コンマ数秒で、ゲバルと烈は互いの戦力を測定し終えた。
全くの初対面の二人であるが、手がかりはいくらでもある。身体的特徴から漂わせる雰
囲気に至るまで、あらゆる要素を瞬時に照合する。
奇遇にも、両者は同じ計測結果を得る。
──とてつもなく強い。
充分である。手合わせしなければ真の力が読めぬことが分かった。もしかすると勝てぬ
かもしれない相手だということが分かった。充分である。
住宅街で戦闘態勢に入った烈は、ゲバルの目にはまるでアスファルトの上にそびえ立つ
巨木のように映った。樹齢はむろん、四千年。生半可な覚悟で立ち向かえる相手ではない。
「初めて海に出た時……丁度こんな感じだったな」
退かず、止まらず、進め。
振り絞れ、勇気を。
間合いに入り、ゲバルは固めた拳をピンポイントで烈の顎めがけて突き上げる。
アッパーに対し烈は一瞬迷った。受け止めるべきか、かわすべきか。空気を切り裂いて
拳は顎をかすめていった。かすめた箇所の皮がめくれたことから、烈はかわして正解だっ
たと悟った。
「破ッ!」
すかさず初弾を外したゲバルの脇腹に、ミドルキックを叩き込む。
横隔膜を圧迫し、刹那ではあるがゲバルが呼吸不能になるほどの一撃であった。だがゲ
バルは烈の蹴り足を捕え、持ち上げ──
「シェイラァッ!」
──ぶん投げた。
三階程度の高さまで投げ上げられるも、烈とて運動能力は抜群である。ひらりと、難な
く着地する。落胆するでもなく、口笛を吹いてこれを称賛するゲバル。
烈は驚愕していた。体重106キロの身で、これほど舞わされたのは初めてだった。
「力では若干不利か……」
独りごちると、烈はリラックスした足取りで間合いを縮める。
歩みが止まった。
即、打拳が雨あられとなってゲバルにぶつかってきた。速く、重く、しかも硬い。
中距離戦では、拳速で勝る烈が圧倒的に有利となる。ならばとゲバルは烈の拳法着を掴
みにかかるが、手の甲であっさり弾かれる。しかし意地か、どうにか袖の一部分をつまむ
ことに成功する。
「噴ッ!」
全体重を乗せた直突きがまともにゲバルの顔面にめり込んだ。が、ゲバルの指はなおも
袖にくっついている。
短く息を吸い、ゲバルは自慢のピンチ力で袖を引っぱり、烈を懐まで引き込む。
ゲバルは奥歯を噛みしめ、渾身の頭突きを振る舞った。
烈の視界が自らの鼻血で赤黒く染まる──。
「よしっ!」
「うぐゥ……ッ!」
吼えるゲバルと、うめく烈。
ゲバルはさらに右フックで追い打ちをかけるが、烈はこれを左足刀でガード。烈の拳法
靴がほのかに焦げるほどの激突。両者、再び間合いを空ける。
全くの初対面の二人であるが、手がかりはいくらでもある。身体的特徴から漂わせる雰
囲気に至るまで、あらゆる要素を瞬時に照合する。
奇遇にも、両者は同じ計測結果を得る。
──とてつもなく強い。
充分である。手合わせしなければ真の力が読めぬことが分かった。もしかすると勝てぬ
かもしれない相手だということが分かった。充分である。
住宅街で戦闘態勢に入った烈は、ゲバルの目にはまるでアスファルトの上にそびえ立つ
巨木のように映った。樹齢はむろん、四千年。生半可な覚悟で立ち向かえる相手ではない。
「初めて海に出た時……丁度こんな感じだったな」
退かず、止まらず、進め。
振り絞れ、勇気を。
間合いに入り、ゲバルは固めた拳をピンポイントで烈の顎めがけて突き上げる。
アッパーに対し烈は一瞬迷った。受け止めるべきか、かわすべきか。空気を切り裂いて
拳は顎をかすめていった。かすめた箇所の皮がめくれたことから、烈はかわして正解だっ
たと悟った。
「破ッ!」
すかさず初弾を外したゲバルの脇腹に、ミドルキックを叩き込む。
横隔膜を圧迫し、刹那ではあるがゲバルが呼吸不能になるほどの一撃であった。だがゲ
バルは烈の蹴り足を捕え、持ち上げ──
「シェイラァッ!」
──ぶん投げた。
三階程度の高さまで投げ上げられるも、烈とて運動能力は抜群である。ひらりと、難な
く着地する。落胆するでもなく、口笛を吹いてこれを称賛するゲバル。
烈は驚愕していた。体重106キロの身で、これほど舞わされたのは初めてだった。
「力では若干不利か……」
独りごちると、烈はリラックスした足取りで間合いを縮める。
歩みが止まった。
即、打拳が雨あられとなってゲバルにぶつかってきた。速く、重く、しかも硬い。
中距離戦では、拳速で勝る烈が圧倒的に有利となる。ならばとゲバルは烈の拳法着を掴
みにかかるが、手の甲であっさり弾かれる。しかし意地か、どうにか袖の一部分をつまむ
ことに成功する。
「噴ッ!」
全体重を乗せた直突きがまともにゲバルの顔面にめり込んだ。が、ゲバルの指はなおも
袖にくっついている。
短く息を吸い、ゲバルは自慢のピンチ力で袖を引っぱり、烈を懐まで引き込む。
ゲバルは奥歯を噛みしめ、渾身の頭突きを振る舞った。
烈の視界が自らの鼻血で赤黒く染まる──。
「よしっ!」
「うぐゥ……ッ!」
吼えるゲバルと、うめく烈。
ゲバルはさらに右フックで追い打ちをかけるが、烈はこれを左足刀でガード。烈の拳法
靴がほのかに焦げるほどの激突。両者、再び間合いを空ける。
呼吸を整える両雄。フルマラソンでさえ余力を残して世界記録を更新できるような二人
が、もう息を切らしていた。
頭に巻いていたバンダナを外し、血が付着した口と鼻を拭うゲバル。
「これから……君の自由を奪う」
青いバンダナに血液が混ざり、紫に変色した布をノーモーションで投げつける。冷静に
手刀で叩き落とす烈。
すでにゲバルは次の手を打っていた。ねじって貫通力を強化した髭を、超高速で吹きつ
ける。
「──ぬっ!?」
右目に刺さる髭。視力を奪われ、うつむく烈。
ゲバルはこうなることを知っていた。だからあらかじめ間合いを詰めることができた。
「私のバンダナと体毛によって」ゲバルの右拳に血液が集まり、肥大する。効率を捨て威
力のみを追求した拳。「君は次弾を避ける自由を失った!」
しかし暗闇の中で、烈海王はゲバルの気配を読み切っていた。
「貴様は──」ゲバル会心の右拳をあっさりと払いのける烈。「中国拳法を嘗めたッ!」
近い体格を持つ者同士、ゲバルの射程は、烈の射程でもある。驚くゲバルの鳩尾に拳を
密着させ、
「破ァッ!」
中国拳法が生んだ秘技、寸勁が炸裂する。
寸勁。ほとんど関節を駆動させず、通常の突きと同等の威力を生み出す高級技。烈ほど
の技量ならば、これだけで地球上ほとんどの人間を打倒可能だ。
「ガッハァッ!」
ゲバルの唇から胃液がもれる。未知の技によるカウンター、計り知れぬダメージである
ことに疑いの余地はない。
眼球に刺さった髭を抜き、仁王立ちとなる烈。
「私が自由であるか否かを決めるのは君ではなく、私だ。そして君が自由であるか否かを
決めるのは──私だッ!」
ハイキックによる一撃。ゲバルの目が泳ぐ。烈は怒っていた。大いに怒っていた。
──が、ゲバルは怯まず、なぜかズボンのジッパーを開いていた。
「え?」
「あ、ちょっと失礼……」
いきなり小便を決行するゲバル。条件反射で、放尿範囲から遠ざかる烈。
「いやァ~悪い悪い、さっきから我慢してたもんで。日本じゃあ軽犯罪になるんだっけ?」
「きっ……」気持ち良さそうに陰茎をしまうゲバルに、烈の血液は瞬く間に沸点を振り切
った。「キサマァァァァッ!」
この激昂こそが、ゲバルがもっとも欲した好機(チャンス)。
ジッパーを上げながら、ゲバルはわずかな動作で金的に蹴りを浴びせる。動きを止めた
烈にショートアッパー、さらに眉間に一本拳を強打。嫌がり、さっと離れる烈。
「たかが小便で貴重な自由を手放してはいかんなァ、ミスター海王」
胃液が混ざった唾を吐き捨てると、ゲバルはファイティングポーズを取った。
烈も怒りを沈ませ、太極拳のようにゆったりと手足を戦闘用に可変させる。
「……よかろう」
が、もう息を切らしていた。
頭に巻いていたバンダナを外し、血が付着した口と鼻を拭うゲバル。
「これから……君の自由を奪う」
青いバンダナに血液が混ざり、紫に変色した布をノーモーションで投げつける。冷静に
手刀で叩き落とす烈。
すでにゲバルは次の手を打っていた。ねじって貫通力を強化した髭を、超高速で吹きつ
ける。
「──ぬっ!?」
右目に刺さる髭。視力を奪われ、うつむく烈。
ゲバルはこうなることを知っていた。だからあらかじめ間合いを詰めることができた。
「私のバンダナと体毛によって」ゲバルの右拳に血液が集まり、肥大する。効率を捨て威
力のみを追求した拳。「君は次弾を避ける自由を失った!」
しかし暗闇の中で、烈海王はゲバルの気配を読み切っていた。
「貴様は──」ゲバル会心の右拳をあっさりと払いのける烈。「中国拳法を嘗めたッ!」
近い体格を持つ者同士、ゲバルの射程は、烈の射程でもある。驚くゲバルの鳩尾に拳を
密着させ、
「破ァッ!」
中国拳法が生んだ秘技、寸勁が炸裂する。
寸勁。ほとんど関節を駆動させず、通常の突きと同等の威力を生み出す高級技。烈ほど
の技量ならば、これだけで地球上ほとんどの人間を打倒可能だ。
「ガッハァッ!」
ゲバルの唇から胃液がもれる。未知の技によるカウンター、計り知れぬダメージである
ことに疑いの余地はない。
眼球に刺さった髭を抜き、仁王立ちとなる烈。
「私が自由であるか否かを決めるのは君ではなく、私だ。そして君が自由であるか否かを
決めるのは──私だッ!」
ハイキックによる一撃。ゲバルの目が泳ぐ。烈は怒っていた。大いに怒っていた。
──が、ゲバルは怯まず、なぜかズボンのジッパーを開いていた。
「え?」
「あ、ちょっと失礼……」
いきなり小便を決行するゲバル。条件反射で、放尿範囲から遠ざかる烈。
「いやァ~悪い悪い、さっきから我慢してたもんで。日本じゃあ軽犯罪になるんだっけ?」
「きっ……」気持ち良さそうに陰茎をしまうゲバルに、烈の血液は瞬く間に沸点を振り切
った。「キサマァァァァッ!」
この激昂こそが、ゲバルがもっとも欲した好機(チャンス)。
ジッパーを上げながら、ゲバルはわずかな動作で金的に蹴りを浴びせる。動きを止めた
烈にショートアッパー、さらに眉間に一本拳を強打。嫌がり、さっと離れる烈。
「たかが小便で貴重な自由を手放してはいかんなァ、ミスター海王」
胃液が混ざった唾を吐き捨てると、ゲバルはファイティングポーズを取った。
烈も怒りを沈ませ、太極拳のようにゆったりと手足を戦闘用に可変させる。
「……よかろう」