ドクター・ティリングハーストの報せを受けて、ほとんどなにも考えないままにセピアの収容されている
医療セクションへ向かったレッドだったが、今の彼に出来ることなどなにもなかった。
最高の頭脳、最高の技術、最高の設備が惜しみなく投入されたエグリゴリの医療体制に於いては、そこにレッドの介入する余地はまるでない。
レッドがしたことと言えば、集中治療室のドアの前にカカシのように立ち尽くして「手術中」を示す赤ランプを凝視したくらいだった。
無力だった。
強くなりたい。そう願っていたはずだったし、強くなろうとしていたはずだったし、少しずつでも強くなっていたはずだった。
だが、そんなものはまるで無意味だった。
どれだけ人を殺し、どれだけの強敵を撃破してもなお、こうして自分がどれだけちっぽけな人間なのかを思い知らされる。
自分のしてきたことのすべてがすべて空回りだったような気がして、レッドはどうしようもない虚脱感に陥る。
──いや、これは前提が間違っている。
レッドはなにも全知全能の神になりたいわけではない。
ただ、自分を思うように処する力を求めていた。自分をいいように操ろうとするものを排撃する力を求めていた。
そうできる能力こそが『強さ』だと信じて。
その限りにおいては、セピアの容態のことでレッドが無力感に苛まされるいわれはない。
ならば、なぜ──。
落ち着かない気分で廊下をうろうろ歩きまわるレッドは、窓に映った自分を見る。
(なんて顔してるんだ、キース・レッド)
ガラスに映る半透明の少年の、おんまりにも情けない顔に苛立ち、精一杯の怒りをこめて睨んでも、その精彩に欠ける表情は動かなかった。
すでにレッドははっきりと自覚している。セピアの身が……生命が心配だということを。
だがその一方で、そう感じる気持ちに対しての違和感も芽生えていた。
(違う……こんなのはオレじゃねえ。オレはもっと強くならなきゃいけねーんだ。周りのやつらに足を引っ張られるのは御免だ。
感情移入しすぎてドツボにハマるなんざ馬鹿げてる。オレは医者になりたいわけじゃねえ。セピアのことはドクターに任せておきゃいいんだ)
医療セクションへ向かったレッドだったが、今の彼に出来ることなどなにもなかった。
最高の頭脳、最高の技術、最高の設備が惜しみなく投入されたエグリゴリの医療体制に於いては、そこにレッドの介入する余地はまるでない。
レッドがしたことと言えば、集中治療室のドアの前にカカシのように立ち尽くして「手術中」を示す赤ランプを凝視したくらいだった。
無力だった。
強くなりたい。そう願っていたはずだったし、強くなろうとしていたはずだったし、少しずつでも強くなっていたはずだった。
だが、そんなものはまるで無意味だった。
どれだけ人を殺し、どれだけの強敵を撃破してもなお、こうして自分がどれだけちっぽけな人間なのかを思い知らされる。
自分のしてきたことのすべてがすべて空回りだったような気がして、レッドはどうしようもない虚脱感に陥る。
──いや、これは前提が間違っている。
レッドはなにも全知全能の神になりたいわけではない。
ただ、自分を思うように処する力を求めていた。自分をいいように操ろうとするものを排撃する力を求めていた。
そうできる能力こそが『強さ』だと信じて。
その限りにおいては、セピアの容態のことでレッドが無力感に苛まされるいわれはない。
ならば、なぜ──。
落ち着かない気分で廊下をうろうろ歩きまわるレッドは、窓に映った自分を見る。
(なんて顔してるんだ、キース・レッド)
ガラスに映る半透明の少年の、おんまりにも情けない顔に苛立ち、精一杯の怒りをこめて睨んでも、その精彩に欠ける表情は動かなかった。
すでにレッドははっきりと自覚している。セピアの身が……生命が心配だということを。
だがその一方で、そう感じる気持ちに対しての違和感も芽生えていた。
(違う……こんなのはオレじゃねえ。オレはもっと強くならなきゃいけねーんだ。周りのやつらに足を引っ張られるのは御免だ。
感情移入しすぎてドツボにハマるなんざ馬鹿げてる。オレは医者になりたいわけじゃねえ。セピアのことはドクターに任せておきゃいいんだ)
「ならば、なぜ──なぜオレはこんなにも弱気になっているんだ?」
ふと口をついて出たその言葉……自ら口にしたものでありながら、その内容を理解するのに数秒ほど掛った。
そして、そこに込められた意味に辿りついたレッドは驚愕する。
そして、そこに込められた意味に辿りついたレッドは驚愕する。
(『弱気』……オレは、弱くなっているのか!?)
こつ、こつ、こつ、とリノリウムの床に靴音を響かせ、一人の男が近づいてくる。
「聞いたぞ。セピアが心臓発作を起こしたそうだな。容態はどうなっている?」
レッドはそいつを一瞥しただけで、なにも答えない。
そいつも特に重ねて問うようなことはせず、不機嫌そうに腕組みをしてレッドの隣に立った。
「まったく……これだから出来損ないはいかんのだ。サイバネ種の最先端たるARMSを装着しながら病に倒れるとはな。
貴様やセピアのような欠陥品が、このオレと同じ遺伝子プールから生まれていると思うと腹が立つ」
レッドは無言だった。
無言のまま、『グリフォン』のコアチップに指令を下し、右腕を戦闘形態に変貌させる。
そしてやはり無言のまま、そこに超震動を乗せてそいつの顔面目掛けて腕を叩き込むが、
そいつもまたARMSを発動させており、その攻撃を難なく受け止めていた。
「そんな腑抜けた力では、オレの『マッドハッター』にヒビひとつ入れられんぞ」
そいつ──キース・シルバーはやはり不機嫌そうに吐き捨てると、あっさりARMSの武装化を解除した。
レッドの『グリフォン』もその際に共振波に引きずり込まれ、偽装形態、すなわちヒトの腕を模した姿に戻る。
手首をつかまれた状態のまま、レッドは暗い瞳でシルバーを睨め上げる。
「……前はオレの『グリフォン』でヒビどころかボロボロにされたじゃねえか」
「下らん、あれしきのことでのぼせ上がるな。それに……あの時ならいざ知らず、今の貴様では到底無理だな」
「なんだと……!」
「兄妹ごっこにうつつを抜かしているようではオレには勝てんと言っている」
「てめえもブラックと同じかよ! 二言目には出来損ないだの欠陥品だのとよ!」
「事実、そうではないか? 弱い『キース』など『キース』ではない」
「オレは強くなろうとしている!」
「結果が伴わなければなんの意味もない」
「結果なら出してるじゃねえか!」
「セピアの『力』に甘えて、な」
「…………っ!」
「レッド、貴様に忠告してやる。他人を当てにするな、信じるな、意志を委ねるな。
我等のARMSは戦闘特化型だ。そしてARMSは装着者の意思を喰らって進化する代物だ。
つまり……貴様の殺戮本能が鈍ったときが、『グリフォン』の終着点だ。貴様の死ぬときだ」
「偉そうなこと言ってんじゃねえ! てめえのそういうところが嫌いなんだよ!」
「ならば死にたいのか? 生温い感情に惑わされた揚句、ブラックに捨て駒にされるのが貴様の望みか?」
レッドの脳裏にブラックの言葉が甦る。
「聞いたぞ。セピアが心臓発作を起こしたそうだな。容態はどうなっている?」
レッドはそいつを一瞥しただけで、なにも答えない。
そいつも特に重ねて問うようなことはせず、不機嫌そうに腕組みをしてレッドの隣に立った。
「まったく……これだから出来損ないはいかんのだ。サイバネ種の最先端たるARMSを装着しながら病に倒れるとはな。
貴様やセピアのような欠陥品が、このオレと同じ遺伝子プールから生まれていると思うと腹が立つ」
レッドは無言だった。
無言のまま、『グリフォン』のコアチップに指令を下し、右腕を戦闘形態に変貌させる。
そしてやはり無言のまま、そこに超震動を乗せてそいつの顔面目掛けて腕を叩き込むが、
そいつもまたARMSを発動させており、その攻撃を難なく受け止めていた。
「そんな腑抜けた力では、オレの『マッドハッター』にヒビひとつ入れられんぞ」
そいつ──キース・シルバーはやはり不機嫌そうに吐き捨てると、あっさりARMSの武装化を解除した。
レッドの『グリフォン』もその際に共振波に引きずり込まれ、偽装形態、すなわちヒトの腕を模した姿に戻る。
手首をつかまれた状態のまま、レッドは暗い瞳でシルバーを睨め上げる。
「……前はオレの『グリフォン』でヒビどころかボロボロにされたじゃねえか」
「下らん、あれしきのことでのぼせ上がるな。それに……あの時ならいざ知らず、今の貴様では到底無理だな」
「なんだと……!」
「兄妹ごっこにうつつを抜かしているようではオレには勝てんと言っている」
「てめえもブラックと同じかよ! 二言目には出来損ないだの欠陥品だのとよ!」
「事実、そうではないか? 弱い『キース』など『キース』ではない」
「オレは強くなろうとしている!」
「結果が伴わなければなんの意味もない」
「結果なら出してるじゃねえか!」
「セピアの『力』に甘えて、な」
「…………っ!」
「レッド、貴様に忠告してやる。他人を当てにするな、信じるな、意志を委ねるな。
我等のARMSは戦闘特化型だ。そしてARMSは装着者の意思を喰らって進化する代物だ。
つまり……貴様の殺戮本能が鈍ったときが、『グリフォン』の終着点だ。貴様の死ぬときだ」
「偉そうなこと言ってんじゃねえ! てめえのそういうところが嫌いなんだよ!」
「ならば死にたいのか? 生温い感情に惑わされた揚句、ブラックに捨て駒にされるのが貴様の望みか?」
レッドの脳裏にブラックの言葉が甦る。
『せいぜい私の目的のために役立ってくれ。それが唯一の──』
「ざけんなぁっ! オレはてめえらの思い通りなんかにならねえ!」
喉から絞り出す声とともに、握り拳を振り上げる。
喉から絞り出す声とともに、握り拳を振り上げる。
『貴様のような欠陥品、生かしておいているだけでありがたく思うのだな』
「てめえらはいつもそうだ! そうやってオレを見下して──!」
その拳が落ちるより先に、シルバーはレッドの胸を突き飛ばしてわずかであるが適正な距離をとり、がら空きとなった腹部に膝を叩き込む。
シルバーの膝と壁とに挟まれて、逃げ場のない衝撃がレッドの体内を蹂躙する。
胃液を吐いて倒れてもおかしくないダメージだったが、レッドはそれを堪えた。
その拳が落ちるより先に、シルバーはレッドの胸を突き飛ばしてわずかであるが適正な距離をとり、がら空きとなった腹部に膝を叩き込む。
シルバーの膝と壁とに挟まれて、逃げ場のない衝撃がレッドの体内を蹂躙する。
胃液を吐いて倒れてもおかしくないダメージだったが、レッドはそれを堪えた。
『マテリアルナンバーで言ってくれないか……?』
「いつも──そうやってオレを裏切る!」
背をくの字に折り曲げた体勢を利用して、シルバーの脚をつかみ、一息で引きずり上げる。
シルバーのボディバランスが崩れた一瞬を逃さず、その顎にアッパーを繰り出した。
さらにはほぼ無意識に『グリフォン』まで発動させており、形態変化こそしないものの、幾何学文様がその腕に、拳に浮かび上がっていた。
その一連の動きにはまるで澱みはない。それは身体の心底まで刻み込まれた戦闘訓練の賜物であり、考えるより先に出る『手』そのものだった。
しかし、それを言うなら、純粋な戦闘機械を自認するシルバーも同様であり、もっと言うなら、彼のほうがより高度で洗練された戦闘技術を持っていた。
電撃と高熱を操るキース・シルバーのアドバンスドARMS『マッドハッター』。髑髏の異形を備え、世界の果てで殺戮の雄叫びを歌う地獄よりの使者。
──その強大な『力』である『マッドハッター』を発動させることなく、シルバーはレッドの腕を捌き、そのベクトルを制御してあらぬ方向へと打撃を弾き飛ばした。
「力が欲しいか、レッド」
そう呟くシルバーは、少しだけ目を細めた。それは蔑みでも嘲りでもなく、本当にそう問うているかのような眼つきだった。
「ああ、欲しいさ! てめえら『マッド・ティー・パーティー』どもをブチ殺す力がな!」
「そうか、ならば──」
シルバーは軽く首を振り、
次の瞬間にはレッドの視界は百八十度回転し、地面に激突していた。
そこに遅れて理解する。シルバーの蹴りをモロに食らい、叩きのめされたのだと。
「ならば──なぜそんなに弱い!?」
革靴の爪先が猛スピードでレッドに迫る。反射的に顔をかばったところを、容赦なく蹴り飛ばされた。
「ぐうっ……!」
「立て」
レッドが応えず、身じろぎひとつしないでいると、シルバーは大股に歩み寄って髪をつかみ、無理矢理引き起こした。
「立てと言っている。『マッド・ティー・パーティー』を皆殺しにするのだろう? その一人が今ここにいるのだ。立て」
「…………」
「立て!」
鼻面に拳がめり込んだ。脳天の裏側あたりで火花が散り、溢れた血が喉を塞ぐ。
それでもなお、レッドは動かなかった。それどころか、ぐったりと虚脱した身体は体重を支えることを放棄しており、
シルバーにぶら下がるようして今の姿勢を保っていた。
「ど……して……」
「なに?」
「どうして……裏切るのなら……」
背をくの字に折り曲げた体勢を利用して、シルバーの脚をつかみ、一息で引きずり上げる。
シルバーのボディバランスが崩れた一瞬を逃さず、その顎にアッパーを繰り出した。
さらにはほぼ無意識に『グリフォン』まで発動させており、形態変化こそしないものの、幾何学文様がその腕に、拳に浮かび上がっていた。
その一連の動きにはまるで澱みはない。それは身体の心底まで刻み込まれた戦闘訓練の賜物であり、考えるより先に出る『手』そのものだった。
しかし、それを言うなら、純粋な戦闘機械を自認するシルバーも同様であり、もっと言うなら、彼のほうがより高度で洗練された戦闘技術を持っていた。
電撃と高熱を操るキース・シルバーのアドバンスドARMS『マッドハッター』。髑髏の異形を備え、世界の果てで殺戮の雄叫びを歌う地獄よりの使者。
──その強大な『力』である『マッドハッター』を発動させることなく、シルバーはレッドの腕を捌き、そのベクトルを制御してあらぬ方向へと打撃を弾き飛ばした。
「力が欲しいか、レッド」
そう呟くシルバーは、少しだけ目を細めた。それは蔑みでも嘲りでもなく、本当にそう問うているかのような眼つきだった。
「ああ、欲しいさ! てめえら『マッド・ティー・パーティー』どもをブチ殺す力がな!」
「そうか、ならば──」
シルバーは軽く首を振り、
次の瞬間にはレッドの視界は百八十度回転し、地面に激突していた。
そこに遅れて理解する。シルバーの蹴りをモロに食らい、叩きのめされたのだと。
「ならば──なぜそんなに弱い!?」
革靴の爪先が猛スピードでレッドに迫る。反射的に顔をかばったところを、容赦なく蹴り飛ばされた。
「ぐうっ……!」
「立て」
レッドが応えず、身じろぎひとつしないでいると、シルバーは大股に歩み寄って髪をつかみ、無理矢理引き起こした。
「立てと言っている。『マッド・ティー・パーティー』を皆殺しにするのだろう? その一人が今ここにいるのだ。立て」
「…………」
「立て!」
鼻面に拳がめり込んだ。脳天の裏側あたりで火花が散り、溢れた血が喉を塞ぐ。
それでもなお、レッドは動かなかった。それどころか、ぐったりと虚脱した身体は体重を支えることを放棄しており、
シルバーにぶら下がるようして今の姿勢を保っていた。
「ど……して……」
「なに?」
「どうして……裏切るのなら……」
『私は、お前たちすべての兄弟を心から愛している』
「オレが出来損ないだと言うなら……単なる『ヴィクティム』でしかないのなら……」
腫れが浮かんで熱を帯びつつある顔面の、その痛みに耐えながら、レッドは口を動かしていた。
腫れが浮かんで熱を帯びつつある顔面の、その痛みに耐えながら、レッドは口を動かしていた。
『お前は我等キース・シリーズの希望だ』
「どうしてあんなこと言うんだ……!」
悔しかった。ひたすらに悔しかった。あんな言葉をちょっとでも真に受けようとしたことが。少し考えればそれが嘘だと分かるはずなのに。
キース・シリーズに心などない。キース・シリーズに希望など無い。
──そんなこと、分かっていたはずなのに。
悔しかった。ひたすらに悔しかった。あんな言葉をちょっとでも真に受けようとしたことが。少し考えればそれが嘘だと分かるはずなのに。
キース・シリーズに心などない。キース・シリーズに希望など無い。
──そんなこと、分かっていたはずなのに。
「……貴様、ブラックになにか言われたのか?」
訝しむようにレッドの顔を覗いたシルバーは、そこに肯定の色を読み取り、
「馬鹿者が……どうも様子がおかしいと思ったらそういうことか」
不機嫌さを隠すことなく顔面に乗せ、乱暴な仕草でレッドの頭から手を放した。
重力に引かれたレッドの上半身は、緩慢に床へ横たわる。
頬を伝う血が床に水滴をつくり、そこに触れる乱れ切った金髪の房に浸みこんでいく。
「あいつ……なんなんだよ……なんであんなふうにあんなこと言えるんだ……」
あの時のブラックは、まるで嘘を言っているように見えなかった。偽りのない言葉を述べているようだった。
トンネルでの一件を褒めたときも──「シャーロット」という名前にはなんの意味もないと切り捨てたときも。
いったい、どっちなのだろうか? どちらが本物のブラックの言葉なのか?
もし、そのどちらもが本当だとしたら──、
「あいつおかしいよ……異常だ……人間じゃねえ……」
最後の言葉に関しては、言うまでもないことだった。
キース・シリーズはヒトではない。それはレッドには分かり切っていることだった。
そして、シルバーにとっても。だから、シルバーは前半部分にのみ答える。
「……ヤツはオレから見ても底が知れない。なにを言われたか知らんが、正面から受け止めるな。
ヤツの言うことに踊らされるな。それこそブラックの思う壺だ」
固く眉根を寄せて、シルバーは重々しく首を振る。
まるで、シルバー自身もキース・ブラックという兄にどう接するべきか測りかねているようでもあった。
「ふん……貴様の情緒不安定に付き合うほどオレは暇ではない。立て。セピアへの処置は終了したようだ」
シルバーが顎で示す先には集中治療室の扉があり、その上に設置された「手術中」の赤ランプが消えていた。
「立て」
言いながら、レッドの右腕をつかんで持ち上げる。
その力を借りながら、ようやくレッドは立ち上がった。まだ覚束ない足取りではあったが。
「いつまで掴んでんだ、放せよ」
振りほどくようにシルバーから離れ、廊下の壁に身を預けた。
シルバーはむっとしたようにレッドを見たが、やがて「ふん」と鼻息をついて扉へと向く。
「……なあ、シルバー」
シルバーはその呼びかけを無視した。だが、レッドは構わず先を続けた。
「『強さ』ってのあ……なんなんだ?」
扉に注いだ視線を逸らさず、うっかりすると聞き洩らしそうな低い声でシルバーが返す。
「『カナリアを殺す程度の能力』、だ」
「──どういう意味だ」
訝しむようにレッドの顔を覗いたシルバーは、そこに肯定の色を読み取り、
「馬鹿者が……どうも様子がおかしいと思ったらそういうことか」
不機嫌さを隠すことなく顔面に乗せ、乱暴な仕草でレッドの頭から手を放した。
重力に引かれたレッドの上半身は、緩慢に床へ横たわる。
頬を伝う血が床に水滴をつくり、そこに触れる乱れ切った金髪の房に浸みこんでいく。
「あいつ……なんなんだよ……なんであんなふうにあんなこと言えるんだ……」
あの時のブラックは、まるで嘘を言っているように見えなかった。偽りのない言葉を述べているようだった。
トンネルでの一件を褒めたときも──「シャーロット」という名前にはなんの意味もないと切り捨てたときも。
いったい、どっちなのだろうか? どちらが本物のブラックの言葉なのか?
もし、そのどちらもが本当だとしたら──、
「あいつおかしいよ……異常だ……人間じゃねえ……」
最後の言葉に関しては、言うまでもないことだった。
キース・シリーズはヒトではない。それはレッドには分かり切っていることだった。
そして、シルバーにとっても。だから、シルバーは前半部分にのみ答える。
「……ヤツはオレから見ても底が知れない。なにを言われたか知らんが、正面から受け止めるな。
ヤツの言うことに踊らされるな。それこそブラックの思う壺だ」
固く眉根を寄せて、シルバーは重々しく首を振る。
まるで、シルバー自身もキース・ブラックという兄にどう接するべきか測りかねているようでもあった。
「ふん……貴様の情緒不安定に付き合うほどオレは暇ではない。立て。セピアへの処置は終了したようだ」
シルバーが顎で示す先には集中治療室の扉があり、その上に設置された「手術中」の赤ランプが消えていた。
「立て」
言いながら、レッドの右腕をつかんで持ち上げる。
その力を借りながら、ようやくレッドは立ち上がった。まだ覚束ない足取りではあったが。
「いつまで掴んでんだ、放せよ」
振りほどくようにシルバーから離れ、廊下の壁に身を預けた。
シルバーはむっとしたようにレッドを見たが、やがて「ふん」と鼻息をついて扉へと向く。
「……なあ、シルバー」
シルバーはその呼びかけを無視した。だが、レッドは構わず先を続けた。
「『強さ』ってのあ……なんなんだ?」
扉に注いだ視線を逸らさず、うっかりすると聞き洩らしそうな低い声でシルバーが返す。
「『カナリアを殺す程度の能力』、だ」
「──どういう意味だ」
シルバーは今度こそなにも答えず、ただ黙って集中治療室のドアが開くのを待っていた。