妖怪の山の頂上に風が吹いた。
うねる気流は雨を巻き上げ、雨は霧となる。
なおも舞い上がる霧は雲に届き、山に被さる濃霧を乱す。
乱れた霧は天を廻り、やがてひとつところに萃まる。
萃まる霧は乳白色に濁り、その濁りは芳香を放つ。
かくして雲が晴れたところに、二つの人ならぬ影が浮かびある。
その片割れは、やたら酒臭い息を吐く鬼だった。
「うぃー、ひっく、あー、ももくいながらおしゃけうめぇ」
「もう勘弁してくださいよ、萃香(すいか)さん……」
そしてもうひとつの片割れは、涙目になりながら酌をするいかにも高貴そうな佇まいの少女。
「らめぇ。もっとおしゃけちょうらい」
呂律がまったく回っていない、幼女のような姿をした鬼にがしがし蹴られ、少女は情けなさそうに首を振る。
「お酒なら萃香さん、自前の瓢箪持ってるじゃないですか……それ無限にお酒が湧くんでしょう?」
「たまにはぁ、ちがうのがぁ、すいかちゃんのみたぁいの。らから、ひっく、うぃぃ、おしゃけちょうらい」
「うう、なんで天人のわたくしが、こんな下女働きを……」
「うるちゃいわねぇ、ひんにゅーのくしぇに」
「ああ、そんなこと言わないでくださいぃ……」
よよ、と崩れる少女だったが、ふとキナ臭いものを嗅いだように辺りを見回した。
「……あれ?」
「なによぉ、あたしはまだずぇんずぇんよってないよぉー、なんでじめんがゆれてんのぉー?」
「いや、ていうか、これ地震ですけど」
確かに、びりびりと震える大地が微かに砂埃を浮かせ、山の頂上の空気を小刻みに揺すぶっている。
「しかし……このわたくしの『大地を操る程度の能力』から外れて起きているということは……何者かの作為による揺れです」
「らったら、なんだっちゅーのよぉ」
「いえ、ですから、これはなにかの異変の前触れではありませんか?」
不審げに眉根を寄せる少女の背後から、唐突に無機質な声が掛けられた。
「どうやら風向きが変わったようだと衣玖(いく)は思います天子(てんし)さま」
「──衣玖!?」
天子と呼ばれた少女ははっと振り返り、
「バカバカ! 今までどこに行ってたのよ!? 衣玖がいないせいでわたくし、
天界に不法滞在する萃香さんに暴力で脅されて無理やりメイドみたいなことさせられてたんだからっ!」
「申し訳ありませんと衣玖は思います天子さま。しかしながらなにせ昨日は土曜だったので」
「は?」
「土曜の夜はサタデーナイトフィーバーです」
めっちゃ冷めた表情で『サタデーナイトフィーバー』とかのたまう、やや大人びた風貌の少女──衣玖に、天子には言うべき言葉が無かった。
「ちなみにこの絶妙なタイミングで参上致したのは衣玖が出待ちをしていたからです天子さま。
すなわち天子さまが萃香さまに足蹴にされつつ半ベソで酌をなさっているところを衣玖はずっと陰ながら看過しておりました」
「ひどっ」
「別にいいじゃありませんかと衣玖は思います天子さま。なぜならば天子さまは畏れ多くもドMにあらせられることを衣玖は良く存じ上げております」
「え、Mじゃないもん!」
「いいえドレッドノート級マゾヒスティッククリーチャーそれが比那名居天子(ひななゐ てんし)さまだと衣玖は思います。
ちなみに衣玖の名前は永江衣玖(ながえ いく)空気の読める妖怪です」
「……なによ、その説明口調」
「空気を読んだ結果だと衣玖は思います天子さま。そんなことよりこの地震は風向きが変わったためであると衣玖は申し上げます」
「風向きって……?」
「つきましてはすぐさまこの地を掃き清め稀人の光臨を待ち受けるのが礼儀と存じます天子さま」
「稀人って……?」
「積荷信仰(カーゴ・カルト)です天子さま。貴女さま本当に人に尋ねてばかりのド低能であらせられますね。
さあ萃香さま貴女さまのお力でこの天界にもっとも近い妖怪の山の頂上のありとあらゆる雲霧霞雹霰霜雪を吹き飛ばしていただきたく」
「うぇ? なんかすっげーめんどっちぃーこといってねー?」
「いいえ貴女さまの『密度を操る程度の能力』を以てすれば水が湯に変わるほどの時も掛かりませんと衣玖は思います。
古代種の顕現であり『疎雨の百鬼夜行』の異名を取る伊吹萃香(いぶき すいか)さまならば」
無表情・無感動の念仏じみた早口、直立不動の姿勢でおだてあげられて喜ぶ馬鹿はそういないが、
萃香はインハイ高めのきっつい馬鹿であり、おまけに大絶賛酔っ払い中だった。
「うへへぇ。そこまでいわれちゃぁしかたにゃいにゃー。よぉしいちょやったるかー」
「お願い致します萃香さま私は水を沸かしてお待ちしております」
「え、いや、水が湯に、っていうのはものの喩えじゃないの?」
天子が常識的な感性でツッコミを入れると、衣玖はただ静かにじぃぃぃっと彼女を凝視する。
この世には──言葉にせずとも、心さえあれば通じる事柄はある。
(ああ、やめて衣玖! そんな冷たい眼で、『なに言ってんだこの馬鹿空気読めよ』みたいな蔑む瞳でわたくしを見つめないで!
そんな、そんな氷のような視線を向けられたら……わたくしゾワゾワしちゃうぅっ!)
(やはり天子さまはドMであらせられる)
しかしこの場合は、通じないほうが公序良俗の為には良かったのかも知れない。
まあそれはそれでいいとして、すっかり上機嫌の萃香はふらふら立ち上がると千鳥足で周囲を徘徊し始める。
「みじゅがぁ、おゆにぃ、かわるとぉ……」
「熱燗です萃香さま」
「んんっ……!」
真っ赤に染まった頬をほころばせ、ぶるっと身震い、
「キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!」
「用件は伝え終わりましたので衣玖はこれにて失礼します天子さま。
お湯が沸きましたらば再び戻りますのでどうかご容赦を」
「え、ちょっと待って。萃香さんめっちゃハッスルしてるけど、これどうするの?」
「神を降ろすためのお清めです天子さま」
「はい?」
「地震雷火事親父いずれも場の澱んだを吹き飛ばし清浄な空気を呼ぶための機構であると衣玖は存じております。
いわゆるひとつのエクスプロージョンつまり爆発です」
そう言うや、衣玖は指先から稲妻を発し、雷光を借りてその場からトンズラした。
世に言う『雷遁の術』である。
「え? え? あの?」
おろおろと不審な挙動をする天子にお構いなく、萃香は両腕を振り上げて天に吼えた。
「甦れ、肉体の中の古生代! 海豚のように鯨のように海豹のように!」
いきなり呂律が滑り出した萃香の周囲の景色が、そして彼女の姿形すらもありえない歪みを発現する。
その原因はすぐさま知れた。
今は失われし古代の妖怪、『鬼』。その純血種たる伊吹萃香の能力によって、
四方のありとあらゆる物質が通常の物理法則を無視して彼女に萃(あつま)っているための現象だった。
すなわち、『密度を操る程度の能力』が発動する際の副次効果──重力レンズ現象である。
「出でよ! 鬼神『ミッシングパープルパワー』!」
無節操に取り込んだ膨大な質量を体内で凝縮させ、その反動で爆発的に膨張する萃香。
いきなり巨大化した鬼の放つ衝撃にぶっ飛ばされて無残に宙を舞う天子。
「あぁん! ひどぅい!」
しかし騙されるな、見よ、比那名居天子の眼尻に浮かぶ一滴を。
あれはどう見ても歓喜の涙だった。
うねる気流は雨を巻き上げ、雨は霧となる。
なおも舞い上がる霧は雲に届き、山に被さる濃霧を乱す。
乱れた霧は天を廻り、やがてひとつところに萃まる。
萃まる霧は乳白色に濁り、その濁りは芳香を放つ。
かくして雲が晴れたところに、二つの人ならぬ影が浮かびある。
その片割れは、やたら酒臭い息を吐く鬼だった。
「うぃー、ひっく、あー、ももくいながらおしゃけうめぇ」
「もう勘弁してくださいよ、萃香(すいか)さん……」
そしてもうひとつの片割れは、涙目になりながら酌をするいかにも高貴そうな佇まいの少女。
「らめぇ。もっとおしゃけちょうらい」
呂律がまったく回っていない、幼女のような姿をした鬼にがしがし蹴られ、少女は情けなさそうに首を振る。
「お酒なら萃香さん、自前の瓢箪持ってるじゃないですか……それ無限にお酒が湧くんでしょう?」
「たまにはぁ、ちがうのがぁ、すいかちゃんのみたぁいの。らから、ひっく、うぃぃ、おしゃけちょうらい」
「うう、なんで天人のわたくしが、こんな下女働きを……」
「うるちゃいわねぇ、ひんにゅーのくしぇに」
「ああ、そんなこと言わないでくださいぃ……」
よよ、と崩れる少女だったが、ふとキナ臭いものを嗅いだように辺りを見回した。
「……あれ?」
「なによぉ、あたしはまだずぇんずぇんよってないよぉー、なんでじめんがゆれてんのぉー?」
「いや、ていうか、これ地震ですけど」
確かに、びりびりと震える大地が微かに砂埃を浮かせ、山の頂上の空気を小刻みに揺すぶっている。
「しかし……このわたくしの『大地を操る程度の能力』から外れて起きているということは……何者かの作為による揺れです」
「らったら、なんだっちゅーのよぉ」
「いえ、ですから、これはなにかの異変の前触れではありませんか?」
不審げに眉根を寄せる少女の背後から、唐突に無機質な声が掛けられた。
「どうやら風向きが変わったようだと衣玖(いく)は思います天子(てんし)さま」
「──衣玖!?」
天子と呼ばれた少女ははっと振り返り、
「バカバカ! 今までどこに行ってたのよ!? 衣玖がいないせいでわたくし、
天界に不法滞在する萃香さんに暴力で脅されて無理やりメイドみたいなことさせられてたんだからっ!」
「申し訳ありませんと衣玖は思います天子さま。しかしながらなにせ昨日は土曜だったので」
「は?」
「土曜の夜はサタデーナイトフィーバーです」
めっちゃ冷めた表情で『サタデーナイトフィーバー』とかのたまう、やや大人びた風貌の少女──衣玖に、天子には言うべき言葉が無かった。
「ちなみにこの絶妙なタイミングで参上致したのは衣玖が出待ちをしていたからです天子さま。
すなわち天子さまが萃香さまに足蹴にされつつ半ベソで酌をなさっているところを衣玖はずっと陰ながら看過しておりました」
「ひどっ」
「別にいいじゃありませんかと衣玖は思います天子さま。なぜならば天子さまは畏れ多くもドMにあらせられることを衣玖は良く存じ上げております」
「え、Mじゃないもん!」
「いいえドレッドノート級マゾヒスティッククリーチャーそれが比那名居天子(ひななゐ てんし)さまだと衣玖は思います。
ちなみに衣玖の名前は永江衣玖(ながえ いく)空気の読める妖怪です」
「……なによ、その説明口調」
「空気を読んだ結果だと衣玖は思います天子さま。そんなことよりこの地震は風向きが変わったためであると衣玖は申し上げます」
「風向きって……?」
「つきましてはすぐさまこの地を掃き清め稀人の光臨を待ち受けるのが礼儀と存じます天子さま」
「稀人って……?」
「積荷信仰(カーゴ・カルト)です天子さま。貴女さま本当に人に尋ねてばかりのド低能であらせられますね。
さあ萃香さま貴女さまのお力でこの天界にもっとも近い妖怪の山の頂上のありとあらゆる雲霧霞雹霰霜雪を吹き飛ばしていただきたく」
「うぇ? なんかすっげーめんどっちぃーこといってねー?」
「いいえ貴女さまの『密度を操る程度の能力』を以てすれば水が湯に変わるほどの時も掛かりませんと衣玖は思います。
古代種の顕現であり『疎雨の百鬼夜行』の異名を取る伊吹萃香(いぶき すいか)さまならば」
無表情・無感動の念仏じみた早口、直立不動の姿勢でおだてあげられて喜ぶ馬鹿はそういないが、
萃香はインハイ高めのきっつい馬鹿であり、おまけに大絶賛酔っ払い中だった。
「うへへぇ。そこまでいわれちゃぁしかたにゃいにゃー。よぉしいちょやったるかー」
「お願い致します萃香さま私は水を沸かしてお待ちしております」
「え、いや、水が湯に、っていうのはものの喩えじゃないの?」
天子が常識的な感性でツッコミを入れると、衣玖はただ静かにじぃぃぃっと彼女を凝視する。
この世には──言葉にせずとも、心さえあれば通じる事柄はある。
(ああ、やめて衣玖! そんな冷たい眼で、『なに言ってんだこの馬鹿空気読めよ』みたいな蔑む瞳でわたくしを見つめないで!
そんな、そんな氷のような視線を向けられたら……わたくしゾワゾワしちゃうぅっ!)
(やはり天子さまはドMであらせられる)
しかしこの場合は、通じないほうが公序良俗の為には良かったのかも知れない。
まあそれはそれでいいとして、すっかり上機嫌の萃香はふらふら立ち上がると千鳥足で周囲を徘徊し始める。
「みじゅがぁ、おゆにぃ、かわるとぉ……」
「熱燗です萃香さま」
「んんっ……!」
真っ赤に染まった頬をほころばせ、ぶるっと身震い、
「キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!」
「用件は伝え終わりましたので衣玖はこれにて失礼します天子さま。
お湯が沸きましたらば再び戻りますのでどうかご容赦を」
「え、ちょっと待って。萃香さんめっちゃハッスルしてるけど、これどうするの?」
「神を降ろすためのお清めです天子さま」
「はい?」
「地震雷火事親父いずれも場の澱んだを吹き飛ばし清浄な空気を呼ぶための機構であると衣玖は存じております。
いわゆるひとつのエクスプロージョンつまり爆発です」
そう言うや、衣玖は指先から稲妻を発し、雷光を借りてその場からトンズラした。
世に言う『雷遁の術』である。
「え? え? あの?」
おろおろと不審な挙動をする天子にお構いなく、萃香は両腕を振り上げて天に吼えた。
「甦れ、肉体の中の古生代! 海豚のように鯨のように海豹のように!」
いきなり呂律が滑り出した萃香の周囲の景色が、そして彼女の姿形すらもありえない歪みを発現する。
その原因はすぐさま知れた。
今は失われし古代の妖怪、『鬼』。その純血種たる伊吹萃香の能力によって、
四方のありとあらゆる物質が通常の物理法則を無視して彼女に萃(あつま)っているための現象だった。
すなわち、『密度を操る程度の能力』が発動する際の副次効果──重力レンズ現象である。
「出でよ! 鬼神『ミッシングパープルパワー』!」
無節操に取り込んだ膨大な質量を体内で凝縮させ、その反動で爆発的に膨張する萃香。
いきなり巨大化した鬼の放つ衝撃にぶっ飛ばされて無残に宙を舞う天子。
「あぁん! ひどぅい!」
しかし騙されるな、見よ、比那名居天子の眼尻に浮かぶ一滴を。
あれはどう見ても歓喜の涙だった。
妖怪の山の奥深くには神の社がある。
そして、そこには二柱の神と、一人の巫女が、つつましく穏やかに暮らしている。
「早苗のバカー!」
そう書いたそばから卓袱台が引っくり返った。
「洩矢(もりや)さま、どうかお怒りをお鎮めになってください」
「ヤダヤダ、あたしジャンプ読みたいのぉー! Dグレとリボーンがどうなってるか知りたいのぉー! 買ってきてくれなきゃヤダぁー!」
「あの、洩矢さま。ここは幻想郷であって、私たちが以前住んでいた世界とは違うのです。
ジャンプはおろかコンビニもございません。どうかお聞きわけください」
「なんでこんな辺鄙なところで暮さなきゃいけないのよぅ……元の世界に帰りたいよぅ……」
「それは八坂(やさか)さまと洩矢さまでお決めになったことではありませんか。
あの世界では信仰が薄れてしまったゆえ、新たな信仰を獲得するためにこの幻想郷に赴くのだと、
そう仰られたから、私も後に従ったのですよ」
駄々っ子をあやすように、大地神ミシャグジたる『洩矢諏訪子(もりや すわこ)』を膝に乗せて頭をなでなでするのは、
かつて『外の世界』では現役女学生だった『奇跡の子』、東風谷早苗(こちや さなえ)だった。
「でもぉ……新しいガンダムも視たいのよぅ……またキラとアスランが主役でしょ?」
「お言葉ですが洩矢さま。種死の時点でその両名は主役ではありません。続編も……どうでしょう」
「えー……こんなことならWのDVDボックスだけでも持ってくれば良かったよう」
幻想郷に電気は通っていませんよ、と喉まで出かかった言葉を呑みこみ、早苗は黙って諏訪子の髪をくしけずる。
と、部屋の障子が開け放たれた。
「八坂さま!」
洩矢諏訪子が土着神の頂点に立つ存在ならば、
今現れた八坂神奈子(やさか かなこ)こそはそれに匹敵する山坂と湖の権化、新興宗教を体現する、風と闘争の神である。
「八坂さま、洩矢さまにあまりわがままを仰らないよう八坂さまからも仰ってください」
そんな早苗の懇願に、神奈子は哀しげに首を横に振る。
「早苗……」
「どうなさったのです、八坂さま。まさか良くない徴でも顕れたのですか?」
不安に顔を曇らせる早苗よりもさらに重苦しい表情で、
「私のマイミクはどうなったのだろうね……」
「あい?」
「幻想郷に引っ越しするドタバタで、うっかり挨拶もせずにそのままにしてきてしまったmixiだよ。
みんな、私の身になにかあったのかと心配していないだろうか」
「……垢切りはmixiでは日常茶飯事ですから、あまり心配はされていないと思います」
「ああ、やはりそうなのかい!? 私の存在なんてネット上ではその程度だったのかなあ!?」
頭を抱えて苦悩する神のアホ丸出しの有様に、それを祀る立場である早苗こそ頭を抱えて苦悩せざるを得ない。
「あーうー……早苗ぇ……深夜アニメの新作が視たいよぉ……」
「早苗、どうだろう、妖怪から信仰を集めるなんて不毛なことはやめて、今すぐ元の世界に戻らないか?
ついでにミク友のみなさんにいきなり連絡を絶った無礼を詫びなければ!」
(この……腐れ神ども……!!)
「いい加減になさってください! ここにはアニメもない、ネットもない、つーかそもそも電気がないんです!」
息を荒げて立ち上がり、さっきは飲みこんだはずの言葉を吐く。
しかし、それほどまでに早苗は悲しかった。
他の誰よりも深く敬愛し、一生を捧げると誓った二人の神の、こんな情報中毒で堕落した姿を目の当たりにするのは辛かった。
「少しばかりの不便がなんだというのです? 私だってケータイ小説とか少女マンガとか、そういう未練を全部置いてやってきたんです!
それもこれも、守矢神社再興の志に殉じる決意があったればこそです!
楽しみが無くなったのなら、その分工夫すればいいではありませんか!
暗いと不平を言うよりも、進んで灯りを点けましょう!」
興奮してた早苗は失言に気付かなかった。
口の滑りの良い言葉を選んだ結果、話の最後の部分が、微妙に筋からずれていたことを。
「……いいこと思いついたぁ」
「なんだい、諏訪子」
きらりと光る諏訪子の眼光で、早苗は己の失敗に気づく。だが、気づくには遅すぎた。
「だからぁ、電気引けばいいんだよぉ。そーすれば、アニメもネットも万事オッケーだよぉ」
……ダメだこりゃ。
この上ない敗北感と徒労感でがっくりきた早苗は、ずるずると畳に臥す。
洩矢諏訪子と八坂神奈子、幻想郷ではまことの異邦人である二柱の唯一の理解者であり信奉者であるはずの
早苗をほっぽり出して、神々の悪巧みが始まろうとしていた。
そして、そこには二柱の神と、一人の巫女が、つつましく穏やかに暮らしている。
「早苗のバカー!」
そう書いたそばから卓袱台が引っくり返った。
「洩矢(もりや)さま、どうかお怒りをお鎮めになってください」
「ヤダヤダ、あたしジャンプ読みたいのぉー! Dグレとリボーンがどうなってるか知りたいのぉー! 買ってきてくれなきゃヤダぁー!」
「あの、洩矢さま。ここは幻想郷であって、私たちが以前住んでいた世界とは違うのです。
ジャンプはおろかコンビニもございません。どうかお聞きわけください」
「なんでこんな辺鄙なところで暮さなきゃいけないのよぅ……元の世界に帰りたいよぅ……」
「それは八坂(やさか)さまと洩矢さまでお決めになったことではありませんか。
あの世界では信仰が薄れてしまったゆえ、新たな信仰を獲得するためにこの幻想郷に赴くのだと、
そう仰られたから、私も後に従ったのですよ」
駄々っ子をあやすように、大地神ミシャグジたる『洩矢諏訪子(もりや すわこ)』を膝に乗せて頭をなでなでするのは、
かつて『外の世界』では現役女学生だった『奇跡の子』、東風谷早苗(こちや さなえ)だった。
「でもぉ……新しいガンダムも視たいのよぅ……またキラとアスランが主役でしょ?」
「お言葉ですが洩矢さま。種死の時点でその両名は主役ではありません。続編も……どうでしょう」
「えー……こんなことならWのDVDボックスだけでも持ってくれば良かったよう」
幻想郷に電気は通っていませんよ、と喉まで出かかった言葉を呑みこみ、早苗は黙って諏訪子の髪をくしけずる。
と、部屋の障子が開け放たれた。
「八坂さま!」
洩矢諏訪子が土着神の頂点に立つ存在ならば、
今現れた八坂神奈子(やさか かなこ)こそはそれに匹敵する山坂と湖の権化、新興宗教を体現する、風と闘争の神である。
「八坂さま、洩矢さまにあまりわがままを仰らないよう八坂さまからも仰ってください」
そんな早苗の懇願に、神奈子は哀しげに首を横に振る。
「早苗……」
「どうなさったのです、八坂さま。まさか良くない徴でも顕れたのですか?」
不安に顔を曇らせる早苗よりもさらに重苦しい表情で、
「私のマイミクはどうなったのだろうね……」
「あい?」
「幻想郷に引っ越しするドタバタで、うっかり挨拶もせずにそのままにしてきてしまったmixiだよ。
みんな、私の身になにかあったのかと心配していないだろうか」
「……垢切りはmixiでは日常茶飯事ですから、あまり心配はされていないと思います」
「ああ、やはりそうなのかい!? 私の存在なんてネット上ではその程度だったのかなあ!?」
頭を抱えて苦悩する神のアホ丸出しの有様に、それを祀る立場である早苗こそ頭を抱えて苦悩せざるを得ない。
「あーうー……早苗ぇ……深夜アニメの新作が視たいよぉ……」
「早苗、どうだろう、妖怪から信仰を集めるなんて不毛なことはやめて、今すぐ元の世界に戻らないか?
ついでにミク友のみなさんにいきなり連絡を絶った無礼を詫びなければ!」
(この……腐れ神ども……!!)
「いい加減になさってください! ここにはアニメもない、ネットもない、つーかそもそも電気がないんです!」
息を荒げて立ち上がり、さっきは飲みこんだはずの言葉を吐く。
しかし、それほどまでに早苗は悲しかった。
他の誰よりも深く敬愛し、一生を捧げると誓った二人の神の、こんな情報中毒で堕落した姿を目の当たりにするのは辛かった。
「少しばかりの不便がなんだというのです? 私だってケータイ小説とか少女マンガとか、そういう未練を全部置いてやってきたんです!
それもこれも、守矢神社再興の志に殉じる決意があったればこそです!
楽しみが無くなったのなら、その分工夫すればいいではありませんか!
暗いと不平を言うよりも、進んで灯りを点けましょう!」
興奮してた早苗は失言に気付かなかった。
口の滑りの良い言葉を選んだ結果、話の最後の部分が、微妙に筋からずれていたことを。
「……いいこと思いついたぁ」
「なんだい、諏訪子」
きらりと光る諏訪子の眼光で、早苗は己の失敗に気づく。だが、気づくには遅すぎた。
「だからぁ、電気引けばいいんだよぉ。そーすれば、アニメもネットも万事オッケーだよぉ」
……ダメだこりゃ。
この上ない敗北感と徒労感でがっくりきた早苗は、ずるずると畳に臥す。
洩矢諏訪子と八坂神奈子、幻想郷ではまことの異邦人である二柱の唯一の理解者であり信奉者であるはずの
早苗をほっぽり出して、神々の悪巧みが始まろうとしていた。
「──しかし諏訪子、電気を通すというが、どうやってだい? 幻想郷の産業革命作戦はこないだ失敗したばかりじゃないか。
地獄鴉に核融合の力を与えてみたけど、制御しきれずに暴走しかかけて一騒動だっただろう。
今度は蒸気機関程度に留めておくのか?」
「違うよぉ、神奈子ちゃん。今度は自然に優しいエコロジーだよ」
「ふむ。その心は?」
「かみなり」
「んん? それはどういう……いや待てよ、この山の天界に近い峰のあたりに、雷を操るリュウグウノツカイの妖怪がいたな」
「そうそぉ。あたしと神奈子ちゃんの能力で巨大バッテリーを創造してぇ、そこに雷を集めるのぉ」
「ふふふ、諏訪子は賢いな」
「えへへぇ」
地獄鴉に核融合の力を与えてみたけど、制御しきれずに暴走しかかけて一騒動だっただろう。
今度は蒸気機関程度に留めておくのか?」
「違うよぉ、神奈子ちゃん。今度は自然に優しいエコロジーだよ」
「ふむ。その心は?」
「かみなり」
「んん? それはどういう……いや待てよ、この山の天界に近い峰のあたりに、雷を操るリュウグウノツカイの妖怪がいたな」
「そうそぉ。あたしと神奈子ちゃんの能力で巨大バッテリーを創造してぇ、そこに雷を集めるのぉ」
「ふふふ、諏訪子は賢いな」
「えへへぇ」