時は満ちた。
しけい荘とコーポ海王を巻き込み、ホームレスまでもが介入した闇討ち事件。泣いても
笑っても今日が決着の日となる。
純・ゲバルとマホメド・アライJr。両者の決闘によって白黒がつく。
しけい荘203号室。ゲバルはいつも通りロッカーの中で立ったまま目覚めると、あく
びをしながら戸を開いた。
トーストを平らげ、水だけで洗顔し、歯ブラシを手に取る。毛先が若干曲がっていたが、
ゲバルが歯ブラシを高速で振ると、あっという間に毛先が整った。鼻歌を交えて陽気に歯
を磨くゲバル。
歯磨きを済ませると、寝巻きから普段着へ。締めに愛用のバンダナを巻き、いざ出陣。
靴を履き、ドアを開け、階段を降り、アパートを出る。試合場となるグラウンドは徒歩
にして十分程度。リズミカルに歩を進めるゲバル。
彼は決してこのたびの決戦をあなどっているわけではない。
海賊船でも国家でもない、しけい荘という枠組み。ゲバルは一アパート住民という新た
な役割を以って、戦闘に挑もうとしている。だからこそ、朝からそれらしく振る舞ってい
るのだ。彼にとって今日の戦いはアパート生活の延長上になければならない。
もう一つ、烈海王の存在がある。烈は紛れもなく強敵であった。もし百回戦ったとして、
はたして五割以上の勝率を得られるかどうか。闇討ち犯と誰よりも戦いたかったのはおそ
らくは烈であろうことは、ゲバル自身よく分かっていた。勝たねばならない。
指を舐め、濡らすことで風速を感じる。
「死ぬにはいい日だ」
まだ治りきっていない喉を使い、ゲバルはお気に入りのフレーズを口ずさんだ。
しけい荘とコーポ海王を巻き込み、ホームレスまでもが介入した闇討ち事件。泣いても
笑っても今日が決着の日となる。
純・ゲバルとマホメド・アライJr。両者の決闘によって白黒がつく。
しけい荘203号室。ゲバルはいつも通りロッカーの中で立ったまま目覚めると、あく
びをしながら戸を開いた。
トーストを平らげ、水だけで洗顔し、歯ブラシを手に取る。毛先が若干曲がっていたが、
ゲバルが歯ブラシを高速で振ると、あっという間に毛先が整った。鼻歌を交えて陽気に歯
を磨くゲバル。
歯磨きを済ませると、寝巻きから普段着へ。締めに愛用のバンダナを巻き、いざ出陣。
靴を履き、ドアを開け、階段を降り、アパートを出る。試合場となるグラウンドは徒歩
にして十分程度。リズミカルに歩を進めるゲバル。
彼は決してこのたびの決戦をあなどっているわけではない。
海賊船でも国家でもない、しけい荘という枠組み。ゲバルは一アパート住民という新た
な役割を以って、戦闘に挑もうとしている。だからこそ、朝からそれらしく振る舞ってい
るのだ。彼にとって今日の戦いはアパート生活の延長上になければならない。
もう一つ、烈海王の存在がある。烈は紛れもなく強敵であった。もし百回戦ったとして、
はたして五割以上の勝率を得られるかどうか。闇討ち犯と誰よりも戦いたかったのはおそ
らくは烈であろうことは、ゲバル自身よく分かっていた。勝たねばならない。
指を舐め、濡らすことで風速を感じる。
「死ぬにはいい日だ」
まだ治りきっていない喉を使い、ゲバルはお気に入りのフレーズを口ずさんだ。
ゲバルが草野球場に着くと、すでに客席代わりの土手には二大アパートの住民が勢ぞろ
いしていた。入院しているはずの者まで駆けつけている。
「来タゾッ、ゲバルダ!」
スペックを皮切りに、声援を投げかけるしけい荘の面々。ゲバルは嬉しそうに、オリバ
を除く全員と拳をぶつけた。
「マ、今日ハ主役ヲ譲ッテヤルゼ」肉まんを食べながら笑うスペック。
「期待しておりまず」とシンプルな柳。
「グッドラック」親指を立てるドイル。
「しけい荘と海王の誇り、君に預ける」ドリアンが微笑む。
「ヨーイドンでしか走れぬ者は格闘士とは呼べない」意味不明なアドバイスを託すシコル
スキー。
一方のコーポ海王陣営では、劉が烈に問いかけていた。
「あれがおぬしが不覚を取ったという使い手か」
「はい」
「フォッフォッ……なるほど、良き面構えをしておる」
他の海王たちもただならぬ様相でゲバルを眺めていた。烈が権利を勝ち取れなかった以
上、ゲバルはコーポ海王の代表でもあるのだ。もっとも寂海王だけは試合の結果は二の次
であり、「この試合が終わったら彼(ゲバル)をスカウトしよう」と心に決めていた。
やがてゲバルが試合開始地点となるマウンドに立った。
いしていた。入院しているはずの者まで駆けつけている。
「来タゾッ、ゲバルダ!」
スペックを皮切りに、声援を投げかけるしけい荘の面々。ゲバルは嬉しそうに、オリバ
を除く全員と拳をぶつけた。
「マ、今日ハ主役ヲ譲ッテヤルゼ」肉まんを食べながら笑うスペック。
「期待しておりまず」とシンプルな柳。
「グッドラック」親指を立てるドイル。
「しけい荘と海王の誇り、君に預ける」ドリアンが微笑む。
「ヨーイドンでしか走れぬ者は格闘士とは呼べない」意味不明なアドバイスを託すシコル
スキー。
一方のコーポ海王陣営では、劉が烈に問いかけていた。
「あれがおぬしが不覚を取ったという使い手か」
「はい」
「フォッフォッ……なるほど、良き面構えをしておる」
他の海王たちもただならぬ様相でゲバルを眺めていた。烈が権利を勝ち取れなかった以
上、ゲバルはコーポ海王の代表でもあるのだ。もっとも寂海王だけは試合の結果は二の次
であり、「この試合が終わったら彼(ゲバル)をスカウトしよう」と心に決めていた。
やがてゲバルが試合開始地点となるマウンドに立った。
しばらくすると、対戦相手であるアライJrがやって来た。
いつもの黒ジャージ姿ではなく、トランクスにシューズ、拳にはバンテージを巻いてい
る。気合いの入ったボクサースタイルだ。
「あいつ、あの格好でこんなところまで……ッ!」驚くシコルスキー。
「いや、リムジンが止めてあるから中で着替えてきたんだろ」とドイル。
マホメド・アライJr。この若き青年が多くの格闘士を闇夜で屠ってきた、闇討ち事件
の犯人である。
アライJrと面識がない者はこう感じた。
──こんな優男があんな騒動を引き起こしたというのか。
対戦し、面識のある者はこう感じた。
──気のせいか、いつぞやの甘さが消えている。
ドリアンが感心したように腕を組む。
「私とやった時は彼は技量こそ凄まじかったが、甘さがにじみ出ていた。……今日の彼は
まるで別人だ」
シコルスキーも同様の感想を抱く。
「いったい何があったっていうんだ。あれから一週間余りしか経っていないのに……」
程なくしてアライJrもマウンドに立った。
いつもの黒ジャージ姿ではなく、トランクスにシューズ、拳にはバンテージを巻いてい
る。気合いの入ったボクサースタイルだ。
「あいつ、あの格好でこんなところまで……ッ!」驚くシコルスキー。
「いや、リムジンが止めてあるから中で着替えてきたんだろ」とドイル。
マホメド・アライJr。この若き青年が多くの格闘士を闇夜で屠ってきた、闇討ち事件
の犯人である。
アライJrと面識がない者はこう感じた。
──こんな優男があんな騒動を引き起こしたというのか。
対戦し、面識のある者はこう感じた。
──気のせいか、いつぞやの甘さが消えている。
ドリアンが感心したように腕を組む。
「私とやった時は彼は技量こそ凄まじかったが、甘さがにじみ出ていた。……今日の彼は
まるで別人だ」
シコルスキーも同様の感想を抱く。
「いったい何があったっていうんだ。あれから一週間余りしか経っていないのに……」
程なくしてアライJrもマウンドに立った。
ゲバルとアライJrに挟まれたオリバが、改めてグラウンド内の全員に向けて試合の主
旨を説明する。
「李海王襲撃から始まった今回の事件……。全ての引き金は彼、マホメド・アライJrだ。
姿と名前で分かるだろうが、あの偉大なるボクシング王者、マホメド・アライの実の息子
でもある」
一部のギャラリーからどよめきが沸く。
「彼の最終目標は、父上が開発した全局面的ボクシングを世界ナンバーワンとすることだ。
それを証明するため、アライJrは我々に挑戦状を叩きつけた」
結果として、李海王、範海王、ドリアン海王、サムワン海王、シコルスキーの五名が倒
された。
「先日偶然にもしけい荘のゲバルとコーポ海王の烈海王との間で戦闘が発生した。激闘の
末、双方重傷を負いながら、ゲバルが勝利を収めた。彼らは戦闘時、勝った方が両アパー
トの代表としてアライJrと立ち合うという約束を取り交わしていた。今日の試合はその
約束を実現した格好だ。
今ならば間に合う。“ふざけるな、俺こそが代表だ”と主張する者はいるかね? 異論
のある者はいるかね?」
この期に及んで異論のある者はいなかった。
「よろしい。では、本日ゲバルが勝てば我らの勝利、アライJrが勝てば我らの敗北とす
る。決着後、両名に対する一切の手出しは私が許さん。──以上ッ!」
あと残すは試合開始の合図のみ。が、ここでアライJrがギャラリーに向かって話し始
めた。
「コーポ海王としけい荘の皆さん、今日はこんな機会(ファイト)を与えてくれてありが
とう。同時に、本当に申し訳ないと何度も謝りたい気分だ。しかし──」
アライJrは不敵に微笑んだ。
「僕が必ず勝ちます」
さらに、膝をつき、手をつき、頭を下げた。
「あなたたちの期待に、最高のパフォーマンスで応えますッ!」
まさかのビッグマウスと土下座に、アパートに関係なく大いに歓声が沸き起こる。やは
りアライJrは父と同じく英雄としての素質を持っている。
こうなればアパートもクソもない。余計なしがらみを捨て、構えるゲバル。
オリバが合図する。
「始めいッ!」
旨を説明する。
「李海王襲撃から始まった今回の事件……。全ての引き金は彼、マホメド・アライJrだ。
姿と名前で分かるだろうが、あの偉大なるボクシング王者、マホメド・アライの実の息子
でもある」
一部のギャラリーからどよめきが沸く。
「彼の最終目標は、父上が開発した全局面的ボクシングを世界ナンバーワンとすることだ。
それを証明するため、アライJrは我々に挑戦状を叩きつけた」
結果として、李海王、範海王、ドリアン海王、サムワン海王、シコルスキーの五名が倒
された。
「先日偶然にもしけい荘のゲバルとコーポ海王の烈海王との間で戦闘が発生した。激闘の
末、双方重傷を負いながら、ゲバルが勝利を収めた。彼らは戦闘時、勝った方が両アパー
トの代表としてアライJrと立ち合うという約束を取り交わしていた。今日の試合はその
約束を実現した格好だ。
今ならば間に合う。“ふざけるな、俺こそが代表だ”と主張する者はいるかね? 異論
のある者はいるかね?」
この期に及んで異論のある者はいなかった。
「よろしい。では、本日ゲバルが勝てば我らの勝利、アライJrが勝てば我らの敗北とす
る。決着後、両名に対する一切の手出しは私が許さん。──以上ッ!」
あと残すは試合開始の合図のみ。が、ここでアライJrがギャラリーに向かって話し始
めた。
「コーポ海王としけい荘の皆さん、今日はこんな機会(ファイト)を与えてくれてありが
とう。同時に、本当に申し訳ないと何度も謝りたい気分だ。しかし──」
アライJrは不敵に微笑んだ。
「僕が必ず勝ちます」
さらに、膝をつき、手をつき、頭を下げた。
「あなたたちの期待に、最高のパフォーマンスで応えますッ!」
まさかのビッグマウスと土下座に、アパートに関係なく大いに歓声が沸き起こる。やは
りアライJrは父と同じく英雄としての素質を持っている。
こうなればアパートもクソもない。余計なしがらみを捨て、構えるゲバル。
オリバが合図する。
「始めいッ!」