珍しい光景だった。試合が決した瞬間、立っていたのは敗けた方であった。
ゲバルは立ち上がると、意識を失っているアライJrの手を取り、上に掲げた。しけい
荘とコーポ海王の面々は一人の例外もなく、彼らに惜しみない拍手を与えた。
審判を終えたオリバが、大家としてゲバルに話しかける。
「よくやったな、ゲバル」
「ありがとうアンチェイン。しっかし日本はすげぇのがいっぱいいるな。今日だけはロッ
カーを使わず今すぐ眠りたい気分だよ」
「ふふふ……残念だが、まだ休めそうもないぞ」
「ん?」
オリバが指差した方角からは、ドリアン、柳、ドイル、スペック、シコルスキーが駆け
寄ってきた。──否、突進してきた。
「ラヴィ~ッ!」歌いながら迫るドリアン
「良き立ち合いだった」称えながら迫る柳。
「おめでとうッ!」祝いながら迫るドイル。
「胴上ゲダッ!」叫びながら迫るスペック。
「オオオォオオォオッ!」我を忘れながら迫るシコルスキー。
あっという間に囲まれ、胴上げされるゲバル。しかし十五メートルほど上空に放り投げ
られた後、受け止められることなくグラウンドに墜落した。
ゲバルは立ち上がると、意識を失っているアライJrの手を取り、上に掲げた。しけい
荘とコーポ海王の面々は一人の例外もなく、彼らに惜しみない拍手を与えた。
審判を終えたオリバが、大家としてゲバルに話しかける。
「よくやったな、ゲバル」
「ありがとうアンチェイン。しっかし日本はすげぇのがいっぱいいるな。今日だけはロッ
カーを使わず今すぐ眠りたい気分だよ」
「ふふふ……残念だが、まだ休めそうもないぞ」
「ん?」
オリバが指差した方角からは、ドリアン、柳、ドイル、スペック、シコルスキーが駆け
寄ってきた。──否、突進してきた。
「ラヴィ~ッ!」歌いながら迫るドリアン
「良き立ち合いだった」称えながら迫る柳。
「おめでとうッ!」祝いながら迫るドイル。
「胴上ゲダッ!」叫びながら迫るスペック。
「オオオォオオォオッ!」我を忘れながら迫るシコルスキー。
あっという間に囲まれ、胴上げされるゲバル。しかし十五メートルほど上空に放り投げ
られた後、受け止められることなくグラウンドに墜落した。
胴上げも無事終了し、オリバが全員に呼びかける。
「さてと、せっかくこれだけの人数が集まっているんだ。今日は一日グラウンドを貸し切
りにしていることだし、野球でもせんかね?」
烈が即答する。
「私は一向にかまわんッ!」
「でも、バットやグローブなんか持ってきてないぞ?」
サムワンの疑問に、オリバは最高の笑顔で応える。
「おいおい、我々は性質の差はあれ皆格闘者だ。素手に決まっているだろう」
「ってことはボールは石でも使うのか?」
「君たちの力では、石なんか簡単に割れてしまう。だからボールは彼にやってもらう」
オリバは「彼」とはいったが、誰かを見たり指差したりはしなかった。しかし、全員が
示し合わせたように同じ人物に目を向けた。
「分かってたさ……こうなること……」
いうまでもなく、ボールはシコルスキーに決定した。
「さてと、せっかくこれだけの人数が集まっているんだ。今日は一日グラウンドを貸し切
りにしていることだし、野球でもせんかね?」
烈が即答する。
「私は一向にかまわんッ!」
「でも、バットやグローブなんか持ってきてないぞ?」
サムワンの疑問に、オリバは最高の笑顔で応える。
「おいおい、我々は性質の差はあれ皆格闘者だ。素手に決まっているだろう」
「ってことはボールは石でも使うのか?」
「君たちの力では、石なんか簡単に割れてしまう。だからボールは彼にやってもらう」
オリバは「彼」とはいったが、誰かを見たり指差したりはしなかった。しかし、全員が
示し合わせたように同じ人物に目を向けた。
「分かってたさ……こうなること……」
いうまでもなく、ボールはシコルスキーに決定した。
チームを適当に分け、いよいよ試合開始。ピッチャーオリバに担ぎ上げられたシコルス
キーが、不敵に微笑む。
「プレイボールでしか投げられぬ者は野球選手とは呼ばぬ」
「ヌンッ!」
オリバが投げた。
地面と平行にすっ飛ぶシコルスキーを、バッター烈が全力の崩拳で打ち返す。
「破ァッ!」
胃液を撒き散らし、サード方面に転がったシコルスキーをドイルが胸の爆薬で吹き飛ば
し、一塁に送る。
黒こげになって飛んできたシコルスキーは、ファーストを務める李が毒手でがっちりキ
ャッチ。烈はアウトとなった。
「ワンナウトォォッ!」
オリバが叫ぶ。
地上最強の野球はまだ始まったばかりである。
キーが、不敵に微笑む。
「プレイボールでしか投げられぬ者は野球選手とは呼ばぬ」
「ヌンッ!」
オリバが投げた。
地面と平行にすっ飛ぶシコルスキーを、バッター烈が全力の崩拳で打ち返す。
「破ァッ!」
胃液を撒き散らし、サード方面に転がったシコルスキーをドイルが胸の爆薬で吹き飛ば
し、一塁に送る。
黒こげになって飛んできたシコルスキーは、ファーストを務める李が毒手でがっちりキ
ャッチ。烈はアウトとなった。
「ワンナウトォォッ!」
オリバが叫ぶ。
地上最強の野球はまだ始まったばかりである。
さて野球が三回表に差しかかった頃、アライJrが土手で目を覚ます。横には寂海王が
座っていた。
「おぉ、タフだな。もう快復したのかね」
「あなたは……」
「私は寂海王、コーポ海王の一員だよ」
寂が海王と知り、気まずそうにうつむくアライJr。
「すまない。私はいたずらにあなた方に挑み、場を混乱させ、挙げ句こんな無様な姿を晒
してしまった──」
寂は眼鏡を外し、真剣な眼差しでアライJrに向き直った。
「……私はそうは思わないがね」
「え……」
「先ほどのゲバル君との試合、すばらしかったよ。あんな試合をやられては、誰もが認め
ざるをえない。君の実力と、君が真の格闘士であるということを!」
寂が野球をしている男たちに目をやる。
「さぁ、未来のライバルたちが待っているぞ。地上最強になるんだろう? ──行きたま
え」
「……ありがとうッ!」
野球に加わるべくグラウンドに向かうアライJr。眼鏡を再び装着すると、寂は怪しく
微笑んだ。
「若いなァ……ぜひとも空拳道に欲しい人材だ」
座っていた。
「おぉ、タフだな。もう快復したのかね」
「あなたは……」
「私は寂海王、コーポ海王の一員だよ」
寂が海王と知り、気まずそうにうつむくアライJr。
「すまない。私はいたずらにあなた方に挑み、場を混乱させ、挙げ句こんな無様な姿を晒
してしまった──」
寂は眼鏡を外し、真剣な眼差しでアライJrに向き直った。
「……私はそうは思わないがね」
「え……」
「先ほどのゲバル君との試合、すばらしかったよ。あんな試合をやられては、誰もが認め
ざるをえない。君の実力と、君が真の格闘士であるということを!」
寂が野球をしている男たちに目をやる。
「さぁ、未来のライバルたちが待っているぞ。地上最強になるんだろう? ──行きたま
え」
「……ありがとうッ!」
野球に加わるべくグラウンドに向かうアライJr。眼鏡を再び装着すると、寂は怪しく
微笑んだ。
「若いなァ……ぜひとも空拳道に欲しい人材だ」
三日後、マホメド・アライJrは日本を発った。新たな激戦地を求めて。
「また日本に来ることがあったら、しけい荘かコーポ海王に入居させてくれよ。あるいは
公園ってのも悪くないかもしれないが」
これが別れの挨拶となった。なぜ公園が候補に挙がったかを知る者は本人以外にはいな
い。
今回の事件で少しは気を引き締めたかと思いきや、しけい荘のメンバーはいつものよう
に呑気で危険な生活を送っている。
「イヤァ~今日ハツイテルゼ。道ヲ歩イテタラ、パトカーガ落チテイヤガッタ」
駐車中のパトカーを引きずってきたスペックに激怒し、全力でパワーボムを喰らわせる
オリバ。
アライJrの事件に触発された柳とドリアンは二人で特訓を行う。
「足でも真空を作れるようにならねばッ!」
ドリアンの鼻先に柳の足裏がくっつく。が、効果はないようだ。
「残念だが、呼吸してもなんともない。……あと、少し臭い」
「すいませんな……最近水虫気味で」
ドイルの部屋にて、ラム酒に溺れる若者三人。
「ヤイサホーッ!」
「ミギャアアアアアアアッ!」
「ダヴァイッ!」
スペックとパトカーを片付け、血相を変えて部屋に入ってくるオリバ。
「近所迷惑だぞ、シャラップッ!」
赤ら顔でドイルが唇を吊り上げる。
「へっ、こういう時のための新たな手品がこれさ」
ドイルが親指のスイッチを入れると、尻から爆薬が飛び出し、手品師は天井を突き抜け
どこかに飛んで行ってしまった。
「大家さん、俺も新たな逃走術を発見したぜ」
「酔うにはいい日だ」
シコルスキーとゲバルは親指だけで逆立ちし、その体勢のまま逃げてしまった。
もうどうでもよくなったのか、オリバはため息をついた。
「やれやれ……」
しけい荘に安息の時はない。今後も住民は休みなくトラブルを巻き起こし、新たな強敵
がアパートを訪れることだろう。
しかし、オリバにはそれがたまらなく幸福だった。
「今日の晩飯は久しぶりにステーキとワインにするかな」
嗚呼、しけい荘に災難あれ。
「また日本に来ることがあったら、しけい荘かコーポ海王に入居させてくれよ。あるいは
公園ってのも悪くないかもしれないが」
これが別れの挨拶となった。なぜ公園が候補に挙がったかを知る者は本人以外にはいな
い。
今回の事件で少しは気を引き締めたかと思いきや、しけい荘のメンバーはいつものよう
に呑気で危険な生活を送っている。
「イヤァ~今日ハツイテルゼ。道ヲ歩イテタラ、パトカーガ落チテイヤガッタ」
駐車中のパトカーを引きずってきたスペックに激怒し、全力でパワーボムを喰らわせる
オリバ。
アライJrの事件に触発された柳とドリアンは二人で特訓を行う。
「足でも真空を作れるようにならねばッ!」
ドリアンの鼻先に柳の足裏がくっつく。が、効果はないようだ。
「残念だが、呼吸してもなんともない。……あと、少し臭い」
「すいませんな……最近水虫気味で」
ドイルの部屋にて、ラム酒に溺れる若者三人。
「ヤイサホーッ!」
「ミギャアアアアアアアッ!」
「ダヴァイッ!」
スペックとパトカーを片付け、血相を変えて部屋に入ってくるオリバ。
「近所迷惑だぞ、シャラップッ!」
赤ら顔でドイルが唇を吊り上げる。
「へっ、こういう時のための新たな手品がこれさ」
ドイルが親指のスイッチを入れると、尻から爆薬が飛び出し、手品師は天井を突き抜け
どこかに飛んで行ってしまった。
「大家さん、俺も新たな逃走術を発見したぜ」
「酔うにはいい日だ」
シコルスキーとゲバルは親指だけで逆立ちし、その体勢のまま逃げてしまった。
もうどうでもよくなったのか、オリバはため息をついた。
「やれやれ……」
しけい荘に安息の時はない。今後も住民は休みなくトラブルを巻き起こし、新たな強敵
がアパートを訪れることだろう。
しかし、オリバにはそれがたまらなく幸福だった。
「今日の晩飯は久しぶりにステーキとワインにするかな」
嗚呼、しけい荘に災難あれ。
お わ り