「おちついたかい?」
瞬の声、瞬の優しい声に、アドニスは涙と鼻水で汚れた顔を上げた。
険のとれた顔だった。
険のとれた顔だった。
「まぁアドニス、とりあえずこれで顔洗え」
盟は手にもっていたバケツを差し出す。
伸びたアドニスにぶちまけようと汲んでおいた水なのだが、言わぬが華というやつだ。
アドニスが泣き止み、落ち着いたころには空は茜色に染まっていた。
晩春といえども、青紫色の帳が下りてくるこの時間帯は何かもの悲しい気分にさせられる。
伸びたアドニスにぶちまけようと汲んでおいた水なのだが、言わぬが華というやつだ。
アドニスが泣き止み、落ち着いたころには空は茜色に染まっていた。
晩春といえども、青紫色の帳が下りてくるこの時間帯は何かもの悲しい気分にさせられる。
アドニスの記憶に残る黄昏時は、いつだって死のイメージだった。
「何もかも信じられない、どうして良いかわからない。
なら、僕を頼ってくれないか?」
なら、僕を頼ってくれないか?」
「…嫌だ。
みんな僕を裏切る。
母さんは僕をおいて先に死んじゃった。
あいつは、最強のはずの黄金聖闘士だったのに死んじゃった。
僕を聖域に連れてきたやつは、真っ先に僕を裏切った。
汚いものをみるような目を僕を見るんだ。だから真っ先に殴り倒してやった。
あんたもきっと、僕を裏切る。
あいつを殺したあんたに、あいつを殺したあんたに…、あいつを殺したあんたは!
僕を裏切る、裏切る、裏切るんだよ!」
俯いたアドニスの声にこめられたものの重さは、ずしりと瞬の心に切り込んだ。
アドニスの叫びは、瞬が生涯背負わなくてはならないモノだ。
仕方がなかったでは済まされない。業だ。
みんな僕を裏切る。
母さんは僕をおいて先に死んじゃった。
あいつは、最強のはずの黄金聖闘士だったのに死んじゃった。
僕を聖域に連れてきたやつは、真っ先に僕を裏切った。
汚いものをみるような目を僕を見るんだ。だから真っ先に殴り倒してやった。
あんたもきっと、僕を裏切る。
あいつを殺したあんたに、あいつを殺したあんたに…、あいつを殺したあんたは!
僕を裏切る、裏切る、裏切るんだよ!」
俯いたアドニスの声にこめられたものの重さは、ずしりと瞬の心に切り込んだ。
アドニスの叫びは、瞬が生涯背負わなくてはならないモノだ。
仕方がなかったでは済まされない。業だ。
「はい、それまで。
なら強くなれ、アドニス。
お前ならできる。
お前だからこそできることなんだ。
その拳はそのためにあるんだ。」
なら強くなれ、アドニス。
お前ならできる。
お前だからこそできることなんだ。
その拳はそのためにあるんだ。」
瑕だらけの手のひら、小さな肩を震わせる少年の姿。
それは盟の、瞬の原風景。嗚咽を堪える幼き日の思い出。
それは盟の、瞬の原風景。嗚咽を堪える幼き日の思い出。
「盟?
でもこいつは…」
でもこいつは…」
そこで初めて気がついたようにアドニスは盟に目を向けた。
アドニスにとって、唯一心ゆるした人間が盟だった。
聖域入りする以前からの知己であったというのも大きいが。
しょうがないな、といった風で勤めて明るく言う盟に、瞬は目礼を交わす。
アドニスにとって、唯一心ゆるした人間が盟だった。
聖域入りする以前からの知己であったというのも大きいが。
しょうがないな、といった風で勤めて明るく言う盟に、瞬は目礼を交わす。
「いつまでも女々しい事いうない。
それにな、アドニスくん。そんな事いったら俺ぁどうなる?
サガの殺し屋、死神デスマスクの最後の弟子だぜ?
聖衣をまとうことすら躊躇われるような来歴だぞ」
気にするな、と受けて盟はアドニスに向き直る。
それにな、アドニスくん。そんな事いったら俺ぁどうなる?
サガの殺し屋、死神デスマスクの最後の弟子だぜ?
聖衣をまとうことすら躊躇われるような来歴だぞ」
気にするな、と受けて盟はアドニスに向き直る。
「いいか、アドニス。
この瞬は強い。そりゃもう強い。なんてったって黄金聖闘士より強い。
黄金聖闘士の弟子だった俺が言うんだ、間違いない。
だからこいつから学べ。
色々技盗め、で、倒しちゃえ」
この瞬は強い。そりゃもう強い。なんてったって黄金聖闘士より強い。
黄金聖闘士の弟子だった俺が言うんだ、間違いない。
だからこいつから学べ。
色々技盗め、で、倒しちゃえ」
ぽかんとした顔のアドニスは、年相応に幼かった。
「師弟相打つ、なんて本来ならやっちゃいけないことだろうが、なに前例は結構ある。
なんだったら訓練中の事故ですませちゃえ、俺が書類いじってやるから」
なんだったら訓練中の事故ですませちゃえ、俺が書類いじってやるから」
冗談なのか本気なのかいまいちわかり辛い盟に、瞬は苦笑する。
アドニスはまだ呆然としている。
アドニスはまだ呆然としている。
「そうだ、アドニス。
僕は君にとって仇だ。それは変えようもない事実だ。
だけど、君には変える事のできることがある。無限の可能性があるんだ。
聖域の真の象徴となれる可能性。
黄金聖闘士としてこの僕を超えられるという可能性として、ね」
僕は君にとって仇だ。それは変えようもない事実だ。
だけど、君には変える事のできることがある。無限の可能性があるんだ。
聖域の真の象徴となれる可能性。
黄金聖闘士としてこの僕を超えられるという可能性として、ね」
瞬の言葉に、アドニスは生気が戻っていく。
同時に先ほどの言葉を思い出す。
━最低でも黄金聖闘士くらいになってもらわないと困るからね━
同時に先ほどの言葉を思い出す。
━最低でも黄金聖闘士くらいになってもらわないと困るからね━
「…くらい、じゃない。
黄金聖闘士は、地上最強なんだ!アテナの聖闘士の象徴なんだ!
黄金聖闘士になってやる!そして、あんたを倒してやる!
神聖闘士なんてただのあだ花に過ぎないって証明してやる!」
黄金聖闘士は、地上最強なんだ!アテナの聖闘士の象徴なんだ!
黄金聖闘士になってやる!そして、あんたを倒してやる!
神聖闘士なんてただのあだ花に過ぎないって証明してやる!」
まずはこれでいい、目標さえぶれなければまずはいい。 瞬はそう考える。
「その意気だ、アドニス。
まずは、僕を師とよんでくれないかな?」
まずは、僕を師とよんでくれないかな?」
暴力が他人に向けられる事を防ぐには、自分が防波堤になるしかない。
瞬らしいといえば瞬らしい。それが大事にならなければいいが、と盟は案じるが、今はまだ始まったばかりだ。
どちらにしても、「これから」だろう。
瞬らしいといえば瞬らしい。それが大事にならなければいいが、と盟は案じるが、今はまだ始まったばかりだ。
どちらにしても、「これから」だろう。
「嫌だ!お前なんかアンドロメダ瞬でじゅ」
ぱぁんという音が訓練場に響く。瞬の張り手だ。
ぱぁんという音が訓練場に響く。瞬の張り手だ。
「し・しょ・う!はい、復唱。」
ぐっと押し黙るアドニス。
またしてもぱぁんという破裂音が響く。
幾度かそんなやり取りをするうちに、アドニスの顔は腫上がっていた。まるで饅頭のようだ。
またしてもぱぁんという破裂音が響く。
幾度かそんなやり取りをするうちに、アドニスの顔は腫上がっていた。まるで饅頭のようだ。
「…、師匠」
「これからよろしく、アドニス」
そして、一組の師弟が誕生した。
「なぁ、アドニス。
もし何もかも信じられなくなっても、アテナだけは信じてやってくれ。
アテナの聖闘士である事を、忘れないでくれ。
互いを信じるからこそ、力になるんだ。
今は無理かもしれないが、いつかは信じてやってくれないか?
アテナは、自分を信じるものを決して見捨てないんだからさ」
もし何もかも信じられなくなっても、アテナだけは信じてやってくれ。
アテナの聖闘士である事を、忘れないでくれ。
互いを信じるからこそ、力になるんだ。
今は無理かもしれないが、いつかは信じてやってくれないか?
アテナは、自分を信じるものを決して見捨てないんだからさ」
盟の言葉は、すとんとアドニスの心に落ち着いた。
なぜか、それは盟の懇願のように聞こえたからだ。
なぜか、それは盟の懇願のように聞こえたからだ。
「もちろん、俺も瞬もお前を見捨てない。
お前が自分自身を信じられないなら、アテナを信じろ。
アテナはお前を信じているからな」
お前が自分自身を信じられないなら、アテナを信じろ。
アテナはお前を信じているからな」
盟の言葉は、盟自身に言い聞かせているように瞬には聞こえた。
満天の星空は、そんな彼らを見守っていた。
満天の星空は、そんな彼らを見守っていた。