「貴様は我が拳を以って──全身全霊にて叩き潰す!」
烈の拳がさらに速さを増す。まるで無数の手が生えたような、残像を生じるほどのスピ
ード。体を丸めガードを固め、なすすべなく打たれまくるゲバル。止まる気配のない拳と
いう名の豪雨。手を出すどころではない。
待とうが祈ろうがてるてる坊主を吊るそうが、止みそうもない。ならば、立ち向かう。
ガードを外すゲバル。いいのを二、三発まともにもらいながら、強引すぎる胴タックル
を実行する。
執念は実った。ゲバルは烈の腰に組みつくことに成功する。
しかし、鍛え抜かれた足腰はビクともしない。打撃戦を嫌い、寝技に持ち込もうという
ゲバルの目論みは崩れた。
「無駄だ……」
鉄の肘がゲバルの脳天に落とされる。
頭蓋が割れてもおかしくない一撃だったが、しつこくしがみつくゲバル。ゲバルは両足
をぴたりと地面にくっつけ、垂直に力を込めた。
真上にリフティングされ、烈の足が宙に浮いた。
先ほどは投げ上げただけのゲバル、今度は本気であった。
狙いをアスファルトに定め、
「セイィッ!」
叩きつける。
道路が陥没した。小さなうめき声と大きなバウンドの後、烈の体は横たわったまま動か
なくなった。
「フィナーレだ」
冷徹な瞳で最後の一撃を加えんと、ゲバルが拳を振り下ろす。
しかし、烈はまだ死んではいなかった。
突如右足と左足が起動し、ゲバルの首と肩を挟みこむ。ちょうど三角締めのような体勢
となった。烈の脚力で頸動脈を締め上げられれば、ひとたまりもない。
「……さすがは海王!」充血した目で、挟まれたまま再度烈を持ち上げるゲバル。「だっ
たらもう一度叩きつけ──」
しかし、烈は両足でゲバルのロックしながら、背後に回っていた。
「こ、これは……ッ!?」
烈が座禅を組めば、あとは発動を残すのみである。
烈の拳がさらに速さを増す。まるで無数の手が生えたような、残像を生じるほどのスピ
ード。体を丸めガードを固め、なすすべなく打たれまくるゲバル。止まる気配のない拳と
いう名の豪雨。手を出すどころではない。
待とうが祈ろうがてるてる坊主を吊るそうが、止みそうもない。ならば、立ち向かう。
ガードを外すゲバル。いいのを二、三発まともにもらいながら、強引すぎる胴タックル
を実行する。
執念は実った。ゲバルは烈の腰に組みつくことに成功する。
しかし、鍛え抜かれた足腰はビクともしない。打撃戦を嫌い、寝技に持ち込もうという
ゲバルの目論みは崩れた。
「無駄だ……」
鉄の肘がゲバルの脳天に落とされる。
頭蓋が割れてもおかしくない一撃だったが、しつこくしがみつくゲバル。ゲバルは両足
をぴたりと地面にくっつけ、垂直に力を込めた。
真上にリフティングされ、烈の足が宙に浮いた。
先ほどは投げ上げただけのゲバル、今度は本気であった。
狙いをアスファルトに定め、
「セイィッ!」
叩きつける。
道路が陥没した。小さなうめき声と大きなバウンドの後、烈の体は横たわったまま動か
なくなった。
「フィナーレだ」
冷徹な瞳で最後の一撃を加えんと、ゲバルが拳を振り下ろす。
しかし、烈はまだ死んではいなかった。
突如右足と左足が起動し、ゲバルの首と肩を挟みこむ。ちょうど三角締めのような体勢
となった。烈の脚力で頸動脈を締め上げられれば、ひとたまりもない。
「……さすがは海王!」充血した目で、挟まれたまま再度烈を持ち上げるゲバル。「だっ
たらもう一度叩きつけ──」
しかし、烈は両足でゲバルのロックしながら、背後に回っていた。
「こ、これは……ッ!?」
烈が座禅を組めば、あとは発動を残すのみである。
転蓮華。
名門白林寺の秘伝。烈の全身が傾くにつれ、ゲバルの首も曲がる。
「ほう……大した筋力だ」
首に全筋力と全神経を注ぎ、ゲバルはこらえた。頚骨をへし折り一回転するはずだった
烈はわずかに傾いただけ。
「こう見えて忍術をかじっていてね……縄抜けは得意分野だ」
次の瞬間、ゲバルは烈の両足からするりと脱出を果たした。顎関節を自ら外し、ぐにゃ
ぐにゃになった顔面を烈の拘束をすり抜けさせたのだ。
自由の身となったゲバルはさっそく烈に襲いかかるが──
「貴様ならば、転蓮華を破ると信じていたよ」
──最高の崩拳が待っていた。
転蓮華に移る時、烈の本能は通用しないと直感した。だからこそ秘伝を返されてなお、
もっとも正しい一撃を加えることができた。
「ぐえぇッ?!」
くの字に体を折り曲げ、ゲバルが飛んだ。
十数メートル先にあった「止まれ」の標識に激突し、ようやく止まった。標識が寝そべ
り、役に立たなくなったのはいうまでもない。
鳩尾を手で押さえ、よろよろとゲバルも立ち上がる。
「つ、強いなァ……ミスター海王……」
「……貴様もな」
流派も思想も全く異なる二人が、ここにきて互いを認め合った。
わずかに唇を綻ばせると──どちらともなく両者が駆け出した。
拳と拳。
二人の右拳は火花を伴って相手の面(おもて)に突き刺さった。烈の貫き手がゲバルの
喉仏を穿つと、ゲバルは血を吐き散らしながら親指で烈の人中を打つ。得意技のハイキッ
ク同士がぶつかり合い、烈が跳び上がって両足でゲバルに蹴り込むと、ゲバルはすかさず
足を掴んでジャイアントスイング。烈を投げつけられた電柱には赤い花が咲いた。むろん
烈はコンマ数秒で跳ね起きる。
一歩どころか一ミクロンたりとも退かぬ両雄。
これほどの好敵手、生涯に一度出会えるかどうか──。
なのに彼らはある種の物足りなさを抱いていた。なぜなら知っていたから。
「ほう……大した筋力だ」
首に全筋力と全神経を注ぎ、ゲバルはこらえた。頚骨をへし折り一回転するはずだった
烈はわずかに傾いただけ。
「こう見えて忍術をかじっていてね……縄抜けは得意分野だ」
次の瞬間、ゲバルは烈の両足からするりと脱出を果たした。顎関節を自ら外し、ぐにゃ
ぐにゃになった顔面を烈の拘束をすり抜けさせたのだ。
自由の身となったゲバルはさっそく烈に襲いかかるが──
「貴様ならば、転蓮華を破ると信じていたよ」
──最高の崩拳が待っていた。
転蓮華に移る時、烈の本能は通用しないと直感した。だからこそ秘伝を返されてなお、
もっとも正しい一撃を加えることができた。
「ぐえぇッ?!」
くの字に体を折り曲げ、ゲバルが飛んだ。
十数メートル先にあった「止まれ」の標識に激突し、ようやく止まった。標識が寝そべ
り、役に立たなくなったのはいうまでもない。
鳩尾を手で押さえ、よろよろとゲバルも立ち上がる。
「つ、強いなァ……ミスター海王……」
「……貴様もな」
流派も思想も全く異なる二人が、ここにきて互いを認め合った。
わずかに唇を綻ばせると──どちらともなく両者が駆け出した。
拳と拳。
二人の右拳は火花を伴って相手の面(おもて)に突き刺さった。烈の貫き手がゲバルの
喉仏を穿つと、ゲバルは血を吐き散らしながら親指で烈の人中を打つ。得意技のハイキッ
ク同士がぶつかり合い、烈が跳び上がって両足でゲバルに蹴り込むと、ゲバルはすかさず
足を掴んでジャイアントスイング。烈を投げつけられた電柱には赤い花が咲いた。むろん
烈はコンマ数秒で跳ね起きる。
一歩どころか一ミクロンたりとも退かぬ両雄。
これほどの好敵手、生涯に一度出会えるかどうか──。
なのに彼らはある種の物足りなさを抱いていた。なぜなら知っていたから。
「そろそろ本気を出したらどうだ」
ゲバルと烈は同時に、同じ台詞を吐き出していた。死闘の最中、奇跡的に滑稽なやり取
りに笑い合う両者。
「気が合うな、ミスター海王。いい加減、靴(グローブ)を外して欲しかったところだよ」
「貴様こそ水面下に潜ませている獰猛な本性を表わしたらどうだ」
「獰猛とは失敬な……もっとも次に戦う相手に手の内を晒すのもどうかと思ってね」
「うむ。ただし私が次に戦う相手だがな」
二人は戦場となった路地の先にある突き当たりに、視線を向けた。
すると、角から一歩足を踏み出す男が一人。しけい荘とコーポ海王を混乱の渦に巻き込
んだ張本人。
──マホメド・アライJr。
ゲバルと烈は同時に、同じ台詞を吐き出していた。死闘の最中、奇跡的に滑稽なやり取
りに笑い合う両者。
「気が合うな、ミスター海王。いい加減、靴(グローブ)を外して欲しかったところだよ」
「貴様こそ水面下に潜ませている獰猛な本性を表わしたらどうだ」
「獰猛とは失敬な……もっとも次に戦う相手に手の内を晒すのもどうかと思ってね」
「うむ。ただし私が次に戦う相手だがな」
二人は戦場となった路地の先にある突き当たりに、視線を向けた。
すると、角から一歩足を踏み出す男が一人。しけい荘とコーポ海王を混乱の渦に巻き込
んだ張本人。
──マホメド・アライJr。
アライJrは緊張していた。
「気を悪くしないで欲しい。隠れていたわけではなく、邪魔したくなかっただけだ」
戦っていた二人にとって、そんなことはどうでもよかった。
過去、自由の国を熱狂させた偉大なるボクサーと瓜二つの、闇討ち犯。ゲバルと烈の体
内を大量のアドレナリンが駆けめぐる。
いかにも南米的な豪快な笑顔で、ゲバルが提案する。
「よし、こうしよう。俺かミスター海王か、勝った方が一週間後、君とファイトする」
烈も興奮冷めやらぬといった形で提案に乗る。
「面白い。コーポ海王としけい荘の代表者として立ち合いに臨む──完全決着だ」
巨大すぎる驚愕と歓喜で、どうしていいか分からずアライJrは震えていた。そんな彼
をよそに、猛獣二頭がついに全力(マックス)を開放する。
「気を悪くしないで欲しい。隠れていたわけではなく、邪魔したくなかっただけだ」
戦っていた二人にとって、そんなことはどうでもよかった。
過去、自由の国を熱狂させた偉大なるボクサーと瓜二つの、闇討ち犯。ゲバルと烈の体
内を大量のアドレナリンが駆けめぐる。
いかにも南米的な豪快な笑顔で、ゲバルが提案する。
「よし、こうしよう。俺かミスター海王か、勝った方が一週間後、君とファイトする」
烈も興奮冷めやらぬといった形で提案に乗る。
「面白い。コーポ海王としけい荘の代表者として立ち合いに臨む──完全決着だ」
巨大すぎる驚愕と歓喜で、どうしていいか分からずアライJrは震えていた。そんな彼
をよそに、猛獣二頭がついに全力(マックス)を開放する。
靴を脱ぎ素足となる烈。
土で自らに化粧を施すゲバル。
土で自らに化粧を施すゲバル。
闘いは英雄の卵に見守られつつ、最終章へ。