飛び交う非難も噂話もどこ吹く風。教師は女生徒を見つめ、ハンバートよろしく咳払いをひとつ。
ダメだよ。来ないで。それ以上、僕に近づいちゃいけない。
第五話 《SCHOOL OF ROCK》
――日本国 埼玉県 銀成市
月曜日。
新たな週の始まる朝は学生にも社会人にも等しく苦痛なものだ。
勿論、銀成学園寄宿舎に住まう生徒にとっても、それは例外ではない。
食堂や洗面所で交わされるのは「おはよー……」という張りの無い小さな声であり、それを発する生徒達の顔にも
気だるさがありありと浮かんでいる。
ただし皆が皆、重苦しさを漂わせている訳ではなく、彼らの半数は高校生らしい快活な表情で朝を迎えていた。
例えば、津村斗貴子は清々しく凛とした立ち居振る舞いで登校準備を進めていたし、武藤カズキなどは
顔を合わせる者皆に誰よりも明るく大きな声で挨拶をしていた。
要はその者の持つ性格や生活習慣次第なのだ。
新たな週の始まる朝は学生にも社会人にも等しく苦痛なものだ。
勿論、銀成学園寄宿舎に住まう生徒にとっても、それは例外ではない。
食堂や洗面所で交わされるのは「おはよー……」という張りの無い小さな声であり、それを発する生徒達の顔にも
気だるさがありありと浮かんでいる。
ただし皆が皆、重苦しさを漂わせている訳ではなく、彼らの半数は高校生らしい快活な表情で朝を迎えていた。
例えば、津村斗貴子は清々しく凛とした立ち居振る舞いで登校準備を進めていたし、武藤カズキなどは
顔を合わせる者皆に誰よりも明るく大きな声で挨拶をしていた。
要はその者の持つ性格や生活習慣次第なのだ。
そして、快活組の代表格とも言うべきは、我らが武藤まひろである。
目覚めと同時に跳ね起きて顔を洗い、兄に負けぬハイテンションで朝の挨拶を交わし、旺盛な食欲で
わしわしと朝食を詰め込み、軽やかな足取りで自室に戻る。
あとは制服を着て登校するだけ。
だがその前に――
目覚めと同時に跳ね起きて顔を洗い、兄に負けぬハイテンションで朝の挨拶を交わし、旺盛な食欲で
わしわしと朝食を詰め込み、軽やかな足取りで自室に戻る。
あとは制服を着て登校するだけ。
だがその前に――
まひろは押入れの前に立ち、引き戸の取っ手にしっかと手を掛ける。
次の瞬間にはピシャーンと小気味良い音を立てて戸がいっぱいに開かれ、大きく開けた口からよだれを垂らして
熟睡しているセラスの姿が露になった。
狭い押入れの中だというのにひどい寝相だ。バンザイのように両手を上げ、左脚は大きく広げられて壁に立てかけられ、
小さいスウェットがまくれ上がってヘソが見えているどころか下乳状態となっている。
次の瞬間にはピシャーンと小気味良い音を立てて戸がいっぱいに開かれ、大きく開けた口からよだれを垂らして
熟睡しているセラスの姿が露になった。
狭い押入れの中だというのにひどい寝相だ。バンザイのように両手を上げ、左脚は大きく広げられて壁に立てかけられ、
小さいスウェットがまくれ上がってヘソが見えているどころか下乳状態となっている。
「セラスさーん!! おっはよー!!」
まひろの騒々しい目覚めの挨拶と共に、押入れの中へ眩しい朝日が射し込んだ。
強烈な“太陽”の光が。
「ぴっぎゃああああああああああああああああああああ!!!!」
断末魔に近いセラスの絶叫が寄宿舎を揺るがさんばかりに響き渡る。
彼女の悲鳴に驚いたまひろは急いで戸を閉めると、ある注意点をハッと思い出した。ブラボーとセラス両者から
耳にタコが出来る程言い聞かされた注意点だ。
「ご、ごめん! セラスさんが日光アレルギーだって、すっかり忘れてた!」
金曜の夜にセラスがやって来て、土曜日、日曜日、そして今日でまだ三日なのだが、まひろの頭から抜け落ちるには
充分過ぎる日数なのかもしれない。
「殺される…… 殺されるッ…… 殺されるッ…… し、しっ、し、死……」
押入れの中のセラスは身体から白い煙を上げながら、頭から布団を被り、すっかり震え上がっていた。
彼女の悲鳴に驚いたまひろは急いで戸を閉めると、ある注意点をハッと思い出した。ブラボーとセラス両者から
耳にタコが出来る程言い聞かされた注意点だ。
「ご、ごめん! セラスさんが日光アレルギーだって、すっかり忘れてた!」
金曜の夜にセラスがやって来て、土曜日、日曜日、そして今日でまだ三日なのだが、まひろの頭から抜け落ちるには
充分過ぎる日数なのかもしれない。
「殺される…… 殺されるッ…… 殺されるッ…… し、しっ、し、死……」
押入れの中のセラスは身体から白い煙を上げながら、頭から布団を被り、すっかり震え上がっていた。
そこへ、廊下の方から慌てた様子の足音が複数、近づいてきた。足音はまひろの部屋の前で止まり、
ノックも無しに戸が開けられる。
「どうした! まひろちゃん! 何があったんだ!」
突然の悲鳴を聞きつけた斗貴子と千里、沙織らが駆けつけたのだ。
咄嗟に押入れを背にしたまひろは懸命に言い訳を捻り出す。
「えっ!? あの、その…… だ、大丈夫! 大丈夫だよ! ゴキブリさんが出たからちょっとビックリしちゃっただけ!」
しどろもどろなまひろの説明を聞くなり、血相を変えた斗貴子の表情は見る見るうちに呆れ気味の
ものへと変わっていく。
他の二人も同様である。
「まったく人騒がせな……」
「だから言ったじゃないですか。まひろなんだからって」
「まっぴー、早くしないと遅れちゃうよー?」
三人は特にそれ以上追求する事も無く、部屋を後にする。
朝一番の今にも死にそうな悲鳴の理由にしてはあまりにも足りないものがあると思われるのだが。
ノックも無しに戸が開けられる。
「どうした! まひろちゃん! 何があったんだ!」
突然の悲鳴を聞きつけた斗貴子と千里、沙織らが駆けつけたのだ。
咄嗟に押入れを背にしたまひろは懸命に言い訳を捻り出す。
「えっ!? あの、その…… だ、大丈夫! 大丈夫だよ! ゴキブリさんが出たからちょっとビックリしちゃっただけ!」
しどろもどろなまひろの説明を聞くなり、血相を変えた斗貴子の表情は見る見るうちに呆れ気味の
ものへと変わっていく。
他の二人も同様である。
「まったく人騒がせな……」
「だから言ったじゃないですか。まひろなんだからって」
「まっぴー、早くしないと遅れちゃうよー?」
三人は特にそれ以上追求する事も無く、部屋を後にする。
朝一番の今にも死にそうな悲鳴の理由にしてはあまりにも足りないものがあると思われるのだが。
斗貴子らの話し声と足音が遠く離れていくに至って、まひろはようやく一安心と胸を撫で下ろす。
そして、改めて押入れの方へ向き直ると、引き戸越しに中のセラスへと話しかけた。
「ねえ、セラスさん。私、そろそろ学校行くね。朝ごはんはブラボーが用意してくれるって言ってたよ」
「い、いってらっしゃい…… 気をつけてね……」
妙にくぐもったセラスの返事が聞こえてきた。
どうやらまだ布団を被って丸くなっているらしい。また不意に戸を開けられるのではと怯えているようだ。
それが伝わったのか、まひろはいそいそとカーテンを引く。
「カーテンは閉めておくからあんまりお寝坊しちゃダメだよ? もしヒマだったら漫画とか好きに読んでいいからね」
「う、うーん……」
土曜日曜と昼間は押入れから出てこないセラスを見ていたせいか、まひろは彼女の朝寝に優しく釘を刺す。
しかし、しつこいようだがセラスは吸血鬼だ。
本来、吸血鬼は“黄昏から夜明けまで(from dusk till dawn)”が活動時間であり、太陽の昇る日中は棺で
寝ているものなのだ。これは一般人でも知っている常識と言っても良い。おそらく、まひろも知っているだろう。
とはいえ、まひろにとってセラスは“女吸血鬼(ドラキュリーナ)”ではなく“日光アレルギーでお昼寝ばかりしてる
美人な外人さん”という認識でしかないのだから、それもしょうがないのかもしれない。
布団を被ったままのセラスは眉を下げて溜め息を吐く。
(さっき、やっと眠りについたばかりなんだけどなぁ……)
人間に例えるならば『昼間は普通に生活して、夜は一睡もするな』と言われるようなものだ。
今後の生活を思うと、寝不足で眼の下にクマを作った自分が容易に想像され、身震いが止まらない。
そんな憐れな夜族(ミディアン)の憂鬱など知る由も無いまひろは、元気の良い声を響かせて部屋を出た。
そして、改めて押入れの方へ向き直ると、引き戸越しに中のセラスへと話しかけた。
「ねえ、セラスさん。私、そろそろ学校行くね。朝ごはんはブラボーが用意してくれるって言ってたよ」
「い、いってらっしゃい…… 気をつけてね……」
妙にくぐもったセラスの返事が聞こえてきた。
どうやらまだ布団を被って丸くなっているらしい。また不意に戸を開けられるのではと怯えているようだ。
それが伝わったのか、まひろはいそいそとカーテンを引く。
「カーテンは閉めておくからあんまりお寝坊しちゃダメだよ? もしヒマだったら漫画とか好きに読んでいいからね」
「う、うーん……」
土曜日曜と昼間は押入れから出てこないセラスを見ていたせいか、まひろは彼女の朝寝に優しく釘を刺す。
しかし、しつこいようだがセラスは吸血鬼だ。
本来、吸血鬼は“黄昏から夜明けまで(from dusk till dawn)”が活動時間であり、太陽の昇る日中は棺で
寝ているものなのだ。これは一般人でも知っている常識と言っても良い。おそらく、まひろも知っているだろう。
とはいえ、まひろにとってセラスは“女吸血鬼(ドラキュリーナ)”ではなく“日光アレルギーでお昼寝ばかりしてる
美人な外人さん”という認識でしかないのだから、それもしょうがないのかもしれない。
布団を被ったままのセラスは眉を下げて溜め息を吐く。
(さっき、やっと眠りについたばかりなんだけどなぁ……)
人間に例えるならば『昼間は普通に生活して、夜は一睡もするな』と言われるようなものだ。
今後の生活を思うと、寝不足で眼の下にクマを作った自分が容易に想像され、身震いが止まらない。
そんな憐れな夜族(ミディアン)の憂鬱など知る由も無いまひろは、元気の良い声を響かせて部屋を出た。
「じゃ、いってきまーす!」