「うーん…」
レスボス島を離れ、本土の港町にて。
「ほれほれお客さん!こりゃいい品だよ!悩んでないで買った買った!」
露天商がひしめき合い、大勢の客でごった返す、青空市場。
その一角で、遊戯は並べられている商品を見ては唸っていた。ギンギラギンに輝くアクセサリー。遊戯はその中から
銀の腕輪を手に取り、首を捻る。
「遊戯…お前、それがそんなに欲しいのか?」
オリオンが呆れたように肩をすくめる。
「いや、ボクはそうでもないんだけど、もう一人のボクがね…<もっと腕にシルバーとか巻けYO!>だって」
「あいつ、こういうの好きだもんな」
「へえ、意外とオシャレさんなのね」
城之内とミーシャも興味を惹かれたのか、腕輪をマジマジ見つめる。
「あっそ…じゃあ、買っちまえよ。どうせそんな高いモンじゃねえんだろ?」
と、値段を見てオリオンは目を丸くした。慌てて遊戯達を抱えて愛想笑いを浮かべつつ、お邪魔しました~と露天商
から鋼鉄製粘体動物(経験値1350)の如きスピードで皆を連れて離れていく。
「ちょっとオリオン、何するの!」
「バカ野郎!値段くらいよく見やがれ!高級遊女(ヘタイラ)を一気に三人は呼べる値段だろうが!あんなもん買う
くらいなら、鋼の剣とか鉄の鎧とか、そういうのを選べよ!」
ちなみに。この時代のギリシャにはまだ製鉄法はない。あって精々が銅の剣か青銅の鎧である。
「そ、そうだったの!?ごめん…」
「全く…つーか、なんで俺達、悠長に買い物なんてしてるんだ?」
「そりゃお前、新しい町に着いたらとりあえず装備を整えるのがRPGの基本ってヤツだよ」
城之内はさも当然のように言った。
「まあ、確かにそうだが…あの腕輪に、そこまでの効果があるのか?精々防御力+2ってとこだろ」
それ以前にこの世界はRPGだったのか?オリオンは試しにそこらのオッサンに声をかけてみた。彼は待ってました
とばかりの笑顔で、答えた。
「武器や防具は装備しないと意味がないよ!」
「…あの、他に何か言うことは?」
「武器や防具は装備しないと(略)」
「…………」
「武器や防具は(略)」
オリオンはオッサンから距離を取った。その顔には<見なかったことにしよう>と、大きな文字で書かれている。
「話を変えようぜ。これからどうするのか、だ」
「とりあえず町の近くでモンスターを倒してレベルを上げとこうぜ」
「んなもんが闊歩するような物騒な世界じゃねえよ!そもそもモンスターを使うのはお前らだろうが!」
「悪かったよ…海馬とエレフを、どうにかして止めねーとって話だよな」
城之内も流石に真面目な顔になった。
「早くしねーとあのバカ共、マジで世界征服でもやらかしそうだからなー…あ、悪い」
ミーシャの前で、実の兄であるエレフをバカ呼ばわりはまずかったかもしれない。
「いいのよ、城之内」
しかし、当のミーシャはあっけらかんとしたものだった。
「だってエレフ、ほんとにバカだもの」
遊戯達は思わず吹き出した。あのレスボスでの顛末が、逆に彼女を強くしたのかもしれない。この調子ならミーシャ
には、何の心配もいらないだろう。
「それはそうと、これからどうすんだ?この広い世界で当てもなくあの二人を探すってのは難しいぜ」
「…俺の考えを言おうか?まずは、アルカディアに行くべきだ」
オリオンが口火を切った。
「蠍野郎のことで文句の一つも言ってやりてーしな。後はこっちの事情も話して、上手くすればエレフを止めるため
に協力してもらえないかと思う…まあ、そこまで事が都合よく進んでくれれば誰も苦労しねーけどな。下手すりゃ話
も聞いてくれずに門前払いされる可能性だってあるんだ」
そんなオリオンに対し、城之内は大丈夫だって、と楽天的に言ってのける。
「こういう場合、王様なんていっても、意外とそこらの旅人相手に普通に会って話してくれるもんだぜ」
「だから、お前の常識で語るなよ…」
「まあそう言うなって。後は、アルカディアの連中がちゃんと話を聞いてくれたとして、真面目に受け取ってくれる
かどうかだよな…それ以前に、エレフの言ってることが万一にでも本当だったとしたら、ミーシャをまた狙ってくる
ことだってありえるぜ?」
「いや、その可能性はまずないだろう」
オリオンは、きっぱり言い切った。
「そうか?」
「ああ。未来から来たっつーお前らはどうか知らんが、少なくとも俺達は…この時代の連中にとって、聖域だの神域
だのってのは絶対不可侵のはずなんだ。それを破ってまでミーシャを狙ってくるなんざ、国家の判断としちゃあまず
ありえねえことだぜ。だからあの件は恐らく、蠍野郎の暴走だと思う」
「うーん…」
城之内は分かったような分からないような顔をして唸る。
「どっちにしろ、ここでじっとしてるわけにはいかないよ」
遊戯が真剣な顔で皆を促す。
「そのアルカディアって所に行ってみよう。とにかく、あっちにもうミーシャさんを傷つけるような気がないって分かれば、
エレフとも少しは話しやすくなるんじゃないかな?海馬くんは…よく分からないけど」
「もうあのヤローはこの世界に置き去りでいいんじゃね?その方がオレ達の時代は平和になるぜ」
「不法投棄はよせ!この時代から環境汚染を進めるつもりか!?あんなんがいたらそれだけで水は腐り、風は穢れ、
火は乱れ、地は屠られ、いずれは神をも殺しちまうっつーの!」
産廃の如く扱われる地球に厳しい男、海馬瀬人。それはともかく。
「しかし結局、どうなるかはやってみないと分からないってことか…」
「仕方ないわよ。世の中一体どうなってるのか。その真意は、女神(ミラ)のみぞ知る…なんてね」
「ま、やれることは片っ端からやってみようぜ」
「それじゃ、早速出発する?」
と遊戯は言ったが、城之内は首を横に振った。
「そこまで急がなくてもいいだろ。もうちょいこの辺を見物してこうぜ。じゃあオリオン、オレと遊戯はそこらテキトー
にブラついてくるからよ。また後でな!」
「え?ちょ、ちょっと待って…」
「お、おい城之内!何勝手なこと…」
ミーシャとオリオンの抗議の声も聞かない振りして、城之内は首を捻っている遊戯と共に、町の雑踏へ消えていく。
残された二人は、どことなく気まずそうに顔を見合わせるのだった…。
レスボス島を離れ、本土の港町にて。
「ほれほれお客さん!こりゃいい品だよ!悩んでないで買った買った!」
露天商がひしめき合い、大勢の客でごった返す、青空市場。
その一角で、遊戯は並べられている商品を見ては唸っていた。ギンギラギンに輝くアクセサリー。遊戯はその中から
銀の腕輪を手に取り、首を捻る。
「遊戯…お前、それがそんなに欲しいのか?」
オリオンが呆れたように肩をすくめる。
「いや、ボクはそうでもないんだけど、もう一人のボクがね…<もっと腕にシルバーとか巻けYO!>だって」
「あいつ、こういうの好きだもんな」
「へえ、意外とオシャレさんなのね」
城之内とミーシャも興味を惹かれたのか、腕輪をマジマジ見つめる。
「あっそ…じゃあ、買っちまえよ。どうせそんな高いモンじゃねえんだろ?」
と、値段を見てオリオンは目を丸くした。慌てて遊戯達を抱えて愛想笑いを浮かべつつ、お邪魔しました~と露天商
から鋼鉄製粘体動物(経験値1350)の如きスピードで皆を連れて離れていく。
「ちょっとオリオン、何するの!」
「バカ野郎!値段くらいよく見やがれ!高級遊女(ヘタイラ)を一気に三人は呼べる値段だろうが!あんなもん買う
くらいなら、鋼の剣とか鉄の鎧とか、そういうのを選べよ!」
ちなみに。この時代のギリシャにはまだ製鉄法はない。あって精々が銅の剣か青銅の鎧である。
「そ、そうだったの!?ごめん…」
「全く…つーか、なんで俺達、悠長に買い物なんてしてるんだ?」
「そりゃお前、新しい町に着いたらとりあえず装備を整えるのがRPGの基本ってヤツだよ」
城之内はさも当然のように言った。
「まあ、確かにそうだが…あの腕輪に、そこまでの効果があるのか?精々防御力+2ってとこだろ」
それ以前にこの世界はRPGだったのか?オリオンは試しにそこらのオッサンに声をかけてみた。彼は待ってました
とばかりの笑顔で、答えた。
「武器や防具は装備しないと意味がないよ!」
「…あの、他に何か言うことは?」
「武器や防具は装備しないと(略)」
「…………」
「武器や防具は(略)」
オリオンはオッサンから距離を取った。その顔には<見なかったことにしよう>と、大きな文字で書かれている。
「話を変えようぜ。これからどうするのか、だ」
「とりあえず町の近くでモンスターを倒してレベルを上げとこうぜ」
「んなもんが闊歩するような物騒な世界じゃねえよ!そもそもモンスターを使うのはお前らだろうが!」
「悪かったよ…海馬とエレフを、どうにかして止めねーとって話だよな」
城之内も流石に真面目な顔になった。
「早くしねーとあのバカ共、マジで世界征服でもやらかしそうだからなー…あ、悪い」
ミーシャの前で、実の兄であるエレフをバカ呼ばわりはまずかったかもしれない。
「いいのよ、城之内」
しかし、当のミーシャはあっけらかんとしたものだった。
「だってエレフ、ほんとにバカだもの」
遊戯達は思わず吹き出した。あのレスボスでの顛末が、逆に彼女を強くしたのかもしれない。この調子ならミーシャ
には、何の心配もいらないだろう。
「それはそうと、これからどうすんだ?この広い世界で当てもなくあの二人を探すってのは難しいぜ」
「…俺の考えを言おうか?まずは、アルカディアに行くべきだ」
オリオンが口火を切った。
「蠍野郎のことで文句の一つも言ってやりてーしな。後はこっちの事情も話して、上手くすればエレフを止めるため
に協力してもらえないかと思う…まあ、そこまで事が都合よく進んでくれれば誰も苦労しねーけどな。下手すりゃ話
も聞いてくれずに門前払いされる可能性だってあるんだ」
そんなオリオンに対し、城之内は大丈夫だって、と楽天的に言ってのける。
「こういう場合、王様なんていっても、意外とそこらの旅人相手に普通に会って話してくれるもんだぜ」
「だから、お前の常識で語るなよ…」
「まあそう言うなって。後は、アルカディアの連中がちゃんと話を聞いてくれたとして、真面目に受け取ってくれる
かどうかだよな…それ以前に、エレフの言ってることが万一にでも本当だったとしたら、ミーシャをまた狙ってくる
ことだってありえるぜ?」
「いや、その可能性はまずないだろう」
オリオンは、きっぱり言い切った。
「そうか?」
「ああ。未来から来たっつーお前らはどうか知らんが、少なくとも俺達は…この時代の連中にとって、聖域だの神域
だのってのは絶対不可侵のはずなんだ。それを破ってまでミーシャを狙ってくるなんざ、国家の判断としちゃあまず
ありえねえことだぜ。だからあの件は恐らく、蠍野郎の暴走だと思う」
「うーん…」
城之内は分かったような分からないような顔をして唸る。
「どっちにしろ、ここでじっとしてるわけにはいかないよ」
遊戯が真剣な顔で皆を促す。
「そのアルカディアって所に行ってみよう。とにかく、あっちにもうミーシャさんを傷つけるような気がないって分かれば、
エレフとも少しは話しやすくなるんじゃないかな?海馬くんは…よく分からないけど」
「もうあのヤローはこの世界に置き去りでいいんじゃね?その方がオレ達の時代は平和になるぜ」
「不法投棄はよせ!この時代から環境汚染を進めるつもりか!?あんなんがいたらそれだけで水は腐り、風は穢れ、
火は乱れ、地は屠られ、いずれは神をも殺しちまうっつーの!」
産廃の如く扱われる地球に厳しい男、海馬瀬人。それはともかく。
「しかし結局、どうなるかはやってみないと分からないってことか…」
「仕方ないわよ。世の中一体どうなってるのか。その真意は、女神(ミラ)のみぞ知る…なんてね」
「ま、やれることは片っ端からやってみようぜ」
「それじゃ、早速出発する?」
と遊戯は言ったが、城之内は首を横に振った。
「そこまで急がなくてもいいだろ。もうちょいこの辺を見物してこうぜ。じゃあオリオン、オレと遊戯はそこらテキトー
にブラついてくるからよ。また後でな!」
「え?ちょ、ちょっと待って…」
「お、おい城之内!何勝手なこと…」
ミーシャとオリオンの抗議の声も聞かない振りして、城之内は首を捻っている遊戯と共に、町の雑踏へ消えていく。
残された二人は、どことなく気まずそうに顔を見合わせるのだった…。
「―――ねえ、城之内くん。町を見物するんじゃなかったの?」
なのに、何故。自分達は物陰に隠れて、オリオンとミーシャの様子を窺っているのだろう?
「バーカ。オレ達がいたんじゃあの二人、くっ付きようがないだろ?」
「あ!そういうことか!」
遊戯は得心いったとばかりに頷く。
「オリオン、ミーシャさんのことが好きだもんね。ミーシャさんも…」
「ああ。だからよ、ここは気を利かせて二人っきりにしてやるのが友情ってもんだろ?」
「…そうかなあ?」
人、それを出歯亀というのではなかろうか。遊戯はそう思ったが、口には出さない。彼だってこういう悪戯事が嫌い
なわけではないのだ。闇遊戯が<やれやれ>と溜息をつくのが分かったが、気にしないことにした。
「しかし…どうにもぎこちねえな、あいつら」
「わざわざ二人っきりにさせちゃったから、変に意識させすぎちゃったのかなあ…」
「全くな。ウダウダ考えずに<キレイな星空ね>とか<キミの方がキレイだよ>とか言えばいいのによ」
「今は昼間だし、それにそのセリフだと、後々の展開がすごく血腥くなりそうなんだけど…」
例えば、お揃いの白い服を着て幸せそうに寄り添い合う、彼と見知らぬ女の姿を見てしまったり。
それはともかく。
(ねえ、もう一人のボク。キミならどうする?)
(そうだな…とりあえずサ店でレイコーでもシバいて、夜はディスコでフィーバーしたらベイブリッジでしっぽり
ツーショットだ)
しかし残念ながらここは現代ではない。サ店もレイコーもディスコもベイブリッジも存在しない。というか、現代
ですらサ店でレイコーなどもはや通用しまい。
「仕方ねえ。ここはもう一肌脱ぐとするか!遊戯、お前も手伝え!」
「うん、別にいいけど…何するつもり?」
「古典的な方法が一番効果的なんだよ、こういうのはな…ま、オレに任せとけ!」
城之内は、やたらと自信ありげな笑みを浮かべた…。
なのに、何故。自分達は物陰に隠れて、オリオンとミーシャの様子を窺っているのだろう?
「バーカ。オレ達がいたんじゃあの二人、くっ付きようがないだろ?」
「あ!そういうことか!」
遊戯は得心いったとばかりに頷く。
「オリオン、ミーシャさんのことが好きだもんね。ミーシャさんも…」
「ああ。だからよ、ここは気を利かせて二人っきりにしてやるのが友情ってもんだろ?」
「…そうかなあ?」
人、それを出歯亀というのではなかろうか。遊戯はそう思ったが、口には出さない。彼だってこういう悪戯事が嫌い
なわけではないのだ。闇遊戯が<やれやれ>と溜息をつくのが分かったが、気にしないことにした。
「しかし…どうにもぎこちねえな、あいつら」
「わざわざ二人っきりにさせちゃったから、変に意識させすぎちゃったのかなあ…」
「全くな。ウダウダ考えずに<キレイな星空ね>とか<キミの方がキレイだよ>とか言えばいいのによ」
「今は昼間だし、それにそのセリフだと、後々の展開がすごく血腥くなりそうなんだけど…」
例えば、お揃いの白い服を着て幸せそうに寄り添い合う、彼と見知らぬ女の姿を見てしまったり。
それはともかく。
(ねえ、もう一人のボク。キミならどうする?)
(そうだな…とりあえずサ店でレイコーでもシバいて、夜はディスコでフィーバーしたらベイブリッジでしっぽり
ツーショットだ)
しかし残念ながらここは現代ではない。サ店もレイコーもディスコもベイブリッジも存在しない。というか、現代
ですらサ店でレイコーなどもはや通用しまい。
「仕方ねえ。ここはもう一肌脱ぐとするか!遊戯、お前も手伝え!」
「うん、別にいいけど…何するつもり?」
「古典的な方法が一番効果的なんだよ、こういうのはな…ま、オレに任せとけ!」
城之内は、やたらと自信ありげな笑みを浮かべた…。
(あいつらめ…余計な気を回しやがって)
オリオンはぶすっと押し黙って、同じく黙りこくっているミーシャをちらりと見た。城之内はあくまでも好意からの
行動であったが、これでははっきり言って逆効果である。
(あーもう…いつも通り、普通に喋ればいいだろうが。何を緊張してるんだ、俺…)
彼とてそこまで鈍感なわけではない。ミーシャだって、自分に好意を抱いてくれていると、99%は確信できる。
しかしだ、99%とは、100%ではない。残り1%でダメだったら立ち直れない。そういう思いが、これ以上踏み込む
のを躊躇させる。そこらの道行く女の子は平気でナンパできるくせに、本命に対してはチキンな男であった。
(城之内ったら、何でこういうことするのかしら。この関係が壊れるくらいなら、友達のままでいいのに…)
ミーシャもまた、オリオンとほぼ同じ思考を辿っている。更にオリオンとは違い、彼女はどちらかというと奥手で
あるが故に、余計に躊躇してしまっていた。
このままではいけない。オリオンは意を決して口を開いた。
「なあ、ミーシャ…」
「え!?な、何!?」
ドギマギした様子で振り向くミーシャ。そして、オリオンはこう言った。
「あ…<殺め続ける>と<マヨネーズ付ける>って、どっか似てるよな!?」
「…………」
あやめつづける。
マヨネーズつける。
確かにどことなく似ている!
「それがどうかしたの?」
「…どうもしねえ」
悲しくなるくらい寒い風が吹き抜けた。そこに。
「よお~そこのお二人さん。アツアツで羨ましいねえ、ヒュ~ヒュ~」
この神話の時代ですら使い古しなテンプレ通りのセリフ。オリオンは鬱陶しそうにそいつを見て―――
口をポカーンと開けて、そのまま塞がらなかった。
そこにいたのは、変装のつもりか、手拭いで口元と頭を隠した城之内であった。
「へ、へいお嬢さん。そんなヤサ男ほっといて、ボク…オレ達と遊ぼうぜ~」
隣を見ると、メチャクチャ棒読みで、城之内と同じ格好をした遊戯がミーシャに詰め寄っている。ミーシャはしいて
いうなら、ムチャなネタをふられた若手芸人のような顔で固まっていた。
余りにも少年漫画的な、バレバレの変装。こんなもんで騙されてくれるのは、腹を空かしたカバ人間達に自分の顔
を千切って喰わせるのが趣味で、愛と勇気しか友達がいないアンパン男世界の住人くらいである。
「…………」
オリオンはすうっと腕を振り上げ、二人の脳天にハンマーの如く拳を叩き落とす。頭を押さえて蹲る二人の手拭い
をさっさと引っぺがした。
「お前ら…何のつもりか知らねーけど、変装するならするでもっと工夫しろ!そげキングだってもうちょい真面目に
正体隠そうと努力してたよ!」
「あ、あれよりバレバレだったのか、オレら…」
「それはそうと、城之内も遊戯も、なんでこんなことを?」
ミーシャが腑に落ちない様子で尋ねる。城之内はバツの悪そうな顔で答えた。
「い、いやあ。ちょっと場を盛り上げてやろうと思って。ほら、悪い奴からか弱い女の子を守るなんて、まさしく
青春の1ページってカンジだろ?」
「いつの時代の発想だよ、そりゃ…」
オリオンは呆れてモノも言えないとばかりに鼻を鳴らす。ミーシャはおかしそうに、クスクス笑うばかり。
その時だった。
ガッタ、ゴット、ガッタ、ゴット…
「ん?なんだ、この音…うわっ!」
城之内は慌てて飛び退く。それは、荷馬車だった。車輪が廻る度に騒音が響き、道行く者達が吃驚し怖れ慄く。
「バカ野郎!気を付けろ、クソ餓鬼がっ!」
先頭で馬を駆る男が、馬鞭を撓らせながら、城ノ内に罵声を浴びせる。そのまま荷馬車は、ガタゴト揺れながら道の
向こうへと消えていった。
「ねえ…あれ、何だか人をたくさん乗せてたね…」
遊戯が呟く。城之内も、うんうんと頷いた。そう―――みすぼらしい身なりの者達が、老若も男女も問わず、まるで
物言わぬ雑貨のように、荷台に鮨詰めにされていたのだ。
「なんだったんだよ…あれは…」
「奴隷市場へ行くのさ」
オリオンが、彼には珍しい暗い瞳と声で呟いた。ミーシャもただ悲しげに、荷馬車の走り去った先を見つめていた。
「命に値段が付けられる場所―――それが、奴隷市場さ…」
奴隷市場…奴隷市場…奴隷市場…
その言葉は、まるで残響のように―――
オリオンはぶすっと押し黙って、同じく黙りこくっているミーシャをちらりと見た。城之内はあくまでも好意からの
行動であったが、これでははっきり言って逆効果である。
(あーもう…いつも通り、普通に喋ればいいだろうが。何を緊張してるんだ、俺…)
彼とてそこまで鈍感なわけではない。ミーシャだって、自分に好意を抱いてくれていると、99%は確信できる。
しかしだ、99%とは、100%ではない。残り1%でダメだったら立ち直れない。そういう思いが、これ以上踏み込む
のを躊躇させる。そこらの道行く女の子は平気でナンパできるくせに、本命に対してはチキンな男であった。
(城之内ったら、何でこういうことするのかしら。この関係が壊れるくらいなら、友達のままでいいのに…)
ミーシャもまた、オリオンとほぼ同じ思考を辿っている。更にオリオンとは違い、彼女はどちらかというと奥手で
あるが故に、余計に躊躇してしまっていた。
このままではいけない。オリオンは意を決して口を開いた。
「なあ、ミーシャ…」
「え!?な、何!?」
ドギマギした様子で振り向くミーシャ。そして、オリオンはこう言った。
「あ…<殺め続ける>と<マヨネーズ付ける>って、どっか似てるよな!?」
「…………」
あやめつづける。
マヨネーズつける。
確かにどことなく似ている!
「それがどうかしたの?」
「…どうもしねえ」
悲しくなるくらい寒い風が吹き抜けた。そこに。
「よお~そこのお二人さん。アツアツで羨ましいねえ、ヒュ~ヒュ~」
この神話の時代ですら使い古しなテンプレ通りのセリフ。オリオンは鬱陶しそうにそいつを見て―――
口をポカーンと開けて、そのまま塞がらなかった。
そこにいたのは、変装のつもりか、手拭いで口元と頭を隠した城之内であった。
「へ、へいお嬢さん。そんなヤサ男ほっといて、ボク…オレ達と遊ぼうぜ~」
隣を見ると、メチャクチャ棒読みで、城之内と同じ格好をした遊戯がミーシャに詰め寄っている。ミーシャはしいて
いうなら、ムチャなネタをふられた若手芸人のような顔で固まっていた。
余りにも少年漫画的な、バレバレの変装。こんなもんで騙されてくれるのは、腹を空かしたカバ人間達に自分の顔
を千切って喰わせるのが趣味で、愛と勇気しか友達がいないアンパン男世界の住人くらいである。
「…………」
オリオンはすうっと腕を振り上げ、二人の脳天にハンマーの如く拳を叩き落とす。頭を押さえて蹲る二人の手拭い
をさっさと引っぺがした。
「お前ら…何のつもりか知らねーけど、変装するならするでもっと工夫しろ!そげキングだってもうちょい真面目に
正体隠そうと努力してたよ!」
「あ、あれよりバレバレだったのか、オレら…」
「それはそうと、城之内も遊戯も、なんでこんなことを?」
ミーシャが腑に落ちない様子で尋ねる。城之内はバツの悪そうな顔で答えた。
「い、いやあ。ちょっと場を盛り上げてやろうと思って。ほら、悪い奴からか弱い女の子を守るなんて、まさしく
青春の1ページってカンジだろ?」
「いつの時代の発想だよ、そりゃ…」
オリオンは呆れてモノも言えないとばかりに鼻を鳴らす。ミーシャはおかしそうに、クスクス笑うばかり。
その時だった。
ガッタ、ゴット、ガッタ、ゴット…
「ん?なんだ、この音…うわっ!」
城之内は慌てて飛び退く。それは、荷馬車だった。車輪が廻る度に騒音が響き、道行く者達が吃驚し怖れ慄く。
「バカ野郎!気を付けろ、クソ餓鬼がっ!」
先頭で馬を駆る男が、馬鞭を撓らせながら、城ノ内に罵声を浴びせる。そのまま荷馬車は、ガタゴト揺れながら道の
向こうへと消えていった。
「ねえ…あれ、何だか人をたくさん乗せてたね…」
遊戯が呟く。城之内も、うんうんと頷いた。そう―――みすぼらしい身なりの者達が、老若も男女も問わず、まるで
物言わぬ雑貨のように、荷台に鮨詰めにされていたのだ。
「なんだったんだよ…あれは…」
「奴隷市場へ行くのさ」
オリオンが、彼には珍しい暗い瞳と声で呟いた。ミーシャもただ悲しげに、荷馬車の走り去った先を見つめていた。
「命に値段が付けられる場所―――それが、奴隷市場さ…」
奴隷市場…奴隷市場…奴隷市場…
その言葉は、まるで残響のように―――