奴隷制度。
古代世界において、奴隷とは<生きた道具>である。現代人の感覚からすれば非道以外の何物でもないが、この時代
では、それは当然のことであった。
世界史の授業は居眠りの時間である城之内にも、それくらいの知識はある―――されど。
実際に見たその光景は、あまりにも生々しく、悲惨だった。
「…あんなんがまかり通って、いいのかよ…」
「いいわけねー。いいわけねーけど…仕方ないことだって、ある」
オリオンが苛立った様子で小石を蹴飛ばした。
「遊戯。城之内。お前らの時代じゃ、もう奴隷ってのはいないのか?」
「ボクらの時代でも、ちょっと前まではあったみたいだけど…今は、そういうのはないはずだよ」
「そう。いい世の中になったのね」
ミーシャは、やはり悲しげな顔で溜息をついた。
「けど、この時代はそうじゃないのよ。奴隷制度を快く思わない人だっていないわけじゃないけど…だからといって
それを廃止なんて、とてもできない」
奴隷という存在は、それほどまでにある意味では重宝されているのだ。もしもそれがなくなるようなことがあれば、
この世界は根幹から引っくり返されてしまうことだろう。
「だけどよ…ヤな感じだよな」
「うん。人間が人間を買うなんて、おかしいと思う」
遊戯も複雑な表情で、そう言う。
けれど、自分達に何ができるのか―――仮定の話として、奴隷市場に乗り込んで大暴れして奴隷達を助けたところで、
その後はどうする?他の町の奴隷市場でも同じことをするのか?そんなもの―――ただの自己満足に過ぎない。
結局は、何もできないのだ。
「ほら、行くぞ。もうここにいたってしょうがねえよ」
オリオンに促され、遊戯達は釈然としない気持ちを抱えながら、町を出ていくことにした。
古代世界において、奴隷とは<生きた道具>である。現代人の感覚からすれば非道以外の何物でもないが、この時代
では、それは当然のことであった。
世界史の授業は居眠りの時間である城之内にも、それくらいの知識はある―――されど。
実際に見たその光景は、あまりにも生々しく、悲惨だった。
「…あんなんがまかり通って、いいのかよ…」
「いいわけねー。いいわけねーけど…仕方ないことだって、ある」
オリオンが苛立った様子で小石を蹴飛ばした。
「遊戯。城之内。お前らの時代じゃ、もう奴隷ってのはいないのか?」
「ボクらの時代でも、ちょっと前まではあったみたいだけど…今は、そういうのはないはずだよ」
「そう。いい世の中になったのね」
ミーシャは、やはり悲しげな顔で溜息をついた。
「けど、この時代はそうじゃないのよ。奴隷制度を快く思わない人だっていないわけじゃないけど…だからといって
それを廃止なんて、とてもできない」
奴隷という存在は、それほどまでにある意味では重宝されているのだ。もしもそれがなくなるようなことがあれば、
この世界は根幹から引っくり返されてしまうことだろう。
「だけどよ…ヤな感じだよな」
「うん。人間が人間を買うなんて、おかしいと思う」
遊戯も複雑な表情で、そう言う。
けれど、自分達に何ができるのか―――仮定の話として、奴隷市場に乗り込んで大暴れして奴隷達を助けたところで、
その後はどうする?他の町の奴隷市場でも同じことをするのか?そんなもの―――ただの自己満足に過ぎない。
結局は、何もできないのだ。
「ほら、行くぞ。もうここにいたってしょうがねえよ」
オリオンに促され、遊戯達は釈然としない気持ちを抱えながら、町を出ていくことにした。
―――これこそ仮定の話になるが、もしも彼らがもう少しの間この町に留まっていたならば、奴隷市場で起こった騒ぎ
に気付いたことだろう。そしてこの物語は、結果はどうあれ終わりを告げていたかもしれない。
に気付いたことだろう。そしてこの物語は、結果はどうあれ終わりを告げていたかもしれない。
「さあさ、皆さん!今日もイキのいい奴隷がたくさん!是非ともお買い上げください!」
奴隷商人が居並ぶ客に向かって声を張り上げる。その表情には奴隷達に対する憐れみも同情もなく、下卑た笑みだけ
が浮かんでいる。見世物の如く並べられた奴隷達は、無気力に俯くばかりだ。
逃げ出したくとも、周りには奴隷商人が雇った傭兵達がいる。逃亡を図れば、見せしめに容赦なく斬り殺されるだけだ
ろう。希望など、持ちようもない…。
「お兄様…」
「大丈夫…大丈夫だよ。僕がついてる」
まだ十歳そこらであろう兄妹と思しき二人が、抱き合って震えている。それに目を付けたのか、好色に口元を歪ませた
下品な身なりの男が、舌舐めずりしながら指を三本ほど立てて奴隷商人に声をかける。
「おい、そこのガキ…そうそう、その二人だ!いや、メスの方だけでいい!これだけ出すぞ!」
「へい!いい買い物ですぜ、ダンナ!」
二人がビクッと身を震わせるのにも構わず、奴隷商人は少女の細い腕を乱暴に掴んだ。
「さあ、来やがれ!今からあのダンナがお前の御主人様だ!たっぷり<可愛がって>もらいな!」
「や、やめろ!その子に触るな!」
兄は奴隷商人に掴みかかる―――その瞬間、顔面に拳を打ちつけられ、激しい衝撃と共にぐらりと視界が歪んだ。
「うぜえな、ガキが!誰もテメエの意見なんざ聞いちゃいねえんだよ!奴隷は奴隷らしくしてりゃいいんだ!」
「ち、畜生…」
「あぁん!?なんだ、その反抗的なツラは!奴隷の分際で文句でもあんのか、ゴラァっ!」
地面に倒れた少年を散々に蹴りつける。妹は泣きそうになりながら、必死に助けを求めた。
「だ、誰か…お兄様を、助けて…」
しかし、誰もそれに応えない。客達は奴隷の境遇になど興味がないし、同じ立場の奴隷にしても、奴隷商人に対しての
怒りと兄妹への同情はあるが、庇い立てをすればどうなるかは火を見るより明らかだ。見て見ぬ振りをする他ない。
少女は愕然とし、そして絶望し、その頬を一筋の滴が流れ落ちる刹那。
すっと、その小さな肩に、誰かの手が乗せられた。大きな、優しい手だ―――少女は、そう思った。
「フン。よかろう―――オレに任せておくがいい」
少女は、その声の主を見上げる。いつの間にそこにいたのか、一人の男が立っていた。貴族的に整った顔立ちに、細身
ながら引き締まった長身。その身を包むのは、まるで針金で固定されたかのように形が全く崩れない白いコート―――
海馬は手にしたジュラルミンケースを振り上げ、未だに少年を蹴り飛ばすことに熱中している奴隷商人の横っ面に向け
叩き付けた。無論、手加減など一切していない。
「ブヒェっ!?」
奴隷商人は豚のような悲鳴を上げて地面に突っ伏す。海馬はそれを、氷の瞳で見下ろした。
「下衆め…無力なガキを甚振って、驕れる無能な神にでも成った心算(つもり)なのか?」
「にゃ、にゃんら…ほまえは…」
歯が軒並み折れてしまったせいでまともに喋れなくなった奴隷商人に対し、海馬はもう一発ジュラルミンケースの一撃
を背骨に向けてお見舞いした。ボキィッと景気のいい音が響き、哀れなことに半身不随が決定した奴隷商人は血反吐を
ブチ撒けて悶絶し、下品な身なりの男は、それを見て口から泡を飛ばす。
「お、おい、お前、何をやって…」
「フン―――このクズめがぁっ!」
三度、ジュラルミンケースを振り回す。遠心力をたっぷり利かせた重量充分・硬度保証済みのそのケースが、男の脳天
を腐ったトマトの如くに叩き潰し、彼をピクピクと痙攣するだけの肉塊に変えた。
その一連の出来事を、奴隷兄妹は茫然と見守るばかりだ。
「貴様ぁっ!」
傭兵達が海馬を取り囲む。奴隷兄妹は顔を青くするが、当の海馬は平然として、二人に不敵な笑みを向ける。
「おい、そこのガキ共」
「は、はい!?」
「オレの後ろに隠れていろ…危ないからな」
二人は言われた通りに、海馬の背後に回る。海馬はデッキからカードを引き抜き、天に翳した。
「出でよ―――!<青眼の白龍>!」
咆哮と共に、白龍が翼を広げて舞い降りる。幻想的とすらいえるその光景に、奴隷達はただただ呆気に取られ、傭兵達
は戦慄する。
奴隷商人が居並ぶ客に向かって声を張り上げる。その表情には奴隷達に対する憐れみも同情もなく、下卑た笑みだけ
が浮かんでいる。見世物の如く並べられた奴隷達は、無気力に俯くばかりだ。
逃げ出したくとも、周りには奴隷商人が雇った傭兵達がいる。逃亡を図れば、見せしめに容赦なく斬り殺されるだけだ
ろう。希望など、持ちようもない…。
「お兄様…」
「大丈夫…大丈夫だよ。僕がついてる」
まだ十歳そこらであろう兄妹と思しき二人が、抱き合って震えている。それに目を付けたのか、好色に口元を歪ませた
下品な身なりの男が、舌舐めずりしながら指を三本ほど立てて奴隷商人に声をかける。
「おい、そこのガキ…そうそう、その二人だ!いや、メスの方だけでいい!これだけ出すぞ!」
「へい!いい買い物ですぜ、ダンナ!」
二人がビクッと身を震わせるのにも構わず、奴隷商人は少女の細い腕を乱暴に掴んだ。
「さあ、来やがれ!今からあのダンナがお前の御主人様だ!たっぷり<可愛がって>もらいな!」
「や、やめろ!その子に触るな!」
兄は奴隷商人に掴みかかる―――その瞬間、顔面に拳を打ちつけられ、激しい衝撃と共にぐらりと視界が歪んだ。
「うぜえな、ガキが!誰もテメエの意見なんざ聞いちゃいねえんだよ!奴隷は奴隷らしくしてりゃいいんだ!」
「ち、畜生…」
「あぁん!?なんだ、その反抗的なツラは!奴隷の分際で文句でもあんのか、ゴラァっ!」
地面に倒れた少年を散々に蹴りつける。妹は泣きそうになりながら、必死に助けを求めた。
「だ、誰か…お兄様を、助けて…」
しかし、誰もそれに応えない。客達は奴隷の境遇になど興味がないし、同じ立場の奴隷にしても、奴隷商人に対しての
怒りと兄妹への同情はあるが、庇い立てをすればどうなるかは火を見るより明らかだ。見て見ぬ振りをする他ない。
少女は愕然とし、そして絶望し、その頬を一筋の滴が流れ落ちる刹那。
すっと、その小さな肩に、誰かの手が乗せられた。大きな、優しい手だ―――少女は、そう思った。
「フン。よかろう―――オレに任せておくがいい」
少女は、その声の主を見上げる。いつの間にそこにいたのか、一人の男が立っていた。貴族的に整った顔立ちに、細身
ながら引き締まった長身。その身を包むのは、まるで針金で固定されたかのように形が全く崩れない白いコート―――
海馬は手にしたジュラルミンケースを振り上げ、未だに少年を蹴り飛ばすことに熱中している奴隷商人の横っ面に向け
叩き付けた。無論、手加減など一切していない。
「ブヒェっ!?」
奴隷商人は豚のような悲鳴を上げて地面に突っ伏す。海馬はそれを、氷の瞳で見下ろした。
「下衆め…無力なガキを甚振って、驕れる無能な神にでも成った心算(つもり)なのか?」
「にゃ、にゃんら…ほまえは…」
歯が軒並み折れてしまったせいでまともに喋れなくなった奴隷商人に対し、海馬はもう一発ジュラルミンケースの一撃
を背骨に向けてお見舞いした。ボキィッと景気のいい音が響き、哀れなことに半身不随が決定した奴隷商人は血反吐を
ブチ撒けて悶絶し、下品な身なりの男は、それを見て口から泡を飛ばす。
「お、おい、お前、何をやって…」
「フン―――このクズめがぁっ!」
三度、ジュラルミンケースを振り回す。遠心力をたっぷり利かせた重量充分・硬度保証済みのそのケースが、男の脳天
を腐ったトマトの如くに叩き潰し、彼をピクピクと痙攣するだけの肉塊に変えた。
その一連の出来事を、奴隷兄妹は茫然と見守るばかりだ。
「貴様ぁっ!」
傭兵達が海馬を取り囲む。奴隷兄妹は顔を青くするが、当の海馬は平然として、二人に不敵な笑みを向ける。
「おい、そこのガキ共」
「は、はい!?」
「オレの後ろに隠れていろ…危ないからな」
二人は言われた通りに、海馬の背後に回る。海馬はデッキからカードを引き抜き、天に翳した。
「出でよ―――!<青眼の白龍>!」
咆哮と共に、白龍が翼を広げて舞い降りる。幻想的とすらいえるその光景に、奴隷達はただただ呆気に取られ、傭兵達
は戦慄する。
「ワハハハハハ!気を付けろ、オレのブルーアイズは凶暴だ!」
何をどう気を付けろというのか―――それは、あまりにも強大な敵だった。傭兵はある者はカギ爪で切り裂かれ、また
ある者は尻尾で叩き伏せられ、運の悪い者は白龍の吐息で消し飛ばされた。
「う…」
残った傭兵達は顔色を失くして、じりじりと後ずさり始めた―――そこに。
「奴隷市場―――未だに、弱き者達を虐げているのか…」
静謐な、しかしその奥に激情を秘めた声。
「無力に嘆き、悲しみ…幼い仔等が愛する者と引き裂かれる…いつまで、このような悲劇を繰り返す…」
死と不吉を運ぶ紫眼の男―――
「いつまで繰り返すのだ…運命(ミラ)よ!」
エレフの持つ黒き双剣が煌いた。傭兵達は武器を構え直す暇も与えられず、次々に斬り伏せられていく。ついでに未だ
地面に転がっていた奴隷商人と下品男にも引導を渡してやる頃には、あれだけいた客達も全員逃げ出し、奴隷市場には
海馬とエレフ、そして奴隷達だけが残った。
「―――お前達」
エレフは未だに何が起こったのかよく分かっていない様子の奴隷達に対し、言い放つ。
「お前達はそれでいいのか?運命に翻弄され、傷つけられ、虐げられる…そのままでいいのか?お前達を奴隷の身分に
貶めながら、のうのうとしている祖国が憎くはないのか?」
特別声を荒げているわけでもないのに、異様な迫力を醸しだすエレフに対し、奴隷達は言葉もない。エレフはそれに
構わず、更に続けた。
「諦めるな。抗うのさ。無力な奴隷は嫌だろ?」
その言葉は、奴隷達の心を震わせた。エレフは彼らに向けて、刃を突き付ける。
「剣を執る勇気があるなら…」
そして黒き剣を高々と掲げ、宣言するように叫んだ。
ある者は尻尾で叩き伏せられ、運の悪い者は白龍の吐息で消し飛ばされた。
「う…」
残った傭兵達は顔色を失くして、じりじりと後ずさり始めた―――そこに。
「奴隷市場―――未だに、弱き者達を虐げているのか…」
静謐な、しかしその奥に激情を秘めた声。
「無力に嘆き、悲しみ…幼い仔等が愛する者と引き裂かれる…いつまで、このような悲劇を繰り返す…」
死と不吉を運ぶ紫眼の男―――
「いつまで繰り返すのだ…運命(ミラ)よ!」
エレフの持つ黒き双剣が煌いた。傭兵達は武器を構え直す暇も与えられず、次々に斬り伏せられていく。ついでに未だ
地面に転がっていた奴隷商人と下品男にも引導を渡してやる頃には、あれだけいた客達も全員逃げ出し、奴隷市場には
海馬とエレフ、そして奴隷達だけが残った。
「―――お前達」
エレフは未だに何が起こったのかよく分かっていない様子の奴隷達に対し、言い放つ。
「お前達はそれでいいのか?運命に翻弄され、傷つけられ、虐げられる…そのままでいいのか?お前達を奴隷の身分に
貶めながら、のうのうとしている祖国が憎くはないのか?」
特別声を荒げているわけでもないのに、異様な迫力を醸しだすエレフに対し、奴隷達は言葉もない。エレフはそれに
構わず、更に続けた。
「諦めるな。抗うのさ。無力な奴隷は嫌だろ?」
その言葉は、奴隷達の心を震わせた。エレフは彼らに向けて、刃を突き付ける。
「剣を執る勇気があるなら…」
そして黒き剣を高々と掲げ、宣言するように叫んだ。
「―――我らと共に来るがいい!」
そして、エレフは海馬と共に、奴隷達に背を向けて歩き出す―――
「お待ちください!」
呼び止める声に振り向けば、金髪で瘠せ型の男と黒髪でがっちりした男という、対照的な二人がいた。
「名を…貴方達の名をお聞かせください!」
金髪の男が問う。エレフは少しだけ視線を虚空に彷徨わせ、答えた。
「―――<紫眼の狼(アメジストス)>とでも、呼べばいい」
「フン…ならばオレは<白龍皇帝(ドラグナー)>とでも名乗るとするか」
海馬もエレフに倣うようにそう言った。奴隷達はざわめき、口々にその名を反芻する。二人の男は敬意を表するかの
ように跪く。
「私はオルフ…こちらの男はシリウスと申します」
金髪の男―――オルフは語る。
「私達は元々はある国の軍人でした。しかし、私は戦争で妻を失い、シリウスも家族を全員失いました…それ以来、
何もかも上手くいかなくなって、今ではこのありさまです…」
「しかし…」
黒髪の男―――シリウスがオルフに続く。
「このまま…このまま惨めな奴隷で終わりたくはありません…!気高き紫眼の狼と誇り高き白龍皇帝よ―――力なき
私達を、どうか導いてください!」
その瞬間、遠巻きに見ていた奴隷達が、一斉に駆け寄ってくる。
「お…俺だって、本当は奴隷なんか嫌だ!一緒に行くよ!」
「ああ!ろくでもない連中に扱き使われて死ぬなんざ、まっぴらだ!」
「どうせ死ぬなら、やるだけやってやろうぜ!」
エレフは、次々に集う奴隷達に向けて、重々しく頷いた。
「―――よかろう。残酷な運命という憎き敵を、喰らう覚悟を決めたなら―――共に生きよう!」
おおおおおおおおおおおお!奴隷達は、一斉に雄叫びをあげた。
苦境に立たされた時、人は誰もが自分を救ってくれる英雄を求める。救世主を、求めるのだ。絶対の力とカリスマを
誇る、偉大な存在。しかしそれは、所詮儚い幻想にして夢想。奴隷達の英雄など、存在しないのだ。
そこに彼等は現れた。幻想し、夢想した英雄にも劣らぬ―――否。それ以上の輝きと共に。
伝説の存在である龍を従えた、帝王の威厳と風格を漂わせる少年。
神域に達した剣技を自在に操る、猛々しき狼を思わせる黒き剣士。
勿論お約束通り、ルックスもイケメンだ。
二人の姿は奴隷達にとって、まさしく英雄―――神ですらあった。
歓喜に沸く奴隷達を尻目に、海馬はエレフに小声で囁く。
「クク…なるほどな。これで奴隷共はオレたちを救世主と崇める。忠実な兵隊となってくれるわけだ。使い潰しても
誰からも文句は出ない。そういうことだろう?」
「…………」
「違うと言いたいのか?違わんさ。どう取り繕った所で同じだ。貴様のやっていることはな」
「―――言われるまでもない。そんなことは、分かっている」
エレフはそう言い残し、奴隷達の元に歩いていく。彼らにあれこれと指示を出すエレフを、海馬は皮肉な笑みと共に
見ていた。
「あ…あの…」
「ん?」
顔を向けると、そこにはあの奴隷兄妹がいた。
「僕達を助けていただいて…ありがとう、ございます…」
「ありが、とう…」
「フン。勘違いするな、貴様らを助けたわけではない―――あのクズ共が目障りだっただけだ」
そう言いながら、海馬は二人に問い掛ける。
「お前達の名は、なんという」
「は…はい。僕はフラーテル。この子は妹のソロルです」
「フラーテルか…貴様も兄ならば、妹をしっかり守ってやることだな」
それだけ言って、その場を離れようとする海馬を、フラーテルは呼び止めた。海馬は鬱陶しそうに振り向く。
「なんだ?つまらん用件なら承知せんぞ」
「お…お願いです!僕達を、皇帝様のお傍にいさせてください!」
「何?」
海馬は胡乱げにフラーテルとソロルを見据えた。その眼光にやや怯みながらも、フラーテルは言い募る。
「僕達にできることなら、何でもします!だから、お願いします、どうか…」
「何でもする、か…言うだけなら簡単だが、残念ながらオレは実力主義者だ。よく知りもしないただのガキを身近に
置くつもりはない」
兄妹の顔が見る見る内に曇っていく―――その目の前に、海馬の持つジュラルミンケースが押し付けられた。
「―――まあ、実際に使ってみんことには、それも分からんか」
海馬はそう言って、フラーテルにジュラルミンケースを放り投げる。慌てて両手で抱きかかえるようにキャッチして、
フラーテルは海馬を見つめる。
「とりあえず荷物持ちにしてやる。それで文句はないな」
「は…はい!ありがとうございます!」
フラーテルは何度も何度も、深く頭を下げた。そして、ソロルはというと。
「…………」
どういうわけか、じぃっとブルーアイズを見つめていた。
「…貴様。まさか、ブルーアイズに乗りたいなどと言うつもりではあるまいな」
「ソ、ソロル!失礼なことはよせ!」
フラーテルは慌ててソロルを諌めるが、ソロルは未だにブルーアイズに熱い視線を送っている。海馬は小さく舌打ち
すると、不機嫌そうに言った。
「構わん。乗れ」
「え…」
「聞こえなかったか?構わんと言ったのだ。さっさと乗れ。フラーテル、何なら貴様も一緒に乗るか?」
「そ、それは…」
「お兄様」
ソロルがフラーテルの服の裾を摘む。
「一緒に、乗りましょう」
「…………」
「フン。オレは忙しい身でな。いつまでもお前達と遊んでいる暇はない。乗るならさっさと乗れ!」
そろそろ海馬の雷が落ちそうだったので、二人は急いでブルーアイズの背に乗る。ブルーアイズは雄々しく吠えると、
二人を乗せたまま空高く飛び上がっていった。
空中で嬌声をあげる二人を見ながら、海馬は呟く。
「フン…勘違いするな。あんなクソガキ共に情が移ったわけではない。優しくしてやった方が扱いやすくなるだけだ
…ん?」
ふと気付くと―――海馬の周囲に、奴隷の子供達が集まっていた。彼らは皆、期待を込めた目で海馬を見つめている。
その顔は、まさにトランペットに憧れる少年そのものである。
「く…分かった分かった!お前達も乗せてやるから、そこで待て!」
そして海馬は、またしても独り言である。
「フン…勘違いするな。こいつらとていざとなれば立派な労働力となってもらうのだ。そのためにも、今からオレに
対する忠誠心を植え付けておく必要があるだけだ―――こら、順番に並べ!割り込みは禁止だ!一度に乗るのは三人
まで、三分だけだ!ええい、騒ぐなガキ共が!静かに待たねば乗せてやらんぞ!」
「お待ちください!」
呼び止める声に振り向けば、金髪で瘠せ型の男と黒髪でがっちりした男という、対照的な二人がいた。
「名を…貴方達の名をお聞かせください!」
金髪の男が問う。エレフは少しだけ視線を虚空に彷徨わせ、答えた。
「―――<紫眼の狼(アメジストス)>とでも、呼べばいい」
「フン…ならばオレは<白龍皇帝(ドラグナー)>とでも名乗るとするか」
海馬もエレフに倣うようにそう言った。奴隷達はざわめき、口々にその名を反芻する。二人の男は敬意を表するかの
ように跪く。
「私はオルフ…こちらの男はシリウスと申します」
金髪の男―――オルフは語る。
「私達は元々はある国の軍人でした。しかし、私は戦争で妻を失い、シリウスも家族を全員失いました…それ以来、
何もかも上手くいかなくなって、今ではこのありさまです…」
「しかし…」
黒髪の男―――シリウスがオルフに続く。
「このまま…このまま惨めな奴隷で終わりたくはありません…!気高き紫眼の狼と誇り高き白龍皇帝よ―――力なき
私達を、どうか導いてください!」
その瞬間、遠巻きに見ていた奴隷達が、一斉に駆け寄ってくる。
「お…俺だって、本当は奴隷なんか嫌だ!一緒に行くよ!」
「ああ!ろくでもない連中に扱き使われて死ぬなんざ、まっぴらだ!」
「どうせ死ぬなら、やるだけやってやろうぜ!」
エレフは、次々に集う奴隷達に向けて、重々しく頷いた。
「―――よかろう。残酷な運命という憎き敵を、喰らう覚悟を決めたなら―――共に生きよう!」
おおおおおおおおおおおお!奴隷達は、一斉に雄叫びをあげた。
苦境に立たされた時、人は誰もが自分を救ってくれる英雄を求める。救世主を、求めるのだ。絶対の力とカリスマを
誇る、偉大な存在。しかしそれは、所詮儚い幻想にして夢想。奴隷達の英雄など、存在しないのだ。
そこに彼等は現れた。幻想し、夢想した英雄にも劣らぬ―――否。それ以上の輝きと共に。
伝説の存在である龍を従えた、帝王の威厳と風格を漂わせる少年。
神域に達した剣技を自在に操る、猛々しき狼を思わせる黒き剣士。
勿論お約束通り、ルックスもイケメンだ。
二人の姿は奴隷達にとって、まさしく英雄―――神ですらあった。
歓喜に沸く奴隷達を尻目に、海馬はエレフに小声で囁く。
「クク…なるほどな。これで奴隷共はオレたちを救世主と崇める。忠実な兵隊となってくれるわけだ。使い潰しても
誰からも文句は出ない。そういうことだろう?」
「…………」
「違うと言いたいのか?違わんさ。どう取り繕った所で同じだ。貴様のやっていることはな」
「―――言われるまでもない。そんなことは、分かっている」
エレフはそう言い残し、奴隷達の元に歩いていく。彼らにあれこれと指示を出すエレフを、海馬は皮肉な笑みと共に
見ていた。
「あ…あの…」
「ん?」
顔を向けると、そこにはあの奴隷兄妹がいた。
「僕達を助けていただいて…ありがとう、ございます…」
「ありが、とう…」
「フン。勘違いするな、貴様らを助けたわけではない―――あのクズ共が目障りだっただけだ」
そう言いながら、海馬は二人に問い掛ける。
「お前達の名は、なんという」
「は…はい。僕はフラーテル。この子は妹のソロルです」
「フラーテルか…貴様も兄ならば、妹をしっかり守ってやることだな」
それだけ言って、その場を離れようとする海馬を、フラーテルは呼び止めた。海馬は鬱陶しそうに振り向く。
「なんだ?つまらん用件なら承知せんぞ」
「お…お願いです!僕達を、皇帝様のお傍にいさせてください!」
「何?」
海馬は胡乱げにフラーテルとソロルを見据えた。その眼光にやや怯みながらも、フラーテルは言い募る。
「僕達にできることなら、何でもします!だから、お願いします、どうか…」
「何でもする、か…言うだけなら簡単だが、残念ながらオレは実力主義者だ。よく知りもしないただのガキを身近に
置くつもりはない」
兄妹の顔が見る見る内に曇っていく―――その目の前に、海馬の持つジュラルミンケースが押し付けられた。
「―――まあ、実際に使ってみんことには、それも分からんか」
海馬はそう言って、フラーテルにジュラルミンケースを放り投げる。慌てて両手で抱きかかえるようにキャッチして、
フラーテルは海馬を見つめる。
「とりあえず荷物持ちにしてやる。それで文句はないな」
「は…はい!ありがとうございます!」
フラーテルは何度も何度も、深く頭を下げた。そして、ソロルはというと。
「…………」
どういうわけか、じぃっとブルーアイズを見つめていた。
「…貴様。まさか、ブルーアイズに乗りたいなどと言うつもりではあるまいな」
「ソ、ソロル!失礼なことはよせ!」
フラーテルは慌ててソロルを諌めるが、ソロルは未だにブルーアイズに熱い視線を送っている。海馬は小さく舌打ち
すると、不機嫌そうに言った。
「構わん。乗れ」
「え…」
「聞こえなかったか?構わんと言ったのだ。さっさと乗れ。フラーテル、何なら貴様も一緒に乗るか?」
「そ、それは…」
「お兄様」
ソロルがフラーテルの服の裾を摘む。
「一緒に、乗りましょう」
「…………」
「フン。オレは忙しい身でな。いつまでもお前達と遊んでいる暇はない。乗るならさっさと乗れ!」
そろそろ海馬の雷が落ちそうだったので、二人は急いでブルーアイズの背に乗る。ブルーアイズは雄々しく吠えると、
二人を乗せたまま空高く飛び上がっていった。
空中で嬌声をあげる二人を見ながら、海馬は呟く。
「フン…勘違いするな。あんなクソガキ共に情が移ったわけではない。優しくしてやった方が扱いやすくなるだけだ
…ん?」
ふと気付くと―――海馬の周囲に、奴隷の子供達が集まっていた。彼らは皆、期待を込めた目で海馬を見つめている。
その顔は、まさにトランペットに憧れる少年そのものである。
「く…分かった分かった!お前達も乗せてやるから、そこで待て!」
そして海馬は、またしても独り言である。
「フン…勘違いするな。こいつらとていざとなれば立派な労働力となってもらうのだ。そのためにも、今からオレに
対する忠誠心を植え付けておく必要があるだけだ―――こら、順番に並べ!割り込みは禁止だ!一度に乗るのは三人
まで、三分だけだ!ええい、騒ぐなガキ共が!静かに待たねば乗せてやらんぞ!」
―――紫眼の狼。そして、白龍皇帝。二人はその後も各地で奴隷を解放し、その勢力を拡大していくこととなる。
奴隷達の英雄。それは果たして、正義か悪か。その答えもまた、女神(ミラ)のみぞ知る…。
奴隷達の英雄。それは果たして、正義か悪か。その答えもまた、女神(ミラ)のみぞ知る…。