<結局彼は、運命の手から逃れられませんでした。されど、憐れむ必要はないのです。
私もあなたも、誰一人逃れられないのですから。めでたし、めでたし>
―――全ての歴史を知る黒き書物・その囁き―――
私もあなたも、誰一人逃れられないのですから。めでたし、めでたし>
―――全ての歴史を知る黒き書物・その囁き―――
死せる英雄達の戦い。
其れは、神話の英雄達と現代の決闘者達の、壮大な戦いの戯曲である。
運命を切り開くのは誰の剣か―――或いは誰もが、運命の掌の上で踊る悲しき奴隷に過ぎぬのか。
神は黙したまま、何も語らず―――
其れは、神話の英雄達と現代の決闘者達の、壮大な戦いの戯曲である。
運命を切り開くのは誰の剣か―――或いは誰もが、運命の掌の上で踊る悲しき奴隷に過ぎぬのか。
神は黙したまま、何も語らず―――
「―――ごめんなさい。取り乱してしまって…」
イサドラはミーシャから離れ、涙を拭った。
「いえ、私は構いません…それよりもイサドラ様。先程あなたはレオンティウス様に、私の兄と闘ってはならないと
仰りましたが、それはどういうことなのですか?」
「それは―――」
イサドラは息子の顔を見つめ、口ごもる。
「母上。私がその男には勝てないというのですか?」
「勝ち負けが問題なのではありません。あの者と闘うこと、それそのものが禁忌なのです」
「―――母上。<紫眼の狼>が何者であろうと、私はアルカディアの王として、逃げるわけにはいきません」
レオンティウスは母に背を向け、歩き出す。
「行かないでおくれ、レオンティウス!あの者はあなたの―――!」
その声は届かない。レオンティウスは未練を断ち切るかのように、足早に去っていく。
「イサドラ様…」
カストルが、イサドラの傍に跪(ひざまず)く。
「不肖ながら、私が陛下の御傍におります。どうか御任せを」
立ち上がり、カストルもレオンティウスの後を追って出ていく。その場にはイサドラと、遊戯達が残された。
「…色々訊きたいことはあるけどよ、今はあれこれ言っても仕方ねえ。オレ達もいくぜ!」
城之内の言葉に、皆が頷く。しかし、イサドラは血相を変えた。
「いけません!ミーシャ…あなたまで、行ってはなりません!」
「え?だけど…」
「その方がいいよ、ミーシャさん」
遊戯がそう続けた。
「やっぱりミーシャさんを無理に戦わせたりしたくないよ。ここにいれば安全だし、それに…今回の相手は海馬くん
と、お兄さんのエレフだ」
「そうだな。万一にでも、エレフの野郎と戦場で向き合わせるなんてしたくねえ。ミーシャはここにいてくれ」
城之内も遊戯に同意する。
「なあに、首に縄引っ掛けてでもあいつを連れてきてやるさ。そこで改めてじっくり説教してやればいい」
オリオンはそう言って、イサドラに視線を移した。
「―――それに、イサドラ様が、お前と色々話したいことがあるみたいだしな。相手をしてさしあげなよ」
「…分かったわ。皆、私はここで待ってるから。どうか、無事に帰ってきてね」
そして二人を残し、遊戯達もその場を後にした。それを見送ったミーシャはイサドラに向き直る。
「イサドラ様…お聞かせ願えますか?あなたは、何を知っているんですか?」
「…………」
「あなたは私のことも、エレフのことも知っておられるようでした―――そして、レオンティウス様がエレフと闘うこと
を、あれほどまでに忌避しているのは、何故なのです?」
「ミーシャ…あなたは何も知らぬ幸せよりも、残酷な真実を知りたいと望むのですか?」
その言葉に構わず、ミーシャは言い募る。
「教えてください―――真実がどれだけ残酷でも、何も知らない方が幸せだなどと、私には思えないのです」
ミーシャはイサドラの目を真っ直ぐに見つめた。そして。
「分かりました…話しましょう。この愚かな女の犯した罪を―――」
イサドラは、意を決したように唇を開いた―――
イサドラはミーシャから離れ、涙を拭った。
「いえ、私は構いません…それよりもイサドラ様。先程あなたはレオンティウス様に、私の兄と闘ってはならないと
仰りましたが、それはどういうことなのですか?」
「それは―――」
イサドラは息子の顔を見つめ、口ごもる。
「母上。私がその男には勝てないというのですか?」
「勝ち負けが問題なのではありません。あの者と闘うこと、それそのものが禁忌なのです」
「―――母上。<紫眼の狼>が何者であろうと、私はアルカディアの王として、逃げるわけにはいきません」
レオンティウスは母に背を向け、歩き出す。
「行かないでおくれ、レオンティウス!あの者はあなたの―――!」
その声は届かない。レオンティウスは未練を断ち切るかのように、足早に去っていく。
「イサドラ様…」
カストルが、イサドラの傍に跪(ひざまず)く。
「不肖ながら、私が陛下の御傍におります。どうか御任せを」
立ち上がり、カストルもレオンティウスの後を追って出ていく。その場にはイサドラと、遊戯達が残された。
「…色々訊きたいことはあるけどよ、今はあれこれ言っても仕方ねえ。オレ達もいくぜ!」
城之内の言葉に、皆が頷く。しかし、イサドラは血相を変えた。
「いけません!ミーシャ…あなたまで、行ってはなりません!」
「え?だけど…」
「その方がいいよ、ミーシャさん」
遊戯がそう続けた。
「やっぱりミーシャさんを無理に戦わせたりしたくないよ。ここにいれば安全だし、それに…今回の相手は海馬くん
と、お兄さんのエレフだ」
「そうだな。万一にでも、エレフの野郎と戦場で向き合わせるなんてしたくねえ。ミーシャはここにいてくれ」
城之内も遊戯に同意する。
「なあに、首に縄引っ掛けてでもあいつを連れてきてやるさ。そこで改めてじっくり説教してやればいい」
オリオンはそう言って、イサドラに視線を移した。
「―――それに、イサドラ様が、お前と色々話したいことがあるみたいだしな。相手をしてさしあげなよ」
「…分かったわ。皆、私はここで待ってるから。どうか、無事に帰ってきてね」
そして二人を残し、遊戯達もその場を後にした。それを見送ったミーシャはイサドラに向き直る。
「イサドラ様…お聞かせ願えますか?あなたは、何を知っているんですか?」
「…………」
「あなたは私のことも、エレフのことも知っておられるようでした―――そして、レオンティウス様がエレフと闘うこと
を、あれほどまでに忌避しているのは、何故なのです?」
「ミーシャ…あなたは何も知らぬ幸せよりも、残酷な真実を知りたいと望むのですか?」
その言葉に構わず、ミーシャは言い募る。
「教えてください―――真実がどれだけ残酷でも、何も知らない方が幸せだなどと、私には思えないのです」
ミーシャはイサドラの目を真っ直ぐに見つめた。そして。
「分かりました…話しましょう。この愚かな女の犯した罪を―――」
イサドラは、意を決したように唇を開いた―――
「―――聞け、皆の者!」
軍馬に跨ったレオンティウスは、居並ぶ兵士達を鼓舞する。
「我らはこれより聖都イリオン奪還に向け進軍する!<紫眼の狼>―――そして<白龍皇帝>は恐るべき力を
秘めた強敵だ。されど、我ら<雷神に連なる者(アルカディオス)>皆生きてまた会おうぞ!」
レオンティウスは、まるで唄うように声を響かせる。
『運命は残酷だ されど彼女を恐れるな 女神(ミラ)が戦わぬ者に微笑むことなど 決してないのだから―――』
兵士達に混じって並んでいた遊戯達は、それを聞いて目を丸くする。
「おい遊戯、今のって…」
「うん。ズヴォリンスキーさんの言ってたアレだね」
「ん?何の話だよ」
オリオンが話に割り込む。
「ボクらの時代にも、さっきの言葉が伝わってるんだ。だから、ちょっと感激しちゃってさ」
「へえ…じゃあさ、俺の名セリフとかも伝わってたりして?」
「うーん…オリオンの名前は伝わってるけど、セリフまではどうかな…てゆうか、名セリフなんてあったっけ?」
「さいでっか」
拗ねるオリオン。勇者のくせに、心の狭い男だった。
「ともかく気合い入れていこうぜ!海馬達が何考えてんだか知らねーが、ヤツらの陰謀はオレが粉砕せねば!」
「そうだね。頑張らないと!(城之内くんがやる気だと、逆に不安だなあ…ボクらが頑張らなきゃ!)」
※カッコ内は心の声です。
「ああ。ミーシャのためにも、な…」
オリオンは天を仰ぐ。
(この空の先にあいつもいる…エレフ、お前は今、何をしているんだ…?)
軍馬に跨ったレオンティウスは、居並ぶ兵士達を鼓舞する。
「我らはこれより聖都イリオン奪還に向け進軍する!<紫眼の狼>―――そして<白龍皇帝>は恐るべき力を
秘めた強敵だ。されど、我ら<雷神に連なる者(アルカディオス)>皆生きてまた会おうぞ!」
レオンティウスは、まるで唄うように声を響かせる。
『運命は残酷だ されど彼女を恐れるな 女神(ミラ)が戦わぬ者に微笑むことなど 決してないのだから―――』
兵士達に混じって並んでいた遊戯達は、それを聞いて目を丸くする。
「おい遊戯、今のって…」
「うん。ズヴォリンスキーさんの言ってたアレだね」
「ん?何の話だよ」
オリオンが話に割り込む。
「ボクらの時代にも、さっきの言葉が伝わってるんだ。だから、ちょっと感激しちゃってさ」
「へえ…じゃあさ、俺の名セリフとかも伝わってたりして?」
「うーん…オリオンの名前は伝わってるけど、セリフまではどうかな…てゆうか、名セリフなんてあったっけ?」
「さいでっか」
拗ねるオリオン。勇者のくせに、心の狭い男だった。
「ともかく気合い入れていこうぜ!海馬達が何考えてんだか知らねーが、ヤツらの陰謀はオレが粉砕せねば!」
「そうだね。頑張らないと!(城之内くんがやる気だと、逆に不安だなあ…ボクらが頑張らなきゃ!)」
※カッコ内は心の声です。
「ああ。ミーシャのためにも、な…」
オリオンは天を仰ぐ。
(この空の先にあいつもいる…エレフ、お前は今、何をしているんだ…?)
戦禍の爪痕が色濃く残るイリオン。しかし、そこは異様な活気に満ちていた。
今や奴隷部隊の活躍の噂は全土を駆け巡り、各地で奴隷達が蜂起していた。その多くはイリオンを訪れ、奴隷部隊
はもはや一国家とすら言える規模にまで膨れ上がっていた。
「―――諸君!アルカディアとの決戦の時は近い!」
一際高い瓦礫の山。その頂上に立ったエレフは黒剣を振り翳し、群衆に向けて演説を行う。
「同胞(ヘレネス)が笑わせる…祖国が我々に何をしてくれた!?奴らが我々に与えたのは、痛みと悲しみだけでは
ないか!今こそ思い知らせてくれようぞ―――皆の怒りと憎しみを!」
エレフはそこで大きく息を吸い込み、遥か地平線の彼方まで響き渡るような雄叫びを上げる。そして。
『人は皆 いつまでも 無力な奴隷ではない 戦うのだ 気紛れな運命(かみ)と 未来を取り戻すため―――』
その言葉に、奴隷部隊の者達は老若男女を問わず沸き上がった。偉大な指導者<紫眼の狼>。その声は彼らに
とって神の御告げにも等しいものだった。
「海馬。お前からも彼らに声をかけてはどうだ?」
一息ついたエレフは海馬を促す。海馬はいつもの仏頂面のままにエレフと入れ替わり、静かに語り始める。
「貴様らに、信念や守るべき何かはあるか?」
突然の問い掛けに、一同はざわめき始める。それに頓着することなく、海馬は続けた。
「ないはずはない。どんな者にも、闘う理由は秘められていることだろうさ―――重要なのはその重さに耐えきれず
に押し潰されるか、それとも守り抜くかだ…」
海馬はカッと目を見開き、静謐な口調を一転させる。
「立ち上がる事もできぬ負け犬に価値などないわ!手にしたい物があるならば、剣を持ち闘うがいい!正義を語る
は勝者にのみ赦された特権―――オレから言うべきはただそれだけだ。闘え―――そして、勝て!」
先程のエレフの演説にも勝るとも劣らない大歓声が巻き起こり、誰もが<白龍皇帝>の名を叫ぶ。海馬はそれを
背に受けながら、エレフと共に瓦礫の山を下りていった。
「御二人とも、御立派でした」
「素晴らしいお言葉でしたぞ」
そこに控えていたオルフとシリウス、それにフラーテルとソロルもエレフ達に駆け寄る。
「フン。見え透いた世辞などいらん―――オレにとって、アルカディアとの戦争など余興にすぎん」
海馬は遠くに思いを馳せるかのように、天を見据える。
「オレが闘うに値するは、奴だけ…遊戯だけだ」
「遊戯…?」
不思議そうにその名を口にするフラーテル達に対し、海馬はこう答えた。
「…オレが唯一人、好敵手(ライバル)と認めた男だ。奴と決着を付けぬ限りオレは前には進めん…だからこそオレ
は奴を、己の全てをかけて倒さねばならん」
「レスボスにいたあの少年か…しかし分からんな。お前ほどの者が何故、それほどまでに彼に固執する?確かに
敵に回せば恐ろしい男だろうが、お前のその拘り様はそれが理由とも思えん」
「宿命だ」
エレフの問いに、海馬は即答した。
「オレは運命などという戯言は信じない。だが、奴との間に存在する宿命だけは否定できん―――だからこそ、オレ
には分かる。アルカディアとの戦い、そこに遊戯がいるのだとな…」
「宿命か…」
エレフは小さくその言葉を呟く。そしてまた、声が聴こえた。
(忘レ物ハナィカィ…?)
(遠ィ日ノ忘レ物…宿命ト言ゥノナラバ、ソレコソガォ前ノ宿命ダ)
(覚ェティナィノナラソレデモヨィ。ケレドォ前ハ、マタシテモ思ィ知ルダロゥ)
(運命ノ女神…ソレガ如何ニ無慈悲デァルノカヲ―――)
(黙れ。黙れよ)
それに対し、エレフは珍しく言い返した。
(私は運命になど屈しない。私の前に立ちはだかるなら、例え運命(かみ)でも殺してみせる)
今や奴隷部隊の活躍の噂は全土を駆け巡り、各地で奴隷達が蜂起していた。その多くはイリオンを訪れ、奴隷部隊
はもはや一国家とすら言える規模にまで膨れ上がっていた。
「―――諸君!アルカディアとの決戦の時は近い!」
一際高い瓦礫の山。その頂上に立ったエレフは黒剣を振り翳し、群衆に向けて演説を行う。
「同胞(ヘレネス)が笑わせる…祖国が我々に何をしてくれた!?奴らが我々に与えたのは、痛みと悲しみだけでは
ないか!今こそ思い知らせてくれようぞ―――皆の怒りと憎しみを!」
エレフはそこで大きく息を吸い込み、遥か地平線の彼方まで響き渡るような雄叫びを上げる。そして。
『人は皆 いつまでも 無力な奴隷ではない 戦うのだ 気紛れな運命(かみ)と 未来を取り戻すため―――』
その言葉に、奴隷部隊の者達は老若男女を問わず沸き上がった。偉大な指導者<紫眼の狼>。その声は彼らに
とって神の御告げにも等しいものだった。
「海馬。お前からも彼らに声をかけてはどうだ?」
一息ついたエレフは海馬を促す。海馬はいつもの仏頂面のままにエレフと入れ替わり、静かに語り始める。
「貴様らに、信念や守るべき何かはあるか?」
突然の問い掛けに、一同はざわめき始める。それに頓着することなく、海馬は続けた。
「ないはずはない。どんな者にも、闘う理由は秘められていることだろうさ―――重要なのはその重さに耐えきれず
に押し潰されるか、それとも守り抜くかだ…」
海馬はカッと目を見開き、静謐な口調を一転させる。
「立ち上がる事もできぬ負け犬に価値などないわ!手にしたい物があるならば、剣を持ち闘うがいい!正義を語る
は勝者にのみ赦された特権―――オレから言うべきはただそれだけだ。闘え―――そして、勝て!」
先程のエレフの演説にも勝るとも劣らない大歓声が巻き起こり、誰もが<白龍皇帝>の名を叫ぶ。海馬はそれを
背に受けながら、エレフと共に瓦礫の山を下りていった。
「御二人とも、御立派でした」
「素晴らしいお言葉でしたぞ」
そこに控えていたオルフとシリウス、それにフラーテルとソロルもエレフ達に駆け寄る。
「フン。見え透いた世辞などいらん―――オレにとって、アルカディアとの戦争など余興にすぎん」
海馬は遠くに思いを馳せるかのように、天を見据える。
「オレが闘うに値するは、奴だけ…遊戯だけだ」
「遊戯…?」
不思議そうにその名を口にするフラーテル達に対し、海馬はこう答えた。
「…オレが唯一人、好敵手(ライバル)と認めた男だ。奴と決着を付けぬ限りオレは前には進めん…だからこそオレ
は奴を、己の全てをかけて倒さねばならん」
「レスボスにいたあの少年か…しかし分からんな。お前ほどの者が何故、それほどまでに彼に固執する?確かに
敵に回せば恐ろしい男だろうが、お前のその拘り様はそれが理由とも思えん」
「宿命だ」
エレフの問いに、海馬は即答した。
「オレは運命などという戯言は信じない。だが、奴との間に存在する宿命だけは否定できん―――だからこそ、オレ
には分かる。アルカディアとの戦い、そこに遊戯がいるのだとな…」
「宿命か…」
エレフは小さくその言葉を呟く。そしてまた、声が聴こえた。
(忘レ物ハナィカィ…?)
(遠ィ日ノ忘レ物…宿命ト言ゥノナラバ、ソレコソガォ前ノ宿命ダ)
(覚ェティナィノナラソレデモヨィ。ケレドォ前ハ、マタシテモ思ィ知ルダロゥ)
(運命ノ女神…ソレガ如何ニ無慈悲デァルノカヲ―――)
(黙れ。黙れよ)
それに対し、エレフは珍しく言い返した。
(私は運命になど屈しない。私の前に立ちはだかるなら、例え運命(かみ)でも殺してみせる)
「なあ、ズィマー」
筋肉モリモリの大男が、傍にいた同僚に声をかける。
「なんだい、ヤスロー」
ズィマーと呼ばれた胡散臭い髭の男が、筋肉男・ヤスローに顔を向ける。
「暇だなあ…」
「そうですねえ…」
―――アルカディア城。大半の兵士はイリオンへ向け出兵したものの、城の警備などのために居残った者達も
少なくはない。この二人は馬番であった。
「こんなダラダラしてるところを見つかったら、ドヤされるよなあ…」
「ああ。レティー様、怒ると怖いもんなあ…あんなんだから<猛き姿は戦女神(パラス・アテナ)の如し>だなんて
言われちゃうんだよ。言っとくけど尊称じゃないよ、これ」
美しくも恐ろしい上役の顔を思い浮かべ、二人して苦笑いする―――そこに女性の声。
「ちょっと、そこの二人!」
「「ひぃー!すいません、サボってたわけじゃないんです!馬にちゃんと餌はあげてますしブラッシングもしました!
あと悪口も言ってません!」」
長いセリフを奇麗にハモった二人が恐る恐る顔を上げると、そこには上司ではなく、見知らぬ女性がいた―――
銀色の長い髪と紫の瞳が印象的な、中々の美人である。
「な、なんだ…レティー様じゃなくて、よかった…」
「うんうん。おじさん達、思わず吃驚して怖れ慄いちゃったよ」
「全くだ。それで嬢ちゃん、なにか用かい?」
からからと笑う二人に対し、彼女は簡潔に己の要求を告げる。
「馬を貸して」
「へ?」
「お願い、早くしないと間に合わないの!だから馬を貸して!」
「い、いや。いきなりそんなこと言われてもな…」
「うん。レティー様の許可を貰わないと…」
お役所仕事丸出しな態度に、女性の顔がだんだん険しくなってくる。二人は思わず後ずさり、ゴクリと唾を呑む。
「時間がないの!今すぐ貸して!」
「だから、嬢ちゃん…俺達にだって事情が」
「馬を貸して!今すぐ貸して!うーまーをーかーしーなーさーーーい!!!」
「「どっひゃー!」」
二人の絶叫は、天高くどこまでも響いたという―――後に彼らは数時間に渡り、上司に説教されることとなった。
合掌。
筋肉モリモリの大男が、傍にいた同僚に声をかける。
「なんだい、ヤスロー」
ズィマーと呼ばれた胡散臭い髭の男が、筋肉男・ヤスローに顔を向ける。
「暇だなあ…」
「そうですねえ…」
―――アルカディア城。大半の兵士はイリオンへ向け出兵したものの、城の警備などのために居残った者達も
少なくはない。この二人は馬番であった。
「こんなダラダラしてるところを見つかったら、ドヤされるよなあ…」
「ああ。レティー様、怒ると怖いもんなあ…あんなんだから<猛き姿は戦女神(パラス・アテナ)の如し>だなんて
言われちゃうんだよ。言っとくけど尊称じゃないよ、これ」
美しくも恐ろしい上役の顔を思い浮かべ、二人して苦笑いする―――そこに女性の声。
「ちょっと、そこの二人!」
「「ひぃー!すいません、サボってたわけじゃないんです!馬にちゃんと餌はあげてますしブラッシングもしました!
あと悪口も言ってません!」」
長いセリフを奇麗にハモった二人が恐る恐る顔を上げると、そこには上司ではなく、見知らぬ女性がいた―――
銀色の長い髪と紫の瞳が印象的な、中々の美人である。
「な、なんだ…レティー様じゃなくて、よかった…」
「うんうん。おじさん達、思わず吃驚して怖れ慄いちゃったよ」
「全くだ。それで嬢ちゃん、なにか用かい?」
からからと笑う二人に対し、彼女は簡潔に己の要求を告げる。
「馬を貸して」
「へ?」
「お願い、早くしないと間に合わないの!だから馬を貸して!」
「い、いや。いきなりそんなこと言われてもな…」
「うん。レティー様の許可を貰わないと…」
お役所仕事丸出しな態度に、女性の顔がだんだん険しくなってくる。二人は思わず後ずさり、ゴクリと唾を呑む。
「時間がないの!今すぐ貸して!」
「だから、嬢ちゃん…俺達にだって事情が」
「馬を貸して!今すぐ貸して!うーまーをーかーしーなーさーーーい!!!」
「「どっひゃー!」」
二人の絶叫は、天高くどこまでも響いたという―――後に彼らは数時間に渡り、上司に説教されることとなった。
合掌。
「―――お待たせしました!」
逞しい二頭の馬に牽かれた立派な馬車の御者台に座り、ミーシャは場外で所在なげに佇んでいたイサドラにこれ
以上ないほどの満面の笑みを向けた。
「馬番の方がとてもいい人でして、快く馬と馬車を貸していただけました。さあ、乗ってください!」
「…ミーシャ。これで本当にいいの?あなたは…」
「はい。もう決めましたから―――あの二人を闘わせてはいけません。それより早く行きましょう。すぐに追いかけ
ないと、間に合わなくなります!」
「ええ…けれど、もう一つ訊いていいかしら」
「何ですか?」
馬車の中に入りながら、イサドラは不安げに眉を寄せた。
「あなた、馬を操れるの?ちなみに私はやったことがないわ」
「…………」
盲点だった。
「だ、大丈夫です!ほらこの仔達、とっても賢そうだもの!さあお願い、マキバオーにカスケード!私達をイリオン
まで連れていって!」
ちなみに名前は適当である。ミーシャはとりあえず馬鞭を撓らせてみたが、ウンともスンとも言ってくれなかった。
―――どうにか馬が走りだしてくれたのは、二時間後のことである。前途多難な道程であった。
逞しい二頭の馬に牽かれた立派な馬車の御者台に座り、ミーシャは場外で所在なげに佇んでいたイサドラにこれ
以上ないほどの満面の笑みを向けた。
「馬番の方がとてもいい人でして、快く馬と馬車を貸していただけました。さあ、乗ってください!」
「…ミーシャ。これで本当にいいの?あなたは…」
「はい。もう決めましたから―――あの二人を闘わせてはいけません。それより早く行きましょう。すぐに追いかけ
ないと、間に合わなくなります!」
「ええ…けれど、もう一つ訊いていいかしら」
「何ですか?」
馬車の中に入りながら、イサドラは不安げに眉を寄せた。
「あなた、馬を操れるの?ちなみに私はやったことがないわ」
「…………」
盲点だった。
「だ、大丈夫です!ほらこの仔達、とっても賢そうだもの!さあお願い、マキバオーにカスケード!私達をイリオン
まで連れていって!」
ちなみに名前は適当である。ミーシャはとりあえず馬鞭を撓らせてみたが、ウンともスンとも言ってくれなかった。
―――どうにか馬が走りだしてくれたのは、二時間後のことである。前途多難な道程であった。