叫びを上げて突撃した。
「よぉし、今だ! あの小僧の退却で奴らは意気消沈してるはず、一気に崩すぞ!」
「応っ!」
「いいか、もう無様な姿を晒すことは許されん! 湯の熱さぐらい武士の意地で耐えよ!
我らは武士、命よりも何よりも、名こそ惜しむべきぞ!」
逆転必勝を誓って、武士たちは決死の覚悟で鉤縄を投げた。もう、熱い湯が来ようが
沸騰した油が来ようが、絶対に引かない覚悟を胸に燃やして。
一方、城内に引っ込んだ大和はほっかむりをほどきながら、一部の男たちに合図を
飛ばした。男たちは城壁の下の、むしろを被せた何か大きなものの周りに集まる。
「? あれはいつもの、湯を沸かしてる大釜ではないか。なんだ、あのむしろは」
「あはは。ま、見ててよ。細工は流々ってね……陸奥大和の宴会芸、最終幕いくよっ!」
男たちが、釜のむしろを取った。いつも通り、ふつふつと煮立っている。何も変わらない。
が、正成は思いっきり顔をゆがめて後ずさった。
「む、陸奥っ! お前、これ、まさかっっ!?」
城外。城壁を登る武士たちの頭上に、いつもの長~いひしゃくが突き出された。武士たち
は、もう湯なんか怖くないぞ、歯を食い縛ってうめき声一つ立てずに耐えてみせるぞ、と
決死の覚悟を……
「ぎええぇぇやあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
「あどぐぼおおわあああああああああぁぁぁぁぁっ!」
この世のものとも思えぬ絶叫を上げて、彼らは逃げた。あるものは怒りながら、
ある者は泣きながら、意地も誇りも捨てて赤坂城に背を向け一目散に逃げ去っていく。
何だ、何事だと本陣は混乱したがそれもあっという間のこと。涙に濡れて逃げてきた
彼らを見て、いや、嗅いですぐに事態を悟った。
「っっ! あ、あ、あ、あ、あいつらああああぁぁっっ!」
赤坂城内は笑いに包まれていた。昨夜の宴会など比較にならない、爆笑の大渦。
次は俺にオレにと皆でひしゃくを奪い合い、我先に釜の中身をすくって城外にブチ撒ける。
それは何かというと、糞尿。わざわざ肥溜めから汲んできた発酵済みのドロドロの糞尿を、
釜でじっくりと煮込んだのだ。
で、それを誇り高き武士たちの頭上にブッかけた。武士たちの、先祖伝来の甲冑も
父上の形見の名刀も、熱々の湯気が立つクソまみれになってしまう。臭い汚いヌルヌル
気持ち悪い。これで悔し泣きしない男は、もはや武士ではないと言えよう。
なので、武士たちは一人残らずクソ湯気を立てて泣きながら逃げていく。そんな彼らを
昨日までは恐れていた河内悪党の面々、もう大爆笑大爆笑。
部下たちの笑い声に囲まれた正成は、呆れ果てて開いた口が塞がらずにいた。ぽかぁんと。
「こ、こ、こ、こ、こんな、こんなの、アリか。肥溜めから汲んで沸かして、それで
敵軍が総崩れって何だ。味方の士気大上昇って何だ。兵法って軍略って一体何だ?」
「あはは。ま、オレにかかればこんなもんだよ。……ん、何だってお兄さん?
孔明の再来? 張良の生まれ変わり? 何とでも好きに言ってくれていいよ」
「いや、ま、その、何だ。天才と何とやらは紙一重、とはよく言ったものだな。つくづく」
「……えっと。オレ、褒められてるのかな。けなされてるのかな」
悩む大和であった。
そして、この後。
血の涙を流しながら復讐を誓い、川で武具を洗っていた武士たちを、正成の指揮する
河内悪党が奇襲した。甲冑を外して洗っていた、すなわち文字通り裸同然の彼らを
完全武装の奇襲隊が一方的に蹂躙、殺戮。ここでも大戦果を挙げることとなった。
馬上で、敵味方交互に、作法通りに高らかに名乗りを上げてから戦うことしか知らぬ
鎌倉武士たち。そんな彼らにとって、正成たちはもはや卑怯者を遥かに通り越して、
得体の知れぬバケモノのように思え始めていた。
後に、「妖霊星」とまで呼ばれ恐れられる河内悪党。その影に、何とやらで紙一重な
修羅がいたことは記録に残っていない。
そして翌朝。見張りの兵の大声で正成は目を覚まし、呼ばれるままに城壁に上がった。
朝もやの中、城の外に出てたった一人で幕府の大軍と対峙しているのは……
大和だ。昨夜のまま、ほっかむりと化粧と、四本の鍬を手に持って。
「な。何を考えてるんだあいつは!? あんなことをしたら……」
「かかれええええぇぇっ!」
案の定、侮辱されたと思った幕府軍の武士たちが騎馬で突撃してきた。手に手に
槍や薙刀を構え、憤怒の形相で大和に向かっていく。
対する大和は、鍬四本の内二本を、頭上に高く投げ上げて踊りながら跳躍し、
「♪犬が西向きゃ尾は東~♪」
向かってきた騎馬武者二人の首を、両手の鍬で雑草のように斬り飛ばした。
え? と武者たちが動きを止める。大和は一度着地したかと思うと、またすぐ跳躍して、
「♪オイラが笑うと星が散るっ♪ と!」
左右の足を旋風のように振り回して、左右の武者たちの首を叩き折った。折りながら
持っていた鍬二本を投げ上げ、代わりに落ちてきた二本を受け止め、また跳躍して、
「♪天下の国々栄えあれ~っ♪」
……こんな調子で。踊りながら歌いながら、四本の鍬を器用にくるくる操って、
ほっかむりと厚化粧の大和が次から次へと武者たちを薙ぎ倒し、討ち取っていく。
片手逆立ちからの蹴り上げで落馬させ、空中前転からの二連踵落としで兜を割り、
その間も鍬を回すことは決して忘れず、踊りも止まらずに。
城内から見ている河内悪党の面々は、ただ呆然。昨日、みんなで酒を飲みながら
大笑いして見てたあの踊りだ。逆立ち跳びに空中前転に、鍬回しに。で、それに
合わせて幕府軍が切り崩されている。大和一人の踊りに手も足も出ずに。
「な、なんだってんだオイ。わしら、あんな連中を相手に怖がってたのか?」
「もしかして、あいつら……弱いのか? それもかなりヒドく」
河内悪党の面々が、ざわめき出した。その気配が幕府軍にも伝わったらしく、
「ええええぇぇいっ! 誇り高き鎌倉武士ともあろうものが、百姓どもに愚弄されて
どうする! もう手段は選ぶな! 絶対にそいつを殺せっっっっ!」
本陣から厳命が飛んだ。武士たちは一旦引いて大和から距離を取ると、
ズラリと並んで弓矢を構えた。
さすがにこれはマズい、と大和は鍬を二本だけ持って後ずさる。と、百本近い矢が
水平に流れる滝のような勢いで、大和に向かって殺到した!
「おととととっ、ちょ、ちょ、ちょっと待っ」
両手の鍬で矢を払って払って、開けてもらった城門から何とか滑り込む大和。
好機! とばかりに武士たちは雄叫びを上げて突撃した。
「よぉし、今だ! あの小僧の退却で奴らは意気消沈してるはず、一気に崩すぞ!」
「応っ!」
「いいか、もう無様な姿を晒すことは許されん! 湯の熱さぐらい武士の意地で耐えよ!
我らは武士、命よりも何よりも、名こそ惜しむべきぞ!」
逆転必勝を誓って、武士たちは決死の覚悟で鉤縄を投げた。もう、熱い湯が来ようが
沸騰した油が来ようが、絶対に引かない覚悟を胸に燃やして。
一方、城内に引っ込んだ大和はほっかむりをほどきながら、一部の男たちに合図を
飛ばした。男たちは城壁の下の、むしろを被せた何か大きなものの周りに集まる。
「? あれはいつもの、湯を沸かしてる大釜ではないか。なんだ、あのむしろは」
「あはは。ま、見ててよ。細工は流々ってね……陸奥大和の宴会芸、最終幕いくよっ!」
男たちが、釜のむしろを取った。いつも通り、ふつふつと煮立っている。何も変わらない。
が、正成は思いっきり顔をゆがめて後ずさった。
「む、陸奥っ! お前、これ、まさかっっ!?」
城外。城壁を登る武士たちの頭上に、いつもの長~いひしゃくが突き出された。武士たち
は、もう湯なんか怖くないぞ、歯を食い縛ってうめき声一つ立てずに耐えてみせるぞ、と
決死の覚悟を……
「ぎええぇぇやあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
「あどぐぼおおわあああああああああぁぁぁぁぁっ!」
この世のものとも思えぬ絶叫を上げて、彼らは逃げた。あるものは怒りながら、
ある者は泣きながら、意地も誇りも捨てて赤坂城に背を向け一目散に逃げ去っていく。
何だ、何事だと本陣は混乱したがそれもあっという間のこと。涙に濡れて逃げてきた
彼らを見て、いや、嗅いですぐに事態を悟った。
「っっ! あ、あ、あ、あ、あいつらああああぁぁっっ!」
赤坂城内は笑いに包まれていた。昨夜の宴会など比較にならない、爆笑の大渦。
次は俺にオレにと皆でひしゃくを奪い合い、我先に釜の中身をすくって城外にブチ撒ける。
それは何かというと、糞尿。わざわざ肥溜めから汲んできた発酵済みのドロドロの糞尿を、
釜でじっくりと煮込んだのだ。
で、それを誇り高き武士たちの頭上にブッかけた。武士たちの、先祖伝来の甲冑も
父上の形見の名刀も、熱々の湯気が立つクソまみれになってしまう。臭い汚いヌルヌル
気持ち悪い。これで悔し泣きしない男は、もはや武士ではないと言えよう。
なので、武士たちは一人残らずクソ湯気を立てて泣きながら逃げていく。そんな彼らを
昨日までは恐れていた河内悪党の面々、もう大爆笑大爆笑。
部下たちの笑い声に囲まれた正成は、呆れ果てて開いた口が塞がらずにいた。ぽかぁんと。
「こ、こ、こ、こ、こんな、こんなの、アリか。肥溜めから汲んで沸かして、それで
敵軍が総崩れって何だ。味方の士気大上昇って何だ。兵法って軍略って一体何だ?」
「あはは。ま、オレにかかればこんなもんだよ。……ん、何だってお兄さん?
孔明の再来? 張良の生まれ変わり? 何とでも好きに言ってくれていいよ」
「いや、ま、その、何だ。天才と何とやらは紙一重、とはよく言ったものだな。つくづく」
「……えっと。オレ、褒められてるのかな。けなされてるのかな」
悩む大和であった。
そして、この後。
血の涙を流しながら復讐を誓い、川で武具を洗っていた武士たちを、正成の指揮する
河内悪党が奇襲した。甲冑を外して洗っていた、すなわち文字通り裸同然の彼らを
完全武装の奇襲隊が一方的に蹂躙、殺戮。ここでも大戦果を挙げることとなった。
馬上で、敵味方交互に、作法通りに高らかに名乗りを上げてから戦うことしか知らぬ
鎌倉武士たち。そんな彼らにとって、正成たちはもはや卑怯者を遥かに通り越して、
得体の知れぬバケモノのように思え始めていた。
後に、「妖霊星」とまで呼ばれ恐れられる河内悪党。その影に、何とやらで紙一重な
修羅がいたことは記録に残っていない。