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遊☆戯☆王 ~超古代決闘神話~ 第三十五話「死せる英雄達の戦い―――屠り合う英雄」 」
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「なんということか…!」
カストルは眼前で始まった二人の闘いを、悲痛な面持ちで見守る。
「何故…何故、私は陛下を止められなかった…」
レオンティウスは、同行しようとするカストルを押し止めてこう言ったのだ。
「一騎打ちで敵の大将を負かすことができれば、この戦も終わる―――決して手を出すな」
それは、確かにその通りだ。しかし―――
「それでも…あの二人だけは、闘わせてはならなかったというのに…!」
されど彼らは出会い、刃を交えた。ならばそれも、避けざる運命だというのか。
「結果はどうあれ、生きていてくだされ。陛下…そして…エレウセウス様…」
カストルは眼前で始まった二人の闘いを、悲痛な面持ちで見守る。
「何故…何故、私は陛下を止められなかった…」
レオンティウスは、同行しようとするカストルを押し止めてこう言ったのだ。
「一騎打ちで敵の大将を負かすことができれば、この戦も終わる―――決して手を出すな」
それは、確かにその通りだ。しかし―――
「それでも…あの二人だけは、闘わせてはならなかったというのに…!」
されど彼らは出会い、刃を交えた。ならばそれも、避けざる運命だというのか。
「結果はどうあれ、生きていてくだされ。陛下…そして…エレウセウス様…」
「はぁぁぁぁっ!」
月灯りの元で狼(エレウセウス)の魔剣が輝く。それは宵闇を切り裂きながら、獅子の喉笛目掛けて踊る。
「せいやぁぁぁぁっ!」
対するは苛烈に振るわれる獅子(レオンティウス)の雷槍。横薙ぎの一撃で剣閃を弾き、即座に反撃に移る。
「ちっ!」
繰り出される突きを素早いバックステップでかわし、距離を取る。それだけのやり取りで、二人は互いの実力をほぼ
完全に把握し、驚愕し、感嘆さえ覚えた。
(これが<紫眼の狼>…この男、やはり只者ではない!)
(レオンティウス―――この男、強い!)
技量は同等。力はレオンティウスが、速度はエレフが勝っている。総合的な戦闘力は互角―――
「ならば…勝つのはエレフだ…」
意識を取り戻し、ゆっくりと身を起こした海馬はそう呟く。
「皇帝様!まだ動かれては…」
「黙っていろ、フラーテル。オレは見届けねばならん。奴の闘いをな…」
「海馬…!それは違う!お前がしなければならないのは、あいつを止めることだ!」
闇遊戯は海馬に向けて叫ぶ。
「お前からは確かに感じる…エレフに対する友情と結束を!ならば、こんな闘いはもうやめさせるんだ!例えエレフ
が勝ったとしても、奴はさらに罪を重ねるだけだ!そう―――レオンティウスとだけは…殺し合ってはならない!」
自分の中のエレフとミーシャ、そしてレオンティウスに対してのとある疑惑。ここに来て、それはもはや確信に近く
なっていた。だが自分では、それを伝える術はない。自分の言葉など、エレフは聞く耳持たないだろう。
怒りと憎しみの刃。それを振るう腕は、全てを壊すまで止まらない。
「だが…お前の言葉なら…お前の声なら届くかもしれない!頼む、海馬!どうかエレフを…」
「あいつは、エレフはオレなんだ…オレだったかもしれない男だ」
闇遊戯の言葉を遮り、海馬はそう言い放つ。
「誰が何を言おうと、自らケリを付けない限りは怒りと憎しみを消すことなどできん…!」
それはまるで、自分のことのようによく分かる―――自分のことだからよく分かる。
両親を失い、その遺産を親戚に食い潰され、弟と二人で施設に放り出された自分。
後に養父となる男―――海馬剛三郎(かいばごうざぶろう)から受けた、人格が歪むほどの過酷な教育。
それによって植え付けられた怒りと憎しみ。
エレフのそれとは形は違えど、その本質は同じだった。
だから、そう。海馬にとってエレフは云わば、鏡に映した己自身だったのかもしれない。
全てが真逆であり、同時に完全なる相似形。そんな矛盾を孕んだ、もう一人の自分。
「エレフ―――オレは貴様を否定しない!オレは貴様の怒りを、貴様の憎しみを全て理解し、肯定してやる!そこの
甘ったれた連中に教えてやれ…虐げられ、傷つけられる者達の痛みと苦しみをな!」
その声は、確かにエレフに届いた―――届いてしまった。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
獣そのものの雄叫びをあげ、エレフの振るう剣が更に力を増す。レオンティウスは巧みな槍捌きでそれを凌いでいく
が、その表情からは焦燥が隠しきれない。
(なんという剣を振るうのだ…!怒りと憎しみに黒く染まった、まるで闇そのものだ…!)
それだけならば、本来は恐れるに足りない。怒りと憎しみを込めて自分に立ちはだかる相手ならば、これまでに幾人
もいた。彼らとエレフの決定的な違い―――それはきっと、エレフが仲間達の想いをも背負っているから。
怒りと憎しみ。どれだけ重ねようとも、それだけでは容易に砕けてしまう。
しかし、そこに仲間との結束の力が込められたならば―――
(その結果が、この力か…!)
だが、レオンティウスは心の奥底で、別の想いが沸き上がっていくのを感じていた―――言っておくが、彼の性癖で
あるおホモな意味ではない。彼自身にも不思議だったが、そういう感情は何故か一切なかった。
そんな劣情でなくて、その想いはミーシャを見た時にも感じたものだった。どこか懐かしく―――暖かい想い。
(…勝てない。私は、この男には…)
自分には、エレフを憎むことはできない。それどころか、怒りの欠片さえ感じることができないのだ。
負ける―――そして、死ぬ。一国の王としてあるまじきことだが、それでいいとさえ何故か思った。
(この男を殺すくらいなら…まだ、殺された方がいい…)
「レオン!」
その声に、薄れかけていた意識が覚醒する。城之内が立ち上がり、自分に向けて叫んでいた。
「オレは小難しいことは分からねえし、怒りだの憎しみだのもピンとこねえ…けど、これだけは分かるぜ。エレフの
腕は、人を斬る剣を握るためのもんじゃねえ―――妹を守ってやるための腕なんだ!」
城之内の脳裏に浮かぶのは、妹である静香の姿だった。
呑んだくれの父親に愛想を尽かして出ていった母親。そして、彼女に連れられていった妹。
離れ離れになっても、忘れたことなどなかった。
遠く離れても、同じ星を見ていると信じていた。
だから―――海馬とは違う意味で、エレフの想いは痛い程に分かっていた。
分かっていたからこそ、城之内は叫ぶ。
「レオン…勝ってくれ!勝って、エレフを止めてくれ!あいつの腕を、これ以上―――血に塗れさせないでくれ!」
その声が、レオンティウスの萎えかけていた腕と心に再び力を与えた。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!」
風車のように槍を振り回し、その遠心力を込めて穂先を剣に叩きつける。エレフは剣を取り落としこそはしなかった
が、凄まじい衝撃に腕が痺れ、剣戟が途絶える。
「せいっ!」
その隙を突き、素早く懐に潜り込む。そして渾身の力で鳩尾を殴り付けた。
「がっ…!」
身体をくの字に折り曲げる。更にもう一撃―――
「っ…舐めるなぁっ!」
「!?」
苦痛を無視して、エレフはその態勢から剣を振り上げた。レオンティウスは咄嗟に槍で防ぐが、押し上げてくる力は
予想以上に強い。甲高い音を立てて、槍が弾き飛ばされ、地に落ちる。
「しまった…!ぐぅっ!?」
先程のお返しとばかりに、脇腹に強烈な回し蹴りを喰らう。自分の肋骨が数本まとめてへし折れる嫌な音を聞いた。
「…決まったな」
海馬は満足げな笑みを浮かべた。
「エレフの…オレ達の勝ちだ」
そしてエレフは膝を付くレオンティウスに、切っ先を突き付ける。
「アメジストス…!何故だ…何故お前ほどの男が…」
レオンティウスの声には死への恐怖はない。ただ、深い悲しみが滲んでいた。
「それほどの力を持ちながら、何故このような蛮行に身を任せる…何よりも、我らの同胞(ヘレネス)であるお前が
何故、祖国に対してこのような侵略を…!」
「―――同胞?祖国だと?」
その言葉に、エレフは眉を吊り上げた。
「祖国が私に何をしてくれた…?」
慎ましくも幸せな暮らしを奪い。優しく、愛情に溢れた両親を奪い。
「私から、愛するものを奪っただけではないか…そして、ミーシャまで…」
最愛の妹までも奪いかけた―――
「―――笑わせるなぁぁぁぁぁっ!」
咆哮と共に天高く翳される剣。それは月光を受けて銀色に煌いた。
「エレフ…もうやめろぉーーーーーーーーっ!」
オリオンは地に伏せたまま叫ぶが、それもエレフには届かない。そして今、復讐の黒き刃が振り下ろされる―――
その瞬間だった。
ドドド…
「む?」
やたら猛々しい地響きのような音に、エレフの腕が止まる。
ドドドド…ドドドドド…音は段々と大きくなっていく。
「う、うわああああ!?」
後方で悲鳴が上がり、軍勢が真っ二つに割れる。まさしく海を渡るモーゼの如くに、開かれたその道を突き進むのは
一台の馬車とそれを牽いて突っ走る二頭の馬。その御者台に座る女性の姿を見て、エレフは茫然と呟いた。
「ミ…ミーシャ…?」
疑問形なのも当然である。彼女は漫画的表現で滝のような涙を流しつつ、ヒロインにあるまじき余りにも必死過ぎる
形相で、旅人を襲う山姥の如くに髪を振り乱しながら暴走する馬車をどーにかこーにかしようとしていた。
もう自分がどこにいるのかさえ分かっていない様子である。
「いやぁぁぁぁぁごめんなさいごめんなさい死ぬ死ぬ死んじゃう死んじゃう止めて止めて止めてダメダメダメダメ」
支離滅裂な叫びもどこ吹く風、馬車は暴走を続ける。
「な、何がなんだか分からんが…魔法カード発動!<洗脳(ブレイン・コントロール)>!」
闇遊戯がカードを翳した途端、馬達は借りてきた猫のように大人しくなる。そのままエレフとレオンティウスの眼前
で、馬車は停止した。ミーシャはようやく死の恐怖から解放され、生きる喜びを噛み締めた。
詳しく語れば大長編が出来上がるほどの苦難を思い返すと、焦点の合わない眼窩から涙は枯れることなく溢れ出す。
「ああ…白々しいほど涙が熱いわ…生きてるのね、私…私はまだ、い~き~て~る~の~ね~…」
「ミーシャ…その、突っ込みたいことは山のようにあるが、何をしにきたんだ…?」
「ああ、邪魔しないで、エレフ。私は一しきり生命の尊さに祈りを捧げてからあなたを止めにいかないと…」
もはや、まともに会話も成立しない。彼女が平常な精神を取り戻すのには、膨大な時間がかかるかもしれなかった。
「…私が、全て話しましょう」
と―――馬車の中から、落ち着いた声が響く。姿を現したのは、妙齢の美しい女性―――イサドラ。
「は…母上…!?」
今度はレオンティウスが茫然と母の名を呼ぶ。イサドラは、どこか陰のある笑顔を見せた。
「ごめんなさいね、レオン。こんな真似をして…ほら、ミーシャ。しっかりなさい」
ぱんぱんとミーシャの頬を軽くはたく。ミーシャはやや目の焦点を取り戻し、言った。
「あ…おはようございます、お母様。いい朝ですね…」
「今は夜ですよ、ミーシャ」
と、抜けた会話をかわしながら。エレフはその中に、聞き捨てならない言葉を見つけた。
「…待て、ミーシャ。お前は今、何と言った?」
「え?いい朝だって言ったけど…」
「その前だ!…お母様、だと?何を言っているんだ?その女が私達の母親なわけが」
ない、と言う前に、イサドラが首を横に振った。
「ミーシャは寝惚けて私を母と間違えているのではありませんよ…そうではないのです」
「なん…だと?」
「母上…?それは一体…」
言いかけて、レオンティウスは顔を強張らせる。彼の中で、全てが繋がった。
バラバラだったパズルのピースが組み合わさるように―――全てを、理解してしまったのだ。
「やはり、そうだったのか…」
(そうか…アルカディアでキミが言ってたのは、こういうことだったんだね…)
闇遊戯、そして遊戯も得心して頷く。
「おい、遊戯。一人で納得すんなよ!えーと、あれ?レオンのお袋さんがエレフとミーシャの?…え?」
もう訳が分からないとばかりに、城之内は闇遊戯の肩を掴む。
「まさか…そんな…!」
「バカな…!」
詳しい事情は分からずとも、真相を察したオリオンと海馬は愕然とする。
「陛下…イサドラ様…エレウセウス様…アルテミシア様…」
すぐ傍でレオンティウスの闘いを見守っていたカストルは、込み上げる痛みを堪えるように俯く。この場においては
イサドラ以外で唯一人、彼は全てを知っていた。知っていながら何もできなかった無力を恥じていた。
「―――今こそ全てを語りましょう、レオンティウス。そしてエレウセウス…」
イサドラは、ゆっくりとエレフに視線を送る。そこに込められた慈愛と悲しみ、そして懺悔と悔恨。
「十九年前、あなたとミーシャは生まれた…そう。闇が太陽を蝕む、あの日に―――」
月灯りの元で狼(エレウセウス)の魔剣が輝く。それは宵闇を切り裂きながら、獅子の喉笛目掛けて踊る。
「せいやぁぁぁぁっ!」
対するは苛烈に振るわれる獅子(レオンティウス)の雷槍。横薙ぎの一撃で剣閃を弾き、即座に反撃に移る。
「ちっ!」
繰り出される突きを素早いバックステップでかわし、距離を取る。それだけのやり取りで、二人は互いの実力をほぼ
完全に把握し、驚愕し、感嘆さえ覚えた。
(これが<紫眼の狼>…この男、やはり只者ではない!)
(レオンティウス―――この男、強い!)
技量は同等。力はレオンティウスが、速度はエレフが勝っている。総合的な戦闘力は互角―――
「ならば…勝つのはエレフだ…」
意識を取り戻し、ゆっくりと身を起こした海馬はそう呟く。
「皇帝様!まだ動かれては…」
「黙っていろ、フラーテル。オレは見届けねばならん。奴の闘いをな…」
「海馬…!それは違う!お前がしなければならないのは、あいつを止めることだ!」
闇遊戯は海馬に向けて叫ぶ。
「お前からは確かに感じる…エレフに対する友情と結束を!ならば、こんな闘いはもうやめさせるんだ!例えエレフ
が勝ったとしても、奴はさらに罪を重ねるだけだ!そう―――レオンティウスとだけは…殺し合ってはならない!」
自分の中のエレフとミーシャ、そしてレオンティウスに対してのとある疑惑。ここに来て、それはもはや確信に近く
なっていた。だが自分では、それを伝える術はない。自分の言葉など、エレフは聞く耳持たないだろう。
怒りと憎しみの刃。それを振るう腕は、全てを壊すまで止まらない。
「だが…お前の言葉なら…お前の声なら届くかもしれない!頼む、海馬!どうかエレフを…」
「あいつは、エレフはオレなんだ…オレだったかもしれない男だ」
闇遊戯の言葉を遮り、海馬はそう言い放つ。
「誰が何を言おうと、自らケリを付けない限りは怒りと憎しみを消すことなどできん…!」
それはまるで、自分のことのようによく分かる―――自分のことだからよく分かる。
両親を失い、その遺産を親戚に食い潰され、弟と二人で施設に放り出された自分。
後に養父となる男―――海馬剛三郎(かいばごうざぶろう)から受けた、人格が歪むほどの過酷な教育。
それによって植え付けられた怒りと憎しみ。
エレフのそれとは形は違えど、その本質は同じだった。
だから、そう。海馬にとってエレフは云わば、鏡に映した己自身だったのかもしれない。
全てが真逆であり、同時に完全なる相似形。そんな矛盾を孕んだ、もう一人の自分。
「エレフ―――オレは貴様を否定しない!オレは貴様の怒りを、貴様の憎しみを全て理解し、肯定してやる!そこの
甘ったれた連中に教えてやれ…虐げられ、傷つけられる者達の痛みと苦しみをな!」
その声は、確かにエレフに届いた―――届いてしまった。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
獣そのものの雄叫びをあげ、エレフの振るう剣が更に力を増す。レオンティウスは巧みな槍捌きでそれを凌いでいく
が、その表情からは焦燥が隠しきれない。
(なんという剣を振るうのだ…!怒りと憎しみに黒く染まった、まるで闇そのものだ…!)
それだけならば、本来は恐れるに足りない。怒りと憎しみを込めて自分に立ちはだかる相手ならば、これまでに幾人
もいた。彼らとエレフの決定的な違い―――それはきっと、エレフが仲間達の想いをも背負っているから。
怒りと憎しみ。どれだけ重ねようとも、それだけでは容易に砕けてしまう。
しかし、そこに仲間との結束の力が込められたならば―――
(その結果が、この力か…!)
だが、レオンティウスは心の奥底で、別の想いが沸き上がっていくのを感じていた―――言っておくが、彼の性癖で
あるおホモな意味ではない。彼自身にも不思議だったが、そういう感情は何故か一切なかった。
そんな劣情でなくて、その想いはミーシャを見た時にも感じたものだった。どこか懐かしく―――暖かい想い。
(…勝てない。私は、この男には…)
自分には、エレフを憎むことはできない。それどころか、怒りの欠片さえ感じることができないのだ。
負ける―――そして、死ぬ。一国の王としてあるまじきことだが、それでいいとさえ何故か思った。
(この男を殺すくらいなら…まだ、殺された方がいい…)
「レオン!」
その声に、薄れかけていた意識が覚醒する。城之内が立ち上がり、自分に向けて叫んでいた。
「オレは小難しいことは分からねえし、怒りだの憎しみだのもピンとこねえ…けど、これだけは分かるぜ。エレフの
腕は、人を斬る剣を握るためのもんじゃねえ―――妹を守ってやるための腕なんだ!」
城之内の脳裏に浮かぶのは、妹である静香の姿だった。
呑んだくれの父親に愛想を尽かして出ていった母親。そして、彼女に連れられていった妹。
離れ離れになっても、忘れたことなどなかった。
遠く離れても、同じ星を見ていると信じていた。
だから―――海馬とは違う意味で、エレフの想いは痛い程に分かっていた。
分かっていたからこそ、城之内は叫ぶ。
「レオン…勝ってくれ!勝って、エレフを止めてくれ!あいつの腕を、これ以上―――血に塗れさせないでくれ!」
その声が、レオンティウスの萎えかけていた腕と心に再び力を与えた。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!」
風車のように槍を振り回し、その遠心力を込めて穂先を剣に叩きつける。エレフは剣を取り落としこそはしなかった
が、凄まじい衝撃に腕が痺れ、剣戟が途絶える。
「せいっ!」
その隙を突き、素早く懐に潜り込む。そして渾身の力で鳩尾を殴り付けた。
「がっ…!」
身体をくの字に折り曲げる。更にもう一撃―――
「っ…舐めるなぁっ!」
「!?」
苦痛を無視して、エレフはその態勢から剣を振り上げた。レオンティウスは咄嗟に槍で防ぐが、押し上げてくる力は
予想以上に強い。甲高い音を立てて、槍が弾き飛ばされ、地に落ちる。
「しまった…!ぐぅっ!?」
先程のお返しとばかりに、脇腹に強烈な回し蹴りを喰らう。自分の肋骨が数本まとめてへし折れる嫌な音を聞いた。
「…決まったな」
海馬は満足げな笑みを浮かべた。
「エレフの…オレ達の勝ちだ」
そしてエレフは膝を付くレオンティウスに、切っ先を突き付ける。
「アメジストス…!何故だ…何故お前ほどの男が…」
レオンティウスの声には死への恐怖はない。ただ、深い悲しみが滲んでいた。
「それほどの力を持ちながら、何故このような蛮行に身を任せる…何よりも、我らの同胞(ヘレネス)であるお前が
何故、祖国に対してこのような侵略を…!」
「―――同胞?祖国だと?」
その言葉に、エレフは眉を吊り上げた。
「祖国が私に何をしてくれた…?」
慎ましくも幸せな暮らしを奪い。優しく、愛情に溢れた両親を奪い。
「私から、愛するものを奪っただけではないか…そして、ミーシャまで…」
最愛の妹までも奪いかけた―――
「―――笑わせるなぁぁぁぁぁっ!」
咆哮と共に天高く翳される剣。それは月光を受けて銀色に煌いた。
「エレフ…もうやめろぉーーーーーーーーっ!」
オリオンは地に伏せたまま叫ぶが、それもエレフには届かない。そして今、復讐の黒き刃が振り下ろされる―――
その瞬間だった。
ドドド…
「む?」
やたら猛々しい地響きのような音に、エレフの腕が止まる。
ドドドド…ドドドドド…音は段々と大きくなっていく。
「う、うわああああ!?」
後方で悲鳴が上がり、軍勢が真っ二つに割れる。まさしく海を渡るモーゼの如くに、開かれたその道を突き進むのは
一台の馬車とそれを牽いて突っ走る二頭の馬。その御者台に座る女性の姿を見て、エレフは茫然と呟いた。
「ミ…ミーシャ…?」
疑問形なのも当然である。彼女は漫画的表現で滝のような涙を流しつつ、ヒロインにあるまじき余りにも必死過ぎる
形相で、旅人を襲う山姥の如くに髪を振り乱しながら暴走する馬車をどーにかこーにかしようとしていた。
もう自分がどこにいるのかさえ分かっていない様子である。
「いやぁぁぁぁぁごめんなさいごめんなさい死ぬ死ぬ死んじゃう死んじゃう止めて止めて止めてダメダメダメダメ」
支離滅裂な叫びもどこ吹く風、馬車は暴走を続ける。
「な、何がなんだか分からんが…魔法カード発動!<洗脳(ブレイン・コントロール)>!」
闇遊戯がカードを翳した途端、馬達は借りてきた猫のように大人しくなる。そのままエレフとレオンティウスの眼前
で、馬車は停止した。ミーシャはようやく死の恐怖から解放され、生きる喜びを噛み締めた。
詳しく語れば大長編が出来上がるほどの苦難を思い返すと、焦点の合わない眼窩から涙は枯れることなく溢れ出す。
「ああ…白々しいほど涙が熱いわ…生きてるのね、私…私はまだ、い~き~て~る~の~ね~…」
「ミーシャ…その、突っ込みたいことは山のようにあるが、何をしにきたんだ…?」
「ああ、邪魔しないで、エレフ。私は一しきり生命の尊さに祈りを捧げてからあなたを止めにいかないと…」
もはや、まともに会話も成立しない。彼女が平常な精神を取り戻すのには、膨大な時間がかかるかもしれなかった。
「…私が、全て話しましょう」
と―――馬車の中から、落ち着いた声が響く。姿を現したのは、妙齢の美しい女性―――イサドラ。
「は…母上…!?」
今度はレオンティウスが茫然と母の名を呼ぶ。イサドラは、どこか陰のある笑顔を見せた。
「ごめんなさいね、レオン。こんな真似をして…ほら、ミーシャ。しっかりなさい」
ぱんぱんとミーシャの頬を軽くはたく。ミーシャはやや目の焦点を取り戻し、言った。
「あ…おはようございます、お母様。いい朝ですね…」
「今は夜ですよ、ミーシャ」
と、抜けた会話をかわしながら。エレフはその中に、聞き捨てならない言葉を見つけた。
「…待て、ミーシャ。お前は今、何と言った?」
「え?いい朝だって言ったけど…」
「その前だ!…お母様、だと?何を言っているんだ?その女が私達の母親なわけが」
ない、と言う前に、イサドラが首を横に振った。
「ミーシャは寝惚けて私を母と間違えているのではありませんよ…そうではないのです」
「なん…だと?」
「母上…?それは一体…」
言いかけて、レオンティウスは顔を強張らせる。彼の中で、全てが繋がった。
バラバラだったパズルのピースが組み合わさるように―――全てを、理解してしまったのだ。
「やはり、そうだったのか…」
(そうか…アルカディアでキミが言ってたのは、こういうことだったんだね…)
闇遊戯、そして遊戯も得心して頷く。
「おい、遊戯。一人で納得すんなよ!えーと、あれ?レオンのお袋さんがエレフとミーシャの?…え?」
もう訳が分からないとばかりに、城之内は闇遊戯の肩を掴む。
「まさか…そんな…!」
「バカな…!」
詳しい事情は分からずとも、真相を察したオリオンと海馬は愕然とする。
「陛下…イサドラ様…エレウセウス様…アルテミシア様…」
すぐ傍でレオンティウスの闘いを見守っていたカストルは、込み上げる痛みを堪えるように俯く。この場においては
イサドラ以外で唯一人、彼は全てを知っていた。知っていながら何もできなかった無力を恥じていた。
「―――今こそ全てを語りましょう、レオンティウス。そしてエレウセウス…」
イサドラは、ゆっくりとエレフに視線を送る。そこに込められた慈愛と悲しみ、そして懺悔と悔恨。
「十九年前、あなたとミーシャは生まれた…そう。闇が太陽を蝕む、あの日に―――」
―――太陽…闇…蝕まれし日…生まれ墜つる者…破滅を紡ぐ―――
その無慈悲な神託が、双子とそれにまつわる者達の運命を大きく変えた―――否。
それこそまさに、運命の意志だったのかもしれない―――
その無慈悲な神託が、双子とそれにまつわる者達の運命を大きく変えた―――否。
それこそまさに、運命の意志だったのかもしれない―――