一方、その頃――
キャプテン・ブラボーは舎監室で机に向かい、寄宿舎生記録を付けていた。
寄宿舎管理人としての業務である。
生徒達の健康状態、生活の様子、その日の登校状況などを記入し、午前中のうちに学園へ提出するのだ。
勿論、業務はそれだけではない。
寄宿舎内の備品チェックと不足分の購入記録もあれば、破損・故障箇所の修理(もっともこれに関しては
彼の修理の腕前が裏目に出て、余程の事が無い限り業者に依頼しないよう事務方に締めつけられる始末だった)などもある。
その他にも朝晩の点呼、定時の見回り、欠食届や外泊届の管理、教師との打ち合わせ等、細かなものを挙げていくと
キリが無い。
こうなると流石のブラボーでも、幾つかの業務は後手後手に回ってしまう事が度々あった。
別に管理人は彼だけではないのだが、特異なキャラクターや管理・処理能力の高さ、また人員不足などから、
どうしても他の管理人や学園側に頼られる結果となっていた。
そんな忙しいブラボー先生の朝の風景。
キャプテン・ブラボーは舎監室で机に向かい、寄宿舎生記録を付けていた。
寄宿舎管理人としての業務である。
生徒達の健康状態、生活の様子、その日の登校状況などを記入し、午前中のうちに学園へ提出するのだ。
勿論、業務はそれだけではない。
寄宿舎内の備品チェックと不足分の購入記録もあれば、破損・故障箇所の修理(もっともこれに関しては
彼の修理の腕前が裏目に出て、余程の事が無い限り業者に依頼しないよう事務方に締めつけられる始末だった)などもある。
その他にも朝晩の点呼、定時の見回り、欠食届や外泊届の管理、教師との打ち合わせ等、細かなものを挙げていくと
キリが無い。
こうなると流石のブラボーでも、幾つかの業務は後手後手に回ってしまう事が度々あった。
別に管理人は彼だけではないのだが、特異なキャラクターや管理・処理能力の高さ、また人員不足などから、
どうしても他の管理人や学園側に頼られる結果となっていた。
そんな忙しいブラボー先生の朝の風景。
「いってくるねー! ブラボー!」
記録帳にボールペンを走らせるブラボーの耳へまひろの声が飛び込んでくる。
顔を上げて舎監室と玄関を繋ぐ小窓に眼を遣ると、鼻歌混じりに靴を履き替えるまひろの姿が見えた。
「ああ、車に気をつけるんだぞ」
「はーい!」
一際元気な返事と共に玄関を飛び出していくまひろ。
本日最後の登校者である彼女の姿を見送ったブラボーは、寄宿舎生名簿に印刷された『武藤まひろ』の横の
登校欄にシュッと軽快な音を立てて丸を付ける。
「今日は遅刻も病床も無し。全員登校か。うむ、ブラボーだ」
名簿と記録帳を閉じ、誰に言うでもなく独り言を呟く。第二の人生としてこの職に就いてからは
独り言がめっきり増えてしまった。
そして、様々な名簿や記録帳、書類をひとまとめにし、それらを机でトントンと揃えると、ブラボーは
壁の掛け時計で時刻を確認する。
「よし。ざっと見回ったら、俺も学校に行くか」
本当に独り言が増えてしまった。
顔を上げて舎監室と玄関を繋ぐ小窓に眼を遣ると、鼻歌混じりに靴を履き替えるまひろの姿が見えた。
「ああ、車に気をつけるんだぞ」
「はーい!」
一際元気な返事と共に玄関を飛び出していくまひろ。
本日最後の登校者である彼女の姿を見送ったブラボーは、寄宿舎生名簿に印刷された『武藤まひろ』の横の
登校欄にシュッと軽快な音を立てて丸を付ける。
「今日は遅刻も病床も無し。全員登校か。うむ、ブラボーだ」
名簿と記録帳を閉じ、誰に言うでもなく独り言を呟く。第二の人生としてこの職に就いてからは
独り言がめっきり増えてしまった。
そして、様々な名簿や記録帳、書類をひとまとめにし、それらを机でトントンと揃えると、ブラボーは
壁の掛け時計で時刻を確認する。
「よし。ざっと見回ったら、俺も学校に行くか」
本当に独り言が増えてしまった。
ブラボーは足早に廊下を移動しながら、各部屋のドアを軽く開けて然程時間を掛けずに中の様子を窺っていく。
記録や書類の提出をしに学園へ出向く前に、こうして各部屋を軽く見回るのも毎日の事だ。
室内灯や電気スタンドの消し忘れ、カーテンの開け忘れ等があれば、そっと入って直しておく。
かといって、あまり長居はしない。生徒の私物を観察したり、勝手に片付けたりといった行為も極力避けている。
最近の子供や保護者はプライバシーだの個人情報だのにひどく敏感な為、室内への干渉は最小限に
留めなくてはならない。
記録や書類の提出をしに学園へ出向く前に、こうして各部屋を軽く見回るのも毎日の事だ。
室内灯や電気スタンドの消し忘れ、カーテンの開け忘れ等があれば、そっと入って直しておく。
かといって、あまり長居はしない。生徒の私物を観察したり、勝手に片付けたりといった行為も極力避けている。
最近の子供や保護者はプライバシーだの個人情報だのにひどく敏感な為、室内への干渉は最小限に
留めなくてはならない。
それでも“この部屋”は別である。
戸の横に『1-A 武藤』と書かれた札が下げられている、この部屋。
「おはよう、セラス。キャプテン・ブラボーだ。入るぞ」
ノック、呼びかけと段階を踏み、入室する。
次の瞬間、室内の異様な光景にブラボーは僅かに身を硬くしてしまった。
しっかりとカーテンが閉められた薄暗い部屋の中、押入れの戸が60cm程開けられ、そこからセラスが
うつ伏せの上半身及び両手をダラリと垂れ下げているのである。
もし何も知らない女子生徒が部屋を訪れ、このジャパニーズ・ホラー丸出しの光景を目の当たりにしたら、
驚愕のあまりに腰を抜かすだろう。
廃旅館へ罰ゲームを受けに行った坊主頭の芸人なら「はぁあああああああ! これはあかんて!
これはあかんてぇええええええええ!!」と悲鳴を上げるかもしれない。
「……何者かに攻撃でも受けたのか?」
ブラボーは部屋の隅から隅へ眼を配りつつ、セラスへと向かって静かに室内を進む。
彼女がこの部屋にやって来た夜とまではいかないが、ある程度の緊張感と警戒心をその身に張り詰めていた。
彼にはそうなるだけの理由があるのだ。
「おはよう、セラス。キャプテン・ブラボーだ。入るぞ」
ノック、呼びかけと段階を踏み、入室する。
次の瞬間、室内の異様な光景にブラボーは僅かに身を硬くしてしまった。
しっかりとカーテンが閉められた薄暗い部屋の中、押入れの戸が60cm程開けられ、そこからセラスが
うつ伏せの上半身及び両手をダラリと垂れ下げているのである。
もし何も知らない女子生徒が部屋を訪れ、このジャパニーズ・ホラー丸出しの光景を目の当たりにしたら、
驚愕のあまりに腰を抜かすだろう。
廃旅館へ罰ゲームを受けに行った坊主頭の芸人なら「はぁあああああああ! これはあかんて!
これはあかんてぇええええええええ!!」と悲鳴を上げるかもしれない。
「……何者かに攻撃でも受けたのか?」
ブラボーは部屋の隅から隅へ眼を配りつつ、セラスへと向かって静かに室内を進む。
彼女がこの部屋にやって来た夜とまではいかないが、ある程度の緊張感と警戒心をその身に張り詰めていた。
彼にはそうなるだけの理由があるのだ。
それは昨日。日曜日の午後。
元同僚であり友人である火渡赤馬や楯山千歳と過ごそうとしていた銀成駅前通り。
一般市民で溢れる真昼の街中に姿を現した刺客(イスカリオテ)のユダ。突如として告げられた宣戦布告。
元同僚であり友人である火渡赤馬や楯山千歳と過ごそうとしていた銀成駅前通り。
一般市民で溢れる真昼の街中に姿を現した刺客(イスカリオテ)のユダ。突如として告げられた宣戦布告。
『次は我々(イスカリオテ)の番(ターン)だ』
思い起こされた七年前の記憶と同時に現れた彼女達。これは偶然なのだろうか。
この寄宿舎に英国の吸血鬼が転がり込んだ翌々日に現れた彼女達。これは偶然なのだろうか。
一度は信用して身元を引き受けたが、己が宿敵の出現によって、事は気のいい吸血鬼の一時保護などという
簡単なものではなくなっている。
いや、セラスに害意は無かったとしても、第13課が彼女を追いかけてきたのだとしたら?
“異端者が化物を匿っている”
ヴァチカンにとってこれ程の格好な開戦理由もあるまい。そうなれば銀成市民も、銀成学園生徒も
巻き込んでしまう恐れがある。
これらの懸念から生まれる煩慮は、まひろの笑顔や寄宿舎生の全員登校では到底晴れやしない。
この寄宿舎に英国の吸血鬼が転がり込んだ翌々日に現れた彼女達。これは偶然なのだろうか。
一度は信用して身元を引き受けたが、己が宿敵の出現によって、事は気のいい吸血鬼の一時保護などという
簡単なものではなくなっている。
いや、セラスに害意は無かったとしても、第13課が彼女を追いかけてきたのだとしたら?
“異端者が化物を匿っている”
ヴァチカンにとってこれ程の格好な開戦理由もあるまい。そうなれば銀成市民も、銀成学園生徒も
巻き込んでしまう恐れがある。
これらの懸念から生まれる煩慮は、まひろの笑顔や寄宿舎生の全員登校では到底晴れやしない。
どう贔屓目に見ても尋常な状態とは思えないセラスにそっと近づくと、ブラボーは細心の注意を払いながら
彼女の様子を探る。
聞こえてくるのは――
彼女の様子を探る。
聞こえてくるのは――
「くかー」という小さないびき。
がっくりと大きく肩を落としたブラボーは深く長い溜め息を吐いた。正直に言えば安堵の溜め息だが。
「なんだ、単に寝ているだけか……」
少し横に回り込んでよくよく彼女を見てみると、半開きの唇からはヨダレが糸を引いて流れ落ち、
畳には小さな水溜りが形成されていた。
仕様が無く懐からポケットティッシュを取り出し、セラスの口を拭い、それから畳の水溜りを綺麗に拭き取る。
「まったく、なんて寝相の悪さだ……」
まひろとセラスの朝のやり取りを知らなければ、そう思うのは至極当然の話だ。
おそらくは持ち前の人の好さを発揮したセラスが、まひろの言いつけを守ろうとして志半ばで
力尽きたのではないだろうか。
何にせよ、このまま放っておく訳にはいかない。
ブラボーはセラスの身体に腕を回し、抱き上げて押入れの中に戻そうと試みる。
だが、そうしなければいけないとはいえ、姿勢を仰向けに直そうと彼女の身体を裏返したのがいけなかった。
唾液に濡れた妖艶な唇、Tシャツという薄布一枚のみに覆われた豊満なバスト、露になったウェスト部分の
白く肌理細やかな素肌。これらが急激に彼の網膜を焼き焦がした。
更には手掌や腕から伝わる柔らかな“女”の弾力。
「……」
ブラボーとて木石ではないのだ。
白人女性の持つグラマラスなプロポーション。吸血鬼特有の魅了性。
健康な成人男性がこの二つに真正面から襲い掛かられてはたまったものではない。
「い、いかんいかん」
頭を激しく横に振り、魅惑的な肢体から眼を背け、脳裡に千歳の姿を強く思い浮かべる。
嗚呼、涙溢れる漢の道也。不器用、愚直は漢の美徳哉。
「なんだ、単に寝ているだけか……」
少し横に回り込んでよくよく彼女を見てみると、半開きの唇からはヨダレが糸を引いて流れ落ち、
畳には小さな水溜りが形成されていた。
仕様が無く懐からポケットティッシュを取り出し、セラスの口を拭い、それから畳の水溜りを綺麗に拭き取る。
「まったく、なんて寝相の悪さだ……」
まひろとセラスの朝のやり取りを知らなければ、そう思うのは至極当然の話だ。
おそらくは持ち前の人の好さを発揮したセラスが、まひろの言いつけを守ろうとして志半ばで
力尽きたのではないだろうか。
何にせよ、このまま放っておく訳にはいかない。
ブラボーはセラスの身体に腕を回し、抱き上げて押入れの中に戻そうと試みる。
だが、そうしなければいけないとはいえ、姿勢を仰向けに直そうと彼女の身体を裏返したのがいけなかった。
唾液に濡れた妖艶な唇、Tシャツという薄布一枚のみに覆われた豊満なバスト、露になったウェスト部分の
白く肌理細やかな素肌。これらが急激に彼の網膜を焼き焦がした。
更には手掌や腕から伝わる柔らかな“女”の弾力。
「……」
ブラボーとて木石ではないのだ。
白人女性の持つグラマラスなプロポーション。吸血鬼特有の魅了性。
健康な成人男性がこの二つに真正面から襲い掛かられてはたまったものではない。
「い、いかんいかん」
頭を激しく横に振り、魅惑的な肢体から眼を背け、脳裡に千歳の姿を強く思い浮かべる。
嗚呼、涙溢れる漢の道也。不器用、愚直は漢の美徳哉。
そんなブラボーが煩悩と欲望を吹き飛ばす為に起こしたアクションが伝播したのか、彼の腕の中で
セラスがうっすらと眼を開けた。
「ふえ……? ふぁ…… あ、ブラボーひゃん……」
ブラボーは振動ではなく己の雑念が彼女を起こしたのではないかと錯覚し、抱きかかえていた身体を
焦り気味かつスピーディーに押入れの中へと戻す。
そして、ぶっきらぼうに布団を掛けてやりながら、「帰って来い、俺の平常心」とばかりに“寄宿舎管理人”
プラス“身元引受人”らしさ満点の注意を促した。
「お、起こしてしまってすまない。俺はもう少ししたら学校に行ってくる。寄宿舎内は誰もいなくなるが、
万が一があるといけないから出歩いたりするんじゃないぞ?」
セラスはもぞもぞと布団の中に頭を沈め、深く潜り込む。やはり僅かな光も歓迎出来ないらしい。
「ふぁい…… 日中は、眠くて…… 頑張ってみらけど…… 無理でひた……」
何の事を言っているのかはわからないが、とりあえず就寝の挨拶を返す。
「……? そうか、おやすみ」
「おや……す…………」
言葉半ばで寝息に変わっていく。
ブラボーは苦笑混じりで布団をポンポンと叩くと、押入れの戸を閉めた。
セラスがうっすらと眼を開けた。
「ふえ……? ふぁ…… あ、ブラボーひゃん……」
ブラボーは振動ではなく己の雑念が彼女を起こしたのではないかと錯覚し、抱きかかえていた身体を
焦り気味かつスピーディーに押入れの中へと戻す。
そして、ぶっきらぼうに布団を掛けてやりながら、「帰って来い、俺の平常心」とばかりに“寄宿舎管理人”
プラス“身元引受人”らしさ満点の注意を促した。
「お、起こしてしまってすまない。俺はもう少ししたら学校に行ってくる。寄宿舎内は誰もいなくなるが、
万が一があるといけないから出歩いたりするんじゃないぞ?」
セラスはもぞもぞと布団の中に頭を沈め、深く潜り込む。やはり僅かな光も歓迎出来ないらしい。
「ふぁい…… 日中は、眠くて…… 頑張ってみらけど…… 無理でひた……」
何の事を言っているのかはわからないが、とりあえず就寝の挨拶を返す。
「……? そうか、おやすみ」
「おや……す…………」
言葉半ばで寝息に変わっていく。
ブラボーは苦笑混じりで布団をポンポンと叩くと、押入れの戸を閉めた。
この呑気な寝姿を見ている限り、とても第13課に追われているとは思えない。
しかし、奴らは既に錬金の戦士である俺を捕捉している。もし、交戦状態に入れば彼女が見つかる可能性は高い。
そうなれば奴らが彼女を放っておく筈は無いだろう。
守らねばならない。本国まで無事に送り帰すと約束をしているし、まひろの友達でもあるんだ。
守る? 誰を? 吸血鬼の彼女を?
恐ろしいまでの怪力を有し、眼にも留まらぬ俊敏性を誇り、人間の血液を喰い物にする化物を?
吸血鬼は人間の敵。だからこそ第13課のような組織が存在している。
でも、彼女は――
しかし、奴らは既に錬金の戦士である俺を捕捉している。もし、交戦状態に入れば彼女が見つかる可能性は高い。
そうなれば奴らが彼女を放っておく筈は無いだろう。
守らねばならない。本国まで無事に送り帰すと約束をしているし、まひろの友達でもあるんだ。
守る? 誰を? 吸血鬼の彼女を?
恐ろしいまでの怪力を有し、眼にも留まらぬ俊敏性を誇り、人間の血液を喰い物にする化物を?
吸血鬼は人間の敵。だからこそ第13課のような組織が存在している。
でも、彼女は――
眉をひそめ、伏し目がちにまひろの部屋を後にするブラボー。
彼にしては珍しい、逃避に近い思考の転換を以って廊下の窓から外を眺めた。
「そういえば今日は全校朝会があったな。……早めに出るか」
足早に他の部屋を見回る。
彼にしては珍しい、逃避に近い思考の転換を以って廊下の窓から外を眺めた。
「そういえば今日は全校朝会があったな。……早めに出るか」
足早に他の部屋を見回る。
答えはもう出ていた。彼はキャプテン・ブラボーなのだから。ただ、既成概念が少しだけ邪魔をしているのだ。
当たり前の話だが正門はとっくの昔に閉じられており、これまた当たり前の話だがブラボーは職員玄関から
校舎の中へ入った。
廊下で体育館に向かう数人の教師とすれ違う。保健室の八意先生や歴史担当の上白沢先生と挨拶を交わし、
ブラボーは職員室に急いだ。
校舎の中へ入った。
廊下で体育館に向かう数人の教師とすれ違う。保健室の八意先生や歴史担当の上白沢先生と挨拶を交わし、
ブラボーは職員室に急いだ。
職員室では既にほぼすべての教師が体育館へ向かっており、僅かな人数しか残っていない。
記録や書類を提出に向かう途中、机に両脚を乗せて週刊少年ジャンプを読み耽る火渡の姿があった。
「おはよう」
「よお」
男同士知った顔の短い挨拶を済ませる。
提出と報告を終えたブラボーが戻ってきても、火渡は未だに同じ体勢でいた。
「おい、火渡“先生”。そろそろ全校朝会の時間だぞ」
苦言を浴びた火渡は不機嫌な顔でジャンプを机に放り出すと、両脚を机から下ろし、気だるげに立ち上がる。
「チッ、面倒臭えなあ」
どう見ても教師というより不良生徒の態度である。
職員室に残っている少数の教師達はホッと胸を撫で下ろす。中にはブラボーを、救い主を拝むかのような
眼差しで見る者もいる。
何しろこの不良教師を操縦できるのは舎監のブラボー先生だけなのだ。
ブラボーと火渡は連れ立って職員室を出た。
記録や書類を提出に向かう途中、机に両脚を乗せて週刊少年ジャンプを読み耽る火渡の姿があった。
「おはよう」
「よお」
男同士知った顔の短い挨拶を済ませる。
提出と報告を終えたブラボーが戻ってきても、火渡は未だに同じ体勢でいた。
「おい、火渡“先生”。そろそろ全校朝会の時間だぞ」
苦言を浴びた火渡は不機嫌な顔でジャンプを机に放り出すと、両脚を机から下ろし、気だるげに立ち上がる。
「チッ、面倒臭えなあ」
どう見ても教師というより不良生徒の態度である。
職員室に残っている少数の教師達はホッと胸を撫で下ろす。中にはブラボーを、救い主を拝むかのような
眼差しで見る者もいる。
何しろこの不良教師を操縦できるのは舎監のブラボー先生だけなのだ。
ブラボーと火渡は連れ立って職員室を出た。
体育館へ向かう道すがら、二人は無言だった。
どちらも元々お喋りという訳ではないが、いつにも増して会話が無い。
やがて、たまりかねた火渡が口火を切る。
「どうしたよ、うかねえツラしやがって。まだ昨日の事を気にしてんのか?」
「ああ、まあな……」
どちらも元々お喋りという訳ではないが、いつにも増して会話が無い。
やがて、たまりかねた火渡が口火を切る。
「どうしたよ、うかねえツラしやがって。まだ昨日の事を気にしてんのか?」
「ああ、まあな……」
日曜の第13課との遭遇は、その日のうちに火渡と千歳には話していた。
両者共に七年前とは違う。
千歳は驚愕や恐怖を顔に出す事は無く、ただ僅かに表情を曇らせただけ。
火渡も激怒に燃えたり騒々しくいきり立ったりする事は無く、奥歯を噛み締めて闘志をみなぎらせただけ。
違っていないのは第13課という存在への認識だけだった。
両者共に七年前とは違う。
千歳は驚愕や恐怖を顔に出す事は無く、ただ僅かに表情を曇らせただけ。
火渡も激怒に燃えたり騒々しくいきり立ったりする事は無く、奥歯を噛み締めて闘志をみなぎらせただけ。
違っていないのは第13課という存在への認識だけだった。
「……」
廊下の二人は、またもや無言。
そのせいか遠く離れた場所からの音声もよく聞こえる気がした。
「――は、まずは私――紹介――――こちらへ――」
気がした、ではない。マイクを通した校長の声が二人の耳に飛び込んでいる。
「まずいな。もう始まっているぞ」
「あー、面倒臭え」
ブラボーは火渡の腕を引っ張り、火渡は両手をポケットに突っ込んだままで形だけの小走り。
この二人のやり取りを柴田瑠架が見たらある種の想像と創作意欲を掻き立てられ、歓喜するかもしれない。
廊下の二人は、またもや無言。
そのせいか遠く離れた場所からの音声もよく聞こえる気がした。
「――は、まずは私――紹介――――こちらへ――」
気がした、ではない。マイクを通した校長の声が二人の耳に飛び込んでいる。
「まずいな。もう始まっているぞ」
「あー、面倒臭え」
ブラボーは火渡の腕を引っ張り、火渡は両手をポケットに突っ込んだままで形だけの小走り。
この二人のやり取りを柴田瑠架が見たらある種の想像と創作意欲を掻き立てられ、歓喜するかもしれない。
二人はなるべく物音を立てぬよう体育館内に忍び入り、(主にブラボーが)会釈を繰り返しながら
全校生徒横の教師の列に加わる。
ステージ上では校長が一人の女性を横に立たせて、機嫌良く朗々とした調子で講話を続けていた。
「――先生は日系フランス人として日仏両国の架け橋とも言うべきご活躍をされており、また日本語、
フランス語、英語、イタリア語、ラテン語と五ヶ国語に堪能な類稀なる才女でありまして、彼女のように
優秀な外国語教師を迎え入れるという事は、我が校としても――」
普段は大真面目な顔で含蓄ある退屈な話をする校長だというのに。
今日は不自然なまでにニコニコと満面の笑顔で、まるで催眠術にでもかかっているかのようだ。
横に立つ新任と思しき女性教師は余程の人材なのだろうか。
ブラボーはステージの方を見上げ、眼を凝らした。
「新任の先生の紹介か。それにしても何でこんな時期に…………――――なっ!?」
女性教師の顔を視認すると同時に、ブラボーが驚きの声を上げた。
「なんであの女がこの学校にいやがる……!」
隣の火渡も愕然としている。
二人が彼女の顔を見忘れる筈が無かった。
全校生徒横の教師の列に加わる。
ステージ上では校長が一人の女性を横に立たせて、機嫌良く朗々とした調子で講話を続けていた。
「――先生は日系フランス人として日仏両国の架け橋とも言うべきご活躍をされており、また日本語、
フランス語、英語、イタリア語、ラテン語と五ヶ国語に堪能な類稀なる才女でありまして、彼女のように
優秀な外国語教師を迎え入れるという事は、我が校としても――」
普段は大真面目な顔で含蓄ある退屈な話をする校長だというのに。
今日は不自然なまでにニコニコと満面の笑顔で、まるで催眠術にでもかかっているかのようだ。
横に立つ新任と思しき女性教師は余程の人材なのだろうか。
ブラボーはステージの方を見上げ、眼を凝らした。
「新任の先生の紹介か。それにしても何でこんな時期に…………――――なっ!?」
女性教師の顔を視認すると同時に、ブラボーが驚きの声を上げた。
「なんであの女がこの学校にいやがる……!」
隣の火渡も愕然としている。
二人が彼女の顔を見忘れる筈が無かった。